ド・モアブルは何をした人?業績・生涯をわかりやすく|ド・モアブルの定理・正規分布・確率論

ド・モアブルは何をした人?業績・生涯をわかりやすく|ド・モアブルの定理・正規分布・確率論

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ド・モアブルAbraham de Moivre

ひとことで言うと

ド・モアブルの定理で複素数のべき乗を「回転」にし、正規分布を最初に見つけたユグノーの数学者。

名前アブラーム・ド・モアブル(Abraham de Moivre)
生没年1667年5月26日〜1754年11月27日(87歳)
国フランス生まれ。迫害をのがれてイギリス(ロンドン)で活躍
分野確率論・複素数・代数学
主な業績ド・モアブルの定理、二項分布の正規分布近似(1733年)、『偶然の教説』(1718年)、『生命年金論』(1724年)、独立の考え方
名前がつくものド・モアブルの定理・ド・モアブル=ラプラスの定理
よばれ方ユグノー(プロテスタント)の数学者。ニュートンも一目置いた確率論の先駆者

このページのポイント

  • 複素数を n乗すると角が n倍 になる、ド・モアブルの定理(高校数学Cの複素数平面)
  • コインを何回も投げると、二項分布がつりがね形の正規分布に近づくことを1733年に示した
  • 宗教の迫害でフランスを離れ、貧しい家庭教師をしながら研究。晩年に亡くなる日を計算で言いあてたと伝わる

ド・モアブルは何をした人?(業績をひとことで)

アブラーム・ド・モアブル(1667〜1754年)は、フランス生まれでイギリスに亡命して活躍した数学者です。高校の数学Cで習うド・モアブルの定理(複素数のべき乗は「角を何倍かする」だけ)と、確率論の正規分布の発見(二項分布が大きな nn でつりがね形に近づく)の、2つの大きな仕事で知られています。確率の教科書『偶然の教説(The Doctrine of Chances)』(1718年)は、ヨーロッパ中で読まれました。

ド・モアブルは、プロテスタントの一派ユグノーだったため、宗教の迫害を受けて故郷のフランスをはなれ、ロンドンで貧しい家庭教師として暮らしながら研究を続けました。あのニュートンが、「数学の質問ならド・モアブルのところへ行きなさい」と言ったと伝えられています。

べき乗は「回転」zz²z³40°偏角が40°→80°→120°(cos40°+i sin40°)ⁿ=cos(40n)°+i sin(40n)°
かけるたびに40度ずつ回転する。複素数のべき乗は、角度を何倍かするだけ(ド・モアブルの定理)
ド・モアブルの肖像画(ハイモア画)
ド・モアブルの肖像画(18世紀、ジョゼフ・ハイモア画、ロンドン王立協会所蔵とされる)画像:Joseph Highmore/Wikimedia Commons(パブリックドメイン)

複素数と確率という、受験でも重要な2つの分野をつなぐ、ふしぎな数学者です。

ド・モアブルの生涯と年表

フランスの外科医の家に生まれる

ド・モアブルは1667年5月26日、フランス北東部シャンパーニュ地方のヴィトリ=ル=フランソワで生まれました。父は外科医で、一家はプロテスタント(ユグノー)でした。カトリックの学校のあと、プロテスタントの学院であるスダン学院に進みましたが、この学院は1682年に弾圧で閉鎖されてしまいます。

宗教の迫害と、ロンドンへ

1685年、フランス王ルイ14世が「ナントの勅令」(プロテスタントにも信仰の自由を認めた法令)を廃止すると、ユグノーへの弾圧が一気に強まります。ド・モアブルは信仰のために、パリのサン・マルタン修道院に閉じこめられました。資料によって細部は食いちがいますが、1688年に自由の身になり、イギリスのロンドンに渡ったとされています。

ユグノーとは? なぜ迫害されたのか

ユグノーは、16〜17世紀のフランスでふえたプロテスタント(カルヴァン派)の人々です。当時のフランスは国王もカトリックで、信仰がちがう人々は、ときには争いに巻きこまれました。1598年に出された「ナントの勅令」で、ユグノーにも一定の信仰の自由が認められていました。ところが1685年、ルイ14世がこの勅令を廃止し、ユグノーは教会を壊されたり、改宗を強いられたりしました。多くの人が、イギリス、オランダ、ドイツなどの国に逃れ、ド・モアブルもその一人でした。数学者の頭脳が国境をこえて流れたという点で、これは科学史の大きな出来事でもあります。

家庭教師、そしてニュートンとの出会い

ロンドンでのド・モアブルは、数学の家庭教師をしたり、コーヒーハウスで数学を教えたりして暮らしていました。生徒の家から家へ歩いて移動するあいだに、ニュートンの大著『プリンキピア』を一枚ずつはがして持ち歩いて読み、猛勉強して理解したという話が伝わっています。天文学者のハレーと友だちになり、1697年には王立協会の会員に選ばれました。1710年には、ニュートンとライプニッツのどちらが微積分を先に発見したかを調べる委員会のメンバーにもなっています。

けれども、外国人であったことが不利に働いて、大学の教授の職にはつけませんでした。ド・モアブルは、ロンドンでの暮らしの中で、確率の本『偶然の教説』(初版1718年、第2版1738年、第3版1756年)と、年金の数学の本『生命年金論』(1724年)を書きました。

晩年と、亡くなる日を言いあてた話

ド・モアブルは生涯独身で、晩年は貧しかったとされます。1754年6月に、パリ科学アカデミーの外国人会員に選ばれましたが、同じ年の11月27日にロンドンで亡くなりました。87歳でした。

年できごと
1667年5月26日、フランスのヴィトリ=ル=フランソワで生まれる
1682年通っていたスダンのプロテスタント学院が閉鎖される
1685年ナントの勅令が廃止され、ユグノーが迫害される。ド・モアブルも修道院に閉じこめられる
1688年自由の身になり、イギリスのロンドンに渡る(とされる)
1697年イギリスの王立協会の会員に選ばれる
1707年複素数のべき乗の公式のもとになる式が論文に現れる
1710年ニュートンとライプニッツの先取権争いを調べる委員会の委員になる
1718年『偶然の教説』(英語版の初版)を出版
1722年(cos x+i sin x)ⁿ の式が論文に現れる(ド・モアブルの定理)
1733年11月13日付のラテン語の小冊子で、二項分布を正規分布で近似する
1738年『偶然の教説』第2版。スターリングの公式の定数 √(2π) を紹介
1754年6月、パリ科学アカデミーの外国人会員に選ばれる。11月27日、ロンドンで亡くなる(87歳)

ド・モアブルの主な業績をやさしく解説

業績1 ド・モアブルの定理(複素数のべき乗)

虚数・複素数を平面の点として表した複素数平面の上では、複素数 zz を「原点からの長さ rr」と「角度 θ\theta」で書けます。これを極形式といいます。

z=r(cos⁡θ+isin⁡θ)z=r(\cos\theta+i\sin\theta)

ド・モアブルの定理は、このべき乗についての定理です。

(cos⁡θ+isin⁡θ)n=cos⁡nθ+isin⁡nθ(\cos\theta+i\sin\theta)^n=\cos n\theta+i\sin n\theta

つまり、nn 乗すると、角度が nn 倍になるのです。図1のように、偏角40°の数を2乗、3乗すると、80°、120°へ回転していきます。長さ rr がある場合は zn=rn(cos⁡nθ+isin⁡nθ)z^n=r^n(\cos n\theta+i\sin n\theta) です。くわしくはド・モアブルの定理の使い方と例題、極形式とド・モアブルの定理で確認してください。

かけ算=長さは×、角は+z(長さ2・20°)w(1.5・45°)zw(3・65°)この性質をくり返すと、n乗は「n倍の角」になる
複素数のかけ算では、長さはかけ算、角度は足し算。これをくり返したものがド・モアブルの定理

たとえば (1+i)8(1+i)^8 を考えます。1+i1+i は長さ 2\sqrt2、偏角45°なので、(2)8(cos⁡360°+isin⁡360°)=16(\sqrt2)^8(\cos360°+i\sin360°)=16 と、展開せずに求められます。2つの項を何度もかけていく計算が、一瞬で終わります。

この定理の式そのものは、1722年の論文にあらわれ、似た式が1707年の論文にもあったとされます。ただし、ド・モアブル自身は、今のように cos⁡θ+isin⁡θ\cos\theta+i\sin\theta の形の式を書いたわけではなく、三角関数の倍角の関係を整理する中でこの結果にたどりつきました。のちにオイラーが eiθ=cos⁡θ+isin⁡θe^{i\theta}=\cos\theta+i\sin\theta というオイラーの公式を示すと、ド・モアブルの定理は、指数法則 (eiθ)n=einθ(e^{i\theta})^n=e^{in\theta} そのものだと分かるようになりました。

もう一つ例を見ましょう。(3+i2)12\left(\dfrac{\sqrt3+i}{2}\right)^{12} はどうでしょうか。3+i2=cos⁡30°+isin⁡30°\dfrac{\sqrt3+i}{2}=\cos30°+i\sin30° で、長さは1です。12乗すると角は 30°×12=360°30°\times12=360° なので、答えは1。こんなふうに、「角度に直して何倍かする」と、複雑に見える式が一瞬で片づきます。入試では、答えが 1, i, −1, −i1,\ i,\ -1,\ -i のどれかになる「きれいな問題」がよく出ます。

この定理は、三角関数の倍角の公式ともつながっています。n=2n=2 の場合の実部と虚部を比べると、cos⁡2θ=cos⁡2θ−sin⁡2θ\cos2\theta=\cos^2\theta-\sin^2\theta と sin⁡2θ=2sin⁡θcos⁡θ\sin2\theta=2\sin\theta\cos\theta がすぐに出ます。つまり、2倍角・半角の公式も、ド・モアブルの定理の特別な場合です。

業績2 n乗根を求める方法

ド・モアブルの定理を逆向きに使うと、「zn=1z^n=1 となる複素数」、つまり1の nn 乗根がすぐに求められます。たとえば z6=1z^6=1 の解は、

z=cos⁡2kπ6+isin⁡2kπ6(k=0,1,…,5)z=\cos\frac{2k\pi}{6}+i\sin\frac{2k\pi}{6}\quad(k=0,1,\dots,5)

の6個です。これは、複素数平面の単位円上で、60°ごとに並ぶ正六角形の頂点になります。

z⁶=1 の6つの解1ωω²−1ω⁴ω⁵ω=cos60°+i sin60°。60°ごとに並ぶ正六角形
z⁶=1 の6つの解は、単位円の上で60°ごとに並び、正六角形になる

一般に、zn=1z^n=1 の解は円周を nn 等分した点で、正 nn 角形の頂点です。ガウスの業績と生涯が研究した正十七角形の作図も、実は z17=1z^{17}=1 の解の話です。この「方程式と図形のつながり」は、複素数が持つ大きな魅力の1つです。

業績3 正規分布の発見(1733年)

ヤコブ・ベルヌーイは、コインを nn 回投げて表が出る回数は二項分布になると示しました。でも nn が大きくなると、二項定理を使った nCk_nC_k の計算はたいへんです。ド・モアブルは、この計算の近似式を考えました。1733年11月13日付けのラテン語の小冊子で、nn が大きいとき、二項分布はつりがね形の曲線にそっくりになることを示しました。これが、正規分布が最初に現れた論文だとされます。

二項分布 → 正規分布(1733年)357911131517コイン20回で表が出る回数(棒)と正規分布の曲線(赤)回数 n が大きいほどぴったり重なる
コイン20回の二項分布(棒)に、つりがね形の曲線(赤)が重なる。回数が増えるほど近い

式で書くと、nn 回のうち kk 回表が出る確率は、μ=np, σ2=np(1−p)\mu=np,\ \sigma^2=np(1-p) として

nCk pk(1−p)n−k ≈ 12π σ e−(k−μ)22σ2{}_nC_k\,p^k(1-p)^{n-k}\ \approx\ \frac{1}{\sqrt{2\pi}\,\sigma}\,e^{-\frac{(k-\mu)^2}{2\sigma^2}}

となります。これがド・モアブル=ラプラスの定理です。のちにラプラスが一般化し、ガウスの業績と生涯が測定誤差に使って、名前も「ガウス分布」として知られるようになりました。くわしくは正規分布と標準化の公式で確かめてください。

この近似を導くには、n!n! を近似する公式が必要です。ド・モアブルは、スターリングの公式として知られる式 n!≈2πn (n/e)nn!\approx\sqrt{2\pi n}\,(n/e)^n の途中まで、独自に見つけていました。公式にある定数 2π\sqrt{2\pi} を決めたのはスターリングで、ド・モアブルは1738年の第2版でそのことを紹介しています。くわしくはスターリングの公式を見てください。

業績4 『偶然の教説』と「独立」の考え方

『偶然の教説』は、さいころ、カード、くじなどの確率問題を、体系的にまとめた本です。ド・モアブルが1711年にまずラテン語で論文を出し、1718年に英語の本にまとめました。ニュートンに献呈された本で、賭けごとの人たちにも、数学者にも読まれました。

この本には、事象が「独立」であるときの確率のかけ算が明確に書かれています。「Aが起こる確率が pp、Bが起こる確率が qq、たがいに影響しないなら、両方起こる確率は pqpq」という考え方で、独立事象の意味の定義にあたります。確率論の19世紀の数学史家トドハンターは、「確率の理論は、ラプラスただ1人を除けば、ほかのどの数学者よりもド・モアブルに多くを負っている」という趣旨のことを書いています。

サイコロ2個の目の和(36通り)23456789101112山のてっぺんは 7(6通り=1/6)個数をふやすと、つりがね形に近づく
サイコロ2個の目の和。独立なサイコロの結果を足すと、山の形になる。個数を増やすとつりがね形に近づく

業績5 年金の数学と、数列・フィボナッチ

1724年の『生命年金論(Annuities upon Lives)』で、ド・モアブルは、人が何歳まで生きるかの統計(死亡表)を使って、年金や生命保険の値段を計算する方法を示しました。もとにしたのは、ハレー彗星で知られるハレーが調べたブレスラウ(今のポーランドの都市)の死亡表です。確率と統計が、お金の計算に使えることを示した、初期の本です。

また、ド・モアブルは、フィボナッチ数列の一般項を求める方法も考えたとされます。漸化式で決まる数列(再帰級数)を調べる、彼の理論の応用です。漸化式の解き方の先がけともいえる仕事で、のちに「ビネの公式」という名前でも知られる式にもつながります。

ド・モアブルの名前がつく公式・定理・用語

指し棒で説明する合格先生

合格先生

ド・モアブルの定理は 「角を n 倍する」 と覚えよう。長さ r のついた複素数なら、長さは r の n 乗、角は n 倍。この2つをセットで覚えればOKだよ。

ド・モアブルの逸話と名言

「ド・モアブルのところへ行きなさい」

ド・モアブルは、ニュートンの『プリンキピア』の理解者として一目置かれていました。ニュートンは、晩年、数学の質問を受けたとき、「ド・モアブルのところへ行きなさい。私よりもよく知っているから」と答えたと伝えられています。

Go to Mr. De Moivre; he knows these things better than I do.(ド・モアブル氏のところへ行きなさい。こういうことは、私よりも彼のほうがよく知っている。)

ニュートンの言葉として伝えられるもの(伝記に引かれる逸話で、記録の細部には諸説があります)

死ぬ日を計算で言いあてた?

ド・モアブルの最期には、有名な逸話があります。晩年のド・モアブルは、毎晩の睡眠時間が、前の晩より15分ずつ長くなっていくことに気づきました。そこで、等差数列の考え方を使って、「睡眠が24時間に達する日、つまり眠ったまま起きなくなる日」を計算し、その日を自分の亡くなる日と予言した、と伝えられています。そして、予言した日にほんとうに亡くなった、という話です。等差数列の和の公式の問題としても、よく紹介されます。ただし、この話がどこまで本当かは、確かめられていません。

賭けごとの相談から生まれた確率論

18世紀のロンドンのコーヒーハウスは、学者や商人、賭けごとの好きな人が集まる場所でした。ド・モアブルはそこで確率の問題を教えたと伝えられます。『偶然の教説』のなかには、パスカルやフェルマー以来の古い賭けの問題(パスカルの確率論の誕生、フェルマーと確率の始まり)も、新しい方法で解かれています。確率の理論が賭けごとの相談から生まれたことを、よく示す話です。

貧しくても数学を続けた

外国人でユグノーだったド・モアブルは、教授の職につけず、生涯にわたって経済的には苦しかったとされます。それでも、ロンドンのコーヒーハウスで数学を教え、確率の問題を解いて暮らしました。学者を支える制度がなかった時代に、1人で偉大な仕事をやりとげたのです。

うかるくん

うかるくん

自分が亡くなる日を、等差数列で計算したんですか!?

合格先生

合格先生

そう伝えられているよ。真偽はともかく、「数学で未来を計算する」というド・モアブルらしい話だよね。確率の本を書いた人にぴったりの逸話だ。

サクラちゃん

サクラちゃん

複素数のべき乗が、確率と同じ人の名前なのは、ぐうぜんですか?

合格先生

合格先生

どちらも、「大きな数のべき乗を、うまく近似・整理する」という共通点があるんだ。べき乗の計算を楽にするのが、ド・モアブルの得意技だったんだね。

受験・勉強とド・モアブルのつながり

大学受験:複素数平面(数学C)

ド・モアブルの定理は、高校数学Cの「複素数平面」で必ず習います。出題のパターンは主に3つです。

  • べき乗の計算:(1+i)10(1+i)^{10}、(3+i2)12\left(\dfrac{\sqrt3+i}{2}\right)^{12} などを、極形式にしてから nn 乗する。
  • 方程式 zn=αz^n=\alpha の解:解が円周上の正 nn 角形の頂点になることを利用する。図形の問題にもなる。
  • 三角関数の公式を導く:(cos⁡θ+isin⁡θ)3(\cos\theta+i\sin\theta)^3 を展開して、実部・虚部を比べて、3倍角の公式 cos⁡3θ=4cos⁡3θ−3cos⁡θ\cos3\theta=4\cos^3\theta-3\cos\theta などを導く。

三角関数の加法定理と合わせて、複素数のかけ算が「回転」であることを図で理解しておくと、解くスピードが上がります。

大学受験:確率分布(数学B)

数学Bの「統計的な推測」では、二項分布は nn が大きいと正規分布で近似できる、と習います。これがド・モアブルの仕事そのものです。たとえば、コインを100回投げて表が40回から60回になる確率は、μ=50, σ=5\mu=50,\ \sigma=5 の正規分布で、±2σ\pm2\sigma にあたり約95%です(実際の値は約96.5%)。二項分布と正規分布の関係は、共通テストでも出ます。

偏差値も、正規分布のおかげ

受験生がいつも気にする「偏差値」は、テストの点数が正規分布にしたがうと考えて、平均を50、標準偏差を10にそろえた値です。偏差値60は「平均より標準偏差1つ分上」で、正規分布では上位16%ほど、偏差値70は上位2〜3%ほどにあたります。このおなじみの数字の背景にも、ド・モアブルが見つけたつりがね形の曲線があります。

中学受験・高校受験:場合の数と確率

『偶然の教説』のさいころ、くじの問題は、中学受験の「場合の数」や、高校受験の確率の問題の祖先のようなものです。サイコロ2個の目の和の表(36通り)は、まさにド・モアブルの時代から扱われてきた題材です。

共通テストと2次試験での出方

複素数平面は、数学Cの単元で、共通テストでも2次試験でも出ます。共通テストでは、zn=1z^n=1 の解を図で確かめたり、極形式への直し方を問われたりします。2次試験では、「znz^n が実数になるような zz を求める」「nn 乗して1になる数を頂点とする多角形の面積」など、図形と組み合わせた問題が多いです。いずれも、「角度を nn 倍する」というド・モアブルの定理の言葉で考えると、迷わず進めます。

勉強法として:記号の「見かけ」より「意味」

複素数のべき乗は、展開すると大変ですが、極形式にすれば簡単です。難しい計算に出会ったら、見方を変えて(座標を変えて)簡単にするというのは、ド・モアブルが教えてくれる大切なコツです。数学の勉強の進め方は数学の勉強法(解法の暗記→演習→過去問)で、確率の直感の落とし穴はモンティ・ホール問題をわかりやすくで読めます。

ド・モアブルがその後の数学にあたえた影響

  • 複素数・解析:オイラーの公式 eiθ=cos⁡θ+isin⁡θe^{i\theta}=\cos\theta+i\sin\theta へとつながり、信号処理、電気回路、量子力学など、現代の科学で複素数が使われる土台になりました。
  • 確率論・統計学:正規分布の発見は、ラプラスの中心極限定理、ガウスの業績と生涯の誤差論へと進み、現代の統計学とデータサイエンスの基礎になりました。偏差値も正規分布にもとづく数字です。
  • 保険数理(アクチュアリー):『生命年金論』は、人の寿命の確率を使った保険や年金の計算の元祖です。
  • 数学の国際化:宗教の迫害で国を出て、ほかの国で活躍した数学者の一人として、学問が国境をこえることを示しました。

数学の公式は算数・数学の公式一覧(公式辞典)、用語は数学用語辞典(用語の意味を1語1ページ)の一覧もどうぞ。

ド・モアブルに挑戦!練習問題

やさしい

  1. (cos⁡30°+isin⁡30°)3(\cos30°+i\sin30°)^3 を求めなさい。
    答えと解説を見るド・モアブルの定理より cos90°+i sin90°=i。
  2. (1+i)4(1+i)^4 を求めなさい。
    答えと解説を見る1+i=√2(cos45°+i sin45°)。4乗すると (√2)⁴(cos180°+i sin180°)=4×(−1)=−4。(展開しても (1+i)²=2i、(2i)²=−4 で同じ)

ふつう

  1. (1+3 i)6(1+\sqrt3\,i)^6 を求めなさい。
    答えと解説を見る1+√3 i=2(cos60°+i sin60°)。6乗は 2⁶(cos360°+i sin360°)=64。
  2. 方程式 z3=1z^3=1 のすべての解を求めなさい。
    答えと解説を見るz=cos(120°k)+i sin(120°k)(k=0,1,2)。k=0 で 1、k=1 で (−1+√3 i)/2、k=2 で (−1−√3 i)/2。

むずかしい

  1. ド・モアブルの定理を n=3 で使って、cos3θ を cosθ だけで表しなさい。
    答えと解説を見る(cosθ+i sinθ)³ の実部を展開すると cos³θ−3cosθ sin²θ。sin²θ=1−cos²θ を代入して cos³θ−3cosθ(1−cos²θ)=4cos³θ−3cosθ。
  2. サイコロ2個を投げるとき、目の和が7になる確率を求めなさい。また、コインを100回投げて表が40回以上60回以下になる確率は、正規分布で近似するとおよそ何%ですか。
    答えと解説を見る和が7になるのは (1,6)(2,5)(3,4)(4,3)(5,2)(6,1) の6通りで、確率は 6/36=1/6。コイン100回は μ=50、σ=5 で、40〜60 は μ±2σ にあたり、およそ95%(正確な値は約96.5%)。

ド・モアブルと関係する数学者

18世紀の数学者

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読みもの(合格大作戦の数学の記事)

よくある質問

ド・モアブルは何をした人ですか?

ド・モアブルは、17〜18世紀のフランス出身でイギリスで活躍した数学者です。複素数のべき乗についてのド・モアブルの定理と、二項分布を正規分布で近似する研究で知られ、確率の本『偶然の教説』を書きました。

ド・モアブルの定理とは何ですか?

(cosθ+i sinθ)ⁿ=cos nθ+i sin nθ という定理です。複素数を n 乗すると、複素数平面の上で角度が n 倍に回転することを表します。複素数のべき乗や n乗根の計算、三角関数の公式の導出に使われます。

ド・モアブルの定理はどう使いますか?

複素数を極形式(長さと角度)で表してから n 乗するだけで、展開せずに計算できます。たとえば (1+i)⁸ は (√2)⁸(cos360°+i sin360°)=16 と求められます。z^n=1 の解も同じ考え方で出せます。

ド・モアブルは正規分布とどう関係しますか?

1733年に、コイン投げのような二項分布で回数 n が大きくなると、つりがね形の曲線で近似できることを示しました。これが正規分布の最初の登場とされます。のちにラプラスやガウスがこれを発展させました。

ド・モアブルが亡くなる日を予言したという話は本当ですか?

晩年、毎晩の睡眠が15分ずつ長くなることに気づき、等差数列の考え方で、睡眠が24時間になる日を自分の亡くなる日と計算し、その日に亡くなったと伝えられます。ただし、どこまで事実かは確かめられていません。

ド・モアブルはなぜフランスを離れたのですか?

プロテスタントのユグノーだったからです。1685年にフランスでナントの勅令が廃止されて迫害が強まり、ド・モアブルも修道院にとらえられました。1688年ごろに自由になり、イギリスのロンドンに渡ったとされます。

ド・モアブルとニュートンの関係は?

ド・モアブルはニュートンの『プリンキピア』をよく理解した数学者で、ニュートンの友人でもありました。ニュートンが「数学の質問ならド・モアブルのところへ行きなさい」と言ったと伝えられ、『偶然の教説』もニュートンにささげられました。

ド・モアブルは受験とどう関係しますか?

高校数学Cの複素数平面で、ド・モアブルの定理が必ず出ます。べき乗の計算、方程式 z^n=1 の解、3倍角の公式の導出が定番です。数学Bの統計的な推測にある、二項分布の正規分布近似もド・モアブルの仕事です。

ド・モアブルは何歳で亡くなりましたか?

1754年11月27日、ロンドンで87歳で亡くなりました。同じ年の6月に、パリ科学アカデミーの外国人会員に選ばれたばかりでした。

あわせて読みたい

出典・参考

  • J. J. O’Connor, E. F. Robertson, “Abraham de Moivre”, MacTutor History of Mathematics Archive(St Andrews 大学)
  • A. de Moivre, “The Doctrine of Chances”(1718年・1738年・1756年)
  • A. de Moivre, “Annuities upon Lives”(1724年)
  • 肖像画:Joseph Highmore「Abraham de Moivre」、Wikimedia Commons(パブリックドメイン)

最終更新:2026年11月2日/作成:大学受験合格大作戦