モンジュは何をした人?業績・生涯・名言をわかりやすく|画法幾何学・モンジュの円・微分幾何学

モンジュは何をした人?業績・生涯・名言をわかりやすく|画法幾何学・モンジュの円・微分幾何学

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モンジュGaspard Monge

ひとことで言うと

立体を2枚の図で正確に表す画法幾何学を作り、エコール・ポリテクニークを育てたフランスの数学者。楕円のモンジュの円にも名が残る。

名前ガスパール・モンジュ(Gaspard Monge)
生没年1746年5月9日〜1818年7月28日(72歳)
国フランス(ブルゴーニュ地方のボーヌ生まれ、パリで没)
分野幾何学(画法幾何学・微分幾何学)
主な業績画法幾何学の創始、曲面の微分幾何学、最適輸送問題(土運び問題)、エコール・ポリテクニークの創設
名前がつくものモンジュの円(準円)・モンジュの定理・モンジュ・アンペール方程式・モンジュ問題
よばれ方画法幾何学の父、微分幾何学の父のひとり、ペリューズ伯爵

このページのポイント

  • 立体を立面図と平面図の2枚で表す画法幾何学を作った。いまの三面図・製図の土台
  • 楕円に直角な2本の接線の交点がえがく円 x2+y2=a2+b2x^2+y^2=a^2+b^2(モンジュの円)は、大学入試の定番テーマ
  • エコール・ポリテクニークの創設に力をつくし、フランスの理工系教育の原型を作った

モンジュは何をした人?(業績をひとことで)

ガスパール・モンジュ(1746〜1818年)は、フランスの数学者です。立体を2枚の平面図で正確に表す画法幾何学(がほうきかがく)を作り、曲線や曲面を微分で調べる微分幾何学を切りひらき、パリのエコール・ポリテクニーク(理工科学校)を作った中心人物のひとりです。「立体の図面の描き方」は、いまの製図や三面図(立面図・平面図・側面図)の土台になっています。

モンジュの名前は、受験生にとって意外な場所にも出てきます。たとえば、楕円に直角に引いた2本の接線の交点が作る円をモンジュの円とよぶことがあります。また、3つの円の外側の共通接線の交点が一直線にならぶモンジュの定理もあります。中学受験の立方体の切断面の問題や投影図の読み方も、じつはモンジュが整えた「立体を平面で考える」技術の子孫です。

モンジュは数学者としてだけでなく、フランス革命の時代に海軍大臣をつとめ、ナポレオンの親友としてエジプト遠征にも同行しました。数学が国の力になるという考えを、実際の学校づくりで形にした人物でもあります。

うかるくん

うかるくん

立体を2枚の絵で表すって、どういうことですか? 絵は1枚じゃないんですか?

合格先生

合格先生

1枚の絵だと奥行きがわからなくなるよね。そこでモンジュは、正面から見た図と真上から見た図の2枚を並べて、対応する点を線で結ぶ方法を考えたんだ。2枚そろえば、立体の形も、点の位置も、全部わかる。いま学校で習う三面図は、この発想のおかげなんだよ。

ガスパール・モンジュの肖像(石版画)
モンジュの肖像(デルペシュによる石版画、19世紀)画像:フランソワ=セラファン・デルペシュ(19世紀)/Wikimedia Commons(パブリックドメイン)

モンジュの生涯と年表

ブルゴーニュ生まれの、器用な少年

モンジュは1746年5月9日、フランス東部ブルゴーニュ地方のボーヌで生まれました。商いをする家に生まれ、子どものころから手先が器用で、消防用のポンプのような機械を自分で作ったという話が伝えられています。地元の学校で学んだのち、リヨンの学校(コレージュ・ド・ラ・トリニテ)で学び、17歳にして物理を教える先生をつとめたとされます(MacTutor)。

その後、モンジュは、軍の技術将校を育てるメジエールの王立工兵学校で働くことになります。1765年、19歳のとき製図工として採用されました。当時は貴族の家柄でなければ将校の道に進めなかったため、数学の才能があっても、まずは「図面を描く係」からのスタートでした。

要塞の問題を「図」で解いた

メジエールのモンジュには、有名な話があります。要塞(砦)をどこに築けば、敵の大砲から味方の兵が見えなくなるか、という問題です。ふつうは長い計算をくりかえして答えを出していましたが、モンジュは図を使った幾何学の方法で、短い時間で答えを出したと伝えられます。あまりに速かったため、先生たちは「計算していないのでは」と疑ったといわれます。この方法がのちに画法幾何学へ育ちます。ただし軍の機密とされ、長いあいだ公には教えられませんでした。

モンジュは1769年にボシュの後任として数学の教授になり、1770年には実験物理学の講師も兼ねました。1780年にはフランスの科学アカデミーの会員にえらばれています。

フランス革命と海軍大臣

1789年にフランス革命が起こると、モンジュは革命を支持しました。1792年には海軍大臣になりますが、政治の混乱のなかで1793年4月に辞めています。科学アカデミーがその年に廃止されたこともあって、モンジュは「国の役に立つ学問」をどう作るかを真剣に考えるようになりました。

エコール・ポリテクニークと『画法幾何学』

1794年、モンジュは新しい学校の創設にかかわります。これが、のちにフランスを代表する理工系のエリート校となるエコール・ポリテクニークです。モンジュは画法幾何学の講義を受けもち、のちには校長の役もつとめました。1795年には高等師範学校(エコール・ノルマル)でも講義をおこない、その講義の記録をもとに、1799年に『画法幾何学』がまとめられました。軍の機密だった方法が、ここで広く公開されたのです。

モンジュのもとで学んだ人のなかには、のちにフーリエの業績と生涯もいます。ラグランジュの解析力学やラプラスの確率論といったフランスの大数学者たちが、同じ時代に教壇に立っていました。

ナポレオンとエジプト、そして晩年

1796年から翌年にかけて、モンジュはイタリアへ行き、占領地の美術品を選んでフランスへ送る仕事をしました。このとき若き将軍ナポレオンと親しくなります。1798年にはナポレオンのエジプト遠征に加わり、カイロに作られたエジプト学士院の初代院長にえらばれました。遠征にはフーリエも同行しています。

帰国後、モンジュは元老院議員になり、1808年には「ペリューズ伯爵(コント・ド・ペリューズ、Comte de Péluse)」の称号を受けました。しかし1815年にナポレオンが政権にもどった「百日天下」をモンジュが支持したため、ナポレオン失脚後の1815年10月に国外へのがれます。1816年3月にパリに戻ってまもなく、学士院の会員の資格を奪われるという屈辱も受けました。健康も弱り、1818年7月28日にパリで亡くなりました(72歳)。遺骨は1989年にパンテオンへ移されています。

年できごと
1746年5月9日、フランスのボーヌで生まれる
1765年メジエールの王立工兵学校に製図工として入る
1769年メジエールの数学教授になる
1780年科学アカデミーの会員にえらばれる
1781年「土運び(デブレとルブレ)」の問題を発表(最適輸送のはじまり)
1792年海軍大臣になる(1793年4月に辞める)
1794年エコール・ポリテクニーク創設にかかわり、画法幾何学の先生になる
1795年高等師範学校(エコール・ノルマル)で画法幾何学を講義
1798年ナポレオンのエジプト遠征に同行。エジプト学士院の院長に
1799年『画法幾何学』が出版される
1808年ペリューズ伯爵の称号を受ける
1818年7月28日、パリで亡くなる(72歳)

モンジュの主な業績をやさしく解説

業績1 画法幾何学(立体を2枚の図で表す)

画法幾何学は、3次元の立体を、2次元の紙の上に正確にかく技術です。モンジュの方法では、立体を正面から見た立面図と、真上から見た平面図を、基線(きせん)という線をはさんで上下に並べます。対応する点を、基線に垂直な線で結ぶと、立体のなかの点の位置が決まります。

立面図と平面図(モンジュの方法)基線立面図(正面から見る)平面図(真上から見る)点線でむすぶと、2つの図から立体の形が決まる
正四角すいの立面図(三角形)と平面図(正方形)。点線で対応する点を結ぶ

たとえば正四角すいなら、立面図は三角形、平面図は対角線の入った正方形になります。2枚を見くらべれば、底面の大きさ、高さ、頂点の真下の位置まで正確に読みとれます。これは、建築・機械・船の設計図に使われ、産業革命の技術者たちを支えました。いまの高校の工業科でも、第三角法とよばれる製図の決まりに受けつがれています。

さらにモンジュは、平面と平面の交わり、立体を平面で切ったときの切り口、影のでき方なども、図の上だけで正確に求められることを示しました。中学受験の立体の切断・展開図の描き方の問題は、こうした「頭の中で立体を回して平面に直す」力を試すものです。

立方体の切り口は正六角形6つの辺の中点を通る平面で切ると、切り口は正六角形
立方体を6つの辺の中点で切ると、切り口は正六角形

業績2 曲線・曲面を微分で調べる(微分幾何学)

モンジュは、曲面の上の点で「どちらの方向にいちばん曲がっているか」を調べました。曲面のうえに、各点でいちばん強く曲がる向きをつないだ線を曲率線(きょくりつせん)といいます。モンジュは楕円体(ラグビーボールのような形)の曲率線などを調べ、のちに『解析学の幾何学への応用』(1807年版)としてまとめた本で、微分と幾何学を結びつけました。このため、モンジュは微分幾何学の父のひとりとよばれます。

この考え方は、のちにガウスの曲面論(「驚きの定理」)やリーマンの幾何学へとつながり、アインシュタインの一般相対性理論の数学へ発展します。モンジュは、そのいちばん最初の出発点に立つ人物です。

この分野には、モンジュ・アンペール方程式という名前がつく偏微分方程式もあります。曲面を表す方程式の一種で、現代でも幾何学や最適輸送の研究で使われています。

業績3 モンジュの円とモンジュの定理(図形の性質)

楕円 x2a2+y2b2=1\dfrac{x^2}{a^2}+\dfrac{y^2}{b^2}=1 に、直角に交わる2本の接線を引きます。その交点がえがく軌跡は、次の円になります。

x2+y2=a2+b2x^2+y^2=a^2+b^2

この円を、モンジュの円(準円)とよびます。たとえば a=3, b=2a=3,\ b=2 なら x2+y2=13x^2+y^2=13 です。点 (3,2)(3,2) はこの円の上にあり、そこから引ける2本の接線は x=3x=3 と y=2y=2 で、たしかに直角に交わります。

楕円とモンジュの円P(3, 2)楕円x²+y²=13円の上の点から楕円へ引く2本の接線は直角
楕円 x²/9+y²/4=1 と、そのモンジュの円 x²+y²=13

もうひとつ、モンジュの定理があります。大きさのちがう3つの円があるとき、2つずつの円の外側の共通接線を引くと、その3つの交点はかならず一直線上にならびます。

モンジュの定理3つの交点(赤い点)は、いつも一直線の上
3つの円の外側の共通接線の交点(赤い点)は一直線上にならぶ

これはメネラウスの定理を使って証明できる、きれいな定理です。くわしくはメネラウスの定理とチェバの定理を見てください。

業績4 「土運び問題」と現代の最適輸送

1781年、モンジュは「土を掘って運ぶとき、どの土をどこへ運べば、いちばん手間が少なくなるか」という問題を考えました。山の土を、うめたい穴へ運ぶとき、運ぶ土の量×運ぶ距離の合計を最小にしたいのです。

モンジュの土運び問題(1781年)土の山うめる穴どの土をどの穴へ運ぶと「量×はこぶ距離」の合計が最小?
土の山から穴への運び方。量×距離の合計が最小になる運び方を探す

モンジュは、運ぶ道が交わらない(交差しない)運び方が最もよい、ということまで考えていたとされます。この問題は長いあいだ数学の中心では扱われませんでしたが、20世紀に経済学や数学で見直され、いまは最適輸送理論とよばれます。工場から店への配送、データの比較、画像処理、AIの学習にも使われています。数学者のヴィラニ(2010年にフィールズ賞)は、この分野の研究でも知られています。

モンジュの名前がつく公式・定理・用語

  • 画法幾何学(モンジュ法):立体を立面図と平面図の2枚で表す方法。→ 投影図とは・投影図の見方。
  • モンジュの円(準円):楕円 x2a2+y2b2=1\frac{x^2}{a^2}+\frac{y^2}{b^2}=1 に直角に引いた2本の接線の交点の軌跡 x2+y2=a2+b2x^2+y^2=a^2+b^2。→ 2次曲線(楕円・放物線・双曲線)・接線の方程式・円の方程式。
  • モンジュの定理:3つの円の外側の共通接線の交点は一直線上にある。
  • モンジュ・アンペール方程式:曲面の曲がり方を表す偏微分方程式。
  • モンジュ問題(最適輸送):運ぶ量×距離の合計を最小にする運び方。
  • 曲率線:曲面上の、最も強く(または弱く)曲がる向きをつないだ線。
「ここが大事!」と説明する合格先生

合格先生

「モンジュ」の名前は、入試では立体の切断・投影図・楕円と直角な接線(モンジュの円)の3つで出会うよ。最初に図をかく習慣が、点数に直結するんだ。

モンジュの逸話と名言

「計算しなかったのか?」と疑われた要塞の問題

メジエール時代の要塞の問題は、モンジュの逸話のなかで最も有名です。長い計算を想定していた教官たちに、図で短時間に正解を示したため、「ずるをしたのでは」と疑われたとされます。ところがよく見ると、答えは正しかったのです。この話から、「計算より図で考える」というモンジュの姿が語り継がれています。ただし、詳しい日付や教官の名前は資料によって異なり、伝承の部分が混ざっていると考えられます。

ナポレオンとの友情

モンジュは、ナポレオンがまだ若い将軍だったころから親しく、エジプトへの遠征でも行動をともにしました。ナポレオンが皇帝になってからも、モンジュを重く用いました。ナポレオンは科学者を厚く遇し、エジプト遠征にも多くの学者を連れていきました。モンジュはその学者団の中心のひとりでした。

モンジュの言葉

確かな名言のかたちで伝わるものは多くありません。ここでは、『画法幾何学』(1799年)の冒頭近くにある、この学問の目的を述べた一節を紹介します(フランス語の原文から訳した、ゆるやかな日本語訳です)。

この技術には2つの主な目的がある。ひとつは、2つの次元しかない図面の上に、3つの次元をもつ物体を正確に表す方法を示すこと。もうひとつは、正確な図から物体の形を見分け、形とおたがいの位置から導かれる真理を引き出す方法を示すことである。

ガスパール・モンジュ(『画法幾何学』(1799年)冒頭近く、訳)

先生としてのモンジュ

モンジュは、教えることがとても上手な先生だったと伝えられています。エコール・ポリテクニークでは、黒板にたくさんの図を手早くかきながら講義をし、学生が自分の手で図をかいて確かめることを重んじました。教室には、立体の模型や石こうの像がならべられ、見て・さわって・図にかく、という流れで学ぶ授業が作られたとされます。「頭で考えるだけでなく、手を動かして形をつかむ」という学び方は、いまの理科や数学の実験・作図の授業にも通じています。受験勉強でも、問題集を目で追うだけでなく、自分で図をかく習慣を持つと理解が深まります。

最後の別れ

1818年にモンジュが亡くなったとき、王政のもとでエコール・ポリテクニークの生徒たちは葬儀に参列することを禁じられたといわれます。それでも学生たちは、自分たちの学校を作った恩師を見送りたいと、こっそり集まったと伝えられています(諸説あります)。パリには今もモンジュ通り、モンジュ広場があり、月のクレーターにも名前が残っています。

サクラちゃん

サクラちゃん

図で考える数学って、計算よりも簡単なんですか?

合格先生

合格先生

簡単というより、間違いに気づきやすいんだよ。図をかくと、答えが大きすぎたり、ありえない形になったりしたとき、すぐ変だと気づけるからね。モンジュは図を使って、技術者が現場で使える数学を作ったんだ。

受験・勉強とモンジュのつながり

中学受験:立体の切断・展開図・投影図

中学受験の算数では、立方体の切断面、立方体の展開図、円すいの展開図、投影図の読み方が毎年のように出ます。これらはすべて「立体を平面にうつして考える」問題で、モンジュの画法幾何学の考え方そのものです。たとえば、立方体を3辺の中点を通る平面で切ると正三角形、6辺の中点を通る平面で切ると正六角形ができます(本ページの図)。

高校数学:楕円と接線、モンジュの円

数学Ⅲの2次曲線では、楕円の接線の問題が出ます。「楕円に直角に引いた2本の接線の交点の軌跡を求めよ」という問題は、入試の定番で、答えはモンジュの円 x2+y2=a2+b2x^2+y^2=a^2+b^2 です。接線の方程式を使えば計算で出せます。公式を覚えているだけでなく、導き方を知っていると、変形された問題にも対応できます。

大学入試:空間図形の力

空間図形が出る大学入試では、空間ベクトルと座標を使って立体の切り口や距離を求めます。空間での三平方の定理も使います。図に頼りすぎず、でも図をかく習慣は捨てない――この両方のバランスを教えてくれるのがモンジュです。京大や東大でも、空間図形の問題は京大理系数学の出題分析などで確かめられるように、定期的に出題されます。

勉強法として:まず図をかく

モンジュの方法のいちばんの教えは、「まず図をかく」です。問題文だけを見つめるより、正面図・平面図・断面図のように、何枚かの図を並べてかくと、見えなかった関係が見えてきます。数学の勉強法については、数学の勉強法(解法の暗記→演習→過去問)も参考にしてください。

立体の問題を解くときの3つのコツ

モンジュの方法を、入試の立体問題にあてはめると、次の3つのコツになります。第1に、真上・正面・真横の3方向から見た図を別々にかくこと。1枚の絵だけで考えると、奥行きの見まちがいが起こります。第2に、切り口は「どの面を通るか」を1面ずつ確かめること。平面が立体の面を横切る場所には、かならず1本の線分ができます。第3に、平行な面を切る線は平行になるという決まりを使うこと。たとえば立方体の向かいあう面では、切り口の線は平行です。この3つを守るだけで、立体の切断の問題は見ちがえるほどやさしくなります。

大学入試でも、座標を入れて計算する前に、まず簡単な見取り図と断面図をかく人のほうが、計算ミスが少なくなります。モンジュが200年以上前に示した「図で考える」姿勢は、いまの受験勉強にもそのまま役に立ちます。

モンジュがその後の数学にあたえた影響

  • 製図・工学:画法幾何学は、建築・機械・造船の図面の決まりのもとになり、産業革命の設計を支えました。いまの三面図・第三角法に受けつがれています。
  • 射影幾何学:モンジュの弟子のひとりポンスレは、画法幾何学から射影幾何学を発展させました。のちのクラインの業績と生涯やヒルベルトの幾何学の仕事にもつながります。
  • 微分幾何学:曲面を微分で調べるモンジュの方法は、ガウスの曲面論・リーマンの幾何学へと続き、現代の物理学の「曲がった空間」の考え方になりました。
  • 最適輸送:土運び問題は、20世紀に再発見されて、経済学・統計・機械学習で使われる重要な分野になりました。
  • 理工系教育:エコール・ポリテクニークは、フランスの理工系エリート教育の原型となり、世界各国の工科大学のお手本になりました。この学校の出身者から、コーシーの業績と生涯をはじめ、多くの数学者・技術者が出ています。

エッフェル塔には72人の科学者・技術者の名前が刻まれていて、モンジュもその中に入っています。「図をかいて考える」という、いちばん基本的な数学の姿勢を、学校の形で残した人物でした。

モンジュに挑戦!練習問題

やさしい

  1. 1辺が1の立方体を、6つの辺の中点を通る平面で切ったとき、切り口は何という図形ですか。
    答えと解説を見る正六角形です。立方体の対称性から、6つの辺の中点が同じ形にならぶためです。
  2. 楕円 x216+y29=1\dfrac{x^2}{16}+\dfrac{y^2}{9}=1 のモンジュの円の方程式を答えなさい。
    答えと解説を見るa2=16, b2=9a^2=16,\ b^2=9 なので、x2+y2=16+9=25x^2+y^2=16+9=\mathbf{25} です。半径5の円になります。

ふつう

  1. 楕円 x29+y24=1\dfrac{x^2}{9}+\dfrac{y^2}{4}=1 に、点 (3,2)(3,2) から引いた2本の接線の方程式を求めなさい。
    答えと解説を見る楕円 x2a2+y2b2=1\dfrac{x^2}{a^2}+\dfrac{y^2}{b^2}=1 の接線のうち、軸に平行なものは x=±a, y=±bx=\pm a,\ y=\pm b です。点 (3,2)(3,2) を通るのは x=3x=3 と y=2y=2 の2本で、直角に交わります。
  2. 1辺が6の立方体 ABCD-EFGH(ABCD が下の面で、A の真上が E)を、3つの頂点 A, C, FA,\ C,\ F を通る平面で切るとき、切り口の三角形の1辺の長さを求めなさい。
    答えと解説を見る3つの頂点はどれも、立方体の面の対角線の両端です。面の対角線の長さは 626\sqrt2 なので、切り口は1辺 626\sqrt2 の正三角形です。

むずかしい

  1. 楕円 x2a2+y2b2=1\dfrac{x^2}{a^2}+\dfrac{y^2}{b^2}=1 の外の点 P(p,q)P(p,q) から、直角に交わる2本の接線が引けるための条件を求め、モンジュの円の方程式を導きなさい。
    答えと解説を見る接線を y=mx+ny=mx+n とおくと、楕円に接する条件は n2=a2m2+b2n^2=a^2m^2+b^2 です。これに PP を通る条件 q=mp+nq=mp+n を入れて (p2−a2)m2−2pqm+q2−b2=0(p^2-a^2)m^2-2pqm+q^2-b^2=0 を得ます。2本の接線の傾き m1,m2m_1,m_2 が直角なら m1m2=−1m_1m_2=-1 で、解と係数の関係から q2−b2p2−a2=−1\dfrac{q^2-b^2}{p^2-a^2}=-1。整理して p2+q2=a2+b2p^2+q^2=a^2+b^2 となります。
  2. 正四面体の4つの面の重心を結ぶと、もとの正四面体と相似な正四面体ができます。その相似比と体積比を答えなさい。
    答えと解説を見る重心は、各頂点から対面の重心への線を 3:13:1 に分けます。4つの面の重心を結ぶと、もとの正四面体を重心のまわりに −13-\dfrac13 倍に縮小した形になります。相似比は 1:31:3、体積比は 1:271:27 です。

モンジュと関係する数学者

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よくある質問

モンジュは何をした人ですか?

モンジュは、18世紀後半から19世紀はじめのフランスの数学者です。立体を2枚の図で正確に表す画法幾何学を作り、曲面を微分で調べる微分幾何学を切りひらきました。エコール・ポリテクニーク(理工科学校)の創設にもかかわった人物です。

画法幾何学とは何ですか?

画法幾何学は、3次元の立体を、立面図と平面図などの2次元の図で正確に表す技術です。対応する点を結ぶことで、立体の形や位置、切り口、影の形まで図の上で求められます。いまの製図や三面図のもとになりました。

モンジュの円とは何ですか?

楕円 x²/a²+y²/b²=1 に直角に交わる2本の接線を引いたとき、その交点がえがく円のことです。方程式は x²+y²=a²+b² で、準円とも呼ばれます。大学入試の2次曲線の問題で出ます。

モンジュの定理とは何ですか?

大きさのちがう3つの円のうち、2つずつの円の外側の共通接線の交点は、3つとも1本の直線の上にならぶ、という定理です。メネラウスの定理などで証明できます。

モンジュはどこの国の人ですか?何歳で亡くなりましたか?

モンジュはフランスのブルゴーニュ地方のボーヌで1746年に生まれ、1818年7月28日にパリで72歳で亡くなりました。

モンジュとナポレオンの関係は?

モンジュはイタリア遠征中にナポレオンと親しくなり、1798年のエジプト遠征にも同行して、エジプト学士院の初代院長になりました。ナポレオンが皇帝のときも重く用いられ、1808年にペリューズ伯爵の称号を受けました。

モンジュの名言はありますか?

短い名言として確かなものは多くありません。『画法幾何学』(1799年)の冒頭では、この学問の目的を、3次元の物体を2次元の図面に正確に表すことと、その図から形と位置関係を導くことだと述べています。

モンジュは中学受験・高校受験・大学受験に関係がありますか?

関係があります。中学受験の立体の切断・展開図・投影図は、画法幾何学の考え方につながります。大学受験では、楕円の接線の問題でモンジュの円が使われます。

エコール・ポリテクニークとは何ですか?

1794年に創設されたフランスの理工系のエリート校で、モンジュは創設にかかわり、画法幾何学を教えました。フランス革命期に、数学と科学を国の役に立てることを目的に作られ、多くの数学者や技術者を育てました。

モンジュの土運び問題とは何ですか?

1781年にモンジュが考えた、山の土をどの穴にどう運べば、運ぶ量×距離の合計が最小になるかという問題です。20世紀に見直されて最適輸送理論となり、経済学や機械学習でも使われています。

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出典・参考

  • MacTutor History of Mathematics「Gaspard Monge」(セント・アンドルーズ大学)
  • G. Monge, “Géométrie descriptive”(1799年)
  • 肖像:F.-S. Delpech による石版画「Gaspard Monge」(19世紀)、Wikimedia Commons(パブリックドメイン)

最終更新:2026年11月2日/作成:大学受験合格大作戦