安島直円は何をした人?業績・生涯・逸話をわかりやすく|和算・円理・三斜三円術・円柱の体積

安島直円は何をした人?業績・生涯・逸話をわかりやすく|和算・円理・三斜三円術・円柱の体積

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安島直円Naonobu Ajima

ひとことで言うと

江戸中期の和算家で、関孝和と並ぶ「二大焦点」とよばれる。三角形の中に3つの円を入れる問題(のちのマルファッティの問題)や、円柱が交わる立体の体積(二重積分にあたる方法)を解いた。

名前安島直円(あじま なおのぶ。Naonobu Ajima)
生没年1732年(享保17年。1739年説もある)〜1798年5月20日(寛政10年4月5日)
国日本(江戸時代。江戸生まれ、出羽国新庄藩の藩士)
分野和算(円理・幾何・整数・対数)と暦学
主な業績三斜三円術(マルファッティの問題)、傍斜法、円柱の相貫体の体積(二重積分にあたる方法)、二項展開の拡張、対数・循環小数・整数の研究、『不朽算法』
名前がつくもの安島・マルファッティ点(三角形の特別な点)、月面クレーター「ナオノブ」
よばれ方関孝和と並ぶ和算の「二大焦点」

このページのポイント

  • 三角形の中にたがいに接する3つの円を入れる三斜三円術を、1803年のマルファッティ(イタリア)より前にあつかったとされる
  • 2本の円柱が直角に交わる立体の体積 16r³/3 を、二重の積分にあたる方法で求め、円理を大きく進めた
  • 弟子の日下誠から和田寧へと円理がつながり、関孝和と並ぶ和算の「二大焦点」と評される

安島直円は何をした人?(業績をひとことで)

安島直円(あじま なおのぶ、1732年〜1798年)は、江戸時代中ごろの和算家・暦学者です。出羽国新庄藩(今の山形県新庄市)の藩士で、江戸でうまれました。円や球の長さ・面積・体積を、積分に近い計算で求める「円理」を大きく進め、円柱どうしが交わる立体の体積を二重の積分にあたる方法で求めました。また、三角形の中に3つの円を入れる問題(のちの西洋でマルファッティの問題とよばれるもの)を、ヨーロッパより先に解いたことで知られます。

安島直円は、関孝和と並んで、和算史の「二大焦点」とよばれる大数学者です。関孝和が和算の基礎を作った人なら、安島直円は、そのあとの和算を円理(微分積分に近い数学)の高みに引き上げた人です。月面のクレーターに「ナオノブ」という名前がつけられているのも、安島直円にちなむとされます。

大学受験の数学では、安島直円の名前は出ません。けれど、重積分(体積を求める積分)、積分の計算(置換・部分積分)、円と直線(接する条件)、対数(log)とはなど、安島直円の仕事は、高校・大学の数学のすぐ近くにあります。

うかるくん

うかるくん

江戸時代に、積分みたいな計算があったんですか? 西洋の数学を習ったんですか?

合格先生

合格先生

日本の中で、自分たちで育てた計算だよ。関孝和の弟子たちが円の長さや面積を級数で求める「円理」を作って、安島直円はそれを、体積まで求められる強力な道具にしたんだ。

安島直円の生涯と年表

江戸の新庄藩邸で生まれる

安島直円は、1732年(享保17年)、江戸の新庄藩の屋敷で生まれたとされます。家は代々、出羽国新庄藩(戸沢家)の藩士で、江戸につめる家来でした。禄高(給料)は、父の80石を1754年に受けつぎ、のちに120石まで増えたとされます。なお、生年を1739年とする資料もあり、はっきり決まっていません。

入江応忠と山路主住に学ぶ

安島直円は、まず中西流の入江応忠に、つづいて関流の山路主住(やまじ ぬしずみ)に学びました。山路主住からは、数学だけでなく、天文学・暦学も教わり、関流の免許皆伝を授けられて、関流の流れを受けついだ人とされます。山路主住は、久留島義太(酒好きの天才和算家)に学んだ人でもあるので、安島直円は久留島義太の孫弟子にあたります。

暦づくりを手伝う

当時の暦(カレンダー)づくりは、数学者の大切な仕事でした。安島直円は、師の山路主住の暦づくりを手伝ったとされます。のちに『授時暦便蒙』(1768年ごろ完成)などの暦についての本も書いています。

藩の仕事と、数学の研究

安島直円は、数学者であるだけでなく、新庄藩の役人でもありました。藩の財政の立て直しに力をつくして、加増(給料が増えること)を受けたとされます。昼は役人として働き、夜は数学の研究をする生活だったのかもしれません。

円理の大成:生涯の後半

安島直円は、円柱が交わる立体の体積、円どうしの接する問題、二項展開の拡張など、円理の中心的な業績をあげました。著作は、生前には公刊されず、写本(手書きの写し)で広まったとされます。業績をまとめた『不朽算法』は、没後の1799年にまとめられた、とされます。

1798年に亡くなる

安島直円は、寛政10年4月5日(西暦1798年5月20日)に亡くなりました。65〜66歳ぐらいだったとされます。お墓は東京都港区の常林寺にあり、東京都の史跡に指定されています。没後200年の1998年には、出身地の山形県新庄市に、顕彰碑(たたえる石碑)が建てられました。

年できごと
1732年安島直円が江戸の新庄藩邸で生まれる(享保17年。1739年説もある)
1755年ごろ宝暦暦への改暦のころ。師の山路主住のもとで暦と天文を学ぶ(このころは安島直円は二十歳すぎ)
1768年ごろ暦の解説書『授時暦便蒙』が完成する(明和5年)
生涯の後半円柱の相貫体の体積を、二重の積分にあたる方法で求める(円理二次綴術。年は分かっていない)
1780年代円内に円をならべる「累円」の研究を進める(1784年ごろ)
1791年累円の一般の場合をまとめたとされる(寛政3年)
1798年5月20日寛政10年4月5日に亡くなる(65〜66歳ごろ)
1799年業績をまとめた『不朽算法』がまとめられたとされる
1803年イタリアのマルファッティが、三角形の中の3つの円の問題を発表
1976年月面のクレーターが「ナオノブ」と名づけられる
1998年没後200年。新庄市に顕彰碑が建てられる

安島直円の主な業績をやさしく解説

業績を見る前に、円理(えんり)という言葉を説明しておきます。円理とは、円や球、曲線で囲まれた図形の長さ・面積・体積を、数の列(級数)や細かい切りわけで求める和算の分野です。もとは、円周率や円弧の長さを求める研究から生まれました。関孝和が土台を作り、弟子の建部賢弘が無限級数で大きく進め、安島直円がそれを体積や接する円の問題にまで広げました。現代でいえば、微分・積分の入口にあたる内容を、和算の言葉と道具で作りあげたのです。

安島直円の方法の特徴は、図形を「細く切って、足し合わせる」ことと、長さの関係をすべて式にしてから、方程式で解くことです。どちらも、現代の高校・大学の数学で毎日使う考え方です。以下の5つの業績を、図といっしょに見ていきましょう。

業績1 三斜三円術:三角形の中の3つの円

三角形の中に、たがいに接する3つの円を入れます。それぞれの円は、三角形の2つの辺にも接するようにします。この3つの円の半径を求める問題が、三斜三円術です。

三角形の中の3つの円(三斜三円術)3つの円は、たがいに接し、三角形の2辺にも接する
三角形の中に、たがいに接し、それぞれ三角形の2辺にも接する3つの円を入れた図。安島直円の三斜三円術の問題

この問題は、イタリアのマルファッティが1803年に論文にしたので、西洋では「マルファッティの問題」とよばれます。じつは、安島直円はそれよりも前に、同じ問題をあつかっていたとされます。2つの三角形の「中心」(点)には、のちに「安島・マルファッティ点」という名前までついています。

なお、現代の研究では、この3つの円(マルファッティの円)は、「三角形の中に入れられる3つの円の面積の合計が最大」の答えではないことが分かっています。それでも、円どうしがたがいに接する複雑な条件を、方程式で表して解いたことは、江戸時代の数学の高さを示す業績です。この問題は円と直線(接する条件)や、内接円の半径に通じる考え方を使います。

業績2 傍斜法:円の接触問題の基本公式

円が直線や、ほかの円に接する問題を解くときの、安島直円の基本の道具が傍斜法です。たとえば、1本の直線に接する2つの円が、たがいに接しているとき、直線との接点の間の長さは、2つの半径のかけ算の平方根の2倍になります。

接点の間の長さ=2r1r2\text{接点の間の長さ}=2\sqrt{r_1r_2}
傍斜法:円が接するときの長さr₁=4r₂=1接点の間の長さ = 2√(r₁×r₂) = 2×2 = 4(中心を結ぶ長さ r₁+r₂=5、高さの差 3 から 5²−3²=16)
直線に接する半径4と1の2つの円。接点の間の長さは2√(4×1)=4。三平方の定理で5²−3²=16からも確かめられる

なぜそうなるのでしょうか。2つの円の中心を結ぶ線の長さは r1+r2r_1+r_2、中心の高さの差は r1−r2r_1-r_2 です。直角三角形で三平方の定理を使うと、横の長さは (r1+r2)2−(r1−r2)2=4r1r2=2r1r2\sqrt{(r_1+r_2)^2-(r_1-r_2)^2}=\sqrt{4r_1r_2}=2\sqrt{r_1r_2} になります。

この「共通接線の長さ」の公式は、中学受験・高校受験・大学受験のどの段階でも、円が接する図形問題でよく使います。安島直円は、これをたくみに使って、むずかしい円の問題を、ふつうの方程式にかえました。

業績3 円柱の相貫体:二重の積分にあたる方法

2本の同じ太さの円柱を、直角に交わらせると、重なった部分は、ふしぎな形の立体になります。この立体の体積は、じつは163r3\dfrac{16}{3}r^3(rr は円柱の半径)です。この体積を求める方法を、安島直円は円理二次綴術などの方法で、二重の積分にあたる計算によって導きました。

2本の円柱が交わる立体の体積円を高さ z で切った幅2√(r²−z²)z高さ z(−r から r)断面積 4(r²−z²)体積 = 16r³ ÷ 3
2本の円柱が直角に交わる立体の体積。高さzでの断面は正方形で、面積は4(r²−z²)。これを足し合わせた体積は16r³÷3

この立体を水平に切ると、切り口はいつも正方形になります。高さ zz のところで、正方形の1辺は 2r2−z22\sqrt{r^2-z^2}、面積は 4(r2−z2)4(r^2-z^2) です。これを z=−rz=-r から z=rz=r まで足し合わせると、次のようになります。

∫−rr4(r2−z2) dz=4(2r3−2r33)=163r3\int_{-r}^{r}4(r^2-z^2)\,dz=4\left(2r^3-\frac{2r^3}{3}\right)=\frac{16}{3}r^3

定積分と面積・体積で習う「断面積を足し合わせて体積を求める」考え方そのものです。じつは古代ギリシャのアルキメデス(球の体積の発見者)も、同じ立体の体積を考えていたとされます。安島直円は、それを江戸時代の日本の方法で、きちんと計算したのです。

業績4 二項展開の拡張:1/2乗から1/n乗へ

建部賢弘(円周率の級数の弟子)は、(1+x)1/2(1+x)^{1/2}、つまり平方根を、足し算の形(級数)にする式を見つけていました。安島直円は、これを1/n乗の場合に広げた、とされます。

√(1+x) を足し算で近づける(x=0.2)1 + x/2 − x²/8 + x³/16 − 5x⁴/128 + …1項まで1.000002項まで1.100003項まで1.095004項まで1.095505項まで1.09544ほんとうの √1.21.09545
√(1+x)を1、x/2、−x²/8、…と足していくと、x=0.2で本当の√1.2=1.09545に近づく

図のとおり、項をふやすほど、本当の値にどんどん近づきます。一般の形で書くと、次の式になります。

(1+x)1/n=1+xn+1n(1n−1)2x2+⋯(1+x)^{1/n}=1+\frac{x}{n}+\frac{\frac1n\left(\frac1n-1\right)}{2}x^2+\cdots

たとえば n=3n=3 なら 1+x3−x29+5x381−⋯1+\dfrac{x}{3}-\dfrac{x^2}{9}+\dfrac{5x^3}{81}-\cdots です。これは、西洋のニュートン(二項定理の一般化)が見つけた一般の二項定理と、同じ種類の式です。関連する内容は、二項定理(展開と係数)、マクローリン展開、テイラー展開で学べます。

業績5 対数・循環小数・整数の研究

安島直円は、対数の研究でも独創的な仕事をしたとされます。対数は、かけ算を足し算にかえる道具です。log⁡2≈0.301\log 2\approx0.301、log⁡3≈0.477\log 3\approx0.477 なので、足すと 0.778、これは log⁡6\log 6 にあたります。逆に「対数から元の数」を引く逆対数表をつくる研究もしたとされます。

対数:かけ算を足し算に2 × 3 = 6 を、長さの足し算で0.301log 20.477log 3全体 0.778 = log 610の0.778乗 = 6大きな数のかけ算も、表を引いて足すだけ(安島直円は、逆に「対数から数」を引く表も研究)
2の対数0.301と3の対数0.477を足すと、6の対数0.778になる。かけ算を足し算にかえる対数の考え方

さらに、循環小数(0.142857142857…のように、同じ数字がくり返される小数)の研究や、不定方程式(式の数より未知数が多い整数の方程式)の研究、行列式の展開(ラプラス展開にあたる考え方)の研究も残したとされます。循環小数とは、1次不定方程式(整数解)、行列式の計算と性質も参考にしてください。

安島直円の名前がつく公式・定理・用語

現代の教科書に「安島の公式」はありません。けれど、数学の世界には、安島直円にちなむ名前がいくつかあります。

  • 安島・マルファッティ点:三角形の中に入れた3つの円と、三角形の頂点をむすんでできる、特別な点。(→ 円と直線(接する条件))
  • 三斜三円術:三角形の中に、たがいに接する3つの円を入れる問題とその解法。
  • 四円六斜術:4つの円がたがいに接するときの関係(のちに西洋のケーシーが示した定理に当たるとされます)。
  • 傍斜法:円の接触問題の基本公式。接点の間の長さ=2√(r₁r₂)。
  • 円理二次綴術:二重の積分にあたる方法。円柱の相貫体の体積などを求めた。
  • 不朽算法:業績をまとめた書物の名。
  • ナオノブ(月のクレーター):月面の地名。1976年に名づけられたとされます。
「ここが大事!」と説明する合格先生

合格先生

円が接する問題では、中心どうしを結ぶ線と直角三角形を作ると解けることが多いよ。安島直円の「傍斜法」も、ここからできた公式なんだ。

安島直円の逸話と名言

藤田貞資が「当代の名人」とほめた

同じ山路主住の門下に、藤田貞資(ふじた さだすけ)がいました。藤田貞資は、のちに多くの弟子を持ち、世間では藤田のほうが「名人」とよばれたといいます。ところが、藤田貞資は、安島直円こそ当代の名人と評していた、と伝えられます。世間の人気と、仲間うちでの評価が、くいちがっていた、という話です。

関孝和と並ぶ「二大焦点」

和算史の研究者は、和算の歴史を、楕円の2つの焦点にたとえることがあります。ひとつは関孝和、もうひとつが安島直円です。2人を中心に、和算の発展が語られる、という意味で、数学者としての評価の高さがよく分かります。

安島直円こそ、当代の名人である。

藤田貞資の評価として伝わる言葉(本人の言葉でなく、同門の藤田貞資が評したと伝えられる内容です。正確な言いまわしは伝わっていません)

役人としても優秀だった

安島直円は、数学だけの人ではありませんでした。藩の財政の立て直しで成果をあげ、そのほうびとして給料が増えたとされます。数学者でありながら、お金の計算にも強い実務家だったのです。

遠い国で、同じ問題が考えられていた

マルファッティの問題は、1803年にイタリアで発表されて、世界中の数学者が研究しました。ところが、日本ではそれより前に、安島直円が同じ問題を考えていたとされます。数学は国がちがっても、同じ疑問にたどり着くことがあるのです。

書いたものは写本で広まった

安島直円は、著作を本として出版することはなく、弟子たちが写本を作って受けついだとされます。江戸時代の和算では、研究の成果を師から弟子へ、秘伝のように伝える習慣がありました。だから、のちの時代に、「この発見はだれがいつ最初に考えたのか」をたどるのが、とてもむずかしくなっています。

サクラちゃん

サクラちゃん

安島直円と関孝和は、同じ時代の人ですか?

合格先生

合格先生

いや、関孝和は1708年に亡くなっていて、安島直円はその24年後に生まれた。つまり、安島直円は関孝和の数世代あとの弟子筋にあたるんだ。関孝和が作った道具を、直円がさらに強力にした、と考えるといいよ。

受験・勉強と安島直円のつながり

中学受験:円と円が接する問題

中学受験の算数には、円が円に接する図形問題が出ることがあります。たとえば、半径がちがう2つの円が、かたい板の上に置かれている、という問題です。円の中心から、かならず接点に半径を引くと、直角が見つかり、直角三角形が作れます。傍斜法も、この考え方の応用です。

高校受験:三平方の定理と円

高校受験の図形の最後の問題では、円と円が接する問題が人気です。三平方の定理と、接線は半径に垂直という性質を使って、共通接線の長さを求めます。このとき、2r1r22\sqrt{r_1r_2}という安島直円の公式を覚えておくと、計算がとても速くなります。

大学受験:積分による体積・二項定理・対数

  • 体積の積分:数学IIIで、断面積を積分して体積を求めます。2本の円柱が交わる立体の体積は、東大・京大などの入試でも題材になることがある有名な問題です。定積分と面積・体積で練習しましょう。
  • 二項定理の拡張:数学IIIのテイラー展開で、(1+x)α(1+x)^{\alpha}の展開を使います。テイラー展開の入門になります。
  • 対数:数学IIの指数・対数関数で、「かけ算を足し算にかえる」道具として登場します。指数・対数の計算を練習すると、安島直円が研究した内容の意味がよく分かります。
  • 円と直線・円と円:数学IIの図形と方程式で、円の方程式と接する条件を学びます。

体積を求める問題の考え方:3つの手順

安島直円のやり方を、現代の入試問題の解き方にまとめると、次の3つの手順になります。手順1:立体を、ある向きに切った「切り口」の形を調べます(円柱の相貫体なら、切り口は正方形でした)。手順2:切る場所(高さ z)が変わると、切り口の面積がどう変わるかを、z の式で表します。手順3:その面積を、z の端から端まで足し合わせます(積分します)。この3手順は、球、円すい、回転体など、ほとんどすべての体積の問題に使えます。図を描いて、切り口の形を決めることが、いちばん大切です。

勉強法として:「図に直角三角形を作る」

安島直円の仕事で一番役立つ心がまえは、むずかしい図は、直角三角形に分けて考えることです。円の問題で行きづまったら、中心から接点に線を引いて、直角三角形を探しましょう。勉強の進め方は数学の勉強法(解法の暗記→演習→過去問)、京大の数学の対策は京大理系数学の出題分析と対策も参考にしてください。

安島直円がその後の数学にあたえた影響

  • 弟子の日下誠から和田寧へ:安島直円の弟子には、日下誠(くさか まこと)がいて、その門下からは、和田寧(円理表をまとめた和算家)が出ました。和田寧は、安島直円の二重積分の方法を一般的な形に広げ、円理表(定積分の表)を完成させました。
  • 坂部広胖への免許皆伝:元旗本の坂部広胖(さかべ こうはん)が、安島直円から免許皆伝を受けたとされます。和算の教えが、身分の枠をこえて広まったことが分かります。
  • 円理の完成:円理は、関孝和(和算の基礎を築いた人)から建部賢弘、そして安島直円、和田寧へと育てられ、江戸時代の和算の最高到達点になりました。
  • 算額の円の問題へ:江戸時代の神社やお寺にささげられた算額には、円と円、円と三角形が接する問題がたくさん見られます。傍斜法のような道具があったからこそ、こうした複雑な図形の問題を、ふつうの人でも楽しめるようになったと考えられます。くわしくは江戸時代の和算の入口である関孝和のページも見てください。
  • 世界の数学史での評価:マルファッティの問題や、ケーシーの定理(4つの円の関係)に当たる内容を、西洋よりも早く扱った点が評価されています。月面のクレーターの名前にもなりました。

安島直円の数学を見ていると、「問題を方程式に直して解く」ことの強さがよく分かります。円どうしが接する複雑な図形も、中心と半径を決めて長さの関係を式にすれば、あとは計算で答えが出ます。これは、デカルト(座標で幾何を代数にした数学者)の「座標幾何」の精神と、よく似ています。

また、安島直円が役人の仕事と数学を両立したことも、勉強する私たちに勇気をくれます。受験生の毎日も、勉強以外のことがたくさんあります。それでも、短い時間でも、コツコツと考え続ければ、大きな発見にたどり着けるかもしれません。同じ18世紀のオイラー(無数の公式を見つけた数学者)も、毎日の仕事のあいまに、膨大な数学を残しました。

安島直円に挑戦!練習問題

やさしい

  1. 直線に接する半径9と半径4の2つの円が、たがいに接しています。直線との接点の間の長さを、公式 2r1r22\sqrt{r_1r_2} で求めなさい。
    答えと解説を見る2√(9×4)=2×6=12。(三平方の定理で √(13²−5²)=√144=12 とも求められます)
  2. 対数の表で、log 2=0.301、log 3=0.477 のとき、log 6 の値を求めなさい。
    答えと解説を見る6=2×3なので、log 6=log 2+log 3=0.301+0.477=0.778。

ふつう

  1. 半径 r の球を、中心を通る平面で切った断面(円)の面積を、中心からの距離 z の関数として表しなさい。
    答えと解説を見る断面の円の半径は √(r²−z²) なので、面積はπ(r²−z²)。(これを −r から r まで積分すると、球の体積 4πr³/3 になります)
  2. 二項展開を使って、√1.2 の近似値を、x=0.2 の最初の3項(1+x/2−x²/8)で求めなさい。
    答えと解説を見る1+0.2÷2−0.2²÷8=1+0.1−0.04÷8=1+0.1−0.005=1.095。(本当の値は 1.0954…で、かなり近い値です)

むずかしい

  1. 直角に交わる2本の円柱(半径1)の共通部分を高さ z(−1≦z≦1)で切ると、切り口は正方形になります。この立体の体積を積分で求めなさい。
    答えと解説を見る切り口の1辺は 2√(1−z²)、面積は 4(1−z²)。体積=∫₋₁¹ 4(1−z²)dz=4×[z−z³/3]₋₁¹=4×(2−2/3)=16/3。(16r³/3 で r=1 の場合です)
  2. (1+x)^(1/3) を、x の2次の項まで展開しなさい。
    答えと解説を見る一般の二項展開より、1+(1/3)x+[(1/3)(1/3−1)/2]x²=1+x/3+[(1/3)(−2/3)/2]x²=1+x/3−x²/9。

安島直円と関係する数学者

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18世紀の数学者

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よくある質問

安島直円は何をした人ですか?

安島直円は、江戸時代中ごろの和算家です。円や立体の長さ・面積・体積を積分に近い方法で求める円理を進め、三角形の中に3つの円を入れる三斜三円術や、円柱が交わる立体の体積などを研究しました。

安島直円はなぜ有名なのですか?

関孝和と並ぶ和算の「二大焦点」と評され、西洋より早くマルファッティの問題にあたる内容を扱ったとされるからです。二重積分にあたる方法で、複雑な立体の体積を求めたことも評価されています。

安島直円は何年に生まれ、何歳で亡くなりましたか?

1732年(享保17年)に江戸で生まれたとされ、1739年説もあります。1798年5月20日(寛政10年4月5日)に亡くなりました。年齢は65〜66歳ごろと考えられています。

マルファッティの問題とは何ですか?

三角形の中に、たがいに接し、それぞれ三角形の2辺にも接する3つの円を入れて、その半径を求める問題です。1803年にイタリアのマルファッティが発表しました。安島直円は三斜三円術として、それより前にあつかっていたとされます。

安島直円は関孝和とどんな関係ですか?

直接の弟子ではありません。関孝和が亡くなって24年後に生まれ、関流の山路主住に学びました。関孝和が作った和算を、円理の分野でさらに高めたため、2人が「二大焦点」とよばれます。

安島直円は積分を使っていたのですか?

現代の積分と同じ記号や考え方ではありませんが、細かく切って足し合わせる積分にあたる計算をしていました。円柱が交わる立体の体積を、二重の積分にあたる方法で求めたことで知られます。

安島直円の弟子にはだれがいますか?

日下誠・馬場正督・坂部広胖などが知られます。日下誠の門下からは和田寧が出て、円理表を完成させました。元旗本の坂部広胖は、安島直円から免許皆伝を受けたとされます。

安島直円のお墓や記念碑はどこにありますか?

お墓は東京都港区の常林寺にあり、東京都の史跡になっています。没後200年の1998年には、出身地の山形県新庄市に顕彰碑が建てられました。月面のクレーターにも「ナオノブ」の名がついています。

安島直円の仕事は、受験にどう関係しますか?

名前が入試に出ることはありません。しかし、円と円が接する問題、共通接線の長さ、断面積を積分して体積を求める問題、二項展開、対数など、安島直円の仕事とつながる内容は、中学受験から大学受験まで出題されます。

あわせて読みたい

出典・参考

  • 日本学士院編『明治前日本数学史』(安島直円の項)
  • 日本語版ウィキペディア「安島直円」、コトバンク「安島直円」
  • 英語版ウィキペディア「Ajima Naonobu」(生年1732年説・1739年説の併記、クレーター名など)
  • 平山諦ほか『和算の歴史』(江戸中期の和算家)

最終更新:2026年11月3日/作成:大学受験合格大作戦