ダニエル・ベルヌーイは何をした人?業績・生涯・名言|ベルヌーイの定理・サンクトペテルブルクのパラドックス

ダニエル・ベルヌーイは何をした人?業績・生涯・名言|ベルヌーイの定理・サンクトペテルブルクのパラドックス

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ダニエル・ベルヌーイDaniel Bernoulli

ひとことで言うと

流体のベルヌーイの定理と、期待効用の考え方で知られるスイスの数学者・物理学者・医学者。

名前ダニエル・ベルヌーイ(Daniel Bernoulli)
生没年1700年2月8日〜1782年3月17日(82歳)
国スイス(オランダのフローニンゲン生まれ、バーゼルで活動)
分野確率・流体力学・物理・医学
主な業績『流体力学』(1738年)、ベルヌーイの定理、期待効用(サンクトペテルブルクのパラドックス)、弦の振動の重ね合わせ、天然痘の予防接種の分析
名前がつくものベルヌーイの定理(ベルヌーイの式)、サンクトペテルブルクのパラドックス
よばれ方ベルヌーイ一家の甥の世代。叔父はヤコブ、父はヨハン

このページのポイント

  • ベルヌーイの定理:流れが速いところは圧力が低い(高校物理・大学入試の定番)
  • サンクトペテルブルクのパラドックスを、お金の満足度(効用)の考え方で解いた
  • 叔父はヤコブ(大数の法則)、父はヨハン(微積分)。取りちがえに注意

ダニエル・ベルヌーイは何をした人?(業績をひとことで)

ダニエル・ベルヌーイ(1700〜1782年)は、スイスの数学者・物理学者・医学者です。高校の物理で習うベルヌーイの定理(流れが速いところは圧力が低い)に名前が残っています。飛行機が飛ぶしくみ、霧吹き、野球の変化球を説明するときによく使われる、あの法則です。

数学の世界では、サンクトペテルブルクのパラドックス(期待値が無限大なのに、だれもそんな大金を払いたがらない、という不思議な問題)を解こうとして、期待効用の考え方を作った人として知られます。お金の価値は、金額そのものではなく、持っている財産に対する「満足度」で決まる、という考え方で、現代の経済学や保険の理論の出発点になりました。

ベルヌーイ家は、数学者を何人も出した一族です。ダニエルの叔父はヤコブ・ベルヌーイ、父はヨハン・ベルヌーイで、ダニエルはその次の世代です。名前が似ていて、とても間違えやすいので、このページの最後に、家系図の表を載せました。

速いところは、圧力が低い水位が高い水位が低い太い:遅い・圧力 高細い:速い・圧力 低p + ½ρv² = 一定(高さが同じとき)
管が細くなると流れが速くなり、圧力が下がる。ベルヌーイの定理
ダニエル・ベルヌーイの肖像画
ダニエル・ベルヌーイの肖像画(18世紀、ヨハン・ルドルフ・フーバー作の絵をもとにした版画)画像:Johann Jakob Haid/Johann Rudolf Huber/Wikimedia Commons(パブリックドメイン)

このページでは、ダニエルの生涯、ベルヌーイの定理、サンクトペテルブルクのパラドックス、弦の振動の研究、そして受験とのつながりを、図を見ながら説明します。

うかるくん

うかるくん

ベルヌーイって、いろんな人がいて、よくわからなくなります……。

合格先生

合格先生

そうだね。確率の「大数の法則」は叔父のヤコブ、流体の「ベルヌーイの定理」は甥のダニエルだと覚えよう。ダニエルのお父さんヨハンは、ロピタルの定理の本当の発見者だとも言われる人だよ。

ダニエル・ベルヌーイの生涯と年表

オランダで生まれ、バーゼルで育つ

ダニエルは1700年2月8日、オランダのフローニンゲンで生まれました。父ヨハンは、そのころフローニンゲン大学の教授でした。1705年、叔父ヤコブが亡くなったため、父ヨハンがスイスのバーゼル大学の教授になり、一家はバーゼルに引っ越しました。ダニエルは、ここで育ちました。

数学者になりたかったが、医学の道へ

父ヨハンは、ダニエルを商人にしたかったと伝えられています。ダニエルは、数学者になりたかったのですが、父との妥協の結果、医学を学ぶことになりました。バーゼル大学などで学び、1720年ごろ、呼吸のしくみについての論文で、医学の博士号を取りました。医学の知識は、のちに血液の流れや筋肉の動きの研究にも役立ちました。

1724年:最初の数学の本を出版

1724年、イタリアのベネチアで、最初の数学の本『数学的演習(Exercitationes)』を出しました。ゴールドバッハ(ゴールドバッハ予想で有名な数学者)の助けで出版されたとされ、確率(トランプの「ファロ」という賭けの計算)、水の流れ、リッカチ方程式などを扱っています。1725年にはパリ科学アカデミーの賞を、船の上で使う砂時計の設計で受賞しました。

ペテルブルクの8年間

1725年、ダニエルは兄ニコラウスとともに、ロシアのサンクトペテルブルクの科学アカデミーに招かれました。ところが、兄ニコラウスは、到着して約8か月で熱病のために亡くなってしまいます。悲しみの中、ダニエルはペテルブルクにとどまりました。1727年には、スイスで知り合った若者オイラーがペテルブルクにやってきて、同じアカデミーで働くようになりました。1725〜1733年は、ダニエルにとって最も生産的な時期で、弦の振動、確率、保険の研究などをしました。

バーゼルへ。父との不和

1733年にペテルブルクを離れ、1734年にバーゼルに戻って、植物学などを教えました(物理学の教授になるのは1750年です)。1734年には、パリ科学アカデミーの賞を、父ヨハンと分け合いました。ところが、ダニエルが父と同じ賞をとったことに、父は強く怒ったと伝えられます。父子の関係は、その後も修復されませんでした。1738年の『流体力学(Hydrodynamica)』の出版でも、父は、のちに自分の本の出版年を古くして、ダニエルが自分の考えを盗んだように見せた、とされます。

晩年:10回の賞と物理学の教授

ダニエルは、パリ科学アカデミーの賞を合計10回受けました。1750年にバーゼル大学の物理学の教授になり、同じ年にイギリス王立協会の会員にも選ばれています。1782年3月17日、バーゼルで亡くなりました。82歳でした。

年できごと
1700年2月8日、オランダのフローニンゲンで生まれる
1705年一家でスイスのバーゼルに引っ越す
1720年医学の博士号を取る(呼吸の研究)
1724年最初の数学の本『数学的演習』を出版
1725年パリ科学アカデミーの賞。ペテルブルクの科学アカデミーに招かれる
1727年オイラーがペテルブルクに着き、同僚になる
1733年ペテルブルクを離れ、バーゼルに戻る
1734年パリ科学アカデミーの賞を、父ヨハンと分け合う
1738年『流体力学』を出版。サンクトペテルブルクのパラドックスの論文も出版される
1750年バーゼル大学の物理学の教授に。王立協会の会員になる
1760年天然痘の予防接種の効果を、数学的に分析した論文を発表
1782年3月17日、バーゼルで亡くなる(82歳)

ダニエル・ベルヌーイの主な業績をやさしく解説

業績1 『流体力学』とベルヌーイの定理

1738年の『流体力学(Hydrodynamica)』で、ダニエルは、水や空気のような流れるもの(流体)の動きを、エネルギーの保存という考え方で説明しました。たとえば、水の入った容器の横腹に小さな穴をあけると、水面からの深さ hh に応じて、水は速さ v=2ghv=\sqrt{2gh} で出てきます(トリチェリの定理)。物を高さ hh から落としたときの速さと同じです。

穴から出る水の速さ深さ h水面v = √(2gh)深いほど速い(水面から物を落としたときと同じ速さ)
深さ h の穴から出る水の速さは √(2gh)。深いほど速い

さらに、管の中を水が流れるとき、管が細くなると流れが速くなり、そのかわり圧力が下がることを示しました。これがベルヌーイの定理で、現代の式では、水平に流れるとき次のように書かれます。

p+12ρv2=一定(高さがちがうときは p+12ρv2+ρgh=一定)p+\frac12\rho v^2=\text{一定}\qquad(\text{高さがちがうときは}\ p+\tfrac12\rho v^2+\rho gh=\text{一定})

pp は圧力、ρ\rho は流体の密度、vv は速さです。この式の形は、ダニエルの本から十数年あとの1750年代に、オイラーが流体の運動方程式から導いたものです。ダニエルが示したのは、エネルギーの考え方にもとづく、圧力と速さの関係でした。管の壁に立てた細い管の水位から、流れの圧力をはかる方法も、この本で使われたとされます。

この定理は、飛行機の翼にはたらく力(揚力)の説明や、霧吹き、えんとつの通風、野球のカーブなどの説明に、広く使われています。ただ、「翼の上側の空気が長い道のりを速く流れるから揚力が生まれる」といった説明は、正確ではないという指摘もあり、いまは別の説明も併用されています。

業績2 気体の分子運動論の先がけ

『流体力学』の第10章でダニエルは、気体は、非常に小さな粒が、すばやく動き回っているものだと考えました。気体が容器の壁を押す力(圧力)は、この粒が壁にぶつかる力であり、温度が高いほど粒の動きが速い、というのです。この考え方は、約100年後に、気体の分子運動論として科学の中心になります。ダニエルの考えは、時代に先んじすぎていたため、長いあいだ、あまり注目されませんでした。

業績3 サンクトペテルブルクのパラドックスと期待効用

次のゲームを考えます。コインを、表が出るまで投げ続けます。1回目で表が出たら2円、2回目なら4円、3回目なら8円……と、賞金が倍になっていきます。このゲームの期待値(期待値の意味、期待値の求め方)は、

12⋅2+14⋅4+18⋅8+⋯=1+1+1+⋯=∞\frac12\cdot2+\frac14\cdot4+\frac18\cdot8+\cdots=1+1+1+\cdots=\infty

で、無限大です。ところが、このゲームに、100万円を払いたい人は、まずいません。多くの人は、せいぜい数十円しか払いたくない、と答えます。この「計算とセンスのずれ」が、サンクトペテルブルクのパラドックスです。

サンクトペテルブルクのゲーム1回目2円2回目4円3回目8円4回目16円5回目32円6回目64円7回目128円青の棒:その回で終わる確率(1/2、1/4、1/8、…)赤:そのときの賞金。確率×賞金はどの回も 1円期待値 = 1+1+1+… = ∞
k回目に終わる確率は半分ずつに減り、賞金は倍ずつにふえる。期待値への貢献はどの回も1円で、合計は無限大

この問題は、1713年に、ダニエルのいとこ(同じ名前のニコラウス・ベルヌーイ)が、手紙の中で出しました。ダニエルは、ペテルブルクの科学アカデミーの論文集(1738年出版)の中で、この問題に答えました。

ダニエルの答え:お金の価値は、満足度で決まる

ダニエルは、「同じ1万円でも、貧しい人にとっては大きな価値があり、お金持ちにとっては小さな価値しかない」と考えました。つまり、お金の価値は、金額そのものではなく、持っている財産に対する増え方の割合で決まる、という考えです。これを式で書くと、財産 ww の満足度(効用)uu は、u=ln⁡wu=\ln w(対数関数)のようになります。

お金の満足度は、対数のように増える50100200横軸:財産(万円) 縦軸:満足度 u = ln w財産が倍になるたび、満足は同じだけふえる
財産が2倍になるたびに、満足度は同じだけふえる。だから、お金が多いほど、同じ金額での満足のふえ方は小さくなる

金額の期待値ではなく、満足度の期待値(期待効用)を考えると、サンクトペテルブルクのゲームの価値は、有限の値になります。ダニエルは、この考え方で、パラドックスを解きました。同じころ、ガブリエル・クラメールも、似た考え方(平方根を使う)を手紙で書いていたとされます。期待効用の考えは、約200年後、ノイマンとモルゲンシュテルンによって、ゲーム理論や経済学の基礎に生まれ変わります。

この考え方が説明すること

  • 保険に入る理由:財産が大きく減る危険を避けるために、期待値ではやや損でも、保険料を払う。
  • 分散投資:一つに全財産をかけず、リスクを分ける。
  • 「宝くじ」を買う理由:期待値は損でも、わずかなお金で大金を手にする夢の効用が高い。

業績4 弦の振動と重ね合わせの原理

ダニエルは、ヴァイオリンやギターの弦の振動も研究しました。弦は、1つの山で振動する基本振動、2つの山で振動する2倍振動、3つの山で振動する3倍振動…という、いくつもの単純な振動の形をもっています。1750年代にダニエルは、実際の弦の複雑な振動は、これらの単純な振動を足し合わせたものだと主張しました(重ね合わせの原理)。

弦の振動は、単純な波の足し算基本振動(山1つ)2倍振動(山2つ)3倍振動(山3つ)実際の音は、これらを重ねたもの
弦の基本振動・2倍振動・3倍振動。実際の弦の動きは、これらの足し合わせ

この主張に対し、オイラーやダランベールは、「そのような足し合わせで、すべての形を表せるはずがない」と反論しました。ところが、約50年後、フーリエが、どんな形でも三角関数の足し合わせで表せる(フーリエ級数)ことを示し、ダニエルの考えが正しかったと分かりました。これは、三角関数のグラフと周期の応用でもあります。

業績5 天然痘の予防接種の分析(統計学の先がけ)

医学者でもあったダニエルは、1760年、天然痘(致死率の高い感染症)の予防接種を行うと、人々の平均寿命がどれくらい延びるかを、数学で分析した論文を発表しました。当時の予防接種には、わずかな死の危険がありましたが、ダニエルは、人口全体の死亡の確率を使って計算し、接種したほうが平均寿命が約3年延びる、という結果を示したとされます。数学を、医学や公衆衛生の判断に使った、最初期の例のひとつです。

業績6 そのほかの業績

ダニエルは、そのほかにも、電気の力が距離の2乗に反比例するのではないかという予想(のちにクーロンが確認)や、船のいかり(1737年)や潮汐(1740年。オイラーやマクローリンらと賞を分け合った)の研究、など、広い分野で成果をあげました。パリ科学アカデミーの賞は、生涯で10回受賞したとされます。

ダニエル・ベルヌーイの名前がつく公式・定理・用語

  • ベルヌーイの定理(ベルヌーイの式):p+12ρv2+ρgh=p+\dfrac12\rho v^2+\rho gh= 一定。流体のエネルギー保存の式。(物理)
  • サンクトペテルブルクのパラドックス:期待値が無限大なのに、人は少額しか払いたがらないという矛盾。→ 期待値の求め方
  • 期待効用:満足度(効用)の期待値で、選択を考える方法。
  • トリチェリの定理との関係:穴から出る水の速さ v=2ghv=\sqrt{2gh}。
  • 弦の振動の重ね合わせ:複雑な振動を、単純な波の足し合わせで表す考え方。
  • 関連する用語:→ 確率の意味、反復試行の確率、指数法則と対数の公式

ベルヌーイ一家を見分けよう

  • ヤコブ・ベルヌーイ(1655〜1705年):叔父。大数の法則、ベルヌーイ数、確率の本『推測術』。→ ヤコブ・ベルヌーイの業績と生涯
  • ヨハン・ベルヌーイ(1667〜1748年):ヤコブの弟、ダニエルの父。最速降下線、ロピタルの定理、オイラーの先生。→ ロピタルの定理の本当の発見者
  • ダニエル・ベルヌーイ(1700〜1782年):ヨハンの子。ベルヌーイの定理、期待効用。
「ここが大事!」と説明する合格先生

合格先生

叔父ヤコブ=確率と数列、父ヨハン=微積分、甥ダニエル=流体と期待効用。この3人を、まず分けて覚えよう。

ダニエル・ベルヌーイの逸話と名言

父に「家を出ていけ」と言われた?

1734年のパリ科学アカデミーの賞を、父ヨハンと分け合ったとき、父は、息子と同じ名誉を受けたことに、怒ったと伝えられます。一説には、父が息子を家から追い出した、とも言われますが、その細かい事情ははっきりしません。いずれにしても、2人の関係は、その後ずっと冷えたままだったとされます。ヨハンは天才でしたが、競争心が強く、息子や兄ヤコブとも争い続けた人でした。

『流体力学』をめぐる盗作騒ぎ

1738年にダニエルが『流体力学』を出版したあと、父ヨハンが、自分の本『水力学(Hydraulica)』を、日付を古くして出版した、とされます。そうすることで、ダニエルが自分の考えを盗んだように見せかけたのです。数学史で有名な、親子の争いです。ダニエルは、この件で深く傷ついたと伝えられます。

オイラーの友人であり先輩

ダニエルは、ペテルブルクで、若いオイラーと親しくなりました。オイラーは、ダニエルの父ヨハンの弟子であり、ダニエルの友人でもありました。2人は流体や弦の振動の研究で協力し、のちには手紙で議論しました。ベルヌーイの定理の現代の式を作ったのは、ダニエルではなく、オイラーです。

名言として伝わる言葉

物の価値は、その値段ではなく、それがもたらす効用(満足)にもとづいて決められなければならない。

ダニエル・ベルヌーイ(1738年)(『運の測り方についての新しい理論の見本(Specimen theoriae novae de mensura sortis)』より。L. Sommer による英訳(1954年)からの日本語訳)

これは、サンクトペテルブルクのパラドックスを扱った論文で、期待効用の考え方を示した、有名な一節です。ラテン語の原文を英語に訳した文章から、さらに日本語に訳したので、言葉づかいは翻訳によって少しちがいます。

サクラちゃん

サクラちゃん

ベルヌーイの定理って、飛行機が飛ぶ理由なんですか?

合格先生

合格先生

「速いところは圧力が低い」という点で、揚力の説明に使われてきたんだ。ただ、揚力の理由には別の説明(空気を下へ押しやる反作用)もあって、ベルヌーイの定理だけで説明しきれない部分もあるんだ。受験では、管の太さと速さの関係(連続の式とベルヌーイの式)をセットで使えれば十分だよ。

受験・勉強とダニエル・ベルヌーイのつながり

高校物理:ベルヌーイの定理

高校物理(とくに大学入試の「流体」の問題)では、次の2つの式をセットで使います。

  • 連続の式:A1v1=A2v2A_1v_1=A_2v_2(断面積×速さ=一定)。管が細くなると、流れが速くなる。
  • ベルヌーイの式:p1+12ρv12+ρgh1=p2+12ρv22+ρgh2p_1+\dfrac12\rho v_1^2+\rho gh_1=p_2+\dfrac12\rho v_2^2+\rho gh_2。

タンクの穴から出る水の速さ(トリチェリの定理 v=2ghv=\sqrt{2gh})や、霧吹き、ピトー管(飛行機の速さ計)の問題も、この2つで解けます。

大学受験・数学:期待値と対数

高校数学Bの期待値(期待値の求め方)は、サンクトペテルブルクのパラドックスにつながる考え方です。「無限に足しても有限か」は、数列の極限・無限等比級数の問題です。また、ln⁡w\ln w のグラフの形(上に凸)は、指数関数・対数関数のグラフで、微分して凸凹を調べる問題にも関係します。ダニエルの期待効用は、2次関数の最大・最小や、不等式の最大・最小の考え方とも結びつきます。

中学受験・高校受験:「公平なゲーム」と期待値

中学受験の「場合の数・確率」で、くじの当たりの賞金から「平均いくらもらえるか」を計算する問題は、期待値の考え方です。「期待値が同じでも、どちらを選ぶか」は、ダニエルが考えた、「効用」の問題です。有名な確率の話題は、モンティ・ホール問題をわかりやすくもどうぞ。

大学院入試:確率・統計・流体

経済学、統計学、物理学の大学院入試では、期待効用、リスク回避(期待値の意味と分散)、流体の方程式(ベルヌーイの式からナビエ・ストークス方程式へ)などが出ます。中心極限定理(大数の法則とともに)も、ベルヌーイ家の研究が出発点です。

勉強法として:「同じものを別の見方でとらえ直す」

ダニエルは、期待値という同じ道具を、「お金の金額」ではなく「満足度」で見ることで、パラドックスを解きました。受験の勉強でも、行きづまったとき、見方を変えてみる(式を図に、確率を面積に、など)ことが、解法のヒントになります。勉強の進め方は数学の勉強法(解法の暗記→演習→過去問)で、難関大の出題は京大理系数学の出題分析で確かめてください。

ダニエル・ベルヌーイがその後の数学にあたえた影響

  • 経済学・ゲーム理論:期待効用の考え方は、20世紀にノイマンとモルゲンシュテルンの期待効用理論として再発見され、リスクのある選択を分析する、経済学の基礎になりました。
  • 保険・金融:リスク回避、保険料、分散投資の考え方に、ダニエルの理論が生きています。
  • 流体力学・航空工学:ベルヌーイの式は、飛行機、船、ポンプ、血液の流れの分析に使われます。
  • 気体の分子運動論:のちのマクスウェルやボルツマンによる統計力学の先がけでした。
  • フーリエ解析:弦の振動の重ね合わせは、フーリエ級数、波の方程式、現代の音声・画像処理に引きつがれました。
  • 疫学・統計学:天然痘の予防接種の分析は、数学を医学の判断に使う、統計学の先がけです。

数学の公式は算数・数学の公式一覧(公式辞典)、用語は数学用語辞典(用語の意味を1語1ページ)の一覧もどうぞ。

ダニエル・ベルヌーイに挑戦!練習問題

やさしい

  1. 深さ 1.8 m の水そうの水面から 1.8 m 下の穴から、水が出る速さを、v=2ghv=\sqrt{2gh}(g=9.8 m/s2g=9.8\ \mathrm{m/s^2})で求めなさい。
    答えと解説を見るv=2×9.8×1.8=35.28≈v=\sqrt{2\times9.8\times1.8}=\sqrt{35.28}\approx 5.9 m/s。
  2. サンクトペテルブルクのゲームで、1回目〜10回目までのそれぞれの回の「確率×賞金」の合計はいくらですか。
    答えと解説を見る1回目:12×2=1\dfrac12\times2=1、2回目:14×4=1\dfrac14\times4=1、…どの回も1円。10回分で 10円。(回数を増やすほど増え続け、無限大になる)

ふつう

  1. 水平な管が、断面積 20 cm220\ \mathrm{cm^2} の部分から 5 cm25\ \mathrm{cm^2} の部分につながっています。太い部分で水の速さが 1 m/s1\ \mathrm{m/s} のとき、細い部分の速さと、圧力の差を求めなさい。(水の密度 1000 kg/m31000\ \mathrm{kg/m^3})
    答えと解説を見る連続の式 20×1=5×v220\times1=5\times v_2 より、v2=v_2= 4 m/s。ベルヌーイの式(高さは同じ):p1−p2=12ρ(v22−v12)=12×1000×(16−1)=p_1-p_2=\dfrac12\rho(v_2^2-v_1^2)=\dfrac12\times1000\times(16-1)= 7500 Pa(細いほうが低い)。
  2. 財産 100万円の人が、確率 12\dfrac12 で 100万円ふえ、確率 12\dfrac12 で 50万円へる賭けを受けるか、受けないかを、効用 u=ln⁡wu=\ln w の期待値で判断しなさい。
    答えと解説を見る受けた場合の期待効用:12ln⁡200+12ln⁡50=12ln⁡10000=ln⁡100\dfrac12\ln200+\dfrac12\ln50=\dfrac12\ln10000=\ln100。受けない場合:ln⁡100\ln100。期待効用は等しいので、どちらでもよい(金額の期待値は 25万円のプラスだが、効用で見ると同じ)。

むずかしい

  1. サンクトペテルブルクのゲームで、胴元の資金が 2202^{20} 円(約105万円)しかなく、賞金の上限が 2202^{20} 円のとき、このゲームの期待値を求めなさい。
    答えと解説を見る1〜20回目までは、どの回も 1円で合計20円。21回目以降は、賞金が 2202^{20} 円でおさえられ、終わる確率の合計は ∑k≧2112k=1220\sum_{k\geqq21}\dfrac1{2^k}=\dfrac1{2^{20}}。220×1220=12^{20}\times\dfrac1{2^{20}}=1円。合計 21円。資金に限りがあると、期待値は有限になる。
  2. 地面から高さ HH の水面をもつ水そうの側面に、水面から深さ hh のところに穴をあけます。穴から水平に飛び出した水が地面に落ちる地点の、水そうからの水平距離を hh の式で表し、距離が最大になる hh を求めなさい。
    答えと解説を見る穴の速さは v=2ghv=\sqrt{2gh}。穴の高さ H−hH-h から落ちる時間は t=2(H−h)gt=\sqrt{\dfrac{2(H-h)}g}。距離 =vt=2h(H−h)=vt=2\sqrt{h(H-h)}。h(H−h)h(H-h) は h=H2h=\dfrac H2 で最大。そのとき距離は HH(h=H2h=\dfrac H2 のとき最大)。

ダニエル・ベルヌーイと関係する数学者

18世紀の数学者

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読みもの(合格大作戦の数学の記事)

よくある質問

ダニエル・ベルヌーイは何をした人ですか?

ダニエル・ベルヌーイは、18世紀のスイスの数学者・物理学者・医学者です。流体の流れを調べた『流体力学』(1738年)でベルヌーイの定理につながる研究をし、サンクトペテルブルクのパラドックスを期待効用の考え方で解こうとしました。

ベルヌーイの定理とは何ですか?

流体の流れで、速さが速いところは圧力が低くなるという法則です。式では p+(1/2)ρv²+ρgh=一定と書かれ、エネルギー保存を表します。飛行機の翼、霧吹き、管の流れの問題などに使われます。高校物理で習います。

サンクトペテルブルクのパラドックスとは何ですか?

コインを表が出るまで投げ、1回目で表なら2円、2回目なら4円と賞金が倍になるゲームで、期待値が無限大になるのに、だれもそんな大金を払いたがらないという矛盾です。ダニエルは、お金の価値は満足度(効用)で決まると考えて説明しました。

期待効用とは何ですか?

お金の金額そのものではなく、それがもたらす満足度(効用)の期待値で選択を考える方法です。ダニエルは、効用が財産の対数に比例するとして考えました。保険に入る理由や分散投資を説明でき、のちの経済学の基礎になりました。

ベルヌーイ一家のヤコブ、ヨハン、ダニエルの関係は?

ヤコブとヨハンは兄弟で、ダニエルはヨハンの子、つまりヤコブの甥です。ヤコブは大数の法則やベルヌーイ数、ヨハンは最速降下線やロピタルの定理の元の発見、ダニエルは流体のベルヌーイの定理と期待効用で知られます。

ダニエル・ベルヌーイとオイラーの関係は?

オイラーは、ダニエルの父ヨハンの弟子で、ダニエルの友人でもありました。1727年にオイラーがサンクトペテルブルクに来て、ダニエルと同じ科学アカデミーで働きました。ベルヌーイの式の現代の形は、オイラーが導いたものです。

ダニエル・ベルヌーイは何歳で亡くなりましたか?

1782年3月17日にスイスのバーゼルで、82歳で亡くなりました。パリ科学アカデミーの賞を生涯で10回受けたとされます。

ダニエル・ベルヌーイと父ヨハンの仲は?

悪かったと伝えられます。1734年にパリ科学アカデミーの賞を父と分け合ったとき、父が怒ったとされ、のちには『流体力学』をめぐって、父が自分の本の日付を古くして出版したという騒ぎもありました。細かい事情にはっきりしない点もあります。

ダニエル・ベルヌーイの業績は受験に出ますか?

ベルヌーイの定理と連続の式は、高校物理の流体の問題で出ます。期待値は数学Bで、対数関数のグラフや数列の極限は数学Ⅱ・Ⅲで学びます。期待効用の考え方は、大学の経済学や統計学で本格的に学びます。

あわせて読みたい

出典・参考

  • J. J. O’Connor, E. F. Robertson, “Daniel Bernoulli”, MacTutor History of Mathematics Archive(St Andrews 大学)
  • D. Bernoulli, “Hydrodynamica”(1738年)、“Specimen theoriae novae de mensura sortis”(1738年)
  • 肖像画:Johann Jakob Haid による版画(Johann Rudolf Huber の絵にもとづく)、Wikimedia Commons(パブリックドメイン)

最終更新:2026年11月2日/作成:大学受験合格大作戦