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オイラーLeonhard Euler
ひとことで言うと
解析・整数論・幾何・グラフ理論・力学のあらゆる分野に名前を残した、史上もっとも多くの論文を書いた数学者。失明しても研究をつづけた。
| 名前 | レオンハルト・オイラー(Leonhard Euler) |
|---|---|
| 生没年 | 1707年4月15日〜1783年9月18日(76歳) |
| 国 | スイス(バーゼル生まれ、ロシアとドイツ(プロイセン)で活躍) |
| 分野 | 解析学・整数論・幾何学・グラフ理論・力学 |
| 主な業績 | オイラーの公式・等式、オイラーの多面体定理、バーゼル問題、ケーニヒスベルクの橋の問題、オイラー関数と定理、オイラー線、f(x)・e・π・Σ・i の記号 |
| 名前がつくもの | オイラーの公式・オイラーの多面体定理・オイラー関数 φ(n)・オイラーの定理・オイラー線・オイラー積・オイラー定数 γ・オイラー角 |
| よばれ方 | 史上もっとも多く論文を書いた数学者/「われわれすべての師」 |
このページのポイント
- オイラーの公式 と、オイラーの等式 で、指数・三角関数・虚数・円周率をむすんだ
- 多面体定理 V−E+F=2、バーゼル問題 Σ1/n²=π²/6、橋の一筆書きの問題を解き、グラフ理論やトポロジーの出発点を作った
- オイラー関数・オイラーの定理、オイラー線など入試に出る名前が多数。失明後も研究を続けた生涯でも有名
オイラーは何をした人?(業績をひとことで)
レオンハルト・オイラー(1707〜1783年)は、スイス生まれの数学者です。ロシアとドイツで活やくし、解析学・整数論・幾何学・グラフ理論・力学など、ほとんどすべての分野で基本になる発見をしました。「オイラーの公式」「オイラーの多面体定理」「バーゼル問題の解決」「ケーニヒスベルクの橋の問題」「オイラー関数」など、名前のつく発見があまりに多く、数学の本には「オイラーの○○」が山のように出てきます。書いた論文・本は800をこえ、全集は70巻以上になります。史上もっとも多くの論文を書いた数学者の一人です。
受験生にとってのオイラーは、まず「e と π と i と 1 と 0 をつなぐ式を見つけた人」です。高校数学Ⅲ・Cで習うオイラーの公式(e^(iθ)=cosθ+i sinθ)、中学・高校のオイラーの多面体定理(V−E+F=2)、大学入試の整数問題で使うオイラー関数 φ(n) とオイラーの定理、図形のオイラー線と九点円と、入試でオイラーの名前に出会うことは本当に多いです。無限級数のバーゼル問題(Σ1/n²=π²/6)も、大学数学の入口です。
サクラちゃん
オイラーの公式、オイラーの多面体定理、オイラー線……ぜんぶ同じ人なんですか!?
合格先生
そうだよ。オイラーは「数学の名前がつく人」ナンバーワンだね。しかも、晩年は目が見えなくなってからも、頭の中で計算して、たくさんの論文を口で話して書き取ってもらったんだ。

オイラーの生涯と年表
バーゼルの牧師の家に生まれた
オイラーは1707年4月15日、スイスのバーゼルに生まれました。父パウルは牧師で、若いころには数学者ヤコブ・ベルヌーイの講義を聞いたことがあり、数学にも関心がありました。父は息子を牧師にするつもりでしたが、オイラーは幼いころから数学の才能をあらわします。
ベルヌーイ家との出会い
オイラーは13歳でバーゼル大学に入学します。当時の大学では、まず哲学などを学ぶのが決まりでした。数学の天才として知られたヤコブ・ベルヌーイの弟ヨハン・ベルヌーイは、オイラーの才能に気づき、毎週土曜の午後に個人指導をしてくれたと伝えられています。1723年、16歳で修士号を得ました。ヨハンが父パウルを説得したため、オイラーは牧師ではなく数学者の道に進むことになったともいわれます。
サンクトペテルブルクへ、そして右目を失う
1727年、20歳のオイラーは、ロシアのサンクトペテルブルク科学アカデミーに招かれます。ヨハンの息子で友人のダニエル・ベルヌーイがそこで働いていました。オイラーはここで数学の教授になり、1734年に結婚して、13人の子をもうけました(成人したのは5人)。1735年にはバーゼル問題を解いて、一躍有名になります。同じ年、重い熱病にかかり、その後右目の視力を失ったといわれます(1738年ごろ)。
ベルリン時代、そしてロシアへ帰る
1741年、オイラーはプロイセン(ドイツ)のフリードリヒ大王に招かれ、ベルリンの科学アカデミーで25年間働きました。この時期に、『無限解析入門』(1748年)などの代表作を書いています。しかし大王との仲はだんだん悪くなり、1766年、オイラーはロシアのエカテリーナ2世に迎えられ、サンクトペテルブルクに戻ります。
盲目になってからも研究をつづけた
ロシアに戻った直後、オイラーは白内障で左目も見えなくなり、ほぼ完全に失明しました。ところが、オイラーはひるまず、弟子や息子に口述して書き取らせ、研究をつづけました。晩年17年間で、生涯の論文の約半分を書いたともいわれます。1783年9月18日、天王星の軌道の計算について話し合っていた日の午後、脳卒中のため76歳で亡くなりました。フランスの数学者コンドルセは、追悼の言葉で「オイラーは、計算することと生きることを同時にやめた」と述べたと伝えられます。
| 年 | できごと |
|---|---|
| 1707年 | 4月15日、スイスのバーゼルで生まれる |
| 1720年 | 13歳でバーゼル大学に入学。ヨハン・ベルヌーイの指導を受ける |
| 1723年 | 16歳で修士号を得る |
| 1727年 | ロシアのサンクトペテルブルク科学アカデミーに招かれる |
| 1733年 | アカデミーの数学の教授になる(26歳) |
| 1735年 | バーゼル問題を解く。熱病で右目の視力をうしなう(1738年ごろとも) |
| 1736年 | ケーニヒスベルクの橋の問題を解く(論文は1741年に出版) |
| 1741年 | ベルリンの科学アカデミーに移る |
| 1748年 | 『無限解析入門』を出版。オイラーの公式を示す |
| 1750年 | 多面体の頂点・辺・面の関係(V−E+F=2)に気づく |
| 1765年 | オイラー線を発見 |
| 1766年 | ロシアのサンクトペテルブルクに戻る |
| 1768年 | 『ドイツの王女への手紙』が出版される(〜1772年。手紙そのものは1760〜62年に書かれた) |
| 1771年ごろ | 白内障の影響で、ほぼ完全に失明する |
| 1783年 | 9月18日、サンクトペテルブルクで亡くなる(76歳) |
オイラーの主な業績をやさしく解説
業績1 バーゼル問題(平方数の逆数の和)
次の無限の和は、いくつになるでしょうか。
足していくと、1、1.25、1.361、1.423……と増えていきますが、いくら足してもある値をこえないことは、17世紀のうちに分かっていました。しかし、その値がいくつなのかは、100年近くだれにも分かりませんでした。ヤコブ・ベルヌーイの出身地バーゼルの名前をとって「バーゼル問題」とよばれます。
1735年、27歳のオイラーは、この和が (約1.6449)になることを発見しました。円と何の関係もなさそうな整数の逆数の2乗の和に、円周率が出てくるのです。オイラーは、sin x を「無限次の方程式」のように見て、解と係数の関係を無理やり当てはめるという、大胆なやり方で答えを出しました。当時は厳密な証明とはいえませんでしたが、答えが正しいことは確かめられており、のちに厳密な証明も完成しました。くわしくはバーゼル問題の答えと証明のようすで確かめてください。
オイラーはさらに、 を、素数の積 で表せることを示しました(オイラー積、1737年)。これは、素数の世界と自然数の世界をつなぐ式で、リーマン予想のもとになりました。
業績2 ケーニヒスベルクの橋と「一筆書き」(グラフ理論のはじまり)
当時のプロイセンの町ケーニヒスベルク(いまのロシアのカリーニングラード)には、川に7つの橋がかかっていました。「7つの橋をすべて、ちょうど1回ずつ渡って、もとの場所に戻れるか」というのが町の人々のなぞなぞでした。
オイラーは、橋の形や長さを全部わすれ、陸地を点、橋を線として、つながり方だけを考えました。すると、点を通過するときは「入る橋」と「出る橋」が1本ずつ必要なので、出入りの途中の点につながる線の数は偶数のはずです。スタートとゴールの点だけは奇数でもよいので、「奇数本の点が0個か2個」でなければ一筆書きはできません。ケーニヒスベルクでは、4つの点がすべて奇数本なので、不可能と分かりました。この考えは、のちにグラフ理論とよばれる数学の新分野になり、いまの地図アプリの最短経路やSNSのつながりの分析にも使われています。
業績3 オイラーの多面体定理(V−E+F=2)
へこみのない立体(凸多面体)の頂点の数 V、辺の数 E、面の数 Fのあいだには、いつもV − E + F = 2 の関係があります。立方体なら 8−12+6=2、正四面体なら 4−6+4=2 です。
オイラーは1750年にこの関係に気づき、友人への手紙で述べ、のちに証明を試みました。じつはデカルトがその100年ほど前に似た関係を見つけていたとされますが、公式として世に出したのはオイラーです。この式は、中学・高校で習う正多面体が5種類だけの理由の説明にも使われます。くわしくはオイラーの多面体定理の証明と例題を見てください。V−E+F の値(オイラー標数)は、立体に穴があるとかわります。ドーナツの形では 0 になります。この考えが、現代の位相幾何学(トポロジー)へとつながっています。
業績4 オイラーの公式と「世界一美しい等式」
オイラーは1748年の『無限解析入門』で、指数関数と三角関数がつながることを示しました。
(180度)を入れると、 なので
となります。これがオイラーの等式です。自然対数の底 、円周率 、虚数単位 、そして 1 と 0――数学の最も大切な5つの数が、たった1本の式に出会います。物理学者ファインマンは、これを「数学で最も注目すべき公式」とよんだと伝えられます。この公式は、複素数平面で回転を表す道具となり、ド・モアブルの定理を一瞬で導けます。マクローリン展開を使うと、 の展開を見比べて証明できます。
業績5 オイラー関数と整数論(フェルマーの定理を広げた)
フェルマーは、素数 と、 で割り切れない整数 について になるという定理(フェルマーの小定理)を残しました。オイラーはこれを素数でない数にも使える形に広げました。そのための道具がオイラー関数 で、 から までの整数のうち、 と共通な約数が1以外にない数の個数です。たとえば (1・3・7・9)です。
これがオイラーの定理です。大きな累乗の余りを求めるときの強力な道具で、現代のインターネットの暗号(RSA暗号)の基礎にもなっています。くわしくはオイラー関数とオイラーの定理の使い方をどうぞ。オイラーは、フェルマーが「素数だ」と予想していた が とわれることも示しました(1732年)。また、1772年には が素数であることを確かめています。当時としては、知られている最大の素数でした。素数とは何かを知るうえで、欠かせない人です。
業績6 オイラー線と九点円(図形の発見)
三角形の外心 O(3つの頂点から等しい距離の点)、重心 G、垂心 H(3つの高さが交わる点)は、ふつう3つの別の点です。ところが、オイラーは1765年に、この3点がいつも一直線上に並ぶことを発見しました。この直線がオイラー線です。しかも G は、H と O を結ぶ線分を2:1に分けます。
さらに、三角形の「3辺の中点」「3つの高さの足」「垂心と頂点の中点」の9つの点が1つの円の上に並ぶこともわかっており、これを九点円(フォイエルバッハ円)といいます。くわしくはオイラー線と九点円の証明と使い方で確認してください。
業績7 数学の「書き方」を作った
オイラーは、数学の記号と書き方を整えた人でもあります。今の私たちが当たり前に使う記号の多くは、オイラーが使い、広めたものです。
特に、自然対数の底 を使いはじめたのはオイラーとされ、ふつう は「オイラー数」ともよばれます(自然対数の底 e の定義 lim(1+1/n)ⁿも参照)。ただし、「e」がオイラー(Euler)の頭文字だからという説は、本人が書いているわけではなく、はっきりしません。また、円周率に を使う習慣は、ウェールズの数学者ジョーンズが先に使いましたが、オイラーが使ったことで世界に広まりました。そのほか、ガンマ関数・ベータ関数の研究、変分法、力学(剛体の運動方程式)、流体力学、光学、音楽理論まで、オイラーの仕事ははてしなく広がっています。
オイラーの名前がつく公式・定理・用語
オイラーの名前がつくものは、数学だけで数十あります。受験や大学でよく出会うものをまとめました。
- オイラーの公式:。→ オイラーの公式の意味と使い方
- オイラーの等式:。
- オイラーの多面体定理:。→ オイラーの多面体定理と証明
- オイラー関数 ・オイラーの定理:→ オイラー関数とオイラーの定理の計算
- オイラー線・九点円:三角形の外心・重心・垂心が一直線に並ぶ。→ オイラー線と九点円
- バーゼル問題・オイラー積:。→ バーゼル問題の解き方
- オイラーの定数 :調和級数 と の差が近づく値で、約0.5772。
- オイラー法(微分方程式の数値解法)・オイラー・ラグランジュ方程式(変分法)・オイラー角(回転の表し方)・オイラーの座屈荷重(柱が折れる限界)など。
- オイラー路(一筆書き):グラフを通る道の名前。

合格先生
オイラーの名前がつく公式は、どれも「別々の分野をつなぐ」ものが多いんだ。三角関数と指数関数、素数と無限級数、図形と整数……。名前と中身をセットで覚えておこう。
オイラーの逸話と名言
「息をするように計算した」
オイラーの計算力は、同時代の人々を驚かせました。フランスの学者アラゴは、オイラーについて「人が息をするように、鷲が空に浮かぶように、オイラーはなんの苦もなく計算した」と評したと伝えられます。
息をするように、鷲が空に浮かぶように、苦もなく計算した。
「オイラーを読め」
フランスの数学者ラプラスは、若い数学者に「オイラーを読め、オイラーを読め、彼こそわれわれすべての師だ」と言ったと伝えられます。ガウスもガウス(オイラーを熱心に学んだ数学の王)で知られるように、若いころにオイラーの本から多くを学んだといわれます。
目が見えなくなっても
失明したオイラーは、石板に大きな字で式を書いてもらったり、自分の頭の中で計算を組み立てたりして、研究を続けました。頭の中だけで、数十桁の計算をして、弟子の計算とくらべたところ、一方が食いちがうと自分で原因を見つけた、という話も伝わっています。ただし、細かい逸話の多くは、のちの伝記から広まったもので、はっきりしない部分もあります。
「神は存在する」と言われた話は作り話?
有名な逸話に、ロシアの宮廷で、無神論者の哲学者ディドロに「、ゆえに神は存在する。反論せよ」とオイラーが言い、数学のわからないディドロは言い返せずに笑われた、という話があります。しかし、この話は、のちの時代に作られた作り話だとされています。ディドロは数学をよく知っており、オイラーも信仰心のあつい人でしたが、そんなやりとりがあったという証拠はありません。
子どもたちに囲まれて
オイラーは子どもを13人もうけ、孫たちを膝にのせながら、論文を書いていたと伝えられます。にぎやかな中でも集中できる人だったようです。
うかるくん
目が見えなくなってからも、論文が書けるなんて……!
合格先生
オイラーは、「紙の上」ではなく「頭の中」に数学を持っていたんだね。君たちも、式を頭で組み立ててから紙に書く練習をすると、計算も図形の問題も強くなるよ。
受験・勉強とオイラーのつながり
中学受験:一筆書き・立体の頂点と辺
中学受験の算数では、一筆書きの問題(「奇数本の点が0個か2個」)がよく出ます。オイラーの考え方そのものです。また、立体の「頂点の数・辺の数・面の数」を数える問題では、V−E+F=2 を使うと、数え忘れを確かめられます。たとえば、「頂点が20個、面が12個の立体の辺は何本?」なら、 より と出せます。
高校受験:多面体と図形
高校受験では、正多面体の問題や、空間図形の頂点・辺・面の数を使った説明が出ます。三角形の重心・外心・垂心の位置関係の問題は、オイラー線の知識があると見通しがつきます。
大学受験:オイラーの名前がつく問題が多数
- 複素数平面:オイラーの公式は、回転を指数の形にするので、ド・モアブルの定理が一行で示せます。→ ド・モアブルの定理の使い方
- 整数問題:オイラーの定理・フェルマーの小定理・合同式。京大・東大・東工大など難関大でよく出ます。
- 数学Ⅲ:自然対数の底 、マクローリン展開、無限級数。
- 図形:オイラー線、九点円。
- グラフ・場合の数:一筆書き、多面体の面・辺・頂点の関係。
京都大学・東京大学などの難関大の整数問題は、まさにオイラーの世界です。京大理系数学の出題分析(整数問題・複素数平面の出方)もあわせてごらんください。また、西暦の数字を使った素数の問題は2027は素数?双子素数と西暦の入試問題も参考になります。
勉強法として:「つなげて考える」
オイラーのすごさは、一見ちがう分野をつなげたことです。三角関数と指数関数、素数と無限級数、橋の問題と点と線の図。勉強でも、公式を1個ずつ暗記するのではなく、「この公式は、あの公式とどうつながるか」を考えると、忘れにくくなります。数学の勉強の進め方は数学の勉強法(解法の暗記→演習→過去問)も読んでください。ギリシャ文字や記号の読み方はギリシャ文字の読み方一覧(π・Σ・φ)も便利です。
オイラーがその後の数学にあたえた影響
- 解析学:関数の考え方、無限級数、微分方程式は、ラグランジュ、ラプラス、ガウスの業績と生涯、コーシーへと受けつがれました。
- 整数論:オイラーの仕事は、ガウスの『整数論の研究』の土台になり、リーマンのゼータ関数にもつながります。
- 位相幾何学(トポロジー):橋の問題と多面体定理は、「形がのびちぢみしても変わらない性質」を調べるトポロジーの出発点になりました。
- グラフ理論・情報科学:最短経路・ネットワーク・地図アプリなどの考えの出発点です。
- 物理学・工学:剛体の運動、流体、柱の座屈、ロケットの姿勢制御に使われるオイラー角は、いまも現役です。
- 暗号:オイラーの定理は、インターネットの暗号(RSA暗号)の基礎になっています。
スイスの10フラン紙幣にはオイラーの肖像が使われていたことがあり(のちに紙幣は新しい図案にかわりました)、切手にもなっていて、数学者として最も尊敬された人物の一人です。
オイラーに挑戦!練習問題
やさしい
- ある図形の、各点につながる線の数が 3・3・2・2・2 本です。この図形は一筆書きできますか。
答えと解説を見る
奇数本の点は、3本の点が2個だけ。奇数本の点が2個なので、できます。(奇数本の点の1つからスタートして、もう1つでゴールします) - 頂点が20個、面が12個の凸多面体があります。辺は何本ですか。
答えと解説を見る
V−E+F=2 より 20−E+12=2。よって E=30本。(正十二面体がこの例です)
ふつう
- オイラー関数 の値を求めなさい。
答えと解説を見る
1〜12のうち、12と互いに素なのは 1・5・7・11 の4個。よって 4。 - の一の位の数を求めなさい。
答えと解説を見る
10と3は互いに素で なので 。 より 。答えは 7。
むずかしい
- オイラーの公式を使って、 を の形で表しなさい。
答えと解説を見る
。(ちなみに3乗すると になります) - バーゼル問題の答え を使って、(奇数の2乗の逆数の和)を求めなさい。
答えと解説を見る
偶数の2乗の逆数の和は 。全体から引いて 。
オイラーと関係する数学者
- ヤコブ・ベルヌーイ(バーゼル問題を出した人)・ダニエル・ベルヌーイ(友人でロシアに招いた人):ベルヌーイ家は、オイラーの数学の師であり友人でした。
- ライプニッツ(解析学の記号を作った人):オイラーはライプニッツの微分積分学を受けついで大きく発展させました。
- フェルマー(整数論の先輩):オイラーはフェルマーが残した問題の多くを解きました。
- ラグランジュ(若き弟子のような存在):変分法でオイラーの仕事をひきついだ大数学者です。
- ガウス(オイラーを学んだ数学の王)・リーマン(オイラー積からリーマン予想へ):オイラーの仕事をさらに深めた人たちです。
- ド・モアブル(複素数の累乗の公式):オイラーの公式と深く関係する定理を残しました。
数学の公式を1つずつ学ぶなら算数・数学の公式一覧(公式辞典)、数学用語の意味を調べるなら数学用語辞典(素数・複素数・指数)もどうぞ。
18世紀の数学者
- ド・モアブル(1667〜1754)
ド・モアブルの定理・正規分布の先がけ - テイラー(1685〜1731)
関数を多項式の和で表すテイラー展開 - スターリング(1692〜1770)
n! の近似式「スターリングの公式」 - マクローリン(1698〜1746)
マクローリン展開(0のまわりのテイラー展開) - ダニエル・ベルヌーイ(1700〜1782)
流体のベルヌーイの定理・サンクトペテルブルクのパラドックス - ラグランジュの業績と生涯
ラグランジュの未定乗数法・四平方定理の証明・解析力学 - モンジュ(1746〜1818)
図法幾何学(投影図)を作った - ラプラスの業績と生涯
確率論を大成。ラプラス変換・「ラプラスの悪魔」 - ルジャンドルの業績と生涯
最小二乗法・平方剰余の相互法則の研究 - フーリエの業績と生涯
関数を三角関数の和で表すフーリエ級数
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オイラーがかかわった数学の難問
- バーゼル問題とは(解決)
1+1/4+1/9+1/16+… はいくつか。答えは π²/6 - ケーニヒスベルクの橋の問題とは(解決)
7つの橋を1回ずつ渡って元にもどれるか。できないと示し、グラフ理論が生まれた - 円周率の超越性とは(解決)
π はどんな整数係数の方程式の解にもならない。これで円積問題が不可能と決まった
有名な数学者一覧(年代順・国別・分野別)で、ほかの数学者も見られます。数学者たちが挑んだ問題は数学の難問・未解決問題の一覧にまとめています。
読みもの(合格大作戦の数学の記事)
- 算数・数学の公式一覧(公式辞典)
公式・証明・例題を1つずつ - 数学用語辞典(用語の意味を1語1ページ)
素数・漸近線など200語 - 数学でよく使う記号の意味一覧
∞・Σ・∫ などの記号と読み方 - ギリシャ文字の読み方一覧(24文字)
θ・Σ・π・λ は数学で何に使う? - 京大理系数学の出題分析(1999〜2026年度)
大問別一覧と頻出分野ランキング - 2027は素数?双子素数と西暦の入試問題
2027=45²+2 - 数学の勉強法(解法の暗記→演習→過去問)
青・黄・赤チャートの使い分け
よくある質問
オイラーは何をした人ですか?
オイラーは、18世紀のスイス生まれの数学者です。オイラーの公式、多面体定理、バーゼル問題、一筆書き(グラフ理論)、オイラー関数・オイラーの定理、オイラー線など、解析・整数論・幾何・力学のあらゆる分野で基本になる発見をしました。史上もっとも多くの論文を書いた数学者の一人とされます。
オイラーの公式とは何ですか?
オイラーの公式は、e^(iθ)=cosθ+i sinθ という式です。指数関数と三角関数、虚数がつながっていることを示しています。θ=πを入れると e^(iπ)+1=0 になり、オイラーの等式とよばれます。
オイラーの多面体定理とは何ですか?
へこみのない立体(凸多面体)の頂点の数V、辺の数E、面の数Fの間に V−E+F=2 が成り立つという定理です。立方体なら8−12+6=2、正四面体なら4−6+4=2 になります。ドーナツ型のように穴があると値がかわります。
バーゼル問題とは何ですか?
1+1/4+1/9+1/16+… という平方数の逆数の無限の和は、いくつになるかという問題です。1735年、オイラーが答えは π²/6(約1.6449)になることを示しました。円周率とは関係なさそうな和に、円周率が出てくることで有名です。
ケーニヒスベルクの橋の問題とは何ですか?
町にかかる7つの橋を、すべてちょうど1回ずつ渡れるかという問題です。オイラーは陸地を点、橋を線としてあつかい、「奇数本の線がつながる点が0個か2個」でなければ一筆書きはできないことを示しました。グラフ理論のはじまりとされます。
オイラー関数 φ(n) とは何ですか?
1からnまでの整数のうち、nと互いに素な数(1以外の共通な約数をもたない数)の個数です。たとえば φ(10)=4(1・3・7・9)です。オイラーの定理 a^φ(n)≡1(mod n)は、大きな累乗の余りの計算や暗号に使われます。
オイラー線とは何ですか?
三角形の外心・重心・垂心が、いつも一直線の上に並ぶという事実で、その直線をオイラー線とよびます。重心は垂心と外心を結ぶ線分を2:1に分けます。1765年にオイラーが発見しました。
オイラーは目が見えなかったのですか?
オイラーは1735年ごろの熱病の後、右目の視力をうしなったといわれます。1766年ごろからは白内障で左目もほとんど見えなくなり、1771年ごろには完全に失明したとされます。それでも弟子や息子に口述して、亡くなるまで研究を続けました。
オイラーは何歳で亡くなりましたか?どこの国の人ですか?
オイラーは1707年にスイスのバーゼルで生まれ、1783年9月18日にロシアのサンクトペテルブルクで76歳で亡くなりました。ロシアとドイツ(プロイセン)の科学アカデミーで長く働きました。
オイラーは受験に出ますか?
とてもよく出ます。中学受験の一筆書きや立体の頂点・辺・面、高校受験の三角形の重心・外心・垂心、大学受験のオイラーの公式(複素数平面)・オイラーの定理(整数問題)・オイラー線・多面体定理などがあります。
あわせて読みたい
出典・参考
- William Dunham, “Euler: The Master of Us All”(1999年)
- MacTutor History of Mathematics, “Leonhard Euler”
- Leonhard Euler, “Introductio in analysin infinitorum”(1748年)
- Leonhard Euler, “Solutio problematis ad geometriam situs pertinentis”(ケーニヒスベルクの橋、1741年)
- 肖像画:Jakob Emanuel Handmann「Leonhard Euler」(1753年)、Wikimedia Commons(パブリックドメイン)
最終更新:2026年10月29日/作成:大学受験合格大作戦



