ルジャンドルは何をした人?業績・生涯・名言をわかりやすく|最小二乗法・平方剰余・ルジャンドル記号

ルジャンドルは何をした人?業績・生涯・名言をわかりやすく|最小二乗法・平方剰余・ルジャンドル記号

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ルジャンドルAdrien-Marie Legendre

ひとことで言うと

最小二乗法を最初に発表し、平方剰余の相互法則とルジャンドル記号を整えた「ガウスの前に道を作ったフランスの数学者」。長く別人の肖像が使われていた話でも知られる。

名前アドリアン=マリ・ルジャンドル(Adrien-Marie Legendre)
生没年1752年9月18日〜1833年1月10日(80歳)
国フランス(パリで生まれ、パリで亡くなる)
分野整数論・解析学(楕円積分)・幾何学・天文学・測地学
主な業績最小二乗法の最初の発表、平方剰余の相互法則・ルジャンドル記号、素数の個数の予想、『幾何学原論』、楕円積分、ルジャンドル多項式
名前がつくものルジャンドル記号・ルジャンドルの定理・ルジャンドル多項式・ルジャンドル変換・ルジャンドルの予想・ルジャンドルの公式
よばれ方『幾何学原論』の著者(ヨーロッパ中の教科書を書いた人)

このページのポイント

  • 最小二乗法を1805〜1806年ごろに最初に発表。ガウスと「どちらが先か」を争った
  • 平方剰余の相互法則を書き表し、ルジャンドル記号を作った。ガウスが完全に証明した
  • 長いあいだ、同じ名前の別人(政治家)の肖像がルジャンドルの顔として使われていた

ルジャンドルは何をした人?(業績をひとことで)

アドリアン=マリ・ルジャンドル(1752〜1833年)は、フランスの数学者です。整数論(整数の性質を調べる数学)で平方剰余の相互法則に挑み、ルジャンドル記号を作り、素数の個数の法則を予想しました。また、観測データのずれを小さくする最小二乗法をはじめて本に書いて発表し、楕円積分・ルジャンドル多項式の研究や、学校の幾何学の教科書『幾何学原論(Éléments de géométrie)』で、ヨーロッパ中の学生に数学を教えた人でもあります。

受験生にとってのルジャンドルは、「平方数を割った余りには決まった形がある」という考え方の生みの親の一人です。高校数学Aの合同式(mod)の計算や余りの問題の解き方で、「平方数を4で割った余りは0か1」と調べる問題は、ルジャンドルが整理した平方剰余の入口です。素数とはがどれくらいあるかを考える素数定理の予想でも、ガウスの業績と生涯と並んで名前が出てきます。

もう一つ、ルジャンドルには「長いあいだ、別人の顔が肖像として使われていた」という不思議な話があります。くわしくは「逸話」の節で紹介します。

うかるくん

うかるくん

ルジャンドルって、ガウスやオイラーに比べると、名前をあまり聞かないです。

合格先生

合格先生

そうだね。でもガウスの前に道を作った人なんだ。平方剰余の相互法則も最小二乗法も、ルジャンドルが先に形にして、ガウスが完成させたり、深く証明したりした。「先がけの人」の仕事を知ると、数学がどうつながってきたかが見えるよ。

ルジャンドルをえがいた1820年ごろの風刺画(ボワイー画)
数学者ルジャンドルをえがいた、ほぼ唯一の確かな肖像とされる風刺画(1820年、ジュリアン=レオポルド・ボワイー画)画像:Julien-Léopold Boilly(1820年)/Wikimedia Commons(パブリックドメイン)

ルジャンドルの生涯と年表

パリで生まれ、お金に困らない少年時代

ルジャンドルは1752年9月18日にパリで生まれたとされています(トゥールーズ生まれだったという説もあり、小さいころにパリへ移ったともいわれます)。家は裕福で、ルジャンドルはコレージュ・マザランという名門の学校で数学と物理を学び、その後も生涯、お金のために働く必要がほとんどありませんでした。このゆとりのおかげで、研究だけに打ちこめたといわれます。

軍人学校の先生から科学アカデミーへ

1775年ごろから、パリの軍事学校(エコール・ミリテール)で数学を教えます。1782年には、空気の中を飛ぶ砲弾の軌道についての論文でベルリン科学アカデミーの懸賞に選ばれ、名が知られるようになりました。1783年にはパリの王立科学アカデミーの会員になります。このころ、星や惑星の形を考える中でルジャンドル多項式を考え出しました。

フランス革命と測地学

1789年にフランス革命が起こると、時代は大きく変わります。ルジャンドルは長さの単位メートルを決めるための測地の仕事(地球の大きさを測る事業)に加わりました。革命のあいだに財産を失ったとも伝えられますが、1793年ごろに結婚し、その後も研究と教育を続けました。1794年に出した『幾何学原論』は大成功し、各国の言葉に訳されて、長く教科書として使われました。

『数論』と最小二乗法、そして晩年

1798年に『数論(Théorie des nombres)』の初版を出し、その後改訂を重ねました。1805〜1806年ごろには、彗星の軌道を求める本の付録で最小二乗法を発表します。のちに、楕円積分の大著を何冊も書きましたが、若いアーベル(楕円関数の研究)やヤコビの楕円関数が、楕円関数という新しい見方でルジャンドルの仕事を大きく進めました。ルジャンドルはそれを喜んでみとめたと伝えられます。1833年1月10日、パリで亡くなりました(80歳)。

年できごと
1752年9月18日、パリで生まれる(トゥールーズ生まれという説もある)
1775年ごろパリの軍事学校で数学を教えはじめる
1782年空気中の砲弾の軌道の論文がベルリン科学アカデミーの懸賞に選ばれる
1783年パリの王立科学アカデミーの会員になる。惑星の形の研究でルジャンドル多項式を考える
1785年平方剰余の相互法則を書き表す(証明はまだ完全ではなかった)
1787年ごろパリとグリニッジを三角形でむすぶ測量の計算にかかわる
1794年『幾何学原論(Éléments de géométrie)』を出版。ヨーロッパで大ベストセラーに
1798年『数論』初版。ルジャンドル記号、素数の個数の予想をのせる
1805〜06年彗星の軌道の本の付録で最小二乗法を発表
1808年『数論』第2版。ガウスの相互法則の証明を紹介
1811〜19年『積分演習』(楕円積分の大著、3巻)
1825〜30年『楕円関数論』(3巻)
1833年1月10日、パリで亡くなる(80歳)

ルジャンドルの主な業績をやさしく解説

業績1 平方剰余とルジャンドル記号

整数を2乗して、ある数で割った余りだけを見ると、決まった余りしか出てこないことがあります。たとえば7で割った余りを調べると、1²〜6²の余りは 1・4・2・2・4・1 で、1・2・4 しか出てきません。この「2乗したときに出てくる余り」を平方剰余といいます。出てこない 3・5・6 は平方非剰余です。

7を法とする平方剰余数 nn² を7で割った余り(a/7)=ルジャンドル記号112432425461+1+1−1+1−1−1余りに出る 1・2・4 は「7での平方剰余」ならば+1、出ない 3・5・6 は −1
1〜6を2乗して7で割った余り。出てくる余り1・2・4が7での平方剰余で、ルジャンドル記号は+1

ルジャンドルは1798年の『数論』で、素数 pp について「aa が pp での平方剰余なら+1、そうでなければ −1」を表す記号

(ap)\left(\frac{a}{p}\right)

を使いました。これがルジャンドル記号です。たった1つの記号ですが、「解があるか、ないか」を式の中で計算できるようになり、整数論の計算がずっと楽になりました。合同式の使い方と平方数の余りを調べる高校の問題は、この記号の考え方を手でやっているようなものです。

業績2 平方剰余の相互法則(ガウスとの関係)

2つの異なる奇数の素数 pp、qq について、「pp は qq での平方剰余か」と「qq は pp での平方剰余か」には、きれいな関係があります。どちらかが 4で割って1余る素数なら、答えは同じ。どちらも 4で割って3余る素数なら、答えは反対になるのです。式にすると次のとおりです。

(pq)(qp)=(−1)p−12⋅q−12\left(\frac{p}{q}\right)\left(\frac{q}{p}\right)=(-1)^{\frac{p-1}{2}\cdot\frac{q-1}{2}}
平方剰余の相互法則(黄金定理)例1 p=3、q=7(どちらも 4で割って3余る)3は7での平方剰余? → ×(−1)7は3での平方剰余? → ○(+1)答えは反対になる例2 p=5、q=11(5は 4で割って1余る)5は11での平方剰余? → ○(4²=16≡5)11は5での平方剰余? → ○(11≡1)答えは同じになる
3と7(どちらも4で割って3余る)では答えが反対に、5と11(5は4で割って1余る)では答えが同じになる

ルジャンドルはこの法則を1785年に書き表し、1798年の『数論』ではさらに改良した証明をつけました。しかし、その証明には「ある形の数列の中に素数がかならず出てくる」という、まだ証明されていないことを使うすきまが残っていたとされます(このことは、のちにディリクレが1837年に証明しました)。法則そのものはオイラーも気づいていたと伝えられます。

この法則をはじめて完全に証明したのは、ガウスの研究(1796年に発見、1801年に出版)です。ガウスはこれを「黄金定理」とよんで、一生のあいだに何通りもの証明を書きました。ルジャンドルは1808年の『数論』第2版で、ガウスの証明を紹介しています。先に考えたルジャンドルと、きちんと証明したガウス――整数論の歴史の大切な場面です。

業績3 素数の個数の予想

xx 以下の素数は何個あるのでしょう。ルジャンドルは1798年ごろから計算の表をもとに予想を考え、1808年の『数論』第2版で「xx 以下の素数の個数はおよそ xln⁡x−1.08366\dfrac{x}{\ln x-1.08366} 個」という式をのせました。ガウスの研究は少年のころから、これとほぼ同じ法則(xln⁡x\dfrac{x}{\ln x} に近い)に気づいていたといわれます。

素数はどれくらいある?x素数の個数x÷ln xルジャンドル1002522281,00016814517210,0001,2291,0861,231100,0009,5928,6869,5881,000,00078,49872,38278,543ルジャンドルの式:x÷(ln x − 1.08366)
x以下の素数の個数。ルジャンドルの式(1.08366を引く)は、100万までで実際の個数にとても近い

「−1.08366-1.08366」の部分は、ルジャンドルが当時の表に合わせて決めた数です。のちに、xx がうんと大きいとき、この定数は1になるべきだと分かりましたが、「素数の個数には、きれいな法則がある」と見ぬいたこと自体が、大きな一歩でした。1896年にアダマールらが証明した素数定理へつながります。くわしくは素数定理とは?だれがいつ証明した?を読んでください。

業績4 最小二乗法をはじめて本に書く

観測には、かならずずれ(誤差)があります。データが何個もあるとき、どの直線や曲線が「いちばんよく合う」のでしょうか。ルジャンドルは「ずれを2乗して足した合計がいちばん小さくなる」ように選ぶという方法を、1805〜1806年ごろの彗星の軌道の本の付録ではじめて印刷して発表しました。これが最小二乗法です。

ガウスの最小二乗法と正規分布は、ずっと前の1795年ごろから自分で使っていたと主張し、1809年の本で発表しました。そこで「どちらが先か」という言い争い(先取権争い)になりました。ルジャンドルは強く不満をもったと伝えられます。現在の歴史の見方では、最初に発表したのはルジャンドル、確率の理論でその意味を深く説明したのはガウス、という2人の功績が、ともにみとめられています。

今の統計・データ分析で使う「回帰直線」も、このルジャンドルの考えそのものです。受験では、数学Bの統計的な推測や、「近似直線」「回帰直線」の問題で出会います。

業績5 『幾何学原論』と「平行線」への挑戦

1794年の『幾何学原論』は、ユークリッドの『原論』を現代の学生向けに書き直した本です。むだをはぶいて分かりやすく、数十版を重ねて、ヨーロッパやアメリカで長く教科書として使われました。この本では、π\pi が無理数であることと、π2\pi^2 も無理数であること(π2\pi^2 の方は、はじめての証明)を示しています。

三角形の内角の和 α+β+γαβγABC平らな面= 180°平行線なしでも≦ 180°双曲幾何< 180°(ルジャンドルの定理)
ルジャンドルの定理:平行線の公理を使わなくても、三角形の内角の和は180°をこえない

ルジャンドルは、ユークリッドの平行線の公理(第5公準)が、ほかの公理から証明できるのではないかと考え、何度も証明にチャレンジしました。うまくいかなかったのですが、その過程で「三角形の内角の和は180°をこえない」ことを、平行線の公理を使わずに証明しました。これをルジャンドルの定理(サッケーリ=ルジャンドルの定理)といいます。のちにロバチェフスキー(非ユークリッド幾何学)は、内角の和が180°より小さい世界を本気で作ってみせました。くわしくは平行線公準の問題とは?で説明しています。

業績6 ルジャンドル多項式と楕円積分

惑星の引力を計算するために、ルジャンドルはルジャンドル多項式とよばれる多項式の列 P0=1, P1=x, P2=3x2−12, P3=5x3−3x2,…P_0=1,\ P_1=x,\ P_2=\dfrac{3x^2-1}{2},\ P_3=\dfrac{5x^3-3x}{2},\dots を考えました。物理学や工学では、球の形をした場所の電気・熱・重力を計算するのに欠かせない道具で、大学の数学で必ず出てきます。

ルジャンドル多項式(−1≦x≦1)−11P₁=xP₂=(3x²−1)/2P₃
ルジャンドル多項式 P₁・P₂・P₃ のグラフ。どれも x=1 で値が1になる

もう一つの大きな仕事が楕円積分です。振り子の周期や楕円の弧の長さを求めるときに出てくる、ふつうの関数では表せない積分で、ルジャンドルは30年以上をかけて表や理論をととのえました。これを受けて、アーベルとヤコビの楕円関数が1820年代に楕円関数を作り、数学の新しい分野が開けます。

ルジャンドルの名前がつく公式・定理・用語

ルジャンドルの名前がつくものを、受験で見かけるものから順にまとめました。

  • ルジャンドル記号 (ap)\left(\frac{a}{p}\right):aa が pp での平方剰余か(+1)、そうでないか(−1)。→ 合同式の計算と平方数の余り
  • 平方剰余の相互法則:ルジャンドルが書き表し、ガウスが証明した整数論の中心定理。
  • ルジャンドルの定理:三角形の内角の和は180°をこえない(平行線の公理なしで成り立つ)。→ 多角形の内角の和の公式・平行線と角の性質
  • ルジャンドル多項式:物理・工学・数値計算で使う多項式の列。
  • ルジャンドル変換:関数の「傾き」と「切片」を入れかえる変換。解析力学や熱力学で使います(大学で学習)。
  • ルジャンドルの予想:「n2n^2 と (n+1)2(n+1)^2 の間には、かならず素数がある」。とても大きな数まで確かめられていますが、未解決です(素数の分布の問題の仲間です)。
  • ルジャンドルの公式:n!n! に含まれる素数 pp の個数を求める公式。数学オリンピックや大学入試で、素因数分解の使い方の応用としてよく使います。
「ここが大事!」と説明する合格先生

合格先生

「n!n! をわり切れる最大の pp の累乗」を求める問題は、ルジャンドルの公式の考え方で解けるんだ。[n/p]+[n/p2]+⋯[n/p]+[n/p^2]+\cdots と足していくだけ。ガウス記号 [x] の問題の練習にもなるよ。

ルジャンドルの逸話と名言

長いあいだ、別人の顔が使われていた?

ルジャンドルを紹介する本やウェブには、長いあいだある肖像画がのっていました。ところが2000年代に入って、それはルジャンドルではなく、同じ姓の政治家ルイ・ルジャンドル(フランス革命のころの政治家)の絵だったと分かりました。名前が同じ「ルジャンドル」だったために、まちがえて使われつづけたのです。

では、数学者ルジャンドルの本物の顔は? 確かめられている肖像は、1820年にボワイーがえがいた、数学者たちの風刺画集の中の1枚だけとされています。この記事のはじめにのせた絵がそれです。少しこわい顔にえがかれていますが、風刺画(人の特ちょうを大げさにえがく絵)なので、実際の表情とはちがうでしょう。ここでも、「有名な絵だから本物」とは言えないことが分かります。調べものをするときは、出どころの確認がいかに大事かを教えてくれる話です。

これまでの方法のうち、誤差の2乗の和を最小にする方法ほど、一般的で、正確で、使いやすいものはない。

ルジャンドル(趣旨)(ルジャンドル『彗星の軌道決定の新しい方法』付録(1805年)。文章の趣旨を日本語に直したもの)

「先取権争い」のもよう

最小二乗法については、ガウスの研究が1809年に「自分は1795年から使っていた」と書きました。これを読んだルジャンドルは、強く不満をのべる手紙を書いたと伝えられます。ガウスは、発見しても発表しないことが多かったため、「自分が先に見つけていた」という話が、後から出てくることがよくあったのです。ふたりの数学者の関係は、整数論でも最小二乗法でも重なっていて、ときに緊張したものだったといわれます。

政治に逆らって年金が止まった?

1824年、ルジャンドルは政府が推した候補への投票を断ったため、国からの年金を止められたと伝えられます。晩年は決して豊かではなかったともいわれ、1833年、80歳で亡くなりました。ただし、この話の細かいところは資料によって書き方がちがうため、「といわれる」の範囲にとどめておきます。

若い天才を認めるやさしさ

ルジャンドルは、自分の楕円積分の研究を新しい楕円関数で追いこしたアーベルとヤコビを、気持ちよく称賛したと伝えられます。長年の仕事が新しい見方で変わるのを、年上の数学者が喜んで見守った――それも、ルジャンドルのえらさです。

サクラちゃん

サクラちゃん

本物の顔が分からないなんて、びっくりです!

合格先生

合格先生

写真のない時代には、こういうことが起こるんだ。出典をたどるのは、数学の証明で「前に何が示されたか」を確かめるのと同じくらい大事。まちがいに気づいた人がいたから、今は正しく伝わっているんだよ。

受験・勉強とルジャンドルのつながり

中学受験・高校受験:余りと規則性

中学受験・高校受験では、「平方数の一の位は 0・1・4・5・6・9 のどれか」「連続する数の積」といった問題が出ます。これは、平方剰余の考え(10で割った余りを調べる)そのものです。たとえば、一の位が 2・3・7・8 の整数は平方数ではありません。余りだけを見ると、答えがすぐ決まる場面があります。

大学受験:平方数の余りと整数問題

大学入試の整数問題では、次の事実をよく使います。

  • 平方数を 3で割った余りは 0 か 1。
  • 平方数を 4で割った余りは 0 か 1。
  • 平方数を 5で割った余りは 0・1・4 のどれか。
  • 平方数を 8で割った余りは 0・1・4 のどれか。

これらを使うと、「x2+y2=4n+3x^2+y^2=4n+3 は解を持たない」「x2−3y2=2x^2-3y^2=2 は解を持たない」といった「解がないこと」の証明がすっきり書けます。京大理系数学の出題分析(整数問題の出方)を見ても、整数問題はたびたび出題されていることが分かります。西暦の数や素数を使った問題は2027は素数?双子素数と西暦の入試問題も参考になります。

統計・データの分野:最小二乗法と回帰直線

数学Bの統計的な推測、データの分析で習う回帰直線は、最小二乗法で求めます。共通テストでも、散らばりのあるデータに当てはめる直線の考え方が問われます。

勉強法として:「型を調べてしまう」

ルジャンドルの仕事に共通するのは、「具体的な表を作って、法則を探す」という姿勢です。素数の個数も、平方剰余も、表を作ったところから始まりました。問題を解くときも、小さな数で表を作り、規則を見つけてから証明する習慣をつけると、整数問題がぐっと解きやすくなります。数学の勉強の進め方は数学の勉強法(解法の暗記→演習→過去問)も読んでください。

ルジャンドルがその後の数学にあたえた影響

  • 整数論:ルジャンドル記号と相互法則は、ガウスの研究・ディリクレ・デデキント・ヒルベルトらをへて、高木貞治(類体論)の相互法則(類体論)に発展しました。「相互法則」は、100年以上数学者をひきつけたテーマです。
  • 素数の分布:ルジャンドルの予想と、ガウスの予想は、リーマンのゼータ関数をへて1896年の素数定理に。リーマン予想は今も未解決です。
  • 統計学・データ科学:最小二乗法は、天文学から、経済・医学・AI(機械学習)まで、ほとんどすべての「データに式を当てはめる」場面の基本です。
  • 解析学:楕円積分は、アーベルとヤコビの楕円関数の楕円関数へ。現代の暗号に使われる「楕円曲線」の源流にあたります。
  • 物理学:ルジャンドル多項式・ルジャンドル変換は、量子力学(水素原子の波動関数)や熱力学で今も使われています。
  • 幾何学:平行線の公理をめぐる挑戦は、ロバチェフスキー・ボーヤイによる非ユークリッド幾何学の誕生を、ある意味で準備しました。

ルジャンドルに挑戦!練習問題

やさしい

  1. 平方数を4で割った余りは、0か1のどちらかであることを示し、2023が平方数でないことを確かめなさい。
    答えと解説を見る整数 n を n=2k または 2k+1 とおく。n=2k のとき n²=4k² で余り0。n=2k+1 のとき n²=4k²+4k+1 で余り1。よって平方数を4で割った余りは0か1。2023=4×505+3 で余りは3なので、2023は平方数ではありません。
  2. 1²、2²、3²、4²、5²、6² を、それぞれ7で割った余りを求めなさい。
    答えと解説を見る順に 1、4、9→2、16→2、25→4、36→1。余りは1、4、2、2、4、1。7での平方剰余は 1・2・4 の3つだけです。

ふつう

  1. 整数 x、y について、x²+y² を4で割った余りが3になることはないことを示しなさい。
    答えと解説を見る平方数を4で割った余りは0か1。よって x²+y² の余りは 0+0=0、0+1=1、1+1=2 のどれか。3にはなりません。
  2. 100以下の素数は25個です。「素数の個数はおよそ x÷ln x」を使って100以下の素数の個数を見積もりなさい(ln100≒4.6)。
    答えと解説を見る100÷4.6≒約21.7個(およそ22個)。実際の25個よりやや少なめです。x が大きくなるほど、割合の差は小さくなっていきます。

むずかしい

  1. x²≡5(mod 11)の解を、0以上10以下で求めなさい。
    答えと解説を見る1²=1、2²=4、3²=9、4²=16≡5、5²=25≡3、6²=36≡3、7²=49≡5、8²=64≡9、9²=81≡4、10²=100≡1。x²≡5 となるのはx=4、7。
  2. x²≡3(mod 7)は解をもちますか。理由もつけて答えなさい。
    答えと解説を見る7での平方剰余は 1・2・4 だけ(1²〜6² の余りが 1,4,2,2,4,1)。3はこの中にないので、解をもちません。

ルジャンドルと関係する数学者

数学の公式を1つずつ学ぶなら算数・数学の公式一覧(公式辞典)、数学で使う記号の読み方は数学でよく使う記号の意味一覧(Σ・∫・≡)もどうぞ。

18世紀の数学者

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ルジャンドルがかかわった数学の難問

有名な数学者一覧(年代順・国別・分野別)で、ほかの数学者も見られます。数学者たちが挑んだ問題は数学の難問・未解決問題の一覧にまとめています。

読みもの(合格大作戦の数学の記事)

よくある質問

ルジャンドルは何をした人ですか?

ルジャンドルは、18〜19世紀のフランスの数学者です。最小二乗法の最初の発表、平方剰余の相互法則とルジャンドル記号、素数の個数の予想、教科書『幾何学原論』、楕円積分の研究など、整数論・解析学・幾何学で大きな業績を残しました。

ルジャンドルとガウスは最小二乗法でもめたのですか?

はい。ルジャンドルは1805〜1806年ごろに最小二乗法をはじめて本に発表しました。ガウスは1809年に「1795年ごろから使っていた」と書き、先取権をめぐる言い争いになりました。最初の発表はルジャンドル、確率の理論での説明はガウスが深めた、というのが今の見方です。

ルジャンドル記号とは何ですか?

ルジャンドル記号 (a/p) は、素数 p について、a が p での平方剰余(2乗して p で割った余りとして出てくる数)なら+1、そうでなければ−1を表す記号です。1798年の『数論』で使われ、整数論の計算を楽にしました。

平方剰余の相互法則とは何ですか?

2つの異なる奇素数 p、q について、p が q での平方剰余かどうかと、q が p での平方剰余かどうかの関係を表す法則です。どちらかが4で割って1余る素数なら答えは同じ、どちらも4で割って3余るなら答えは反対になります。ガウスが「黄金定理」とよび、完全に証明しました。

ルジャンドルの肖像が別人だったというのは本当ですか?

本当です。長いあいだ数学者ルジャンドルの肖像として使われた絵が、同じ姓の政治家ルイ・ルジャンドルのものだったと、2000年代に分かりました。確かな肖像とされるのは、1820年にボワイーがえがいた風刺画の1枚です。

ルジャンドルの予想とは何ですか?

n² と (n+1)² の間には、かならず素数が1つはある、という予想です。とても大きな数まで確かめられていますが、証明はなく、未解決問題の一つです。

ルジャンドルの定理(三角形の内角の和)とは何ですか?

平行線の公理を使わなくても、三角形の内角の和が180度をこえないことを示した定理です。内角の和がちょうど180度になるには平行線の公理が必要で、これを使わない世界(非ユークリッド幾何学)では180度より小さくなります。

ルジャンドルは受験とどう関係しますか?

大学入試の整数問題で使う「平方数を3・4・5・8で割った余り」の調べ方は、平方剰余の考え方そのものです。統計の回帰直線は最小二乗法で求めます。また、n!にふくまれる素数の個数を求めるルジャンドルの公式は、入試や数学オリンピックで使われます。

ルジャンドルの『幾何学原論』とはどんな本ですか?

1794年に出た幾何学の教科書で、ユークリッドの『原論』を現代の学生向けに書き直したものです。分かりやすさで人気になり、各国語に訳されて長く使われました。πが無理数であること、π²も無理数であることの証明ものっています。

ルジャンドルはいつ・どこの人ですか?

1752年9月18日にパリで生まれた(トゥールーズ生まれという説もあります)フランスの数学者で、1833年1月10日にパリで80歳で亡くなりました。フランス革命や、ナポレオンの時代をパリで生きた人です。

あわせて読みたい

出典・参考

  • MacTutor History of Mathematics, “Adrien-Marie Legendre”(セント・アンドルーズ大学)
  • A.-M. Legendre, “Essai sur la théorie des nombres”(1798年)、“Nouvelles méthodes pour la détermination des orbites des comètes”(1805年)
  • A.-M. Legendre, “Éléments de géométrie”(1794年)
  • 肖像(風刺画):Julien-Léopold Boilly「Adrien-Marie Legendre」(1820年)、Wikimedia Commons(パブリックドメイン)

最終更新:2026年10月29日/作成:大学受験合格大作戦