平行線公準の問題とは?わかりやすく|ユークリッド第5公準と非ユークリッド幾何学(ロバチェフスキー・ボーヤイ・ガウス)

平行線公準の問題とは?わかりやすく|ユークリッド第5公準と非ユークリッド幾何学(ロバチェフスキー・ボーヤイ・ガウス)

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平行線公準の問題

ひとことで言うと

「平行線は1本だけ」は証明できるのか。2000年の挑戦のすえ、1830年ごろ「できない」と分かり、球面や双曲面の非ユークリッド幾何学が生まれた。

問題ユークリッドの第5公準(平行線の約束)は、ほかの公準から証明できるか
出された年紀元前300年ごろ(ユークリッド『原論』)
解かれた年1830年ごろ(ロバチェフスキー1829年・ボーヤイ1832年。矛盾しない模型は1868年)
解いた人ロバチェフスキー、ボーヤイ(ガウスも早くから気づいていたとされる)
答え証明できない(第5公準を変えた別の幾何学がつくれる)
かかった年数約2000年
分野幾何学・公理論
特ちょう非ユークリッド幾何学(双曲幾何学・楕円幾何学)が生まれた

このページのポイント

  • 平行線公準は「点Pを通ってlに平行な直線はちょうど1本」という約束。ユークリッドが書いたが、約2000年、証明しようとして失敗した
  • ロバチェフスキーとボーヤイが「平行線がたくさんある」と置いても矛盾しない幾何学を示し、証明できないと分かった(ガウスも気づいていた)
  • 約束を変えると三角形の内角の和が変わる(球面は180°より大きく、双曲面は小さい)。のちの相対性理論の数学に

平行線公準の問題とは?(ひとことで)

平行線公準の問題とは、ユークリッドが『原論』に書いた「第5公準」(平行線についての約束)が、ほかの約束から証明できるのか、という問題です。約2000年のあいだ、多くの数学者が証明に挑みましたが、うまくいきませんでした。

答えは「証明できない」です。1829年ごろからロシアのロバチェフスキーとハンガリーのボーヤイが、第5公準を成り立たせないまま矛盾のない幾何学(非ユークリッド幾何学)を作れることを示しました。ガウスも、同じことに早くから気づいていたと考えられています。

この発見は、「数学の約束(公理)は、現実の世界そのままではなく、自由に選べる」という新しい見方を生みました。のちにアインシュタインの相対性理論が、曲がった空間の数学を使うことにもつながります。中学校で習う平行線と角・三角形の内角の和は、この歴史の出発点にあたります。

うかるくん

うかるくん

「三角形の内角の和は180度」って、あたりまえじゃないんですか?

合格先生

合格先生

それが平面の上だけの話なんだ。地球のような球の上では、内角の和が180度より大きい三角形がかける。180度になるのは、平行線の約束を「正しい」と決めたときだけなんだよ。

平行線公準の意味をやさしく解説

公理(公準)とは?

公理(古代ギリシャでは公準)とは、「証明なしに正しいと認める約束」です。数学は、いくつかの約束から出発して、ほかのことを証明で積み上げていきます。ユークリッドは『原論』(紀元前300年ごろ)で、5つの公準を最初に置きました。

  1. 2つの点を結ぶ線分をひける。
  2. 線分は、まっすぐにいくらでものばせる。
  3. 中心と半径が決まれば、円がかける。
  4. 直角は、すべて等しい。
  5. 第5公準:2つの直線に1本の直線が交わって、同じ側の内角の和が2直角(180°)より小さいとき、2直線をその側にのばすと、どこかで交わる。

はじめの4つは短くて、見ただけで正しそうです。ところが、5番目だけは長くて、ややこしい。「これは約束ではなく、証明できる定理ではないか」と、多くの人が疑いました。

ユークリッドの第5公準 ∠a∠b 交わる ∠a+∠b < 180° なら、この側で2直線が交わる
第5公準:同じ側の内角の和が180°より小さいと、2直線はその側で交わる

もっと分かりやすい言いかえ

1795年、イギリスのジョン・プレイフェアが、次のような同じ意味の言いかえを広めました(平行とはの考え方です)。

「直線 l と、その上にない点 P があるとき、P を通って l に平行な直線は、ちょうど1本ひける」

これをプレイフェアの公理といいます。「1本」というところが大事です。「少なくとも1本」はユークリッドの最初の4つの公準からも示せますが、「ちょうど1本」は示せないのです。

点Pを通る平行線は「1本」 l P 赤=平行灰色の点線はどれも l と交わる
ふつうの平面では、点Pを通って直線lに平行な直線はちょうど1本。ほかの直線はlと交わる

この約束があると、何が正しくなる?

第5公準(またはプレイフェアの公理)が成り立つと、学校で習う次のことが証明できます。

つまり、中学校の図形の学習のほとんどが、この5番目の約束の上に立っています。第5公準を変えると、これらの性質もすべて変わります。

平行線公準の歴史と年表

2000年以上の「証明しよう」の歴史

第5公準を、はじめの4つから証明しようとする試みは、ギリシャ時代から始まります。5世紀のプロクロスは、前の時代の試みの誤りを指摘したと伝えられます。イスラムの世界でも、オマル・ハイヤームやナスィール・アッディーン・トゥーシーなどが研究しました。ヨーロッパでも、ルジャンドルの業績など多くの数学者が挑みましたが、どの証明にも、「実は平行線の約束と同じことを、こっそり使っていた」という問題が見つかりました。

1733年:サッケーリの背理法

イタリアのイエズス会士サッケーリは、1733年の本で、第5公準が成り立たないと仮定して、背理法とはで矛盾を導こうとしました。矛盾がうまく出なかった部分もあったのですが、サッケーリは「これは矛盾だ」と考え、第5公準は証明されたと信じました。ところが、のちの人が見ると、サッケーリは、新しい幾何学の定理をたくさん証明していたのです。ランベルト(1766年ごろ)も同じような研究を行いました。

ガウスの沈黙

ガウスの業績と生涯は、1792年ごろから、第5公準の問題を考えはじめたとされています。1810年代には、第5公準を使わない幾何学が矛盾なく作れると確信していた、と伝えられます。ところが、ガウスはそれを発表しませんでした。当時のドイツでは、ユークリッド幾何学が絶対的に正しいと信じるカントの哲学が強い力をもっていたため、「世間の反対を恐れた」と書いた手紙も残っているとされます。

ボーヤイ父子:「平行線に手を出すな」

ハンガリーの数学者ファルカシュ・ボーヤイは、ガウスの友人で、平行線の問題に生涯をかけました。それでも解けなかったので、息子のヤーノシュ・ボーヤイに「平行線のことで、一時間でも無駄にしてはならない」という趣旨の手紙を送ったと伝えられています。ところが息子は聞かず、1823年に「何もないところから、不思議な新しい世界を作り出した」と父に手紙を書きました。この研究は、1832年に父の著書の付録(24ページ)として発表されました。

ガウスは、この付録を読んで、「これをほめることは、自分をほめるようなものだ(私も同じことを考えていた)」という趣旨の返事を書いたとされます。ヤーノシュは、これに大きく失望した、と伝えられています。

ロバチェフスキー:先に発表した人

ロシアのカザン大学のロバチェフスキーは、1826年に講演で非ユークリッド幾何学を報告し、1829年に「カザン通報」という雑誌にそれを発表しました。世界ではじめて印刷された非ユークリッド幾何学の論文とされます。ロバチェフスキーは、この幾何学を「想像上の幾何学」とよびました。当時はほとんど理解されませんでしたが、彼は生涯をかけて研究を続けました。ロバチェフスキーの業績と非ユークリッド幾何学は、のちの数学者に大きな影響をあたえました。

年できごと
前300年ごろユークリッドが『原論』に5つの公準を書く(第5公準だけ長くて複雑)
5世紀プロクロスが『原論』の注釈で、第5公準の証明を試みた人びとを批評する
1733年サッケーリが、第5公準を背理法で証明しようとする本を出版する
1795年プレイフェアが「点を通る平行線は1本」という言いかえを広める
1823年ヤーノシュ・ボーヤイが、新しい幾何学を発見したと父に手紙を書く
1826〜1829年ロバチェフスキーが講演(1826年)と論文(1829年)で非ユークリッド幾何学を発表する
1832年ボーヤイの論文が、父の本の付録として出版される
1854年リーマンが、曲がった空間の幾何学についての就職講演を行う(出版は1868年)
1868年ベルトラミが、非ユークリッド幾何学が矛盾しないことを示す模型をつくる
1871年クラインが、ベルトラミの模型を完成させる。双曲・楕円・放物の名前をつける
2000年以上のあゆみ前300ごろユークリッドが『原論』に第5公準1733サッケーリが背理法で挑む1829ロバチェフスキーが発表1832ボーヤイの論文が出る1854リーマンが球面などの幾何学1868ベルトラミが模型を作る「証明しようとして」新しい幾何学が見つかった
紀元前300年ごろの第5公準から、1829〜1832年の発見、1868年の模型まで

平行線公準の問題はいつ・だれが解いた?

平行線公準の問題は、1829年ごろから、ロバチェフスキーとボーヤイが(そしてガウスも)解決の道をひらきました。答えは「第5公準は、ほかの公準から証明することはできない」です。

「証明できない」ことを、どうやって示すの?

ロバチェフスキーとボーヤイは、第5公準のかわりに、反対の約束を置きました。「点Pを通ってlに平行な直線は、1本ではなく、無数にひける」です。この約束で、幾何学を進めると、ふつうの幾何学とはちがう性質が次々に出てきます。ところが、いくら進めても、矛盾は出てきません。

もし第5公準が、ほかの公準から証明できたなら、反対の約束を置いたとき、かならず矛盾が出るはずです。矛盾が出ないのだから、第5公準はほかの公準から独立している(証明できない)と分かります。

本当に矛盾しない?:模型による証明

ロバチェフスキーたちの時代には、「いくら進めても矛盾が出ない」ことは、まだ証明ではありませんでした。決定的になったのは、1868年のイタリアのベルトラミの研究です。ベルトラミは、ふつうの幾何学の中に、ロバチェフスキーの幾何学の模型を作りました。もしロバチェフスキーの幾何学に矛盾があれば、ふつうの幾何学にも矛盾が出てしまいます。こうして、この新しい幾何学も「ふつうの幾何学と同じくらい安全」だと示されました。1870年代にはクラインやポアンカレが、さらに分かりやすい模型を作りました。

双曲幾何学:平行線がたくさん l P 赤は l と交わらない。灰色は交わる
円の内側を平面とみなし、弦を直線とみなす模型。点Pを通りlと交わらない直線が、たくさんひける

3つの幾何学

幾何学点Pを通るlへの平行線三角形の内角の和たとえる面
ユークリッド幾何学ちょうど1本180°平らな面
双曲幾何学(ロバチェフスキー・ボーヤイ)無数180°より小さい馬の鞍のような面
楕円(球面)幾何学(リーマン)0本(平行線なし)180°より大きい球の表面
三角形の内角の和 球面180°より大きい ふつうの平面ちょうど180° 双曲面180°より小さい 平行線公準を変えると、三角形の内角の和が変わる
三角形の内角の和は、球面で180°より大きく、平面でちょうど180°、双曲面で180°より小さい

球の上の幾何学(リーマン)

1854年、ドイツのリーマンの業績と生涯は、就職のための講演で、空間そのものが「曲がっていてもよい」という広い幾何学を示しました。球の表面(地球の表面)は、その例の1つです。球の表面では「直線」にあたるのは大円(球の中心を通る平面で切った円)で、どの2つの大円もかならず交わります。つまり、平行線は存在しません。

球の上の三角形:内角の和 270° 北極 90°90°90° 直角が3つ → 90°×3=270°
北極と赤道上の2点でできる三角形は、角がすべて直角で、内角の和は270°

たとえば、北極から赤道まで経度0度の線で下り、赤道を経度90度分だけ東へ進んで、また北極にもどる三角形を考えます。3つの角はすべて直角(90°)で、内角の和は270°です。球の半径を R とすると、この三角形の面積は球の表面積(球の体積と表面積の公式の 4πR24\pi R^2)の8分の1です。

「ここが大事!」と説明する合格先生

合格先生

平行線の約束を変えたら、別の幾何学ができた。これは「約束(公理)を変えると、別の世界ができる」という数学の大発見なんだ。

平行線公準の問題はなぜ難しかったのか

1. 「あたりまえ」だと思いこんでいた

私たちは、平行線が1本であることを、「あたりまえ」だと感じます。数学者たちも同じで、第5公準の反対を考えること自体が、とても難しかったのです。哲学者カントは、ユークリッド幾何学を「人間の頭に生まれつきそなわった空間の形」と考えました。この考えは、非ユークリッド幾何学が受け入れられるまで、大きな壁でした。

2. 証明に「かくれた仮定」がまぎれこんだ

多くの人が、「第5公準を証明できた」と思いました。ところが、よく調べると、第5公準と同じ意味のことを、気づかないうちに使っていたのです。たとえば、「三角形の内角の和は180°」や「相似な三角形がある」は、どちらも第5公準と同じ意味です。それを使えば、第5公準が出てくるのは当然です。これを「循環論法」といいます。

3. 「証明できない」ことを示すのは難しい

「証明できる」ことは、証明を1つ見つければ示せます。しかし「証明できない」ことは、どんな証明も存在しないと示す必要があります。そのため、別の世界(模型)を作るという、新しい方法が必要でした。このように「ある命題は、その公理からは証明も反証もできない」ことを示す考え方は、のちの連続体仮説や算術の無矛盾性(ヒルベルトの第2問題)の研究に受けつがれています。同じように「できない」ことを示した三大作図問題・5次方程式の解の公式とも似ています。

4. 学者に認められるまでに時間がかかった

ロバチェフスキーの論文は、ロシア国内でも、ほとんど評価されませんでした。ボーヤイは、ガウスの返事に落胆して、数学の研究から遠ざかったと伝えられます。非ユークリッド幾何学が広く認められたのは、ガウスの死後に、彼の手紙や日記が公開され、ベルトラミらの模型が登場した1860〜70年代でした。

よくある誤解:「ユークリッド幾何学はまちがいだった?」

非ユークリッド幾何学が見つかっても、ユークリッド幾何学が「まちがい」になったわけではありません。ユークリッド幾何学は、「平行線の約束」をおいた世界では正しい幾何学です。私たちが住む身のまわりの小さな世界(教室、建物、町)では、ユークリッド幾何学で十分に正確です。一方、地球全体の飛行機の航路や、宇宙の大きな世界を考えるときには、球面や曲がった空間の幾何学が必要になります。

サクラちゃん

サクラちゃん

平行線がたくさんある世界なんて、本当にあるんですか?

合格先生

合格先生

「ある」と言うより「矛盾なく考えられる」が正しいね。ふつうの平面の中に模型を作れば、そのルールの世界が矛盾しないことを確かめられる。見た目はふしぎだけど、数学としてはきちんと成り立つんだよ。

受験・勉強と平行線公準のつながり

中学受験・高校受験:平行線と角

平行線の性質は、図形の問題の基本です。「平行線の錯角・同位角は等しい」を使えば、三角形の外角と角度の求め方や、多角形の内角の和が計算できます。たとえば、三角形の内角の和が180°であることの証明は、平行線をひいて、錯角を使います。この証明は、第5公準を使っている、いちばん身近な例です。

内角・外角の意味や、平行線と角の求め方は、入試に出る基本の知識です。三角形の内角の和が180°であることを、どんな場面でも当たり前のように使えるのは、第5公準のおかげだと分かります。

高校:座標と図形、三角比

高校の数学で使う座標平面も、ユークリッド幾何学の世界です。点と直線の距離の公式や、2直線の平行・垂直条件も、この世界の話です。平行な2直線は、傾きが等しく、決して交わりません。

大学:微分幾何学・相対性理論

大学では、曲がった空間の幾何学(微分幾何学)を学びます。アインシュタインは、1915年の一般相対性理論で、リーマンの幾何学を使って、重力を「空間のゆがみ」として説明しました。たとえば、太陽の近くを通る光は、わずかに曲がります。これは、実際に観測されています(1919年の日食の観測など)。

数学の学び方として:公理から考える

平行線公準の歴史から学べるのは、「当たり前を疑い、約束を見なおす」ことの強さです。入試の証明問題でも、「何を仮定して、何を示すのか」を意識することが大切です。数学の勉強法では、教科書の定理の証明を自分で書いてみる練習をすすめています。また、数学オリンピックの問題には、ふだんの図形の知識を使って、角度や長さの関係をさぐる問題が出ます。

身近なところにある「曲がった世界」

  • 飛行機の航路:東京からニューヨークへの最短ルートは、地図の上では曲がって見えますが、球面の上では「大円」にそった最短の道です。
  • カーナビやGPS:人工衛星の電波の時間差を使いますが、重力による時間のずれを、相対性理論で補正しています。
  • 世界地図:球面を平面に写すと、角度・面積・距離のどれかがゆがみます。

平行線公準の問題が数学にあたえた影響

  • 公理主義の誕生:「数学は、いくつかの約束から出発する」という考え方が、はっきりしました。1899年、ドイツのヒルベルトの業績と生涯は『幾何学の基礎』を書き、ユークリッド幾何学を、すき間のない約束(公理)の体系にし直しました。
  • 「数学的な真理」の考え方が変わった:それまでは、「数学は宇宙の真理を表す」と考えられていました。非ユークリッド幾何学の発見で、「公理を変えれば、別の矛盾のない数学ができる」ことが分かりました。
  • リーマン幾何学と相対性理論:リーマンの幾何学は、アインシュタインの一般相対性理論の数学的な土台になりました。ブラックホールの研究や、宇宙の形の研究にもつながっています。
  • 位相幾何学(トポロジー)へ:ポアンカレの研究は、双曲幾何学の円板の模型(ポアンカレ円板)を作り、宇宙の形を研究する位相幾何学を育てました。ポアンカレ予想にもつながります。
  • 「証明できない」を証明する数学:ある命題が公理から証明できないことを示す方法は、連続体仮説の研究にも使われました。
  • コンピューターグラフィックス・芸術:双曲幾何学は、ネットワークの構造の表現や、芸術(エッシャーの「円の極限」など)にも応用されています。

平行線公準の問題に挑戦!練習問題

やさしい

  1. ふつうの平面で、三角形の2つの内角が50°と60°のとき、残りの角は何度ですか。
    答えと解説を見る内角の和は180°なので、180°−50°−60°=70°です。
  2. 地球の表面で、北極と赤道上の経度が90度ちがう2点を結んでできる三角形の、内角の和は何度ですか。
    答えと解説を見る3つの角がすべて90°なので、90°×3=270°です。180°より大きくなります。

ふつう

  1. 半径 R の球の上で、角がすべて直角の三角形(北極と赤道上の経度が90度ちがう2点)の面積を求めなさい。
    答えと解説を見るこのような三角形は、球の表面を8等分したうちの1つです。球の表面積は 4πR24\pi R^2 なので、4πR2÷8=4\pi R^2 \div 8 = πR22\dfrac{\pi R^2}{2} です。
  2. ある曲面の上で、三角形の内角が40°、50°、60°でした。この曲面は、ふつうの平面ですか、球面ですか、双曲面ですか。
    答えと解説を見る内角の和は150°で、180°より小さいので、双曲面のような面です(平面なら180°、球面なら180°より大きい)。

むずかしい

  1. ふつうの平面で、四角形の内角の和が360°になる理由を、三角形の内角の和を使って説明しなさい。そして、双曲面の上の四角形の内角の和は、360°より大きいか小さいか答えなさい。
    答えと解説を見る対角線を1本ひくと、四角形は2つの三角形に分かれます。平面では、2つの三角形の内角の和は180°×2=360°です。双曲面では、三角形1つの内角の和が180°より小さいので、四角形の内角の和は360°より小さくなります。
  2. 「錯角が等しければ、2直線は平行である」「平行な2直線に1本の直線が交わるとき、錯角は等しい」のうち、第5公準(平行線公準)が必要なのはどちらですか。
    答えと解説を見る第5公準が必要なのは、後者(平行ならば錯角が等しい)です。前者は、第5公準を使わなくても証明できます。そのため、球面や双曲面の上でも、前者は正しく、後者は成り立たない場合があります。

平行線公準の問題と関係する数学者・難問

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よくある質問

平行線公準の問題とは何ですか?

平行線公準の問題とは、ユークリッドが書いた第5公準(平行線についての約束)が、ほかの約束から証明できるかどうか、という問題です。約2000年の挑戦のあと、証明できないことが分かりました。

ユークリッドの第5公準とはどんな内容ですか?

2つの直線に1本の直線が交わり、同じ側の内角の和が180度より小さいとき、2直線をその側にのばすとどこかで交わる、という約束です。点を通る平行線がちょうど1本、という言いかえと同じ意味になります。

この問題はだれがいつ解きましたか?

1829年ごろにロシアのロバチェフスキーが、1832年にハンガリーのボーヤイが、それぞれ平行線の約束を変えても矛盾しない幾何学を発表し、証明できないことが分かりました。ガウスも同じ考えに早くから気づいていたとされます。

非ユークリッド幾何学とは何ですか?

ユークリッドの第5公準を変えてつくった幾何学です。点を通る平行線が無数にある双曲幾何学と、平行線が1本もない楕円(球面)幾何学があります。

なぜ球の上の三角形は内角の和が180度より大きいのですか?

球の表面は曲がっていて、「直線」にあたる大円が外側にふくらむため、三角形の角が大きくなります。たとえば、北極と赤道上の2点でできる三角形は、3つの角がすべて90度で、内角の和は270度です。

ガウスはなぜ発表しなかったのですか?

ガウスは、非ユークリッド幾何学が矛盾しないことに早くから気づいていたと考えられています。当時、ユークリッド幾何学を絶対的に正しいとする考えが強かったため、世間の反対を恐れて発表しなかったと伝えられています。

ユークリッド幾何学はまちがいになったのですか?

いいえ。ユークリッド幾何学は、平行線の約束を置いた世界では正しい幾何学です。教室や町のような小さな範囲では十分に正確で、今も学校で学びます。

非ユークリッド幾何学は何の役に立ちますか?

リーマンの曲がった空間の幾何学は、アインシュタインの一般相対性理論の数学的な土台になりました。球面の幾何学は、飛行機の航路や地図づくりにも使われています。

平行線公準は受験に出ますか?

平行線公準そのものは出ませんが、平行線の錯角・同位角や、三角形の内角の和が180度であることは、中学入試から高校入試まで出ます。その土台に第5公準があります。

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出典・参考

  • MacTutor History of Mathematics, “Non-Euclidean geometry”(セント・アンドルーズ大学)
  • Euclid, “Elements”(『原論』)
  • N. I. Lobachevsky, “On the principles of geometry”(Kazan Messenger, 1829年)
  • J. Bolyai, “Appendix”(Farkas Bolyai『Tentamen』、1832年)
  • B. Riemann, “Über die Hypothesen, welche der Geometrie zu Grunde liegen”(1854年講演、1868年出版)

最終更新:2026年10月29日/作成:大学受験合格大作戦