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ゲーデルKurt Gödel
ひとことで言うと
「正しいのに、証明できない命題がある」ことを数学で証明した論理学者。不完全性定理は、数学とコンピュータの考え方を大きく変えた。
| 名前 | クルト・ゲーデル(Kurt Gödel) |
|---|---|
| 生没年 | 1906年4月28日〜1978年1月14日(71歳) |
| 国 | オーストリア=ハンガリー帝国(ブリュン)生まれ、のちアメリカ(プリンストン) |
| 分野 | 数学基礎論・論理学・集合論 |
| 主な業績 | 不完全性定理(1931年)、完全性定理、選択公理・連続体仮説の無矛盾性、ゲーデル解 |
| 名前がつくもの | ゲーデルの不完全性定理・ゲーデル数・ゲーデルの文・ゲーデルの完全性定理・ゲーデル解 |
| よばれ方 | 20世紀最大の論理学者(アリストテレス以来最大の論理学者ともいわれる) |
このページのポイント
- 1931年、「正しいのに証明できない命題がかならずある」ことを示した(第一不完全性定理)。数学は自分で無矛盾だと証明できない(第二)
- しかけはうそつきのパラドックスとゲーデル数。「偽である」を「証明できない」に変え、文を素因数分解で数にした
- 連続体仮説の無矛盾性、回転する宇宙の解、アインシュタインとの散歩の逸話など、数学・物理・哲学に足あとを残した
ゲーデルは何をした人?(業績をひとことで)
クルト・ゲーデル(1906〜1978年)は、オーストリア生まれ、のちにアメリカで活躍した数学者・論理学者です。1931年に「不完全性定理」を証明し、「数学の中には、正しいのに証明できない命題がかならずある」ことを、数学の力で示しました。ほかにも、完全性定理(1929年)、連続体仮説が選択公理とともに矛盾しないことの証明(1938〜40年)、アインシュタインの方程式の「ゲーデル解」(1949年)など、20世紀の数学の流れを変える仕事を残しました。
ゲーデルの定理は、「数学ですべてが証明できるわけではない」と言いかえられることがあります。ただし、これは「数学がいいかげんだ」という意味ではありません。「ルールを決めて計算で調べる」という方法そのものの限界を、きびしい証明で示したのです。この考えは、コンピュータの理論(計算できること・できないこと)にも大きな影響をあたえました。
受験生にとってのゲーデルは、少し遠い存在かもしれません。でも、命題とは(真偽がはっきり決まる文)、必要条件・十分条件の意味、素因数分解のただ1通りの性質など、高校数学の「論理」と「整数」は、ゲーデルの証明の道具そのものです。この記事では、定理の中身を図と身近な例でていねいに説明します。
うかるくん
「正しいのに証明できない」って、どういうことですか? 正しいなら証明できそうな気がします……。
合格先生
そう思うよね。ゲーデルが見つけたのは、「この文は証明できない」という文を数学の中で作る方法なんだ。くわしくは「業績」の節で、うそつきのパラドックスから順に説明するよ。

ゲーデルの生涯と年表
「なぜ博士」とよばれた少年
ゲーデルは1906年4月28日、当時オーストリア=ハンガリー帝国の一部だったブリュン(今のチェコのブルノ)で生まれました。父は織物工場の経営にかかわる人でした。小さいころから何にでも「なぜ?」と質問するので、家族から「なぜさん(ヘル・ヴァルム)」とよばれていたと伝えられています。6歳ごろにリウマチ熱にかかったことから、のちのちまで自分の健康をひどく心配するようになった、ともいわれます。
ウィーン大学とウィーン学団
1924年、ゲーデルはウィーン大学に入学し、はじめは物理学、のちに数学を学びました。大学では、哲学者や科学者の集まりウィーン学団の議論にも参加します。1929年に学位論文で完全性定理を証明し、翌1930年に博士号を受けました。
1930年〜31年:不完全性定理の発表
1930年9月、ドイツのケーニヒスベルクで開かれた学会で、ゲーデルは不完全性定理についてはじめて発表したと伝えられています。会場にはフォン・ノイマン(コンピュータの父)もいて、すぐに重大さに気づいたといわれます。論文は1931年に発表されました。偶然ですが、同じころヒルベルト(数学の基礎を築こうとした大数学者)は、同じケーニヒスベルクで「われわれは知らねばならない。われわれは知るだろう」と語っていました(1930年)。
アメリカへ:プリンストン高等研究所
1938年、ゲーデルはアデーレと結婚します。同じ年、ナチス・ドイツがオーストリアを併合し、大学の環境は大きく変わりました。ゲーデルは1940年、シベリア鉄道と船で日本を通ってアメリカへわたり、プリンストン高等研究所に迎えられました。この研究所には、アインシュタインもいました。1948年にアメリカの市民権を得て、1953年に研究所の正教授になります。
晩年と死
ゲーデルは晩年、「毒を入れられるのではないか」という不安が強くなり、妻アデーレのつくった食事以外を口にしなくなったと伝えられています。妻が入院したあいだ食事をとれなくなり、1978年1月14日、プリンストンの病院で71歳で亡くなりました。体重は約30キロしかなかったとされます。
| 年 | できごと |
|---|---|
| 1906年 | 4月28日、オーストリア=ハンガリー帝国のブリュン(今のブルノ)で生まれる |
| 1924年 | ウィーン大学に入学 |
| 1929年 | 学位論文で一階述語論理の完全性定理を証明 |
| 1930年 | 9月、ケーニヒスベルクの学会で不完全性定理を発表(と伝えられる) |
| 1931年 | 論文「プリンキピア・マテマティカと関連する体系の形式的に決定不能な命題について」を発表 |
| 1938年 | アデーレと結婚。連続体仮説の無矛盾性の研究を進める |
| 1940年 | アメリカへ移り、プリンストン高等研究所へ。選択公理・連続体仮説の無矛盾性を示す |
| 1948年 | アメリカの市民権を得る(審査の逸話あり) |
| 1949年 | アインシュタイン方程式の「ゲーデル解」(回転する宇宙)を発表 |
| 1951年 | アインシュタイン賞を受ける |
| 1953年 | プリンストン高等研究所の正教授になる |
| 1963年 | コーエンが連続体仮説の独立性を証明(ゲーデルの仕事とあわせて完成) |
| 1974年 | 米国の国家科学賞を受ける |
| 1978年 | 1月14日、プリンストンで亡くなる(71歳) |
ゲーデルの主な業績をやさしく解説
業績1 うそつきのパラドックスから不完全性定理へ
まず、古代ギリシャから知られるうそつきのパラドックスから始めましょう。「この文は偽である」という文は、真でしょうか、偽でしょうか。真だとすると、書いてあるとおり偽になります。偽だとすると、書いてあることが正しいので、真になります。どちらにしても矛盾してしまいます。
ゲーデルは、この「自分のことを言う文」を、数学の中でまじめに作れることに気づきました。ただし「偽である」と書くと、数学では「真・偽」そのものを定義できずうまくいきません。そこでゲーデルは、「偽である」を「証明できない」に変えました。「証明できるかどうか」なら、数学のルールの中で調べられるからです。こうしてできた文がゲーデルの文 G、つまり「G は証明できない」です。
図のように考えます。もし G が証明できたなら、「G は証明できない」と書いてあることがまちがいになり、数学が「まちがったこと」を証明してしまいます。それは矛盾ですから、数学がまともなら G は証明できません。すると、G の言っているとおりになるので、G は真です。つまり、真なのに証明できない文が見つかりました。これが第一不完全性定理の考え方です。
正確な条件は次のとおりです。「矛盾がなく、自然数の足し算・かけ算をふくむ、機械的に公理を並べられる体系には、その体系の中で証明も反証もできない文がある」。足し算とかけ算ができるくらいの数学なら、どんなに公理を足しても必ず当てはまる、というのがすごいところです。
業績2 ゲーデル数:文を「数」にして自分を語らせる
「数学の文が、自分自身のことを言う」ためのしかけがゲーデル数です。アイデアは、文字や式に数を割り当てて、式を1つの自然数にしてしまうことです。たとえば、「0→1、S(次の数)→2、=→3」と番号をつけると、「S0=S0」(1=1のこと)は、番号の列 2, 1, 3, 2, 1 になります。
この列を、小さい素数から順に、肩にのせてかけ算します。
808500を素因数分解すれば、ただ1通りに 2²・3¹・5³・7²・11¹ とわかるので、元の式にもどせます。これは素因数分解のただ1通り性(基本定理)のおかげです。ここでは理解しやすい形にした例で、ゲーデル自身は少しちがう番号の付け方をしました。式がすべて数になれば、「式Aから式Bが証明できる」といった証明の関係も、数の関係として書けます。こうして数学が、数学自身のことを語れるようになったのです。
なお、このような数の列をかけ算で1つにまとめる発想は、整数を余りで分類する合同式(mod)の考え方ともつながっています。
業績3 第二不完全性定理:数学は自分で無矛盾だと証明できない
第一定理の議論をつきつめると、もう1つの定理が出ます。第二不完全性定理は、「ある体系が無矛盾であることは、その体系自身の中では証明できない」というものです。(体系が無矛盾なら、です。矛盾する体系は何でも証明できるので、無矛盾性も証明できてしまいます。)
これは、ヒルベルトの数学基礎論の計画にとって大きな打撃でした。ヒルベルトは、「数学全体の無矛盾性を、確実な方法で証明したい」と考えていたからです。ただし、これで数学が信用できなくなったわけではありません。むしろ、「より強い体系を使えば、弱い体系の無矛盾性を調べられる」といった、新しい数学の研究(証明論)が生まれました。
業績4 完全性定理と連続体仮説の無矛盾性
不完全性定理と名前が似ていてまぎらわしいのですが、1929年の完全性定理は、「一階述語論理(「すべての」「ある」をふくむ、ふつうの数学の論理)では、どの論理的に正しい式も証明できる」というよい知らせの定理です。完全性定理は「論理だけ」の話、不完全性定理は「算数をふくむ体系」の話、と覚えるとよいでしょう。
1938〜40年には、カントールの連続体仮説(無限の大きさの問題)について、「集合論の公理に矛盾がなければ、選択公理と連続体仮説を足しても矛盾しない」ことを示しました。のちの1963年にコーエン(強制法)が「連続体仮説の否定を足しても矛盾しない」ことを示し、連続体仮説は、ふつうの公理からは証明も反証もできないことが確定しました。これは、不完全性定理が現実の数学の問題にも当てはまる、代表例です。
業績5 ゲーデル解:回転する宇宙とタイムトラベル
1949年、ゲーデルはアインシュタインの70歳の記念論文集に、一般相対性理論の新しい解を発表しました。宇宙全体がゆっくり回転している、という宇宙のモデルです。この宇宙では、遠くを一周してもどってくると、出発する前の時刻にもどってしまうような道(閉じた時間的曲線)が数学的には存在します。現実の宇宙がこの解のとおりだとは考えられていませんが、「相対性理論は時間旅行を禁止しているのか」という問題を、はっきりした形にしました。
ゲーデルの名前がつく公式・定理・用語
ゲーデルの名前がつくものは、おもに論理学・集合論の世界にあります。高校数学の「公式」にはなりませんが、用語として出会うことがあります。
- 第一不完全性定理:無矛盾で算数をふくむ体系には、証明も反証もできない文がある。
- 第二不完全性定理:そうした体系は、自分自身の無矛盾性を証明できない。
- ゲーデルの完全性定理:一階述語論理では、論理的に正しい式はすべて証明できる。
- ゲーデル数:式や証明に1つずつ割り当てた自然数。素因数分解(→ 素因数分解の方法と例題)を使う。
- ゲーデルの文:「この文は証明できない」という意味をもつ文。
- ゲーデル解:一般相対性理論の回転する宇宙の解。
- 構成可能集合 L:連続体仮説の無矛盾性の証明でゲーデルが作った集合のモデル。
どれも覚える必要はありませんが、「証明できる」と「真である」のちがいは、高校数学の命題の逆・裏・対偶や必要条件・十分条件を理解するときの感覚にも、そのまま役に立ちます。

合格先生
「真」は、その文が正しいかどうか。「証明できる」は、決まったルールで導けるかどうか。ゲーデルは、この2つが一致しないことを示したんだ。まずは、この2つのちがいを言えるようにしておこう。
ゲーデルの逸話と名言
アインシュタインと毎日の散歩
プリンストン高等研究所で、ゲーデルとアインシュタインは親しい友人でした。2人が毎日のように、研究所から家までおしゃべりをしながら歩いて帰ったことはよく知られています。アインシュタインは晩年、「自分の仕事にはもう大した意味がない。研究所に来るのは、ゲーデルと一緒に歩いて帰る特権のためだ」と語ったと伝えられています(数学者モルゲンシュテルンの記録による話です)。何を話していたかは、くわしくは分かっていません。物理学や哲学、時間の話をしていたといわれます。
私が研究所に来るのは、ゲーデルと一緒に歩いて帰るという特権のためにすぎない。
市民権の審査で「アメリカ憲法の抜け穴」を見つけた?
1947年、ゲーデルはアメリカ市民になるための審査を受けました。証人としてアインシュタインとモルゲンシュテルンが同行したと伝えられています。ゲーデルは前もって憲法を読みこみ、「憲法には、合法的に独裁政治になってしまう抜け穴がある」と考えていました。審査の場でその話を始めようとしたところ、判事がうまく話をさえぎって質問を変えた、という逸話があります。ゲーデルの几帳面さを伝える話として有名ですが、細かいところは伝え方によって少しちがいます。
神の存在の証明
ゲーデルは、論理で神の存在を示す議論(存在論的証明)をノートに書き残しました。親しい人にだけ見せたとされ、ゲーデルの死後に公表されました。「本気だったのか、論理の練習だったのか」については、見方が分かれています。
「毒殺」への不安
ゲーデルは、他人が作る食事を強く警戒していたと伝えられます。この不安は、最期のときの食事に関わりました。天才の頭脳と、健康への強いこだわりが同居していた、という話は、数学者の伝記としても有名です。
サクラちゃん
アインシュタインと一緒に毎日歩いて帰るなんて、うらやましい……! 何を話していたんでしょう。
合格先生
時間や宇宙、論理や哲学の話といわれているね。実はゲーデルはアインシュタインの理論から、時間が輪になった宇宙まで考えたんだ。数学と物理が、友だちの会話の中で行き来していたんだね。
受験・勉強とゲーデルのつながり
中学受験:素因数分解は数の「名前」
中学受験でも、素因数分解は大事な道具です。「ある数を素数の積で表す方法は1通りしかない」という性質があるから、約数の個数や最大公約数・最小公倍数が求められます。ゲーデル数のしかけは、この性質をそのまま使っています。約数の個数・約数の和の求め方を調べると、素因数分解の力がよく分かります。
高校受験・大学受験:命題・集合・背理法
高校の数学Iの「命題と条件」では、「真偽」「逆・裏・対偶」「必要条件・十分条件」を習います。真偽がはっきり決まる文が命題で、うそつきの文はその意味で命題にはなれません。また、ゲーデルの証明の核は背理法(「もし〜なら矛盾する、だから〜でない」)です。背理法はハトの巣原理や不等式の証明、整数問題でもよく使います。「すべての」「ある」の否定(フレーゲ(現代論理学の祖)が整理した記号論理)も、入試の論理の土台です。
大学の勉強へ:計算可能性と情報科学
大学の情報科学・数理論理学では、ゲーデルの定理の考え方を使った「停止問題」(プログラムが止まるかどうか、一般には判定できない)を学びます。これはチューリング(計算の理論の創始者)が1936年に示したものです。数学を学ぶ人だけでなく、プログラミングを学ぶ人にもゲーデルは関係します。
勉強法として:「証明の限界」を知る
ゲーデルの話から受験生が学べるのは、「自分が何を仮定していて、何が証明できているのかをいつも確かめる」姿勢です。問題を解くとき、使ってよい定理を確認し、真だと思うだけで済ませず、筋道を書く。この習慣が、記述式の得点を守ります。勉強の進め方は数学の勉強法(解法の暗記→演習→過去問)、記号の読み方は数学でよく使う記号の意味一覧(∀・∃・Σ)も参考にしてください。
ゲーデルがその後の数学にあたえた影響
- 数学基礎論・証明論:「どこまでが証明できて、どこからできないか」を調べる研究が生まれ、ヒルベルトの計画は形を変えて続けられました。
- 計算の理論・コンピュータ科学:チューリングの停止問題や、フォン・ノイマンのコンピュータ設計の背景には、ゲーデルの仕事から来た「計算できること」の研究があります。
- 集合論:連続体仮説が「ふつうの公理からは決められない」ことは、カントールの集合論の研究の転換点になりました。
- 哲学・思想:「人間の心は機械でできるのか」「数学の真理とは何か」という議論に、ゲーデルの定理がよく引き合いに出されます。ただし、定理をそのまま哲学の結論にあてはめるのには、専門家のあいだでも慎重な意見が多いです。
- 物理学:ゲーデル解は、時間とは何かを考えるきっかけになりました。
ゲーデルの定理は「数学の終わり」ではなく、「数学の限界を数学で知る」という新しい見方のはじまりでした。ポアンカレやラッセルが考えた数学の基礎の問いに、ゲーデルは決定的な答えを出したのです。
ゲーデルに挑戦!練習問題
やさしい
- 「この文は偽である」は、真ですか、偽ですか。うそつきのパラドックスの考え方で説明しなさい。
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真だとすると、書いてあるとおり「偽」になって矛盾します。偽だとすると、書いてあることが正しくなるので「真」になり、これも矛盾します。つまり真とも偽とも決められません(真偽がはっきり決まる「命題」にはなれない文です)。 - ゲーデル数の考え方で、番号の列 3, 1 を「2の3乗×3の1乗」にしたときの数を求めなさい。
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2³×3¹=8×3=24。
ふつう
- 2³×3¹×5² の値を求め、素因数分解の「指数」から元の番号の列を答えなさい。
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8×3×25=600。指数を順に並べて、番号の列は3, 1, 2。 - ある村の理髪師は「自分でひげをそらない人だけ」のひげをそります。この理髪師は、自分のひげをそるでしょうか。
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そるとすると、「自分でそらない人だけ」の決まりに反します。そらないとすると、「自分でそらない人」なので、理髪師がそることになり、これも矛盾します。このような理髪師は存在できません(ラッセルのパラドックスの身近な例です)。
むずかしい
- 1296 をゲーデル数の形 2^a×3^b と見て、a と b を求めなさい。
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1296=6⁴=(2×3)⁴=2⁴×3⁴。素因数分解は1通りなので、a=4、b=4。(元の番号の列は 4, 4) - Aさんが「私たち2人のうち、少なくとも1人はうそつきだ」と言いました。(正直者は本当のことだけ、うそつきはうそだけを言います。)Aさんは正直者ですか、うそつきですか。Bさんについても答えなさい。
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Aがうそつきだとすると、「少なくとも1人はうそつき」は本当のことになり、うそつきが本当のことを言うことになって矛盾します。だからAは正直者です。Aの言うことは本当なので、少なくとも1人のうそつきがいて、それはAではないのでBはうそつきです。
ゲーデルと関係する数学者
- ヒルベルト(数学の基礎づけ計画を立てた人):ゲーデルの定理が、その計画に大きな影響をあたえました。
- カントール(無限と集合論):連続体仮説の問題をゲーデルが調べました。
- ポール・コーエン(連続体仮説の独立性):ゲーデルの仕事の続きを完成させました。
- チューリング(停止問題)・フォン・ノイマン:ゲーデルの定理をいち早く理解し、計算の理論に生かしました。
- ラッセル(パラドックスと論理)・フレーゲ(論理学の革新者):ゲーデルの論文の題名の「プリンキピア・マテマティカ」は、ラッセルらの書いた本です。
数学の公式を1つずつ学ぶなら算数・数学の公式一覧(公式辞典)、数学全体の入口は算数・数学 公式と用語の一覧(学年別・分野別)もどうぞ。
20世紀の数学者
- ヒルベルトの業績と生涯
1900年に「ヒルベルトの23の問題」を発表。ヒルベルト空間 - ミンコフスキー(1864〜1909)
数の幾何学・相対性理論の時空(ミンコフスキー空間) - アダマール(1865〜1963)
素数定理を証明(ド・ラ・ヴァレー・プーサンと同じ1896年) - ラッセル(1872〜1970)
集合論の「ラッセルのパラドックス」・『プリンキピア・マテマティカ』 - 高木貞治の業績と生涯
類体論を完成させた。日本の近代数学の父 - ルベーグ(1875〜1941)
ルベーグ積分(測度論) - ハーディの業績と生涯
ラマヌジャンを見いだした。『ある数学者の生涯と弁明』 - ネーターの業績と生涯
抽象代数学の母。対称性と保存則のネーターの定理 - ワイル(1885〜1955)
リーマン面・群論と量子力学 - 掛谷宗一(1886〜1947)
長さ1の針を回す最小の面積を問う「掛谷問題」 - ラマヌジャンの業績と生涯
ほぼ独学で数千の公式を残した天才。タクシー数1729 - バナッハ(1892〜1945)
関数解析(バナッハ空間)・バナッハ=タルスキーのパラドックス
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ゲーデルがかかわった数学の難問
- 連続体仮説とは(不可能・決められないと証明)
自然数と実数の「あいだの大きさ」の無限はあるか。今の集合論の公理からは決められないと証明された - 算術の無矛盾性(ヒルベルトの第2問題)とは(不可能・決められないと証明)
数学がけっして矛盾しないことを、数学の中で証明できるか。不完全性定理でできないと分かった
有名な数学者一覧(年代順・国別・分野別)で、ほかの数学者も見られます。数学者たちが挑んだ問題は数学の難問・未解決問題の一覧にまとめています。
読みもの(合格大作戦の数学の記事)
- 算数・数学の公式一覧(公式辞典)
公式・証明・例題を1つずつ - 数学用語辞典(用語の意味を1語1ページ)
素数・漸近線など200語 - 算数・数学 公式と用語の一覧(学年別・分野別)
公式辞典と用語辞典の入口 - 数学でよく使う記号の意味一覧
∞・Σ・∫ などの記号と読み方 - ギリシャ文字の読み方一覧(24文字)
θ・Σ・π・λ は数学で何に使う? - 数学の勉強法(解法の暗記→演習→過去問)
青・黄・赤チャートの使い分け - 京大理系数学の出題分析(1999〜2026年度)
大問別一覧と頻出分野ランキング
よくある質問
ゲーデルは何をした人ですか?
ゲーデルは、20世紀のオーストリア生まれの数学者・論理学者です。1931年に不完全性定理を証明し、「算数をふくむ無矛盾な体系には、真なのに証明できない命題がある」ことを示しました。連続体仮説の無矛盾性の証明でも知られます。
不完全性定理とは、かんたんに言うと何ですか?
「正しいのに証明できない命題が、かならずある」という定理です。くわしくは、足し算・かけ算をふくむ無矛盾な体系には、その体系の中で証明も反証もできない文があることをいいます。「数学がいいかげん」という意味ではありません。
ゲーデルの不完全性定理はどうやって証明したのですか?
「この文は証明できない」という文(ゲーデルの文)を数学の中で作って示しました。式や証明を素因数分解を使って自然数にする「ゲーデル数」で、数学が自分自身のことを語れるようにしたのがポイントです。
ゲーデル数とは何ですか?
数学の式や証明に、1つずつ割り当てた自然数です。文字に番号をつけ、素数の肩にのせてかけ算すると、式を1つの数にできます。素因数分解は1通りなので、数から式にもどせます。
第二不完全性定理とは何ですか?
「無矛盾で算数をふくむ体系は、自分自身の無矛盾性を、その体系の中では証明できない」という定理です。数学全体の無矛盾性を証明しようとしたヒルベルトの計画に、大きな影響をあたえました。
ゲーデルとアインシュタインの散歩の話は本当ですか?
2人がプリンストン高等研究所で親しく、よく一緒に歩いて帰ったことはよく知られています。「研究所に来るのはゲーデルと歩いて帰るためだ」というアインシュタインの言葉は、モルゲンシュテルンの回想で伝えられるもので、言いまわしには諸説あります。
ゲーデルは何歳で、どこで亡くなったのですか?
ゲーデルは、1978年1月14日、アメリカのプリンストンで71歳で亡くなりました。晩年は食べ物に毒が入っていることを強く恐れ、食事をほとんどとれなくなったと伝えられています。
連続体仮説とゲーデルの関係は?
連続体仮説は、自然数の無限と実数の無限のあいだの大きさはないという予想です。ゲーデルは1938〜40年に、集合論の公理が無矛盾なら連続体仮説を加えても無矛盾だと示し、1963年にコーエンが否定を加えても無矛盾だと示して、決着しました。
ゲーデルは受験や高校数学に関係がありますか?
あります。高校数学の命題・必要十分条件・背理法・素因数分解・合同式は、ゲーデルの証明の道具そのものです。不完全性定理そのものは大学以上の内容ですが、考え方を知ると論理の問題がよく分かります。
あわせて読みたい
出典・参考
- Kurt Gödel, “Über formal unentscheidbare Sätze der Principia Mathematica und verwandter Systeme I”(1931年)
- John W. Dawson Jr., “Logical Dilemmas: The Life and Work of Kurt Gödel”(1997年)
- MacTutor History of Mathematics「Kurt Gödel」(セント・アンドルーズ大学)
- 肖像写真:Wikimedia Commons「Young Kurt Gödel as a student in 1925」(撮影者不明、パブリックドメイン)
最終更新:2026年10月29日/作成:大学受験合格大作戦



