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フォン・ノイマンJohn von Neumann
ひとことで言うと
ゲーム理論・ノイマン型コンピューター・量子力学の数学・モンテカルロ法と、分野をまたいで基礎を築いた20世紀屈指の天才数学者。
| 名前 | ジョン・フォン・ノイマン(John von Neumann。ハンガリー名ヤーノシュ・ラヨシュ・ノイマン) |
|---|---|
| 生没年 | 1903年12月28日〜1957年2月8日(53歳) |
| 国 | ハンガリー生まれ、のちアメリカ |
| 分野 | 集合論・関数解析・量子力学・ゲーム理論・計算機科学・数値解析 |
| 主な業績 | ミニマックス定理(1928年)、『ゲームの理論と経済行動』(1944年)、ノイマン型コンピューター(1945年)、量子力学の数学的基礎(1932年)、モンテカルロ法 |
| 名前がつくもの | ノイマン型・フォン・ノイマン代数・ノイマンの順序数・ミニマックス定理 |
| よばれ方 | 20世紀でもっとも幅広い仕事をした数学者の一人 |
このページのポイント
- 1928年にミニマックス定理を証明し、ゲーム理論を作った。1944年に経済学者との共著で経済にも広げた
- 1945年の報告書でノイマン型(プログラム内蔵方式)を整理。今のパソコンやスマホの設計の元になった(共同の仕事で、功績の割り当てには議論あり)
- 量子力学・集合論・モンテカルロ法・セル・オートマトンなど、幅広い分野の基礎を作った。53歳でがんのため亡くなった
フォン・ノイマンは何をした人?(業績をひとことで)
ジョン・フォン・ノイマン(1903〜1957年)は、ハンガリー生まれでアメリカで活躍した数学者です。ゲーム理論の創始者の一人であり、量子力学の数学的な基礎づけ、集合論、コンピューターの設計(ノイマン型)、モンテカルロ法、セル・オートマトンなど、数学・物理・経済・計算機科学のさまざまな分野で、基礎となる仕事を残しました。20世紀でもっとも幅広い仕事をした数学者の一人とされます。
とくに有名なのは「プログラム内蔵方式のコンピューター」の設計です。今のパソコンやスマホは、ほとんどがノイマン型とよばれる構造で、これはフォン・ノイマンが1945年に書いた報告書に由来します(ただし、この設計は多くの人の共同の仕事で、功績の割り当てには議論があります)。
受験生にとってのノイマンは、確率・数列・2進法・集合の入口です。確率の基本と余事象の公式、数列の極限と無限等比級数、集合とはなどは、ノイマンの仕事に直接つながる内容です。ゲームの最善の選び方は、期待値を使って考えます。
うかるくん
ゲームを数学で考えるって、どういうことですか?
合格先生
たとえば、じゃんけんでどの手を何%の確率で出すのが一番よいかを、計算で決めるんだ。相手が同じように考えても損をしない選び方をさがす。それがノイマンが作ったゲーム理論の出発点だよ。
フォン・ノイマンの生涯と年表
ブダペストの神童
ノイマンは1903年12月28日、ハンガリーの首都ブダペストで、銀行家の家庭に生まれました。小さいころから計算と記憶がとびぬけていて、6歳のころ、8けたの数どうしの割り算を頭の中でしていたと伝えられています。また、一度読んだ本の文章をそっくり暗唱できたという話もあります。ただし、こうした逸話は後世に広まったもので、細部は確かめにくいものが多くあります。
学校では先生たちがその才能に気づき、個人教授がつけられました。10代のうちから、数学者たちと研究の手紙をやりとりしていたと伝えられています。
数学の博士号と化学の学位
ノイマンは、父の希望もあって、ブダペスト大学で数学を学びながら、ドイツやスイスで化学も学びました。1926年、集合論の公理化の研究でブダペスト大学の博士号を受けます。同じころ、ヒルベルトの業績と生涯のいるゲッティンゲン大学にも留学しました。1920年代に、ヒルベルトらと量子力学の数学を研究し、1932年に本『量子力学の数学的基礎』を出版します。
アメリカへ:プリンストンと高等研究所
1930年、ノイマンはアメリカのプリンストン大学に招かれます。1933年には、できたばかりの高等研究所で、最初の6人の数学教授の一人になりました。アインシュタインもここに迎えられた一人です。ヨーロッパではナチ政権が力をもつようになり、多くの科学者がアメリカに移りました。ノイマンも、そのままアメリカで活躍します。
戦争中の仕事、そしてコンピューター
第二次世界大戦中、ノイマンはアメリカの原子爆弾の開発計画(マンハッタン計画)に参加しました。1943年ごろからロスアラモスの研究所の顧問となり、爆縮(爆薬で内側に圧縮する方法)の数値計算などを担当したとされます。この事実の評価は人によって分かれ、ノイマン自身も戦後はアメリカ政府の軍事・原子力の諮問を多く引き受けました。この計算の需要が、彼をコンピューターの研究に向かわせたと伝えられています。
1945年、ノイマンは電子計算機EDVACの設計について報告書を書きます。これが「ノイマン型」の出発点です。戦後は高等研究所で自分のコンピューターを作り、天気予報や水爆の計算などに使いました。1955年にはアメリカ原子力委員会の委員にもなりました。
病気と最期
1955年ごろ、ノイマンはがんと診断されました。最期は、ワシントンの軍の病院で過ごし、1957年2月8日、53歳で亡くなっています。1956年には、功績をたたえられてエンリコ・フェルミ賞を受けました。
| 年 | できごと |
|---|---|
| 1903年 | 12月28日、ブダペストで生まれる |
| 1923年 | 論文で、集合だけで自然数を作る方法(ノイマンの順序数)を示す |
| 1926年 | 集合論の公理化の研究で博士号(ブダペスト大学)。ゲッティンゲンへ留学 |
| 1928年 | ゲーム理論の「ミニマックス定理」を証明 |
| 1930年 | アメリカ(プリンストン大学)に移る |
| 1932年 | 『量子力学の数学的基礎』を出版 |
| 1933年 | 高等研究所の教授になる(最初の6人の一人) |
| 1943年ごろ | ロスアラモスの研究所の顧問(マンハッタン計画) |
| 1944年 | モルゲンシュテルンと『ゲームの理論と経済行動』を出版 |
| 1945年 | EDVACの報告書(ノイマン型) |
| 1949年ごろ | モンテカルロ法・セル・オートマトンの研究 |
| 1955年 | アメリカ原子力委員会の委員になる |
| 1957年 | 2月8日、ワシントンで亡くなる(53歳) |
フォン・ノイマンの主な業績をやさしく解説
業績1 ゲーム理論(ミニマックス定理)
ゲームの勝ち負けを数学で扱うのがゲーム理論です。ノイマンは1928年、2人で戦い、一方の得がそのまま他方の損になるゲーム(ゼロサム・ゲーム)には、かならず「最善の戦略」があることを示しました。これがミニマックス定理です。
たとえば「コイン合わせ」。2人が同時にコインを出し、表と表、裏と裏のように同じならAが1点もらい、ちがえばAが1点失います。このとき、Aが表を出す確率をとすると、Bがいつも表を出す場合のAの期待値は 、Bがいつも裏の場合は です。どちらの場合も損をしないためには、 にするしかありません。
この「相手に読まれないために、確率でまぜて出す」という考え方(混合戦略)は、じゃんけんやサッカーのPKなど、身近な場面にもあてはまります。1944年の本『ゲームの理論と経済行動』では、経済学者モルゲンシュテルンと一緒に、経済の問題にもこの理論を広げました。確率の基本や期待値の計算ができれば、高校生でもゲーム理論の入口に立てます。
業績2 ノイマン型コンピューター
1945年の報告書でノイマンが整理したのは、プログラムもデータも、同じ記憶装置にしまうという考え方です。それまでの計算機は、配線をつなぎかえて手順を変えていたので、新しい計算をするたびに大変な手間がかかりました。プログラムを数と同じように記憶に入れれば、命令を書きかえるだけで、何でも計算できる機械になります。
この考え方は、チューリングの業績と生涯が1936年に考えた「万能チューリング機械」(手順そのものをテープに書く)の実現形ともいえます。ただし、EDVACの設計は、エッカートやモークリーら、チームの多くの人の考えにもとづいたものだという指摘もあり、「ノイマン型」の名前が一人にだけ与えられていることには、歴史家からも異論があります。
業績3 量子力学の数学的基礎
ミクロの世界を説明する量子力学は、ハイゼンベルクやシュレーディンガーの理論が、それぞれちがう数学の形をしていて、同じ内容なのか分かりにくい状態でした。ノイマンは、ヒルベルトが研究したヒルベルト空間という無限次元の空間を使って、量子力学を整理しました。1932年の本『量子力学の数学的基礎』は、今も量子力学の数学の標準的な教科書の一つです。
業績4 集合論:集合だけで自然数を作る
ノイマンは1923年、わずか20歳の頃に、集合だけで自然数を作る方法を示しました。何もない集まり(空集合)を0とし、0だけを入れた集まりを1、0と1を入れた集まりを2、…と作っていきます。こうして、n は 0 から n−1 までをすべて入れた集まりになり、要素の個数がちょうど n 個になります。
これは「数とは何か」という問いに、集合という素材だけで答える方法で、カントールの集合論の流れを受けたものです。いまの大学の集合論の教科書では、この定義が標準になっています。集合の意味をていねいに学ぶと、数学の足場が見えてきます。
業績5 モンテカルロ法と数値計算
戦争中から戦後にかけてのロスアラモス研究所で、ノイマンはウラムらとモンテカルロ法を広めました。難しい計算を、乱数をたくさん使って近似する方法です。たとえば円周率は、一辺1の正方形の中に点をでたらめに打ち、四分円の内側に入った点の割合を数えると、その割合が に近づくことから求められます。
確率の基本と面積が結びつく、おもしろい例です。いまでも、天気予報、金融、素粒子の計算、ゲームのAIなど、さまざまな場面で使われています。
業績6 セル・オートマトンと自己複製
ノイマンは晩年、「自分と同じものを作り出せる機械」を数学で調べました。碁盤の目のようなマスの一つ一つが、まわりのマスの状態によって次の状態を決めるという、簡単な規則から複雑な振る舞いが生まれる世界です。これをセル・オートマトンといいます。のちの「ライフゲーム」(1970年、コンウェイの業績)や、コンピューター・ウイルス、生命の研究に影響を与えました。
業績7 期待効用とポーカー:確率でものを選ぶ
1944年の本のもう一つの大きな柱が、期待効用の考え方です。人がくじや賭けを選ぶときの好みを、「確率×うれしさ」の合計で数にして比べる理論で、のちに経済学・保険・投資の分野で広く使われました。「うれしさ」は金額そのものではありません。1万円の価値は、貧しい人と豊かな人でちがうからです。
ノイマンは、ポーカーにも興味をもっていました。ポーカーでは、手が強くないときにもときどきハッタリ(ブラフ)をかけるのが最善の戦略になります。これは「相手に読まれないために、確率でまぜて出す」というミニマックス定理の考え方の実例として、本の中で数学的に解析されています。ただし、本物のポーカーは、人数が多く、相手の手が見えないなど、とても複雑で、ノイマンの扱ったのは単純化した形でした。
フォン・ノイマンの名前がつく公式・定理・用語
- ノイマン型コンピューター:プログラムを記憶に入れて順に実行する構造。
- ミニマックス定理:ゼロサム・ゲームに最善の戦略があるという定理。
- フォン・ノイマン代数・ヒルベルト空間:量子力学や関数解析で使われる、大学院レベルの数学。
- ノイマンの順序数:集合で自然数を作る方法。
- モンテカルロ法:乱数による近似計算。
- フォン・ノイマン・ボトルネック:記憶装置と処理装置の間の速度の差が、全体の速さを決めてしまうという問題(コンピューターの用語)。
- 受験数学に直結する言葉は、確率の基本、反復試行の確率、n進法の変換のしかたなどです。

合格先生
期待値は、ゲーム理論の基本の道具だよ。「確率×得点」を全部足す。受験でも、くじ引きや得点の問題で何度も出てくるから、ここで身につけておこう。
フォン・ノイマンの逸話と名言
ハエと列車の問題
有名な逸話があります。「60km離れた2つの列車が、それぞれ時速30kmで向かい合って進む。ハエが時速50kmで列車の間を行ったり来たりする。列車が出会うまでに、ハエは何km飛ぶか」という問題です。ふつうは、ハエが往復するたびにだんだん短くなる距離を、無限に足し合わせる(無限等比級数)と考えます。ところが、ノイマンはすぐに「50km」と答え、「どうやって解いた」と聞かれて「無限級数を足したよ」と言った――という話です。実際は、列車が出会うまで1時間なので、ハエは1時間飛んで50kmというだけです。ノイマンが本当にこう言ったかは確かめられませんが、よく語られる話です。
この問題は、数列の極限・無限等比級数の公式を使っても解けますが、見方を変えるだけで、ずっと簡単になる、という教訓の例としてよく使われます。
数学は理解するものではありません。慣れるものです。
パーティーの人気者
ノイマンは社交的で、パーティーが好きで、冗談やジョークをよく口にしたと伝えられています。数学のむずかしい話を、くだけた言葉でする人だったという証言が多くあります。同時代のゲーデルは、ノイマンとは対照的な性格だったとされますが、ノイマンはゲーデルの不完全性定理を、発表直後にいち早く理解した一人でした。
ブダペストの言葉
ノイマンは母語のハンガリー語のほか、ドイツ語・英語・フランス語を自在に話し、古代ギリシャ語やラテン語も読めたと伝えられています。
運転は苦手?
頭の回転が速かったノイマンですが、車の運転は荒かったと伝えられています。何度も事故を起こし、プリンストンの交差点には「ノイマン・コーナー」とよばれる場所があった、という話もあります。考えごとをしながら運転していたから、というのがよく聞く説明ですが、これも冗談まじりで語られる逸話で、細部は確かめられません。
数学者たちの評価
同じ時代の物理学者や数学者の多くが、ノイマンの理解の速さを語っています。長い論文を読んで要点をすぐ言い当てたり、会議中に相手の話の先回りをして質問したりしたといわれます。一方で、本人は、一つのテーマを何年もかけて掘り下げるより、新しい分野にすばやく入りこんで基礎を作るのが得意で、そこから先は他の人にまかせることが多かった、と評されることもあります。
速い計算
ノイマンの暗算は有名で、計算機ができたころ、手回しの計算機と競争して勝ったという話も伝えられています。ただし、この話の細かい内容は、資料によって少しずつちがいます。
サクラちゃん
ものすごく頭が良かったんですね!
合格先生
そうだね。でも、ノイマンの仕事の特徴は「分野をまたいで、同じ考え方を使った」こと。確率の考え方でゲームも計算も量子もやった。ひとつの道具を深く使いこなすのは、受験勉強でも大切だよ。
受験・勉強とフォン・ノイマンのつながり
中学受験:旅人算・場合の数
ハエと列車の問題は、中学入試の算数では往復・出会い・追いこしの旅人算の典型です。「出会うまでの時間」を先に求めてから、ハエの速さをかけるだけです。2進法やn進法の考え方も、中学入試で出ることがあります。
高校受験:確率と期待値
高校入試の確率では、「すべての場合の数」を数えて、割合を求めます。くじやサイコロの問題で、期待値を意識しておくと、ゲーム理論の考え方に自然に近づけます。
大学受験:確率・数列の極限・n進法・集合
- 確率・期待値:ゲーム理論の基礎。確率の基本、反復試行の確率。
- 無限等比級数:ハエの問題の「ふつうの解き方」で使う。数列の極限と無限等比級数。
- n進法:コンピューターの内部表現。n進法の変換のしかた。
- 集合と論理:集合の基本は集合の意味。
京都大学・東京大学の確率問題は、期待値や漸化式を使うものが定番です。出題傾向は京大理系数学の出題分析も参考になります。確率の直感を鍛えるには、モンティ・ホール問題をわかりやすくもおすすめです。
勉強法として:「見方を変える」
ノイマンのハエの逸話から学べるのは、見方を変えれば、問題はもっとやさしくなるということです。遠回りの計算が思いついたら、「もっと単純な見方はないか」と考える習慣をつけましょう。数学の勉強の進め方は、数学の勉強法(解法の暗記→演習→過去問)も参考にしてください。
フォン・ノイマンがその後にあたえた影響
- 経済学:ゲーム理論は経済学の中心的な道具になり、ナッシュらの研究を経て、多くのノーベル経済学賞につながりました。→ ナッシュの業績と生涯
- コンピューター:ノイマン型は今のパソコン・スマホの標準です。→ チューリング・シャノンと並ぶ、情報時代の基礎を作った一人です。
- 物理学:量子力学の数学の枠組みは、今も教科書で使われています。
- 数値計算:モンテカルロ法や数値シミュレーションは、天気予報や金融、AIに使われています。
- 人工生命:セル・オートマトンは、複雑なふるまいがどう生まれるかを研究する出発点になりました。
ノイマンの仕事は、一つ一つを見ると別の分野の話に見えますが、つなぐ糸は「複雑なものを、少数の単純な規則で理解する」という態度です。ゲームは利得表と確率、計算機は記憶と命令、量子力学は空間と作用素、自然数は集合。どれも、ものごとを組み立てる材料を最小限にそろえ、そこから全体をつくるやり方です。受験の数学でも、定義と基本の公式から一歩ずつ組み立てる力が、そのまま得点力になります。
また、ノイマンは理論だけでなく、実際に動く機械の設計にも深く関わりました。計算機を作るには、数学者が回路の細部や速度を考えなければならない、という見方を、世界に広めた人でもあります。理論と実用を行き来する態度は、受験生にとっても、問題集で身につけた解法を実際の入試問題に当てはめる練習に通じます。
ノイマンの名前は、数学者だけでなく、物理学者、経済学者、コンピューター技術者、軍事の専門家など、まったくちがう分野の人たちに知られています。1つの分野で名を残す人は多くいますが、複数の分野に基礎を築いた人は、20世紀にもごくわずかしかいません。その意味で、ノイマンは「最後の万能の数学者」とよばれることもあります。
フォン・ノイマンに挑戦!練習問題
やさしい
- 60km離れた2つの列車が、それぞれ時速30kmで向かい合って進みます。ハエが時速50kmで列車の間を往復するとき、列車が出会うまでにハエが飛ぶ道のりは何kmですか。
答えと解説を見る
列車が出会うまでの時間は 60÷(30+30)=1時間。ハエは1時間飛ぶので 50×1=50km。 - コンピューターのメモリの1ビットは0か1です。8ビットで表せる数は何通りですか。
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2⁸=256通り(0〜255)。
ふつう
- コイン合わせで、Aが表を出す確率が 3/4 です。Bがいつも表を出すとき、Aの得点の期待値を求めなさい(同じならA+1点、ちがえばA−1点)。
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Aが表なら+1(確率3/4)、裏ならー1(確率1/4)。期待値=3/4×1+1/4×(−1)=1/2。(Bがいつも裏なら −1/2。だからAは確率½にして、損しないようにする) - 一辺1の正方形に点を1000個ランダムに打ったら、四分円の内側に785個入りました。円周率の近似値を求めなさい。
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割合は 785/1000。4をかけて 4×0.785=3.14。
むずかしい
- ノイマンの方法で自然数を作ります。4を集合として書き、その要素の個数を答えなさい。
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4={0,1,2,3}(= 0から3までをすべて入れた集まり)。要素は 4個。(nの要素はちょうどn個) - 2進法の 1011 と 0110 を足して、10進法で答えなさい。
答えと解説を見る
1011(11)+0110(6)=10001。10進法では 11+6=17。
フォン・ノイマンと関係する数学者
- ヒルベルト(ゲッティンゲンの師):ノイマンはヒルベルトの下で量子力学の数学を研究しました。
- ゲーデル(不完全性定理):ノイマンは発表直後にその意味を理解した一人です。
- チューリング(計算の理論):ノイマンの設計と、チューリング機械の考え方は深くつながっています。
- ナッシュ(ゲーム理論を発展):ノイマンのゼロサムゲームを、一般のゲームに広げました。
- カントール(集合論)・シャノン(情報理論):ノイマンの仕事の土台、そして同時代の仲間です。
- コンウェイ(ライフゲーム):セル・オートマトンの研究を受けつぎました。
公式を調べるなら算数・数学の公式一覧(公式辞典)、用語の意味は数学用語辞典(用語の意味を1語1ページ)もどうぞ。
20世紀の数学者
- ヒルベルトの業績と生涯
1900年に「ヒルベルトの23の問題」を発表。ヒルベルト空間 - ミンコフスキー(1864〜1909)
数の幾何学・相対性理論の時空(ミンコフスキー空間) - アダマール(1865〜1963)
素数定理を証明(ド・ラ・ヴァレー・プーサンと同じ1896年) - ラッセル(1872〜1970)
集合論の「ラッセルのパラドックス」・『プリンキピア・マテマティカ』 - 高木貞治の業績と生涯
類体論を完成させた。日本の近代数学の父 - ルベーグ(1875〜1941)
ルベーグ積分(測度論) - ハーディの業績と生涯
ラマヌジャンを見いだした。『ある数学者の生涯と弁明』 - ネーターの業績と生涯
抽象代数学の母。対称性と保存則のネーターの定理 - ワイル(1885〜1955)
リーマン面・群論と量子力学 - 掛谷宗一(1886〜1947)
長さ1の針を回す最小の面積を問う「掛谷問題」 - ラマヌジャンの業績と生涯
ほぼ独学で数千の公式を残した天才。タクシー数1729 - バナッハ(1892〜1945)
関数解析(バナッハ空間)・バナッハ=タルスキーのパラドックス
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よくある質問
フォン・ノイマンは何をした人ですか?
フォン・ノイマンは、ハンガリー生まれでアメリカで活躍した数学者です。ゲーム理論のミニマックス定理、ノイマン型コンピューターの設計、量子力学の数学的基礎、モンテカルロ法、集合論など、数学・物理・経済・計算機科学の基礎を築きました。
ノイマン型コンピューターとは何ですか?
ノイマン型は、プログラムとデータを同じ記憶装置にしまい、処理装置が命令を順に取り出して実行する方式のコンピューターです。1945年にフォン・ノイマンが整理した報告書にもとづき、今のパソコンやスマホもほとんどがこの方式です。
ミニマックス定理とは何ですか?
ミニマックス定理は、2人で戦い、一方の得が他方の損になるゲーム(ゼロサム・ゲーム)には、確率をまぜた戦略まで考えれば、両者にとって最善の戦略が存在するという定理です。フォン・ノイマンが1928年に証明しました。
ゲーム理論とは何ですか?
ゲーム理論は、複数の人が相手の行動を読みながら選ぶ場面を、数学で分析する学問です。1944年のフォン・ノイマンとモルゲンシュテルンの本で確立し、のちナッシュらが発展させて、経済学や生物学にも広がりました。
ハエと列車の問題とは何ですか?
60km離れた2つの列車が向かい合って進み、ハエが列車の間を往復する問題です。列車が出会うまでの時間を先に求めれば、ハエの飛んだ距離がすぐに出ます。ノイマンが一瞬で答えたという逸話で有名です。
フォン・ノイマンは原子爆弾に関わりましたか?
はい。第二次世界大戦中に、アメリカの原子爆弾の開発計画(マンハッタン計画)に参加し、ロスアラモス研究所の顧問として爆縮の計算などを担当したとされます。戦後も、アメリカ原子力委員会の委員をつとめました。
フォン・ノイマンは何歳で亡くなりましたか?
1957年2月8日、アメリカのワシントンで53歳のときに、がんのため亡くなりました。亡くなる前年の1956年には、エンリコ・フェルミ賞を受けています。
フォン・ノイマンと受験数学の関係は?
確率と期待値、数列の極限(無限等比級数)、n進法、集合など、大学入試の数学の基本に直結します。中学入試の旅人算も、ハエと列車の問題の考え方そのものです。
モンテカルロ法とは何ですか?
モンテカルロ法は、乱数をたくさん使って、複雑な計算を近似する方法です。たとえば正方形に点をランダムに打ち、四分円の内側に入る割合を調べれば、円周率の近似値が出せます。ノイマンとウラムらが戦争末期から戦後にかけてのロスアラモス研究所で広めました。
あわせて読みたい
出典・参考
- MacTutor History of Mathematics「John von Neumann」(セント・アンドルーズ大学)
- J. von Neumann, “Zur Theorie der Gesellschaftsspiele”(1928年)
- J. von Neumann and O. Morgenstern, “Theory of Games and Economic Behavior”(1944年)
- J. von Neumann, “First Draft of a Report on the EDVAC”(1945年)
最終更新:2026年10月29日/作成:大学受験合格大作戦



