ラマヌジャンは何をした人?業績・生涯・名言をわかりやすく|1729・円周率の公式・分割数

ラマヌジャンは何をした人?業績・生涯・名言をわかりやすく|1729・円周率の公式・分割数

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ラマヌジャンSrinivasa Ramanujan

ひとことで言うと

ほぼ独学で数千の公式を見つけたインドの天才。ハーディに見いだされ、1729の逸話や円周率の公式、分割数の研究で知られる。

名前シュリニヴァーサ・ラマヌジャン(Srinivasa Ramanujan)
生没年1887年12月22日〜1920年4月26日(32歳)
国インド(南インド生まれ、ケンブリッジ大学で研究)
分野整数論・無限級数・連分数・楕円関数
主な業績円周率の公式、分割数(ハーディ・ラマヌジャンの公式)、ラマヌジャンの合同式、τ関数、モック・シータ関数、約3900個の結果を書いたノート
名前がつくものラマヌジャンの円周率の公式・ハーディ・ラマヌジャンの数(1729)・ラマヌジャンの合同式・τ関数・ラマヌジャン素数・モック・シータ関数
よばれ方インドの天才数学者

このページのポイント

  • 病院でのハーディとの会話から、1729=1³+12³=9³+10³(2通りの立方数の和で表せる最小の数)が有名に(タクシー数)
  • 正式な大学教育をほとんど受けずに、約3900個の結果をノートに書き、円周率の公式や分割数の理論をつくった
  • 1913年にハーディへの手紙で見いだされ、ケンブリッジで共同研究。32歳で亡くなった

ラマヌジャンは何をした人?(業績をひとことで)

シュリニヴァーサ・ラマヌジャン(1887〜1920年)は、インドの数学者です。正式な大学教育をほとんど受けずに、数千もの公式を独力で見つけ、イギリスのケンブリッジ大学でハーディらと共同研究して世界に知られました。円周率の公式、分割数、モック・シータ関数など、その多くは死後何十年もたってから、本当の意味が分かってきました。わずか32歳で亡くなりましたが、「数学史上、最も才能に恵まれた人物の一人」と評価されています。

日本でラマヌジャンの名前が最も知られているのは、「1729」のエピソードでしょう。病院にお見舞いに来たハーディが「乗ってきたタクシーの番号は1729。つまらない数だね」と言うと、ラマヌジャンが「いいえ、とても面白い数です。2通りの3乗の和で表せる最小の数です」と答えた、という話です。この話から、「2通りの立方数の和で表せる数」はタクシー数とよばれるようになりました。

受験生にとってのラマヌジャンは、「計算の面白さを教えてくれる人」です。1729の約数や素因数分解、二重根号の計算、数列の和、円周率 円周率とはなど、高校までに習う数の性質が、彼の業績の入口にあります。

うかるくん

うかるくん

大学にもほとんど行ってないのに、どうやって数学を勉強したんですか?

合格先生

合格先生

15歳のころ、5000もの公式をまとめた本に出会ったのがきっかけだったと伝えられているよ。それを自分で一つずつ確かめて、さらに自分の公式をノートに書きためた。「好きなことを、とことん自分で考え抜く」のが、ラマヌジャンの強さだったんだ。

シュリニヴァーサ・ラマヌジャンの肖像写真
若いころのラマヌジャン(20世紀初めの写真)画像:作者不明/Wikimedia Commons(パブリックドメイン)

ラマヌジャンの生涯と年表

南インドの町で生まれる

ラマヌジャンは1887年12月22日、インド南部の町エロード(今のタミル・ナードゥ州)で生まれました。家は豊かではなく、父は布を売る店の事務員をしていました。ほどなく、一家はクンバコーナムという町に引っ越し、ラマヌジャンはそこで育ちました。ヒンドゥー教を深く信仰する家庭で、ラマヌジャンはとくに女神ナマギリを信じ、「公式は夢の中で女神が教えてくれた」と語ったと伝えられています。

15歳、一冊の本との出会い

高校生のとき、ラマヌジャンは、イギリスの数学者カーが書いた『純粋数学・応用数学の初等的結果の概要』という本を手に入れます。この本は、5000あまりの公式・定理を、証明をほとんど書かずに並べたものでした。ラマヌジャンは、これを一つずつ自分で確かめ、さらに自分の公式をノートに書き残していきました。この習慣は、一生続きます。

数学しか目に入らなかった学生時代

数学の成績は抜群でしたが、他の科目にまったく関心を持てず、奨学金を打ち切られ、大学の試験にも失敗してしまいます。その後、数年間は定職がなく、ノートに数学の結果を書きためる生活が続きました。1909年に結婚し、1912年にはマドラス港湾局の事務員となって生活を支えました。

1913年、ハーディへの手紙

周囲の人たちの勧めで、ラマヌジャンは1913年1月、ケンブリッジ大学の数学者G. H. ハーディに、自分の結果を書いた手紙を送ります。手紙には約120の定理が並んでおり、中には、オイラーやガウスの業績と生涯の仕事と重なるもの、すでに知られているもの、そしてハーディが「見たことのないもの」が混ざっていました。ハーディは「これらが本当だとは信じられないが、もし正しくなければ、誰もこんなものを思いつけないだろう」という意味のことを述べたと伝えられます。ハーディは同僚のリトルウッドと一緒に検討し、ラマヌジャンを招くことを決めます。

ケンブリッジでの5年間

ラマヌジャンは、海を渡ることを宗教的にためらったともいわれますが、1914年4月にイギリスに着き、トリニティ・カレッジでハーディとの共同研究を始めました。野菜中心の食事を守る生活は、第一次世界大戦中のイギリスでは苦しく、寒さと食事の問題で体調をくずしていきます。それでも、1916年に学位、1918年には王立協会(ロイヤル・ソサエティ)の会員に選ばれ、同じ年にトリニティ・カレッジのフェローにもなりました。インド人としては初めてのことでした。

帰国、そして早すぎる死

病気のため、1919年にインドに戻ります。病気は結核とされていましたが、のちの研究では、肝臓の寄生虫による病気(アメーバ症)だったという説も出ています。病床でも数学を続け、最後の手紙にはモック・シータ関数という新しい関数を書き送りました。1920年4月26日、32歳で亡くなりました。

32年の人生1887南インドで生まれる1903カーの公式集に出会う1912港湾局の事務員になる1913ハーディへ手紙を送る1914ケンブリッジに着く1918王立協会の会員に1919インドへ帰国19204月26日、亡くなるインドイギリス
ラマヌジャンの32年。インドで25年余り、イギリスで約5年、最後の1年は再びインド
年できごと
1887年12月22日、インド南部のエロードで生まれる
1903年ごろカーの公式集に出会い、数学に熱中する(15歳ごろ)
1904年奨学金を得て大学に入るが、数学以外の科目が不合格となり、のち奨学金を失う
1909年結婚する
1912年マドラス港湾局の事務員になる
1913年1月、ハーディに手紙を送る。ケンブリッジへの招きを受ける
1914年4月、イギリスのケンブリッジ(トリニティ・カレッジ)に着く
1916年ケンブリッジ大学から学位を受ける
1918年ハーディと分割数の公式を発表。王立協会会員、トリニティのフェローに選ばれる
1919年病気のためインドに帰国
1920年1月、最後の手紙にモック・シータ関数を書く。4月26日に亡くなる(32歳)
1976年ケンブリッジで「失われたノート」が見つかる(ジョージ・アンドリュース)
2012年インドが、誕生日の12月22日を「国家数学の日」に定める

ラマヌジャンの主な業績をやさしく解説

業績1 1729とタクシー数

ハーディが乗ったタクシーの番号1729。ラマヌジャンは、この数を見て、すぐに答えたといわれます。

1729=2通りの「立方数の和」1³+12³12³=17289³+10³9³=72910³=1000どちらも合計が 1729ハーディが「つまらない数」と言った車の番号ラマヌジャンは「2通りに表せる最小の数」と答えた
1729は、1³+12³ と 9³+10³ の2通りで書ける。2通りに書ける数の中で最小

確かめてみましょう。13+123=1+1728=17291^3+12^3=1+1728=1729、93+103=729+1000=17299^3+10^3=729+1000=1729。たしかに2通りです。1729より小さい数では、2つの立方数の和を2通りに書ける数はありません。この話は、ハーディが後に書き残したことで有名になりました。ただし1729の性質自体は、17世紀のフランスの数学者フレニクル・ド・ベッシーがすでに知っていたといわれます。

このような数を、タクシー数(記号 Ta(n))とよびます。「nn 通りの立方数の和で表せる最小の数」を Ta(nn) と書くと、Ta(1)=2、Ta(2)=1729、Ta(3)=87,539,319 です。

タクシー数(立方数の和)Ta(1)=21³+1³Ta(2)=17291³+12³ = 9³+10³Ta(3)=87,539,319167³+436³=228³+423³=255³+414³n通りに表せる最小の数が Ta(n)
タクシー数。3通りに表せる最小の数は 87,539,319(167³+436³ = 228³+423³ = 255³+414³)

1729は、素因数分解すると 7×13×197\times13\times19 で、小さな素数3つの積です。立方数についてはプラトン数(12960000)と216の不思議もあわせてどうぞ。

業績2 円周率の公式

ラマヌジャンは、円周率 π\pi を求める公式を、1914年の論文で何十個も発表しました。その一つが、次の式です。

1π=229801∑k=0∞(4k)! (1103+26390k)(k!)4 3964k\frac{1}{\pi}=\frac{2\sqrt2}{9801}\sum_{k=0}^{\infty}\frac{(4k)!\,(1103+26390k)}{(k!)^4\,396^{4k}}

この式は、1項足すごとに、円周率の値が約8桁ずつ正しくなる、という驚くほど速い公式です。まず、階乗とは (4k)!(4k)! や k!k! が出てくるので、Σの公式を知っておくと式の読み方が分かります。計算機の時代になって、1985年にゴスパーが、この公式で円周率を約1700万桁まで計算しました。現在、円周率の世界記録の計算でも、この公式の仲間(チュドノフスキー兄弟の公式)が使われています。円周率とはの基本とあわせて、数の世界の広さを感じられます。

業績3 分割数(ハーディ・ラマヌジャンの公式)

自然数 nn を、自然数の和で表す方法の数を分割数 p(n)p(n) といいます。足す順番は区別しません。たとえば4は、44、3+13+1、2+22+2、2+1+12+1+1、1+1+1+11+1+1+1 の5通りなので p(4)=5p(4)=5 です。

4の分け方は5通り(分割数)点の並べ方(左から大きい順)43+12+22+1+11+1+1+11011223354751161572283094210np(n)p(100)=190,569,292(約1億9千万)
4を和に分ける5通りの分け方。分割数は p(10)=42、p(100)=190,569,292 と急にふえる

p(n)p(n) は、数が大きくなると急激にふえます。p(100)=190,569,292p(100)=190{,}569{,}292 で、約1億9千万通りです。ハーディとラマヌジャンは、1918年、この p(n)p(n) がおよそ eπ2n/34n3\dfrac{e^{\pi\sqrt{2n/3}}}{4n\sqrt3} に近くなることを証明しました。使われた方法は円周法とよばれ、のちに整数論の強力な道具になりました。1937年にはラデマッハーが、この公式をさらに正確な「厳密な式」へ発展させています。

ラマヌジャンは、分割数が特別な性質を持つことも見つけました。たとえば、p(4)p(4), p(9)p(9), p(14)p(14), … と、5ずつふえた番号の分割数は、すべて5の倍数になります(p(4)=5p(4)=5, p(9)=30p(9)=30, p(14)=135p(14)=135)。これらはラマヌジャンの合同式とよばれます。この性質は、余りとはの考え方(合同式)を整数論に生かした好例です。

業績4 ルートの中のルートと、不思議な式

ラマヌジャンが1911年にインドの数学雑誌に出した問題に、次のものがあります。

ルートの中のルート3=√(1+2√(1+3√(1+4√(1+…))))しくみ: n+1 = √(1+n(n+2))3 = √(1+2×4)4 = √(1+3×5)5 = √(1+4×6)と、数がつぎつぎ中に入っていく(ラマヌジャンがインドの雑誌に出した問題)
3=√(1+2√(1+3√(1+4√…)))。n+1=√(1+n(n+2)) をくりかえし使うと現れる

3=1+21+31+41+⋯3=\sqrt{1+2\sqrt{1+3\sqrt{1+4\sqrt{1+\cdots}}}} という式です。しくみは単純で、n+1=1+n(n+2)n+1=\sqrt{1+n(n+2)} という式をくりかえし使います。3=1+2⋅43=\sqrt{1+2\cdot4}、さらに 4=1+3⋅54=\sqrt{1+3\cdot5} を代入、5=1+4⋅65=\sqrt{1+4\cdot6} を代入……と、ルートの中にどんどん入れていくと、無限のルートの式になります。平方根の計算と二重根号を知っていれば、仕組みが理解できます。この問題を、雑誌の読者はなかなか解けなかったと伝えられます。

ラマヌジャンは、無限級数・連分数・楕円関数の分野でも、多くの美しい公式を残しました。たとえば、1+2+3+⋯=−1121+2+3+\cdots=-\dfrac{1}{12} という、一見まちがいに見える式(ゼータ関数の値 ζ(−1)\zeta(-1))は、ハーディへの手紙に書かれていたと伝えられます。足し算の結果ではなく、解析接続という方法で定義された値ですので、ふつうの意味の「無限に足した和」とはちがいます。

業績5 ノートに残された3900の結果と、モック・シータ関数

ラマヌジャンは、3冊のノートに約3900個の結果を書き残しました。証明はほとんど書かれていません。そのため、死後に多くの数学者が、そのノートの式を一つずつ証明する仕事をしました。1976年にはケンブリッジの図書館で、ラマヌジャンの晩年のメモ「失われたノート」が見つかり、数学界を驚かせました。

最後の手紙(1920年)で、ラマヌジャンはモック・シータ関数という17個の新しい関数を示しました。それがどういう性質を持つかは、長い間謎でしたが、2002年ごろからのツヴェーガーらの研究で、現代数学の重要な対象であることが分かりました。ブラックホールの理論など、物理学にも関係するといわれています。

業績6 誕生日の魔方陣と、数の遊び

ラマヌジャンは、魔方陣(縦・横・ななめの和がすべて等しくなる数の並べ方)も作りました。有名なのが、上の段に自分の誕生日を入れたものです。

誕生日入りの魔方陣2212188788179251024891619862311=139=139=139=139上の段=22・12・18・87(1887年12月22日)行・列・ななめ、どれも足すと139
上の段は 22・12・18・87(1887年12月22日)。行・列・ななめの和がすべて139

1行めの 22・12・18・87 は、「22日・12月・18・87年」(1887年12月22日)に対応しています。縦・横・ななめのどれを足しても 139 になるだけでなく、中央の4つのマスや四隅など、他の組み合わせも 139 になります。誕生日を魔方陣に入れる、という発想も、遊び心に満ちたラマヌジャンらしさです。

ラマヌジャンの名前がつく公式・定理・用語

  • ラマヌジャンの円周率の公式:1項で約8桁ずつ正しくなる π\pi の公式。
  • ハーディ・ラマヌジャンの数(1729)・タクシー数:2通りの立方数の和で表せる最小の数。
  • ハーディ・ラマヌジャンの漸近公式:分割数 p(n)p(n) のおよその値を与える公式。
  • ラマヌジャンの合同式:p(5n+4)p(5n+4) は5の倍数、p(7n+5)p(7n+5) は7の倍数など。
  • ラマヌジャンのτ関数(タウ関数):保型形式の係数。ラマヌジャン予想は1974年にドリーニュが証明。
  • ラマヌジャン素数:素数の数え方に関する特別な素数。
  • モック・シータ関数:最後の手紙に書かれた新しい種類の関数。
  • ラマヌジャン・ソルドナー定数:対数積分関数の零点にあたる定数。
  • ラマヌジャン和:整数論で使われる三角関数の和。

高校の数学で関連が深いのは、三角数・四角数、約数の和と完全数、n進法とはなどです。1729の約数を調べるのに、素因数分解の知識が役立ちます。

「ここが大事!」と説明する合格先生

合格先生

ラマヌジャンは、数を「友だち」のように見ていたといわれるよ。1729の性質に、一瞬で気づけたのは、小さいころから数をたくさん観察していたからなんだ。計算練習も、ただの作業ではなく「数の顔つきを覚える」つもりで取り組んでみよう。

ラマヌジャンの逸話と名言

タクシーの番号1729

1729の逸話は、ハーディが後に書き残した話として知られています。ハーディの記述によると、ロンドン南西部パトニーの療養所にラマヌジャンを見舞ったとき、「乗ってきたタクシーの番号は1729だった。つまらない数字で、不吉な前兆でなければいいが」と言うと、ラマヌジャンは「いいえ、とても面白い数です。2つの立方数の和として、2通りに表せる最小の数です」と答えました。この話は後世に何度も語られましたが、細かい言葉の違いは資料により差があります。

女神が夢で教えてくれる

ラマヌジャンは、信仰する女神ナマギリが夢の中で舌に公式を書いてくれる、と語ったと伝えられます。朝起きると、その公式を急いで石板(のちには紙)に書きとめたといわれます。真偽はともかく、彼にとって数学が信仰と一体のものだったことを示す話です。

式は、神さまの考えを表さなければ、私にとって何の意味もない。

ラマヌジャンの言葉として伝えられるもの(伝記などで広く紹介されるが、一次資料での出典は確かめられていない。本人が語ったとされる趣旨の要約)

ハーディによる「数学者の採点」

ハーディは、数学者の能力を自分なりに100点満点で採点していたといわれます。自分を25点、共同研究者のリトルウッドを30点、ヒルベルトを80点、そしてラマヌジャンを100点とした、と伝えられます。ハーディは、自分の人生で最も大きな数学上の仕事は「ラマヌジャンを見つけたこと」だと語ったとされます。

「本当に正しくなければ、誰も思いつけない」

ハーディは、ラマヌジャンの連分数の公式を見て、「これらは正しいはずだ。もし正しくなければ、誰もそれを発明する想像力を持たなかっただろうから」と述べたと伝えられています。証明の前に「真実らしさ」が伝わる式を残す、というラマヌジャンの特徴をよく表しています。

病床でも数学

入院中のラマヌジャンは、ベッドの上で新しい公式を考え続けていたと伝えられます。病気の中で書いた最後の手紙には、モック・シータ関数が書かれていました。この手紙は、ハーディにとっても謎で、数十年後に初めて意味が分かってきました。

サクラちゃん

サクラちゃん

ラマヌジャンは、証明なしで公式だけ書いたんですよね。それでいいんですか?

合格先生

合格先生

いい質問だね。ラマヌジャンは天才だけれど、入試の答案では必ず証明や途中式が必要だよ。ハーディが一番大切にしたのも、ラマヌジャンに証明の仕方を教えたことだった。ひらめきと証明、両方があって数学は完成するんだ。

受験・勉強とラマヌジャンのつながり

中学受験:数の性質・約数・魔方陣

中学受験の算数では、約数や倍数、素因数分解、魔方陣などが出ます。たとえば「1729の約数は何個か」という問題は、素因数分解 1729=7×13×191729=7\times13\times19 から、2×2×2=82\times2\times2=8 個と求められます。素因数分解と約数と倍数の基本を押さえましょう。魔方陣の問題は、行・列・ななめの和が等しい性質から空きマスを求めます。

高校受験:規則性と式の計算

高校受験では、規則性の問題や、a2−b2=(a+b)(a−b)a^2-b^2=(a+b)(a-b) のような式の計算が出ます。n+1=1+n(n+2)n+1=\sqrt{1+n(n+2)} の中の式 1+n(n+2)=(n+1)21+n(n+2)=(n+1)^2 は、乗法公式の応用です。

大学受験:数列・無限級数・二重根号・整数問題

  • 整数問題:立方数の和、a3+b3a^3+b^3 の因数分解 (a+b)(a2−ab+b2)(a+b)(a^2-ab+b^2)、約数の個数の問題。
  • 数列・級数:Σの公式(k・k²・k³の和)、数列の極限、無限級数。
  • 根号の計算:二重根号、平方根の計算。
  • 場合の数:分割数に似た、「自然数をいくつかの自然数の和で表す方法の数え上げ」。

整数問題は京大・東大などの難関大でよく出ます。京大理系数学の出題分析(整数問題の出方)で、整数の出題傾向を確認できます。また、2027は素数?双子素数と西暦の入試問題のように、年号を使った整数の問題もあります。

勉強法として:数を観察する

ラマヌジャンの強みは、数を「ながめて」性質に気づく力でした。問題を解くときも、具体的な数を代入して試す、小さい数で規則を探す、という方法は有効です。数学の勉強の進め方は数学の勉強法(解法の暗記→演習→過去問)を参考にしてください。

ラマヌジャンがその後の数学にあたえた影響

  • 整数論・保型形式:ラマヌジャンのτ関数に関する予想は、ハーディらの研究を経て、1974年にドリーニュが証明しました。現代の整数論の中心にある保型形式の理論の出発点の一つです。
  • 円周法と加法的整数論:ハーディとラマヌジャンが使った円周法は、のちにハーディとリトルウッドの研究や、ヒルベルトのヴァーリングの問題につながりました。
  • 円周率の計算:ラマヌジャンの公式をもとに、コンピュータで円周率を何兆桁も求める計算が行われています。
  • 物理学・暗号:ラマヌジャングラフ(情報通信や暗号に関わる構造)、モック・シータ関数と物理学の関係など、現代の応用にも名前が登場します。
  • 数学教育・文化:インドでは、誕生日の12月22日が「国家数学の日」とされています(2012年から)。伝記『無限を知った男』(ロバート・カニーゲル、1991年)は、2015年に映画化されました。

ラマヌジャンは、オイラーやガウスの業績と生涯と並んで、数の世界の「天才」としてしばしば名前が挙がります。ほかに、天才的な発想で数に挑む数学者としてエルデシュも知られています。

ラマヌジャンに挑戦!練習問題

やさしい

  1. 1³+12³ を計算しなさい。また、9³+10³ を計算して、2つの答えを比べなさい。
    答えと解説を見る13+123=1+1728=1^3+12^3=1+1728= 1729。93+103=729+1000=9^3+10^3=729+1000= 1729。どちらも同じ1729になります。
  2. 次の魔方陣の空きマス「?」にあてはまる数を求めなさい。2行めは 88、17、9、? で、縦・横・ななめの和はすべて139です。
    答えと解説を見る88+17+9=114。139−114=25。

ふつう

  1. 1729を素因数分解しなさい。また、約数は全部でいくつありますか。
    答えと解説を見る1729=7×13×191729=7\times13\times19。約数の個数は (1+1)(1+1)(1+1)=(1+1)(1+1)(1+1)= 8個(1, 7, 13, 19, 91, 133, 247, 1729)。
  2. 自然数5を和に分ける方法(順番は区別しない)をすべて書きなさい。分割数 p(5) はいくつですか。
    答えと解説を見る5、4+1、3+2、3+1+1、2+2+1、2+1+1+1、1+1+1+1+1 の7通り。したがって p(5)=7。

むずかしい

  1. 1729の約数の総和を求めなさい。
    答えと解説を見る素因数分解 7×13×197\times13\times19 から、約数の和は (1+7)(1+13)(1+19)=8×14×20=(1+7)(1+13)(1+19)=8\times14\times20= 2240。
  2. 4104は、2通りの立方数の和で書けます。その2通りを答えなさい。(ヒント:2³と16³、9³と15³)
    答えと解説を見る23+163=8+4096=41042^3+16^3=8+4096=4104、93+153=729+3375=41049^3+15^3=729+3375=4104。したがって 2³+16³ = 9³+15³ = 4104。1729の次に小さい数です。

ラマヌジャンと関係する数学者

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よくある質問

ラマヌジャンは何をした人ですか?

ラマヌジャンは、20世紀初めのインドの数学者です。大学教育をほとんど受けずに数千の公式を独力で見つけ、ケンブリッジ大学のハーディと共同研究しました。円周率の公式、分割数、モック・シータ関数などの業績があります。

ラマヌジャンとハーディの関係は?

1913年にラマヌジャンが送った手紙にハーディが驚き、ケンブリッジへ招きました。2人は1914年から5年間共同研究し、分割数の公式などを発表しました。ハーディはのちに、ラマヌジャンを見つけたことを自分の最大の仕事と語ったと伝えられます。

1729の逸話とは何ですか?

ハーディが病床のラマヌジャンを見舞い、「乗ったタクシーの番号は1729。つまらない数だ」と言うと、ラマヌジャンが「2通りの立方数の和で表せる最小の数です」と答えたという話です。1³+12³ と 9³+10³ がどちらも1729になります。

タクシー数とは何ですか?

n通りの立方数の和で表せる最小の自然数を、タクシー数 Ta(n) といいます。Ta(1)は2、Ta(2)は1729、Ta(3)は87,539,319です。名前は1729のタクシーの逸話に由来します。

ラマヌジャンの円周率の公式とは何ですか?

1項ごとに円周率の値が約8桁ずつ正しくなる、非常に収束の速い公式です。1914年に発表され、現代の円周率の計算記録にも、この公式の仲間が使われています。

分割数とは何ですか?

自然数を自然数の和で表す方法の数です。足す順番は区別しません。4は5通り、10は42通り、100は約1億9千万通りになります。ハーディとラマヌジャンが、そのおよその値を表す公式を1918年に示しました。

ラマヌジャンは何歳で亡くなりましたか?

ラマヌジャンは1920年4月26日、32歳でインドで亡くなりました。病気は結核とされてきましたが、のちの研究では肝臓の病気(アメーバ症)だったという説もあります。

ラマヌジャンの有名な名言はありますか?

「式は、神さまの考えを表さなければ、私にとって何の意味もない」という趣旨の言葉が広く紹介されますが、一次資料での出典は確かめられていません。ハーディの「正しくなければ、誰も発明できない」という評価も有名です。

ラマヌジャンは受験の数学と関係がありますか?

あります。1729の素因数分解や約数の個数、魔方陣、二重根号、数列の和、整数問題の立方数の和など、中学受験から大学受験までの題材とつながっています。

ラマヌジャンを描いた映画はありますか?

2015年に、ロバート・カニーゲルの伝記『無限を知った男』をもとにした映画『奇蹟がくれた数式』(原題 The Man Who Knew Infinity)が公開されました。ラマヌジャンとハーディの交流が描かれています。

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出典・参考

  • J. J. O’Connor and E. F. Robertson, “Srinivasa Aiyangar Ramanujan”, MacTutor History of Mathematics Archive(セントアンドルーズ大学)
  • R. Kanigel, “The Man Who Knew Infinity”(1991年)
  • G. H. Hardy, “Ramanujan: Twelve Lectures on Subjects Suggested by His Life and Work”(1940年)
  • 肖像写真:作者不明「Srinivasa Ramanujan」、Wikimedia Commons(パブリックドメイン)

最終更新:2026年10月29日/作成:大学受験合格大作戦