有名な数学者一覧 › 20世紀 › ハンガリー
大学受験
エルデシュPaul Erdős
ひとことで言うと
トランク2つで世界を旅し、1,500本以上の論文を500人あまりと書いた数学者。エルデシュ数の由来となった。
| 名前 | ポール・エルデシュ(Paul Erdős) |
|---|---|
| 生没年 | 1913年3月26日〜1996年9月20日(83歳) |
| 国 | ハンガリー(ブダペスト生まれ、ワルシャワで亡くなる) |
| 分野 | 数論・組合せ論・グラフ理論・確率論 |
| 主な業績 | 1,500本以上の論文、素数定理の初等的証明(セルバーグと)、ベルトランの定理の証明、ラムゼー理論と確率的方法、ランダムグラフ |
| 名前がつくもの | エルデシュ数・エルデシュ・セケレシュの定理・エルデシュ・コー・ラドーの定理・エルデシュ・レーニィのランダムグラフ・エルデシュ・カッツの定理 |
| よばれ方 | 放浪の数学者・「ポールおじさん」 |
このページのポイント
- 生涯で1,500本以上の論文を書き、共同研究者は500人あまり。共著のつながりの段数をエルデシュ数という
- 「6人いれば、3人の知り合いか3人の他人がかならずいる」のラムゼー理論や、「nと2nの間には素数がある」の証明で知られる
- 美しい証明を神の「THE BOOK」にのっているものとよび、問題に賞金をかけた。決まった家を持たず、世界を旅しながら数学をした
エルデシュは何をした人?(業績をひとことで)
ポール・エルデシュ(1913〜1996年)は、ハンガリー出身の数学者です。生涯に1,500本をこえる論文を書き、500人あまりの共同研究者と協力した、数学の歴史でも類のない人です。決まった家を持たず、トランクを2つだけ持って世界じゅうの数学者の家を渡り歩きながら、数学の問題を考えつづけました。彼と共同で論文を書いたかどうかで測る「エルデシュ数」は、数学者の世界の有名な遊びになっています。数論、組合せ論、グラフ理論、確率論など、広い分野で成果をあげ、離散数学という分野を大きく育てました。
受験生にとってのエルデシュは、「nと2nの間には素数がある」というベルトランの定理の簡単な証明を作った人、そして「6人いれば、3人の知り合いか3人の他人がかならずいる」というラムゼー理論の人です。高校数学の素数とは何か、鳩の巣原理(部屋割り論法)、順列・組合せが、エルデシュの世界への入口です。
うかるくん
トランク2つで世界じゅうを旅するって、どうやって生活していたんですか!?
合格先生
エルデシュは、友だちの数学者の家に「私の脳は開いている」と言って訪ねて、数日いっしょに論文を書くんだ。次の友だちの家へ移るときは、その友だちが交通費まで出すこともあったそうだよ。
エルデシュの生涯と年表
数学の先生の家に生まれた子
エルデシュは、1913年3月26日に、ハンガリーのブダペストで生まれました。父ラヨシュも母アンナも、数学の教師でした。生まれる直前に、2人の姉が病気で亡くなっていたと伝えられ、母は幼いポールをとても大切に育てたといいます。そのため、エルデシュは学校にあまり通わず、家庭で教育を受けた時期が長かったとされます。
数字には、早くから才能を見せました。3歳のころには、人が生まれてから何秒生きたかを計算して、周りをおどろかせた、という話が伝わっています。(本人や家族の回想にもとづく話です。)
19歳で、ベルトランの定理を証明
1932年、エルデシュは19歳のころに、ベルトランの定理(nと2nの間にはかならず素数がある)の、とてもやさしい証明を発表しました。この定理は、すでに1850年にチェビシェフが証明していましたが、エルデシュの証明は、組合せの考え方を使っただれにでも分かる美しいもので、数学界に名前が知られるきっかけになりました。この定理について、エルデシュは次のような韻をふむ言葉を作ったと伝えられています。
チェビシェフがそう言った。私もまた言おう。nと2nの間には、いつも素数がある。
21歳で博士号、そして放浪の始まり
1934年、エルデシュは21歳でブダペスト大学の博士号を取りました(指導者は数学者フェイェールとされます)。同じ年にハンガリーを出て、イギリスのマンチェスターで研究員になります。ユダヤ人だったため、ハンガリーに居づらくなったことも理由でした。1938年にはアメリカのプリンストンへ移り、のちには世界じゅうを旅しながら研究する暮らしになります。
素数定理の「初等的証明」(1949年)
1949年、エルデシュはノルウェーの数学者セルバーグとともに、素数定理の「初等的な証明」を見つけました。素数定理は、「 以下の素数の個数がおよそ になる」という、素数の散らばり方の法則です。1896年にアダマール(素数定理の証明者)らが複素解析で証明していましたが、複素数を使わない別の証明は難しいと思われていました。この発見をめぐっては、セルバーグとエルデシュのどちらが先に論文を出すかで、意見の食いちがいがあり、後世にも語られます。セルバーグは、この仕事などで1950年にフィールズ賞を受けました。
旅の暮らしと、長い晩年
1950年代には、政治的な事情で、アメリカへの再入国が認められない時期もありました(1963年に再びビザがおりたとされます)。その間も、エルデシュは各地を旅し、新しい共同研究者を見つけて論文を書きつづけました。1983年度には、数学のウルフ賞を受賞します。賞金のほとんどを、自分のためでなく人のために使ったと伝えられています。1996年9月20日、ポーランドのワルシャワで、数学の学会に参加している途中に、83歳で亡くなりました。「数学をしながら亡くなった」と、よく語られます。
| 年 | できごと |
|---|---|
| 1913年 | 3月26日、ハンガリーのブダペストで生まれる |
| 1932年 | 19歳のころ、ベルトランの定理のやさしい証明を発表 |
| 1933年ごろ | エステル・クラインが出した問題をもとに、のち「ハッピーエンド問題」とよばれる研究が始まる |
| 1934年 | 21歳で博士号。イギリスのマンチェスターで研究員になる |
| 1935年 | セケレシュとの定理(エルデシュ・セケレシュの定理)を発表 |
| 1938年 | アメリカのプリンストンに移る |
| 1947年 | 「確率的方法」でラムゼー数の下限を示す |
| 1949年 | セルバーグと、素数定理の初等的証明を見つける |
| 1959年 | レーニィとともにランダムグラフの理論を始める |
| 1963年 | アメリカへの再入国が認められたとされる |
| 1983年 | ウルフ賞を受賞 |
| 1996年 | 9月20日、ポーランドのワルシャワで亡くなる(83歳) |
エルデシュの主な業績をやさしく解説
業績1 エルデシュ数(共同研究のネットワーク)
エルデシュは、とても多くの人と共同で論文を書きました。そこから生まれたのがエルデシュ数です。エルデシュ本人は0。エルデシュと共同で論文を書いた人は1。エルデシュ数1の人と共同で論文を書いた人(エルデシュ本人とは書いていない人)は2。というように、「つながりの段数」を数えます。エルデシュ数が1の人は、500人あまりいます。多くの数学者や科学者が、なんらかの形でエルデシュとつながっていて、数学者の世界は、「世間は意外にせまい」の好例にもなっています。
アインシュタインのエルデシュ数が2であるともいわれます。このような人と人のつながりは、今ではグラフ理論やネットワーク科学の研究テーマになっています。エルデシュ自身も、レーニィとともに、点と線がランダムにつながる「ランダムグラフ」の理論を作りました。
業績2 ラムゼー理論:「6人の友だち」の問題
次の問題を考えてみましょう。「6人が集まっています。どの2人も、知り合いか、知らない同士かのどちらかです。このとき、3人が全員知り合いか、3人が全員他人か、かならずどちらかの3人組ができる」。これは本当で、証明はとても短いです(練習問題で解いてみましょう)。しかし5人では、できない場合があります。図は、5人で、赤(知り合い)の三角形も、青(他人)の三角形もできない配置です。この「6」をラムゼー数 といいます。
このように、「十分たくさんあれば、どこかに必ず規則が現れる」というのが、ラムゼー理論です。エルデシュは、この分野を大きく発展させました。1947年には、確率的方法という新しい考え方で、「大きなラムゼー数は、少なくともこのくらい大きい」ことを示しました。「条件にあう例を、直接つくらなくても、くじ引きのように選べば高い確率で見つかることを示せば、例は存在する」という発想です。これは今では、数学・情報科学の標準的な道具になっています。
ラムゼー数の計算は、とても難しいことで知られます。 は分かっていますが、 は43から46の間にあることしか分かっていません。エルデシュは、「宇宙人が地球に来て、 の値を教えないと滅ぼすと言ったら、全人類の計算機を使って計算するべきだ。でも だったら、宇宙人と戦うべきだ」と言ったと伝えられています。
業績3 素数についての仕事(ベルトランの定理と素数定理)
素数には、大きな数の中にもまばらにしか現れません。しかし、nと2nの間には、かならず素数があることが知られています。これをベルトランの定理(ベルトランの仮説)といいます。1845年にベルトランが予想し、1850年にチェビシェフが証明しました。エルデシュは19歳のころ、この定理のやさしく美しい証明を作りました。インドのラマヌジャン(インドの天才)も、1919年にこの定理の別の証明を発表しています。
その後もエルデシュは、素数の研究を続けました。1949年にはセルバーグとともに素数定理の初等的証明を見つけ、1940年には双子素数予想とは?に関して、「となりあう素数の差が、平均より小さくなることが無限にある」ことを示しています(この方向は、のち2013年の張益唐(双子素数の進展)らの研究につながります)。また、コラッツ予想とは?について、「数学は、まだこのような問題を解く準備ができていない」と言ったと伝えられています。
業績4 ハッピーエンド問題とエルデシュ・セケレシュの定理
1933年ごろ、ブダペストの数学者エステル・クラインが、友人たちに次の問題を出しました。「平面に、どの3点も一直線上にない5つの点があるとき、その中から、凸四角形を作る4つの点を選べる」。これを証明するのは、少し頭を使います。この問題を、エルデシュはハッピーエンド問題と名づけました。クラインと、問題の研究にかかわったセケレシュが、のちに結婚したからです(1937年)。
もう1つ、エルデシュとセケレシュの有名な定理があります。「 個の異なる数を並べると、長さ の増える列か減る列がかならずある」。たとえば、 のとき5個です。4, 2, 5, 1, 3 には、減る列 4→2→1 があります。この定理は、鳩の巣原理を使って証明できます。
業績5 「THE BOOK」と、賞金つきの問題
エルデシュは、数学の証明の中でもとくに美しいものを、「神の持つ『本』(THE BOOK)にのっている証明」とよびました。エルデシュによれば、神は「最も美しい証明」をぜんぶのせた、超自然の本を持っています。エルデシュは、数学者に「神を信じなくてもいいが、『本』は信じなさい」と言ったと伝えられています。この考えをもとに、1998年に数学者アイグナーとツィーグラーが、美しい証明を集めた『天書の証明(Proofs from THE BOOK)』を出版しました。
エルデシュは、未解決の問題に、賞金をかけることでも有名でした。賞金は、簡単な問題で数十ドル、とても難しい問題で数千〜1万ドルです。エルデシュが亡くなったあとは、友人のグラハムらが賞金を支払うことになりました。
エルデシュの名前がつく公式・定理・用語
- エルデシュ数:エルデシュとの共著のつながりの段数。
- ベルトランの定理(チェビシェフの定理):nと2nの間には素数がある。エルデシュの証明が有名。→ 素数の意味と性質
- エルデシュ・セケレシュの定理: 個の異なる数の列には、長さ の単調な部分列がある。
- エルデシュ・コー・ラドーの定理:集合の族についての定理。組合せ論の基本です。→ 集合の要素の個数の公式
- エルデシュ・レーニィのランダムグラフ:点と点を確率で結んでできるグラフ。→ 確率の基本の公式
- エルデシュ・カッツの定理:整数の素因数の個数が、正規分布のように散らばることを示した定理。
- エルデシュ・ストラウス予想: をみたす自然数が、どんな にもあるか、という未解決の予想。
- エルデシュの確率的方法:ランダムに選ぶことで存在を示す証明の方法。

合格先生
エルデシュの問題は、問題文がやさしいものが多いんだ。「6人」「5つの点」「nと2n」。小学生でも問題の意味が分かるのに、解くのはものすごく難しい。それが数学の面白さだよ。
エルデシュの逸話と名言
「私の脳は開いている」
エルデシュは、友人の数学者の家の玄関に現れると、「私の脳は開いている」と言った、と伝えられています。これは「いっしょに数学の問題を考えよう」という意味です。数日間いっしょに論文を書き、また次の家へ向かう。そのくり返しの人生でした。持ち物は、トランク2つだけ。ほとんどの収入や賞金は、人にあげてしまったといわれます。
エルデシュ語
エルデシュは、独特の言いまわしを使いました。子どもを「イプシロン」(数学で、小さな数を表す文字)とよび、神を「SF(Supreme Fascist=最高のファシスト)」、人が亡くなることを「去った」、数学をやめることを「死んだ」と言った、といわれます。ユーモアのある人だったようです。
モンティ・ホール問題を信じなかった?
エルデシュは、有名なモンティ・ホール問題(確率の直感のずれ)の答えを、最初は信じなかった、という逸話があります。説明されても納得せず、コンピューターのシミュレーションで結果を見て、ようやく納得した、と伝えられています。確率の直感は、エルデシュのような大数学者でも、まちがうことがあるのです。
名言
数学者とは、コーヒーを定理に変える機械である。
「別の屋根、別の証明(Another roof, another proof)」という言葉も、エルデシュの旅の暮らしを表す言葉として知られています(こちらも、本人の言葉として広まったものです)。
1,500本の論文、500人の共著者
エルデシュが書いた論文の数は、1,500本をこえるといわれ、数学の歴史でも、オイラーと並んで、最も多くの論文を書いた数学者の一人だといわれます。共同研究者は500人あまり。数学の歴史でも、最も多くの人と協力した数学者でしょう。
サクラちゃん
数学って、1人でこつこつ考えるイメージでした。みんなで考えるのも楽しそうですね!
合格先生
そうなんだ。エルデシュは数学は人とつながる遊びだと教えてくれた。受験勉強も、友だちと問題を出し合うと、思わぬ発見があるよ。
受験・勉強とエルデシュのつながり
中学受験・高校受験:場合の数と鳩の巣原理
中学受験や高校受験の算数・数学では、「6人で全員が1回ずつ握手すると何回?」「くじを引いて、必ず同じ色の玉が2個出るには何個引く?」のような問題が出ます。この考え方が、エルデシュの組合せ論の入口です。鳩の巣原理(部屋割り論法)は、中学受験でも出てくる重要な考え方です。数学オリンピックの問題として、数学オリンピックの問題(長方形に詰めた正方形)にも触れておきましょう。
大学受験:素数・整数・確率
大学入試では、素数に関する問題(「nが素数のとき…」「素数pについて…」)が、整数問題の定番です。京都大学や東京大学の問題でも、素数・整数がよく出ます。西暦の素数を題材にした2027は素数?双子素数と西暦の入試問題も、この世界につながります。また、唯一の偶数の素数2の話は唯一の偶数の素数「2」の話にもまとめています。「6人の友だち」の問題は、入試問題として出ることもあります。
大学・大学院入試:組合せ論・グラフ理論
大学では、離散数学・グラフ理論・確率論の授業で、ラムゼー理論やランダムグラフを学びます。大学院入試の組合せ論でも、鳩の巣原理や確率的方法が出題されます。
勉強法として:問題を「自分でつくる」
エルデシュは、問題を解くだけでなく、問題をつくる人でもありました。「もしこうだったらどうなるか」と考えて、問題を一般化する。勉強でも、解いた問題を少し変えて、「別の数ではどうなるか」「条件を変えたら?」と考えると、理解が深まります。数学の勉強の進め方は数学の勉強法(解法の暗記→演習→過去問)も参考にしてください。
エルデシュがその後の数学にあたえた影響
- 離散数学・組合せ論:エルデシュの仕事は、組合せ論・グラフ理論という分野を、数学の中心的な分野に押し上げました。
- 確率的方法:「ランダムに選べば、例が見つかる」という方法は、計算機科学・情報理論・ネットワークの理論でも、標準的な道具です。
- 共同研究のスタイル:エルデシュのように、多くの数学者と協力して、問題を解いていくスタイルが広まりました。テレンス・タオ(エルデシュの問題を解いた現代の数学者)は、エルデシュの「不一致問題」を2015年に解いています。
- 難問の遺産:エルデシュが残した多くの問題は、今も数学者が挑んでいる課題です。
- 数学コミュニティ:エルデシュ数は、数学者のネットワークを意識させる遊びとして、数学者たちの文化の一部になりました。
決まった家を持たず、数学だけを追いかけた人生。ほかの人からはふしぎに見える生き方でしたが、エルデシュは、数学を通して、世界じゅうの人と友だちになった人でもありました。
エルデシュに挑戦!練習問題
やさしい
- 20より大きく40以下の素数をすべて答えなさい(ベルトランの定理の確かめ)。
答えと解説を見る
23, 29, 31, 37 の4つです。20<p≦40に、たしかに素数が存在します。 - 6人が全員、ほかの全員と1回ずつ握手します。握手は全部で何回ですか。
答えと解説を見る
15回です。1人が5回ずつ、 を、2人で1回と数えるので2でわります。
ふつう
- Aはエルデシュと論文を書いています。BはAと論文を書きましたが、エルデシュとは書いていません。CはBと論文を書きました。A、B、Cのエルデシュ数はいくつですか。
答えと解説を見る
Aは1、Bは2、Cは3です。つながりの段数がエルデシュ数です。 - 6人のうち、どの2人も「知り合い」か「他人」のどちらかです。「3人全員が知り合い」か「3人全員が他人」の3人組が、かならずあることを説明しなさい。
答えと解説を見る
1人 P を選ぶと、残りの5人は、Pと「知り合い」か「他人」かの2グループのどちらかです。5人を2つに分けるので、少なくとも一方に3人が入ります(鳩の巣原理)。その3人がPの知り合いだとします。3人の中に知り合い同士がいれば、その人とPで3人の知り合い組。いなければ3人は全員他人同士。その3人がPの他人の場合は、「知り合い」と「他人」を入れかえて同じように考えます。よってかならずできます。
むずかしい
- 異なる4つの数を、長さ3の増える列も減る列もないように並べなさい。
答えと解説を見る
例:2, 1, 4, 3。増える列は2→4、1→3など長さ2まで、減る列は2→1、4→3など長さ2までです。(エルデシュ・セケレシュの定理は、5個なら必ず長さ3があると言っています) - 異なる5個の数 には、長さ3の増える列か減る列がかならずあることを説明しなさい。
答えと解説を見る
各 について、 で終わる「増える列」の最長の長さを 、「減る列」の最長の長さを とします。もし長さ3の列がなければ、 はそれぞれ1か2なので、 は 通りだけです。ところが は5個あるので、鳩の巣原理で、同じ を持つ があります。 なら 、 なら となり矛盾します。よって長さ3の列はかならずあります。
エルデシュと関係する数学者
- ユークリッド(素数が無限にあることの証明):エルデシュは、ユークリッドの昔から続く素数の研究を受けつぎました。
- アダマール(素数定理):素数定理を1896年に証明。エルデシュはその初等的証明を見つけました。
- ハーディ(イギリスの数論学者)・ラマヌジャン:ベルトランの定理の別の証明を、ラマヌジャンも作りました。
- テレンス・タオ(エルデシュの問題を解決):エルデシュの不一致問題を2015年に解きました。
- 張益唐(双子素数):双子素数予想の大きな進展(2013年)は、エルデシュの時代からの課題でした。
- コンウェイ(組合せ論の遊び):パズルのような組合せの問題で、エルデシュに通じる数学者です。
数学の公式を1つずつ学ぶなら算数・数学の公式一覧(公式辞典)、用語の意味は数学用語辞典(用語の意味を1語1ページ)も役立ちます。
20世紀の数学者
- ヒルベルトの業績と生涯
1900年に「ヒルベルトの23の問題」を発表。ヒルベルト空間 - ミンコフスキー(1864〜1909)
数の幾何学・相対性理論の時空(ミンコフスキー空間) - アダマール(1865〜1963)
素数定理を証明(ド・ラ・ヴァレー・プーサンと同じ1896年) - ラッセル(1872〜1970)
集合論の「ラッセルのパラドックス」・『プリンキピア・マテマティカ』 - 高木貞治の業績と生涯
類体論を完成させた。日本の近代数学の父 - ルベーグ(1875〜1941)
ルベーグ積分(測度論) - ハーディの業績と生涯
ラマヌジャンを見いだした。『ある数学者の生涯と弁明』 - ネーターの業績と生涯
抽象代数学の母。対称性と保存則のネーターの定理 - ワイル(1885〜1955)
リーマン面・群論と量子力学 - 掛谷宗一(1886〜1947)
長さ1の針を回す最小の面積を問う「掛谷問題」 - ラマヌジャンの業績と生涯
ほぼ独学で数千の公式を残した天才。タクシー数1729 - バナッハ(1892〜1945)
関数解析(バナッハ空間)・バナッハ=タルスキーのパラドックス
← 前の時代:チューリングの業績と生涯 | 次の時代:小平邦彦の業績と生涯 →
有名な数学者一覧(年代順・国別・分野別)で、ほかの数学者も見られます。数学者たちが挑んだ問題は数学の難問・未解決問題の一覧にまとめています。
読みもの(合格大作戦の数学の記事)
- 算数・数学の公式一覧(公式辞典)
公式・証明・例題を1つずつ - 数学用語辞典(用語の意味を1語1ページ)
素数・漸近線など200語 - モンティ・ホール問題をわかりやすく
変えると確率2/3になる理由 - 2027は素数?双子素数と西暦の入試問題
2027=45²+2 - 唯一の偶数の素数「2」の話
素数から学ぶ逆転合格の考え方 - 数学オリンピックの問題(長方形に詰めた正方形)
中学生でも解ける本番の問題 - 数学の勉強法(解法の暗記→演習→過去問)
青・黄・赤チャートの使い分け
よくある質問
エルデシュは何をした人ですか?
エルデシュは、ハンガリー出身の20世紀の数学者です。1,500本以上の論文を、500人あまりの共同研究者と書きました。数論・組合せ論・グラフ理論・確率論で成果をあげ、ラムゼー理論や確率的方法を発展させました。
エルデシュ数とは何ですか?
エルデシュとの共同論文のつながりの段数です。エルデシュ本人が0、エルデシュと論文を書いた人が1、その共著者が2、と数えます。数学者のあいだで広まった遊びで、ネットワーク科学にも通じます。
エルデシュはなぜ有名なのですか?
論文の数が数学者の中で桁はずれに多く、多くの人と共同研究したことで有名です。また、決まった家を持たず、トランク2つで世界の数学者の家を渡り歩いた生き方も、よく知られています。
エルデシュは何歳で亡くなりましたか? どこの人ですか?
エルデシュは、1913年3月26日にハンガリーのブダペストで生まれ、1996年9月20日に、ポーランドのワルシャワで83歳で亡くなりました。数学の学会に参加している途中だったと伝えられます。
エルデシュの「THE BOOK」とは何ですか?
神が持つ、最も美しい数学の証明がすべてのっている「本」のことです。エルデシュは、美しい証明を見つけると、「これは『本』にのっている」と言いました。その考えをもとに『天書の証明』という本が作られました。
ラムゼー理論とは何ですか?
「十分にたくさんあれば、かならず規則的なものがある」ことを示す理論です。たとえば、6人集まれば、3人が全員知り合いか、全員他人かの3人組がかならずできます。エルデシュはこの分野を発展させました。
ベルトランの定理とは何ですか?
nが1より大きい自然数のとき、nより大きく2n以下の素数が、かならずあるという定理です。1850年にチェビシェフが証明し、エルデシュは19歳のころ、やさしい証明を発表しました。
エルデシュの名言はありますか?
「数学者とは、コーヒーを定理に変える機械である」が、エルデシュの言葉として広まっています。ただし、友人のレーニィの言葉とされることもあり、出典は確かめられていません。
エルデシュは受験とどう関係しますか?
中学受験・高校受験の鳩の巣原理や握手の問題、大学入試の素数・整数問題・確率の問題は、エルデシュの世界につながります。大学の離散数学やグラフ理論では、ラムゼー理論や確率的方法を学びます。
エルデシュはどんな問題に賞金をかけましたか?
未解決の問題に、数十ドルから1万ドルの賞金をかけました。やさしそうに見える問題ほど、解くのが難しいことで知られます。エルデシュの死後は、友人の数学者たちが賞金を引きついでいます。
あわせて読みたい
出典・参考
- MacTutor History of Mathematics Archive, “Paul Erdős”(セントアンドリューズ大学)
- Aigner & Ziegler, “Proofs from THE BOOK”(1998年)
- Paul Hoffman, “The Man Who Loved Only Numbers”(1998年)
- The Erdős Number Project(オークランド大学)
最終更新:2026年10月29日/作成:大学受験合格大作戦



