ガウスは何をした人?業績・生涯・名言をわかりやすく|1から100の和・正十七角形・ガウス記号

ガウスは何をした人?業績・生涯・名言をわかりやすく|1から100の和・正十七角形・ガウス記号

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ガウスCarl Friedrich Gauss

ひとことで言うと

整数論・幾何・統計・天文・電磁気まで、数学と科学のほとんどの分野を切りひらいた「数学の王」。18歳で正十七角形が作図できることを発見した。

名前カール・フリードリヒ・ガウス(Carl Friedrich Gauss)
生没年1777年4月30日〜1855年2月23日(77歳)
国ドイツ(ブラウンシュヴァイク生まれ、ゲッティンゲンで活躍)
分野整数論・代数・幾何・解析・統計・天文学・物理学
主な業績正十七角形の作図、『整数論の研究』(合同式)、代数学の基本定理、最小二乗法、正規分布、曲面の幾何学(驚異の定理)、電信
名前がつくものガウス記号・ガウス平面・ガウス分布・ガウス積分・ガウスの消去法・ガウス曲率・磁気の単位ガウス
よばれ方数学の王(Princeps mathematicorum)

このページのポイント

  • 小学生のとき 1+2+…+100=5050 をすぐに出した逸話は、等差数列の和の公式そのもの(細部は諸説あり)
  • 18歳で正十七角形が定規とコンパスでかけることを発見。24歳で『整数論の研究』を出し、合同式 a≡b(modm)a\equiv b \pmod m を広めた
  • 最小二乗法・正規分布(ガウス分布)・複素数平面(ガウス平面)など、今の高校数学・統計学の道具を数多く作った

ガウスは何をした人?(業績をひとことで)

カール・フリードリヒ・ガウス(1777〜1855年)は、ドイツの数学者・天文学者・物理学者です。整数論(整数の性質を調べる数学)を本格的な学問に育て、正十七角形の作図、代数学の基本定理の証明、最小二乗法、正規分布(ガウス分布)、曲面の幾何学、電磁気の研究まで、数学と科学のほとんどすべての分野に大きな足あとを残しました。そのはばの広さと深さから、「数学の王(Princeps mathematicorum)」とよばれています。

受験生にとってのガウスは、まず「1から100までの和を一瞬で出した少年」です。中学受験の算数で習う等差数列の和の公式(はじめ+おわり)×個数÷2は、この逸話とセットで紹介されることがよくあります。高校数学ではガウス記号 [x] の定義と問題、複素数平面(ガウス平面)とは、正規分布と標準化の公式、合同式(mod)の計算など、ガウスの名前や仕事に何度も出会います。大学に入るとガウス積分 ∫e^(−x²)dx=√π の証明も登場します。

うかるくん

うかるくん

ガウスって、「1から100まで足した子」っていう話しか知らないです……。

合格先生

合格先生

それは入口だね。ガウスは18歳で2000年ぶりの大発見をして、24歳で整数論の教科書を書き、そのあと小惑星の位置を計算で当て、地図づくりの測量をし、電信まで作った人なんだ。今の数学の教科書のあちこちにガウスの仕事がかくれているよ。

ガウスの肖像画(1840年、イェンセン画)
63歳ごろのガウス(1840年、デンマークの画家イェンセンがえがいた肖像画)画像:Christian Albrecht Jensen(1840年)/Wikimedia Commons(パブリックドメイン)

ガウスの生涯と年表

れんが職人の家に生まれた「計算の神童」

ガウスは1777年4月30日、ドイツ北部のブラウンシュヴァイクで生まれました。父は庭師やれんが積みなどをして働く人で、家は豊かではありませんでした。母は読み書きがほとんどできなかったといわれますが、息子の才能を信じて勉強を応援したと伝えられています。

ガウスは小さいころから計算が得意で、3歳のとき、父が職人たちに払う給料の計算のまちがいを見つけたという話が残っています。ただし、これは後年ガウス自身が語った思い出や伝記にもとづく話で、細かいところは確かめられません。

ブラウンシュヴァイク公の援助で大学へ

才能に気づいた先生たちの推薦で、ガウスは14歳ごろからブラウンシュヴァイク公(領主)の奨学金を受けるようになります。この援助のおかげで、まずブラウンシュヴァイクのコレギウム・カロリヌム(今の工科大学のもと)に進み、1795年からはゲッティンゲン大学で学びました。このころガウスは、数学に進むか、言語学(古典語)に進むか迷っていたといわれます。

18歳の大発見と「数学日記」

1796年3月30日、ガウスは正十七角形が定規とコンパスだけでかけることを発見します。古代ギリシャ以来、およそ2000年のあいだだれも見つけられなかった作図でした。この発見でガウスは数学の道に進むことを決めたといわれ、この日から短いメモで発見を書きとめる「数学日記」をつけはじめました。日記の最初の書きこみが、この正十七角形です。

『整数論の研究』と天文学者としての名声

1799年、22歳でヘルムシュテット大学から博士号を受けます。博士論文は代数学の基本定理(どんな方程式も複素数の範囲に解を持つ)の証明でした。1801年には、整数論の大著『整数論の研究(Disquisitiones Arithmeticae)』を出版します。同じ1801年、見失われていた小惑星ケレスの位置を計算で予言し、天文学者としても一躍有名になりました。

ゲッティンゲン天文台長として

1807年、ガウスはゲッティンゲン大学の教授・天文台長になり、亡くなるまでほぼずっとゲッティンゲンで過ごしました。1820年代にはハノーファー王国の測量を指揮し、そこから曲面の幾何学を生み出します。1830年代には物理学者ヴェーバーと地磁気・電磁気を研究し、1833年には電線で信号を送る電信を作りました。1855年2月23日、ゲッティンゲンで77歳で亡くなりました。

年できごと
1777年4月30日、ドイツのブラウンシュヴァイクで生まれる
1780年ごろ3歳で父の給料計算のまちがいを見つけたと伝えられる
1786年ごろ小学校で 1+2+…+100 をすぐに答えたと伝えられる(9歳ごろ)
1791年ブラウンシュヴァイク公の援助を受けはじめる
1792年ごろ素数の個数の法則(のちの素数定理)を予想する
1795年ゲッティンゲン大学に入学
1796年3月30日、正十七角形の作図ができることを発見。「数学日記」を書きはじめる
1799年代数学の基本定理の証明で博士号(ヘルムシュテット大学)
1801年『整数論の研究』を出版。小惑星ケレスの位置を予言
1807年ゲッティンゲン大学教授・天文台長になる
1809年『天体運動論』で最小二乗法と正規分布の考えを発表
1818年〜ハノーファー王国の測量を指揮(ヘリオトロープを発明)
1827年『曲面の一般研究』(驚異の定理)
1833年ヴェーバーと電信を作る
1855年2月23日、ゲッティンゲンで亡くなる(77歳)

ガウスの主な業績をやさしく解説

業績1 1から100までの和(等差数列の和)

小学校の先生が「1から100までを全部足しなさい」という問題を出したところ、ガウスはすぐに5050と答えた――という有名な話があります。ガウスの考え方はこうです。1から100までを順に書き、その下に100から1までを逆に書いて、たてに足します。すると、どこも 1+100=2+99=…=101 になります。101が100組あるので10100、それは求めたい和の2つ分なので、2でわって5050です。

1+2+…+100 を一瞬で出す123…98991001009998…321+101+101+101+101+101+101上下101×100÷2=5050
上の段(1〜100)と下の段(100〜1)をたてに足すと、どこも101。101×100÷2=5050

これを式にしたのが、等差数列の和の公式です。

1+2+3+⋯+n=n(n+1)21+2+3+\cdots+n=\frac{n(n+1)}{2}

ただし、この逸話は先生の出した問題が本当に「1から100」だったのか、もっとむずかしい数の並びだったのかなど、細部には諸説あります。話が有名になったのはガウスの死後に書かれた伝記からで、のちの本で少しずつ話が変わっていったといわれます。いずれにしても「同じ形を逆向きに重ねて組を作る」というアイデアは、中学受験の植木算・数列の問題から大学受験の等差数列の意味まで、ずっと使われる考え方です。

業績2 正十七角形の作図(18歳)

定規(目もりのない直線を引く道具)とコンパスだけで、正多角形のどれがかけるのか。正三角形・正方形・正五角形・正十五角形などは古代ギリシャのユークリッドの『原論』の時代から知られていましたが、それ以外の素数の正多角形は2000年以上だれもかけませんでした。

正十七角形(18歳の大発見)360°÷17定規とコンパスだけでかける(1796年3月30日)
円に内接する正十七角形。中心角は 360°÷17。ガウスはこれが定規とコンパスでかけることを示した

ガウスは、作図できるかどうかを方程式が「平方根だけで」解けるかどうかに言いかえました。そして、辺の数が 22k+12^{2^k}+1 の形の素数(フェルマー素数:3・5・17・257・65537)なら作図できることを示しました。17は 24+12^4+1 なので作図できる、というわけです。この「図形の問題を式(代数)の問題に変える」発想は、のちのガロア理論(方程式と群)につながっていきます。

ガウスはこの発見をとても誇りにしていて、「墓石に正十七角形を刻んでほしい」と言ったという話も伝わっています。ただし、実際の墓には刻まれていません。生まれ故郷ブラウンシュヴァイクの記念碑には十七角の星がえがかれていますが、墓の話そのものは確かめにくい逸話です。

業績3 『整数論の研究』と合同式

1801年の『整数論の研究』は、近代の整数論の出発点といわれる本です。ガウスはこの本で、aa と bb を mm で割った余りが同じとき

a≡b(modm)a\equiv b \pmod m

と書く合同式の記号を広めました。時計で14時が2時になるのと同じで、「余りだけを見る計算」です。今の高校数学Aで習う合同式(mod)の計算や余りの問題の解き方は、ここから始まっています。

時計の算数=合同式12345678910111214時 → 2時26時 → 2時14 ≡ 2(mod 12)12で割った余りが同じ数を「合同」とよぶ
時計の算数。14時も26時も2時。12で割った余りが同じなので 14≡2(mod 12)

この本には、ガウスが「黄金定理」とよんだ平方剰余の相互法則の証明ものっています。ガウスはこの定理がとても気に入っていて、生涯で何通りもの証明を書き残しました。また、どんな自然数も3つの三角数(1・3・6・10…)の和で書けることも示し、数学日記に「ΕΥΡΗΚΑ(エウレカ=見つけた)」と書いたといわれます。素数とは何かを考える整数論は、ガウスによって「数学の女王」とよばれる学問になりました。

業績4 小惑星ケレスの予言と最小二乗法・正規分布

1801年の元日、イタリアの天文学者が新しい天体ケレスを見つけましたが、すぐに太陽の光にかくれて見失ってしまいました。手がかりは、わずか40日ほどの観測データだけ。ガウスはこの少ないデータから軌道を計算し、「この年の終わりごろ、空のこのあたりに見えるはず」と予言しました。そして実際に、その近くでケレスが再発見されたのです。

このときの計算で使われたのが最小二乗法です。観測にはかならず小さなずれ(誤差)があります。そこで、ずれを2乗して足した合計がいちばん小さくなるように答えを決めます。

最小二乗法赤い線=ずれ青い線=いちばん近い直線(ずれ)² の合計が最小になる直線をえらぶ
最小二乗法。点と直線のたてのずれ(赤)を2乗して足し、その合計がいちばん小さい直線(青)をえらぶ

ガウスは、測定の誤差がつりがね形の分布にしたがうと考えました。これが正規分布で、ガウスの名前をとってガウス分布ともよばれます。テストの点数・身長・工場の製品の大きさなど、身のまわりの多くのデータがこの形に近づきます。モンティ・ホール問題(確率の直感のずれ)のような確率の話と合わせて読むと、「データのばらつき」を数学で扱う考え方がよく分かります。なお、最小二乗法はフランスのルジャンドルが先に(1805年)発表していて、どちらが先に考えたかで言い争いになったことも知られています。

正規分布(ガウス分布)平均−1σ+1σ約68%テストの点・身長・測定のずれがこの形に近づく
正規分布(ガウス分布)。平均から標準偏差1つ分の範囲に、全体のおよそ68%が入る

正規分布は正規分布の意味・分散と標準偏差・偏差値とはにもつながっています。受験生がいつも気にしている「偏差値」は、正規分布を前提にした数字なのです。

業績5 複素数平面と代数学の基本定理

i2=−1i^2=-1 となる虚数・複素数は、ガウスより前の時代には「想像の数」とよばれ、あやしいものと思われていました。ガウスは、複素数 a+bia+bi を平面の点 (a,b)(a,b) として表す考え方を広め、複素数を「目に見える数」にしました。このため、高校の数学Cで習う複素数平面はガウス平面ともよばれます。

複素数平面(ガウス平面)実軸虚軸3+2i32数を「点」として見ると、計算が図形になる
複素数 3+2i を、右へ3・上へ2の点として表す。これが複素数平面(ガウス平面)

博士論文の代数学の基本定理は、「nn 次方程式は、複素数の範囲でかならず nn 個の解(重解もふくむ)を持つ」という定理です。2次方程式なら複素数と2次方程式の解で確かめられますが、どんな次数でも成り立つことをはじめて本格的に証明したのがガウスでした(現代から見ると証明にすきまがあったともいわれ、ガウス自身も生涯で4つの証明を残しています)。

業績6 測量から生まれた曲面の幾何学、そして電磁気

ガウスは40代でハノーファー王国の測量を引き受け、山と山の間の三角形を何年もかけて測りました。このとき、太陽の光を鏡で遠くに送るヘリオトロープという道具を発明しています。地球のような曲がった面の上の図形を考えるうちに、ガウスは「曲面の曲がり具合(ガウス曲率)は、曲面の上に住む人が測るだけで分かる」という定理を見つけ、自分で「驚異の定理」と名づけました。この考えは弟子のリーマン(リーマン幾何学)に受けつがれ、のちにアインシュタインの相対性理論の数学になりました。

また、物理学者ヴェーバーと地球の磁気を研究し、磁気の強さを測る方法を考えました。磁束密度の単位「ガウス」は、ここからきています。1833年には2人で電線を使って信号を送る電信を作り、約1キロメートルはなれた天文台と物理学の研究室の間で通信しました。

ガウスの名前がつく公式・定理・用語

ガウスの名前がつくものは、数学・物理・天文学をあわせると100をこえるといわれます。受験や大学の勉強でよく出会うものをまとめました。

  • ガウス記号 [x][x]:xx をこえない最大の整数。[3.7]=3[3.7]=3、[−1.2]=−2[-1.2]=-2。→ ガウス記号の定義・グラフ・入試問題(日本の高校数学でこうよばれますが、海外では「床関数」とよぶことが多く、ガウスがこの記号を使ったのは1808年の平方剰余の相互法則の証明の中です)
  • ガウス平面:複素数平面のこと。→ 複素数平面の意味と使い方
  • ガウス分布:正規分布のこと。→ 正規分布と標準化(確率の求め方)
  • ガウス積分:∫−∞∞e−x2dx=π\displaystyle\int_{-\infty}^{\infty}e^{-x^2}dx=\sqrt{\pi}。→ ガウス積分の証明(極座標で求める)
  • ガウスの消去法(掃き出し法):連立方程式を順に文字を消して解く方法。大学の線形代数で必ず習います。
  • ガウスの法則(電磁気)・ガウス曲率・ガウス整数(a+bia+bi で a,ba,b が整数の数)・磁気の単位ガウスなど。
「ここが大事!」と説明する合格先生

合格先生

ガウス記号・ガウス平面・ガウス分布は、どれもガウスが考えた「ものの見方」に名前がついたものなんだ。名前と中身をセットで覚えておくと、問題文に出てきたときにあわてないよ。

ガウスの逸話と名言

「少なく、しかし熟したもの」

ガウスは、自分が完全に満足できる形になるまで研究を発表しない人でした。自分の印章(はんこ)には「Pauca sed matura(少なく、しかし熟したもの)」というラテン語をきざんでいたといわれます。そのため、ガウスが見つけていながら発表しなかった結果があとから日記や手紙で見つかり、「それはガウスがもう知っていた」と言われた数学者も少なくありません。

数学は科学の女王であり、整数論は数学の女王である。

ガウスの言葉として伝えられるもの(ガウスと親しかったザルトリウス・フォン・ヴァルタースハウゼンの伝記(1856年)で紹介された言葉)

非ユークリッド幾何学に気づいていた?

平行線の公理が成り立たない非ユークリッド幾何学は、ロバチェフスキーとボーヤイが別々に発表しました。ボーヤイの父がガウスに息子の論文を送ると、ガウスは「それをほめることは自分をほめることになる。自分も30〜35年前から同じことを考えていた」という返事を書いたといわれます。若いボーヤイはひどくがっかりしたと伝えられています。ガウスが早くから同じ考えを持っていたことは手紙などから分かっていますが、どこまで完成していたかについては見方が分かれます。

計算はとびきり速く、教えるのはきらい?

ガウスは暗算がとても速く、対数の表などを頭の中で使いこなしたといわれます。一方で、大学で講義をするのはあまり好きではなかったという話も残っています。それでも、弟子にはリーマン・デデキントなど、のちに数学を大きく変える人たちがいました。

ガウスが「読め」とすすめた人

ガウスより前の世代のオイラーについて、のちの数学者たちは「オイラーを読め、オイラーこそわれら皆の師である」という言葉を残しました(ラプラスの言葉として知られます)。ガウスもオイラーやラグランジュの本を若いころに熱心に読んだといわれ、『整数論の研究』にはオイラーの結果を発展させたものがたくさん入っています。

サクラちゃん

サクラちゃん

見つけたのに発表しないなんて、もったいない……!

合格先生

合格先生

そうだね。でも、ガウスは「まちがいのない、完成したものだけを出す」ことにこだわった。答案でも、途中の考えをきちんと書いて「熟した答え」にすることが大事なのは同じだよ。

受験・勉強とガウスのつながり

中学受験:等差数列の和・植木算

中学受験の算数では、ガウスの「逆に重ねて組を作る」考え方が等差数列の和として必ず出ます。「(はじめの数+おわりの数)×個数÷2」は、ガウスの図そのものです。三角形にならべたおはじきの数(三角数)や、ご石の問題、植木算・規則性の問題でもよく使います。

高校受験:規則性・文字式の説明

高校受験では、「連続する整数の和が○○になることを文字式で説明しなさい」という問題で、ガウスの考え方がそのまま使えます。nn 番目までの和が n(n+1)2\dfrac{n(n+1)}{2} になることを、図で説明できるようにしておくと強いです。

大学受験:ガウス記号・合同式・複素数平面・正規分布

大学受験では、ガウスの名前がつく道具がたくさん出ます。

  • ガウス記号:整数部分の問題、n!n! にふくまれる素因数の個数、グラフの問題。
  • 合同式:大きな累乗の余り(例:21002^{100} を7で割った余り)を手早く求める。
  • 複素数平面:回転・図形の問題(数学C)。
  • 正規分布:数学Bの統計的な推測。共通テストでも出題範囲です。

京都大学・東京大学などの難関大の整数問題は、まさにガウスの整数論の世界です。京大理系数学の出題分析(整数問題の出方)を見ると、整数がどれほどよく出るかが分かります。西暦の数を使った整数問題については、2027は素数?双子素数と西暦の入試問題も参考になります。

勉強法として:ガウスに学ぶ「工夫して数える」

ガウスの1〜100の話がすごいのは、計算が速いからではなく、「全部足す」以外の見方を探したところです。問題を前にしたら、①同じ形をさがす、②組を作る、③逆向きや別の向きから見る――この3つを試すくせをつけると、算数でも数学でも解ける問題がぐっと増えます。数学の勉強の進め方は数学の勉強法(解法の暗記→演習→過去問)も読んでください。

ガウスがその後の数学にあたえた影響

ガウスの仕事は、19世紀以降の数学の多くの分野の出発点になりました。

ドイツでは、2001年まで使われた10マルク紙幣に、ガウスの肖像と正規分布の曲線がえがかれていました。数学の業績が、お札のデザインになるほど人々に知られていたのです。

ガウスに挑戦!練習問題

やさしい

  1. 1+2+3+…+50 を、ガウスの方法で求めなさい。
    答えと解説を見る1+50=2+49=…=51 の組が、50÷2=25組できます。51×25=1275。(公式なら 50×51÷2=1275)
  2. [2.8]、[−0.5] の値を答えなさい([x] はガウス記号)。
    答えと解説を見る[x] は x をこえない最大の整数なので、[2.8]=2、[−0.5]=−1(−0 ではなく、−0.5 より小さい整数のうち最大のもの)。

ふつう

  1. 2+4+6+…+100 を求めなさい。
    答えと解説を見る偶数が50個。(2+100)×50÷2=2550。(1〜50の和1275の2倍と考えてもよい)
  2. 今日は月曜日です。100日後は何曜日ですか。合同式の考えで答えなさい。
    答えと解説を見る100を7で割ると 14 余り2 なので、100≡2(mod 7)。月曜日から2日進んで水曜日。

むずかしい

  1. 正十七角形の1つの内角は何度ですか。分数で答えなさい。
    答えと解説を見る内角の和は 180×(17−2)=2700度。1つの角は 2700÷17=2700/17度(約158.8度)。
  2. 2の100乗を7で割った余りを求めなさい。
    答えと解説を見る2³=8≡1(mod 7)。100=3×33+1 なので、2^100=(2³)^33×2≡1^33×2=2(mod 7)。余りは2。

ガウスと関係する数学者

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ガウスがかかわった数学の難問

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読みもの(合格大作戦の数学の記事)

よくある質問

ガウスは何をした人ですか?

ガウスは、18〜19世紀のドイツの数学者・天文学者です。正十七角形の作図、『整数論の研究』による近代整数論の確立、代数学の基本定理の証明、最小二乗法と正規分布、曲面の幾何学、電磁気の研究など、数学と科学の多くの分野に大きな業績を残しました。

ガウスはなぜ「数学の王」とよばれるのですか?

整数論・代数・幾何・解析・統計・天文学・物理学と、ほとんどすべての分野で基本となる発見をしたからです。ラテン語で「Princeps mathematicorum(数学者の第一人者)」とよばれ、日本では「数学の王」と訳されます。

ガウスの1から100までの和の話は本当ですか?

小学生のガウスが1から100までの和5050をすぐに答えたという話は、ガウスの死後に書かれた伝記で有名になりました。大筋は本人の思い出にもとづくとされますが、先生が出した問題が本当に1から100だったかなど、細部には諸説あります。

ガウスは1から100までの和をどうやって計算したのですか?

1から100と、100から1を上下にならべてたてに足すと、どこも101になります。101が100組で10100、これは求める和の2つ分なので、2でわって5050です。(はじめ+おわり)×個数÷2という等差数列の和の公式と同じ考え方です。

正十七角形の作図はなぜすごいのですか?

定規とコンパスでかける正多角形は、古代ギリシャ以来2000年以上、正三角形・正五角形などしか知られていませんでした。ガウスは18歳で正十七角形がかけることを示し、さらに「辺の数がどんなときにかけるか」を方程式の問題として解き明かしたからです。

ガウス記号とは何ですか?

ガウス記号 [x] は、x をこえない最大の整数を表す記号です。たとえば [3.7]=3、[−1.2]=−2 です。日本の高校数学ではガウス記号とよびますが、海外では床関数(floor関数)とよぶのがふつうです。

ガウス分布(正規分布)とは何ですか?

平均を中心に左右対称なつりがね形をした確率の分布です。ガウスが観測の誤差を分析するのに使ったことから、ガウス分布ともよばれます。テストの点数や身長など多くのデータがこの形に近く、偏差値もこの考えにもとづいています。

ガウスの有名な名言は何ですか?

「数学は科学の女王であり、整数論は数学の女王である」がよく知られています。また、印章には「Pauca sed matura(少なく、しかし熟したもの)」ときざみ、完成した研究だけを発表する姿勢をつらぬいたといわれます。

ガウスの弟子にはだれがいますか?

リーマン予想で知られるベルンハルト・リーマンや、実数の切断で知られるリヒャルト・デデキントが、ゲッティンゲン大学でガウスに学びました。ガウスはリーマンの就職のための講演の題目をえらんだともいわれます。

ガウスは中学受験や高校受験にも関係がありますか?

あります。中学受験の等差数列の和・規則性の問題、高校受験の連続する整数の和の説明問題は、ガウスの1〜100の和の考え方そのものです。大学受験では、ガウス記号・合同式・複素数平面・正規分布が出題されます。

あわせて読みたい

出典・参考

  • G. Waldo Dunnington, “Carl Friedrich Gauss: Titan of Science”(1955年)
  • W. Sartorius von Waltershausen, “Gauss zum Gedächtniss”(1856年)
  • C. F. Gauss, “Disquisitiones Arithmeticae”(1801年)
  • 肖像画:Christian Albrecht Jensen「Carl Friedrich Gauss」(1840年)、Wikimedia Commons(パブリックドメイン)

最終更新:2026年10月29日/作成:大学受験合格大作戦