有名な数学者一覧 › 19世紀 › ドイツ
大学受験大学院入試
デデキントRichard Dedekind
ひとことで言うと
「実数とは何か」をはじめて数学的に定義した、ガウス最後の弟子の一人。切断・イデアル・無限の定義で、数学の土台を作り直した。
| 名前 | リヒャルト・デデキント(Richard Dedekind) |
|---|---|
| 生没年 | 1831年10月6日〜1916年2月12日(84歳) |
| 国 | ドイツ(ブラウンシュヴァイク生まれ、同地で亡くなる) |
| 分野 | 代数学・整数論・実数論・集合論 |
| 主な業績 | デデキントの切断(実数の定義)、イデアルの理論、無限集合の定義、自然数の理論、ディリクレ『数論講義』の編集 |
| 名前がつくもの | デデキントの切断・デデキント環・デデキント無限・デデキントのゼータ関数・イータ関数・デデキント数 |
| よばれ方 | ガウスの最後の弟子(の一人) |
このページのポイント
- 数直線を有理数の2組に分けるデデキントの切断で、実数を数学的に定義した。これが「実数の連続性(すき間がない)」の土台
- 素因数分解が1通りにならない数の世界を、イデアル(数の集まり)の考えで立て直した。のちの環論・代数的整数論の出発点
- 「自分の一部分と1対1にできるのが無限」と定義し、自然数の理論をつくった。ペアノの公理と並ぶ
デデキントは何をした人?(業績をひとことで)
リヒャルト・デデキント(1831〜1916年)は、ドイツの数学者です。ガウスの最後の弟子の一人として知られ、「実数とは何か」をはじめてはっきり定義した人です。数直線を「切断」して、その切れ目に実数を対応させる方法を考え、無理数に確かな土台を与えました。さらに、整数論でのイデアルの理論、無限集合の定義、自然数の理論など、20世紀の抽象代数学や集合論につながる道具をたくさん作りました。
受験生にとってのデデキントは、まず「実数の連続性」の人です。高校数学で習う実数の性質(有理数と無理数)、中学3年で習う無理数(√2など)が、なぜ数直線をすき間なく埋めるのか。この問いに最初に答えたのがデデキントです。また集合の考え方や有理数の意味、大学の解析学の入口で出会う「切断」も、デデキントの名前とセットで登場します。
うかるくん
無理数って、√2=1.41421356…ってずっと続く数ですよね。でも「数」っていえるのはなんでですか?
合格先生
いい質問だね。「ずっと続く小数」は、実は終わりが見えないから、はっきり「これが数だ」と言いにくかった。デデキントは「有理数を2組に分ける切れ目」で数を定義して、この不安を解消したんだ。

デデキントの生涯と年表
数学の先生の家に生まれて
デデキントは1831年10月6日、ドイツ北部のブラウンシュヴァイクで生まれました。ガウスと同じ町です。4人きょうだいの末っ子で、父は法律にくわしい大学の教授でした。家には知的な空気があり、少年デデキントははじめ物理学や化学に興味を持ちましたが、しだいに数学の論理的な美しさにひかれていきます。のちに生涯結婚せず、姉のユリエと同じ家で暮らしたことが知られています。
ゲッティンゲンでガウスに学ぶ
1850年にゲッティンゲン大学へ進み、ガウスの講義(最小二乗法など)を聞きました。1852年には博士号を取ります。ガウスにとって、デデキントは最後の博士課程の弟子とされています。しかしデデキントは、ガウスよりもむしろ、そのあと着任したディリクレの講義に大きな影響を受けました。ディリクレの講義はとても分かりやすく、デデキントは「数論の話はこうやって書くものだ」と学んだのです。同じころゲッティンゲンにいたリーマンの業績と生涯とも親しくなり、のちにリーマンの論文集をまとめて世に出しました。
チューリヒで「切断」を思いつく
1858年、デデキントはスイスのチューリヒ工科大学に着任し、微分積分の授業を受け持ちました。ところが、「数列が単調に増えて上に有界なら、収束する」という事実を教えようとしたとき、根拠を数直線のイメージに頼るしかないことに気づきます。「これでは証明になっていない」。この不満から、同年11月に切断の考えが生まれたと、本人が書き残しています。
実数の理論を発表
1862年からは、故郷のブラウンシュヴァイク工科大学の教授になり、1894年まで勤めました。教える仕事が多く、じっくり研究をまとめる時間が取れる環境だったといわれます。1872年、切断のアイデアを『連続性と無理数』にまとめて発表しました。同じ年、カントールと集合論にスイスの山の中で出会い、2人は無限についての手紙のやりとりを続けます。1888年には自然数と無限の理論を『数とは何か、何であるべきか』にまとめました。
晩年と、その名がのこったもの
デデキントは1894年に教授を退いたあとも、数学の研究と著作を続けました。多くの学会の会員になり、名誉博士号も贈られましたが、静かな暮らしを好んだといわれます。1916年2月12日、故郷のブラウンシュヴァイクで84歳で亡くなりました。ガウスと同じブラウンシュヴァイクで生まれ、生涯のほとんどを故郷で過ごして、そこで亡くなった数学者です。
| 年 | できごと |
|---|---|
| 1831年 | 10月6日、ドイツのブラウンシュヴァイクで生まれる |
| 1850年 | ゲッティンゲン大学に入学。ガウスの講義を聞く |
| 1852年 | 博士号を取る(ガウスの最後の博士課程の弟子とされる) |
| 1854年 | 大学教授の資格(教授資格)を取る。同じころリーマンと親しくなる |
| 1858年 | チューリヒ工科大学の教授に。11月に「切断」の考えを思いつく |
| 1862年 | ブラウンシュヴァイク工科大学の教授に(1894年まで) |
| 1863年 | ディリクレの『数論講義』を編集して出版(のち第4版まで改訂) |
| 1871年 | 『数論講義』第2版の付録で、イデアルの理論をはじめて示す |
| 1872年 | 『連続性と無理数』で実数を切断で定義。カントールと出会う |
| 1888年 | 『数とは何か、何であるべきか』で無限と自然数を論じる |
| 1894年 | 教授を退く。第4版の『数論講義』でイデアル論を仕上げる |
| 1916年 | 2月12日、ブラウンシュヴァイクで亡くなる(84歳) |
デデキントの主な業績をやさしく解説
業績1 デデキントの切断(実数の定義)
有理数の意味(分数で表せる数)だけを数直線にならべると、一見すき間なく見えますが、じつは√2のようなところにすき間があります。このすき間を埋めるのが無理数です。ところが、昔の数学では「無理数とは何か」を数学的に定義していませんでした。1.41421356…と小数が続く、という説明は「終わりのない作業」であって、数そのものではないからです。
デデキントは、すべての有理数を2つの組 A・B に分けることを考えました。ルールは3つです。
- AもBも、空っぽではない。
- どの有理数も、AかBのどちらか一方にだけ入る。
- Aのどの数も、Bのどの数よりも小さい。
こうして作った「切れ目」のことを、デデキントの切断といいます。たとえば「2乗して2より小さくなる正の数(と0以下の数)」をA、それ以外をBとすれば、この切断は、数直線の√2の場所でちょうど切っていることになります。しかしAにはいちばん大きい有理数がなく、Bにもいちばん小さい有理数がありません。ここに、有理数ではない「新しい数」が入る、というわけです。
切断には2種類あります。右の組Bにいちばん小さい有理数があるとき(たとえば2)は、その有理数が切れ目の数です。AにもBにも端の数がないときは、切れ目に入る数は有理数ではない数、つまり無理数です。デデキントは、このようなすべての切断を「実数」とよぶことにしました。
デデキントは、こうして作った実数全体には「すき間がない」ことも証明しました。実数をどんなふうに2組に分けても、切れ目にちょうど1つの実数が入る。この性質は実数の連続性(完備性)とよばれ、微分積分の数列の極限の性質や中間値の定理、極限の意味の議論の土台になっています。大学1年の解析学で最初に習う「実数の公理」は、この考え方がもとです。
実数の作り方は、デデキントのほかに、カントールの「有理数の列(コーシー列)」による方法もあります。どちらも1872年に発表されました。
業績2 イデアルの理論
整数の世界では、素因数分解は1通りです。たとえば素因数分解のやり方で と分けたら、どんな順序でも同じ素数のかけ算になります。この性質があるから、整数論はきれいに進められます。
ところが、整数をもっと広げた数の世界では、この性質がこわれることがあります。たとえば ( は整数)という形の数の世界では、
と、これ以上分けられない数の積が2通りにできてしまいます。これでは、整数論の道具がそのままでは使えません。ドイツの数学者クンマーは、このとき「理想の数」という架空の数を考えて、素因数分解の一意性をすくい出そうとしました。
デデキントは、この「理想の数」を、数そのものではなく「数の集まり」として定義しました。それがイデアル(ideal)です。条件は2つだけです。「集まりの中の数どうしを足しても、集まりの中」「集まりの中の数に、世界の数をかけても、集まりの中」。たとえば整数の世界の「3の倍数全体」はイデアルです。
そしてデデキントは、イデアルのかけ算を定義し、数の世界でイデアルなら素因数分解が1通りになることを示しました。さきほどの6は、イデアルでは「素イデアル」の積として、どちらの分け方でも同じになります。この発想は、のちの環論・代数的整数論の土台になり、ネーター(抽象代数学)やヒルベルトらに受けつがれました。
業績3 無限の定義と自然数の理論
デデキントは1888年の『数とは何か、何であるべきか』で、無限を次のように定義しました。「集合が無限であるとは、自分自身の真の一部分と1対1に対応づけられること」。たとえば、自然数全体 と、偶数全体 は、 で1つずつペアにできます。偶数は自然数の一部分なのに、「同じだけある」のです。有限の集合では、こんなことはありえません。
デデキントはさらに、無限集合から出発して自然数をつくる方法を示しました。「1がある」「どの数にも次の数がある」「次の数が同じなら、もとの数も同じ」「1から出発してすべての数に届く(数学的帰納法)」という性質が、自然数の本質だと考えたのです。ほぼ同じ内容は、翌1889年にペアノの公理(自然数の公理)としてイタリアの数学者ペアノが発表しました。このため自然数の公理は、「デデキント・ペアノの公理」とよばれることもあります。数列の考え方(漸化式のもと)は、この性質を使っています。
業績4 ディリクレの『数論講義』と、集合の考え方の先がけ
デデキントは、先生のディリクレの講義ノートをまとめて、『数論講義』(1863年)として出版しました。この本は、整数論の入門書として世界じゅうで読まれ、デデキントは版を重ねるたびに、自分の新しい理論(イデアル)を付録として書き足していきました。そのため、この本の付録が「イデアル論の原典」になっています。
また、デデキントは、「集合」と「写像」を数学の中心におく考え方を早くから実践した人でもあります。カントールと手紙をやりとりし、1873年には「代数的数(整数係数の方程式の解)は自然数と1対1に対応できる」という証明の改良に協力したと伝えられています。数学を「集合と写像」で語るスタイルは、20世紀の数学の標準になりました。
デデキントの名前がつく公式・定理・用語
デデキントの名前がつく用語は、大学数学で数多く出てきます。
- デデキントの切断:実数を有理数の切れ目として定義する方法。大学1年の解析学で習います。→ 実数の意味と性質
- デデキント環(デデキント整域):イデアルが素イデアルの積に一意に分けられる環。代数的整数論で必ず出てくる、イデアル論の主役です。
- イデアル類群:イデアルを「同じ仲間」に分けて作る群。数の世界の素因数分解の「こわれ具合」をはかるものさしです。
- デデキントのゼータ関数:リーマンのゼータ関数を、より広い数の世界に広げたもの。→ リーマンの業績(ゼータ関数)
- デデキントのイータ関数:複素数の関数のひとつで、整数の「分割」の数を数えるのに使われます。ラマヌジャンの研究とも関係があります。→ ラマヌジャンの業績と生涯
- デデキント無限:自分の真部分集合と1対1に対応できる集合。
- デデキント数:n個の元の集合の、ある種の部分集合族を数えた数( で 2, 3, 6, 20, 168, 7581)。1897年にデデキントが考えました。

合格先生
「デデキント」の名前は、受験では「実数の連続性」の説明で出てくることが多いよ。「数直線にすき間はない」というのは、デデキントが数学的に言い直した言葉なんだ。
デデキントの逸話と名言
「証明できることは、証明なしに信じてはならない」
デデキントは『数とは何か、何であるべきか』の序文で、数学者としての姿勢をこう書いています。
科学で証明できることは、証明なしに信じてはならない。
数や数直線のように「当たりまえ」と思われているものほど、あえて証明を求めた人でした。受験の答案で「図を見れば明らか」と書きたくなったとき、思い出したい言葉です。
「数は人間の精神の自由な創造物」
同じ序文には、「数は人間の精神の自由な創造物である」という言葉があります。数は自然の中にあるのではなく、人間が作った道具だ、という見方です。数学者クロネッカーの有名な言葉「整数は神が作った。ほかはすべて人間のしわざだ」(クロネッカーの言葉として伝えられます)と対比されることもあります。デデキントは、整数さえも人間が作ったと考えたのです。
「全部デデキントにある」
ドイツの女性数学者エミー・ネーターと抽象代数学は、デデキントを深く尊敬していて、「すべてはもうデデキントの中にある」と口ぐせのように言った、と伝えられています。ネーターは、デデキントのイデアルの考え方をさらに発展させ、現代の抽象代数学をつくり上げました。
リーマンと、「同級生」
1854年、デデキントとリーマンは、ほぼ同じころにゲッティンゲン大学で教授資格を取りました。2人は仲がよく、1859年には一緒にベルリンへ行ったことが知られています。デデキントは、のちにリーマンの論文集を編集して、リーマンの大胆なアイデアが失われないようにしました。リーマンは39歳で亡くなりましたが、その遺稿が世に出たのは、デデキントのおかげといってよいでしょう。
静かな暮らし
デデキントは派手な逸話の少ない人です。生涯結婚せず、姉と一緒に暮らし、故郷の町で長く教えて、静かに研究を続けた、と伝えられています。論文数は多くありませんが、一つ一つが数学の基礎を作り直すほどの重みを持ちました。「少なく、しかし熟したもの」というガウスの姿勢を、デデキントは受けついでいたようにも見えます。
サクラちゃん
「数は人間が作った」って、なんだかすごい考え方ですね!
合格先生
そうだね。でも、作ったからこそ、ルールをはっきり決めて、すき間のない形にする必要があった。デデキントは「何となく分かる」を、きっちり「証明できる」にした人なんだ。
受験・勉強とデデキントのつながり
中学受験・高校受験:数の種類を整理する
中学受験や高校受験の算数・数学では、整数・分数・小数、そして中学3年で出てくる無理数の区別が基本です。「循環する小数は分数になる」「終わらない小数でくり返しがないものが無理数」といった知識は、実数の理解の入口です。有理数・無理数・循環小数の見分け方は、有理数の世界を理解する重要な道具です。
大学受験:実数の連続性、はさみうち、収束
数学III(極限)では、「上に有界な単調増加数列は収束する」という定理が出てきます。この定理は、デデキントの実数の連続性から証明されます。入試で「はさみうちの原理」や「中間値の定理」を使うとき、それは実数にすき間がないから成り立つのです。また、「 が無理数であることを証明せよ」という問題は、背理法の典型です。デデキントの切断を使うと、「 に当たる有理数は存在しない」ことが、より深い意味で理解できます。
大学・大学院入試:イデアルと環論
理系の学部では、1年の解析学で「実数の公理」、2年の代数学で「環とイデアル」が出てきます。大学院入試の代数分野では、イデアル、剰余環、素イデアル、極大イデアル、PID(主イデアル整域)といった用語が頻出です。 で素因数分解が1通りにならない例は、ほぼ必ず出る標準的な題材です。京都大学の整数問題の傾向は、京大理系数学の出題分析(整数問題の出方)も参考になります。
勉強法として:「当たりまえ」を疑う
デデキントの切断のすごさは、「数直線にすき間がない」という当たりまえの事実を、はじめて証明の対象にしたところにあります。勉強していて、「これは当たりまえ」と思ったところに、実は大事な考え方がかくれていることがあります。解答を書くときも、「なぜそうなるか」を自分の言葉で説明してみると、理解が深まります。数学の勉強の進め方は、数学の勉強法(解法の暗記→演習→過去問)も読んでください。数学で使う記号は数学でよく使う記号の意味一覧(∈・⊂・∞)にまとめています。
デデキントがその後の数学にあたえた影響
- 解析学の基礎:実数の構成は、20世紀の解析学・位相空間論の土台になりました。ワイエルシュトラス(ε-δ論法)やコーシー(極限の厳密化)の仕事とあわせて、微分積分が論理的にきちんとした学問になります。
- 代数学:イデアルの理論は、ネーターによる環論、ヒルベルトの『数論報告』、さらに日本の高木貞治(類体論)の仕事へつながります。
- 集合論と論理学:無限の定義と自然数の理論は、カントールの集合論とともに、20世紀の数学基礎論の出発点になりました。ゲーデル(不完全性定理)の仕事も、この流れの中にあります。
- 数学のスタイル:「集合と写像」で数学を語り、公理から証明を積み上げる書き方は、デデキントの本から広まったといわれます。現代の大学数学の教科書の形は、デデキントの影響が大きいのです。
実数の定義は、今では「デデキントの切断」と「コーシー列」の2つの方法が教科書にのっています。どちらで定義しても同じ実数全体になることが知られています。デデキントの考えは、数直線を見るたびに、静かに私たちの数学を支えています。
デデキントに挑戦!練習問題
やさしい
- 自然数全体と、3の倍数全体を、1対1に対応させる式を答えなさい。
答えと解説を見る
です。、、 …と、1つずつペアになります。3の倍数は自然数の一部分なのに、自然数と同じだけあることになります(デデキントの無限)。 - 整数全体の中で、「6の倍数全体」は、足してもまた6の倍数になります。 はいくつですか。また、6の倍数に整数をかけるとどうなりますか。
答えと解説を見る
は6の倍数です。6の倍数に整数をかけても、必ず6の倍数です( など)。この2つが成り立つので、6の倍数全体はイデアルです。
ふつう
- 整数のイデアル と について、「どちらにも入る数」の集まりは、何の倍数全体ですか。
答えと解説を見る
4の倍数でも6の倍数でもある数は、4と6の最小公倍数12の倍数です。つまり です。 - で、 を2通りに分けなさい。
答えと解説を見る
です。右側は で確かめられます()。
むずかしい
- 有理数の集合 には、最大の数がないことを示しなさい。
答えと解説を見る
、 の有理数に対して を考えます。 も有理数で、 なので もAに入ります。さらに より です。よってAには、どんな よりも大きい要素があり、最大の数はありません。
デデキントと関係する数学者
- ガウス(デデキントの先生):ゲッティンゲンでデデキントに博士号をあたえた、最後の弟子の1人です。
- ディリクレ(『数論講義』の著者):デデキントが講義ノートを編集し、イデアル論を付録に書き足しました。
- リーマン(ゲッティンゲンの仲間):同じ年に教授資格を取り、デデキントは遺稿の編集者になりました。
- カントール(無限の議論の相手):1872年に出会い、集合論について手紙をやりとりしました。
- ネーター(イデアル論の後継者):デデキントの考えを発展させ、抽象代数学を作りました。
- ペアノ(自然数の公理):デデキントとほぼ同じ時期に、自然数の公理を発表しました。
数学の公式を1つずつ学ぶなら算数・数学の公式一覧(公式辞典)、数学の用語は数学用語辞典(用語の意味を1語1ページ)で調べられます。
19世紀の数学者
- ソフィ・ジェルマンの業績と生涯
フェルマーの最終定理の研究(ジェルマン素数)。男性の名前で論文を送った - ガウスの業績と生涯
1から100までの和を一瞬で出した少年。正十七角形の作図・『整数論』・最小二乗法。「数学の王」 - コーシーの業績と生涯
極限を使って微分積分を厳密にした。コーシー・シュワルツの不等式 - メビウスの業績と生涯
裏と表がない「メビウスの帯」 - ロバチェフスキーの業績と生涯
平行線の公理が成り立たない「非ユークリッド幾何学」 - アーベルの業績と生涯
5次方程式には解の公式がないことを証明。アーベル賞の名前のもと - ボーヤイ(1802〜1860)
ロバチェフスキーと別に非ユークリッド幾何学を発見 - ヤコビ(1804〜1851)
楕円関数・ヤコビアン(変数変換) - ディリクレ(1805〜1859)
鳩の巣原理(ディリクレの部屋割り論法)・算術級数定理 - ハミルトン(1805〜1865)
四元数を発見。ケーリー・ハミルトンの定理 - ガロアの業績と生涯
方程式が解けるかどうかを「群」で判定(ガロア理論)。20歳で決闘で亡くなった - エイダ・ラブレスの業績と生涯
解析機関のためのプログラムを書いた「最初のプログラマー」
← 前の時代:リーマンの業績と生涯 | 次の時代:カントールの業績と生涯 →
有名な数学者一覧(年代順・国別・分野別)で、ほかの数学者も見られます。数学者たちが挑んだ問題は数学の難問・未解決問題の一覧にまとめています。
読みもの(合格大作戦の数学の記事)
- 算数・数学の公式一覧(公式辞典)
公式・証明・例題を1つずつ - 数学用語辞典(用語の意味を1語1ページ)
素数・漸近線など200語 - 算数・数学 公式と用語の一覧(学年別・分野別)
公式辞典と用語辞典の入口 - 数学でよく使う記号の意味一覧
∞・Σ・∫ などの記号と読み方 - 数学の勉強法(解法の暗記→演習→過去問)
青・黄・赤チャートの使い分け - 京大理系数学の出題分析(1999〜2026年度)
大問別一覧と頻出分野ランキング - ギリシャ文字の読み方一覧(24文字)
θ・Σ・π・λ は数学で何に使う?
よくある質問
デデキントは何をした人ですか?
デデキントは、19世紀のドイツの数学者です。有理数を2つの組に分けて実数を定義する「デデキントの切断」、整数論のイデアルの理論、無限集合の定義と自然数の理論などで、現代数学の土台を作りました。
デデキントの切断とは何ですか?
すべての有理数を、左の組Aと右の組Bに分ける方法です。Aのどの数もBのどの数より小さいと決めます。その切れ目に入る数を実数と考え、√2のような無理数をはっきり定義しました。
デデキントの切断はなぜ大切なのですか?
「数直線にすき間がない」という実数の連続性を、証明できる形にしたからです。微分積分の極限・中間値の定理・上に有界な単調数列の収束など、解析学の多くの定理はこの性質から証明されます。
イデアルとは何ですか?
数の世界の中の「数の集まり」で、足しても、世界の数をかけても、集まりの中にとどまるものです。たとえば整数なら、3の倍数全体がイデアルです。デデキントは、素因数分解が1通りにならない世界をイデアルで立て直しました。
デデキントは何歳で亡くなりましたか? どこの人ですか?
デデキントは1831年10月6日に生まれ、1916年2月12日に84歳で亡くなりました。ドイツ北部のブラウンシュヴァイクで生まれ、同じ町で亡くなりました。ガウスの出身地と同じです。
デデキントとガウスの関係は?
デデキントは、ゲッティンゲン大学で1852年にガウスのもとで博士号を取りました。ガウスの最後の博士課程の弟子とされています。ただし、実際の学問上の影響は、ディリクレから受けた部分が大きいといわれます。
デデキントの無限の定義とは何ですか?
「集合が無限であるとは、自分の真の一部分と1対1に対応づけられること」という定義です。たとえば自然数全体は、偶数全体とn↔2nで1つずつペアにできるので、無限集合です。
デデキントの有名な言葉は何ですか?
「科学で証明できることは、証明なしに信じてはならない」と、「数は人間の精神の自由な創造物である」が、『数とは何か、何であるべきか』の序文にある言葉として知られます。
デデキントは受験とどう関係しますか?
高校数学の「実数の連続性」「上に有界な単調増加数列は収束する」はデデキントの考えがもとです。大学では実数の公理とイデアルを習い、大学院入試の代数分野ではイデアルや環が頻出です。
デデキントの名前がつく用語にはどんなものがありますか?
デデキントの切断、デデキント環、デデキント無限、デデキントのゼータ関数、イータ関数、イデアル類群、デデキント数などがあります。大学の解析学と代数学でたびたび登場します。
あわせて読みたい
出典・参考
- MacTutor History of Mathematics Archive, “Richard Dedekind”(セントアンドリューズ大学)
- R. Dedekind, “Stetigkeit und irrationale Zahlen”(1872年)
- R. Dedekind, “Was sind und was sollen die Zahlen?”(1888年)
- 肖像写真:作者不明「Richard Dedekind」、Wikimedia Commons(File:Dedekind.jpeg、パブリックドメイン)
最終更新:2026年10月29日/作成:大学受験合格大作戦



