デデキントは何をした人?業績・生涯・名言をわかりやすく|デデキントの切断・イデアル・無限の定義

デデキントは何をした人?業績・生涯・名言をわかりやすく|デデキントの切断・イデアル・無限の定義

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デデキントRichard Dedekind

ひとことで言うと

「実数とは何か」をはじめて数学的に定義した、ガウス最後の弟子の一人。切断・イデアル・無限の定義で、数学の土台を作り直した。

名前リヒャルト・デデキント(Richard Dedekind)
生没年1831年10月6日〜1916年2月12日(84歳)
国ドイツ(ブラウンシュヴァイク生まれ、同地で亡くなる)
分野代数学・整数論・実数論・集合論
主な業績デデキントの切断(実数の定義)、イデアルの理論、無限集合の定義、自然数の理論、ディリクレ『数論講義』の編集
名前がつくものデデキントの切断・デデキント環・デデキント無限・デデキントのゼータ関数・イータ関数・デデキント数
よばれ方ガウスの最後の弟子(の一人)

このページのポイント

  • 数直線を有理数の2組に分けるデデキントの切断で、実数を数学的に定義した。これが「実数の連続性(すき間がない)」の土台
  • 素因数分解が1通りにならない数の世界を、イデアル(数の集まり)の考えで立て直した。のちの環論・代数的整数論の出発点
  • 「自分の一部分と1対1にできるのが無限」と定義し、自然数の理論をつくった。ペアノの公理と並ぶ

デデキントは何をした人?(業績をひとことで)

リヒャルト・デデキント(1831〜1916年)は、ドイツの数学者です。ガウスの最後の弟子の一人として知られ、「実数とは何か」をはじめてはっきり定義した人です。数直線を「切断」して、その切れ目に実数を対応させる方法を考え、無理数に確かな土台を与えました。さらに、整数論でのイデアルの理論、無限集合の定義、自然数の理論など、20世紀の抽象代数学や集合論につながる道具をたくさん作りました。

受験生にとってのデデキントは、まず「実数の連続性」の人です。高校数学で習う実数の性質(有理数と無理数)、中学3年で習う無理数(√2など)が、なぜ数直線をすき間なく埋めるのか。この問いに最初に答えたのがデデキントです。また集合の考え方や有理数の意味、大学の解析学の入口で出会う「切断」も、デデキントの名前とセットで登場します。

うかるくん

うかるくん

無理数って、√2=1.41421356…ってずっと続く数ですよね。でも「数」っていえるのはなんでですか?

合格先生

合格先生

いい質問だね。「ずっと続く小数」は、実は終わりが見えないから、はっきり「これが数だ」と言いにくかった。デデキントは「有理数を2組に分ける切れ目」で数を定義して、この不安を解消したんだ。

デデキントの肖像写真
晩年のデデキント(リヒャルト・デデキント、1831〜1916年)画像:作者不明(ウィキメディア・コモンズ、パブリックドメイン)

デデキントの生涯と年表

数学の先生の家に生まれて

デデキントは1831年10月6日、ドイツ北部のブラウンシュヴァイクで生まれました。ガウスと同じ町です。4人きょうだいの末っ子で、父は法律にくわしい大学の教授でした。家には知的な空気があり、少年デデキントははじめ物理学や化学に興味を持ちましたが、しだいに数学の論理的な美しさにひかれていきます。のちに生涯結婚せず、姉のユリエと同じ家で暮らしたことが知られています。

ゲッティンゲンでガウスに学ぶ

1850年にゲッティンゲン大学へ進み、ガウスの講義(最小二乗法など)を聞きました。1852年には博士号を取ります。ガウスにとって、デデキントは最後の博士課程の弟子とされています。しかしデデキントは、ガウスよりもむしろ、そのあと着任したディリクレの講義に大きな影響を受けました。ディリクレの講義はとても分かりやすく、デデキントは「数論の話はこうやって書くものだ」と学んだのです。同じころゲッティンゲンにいたリーマンの業績と生涯とも親しくなり、のちにリーマンの論文集をまとめて世に出しました。

チューリヒで「切断」を思いつく

1858年、デデキントはスイスのチューリヒ工科大学に着任し、微分積分の授業を受け持ちました。ところが、「数列が単調に増えて上に有界なら、収束する」という事実を教えようとしたとき、根拠を数直線のイメージに頼るしかないことに気づきます。「これでは証明になっていない」。この不満から、同年11月に切断の考えが生まれたと、本人が書き残しています。

実数の理論を発表

1862年からは、故郷のブラウンシュヴァイク工科大学の教授になり、1894年まで勤めました。教える仕事が多く、じっくり研究をまとめる時間が取れる環境だったといわれます。1872年、切断のアイデアを『連続性と無理数』にまとめて発表しました。同じ年、カントールと集合論にスイスの山の中で出会い、2人は無限についての手紙のやりとりを続けます。1888年には自然数と無限の理論を『数とは何か、何であるべきか』にまとめました。

晩年と、その名がのこったもの

デデキントは1894年に教授を退いたあとも、数学の研究と著作を続けました。多くの学会の会員になり、名誉博士号も贈られましたが、静かな暮らしを好んだといわれます。1916年2月12日、故郷のブラウンシュヴァイクで84歳で亡くなりました。ガウスと同じブラウンシュヴァイクで生まれ、生涯のほとんどを故郷で過ごして、そこで亡くなった数学者です。

年できごと
1831年10月6日、ドイツのブラウンシュヴァイクで生まれる
1850年ゲッティンゲン大学に入学。ガウスの講義を聞く
1852年博士号を取る(ガウスの最後の博士課程の弟子とされる)
1854年大学教授の資格(教授資格)を取る。同じころリーマンと親しくなる
1858年チューリヒ工科大学の教授に。11月に「切断」の考えを思いつく
1862年ブラウンシュヴァイク工科大学の教授に(1894年まで)
1863年ディリクレの『数論講義』を編集して出版(のち第4版まで改訂)
1871年『数論講義』第2版の付録で、イデアルの理論をはじめて示す
1872年『連続性と無理数』で実数を切断で定義。カントールと出会う
1888年『数とは何か、何であるべきか』で無限と自然数を論じる
1894年教授を退く。第4版の『数論講義』でイデアル論を仕上げる
1916年2月12日、ブラウンシュヴァイクで亡くなる(84歳)

デデキントの主な業績をやさしく解説

業績1 デデキントの切断(実数の定義)

有理数の意味(分数で表せる数)だけを数直線にならべると、一見すき間なく見えますが、じつは√2のようなところにすき間があります。このすき間を埋めるのが無理数です。ところが、昔の数学では「無理数とは何か」を数学的に定義していませんでした。1.41421356…と小数が続く、という説明は「終わりのない作業」であって、数そのものではないからです。

デデキントは、すべての有理数を2つの組 A・B に分けることを考えました。ルールは3つです。

  • AもBも、空っぽではない。
  • どの有理数も、AかBのどちらか一方にだけ入る。
  • Aのどの数も、Bのどの数よりも小さい。

こうして作った「切れ目」のことを、デデキントの切断といいます。たとえば「2乗して2より小さくなる正の数(と0以下の数)」をA、それ以外をBとすれば、この切断は、数直線の√2の場所でちょうど切っていることになります。しかしAにはいちばん大きい有理数がなく、Bにもいちばん小さい有理数がありません。ここに、有理数ではない「新しい数」が入る、というわけです。

切断(きりだん)で√2をつくる0123切れ目=√2ABA:2乗が2より小さい数B:2乗が2より大きい数有理数を左右2組に分けると、その切れ目に√2が入る
有理数を、2乗して2より小さいA(青)とそれ以外のB(赤)に分ける。切れ目に入る数が√2

切断には2種類あります。右の組Bにいちばん小さい有理数があるとき(たとえば2)は、その有理数が切れ目の数です。AにもBにも端の数がないときは、切れ目に入る数は有理数ではない数、つまり無理数です。デデキントは、このようなすべての切断を「実数」とよぶことにしました。

切断には2種類ある(上:有理数2/下:無理数√2)右の組Bに「いちばん小さい数」2がある2ABAにもBにも「端の数」がない√2AB端の数がないとき、切れ目が「無理数」になる
切断の2種類。端の数がある場合は有理数、ない場合は無理数

デデキントは、こうして作った実数全体には「すき間がない」ことも証明しました。実数をどんなふうに2組に分けても、切れ目にちょうど1つの実数が入る。この性質は実数の連続性(完備性)とよばれ、微分積分の数列の極限の性質や中間値の定理、極限の意味の議論の土台になっています。大学1年の解析学で最初に習う「実数の公理」は、この考え方がもとです。

実数の作り方は、デデキントのほかに、カントールの「有理数の列(コーシー列)」による方法もあります。どちらも1872年に発表されました。

業績2 イデアルの理論

整数の世界では、素因数分解は1通りです。たとえば素因数分解のやり方で 12=2×2×312=2\times2\times3 と分けたら、どんな順序でも同じ素数のかけ算になります。この性質があるから、整数論はきれいに進められます。

ところが、整数をもっと広げた数の世界では、この性質がこわれることがあります。たとえば a+b−5a+b\sqrt{-5}(a,ba,b は整数)という形の数の世界では、

6=2×3=(1+−5)(1−−5)6=2\times 3=(1+\sqrt{-5})(1-\sqrt{-5})

と、これ以上分けられない数の積が2通りにできてしまいます。これでは、整数論の道具がそのままでは使えません。ドイツの数学者クンマーは、このとき「理想の数」という架空の数を考えて、素因数分解の一意性をすくい出そうとしました。

素因数分解がこわれた世界62 × 3(1+√−5)(1−√−5)どちらも分けられない数なのに分け方が2通りある!「理想の数」(イデアル)を持ちこむと(6) = p・p・q・q′ (どちらの分け方も同じ)
数の世界Z[√−5]では、6の分け方が2通り。デデキントは「イデアル」を考えて一意性を取りもどした

デデキントは、この「理想の数」を、数そのものではなく「数の集まり」として定義しました。それがイデアル(ideal)です。条件は2つだけです。「集まりの中の数どうしを足しても、集まりの中」「集まりの中の数に、世界の数をかけても、集まりの中」。たとえば整数の世界の「3の倍数全体」はイデアルです。

イデアル(3)=3の倍数の集まり-3036912① 3の倍数どうしを足しても3の倍数 6+9=15② 3の倍数に整数をかけても3の倍数 6×(−4)=−24この2つが成り立つ集まりが「イデアル」
3の倍数の集まりは、足しても、整数をかけても、3の倍数のまま。これがイデアル

そしてデデキントは、イデアルのかけ算を定義し、数の世界でイデアルなら素因数分解が1通りになることを示しました。さきほどの6は、イデアルでは「素イデアル」の積として、どちらの分け方でも同じになります。この発想は、のちの環論・代数的整数論の土台になり、ネーター(抽象代数学)やヒルベルトらに受けつがれました。

業績3 無限の定義と自然数の理論

デデキントは1888年の『数とは何か、何であるべきか』で、無限を次のように定義しました。「集合が無限であるとは、自分自身の真の一部分と1対1に対応づけられること」。たとえば、自然数全体 {1,2,3,… }\{1,2,3,\dots\} と、偶数全体 {2,4,6,… }\{2,4,6,\dots\} は、n↔2nn\leftrightarrow 2n で1つずつペアにできます。偶数は自然数の一部分なのに、「同じだけある」のです。有限の集合では、こんなことはありえません。

無限=自分の一部と1対1にできる自然数偶数12243648510612……n ⇄ 2n部分(偶数)が全体(自然数)と同じ数だけある
自然数nと偶数2nのペア。一部分が全体と同じ数だけあるのが無限

デデキントはさらに、無限集合から出発して自然数をつくる方法を示しました。「1がある」「どの数にも次の数がある」「次の数が同じなら、もとの数も同じ」「1から出発してすべての数に届く(数学的帰納法)」という性質が、自然数の本質だと考えたのです。ほぼ同じ内容は、翌1889年にペアノの公理(自然数の公理)としてイタリアの数学者ペアノが発表しました。このため自然数の公理は、「デデキント・ペアノの公理」とよばれることもあります。数列の考え方(漸化式のもと)は、この性質を使っています。

業績4 ディリクレの『数論講義』と、集合の考え方の先がけ

デデキントは、先生のディリクレの講義ノートをまとめて、『数論講義』(1863年)として出版しました。この本は、整数論の入門書として世界じゅうで読まれ、デデキントは版を重ねるたびに、自分の新しい理論(イデアル)を付録として書き足していきました。そのため、この本の付録が「イデアル論の原典」になっています。

また、デデキントは、「集合」と「写像」を数学の中心におく考え方を早くから実践した人でもあります。カントールと手紙をやりとりし、1873年には「代数的数(整数係数の方程式の解)は自然数と1対1に対応できる」という証明の改良に協力したと伝えられています。数学を「集合と写像」で語るスタイルは、20世紀の数学の標準になりました。

デデキントの名前がつく公式・定理・用語

デデキントの名前がつく用語は、大学数学で数多く出てきます。

  • デデキントの切断:実数を有理数の切れ目として定義する方法。大学1年の解析学で習います。→ 実数の意味と性質
  • デデキント環(デデキント整域):イデアルが素イデアルの積に一意に分けられる環。代数的整数論で必ず出てくる、イデアル論の主役です。
  • イデアル類群:イデアルを「同じ仲間」に分けて作る群。数の世界の素因数分解の「こわれ具合」をはかるものさしです。
  • デデキントのゼータ関数:リーマンのゼータ関数を、より広い数の世界に広げたもの。→ リーマンの業績(ゼータ関数)
  • デデキントのイータ関数:複素数の関数のひとつで、整数の「分割」の数を数えるのに使われます。ラマヌジャンの研究とも関係があります。→ ラマヌジャンの業績と生涯
  • デデキント無限:自分の真部分集合と1対1に対応できる集合。
  • デデキント数:n個の元の集合の、ある種の部分集合族を数えた数(n=0,1,2,3,4,5n=0,1,2,3,4,5 で 2, 3, 6, 20, 168, 7581)。1897年にデデキントが考えました。
指し棒で説明する合格先生

合格先生

「デデキント」の名前は、受験では「実数の連続性」の説明で出てくることが多いよ。「数直線にすき間はない」というのは、デデキントが数学的に言い直した言葉なんだ。

デデキントの逸話と名言

「証明できることは、証明なしに信じてはならない」

デデキントは『数とは何か、何であるべきか』の序文で、数学者としての姿勢をこう書いています。

科学で証明できることは、証明なしに信じてはならない。

デデキント(意訳)(『数とは何か、何であるべきか』1888年・序文)

数や数直線のように「当たりまえ」と思われているものほど、あえて証明を求めた人でした。受験の答案で「図を見れば明らか」と書きたくなったとき、思い出したい言葉です。

「数は人間の精神の自由な創造物」

同じ序文には、「数は人間の精神の自由な創造物である」という言葉があります。数は自然の中にあるのではなく、人間が作った道具だ、という見方です。数学者クロネッカーの有名な言葉「整数は神が作った。ほかはすべて人間のしわざだ」(クロネッカーの言葉として伝えられます)と対比されることもあります。デデキントは、整数さえも人間が作ったと考えたのです。

「全部デデキントにある」

ドイツの女性数学者エミー・ネーターと抽象代数学は、デデキントを深く尊敬していて、「すべてはもうデデキントの中にある」と口ぐせのように言った、と伝えられています。ネーターは、デデキントのイデアルの考え方をさらに発展させ、現代の抽象代数学をつくり上げました。

リーマンと、「同級生」

1854年、デデキントとリーマンは、ほぼ同じころにゲッティンゲン大学で教授資格を取りました。2人は仲がよく、1859年には一緒にベルリンへ行ったことが知られています。デデキントは、のちにリーマンの論文集を編集して、リーマンの大胆なアイデアが失われないようにしました。リーマンは39歳で亡くなりましたが、その遺稿が世に出たのは、デデキントのおかげといってよいでしょう。

静かな暮らし

デデキントは派手な逸話の少ない人です。生涯結婚せず、姉と一緒に暮らし、故郷の町で長く教えて、静かに研究を続けた、と伝えられています。論文数は多くありませんが、一つ一つが数学の基礎を作り直すほどの重みを持ちました。「少なく、しかし熟したもの」というガウスの姿勢を、デデキントは受けついでいたようにも見えます。

サクラちゃん

サクラちゃん

「数は人間が作った」って、なんだかすごい考え方ですね!

合格先生

合格先生

そうだね。でも、作ったからこそ、ルールをはっきり決めて、すき間のない形にする必要があった。デデキントは「何となく分かる」を、きっちり「証明できる」にした人なんだ。

受験・勉強とデデキントのつながり

中学受験・高校受験:数の種類を整理する

中学受験や高校受験の算数・数学では、整数・分数・小数、そして中学3年で出てくる無理数の区別が基本です。「循環する小数は分数になる」「終わらない小数でくり返しがないものが無理数」といった知識は、実数の理解の入口です。有理数・無理数・循環小数の見分け方は、有理数の世界を理解する重要な道具です。

大学受験:実数の連続性、はさみうち、収束

数学III(極限)では、「上に有界な単調増加数列は収束する」という定理が出てきます。この定理は、デデキントの実数の連続性から証明されます。入試で「はさみうちの原理」や「中間値の定理」を使うとき、それは実数にすき間がないから成り立つのです。また、「2\sqrt{2} が無理数であることを証明せよ」という問題は、背理法の典型です。デデキントの切断を使うと、「2\sqrt{2} に当たる有理数は存在しない」ことが、より深い意味で理解できます。

大学・大学院入試:イデアルと環論

理系の学部では、1年の解析学で「実数の公理」、2年の代数学で「環とイデアル」が出てきます。大学院入試の代数分野では、イデアル、剰余環、素イデアル、極大イデアル、PID(主イデアル整域)といった用語が頻出です。Z[−5]\mathbb{Z}[\sqrt{-5}] で素因数分解が1通りにならない例は、ほぼ必ず出る標準的な題材です。京都大学の整数問題の傾向は、京大理系数学の出題分析(整数問題の出方)も参考になります。

勉強法として:「当たりまえ」を疑う

デデキントの切断のすごさは、「数直線にすき間がない」という当たりまえの事実を、はじめて証明の対象にしたところにあります。勉強していて、「これは当たりまえ」と思ったところに、実は大事な考え方がかくれていることがあります。解答を書くときも、「なぜそうなるか」を自分の言葉で説明してみると、理解が深まります。数学の勉強の進め方は、数学の勉強法(解法の暗記→演習→過去問)も読んでください。数学で使う記号は数学でよく使う記号の意味一覧(∈・⊂・∞)にまとめています。

デデキントがその後の数学にあたえた影響

  • 解析学の基礎:実数の構成は、20世紀の解析学・位相空間論の土台になりました。ワイエルシュトラス(ε-δ論法)やコーシー(極限の厳密化)の仕事とあわせて、微分積分が論理的にきちんとした学問になります。
  • 代数学:イデアルの理論は、ネーターによる環論、ヒルベルトの『数論報告』、さらに日本の高木貞治(類体論)の仕事へつながります。
  • 集合論と論理学:無限の定義と自然数の理論は、カントールの集合論とともに、20世紀の数学基礎論の出発点になりました。ゲーデル(不完全性定理)の仕事も、この流れの中にあります。
  • 数学のスタイル:「集合と写像」で数学を語り、公理から証明を積み上げる書き方は、デデキントの本から広まったといわれます。現代の大学数学の教科書の形は、デデキントの影響が大きいのです。

実数の定義は、今では「デデキントの切断」と「コーシー列」の2つの方法が教科書にのっています。どちらで定義しても同じ実数全体になることが知られています。デデキントの考えは、数直線を見るたびに、静かに私たちの数学を支えています。

デデキントに挑戦!練習問題

やさしい

  1. 自然数全体と、3の倍数全体を、1対1に対応させる式を答えなさい。
    答えと解説を見るn↔3nn\leftrightarrow 3n です。1↔31\leftrightarrow3、2↔62\leftrightarrow6、3↔93\leftrightarrow9 …と、1つずつペアになります。3の倍数は自然数の一部分なのに、自然数と同じだけあることになります(デデキントの無限)。
  2. 整数全体の中で、「6の倍数全体」は、足してもまた6の倍数になります。12+1812+18 はいくつですか。また、6の倍数に整数をかけるとどうなりますか。
    答えと解説を見る12+18=3012+18=30 は6の倍数です。6の倍数に整数をかけても、必ず6の倍数です(6×(−5)=−306\times(-5)=-30 など)。この2つが成り立つので、6の倍数全体はイデアルです。

ふつう

  1. 整数のイデアル (4)(4) と (6)(6) について、「どちらにも入る数」の集まりは、何の倍数全体ですか。
    答えと解説を見る4の倍数でも6の倍数でもある数は、4と6の最小公倍数12の倍数です。つまり (4)∩(6)=(12)(4)\cap(6)=(12) です。
  2. Z[−5]\mathbb{Z}[\sqrt{-5}] で、2121 を2通りに分けなさい。
    答えと解説を見る21=3×7=(1+2−5)(1−2−5)21=3\times7=(1+2\sqrt{-5})(1-2\sqrt{-5}) です。右側は 1+4⋅5=211+4\cdot5=21 で確かめられます((a+b−5)(a−b−5)=a2+5b2(a+b\sqrt{-5})(a-b\sqrt{-5})=a^2+5b^2)。

むずかしい

  1. 有理数の集合 A={r∣r≤0 または r2<2}A=\{r\mid r\le0 \text{ または } r^2<2\} には、最大の数がないことを示しなさい。
    答えと解説を見るr>0r>0、r2<2r^2<2 の有理数に対して s=2r+2r+2s=\dfrac{2r+2}{r+2} を考えます。ss も有理数で、s2−2=2(r2−2)(r+2)2<0s^2-2=\dfrac{2(r^2-2)}{(r+2)^2}<0 なので ss もAに入ります。さらに s−r=2−r2r+2>0s-r=\dfrac{2-r^2}{r+2}>0 より s>rs>r です。よってAには、どんな rr よりも大きい要素があり、最大の数はありません。

デデキントと関係する数学者

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19世紀の数学者

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よくある質問

デデキントは何をした人ですか?

デデキントは、19世紀のドイツの数学者です。有理数を2つの組に分けて実数を定義する「デデキントの切断」、整数論のイデアルの理論、無限集合の定義と自然数の理論などで、現代数学の土台を作りました。

デデキントの切断とは何ですか?

すべての有理数を、左の組Aと右の組Bに分ける方法です。Aのどの数もBのどの数より小さいと決めます。その切れ目に入る数を実数と考え、√2のような無理数をはっきり定義しました。

デデキントの切断はなぜ大切なのですか?

「数直線にすき間がない」という実数の連続性を、証明できる形にしたからです。微分積分の極限・中間値の定理・上に有界な単調数列の収束など、解析学の多くの定理はこの性質から証明されます。

イデアルとは何ですか?

数の世界の中の「数の集まり」で、足しても、世界の数をかけても、集まりの中にとどまるものです。たとえば整数なら、3の倍数全体がイデアルです。デデキントは、素因数分解が1通りにならない世界をイデアルで立て直しました。

デデキントは何歳で亡くなりましたか? どこの人ですか?

デデキントは1831年10月6日に生まれ、1916年2月12日に84歳で亡くなりました。ドイツ北部のブラウンシュヴァイクで生まれ、同じ町で亡くなりました。ガウスの出身地と同じです。

デデキントとガウスの関係は?

デデキントは、ゲッティンゲン大学で1852年にガウスのもとで博士号を取りました。ガウスの最後の博士課程の弟子とされています。ただし、実際の学問上の影響は、ディリクレから受けた部分が大きいといわれます。

デデキントの無限の定義とは何ですか?

「集合が無限であるとは、自分の真の一部分と1対1に対応づけられること」という定義です。たとえば自然数全体は、偶数全体とn↔2nで1つずつペアにできるので、無限集合です。

デデキントの有名な言葉は何ですか?

「科学で証明できることは、証明なしに信じてはならない」と、「数は人間の精神の自由な創造物である」が、『数とは何か、何であるべきか』の序文にある言葉として知られます。

デデキントは受験とどう関係しますか?

高校数学の「実数の連続性」「上に有界な単調増加数列は収束する」はデデキントの考えがもとです。大学では実数の公理とイデアルを習い、大学院入試の代数分野ではイデアルや環が頻出です。

デデキントの名前がつく用語にはどんなものがありますか?

デデキントの切断、デデキント環、デデキント無限、デデキントのゼータ関数、イータ関数、イデアル類群、デデキント数などがあります。大学の解析学と代数学でたびたび登場します。

あわせて読みたい

出典・参考

  • MacTutor History of Mathematics Archive, “Richard Dedekind”(セントアンドリューズ大学)
  • R. Dedekind, “Stetigkeit und irrationale Zahlen”(1872年)
  • R. Dedekind, “Was sind und was sollen die Zahlen?”(1888年)
  • 肖像写真:作者不明「Richard Dedekind」、Wikimedia Commons(File:Dedekind.jpeg、パブリックドメイン)

最終更新:2026年10月29日/作成:大学受験合格大作戦