リーマンは何をした人?業績・生涯・名言をわかりやすく|リーマン予想・リーマン積分・リーマン幾何学

リーマンは何をした人?業績・生涯・名言をわかりやすく|リーマン予想・リーマン積分・リーマン幾何学

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リーマンBernhard Riemann

ひとことで言うと

素数の秘密にせまるリーマン予想、積分の定義リーマン積分、曲がった空間のリーマン幾何学を生んだ、39歳で亡くなった天才。

名前ベルンハルト・リーマン(Bernhard Riemann)
生没年1826年9月17日〜1866年7月20日(39歳)
国ドイツ(ハノーファー王国ブレゼレンツ生まれ、ゲッティンゲンで活躍)
分野解析学(複素関数・積分)・幾何学・整数論
主な業績リーマン積分、リーマン幾何学、リーマン面、ゼータ関数とリーマン予想、コーシー・リーマンの方程式
名前がつくものリーマン積分・リーマン和・リーマン予想・リーマンのゼータ関数・リーマン幾何学・リーマン面・リーマン球面・リーマンの再配列定理
よばれ方リーマン予想の提案者(未解決のミレニアム懸賞問題)

このページのポイント

  • リーマン積分で積分を厳密に定義。高校数学Ⅲの区分求積法と同じ考え方
  • リーマン幾何学で曲がった空間を何次元でも考え、アインシュタインの一般相対性理論の数学の土台を作った
  • 素数の秘密にせまるゼータ関数とリーマン予想(ミレニアム懸賞問題・未解決)を残した。39歳で亡くなる

リーマンは何をした人?(業績をひとことで)

ベルンハルト・リーマン(1826〜1866年)は、ドイツの数学者です。ガウスの弟子として、積分の厳密な定義(リーマン積分)、曲がった空間の幾何学(リーマン幾何学)、複素関数のリーマン面、そして素数の秘密にせまるゼータ関数とリーマン予想など、19世紀の数学を大きく変える発想をいくつも生みました。結核のため39歳で亡くなりましたが、発表した論文は多くありません。それでもリーマンの名前がつく数学の用語は、積分・幾何・解析・整数論と数え切れません。

中でも有名なのがリーマン予想です。1859年の論文で、素数の分布を調べる関数(ゼータ関数)の「零点」はすべて一直線上にあるはずだ、と書いたことから生まれた予想で、160年以上たった今も、だれも証明も反証もできていません。アメリカのクレイ数学研究所が2000年に発表した、賞金100万ドルの「ミレニアム懸賞問題」7問の1つに選ばれています。ただし、これは「解けない問題」ではありません。いつか、だれかが解くかもしれない難問として、世界中の数学者が挑んでいます。

受験生にとってのリーマンは、まず「積分の定義を作った人」です。高校数学Ⅲで習う区分求積法(和の極限として積分を求める)は、リーマン積分の考え方そのものです。定積分と面積の定義も、リーマンが整えた形に近いものです。大学では複素数平面を土台にした複素関数論、そして相対性理論の数学であるリーマン幾何学に出会います。

うかるくん

うかるくん

リーマン予想って、よく聞きますけど、結局なにを予想しているんですか?

合格先生

合格先生

ひとことで言うと、「素数の並び方には、かくれたきれいなルールがある」と予想しているんだ。そのルールを調べるための関数(ゼータ関数)の、ある特別な点がすべて一直線上にあるはずだ、という予想だよ。あとで図で説明するね。

リーマンの肖像写真
37歳ごろのリーマン(1863年ごろの肖像写真)画像:Wikimedia Commons(パブリックドメイン)

リーマンの生涯と年表

牧師の家に生まれ、はにかみ屋の少年に

リーマンは1826年9月17日、ドイツ北部ハノーファー王国の小さな村ブレゼレンツに生まれました。父は牧師で、6人きょうだいの2番目でした。体が弱く、人前では内気な少年で、家で父から勉強を教わりました。計算が得意で、先生に出された問題に、すぐに答えを出してしまったと伝えられます。

ルジャンドルの分厚い本を6日で読んだ

14歳でハノーファーの学校に、のちにリューネブルクのギムナジウム(高等学校)に進みます。校長が数学の才能に気づき、ルジャンドルの『数論』(約860ページ)を貸したところ、わずか6日で読み終えて返したと伝えられます。「とてもおもしろい本でした。すっかり覚えました」と言ったといいます(逸話で、細部は確かめにくいものです)。

神学から数学へ、ガウスとディリクレに学ぶ

1846年、父の希望で神学を学ぶためにゲッティンゲン大学に入りましたが、数学の魅力に勝てず、父の許しを得て数学に転じます。ここでガウスの業績と生涯の最小二乗法の講義を聞きました。その後ベルリン大学に移り、ディリクレやヤコビの業績の講義を受けて、のびのびと才能を育てました。1851年に提出した博士論文は、複素関数の新しい土台を築く論文で、審査をしたガウスは「豊かで創造的な精神の持ち主だ」と高く評価したと伝えられます。

1854年の就職講演:幾何学を変えた日

1854年、ゲッティンゲン大学で教える資格を得るため、リーマンは講義をしなければなりませんでした。3つの題目を出し、そのうち1つをガウスが選ぶ決まりです。ガウスが選んだのは、リーマンがいちばん準備していなかった第3の題目「幾何学の基礎にある仮説について」でした。この講演でリーマンは、何次元でも曲がった空間を考えるという新しい幾何学の考え方を発表します。聴いていたガウスは、たいへん驚いて喜んだと伝えられます。

教授になり、リーマン予想が生まれる

1857年に員外教授、1859年にはディリクレのあとを継いで教授になりました。同じ1859年、ベルリン科学アカデミーの会員になった記念として、わずか8ページの論文「与えられた数より小さい素数の個数について」を発表します。この短い論文に、のちにリーマン予想とよばれる一文が書かれていました。

病気と早すぎる最期

1862年に結婚し、娘が生まれましたが、同じころから結核が悪くなりました。暖かいイタリアで療養しながら研究を続け、1866年7月20日、イタリア北部のセラスカという村で、39歳で亡くなりました。亡くなったとき、取り組んでいた論文の原稿は未完のままでした。死後、家の整理をした家政婦が、未発表の原稿の一部を処分してしまったともいわれますが、はっきりしたことは分かっていません。

年できごと
1826年9月17日、ドイツ北部のブレゼレンツで生まれる
1840年ごろ14歳で学校に入る。ルジャンドルの『数論』を6日で読んだと伝えられる
1846年ゲッティンゲン大学に入学。のち数学に専念する
1847年ベルリン大学に移り、ディリクレたちに学ぶ
1851年博士論文(複素関数、リーマン面とリーマンの写像定理の基礎)
1854年就職講演「幾何学の基礎にある仮説について」。三角級数の論文でリーマン積分を定義(発表は死後)
1857年ゲッティンゲン大学の員外教授になる
1859年ディリクレの後を継いで教授に。素数の論文でリーマン予想を書く
1862年エリーゼ・コッホと結婚
1866年7月20日、イタリアのセラスカで結核のため亡くなる(39歳)
1896年アダマールらが素数定理を証明(リーマンの論文の考えを利用)
1915年アインシュタインの一般相対性理論が、リーマン幾何学を使って完成
2000年リーマン予想が、クレイ数学研究所のミレニアム懸賞問題に選ばれる

リーマンの主な業績をやさしく解説

業績1 リーマン積分(積分の厳密な定義)

ライプニッツやニュートンの時代の積分は、「微分の逆」という感覚的なものでした。しかし19世紀になると、「そもそも積分とは何か」を正確に決めないと、矛盾が起きることが分かってきました。リーマンは、曲線の下の面積を「下から(小さい長方形)」と「上から(大きい長方形)」ではさむ形で、積分を決めました。

リーマン積分:下からと上からはさむ青=下からの和 赤=上乗せ分細かくすると2つが一致
曲線の下の面積を、下からの長方形(青)と上からの長方形(青+赤)ではさむ。細かくして2つが一致すれば、その値が積分

長方形の幅を限りなく細かくしたとき、下からの和と上からの和が同じ値に近づくなら、その値を定積分と決めます。これがリーマン積分で、高校の数学Ⅲで習う区分求積法は、この考えをそのまま使った計算法です。たとえば lim⁡n→∞∑k=1n1n(kn)2=∫01x2 dx=13\displaystyle\lim_{n\to\infty}\sum_{k=1}^{n}\frac1n\left(\frac kn\right)^2=\int_0^1x^2\,dx=\frac13 のように、和の極限を積分に直します。リーマン積分をさらに広い関数に使えるように広げたのが、のちのルベーグ積分(ルベーグの業績)です。

業績2 リーマン幾何学(曲がった空間の数学)

ユークリッド以来の幾何学では、平らな面の上の図形を考えます。ところが、地球の表面のような曲がった面の上では、図形のルールが変わります。たとえば、北極から赤道に向かう2本の経線が90度ずれていて、赤道でそれらを結ぶと、3つの角がすべて90度の三角形ができます。内角の和は270度で、平らな面の180度とはちがいます。

曲がった面の三角形北極 90°90°90°平らな面内角の和=180°球の表面内角の和=270°曲がった空間では、三角形の角の和が180°とは限らない
球の表面の三角形は3つの角がすべて90°になることがあり、内角の和は270°

リーマンは、1854年の講演で、これを何次元の空間にも広げる方法を示しました。空間の各点で「距離のはかり方」を決めると、その空間がどのくらい曲がっているか(曲率)が決まる、という考えです。師のガウスの業績と生涯は、曲面の曲がり具合が、その面の上だけで測れること(驚異の定理)を発見していましたが、リーマンはそれを一気に高い次元へ広げました。さらに、ロバチェフスキーやボーヤイの非ユークリッド幾何学も、この大きな枠組みの中に収まることが分かりました。

この幾何学は、約60年後の1915年、アインシュタインが一般相対性理論(重力を空間と時間の曲がりで説明する理論)を作るときの数学になりました。今のGPSの正確な時刻補正も、この理論を使っています。

業績3 ゼータ関数と素数の秘密

オイラーは、自然数の逆数の ss 乗を全部足した式と、素数だけを使ったかけ算の式が等しいことを発見しました(オイラー積)。

ゼータ関数:足し算=かけ算自然数すべての世界(足し算)ζ(s)=1+1/2ˢ+1/3ˢ+1/4ˢ+…=素数だけの世界(かけ算)ζ(s)=1/(1−2⁻ˢ)×1/(1−3⁻ˢ)×1/(1−5⁻ˢ)×…オイラーが発見した式(s は 1 より大きい数)リーマンは s を複素数にまで広げて、素数の秘密を探った
自然数を全部足す式と、素数だけをかける式が等しい。リーマンはこの式を複素数にまで広げた

ζ(s)=1+12s+13s+⋯=∏p : 素数11−p−s\zeta(s)=1+\frac1{2^s}+\frac1{3^s}+\cdots=\prod_{p\,:\,\text{素数}}\frac1{1-p^{-s}}

たとえば s=2s=2 のときの値は、バーゼル問題の答え π²/6です。リーマンの大発見は、この ζ(s)\zeta(s) を、ss が複素数のときにも自然に広げられる(解析接続)ことに気づいたことです。そして、この関数の「0になる点(零点)」が、素数の並びの細かい乱れを、ちょうど波の重なりのように表すことを示しました。

素数の個数 π(x) のグラフ102030青=本当の個数(階段)赤= x÷log x(なめらかな近似)30以下の素数は10個。階段のずれを調べる
素数の個数 π(x) は階段のように増える。なめらかな曲線 x÷log x がおおまかな大きさを表す

素数の個数を表す階段状のグラフは、なめらかな曲線 x÷log⁡xx\div\log x に近い形で増えていきます(ガウスが少年時代に予想した素数の法則です)。リーマンは、この曲線とのずれを、ゼータ関数の零点を使った公式で正確に表しました。1896年、アダマールとド・ラ・ヴァレ・プーサンは、リーマンの論文の考えを使って、この「素数定理」を証明しました。

業績4 リーマン予想(いつか解かれるかもしれない難問)

ゼータ関数の零点には、「すぐ分かる零点」(s=−2,−4,−6,…s=-2,-4,-6,\dots)と、「そうでない零点(自明でない零点)」があります。リーマンは1859年の論文で、自明でない零点は、すべて実部が 12\tfrac12 の直線の上にあるはずだ、と書きました。これがリーマン予想です。

リーマン予想:零点は一直線上?01/21実部虚部予想:零点は赤い線上
ゼータ関数の自明でない零点(赤い点)は、実部1/2の直線の上にならぶ、というのがリーマン予想

これまでに、コンピュータで何兆個もの零点が調べられ、すべて直線の上にあることが確かめられています。ところが、「すべての零点がそうなる」ことの証明は、まだ見つかっていません。もし証明されれば、素数の並びのずれの大きさが正確に分かり、数論の多くの未解決問題が一気に解決します。逆に、もし反例が1つ見つかれば、それも大発見です。

すべての根が実数(実部が1/2の直線の上)であることは、たいへんありそうなことだ。厳密な証明がほしいところだが、いくつかの試みが実らなかったので、今回の研究の目的には不要と考え、しばらく脇に置くことにした。

リーマン(1859年の論文「与えられた数より小さい素数の個数について」。趣旨を日本語にしたもの)(ドイツ語の原文では、根が実数であることを「ありそうだ」と述べている)

じつはリーマン自身は、この予想を「ありそうだ」と述べているだけで、証明を探したが見つからなかったので、いったん置いたと書いています。ですから「リーマンが解けなかった問題」というより、「リーマンが気軽に残した一文が、160年以上、世界中の数学者を悩ませている」というのが正確です。クレイ数学研究所のミレニアム懸賞問題7つのうち、これまでに解決されたのは「ポアンカレ予想」だけ(ペレルマンが証明)。残りの6つに、リーマン予想も入っています。

業績5 複素関数論の土台(リーマン面・リーマンの写像定理)

リーマンは、博士論文で、複素数を変数とする関数(複素関数)が「なめらか」であるための条件(コーシー・リーマンの方程式)を土台に、新しい理論を作りました。また、z\sqrt z のように、1つの入力に対して答えが2つ出る「多価関数」を、何枚かの面をつなぎ合わせた曲面(リーマン面)の上で、1つの値を取る関数として考える方法を発明しました。これは、図形(幾何)と式(解析)をつなぐ大発明で、のちの代数幾何学の出発点になりました。

さらに、リーマンはフーリエ級数の研究から、積分の定義を深めました(業績1)。条件つきで収束する級数は、足す順番を入れかえると、和が変わってしまう(リーマンの再配列定理)という不思議な事実も示しました。たとえば、ライプニッツの級数のように、正負が交互にならぶ級数でも、順番を変えれば、どんな値にも近づけられます。数列の極限と無限級数の和を学ぶとき、足す順番が結果に関係することを意識すると、理解が深まります。

リーマンの名前がつく公式・定理・用語

リーマンの名前がつくものは、大学の数学で数えきれないほど出てきます。

  • リーマン積分・リーマン和:区分求積法の考え方で積分を決める。→ 区分求積法の解き方
  • リーマンのゼータ関数 ζ(s)\zeta(s):素数と自然数をつなぐ関数。→ バーゼル問題(ζ(2)の値)
  • リーマン予想:ゼータ関数の自明でない零点は、すべて実部1/2の直線上にある(未解決)。
  • リーマン幾何学・リーマン多様体・リーマン曲率:曲がった空間の幾何学。一般相対性理論の数学。
  • リーマン面:多価関数を1つの値にするためのつなぎ合わせた面。
  • リーマン球面:複素数平面に「無限遠点」をたして球にしたもの。→ 複素数平面の意味
  • コーシー・リーマンの方程式:複素関数が微分可能である条件。
  • リーマンの写像定理:複素平面のある領域は、単位円に写せるという定理。
  • リーマン・ロッホの定理・リーマン・ルベーグの補題・リーマンの再配列定理など。
「ここが大事!」と説明する合格先生

合格先生

リーマンの名前がつく用語は、どれも「見方を変える」発想から生まれたものなんだ。「平らな空間」から「曲がった空間」へ、「1つの値」から「何枚もの面」へ。見方を広げると、新しい世界が見えてくる。

リーマンの逸話と名言

ガウスが選んだ「幾何学の基礎」

1854年の就職講演で、リーマンが出した3つの題目のうち、ガウスが第3の題目「幾何学の基礎にある仮説」を選んだ話は、数学史でとても有名です。ガウスは自分が長年考えていた問題だったので、若者がどう答えるか知りたかったのだ、といわれます。講演のあと、ガウスは帰り道で、同僚のヴェーバーに、リーマンの考えがどれだけ驚くべきかを熱心に話したと伝えられます。ガウスはこの講演の翌年に亡くなりました。

リーマン予想と「千年の眠り」

1900年、ヒルベルトは20世紀の数学者に向けて23の問題を出し、その8番目にリーマン予想をあげました。ヒルベルトは「もし自分が1000年の眠りから目覚めたら、最初にする質問は『リーマン予想は証明されたか?』だ」と語ったと伝えられます(言葉の細かい形は、出典によってちがうといわれます)。

もし私が千年の眠りからさめたら、最初にたずねるだろう。「リーマン予想は証明されたか?」と。

ヒルベルトの言葉として伝えられるもの(趣旨の要約。出典によって言葉が異なり、はっきりしない逸話です)

「1+2+3+…=−1/12」は本当?

インターネットでは、ゼータ関数について「1+2+3+4+…=−1/12」という式が話題になります。これは、ふつうの足し算の答えではありません。ゼータ関数を複素数の世界に広げた(解析接続した)関数の s=−1s=-1 での値が −112-\tfrac1{12} になる、という意味で、物理学(ひも理論など)でも使われます。ふつうの足し算としては、1+2+3+…は限りなく大きくなる(発散する)ので、「−1/12 になる」と言うのは正確ではありません。収束と発散の意味の違いを意識すると、この話の面白さが分かります。

内気で、病弱で、でも情熱の人

リーマンは内気で、人前で話すのが苦手だったといわれます。体が弱く、結核に苦しみながらも、イタリアの美しい湖のほとりで、亡くなる直前まで研究を続けました。最期は、湖のほとりのいちじくの木の下で、未完の仕事のことを考えながら亡くなった、と語りつがれています(細部は確かめにくい逸話です)。

サクラちゃん

サクラちゃん

リーマン予想が解けたら、すごい賞金がもらえるんですよね?

合格先生

合格先生

クレイ数学研究所の賞金は100万ドルだね。でも、数学者にとって一番のごほうびは「世界で初めて分かった」という喜びだよ。問題が難しいほど、考える過程で新しい数学が生まれるんだ。

受験・勉強とリーマンのつながり

中学受験:素数・約数・規則性

中学受験の算数で習う「素数」「素因数分解」は、リーマン予想の主役である素数の世界の入口です。素数はいくら調べても並び方に規則が見つかりにくく、だからこそ数学者を惹きつけます。たとえば、30以下の素数は 2・3・5・7・11・13・17・19・23・29 の10個です。

高校受験:図形の角の和

三角形の内角の和が180度であることは、平らな面でだけ成り立つ性質です。球の表面ではこれが成り立たない、という話は、リーマン幾何学の最初の一歩になります。

大学受験:区分求積法・数列の極限・複素数平面

京都大学・東京大学などの難関大では、区分求積法や積分と不等式の問題がよく出ます。京大理系数学の出題分析(積分・極限の出方)を見ると、積分が毎年の最重要分野の1つであることが分かります。

勉強法として:定義にもどる

リーマンの積分は、「積分とは何か」という定義に立ちもどって、考え直すことから生まれました。受験でも、問題が解けないときは、公式ではなく定義にもどると、道が開けることがよくあります。数学の勉強の進め方は数学の勉強法(解法の暗記→演習→過去問)も読んでください。数式中のギリシャ文字(ζ・Σ・∫)の読み方はギリシャ文字の読み方一覧(ζ・σ・Σ)も便利です。

リーマンがその後の数学にあたえた影響

  • 解析学:リーマン積分はルベーグの積分論へ、リーマン面はワイエルシュトラスの複素関数論や、ポアンカレの位相幾何学へ発展しました。
  • 幾何学:リーマン幾何学は、クラインらの幾何学の研究や、微分幾何学の中心になりました。
  • 物理学:アインシュタインの一般相対性理論(1915年)は、リーマン幾何学を使って重力を説明しました。
  • 整数論:ゼータ関数の研究は、ヒルベルト(ヒルベルトの23問題)やアダマールらによって受けつがれ、素数定理の証明を生みました。現在もリーマン予想の研究から、新しい数学が次々に生まれています。
  • 代数幾何学・トポロジー:リーマン面の考えは、現代の代数幾何学の中心です。
  • 日本の数学者:高木貞治の類体論や小平邦彦の複素多様体の研究などは、リーマンの流れにある大きな成果です。

リーマン予想は未解決ですが、「ほとんどの零点が直線の近くにある」ことや「零点の4割以上が直線の上にある」ことなど、予想に近づく結果は少しずつ増えています。今日解かれるかもしれないし、100年後かもしれません。これを読んでいる中高生が、いつか解く人になる可能性もあるのです。

リーマンに挑戦!練習問題

やさしい

  1. y=x2y=x^2 のグラフと、xx 軸、x=2x=2 でかこまれた部分の面積を、幅1の長方形で下から(左端の高さ)と上から(右端の高さ)はさんで、範囲で答えなさい。
    答えと解説を見る下から:f(0)×1+f(1)×1=0+1=1f(0)\times1+f(1)\times1=0+1=1。上から:f(1)+f(2)=1+4=5f(1)+f(2)=1+4=5。よって 1≤S≤51\le S\le5。(本当の面積は 83≈2.67\tfrac83\approx2.67。幅を細かくするほど範囲がせまくなります)
  2. 30以下の素数は何個ありますか。
    答えと解説を見る2・3・5・7・11・13・17・19・23・29 の 10個。

ふつう

  1. 北極と、赤道上で経度が90°ちがう2点を、経線と赤道の弧でむすんでできる球面上の三角形の、内角の和を求めなさい(3つの角はすべて同じ大きさ)。
    答えと解説を見る3つの角はそれぞれ90°なので、内角の和は 270°。(平らな面の三角形は180°)
  2. ゼータ関数のオイラー積で、s=2s=2 のとき、素数2と3だけの積 11−2−2×11−3−2\dfrac1{1-2^{-2}}\times\dfrac1{1-3^{-2}} の値を求めなさい。
    答えと解説を見る11−14=43\dfrac1{1-\frac14}=\dfrac43、11−19=98\dfrac1{1-\frac19}=\dfrac98。かけて 43×98=\dfrac43\times\dfrac98= 32\dfrac32。(ζ(2)=π2/6≈1.645\zeta(2)=\pi^2/6\approx1.645 に近づいていきます)

むずかしい

  1. 区分求積法を使って、lim⁡n→∞1n∑k=1n(kn)2\displaystyle\lim_{n\to\infty}\frac1n\sum_{k=1}^{n}\left(\frac kn\right)^2 を求めなさい。
    答えと解説を見る∫01x2dx=[x33]01=\displaystyle\int_0^1x^2dx=\left[\frac{x^3}3\right]_0^1= 13\dfrac13。(和 n(n+1)(2n+1)6n3\dfrac{n(n+1)(2n+1)}{6n^3} の極限としても求められます)
  2. s=12+tis=\dfrac12+ti(tt は実数)のとき、1−s1-s を求め、ss の共役複素数と等しいことを確かめなさい。
    答えと解説を見る1−s=1−12−ti=12−ti1-s=1-\dfrac12-ti=\dfrac12-ti。ss の共役複素数は s‾=12−ti\overline{s}=\dfrac12-ti なので、一致します。(リーマン予想の直線上の点は、1−s=s‾1-s=\overline{s} をみたす点です)

リーマンと関係する数学者

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よくある質問

リーマンは何をした人ですか?

リーマンは、19世紀のドイツの数学者です。積分を厳密に決めたリーマン積分、曲がった空間の幾何学であるリーマン幾何学、複素関数のリーマン面、そして素数の分布を調べるゼータ関数とリーマン予想など、解析・幾何・整数論で革新的な発想を生みました。39歳で亡くなりました。

リーマン予想とは何ですか?

リーマン予想は、リーマンのゼータ関数の自明でない零点が、すべて実部1/2の直線の上にあるという予想です。素数の並び方の規則に深く関わり、1859年にリーマンが論文で述べました。160年以上たった今も証明も反証もされておらず、ミレニアム懸賞問題(賞金100万ドル)の1つです。

リーマン予想はなぜ有名で、なぜ重要なのですか?

素数は数の世界の基本ですが、並び方に規則が見つかりにくいことが知られています。リーマン予想が証明されれば、素数の分布のずれの大きさが正確に分かり、数論の多くの問題が解決します。コンピュータで何兆個もの零点が確かめられていますが、証明はまだありません。

リーマン積分とは何ですか?

曲線の下の面積を、下からの長方形の和と上からの長方形の和ではさみ、幅を限りなく細かくして、両方が同じ値に近づくとき、その値を積分とする定義です。高校数学Ⅲの区分求積法は、この考え方を使っています。

リーマン幾何学とは何ですか?

曲がった空間の幾何学です。空間の各点で距離のはかり方を決めると、その空間の曲がり具合が決まるという考え方で、何次元の空間にも使えます。アインシュタインの一般相対性理論の数学として使われました。

リーマンは何歳で亡くなりましたか?どこの国の人ですか?

リーマンは1826年9月17日にドイツのブレゼレンツで生まれ、1866年7月20日にイタリア北部のセラスカで結核のため39歳で亡くなりました。

リーマンとガウスの関係を教えてください。

リーマンはゲッティンゲン大学でガウスに学びました。1854年の就職講演の題目はガウスが選び、リーマンが発表した「幾何学の基礎にある仮説について」をガウスが聴いて驚いたと伝えられます。ガウスはその翌年に亡くなりました。

1+2+3+…=−1/12 は本当ですか?

ふつうの足し算としては、1+2+3+…は限りなく大きくなるので、−1/12 にはなりません。ただし、ゼータ関数を複素数の世界に広げた関数の s=−1 での値が −1/12 になります。この値は、物理学などで使われることがあります。

リーマン予想は解けましたか?

いいえ、まだ解けていません。ミレニアム懸賞問題7問のうち、解決したのはポアンカレ予想(ペレルマンが証明)だけです。リーマン予想は未解決で、世界中の数学者が挑んでいます。いつか解かれるかもしれない難問です。

リーマンは受験に関係しますか?

大学受験で出る区分求積法は、リーマン積分の考え方そのものです。ほかに、定積分と面積、数列の極限と無限級数、複素数平面も関連が深いです。中学受験の素数の問題は、リーマン予想の主役である素数の入口です。

あわせて読みたい

出典・参考

  • Detlef Laugwitz, “Bernhard Riemann 1826–1866: Turning Points in the Conception of Mathematics”(1999年)
  • MacTutor History of Mathematics, “Georg Friedrich Bernhard Riemann”
  • B. Riemann, “Über die Anzahl der Primzahlen unter einer gegebenen Grösse”(1859年)
  • B. Riemann, “Über die Hypothesen, welche der Geometrie zu Grunde liegen”(1854年)
  • Clay Mathematics Institute, “Millennium Problems: Riemann Hypothesis”
  • 肖像:Georg Friedrich Bernhard Riemann(1863年ごろ)、Wikimedia Commons(パブリックドメイン)

最終更新:2026年10月29日/作成:大学受験合格大作戦