ラグランジュは何をした人?業績・生涯・名言をわかりやすく|未定乗数法・四平方定理・平均値の定理

ラグランジュは何をした人?業績・生涯・名言をわかりやすく|未定乗数法・四平方定理・平均値の定理

有名な数学者一覧 › 18世紀 › イタリア・フランス

高校受験大学受験

ラグランジュJoseph-Louis Lagrange

ひとことで言うと

解析力学を完成させ、未定乗数法・四平方定理・平均値の定理などを残した、オイラーの後継者。19歳で教授になり、ベルリンとパリで活躍した。

名前ジョゼフ=ルイ・ラグランジュ(Joseph-Louis Lagrange)
生没年1736年1月25日〜1813年4月10日(77歳)
国イタリア(トリノ)生まれ、ドイツ(ベルリン)・フランス(パリ)で活躍
分野解析学・数論・代数・力学・天文学
主な業績未定乗数法、四平方定理の証明、ウィルソンの定理の証明、方程式の解の研究(群論の先がけ)、平均値の定理、ラグランジュ補間、解析力学(1788年)、ラグランジュ点
名前がつくものラグランジュの未定乗数法・平均値の定理・補間・ラグランジュ点・ラグランジアン・群のラグランジュの定理
よばれ方18世紀の最も偉大な数学者の一人、オイラーの後継者

このページのポイント

  • 未定乗数法は、条件つきの最大・最小を、接する条件で解く方法。大学入試の別解でも使える
  • 四平方定理(すべての自然数は4つ以下の平方数の和)を1770年に証明。平均値の定理は「ラグランジュの平均値の定理」ともよばれる
  • 19歳で砲兵学校の先生に。オイラーの後任としてベルリンへ。解析力学を図なしの式だけでまとめ、メートル法の委員も務めた

ラグランジュは何をした人?(業績をひとことで)

ジョゼフ=ルイ・ラグランジュ(1736〜1813年)は、イタリアで生まれ、のちにフランスで活躍した数学者・天文学者です。解析力学(物体の動きを、エネルギーを使った式で表す方法)をまとめあげ、未定乗数法、四平方定理の証明、方程式の解き方の研究、平均値の定理、ラグランジュ補間など、数学と物理の多くの分野に名前の残る仕事をしました。「18世紀の最も偉大な数学者の一人」とよばれ、同じ時代のオイラーの業績と生涯の後継者と見られています。

受験生にとってのラグランジュは、まず「ラグランジュの未定乗数法」です。大学入試では、条件つきの最大・最小問題で出題されることがあり、ラグランジュの未定乗数法の公式と証明を知っていると、入試の別解や検算に役立ちます。高校数学では、平均値の定理の使い方と証明も「ラグランジュの平均値の定理」とよばれます。大学に進むと、テイラー展開とテイラーの定理(ラグランジュの剰余項)や、群論の「ラグランジュの定理」にも出会います。

うかるくん

うかるくん

ラグランジュって、名前がついた定理が多すぎて、どれがどれだか分からないです……。

合格先生

合格先生

そう感じるのは自然だよ。ラグランジュは「共通の見方」で数学と物理をまとめた人なんだ。未定乗数法も、補間も、力学も、「変化するものを、全体の式の中でうまく扱う」という考えでつながっているよ。名前ごとに分けて覚えるより、どこで使うかで整理しよう。

ラグランジュの肖像画
ジョゼフ=ルイ・ラグランジュ(肖像画。作者と描かれた年は、Commons では未記載)画像:作者不明/Wikimedia Commons(パブリックドメイン)

ラグランジュの生涯と年表

トリノで生まれた「数学少年」

ラグランジュは1736年1月25日、イタリア北部のトリノ(当時はサルデーニャ王国)で生まれました。生まれたときの名前はイタリア語風の「ジュゼッペ・ルドヴィコ・ラグランジア」で、家はフランス系の血をひく人もいたと伝えられます。のちにフランスで活躍したため、フランス風の名前で知られるようになりました。

はじめはラテン語や文学が好きで、数学にはそれほど興味がなかったといわれます。転機は、天文学者ハレー(ハレー彗星で有名な人)が書いた、ニュートンの微積分についての文章を読んだことでした。ラグランジュはそれをきっかけに数学にのめり込み、短い期間で独学で力をつけた、と伝えられます。

19歳で教授に、オイラーとの文通

ラグランジュは19歳のとき、トリノの王立砲兵学校(軍の学校)の先生になりました(1755年9月28日)。同じ時期に、オイラーへ手紙を送り、変分法(関数を変えると全体の値がどう変わるかを調べる方法)の新しい方法を伝えました。オイラーはこれに強い感銘を受け、自分の論文の発表をおさえて、ラグランジュの仕事が先に世に出るようにしたという話が伝わっています(細かい事情は資料によって説明がちがいます)。

ベルリンで21年、オイラーの後継者に

1766年、ラグランジュはドイツ(プロイセン)のベルリン科学アカデミーに招かれ、10月に到着、11月6日に数学部長の地位につきました。この地位は、ロシアに戻ったオイラーの後任でした。ラグランジュは、以前、ベルリンから誘われたとき、「オイラーがいる間は、ベルリンは私にふさわしくない」と書いて断ったと伝えられます。これはオイラーへの敬意を示す手紙として知られています。プロイセン王フリードリヒ2世は、「ヨーロッパ最大の王が、最大の数学者を宮廷に置きたい」という趣旨で招いた、という話が有名です(ことば自体は伝承です)。

ベルリンでの約20年間に、ラグランジュは四平方定理(1770年)やウィルソンの定理の証明(1771年)、方程式の解き方の研究など、数論と代数に大きな仕事をしました。そして、力学の大著『解析力学(Mécanique analytique)』をここで書き上げ、1788年に出版しました。

フランス革命の時代、パリへ

1787年5月、ラグランジュはパリの科学アカデミーに迎えられ、ベルリンを去りました。その後、フランス革命(1789年〜)の混乱の中でも、研究は続けられました。1790年にはメートル法のもとになる度量衡(どりょうこう)委員会のメンバーとなり、1793年には委員長になりました(ほかの委員が追放されたため)。革命のあいだ、友人の化学者ラヴォアジエが処刑されたとき、ラグランジュは「この頭を落とすのは一瞬だが、同じ頭を作るには100年でも足りないだろう」と話した、と伝えられます。

ナポレオンの時代と晩年

1795年に新しくできた高等師範学校(エコール・ノルマル)で教え、同じころ創立されたばかりのエコール・ポリテクニークでも教授になりました。1808年には、ナポレオンからレジオン・ドヌール勲章と伯爵の称号を与えられています。1813年4月10日、パリで77歳で亡くなり、パンテオン(フランスの偉人をまつる霊廟)に葬られました。

年できごと
1736年1月25日、イタリアのトリノで生まれる
1754年ごろ数学に目覚め、変分法の研究を始めたと伝えられる
1755年19歳で王立砲兵学校の先生に。オイラーへ変分法の手紙を送る
1766年ベルリン科学アカデミーの数学部長に(オイラーの後任)
1770年四平方定理(すべての自然数は4つ以下の平方数の和)を証明
1771年ウィルソンの定理を証明。方程式の解の入れかえを調べる(群論の先がけ)
1772年三体問題の研究。ラグランジュ点(L4・L5)を示した
1787年パリの科学アカデミーに移る
1788年『解析力学』を出版
1790年度量衡(どりょうこう)委員会(メートル法)の委員に。1793年に委員長
1795年高等師範学校で教える。エコール・ポリテクニークでも教授に
1797年『解析関数の理論』を出版
1808年ナポレオンからレジオン・ドヌール勲章と伯爵の称号
1813年4月10日、パリで亡くなる(77歳)。パンテオンに葬られる

ラグランジュの主な業績をやさしく解説

業績1 ラグランジュの未定乗数法(条件つきの最大・最小)

「x+y=10x+y=10 のとき、xyxy の最大値を求めよ」のような、条件つきの最大・最小問題を考えます。ふつうは、y=10−xy=10-x を代入して1変数にします。しかし、条件の式が複雑になると、この方法が使えません。そこでラグランジュが考えたのが未定乗数法です。

未定乗数法のイメージ(5, 5)x+y=10xy=25直線と曲線がちょうど接するところが、最大の点
x+y=10 の直線と xy=c の曲線。ちょうど接するのは xy=25 のときで、接点は(5,5)

図のように、条件の線に曲線がちょうど接するところで、最大や最小になります。「接する」ということは、2つの線の向き(勾配ベクトル)がそろうということです。これを式にしたものが、次の条件です。

∇f=λ∇g(g=0)\nabla f=\lambda\nabla g\quad(g=0)

この例では、f=xyf=xy、g=x+y−10g=x+y-10 とおくと、(y, x)=λ(1, 1)(y,\,x)=\lambda(1,\,1) となり、x=yx=y が出ます。条件の x+y=10x+y=10 から x=y=5x=y=5、最大値は 25 です。λ\lambda は、答えのあとで不要になる数なので、「未定(まだ決まっていない)乗数」とよばれます。くわしい証明と問題はラグランジュの未定乗数法の公式と証明で学べます。最大・最小の別の道具は2次関数の最大・最小・多変数関数の極値です。

業績2 四平方定理(1770年)

「どんな自然数も、4つ以下の平方数の和で書ける」という定理です。たとえば、7=4+1+1+17=4+1+1+1、15=9+4+1+115=9+4+1+1 です。7や15は、3つ以下では書けません。

四平方定理(ラグランジュ)7 = 4+1+1+1411115 = 9+4+1+19411どんな自然数も、平方数4つ以下の和で書ける
7=4+1+1+1、15=9+4+1+1。平方数の正方形を4つならべて、どんな自然数も作れることを示す

これは、フランスのフェルマーの業績と生涯が予想し、オイラーも証明を目ざしたものの完成できなかった問題でした。ラグランジュが1770年に初めて完全な証明を発表しました(のちにオイラーの仕事を使って簡単にした証明も知られています)。フェルマーは「すべての自然数は3つ以下の三角数の和」「4つ以下の平方数の和」などのパターンを予想していて、ガウスの業績と生涯が三角数のほうを証明しました。

ラグランジュは同じころ、ウィルソンの定理(素数 pp について (p−1)!≡−1(modp)(p-1)!\equiv-1 \pmod p)の証明も発表しました。この定理は、合同式(mod)の計算やフェルマーの小定理の証明と使い方と合わせて、整数の問題で使う道具です。また、「ペル方程式 x2−Ny2=1x^2-Ny^2=1 には、かならず自然数解がある」ことを初めて完全に証明したのも、ラグランジュと伝えられます。

業績3 方程式の解き方を調べた:群論への道

2次方程式には解の公式があり、3次・4次にもあります。では、5次方程式はどうでしょうか。ラグランジュは1770年から71年にかけて、方程式の解を入れかえたとき、式がどう変わるかを、くわしく調べました。3次や4次の方程式の解き方が、なぜうまくいくかを説明しようとしたのです。

この研究で、ラグランジュは「解を入れかえる操作(置換(ちかん))」が重要だと気づきました。そして、「入れかえてもその値が変わらない式」の種類の数が、全体の入れかえの数の約数になっていることを見つけています。これは、のちの群論のラグランジュの定理(部分群の位数は、もとの群の位数の約数)につながるアイデアです。5次方程式に解の公式がないことは、のちにアーベル(5次方程式)とガロア理論が示しました。ラグランジュは、その道を開いた人の一人です。

業績4 ラグランジュ補間:通る点から式を作る

いくつかの点が与えられたとき、それらをすべて通る多項式を求める方法を補間といいます。ラグランジュの方法は、とても分かりやすい形をしています。

ラグランジュ補間(0, 1)(1, 3)(2, 2)y = −1.5x² + 3.5x + 1点を1つずつ「担当」する式を足し合わせる
3点(0,1)、(1,3)、(2,2)を通る2次の放物線。それぞれの点を担当する式を足し合わせて作る

点 (x1,y1),(x2,y2),(x3,y3)(x_1,y_1),(x_2,y_2),(x_3,y_3) を通る2次式は、次のように書けます。

P(x)=y1(x−x2)(x−x3)(x1−x2)(x1−x3)+y2(x−x1)(x−x3)(x2−x1)(x2−x3)+y3(x−x1)(x−x2)(x3−x1)(x3−x2)P(x)=y_1\frac{(x-x_2)(x-x_3)}{(x_1-x_2)(x_1-x_3)}+y_2\frac{(x-x_1)(x-x_3)}{(x_2-x_1)(x_2-x_3)}+y_3\frac{(x-x_1)(x-x_2)}{(x_3-x_1)(x_3-x_2)}

各項は、自分の点のところで yiy_i、ほかの点のところで0になるように作られています。それを足し合わせるので、全部の点を通ります。図の例では、P(x)=−32x2+72x+1P(x)=-\frac32x^2+\frac72x+1 になります。

この方法は、ニュートンの補間公式と同じ多項式を、別の形で表したものです。(補間の公式は、イギリスのウェアリングが1779年に、オイラーも1783年に発表しており、ラグランジュは1795年に講義で扱ったと説明されます。名前は、のちにラグランジュに結びつけられました。)

業績5 平均値の定理と微積分の厳密化

高校数学Ⅲで習う平均値の定理は、「ラグランジュの平均値の定理」ともよばれます。

平均値の定理(y=x³ の例)abc赤:両端を結ぶ線緑:同じ傾きの接線f(b)−f(a)=f′(c)(b−a) の c がある
y=x³ の x=0 から x=2 まで。両端を結ぶ直線と同じ傾きの接線が、途中の点でひける

区間 [a,b][a,b] で連続、(a,b)(a,b) で微分できる関数 f(x)f(x) について、f(b)−f(a)b−a=f′(c)\dfrac{f(b)-f(a)}{b-a}=f'(c) となる cc が a<c<ba<c<b の間にある、という定理です。「平均の速さに等しい瞬間の速さが、かならずある」と説明できます。車が1時間で60km走ったなら、どこかの瞬間にちょうど時速60kmだった、ということです。

ラグランジュは、1797年の『解析関数の理論』で、微分積分を「級数(きゅうすう)」で作り直そうとしました。この試みは完全には成功しませんでしたが、のちにコーシーの極限と連続の定義が極限を使って微積分を厳密にするきっかけになりました。テイラー展開の剰余項を表す式の1つにも、ラグランジュの名がついています。

業績6 解析力学とラグランジュ点

1788年の『解析力学』は、ニュートンの力学を、図ではなく式だけで表した大著です。ラグランジュは序文で、「この本には図がまったくない」と書いたと伝えられます。ニュートンは図形(幾何学)で力学を語りましたが、ラグランジュは「運動エネルギーと位置エネルギーの差(ラグランジアン)」という量を使い、どんな力学の問題も同じ式で解けるようにしました。

ラグランジュは、天体の動きも調べました。1772年、三体問題(太陽・地球・月のように、3つの天体が引き合うときの動き)の特別な場合を解きました。このとき、正三角形の位置にあたるL4・L5を見つけ、一直線上のL1〜L3(オイラーが1767年に発見ずみ)と合わせてラグランジュ点とよばれています。

太陽と地球のラグランジュ点太陽地球L1L2L3L4L5L4・L5は太陽と地球と正三角形をつくる位置
太陽と地球のまわりのラグランジュ点L1〜L5。L4とL5は太陽と地球と正三角形をつくる位置にある

ラグランジュ点は、2つの天体の間で、小さな天体が同じ位置にとどまれる5つの場所です。L1〜L3は一直線上にあり、L4・L5は正三角形の頂点にあたります。現代の宇宙望遠鏡や観測衛星が、太陽と地球のL1やL2のあたりに置かれています。木星の軌道上のL4・L5付近には、トロヤ群とよばれる小惑星がたくさん見つかっています。

ラグランジュの名前がつく公式・定理・用語

ラグランジュの名前がつくものは、数学・物理を合わせてとても多く、「ラグランジュの~」という言葉は大学で何度も出てきます。

  • ラグランジュの未定乗数法:条件つき最大・最小を求める方法。→ 未定乗数法の公式と入試での使い方
  • ラグランジュの平均値の定理:高校数学Ⅲの平均値の定理。→ 平均値の定理の証明と問題
  • ラグランジュ補間:点を通る多項式の作り方。
  • 四平方定理:すべての自然数は4つ以下の平方数の和。
  • ラグランジュの定理(群論):有限群の部分群の位数は、群の位数の約数。
  • ラグランジュ点・ラグランジアン・ラグランジュの運動方程式:天体と力学の用語。
  • ラグランジュの恒等式:コーシー・シュワルツの不等式の等号が成り立つ場合まで表せる式(ベクトルの内積と外積の関係)。
  • そのほか、ラグランジュの剰余項(テイラー展開)、ラグランジュの微分方程式などがあります。
「ここが大事!」と説明する合格先生

合格先生

高校では「ラグランジュの平均値の定理」と「未定乗数法」の2つをまず覚えておこう。入試の別解として使えると強いよ。ただし、答案は教科書の範囲の方法で書けるようにしておくのが基本だよ。

ラグランジュの逸話と名言

「もし私が金持ちだったら、数学をやっていなかっただろう」

ラグランジュの家は、もとは裕福でしたが、父が投資に失敗して財産を失ったと伝えられます。ラグランジュ本人は後年、「もし自分が金持ちだったら、おそらく数学に打ち込まなかっただろう」と語ったといわれます。貧しさのおかげで、自分の才能に気づいた、という意味だと説明されます。

もし私が金持ちだったなら、おそらく数学に身をささげなかっただろう。

ラグランジュ(MacTutor(セント・アンドルーズ大学)の伝記が紹介する言葉。言い回しは訳によってちがう)

オイラーへの敬意

1765年、プロイセン王から誘われたとき、ラグランジュは「オイラーがいるかぎり、ベルリンは私にふさわしくない」と返事をしたと伝えられます。実際にオイラーがロシアへ戻ったあと、翌年ベルリンに移りました。先輩数学者への敬意を示すエピソードとして、よく引かれます。

ラヴォアジエの死を悲しむ

1794年、友人の化学者ラヴォアジエが、革命政府によって処刑されました。ラグランジュは、「この頭を落とすのに一瞬しかかからなかったが、これと同じ頭を作るには100年でも足りない」と言った、と伝えられます。

この頭を落とすのは一瞬だったが、同じような頭を生み出すには百年でも足りないだろう。

ラグランジュ(ラヴォアジエの処刑について)(1794年。MacTutor が紹介する言葉。言い回しは訳によってちがう)

ナポレオンの評価

ナポレオンは、ラグランジュを高く評価していたと伝えられます。「ラグランジュは、数学の科学の、高くそびえるピラミッドである」という言葉が、ナポレオンのものとして紹介されることがあります。ただし、正確な出典は確かめられていません。

数学に疲れて、しばらく数学をやめた?

パリに移った直後のラグランジュは、数学に熱が入らなくなり、化学や植物学、言語学などの本を読んで過ごしたといわれます。『解析力学』を書き上げたあとの、燃え尽きのようなものだったという説明もあります。のちにフランス革命が進み、大学の制度が変わったことで、ふたたび数学を教える仕事にもどり、新しい教科書も書いたと伝えられます。

サクラちゃん

サクラちゃん

19歳で先生になって、オイラーに手紙を書いたんですか! すごすぎます……。

合格先生

合格先生

すごいよね。でも、ラグランジュは大数学者に自分の発見をぶつけたから世界に知られたんだ。分からない問題や自分の考えを、先生や友だちに見せることは、受験勉強でも同じだよ。人に見せることで、考えが磨かれるんだ。

受験・勉強とラグランジュのつながり

中学受験:平方数と整数の和

中学受験では、四平方定理は出ませんが、「1・4・9・16……(平方数)の和で表す」問題はよくあります。たとえば「ある数を、いくつかの平方数の和で表しなさい」といった条件つきの数の遊びです。数のならびの規則を見つける練習として、三角数・四角数の公式も合わせて学ぶと理解が深まります。

高校受験:2次関数の最大・最小と点を通る式

高校受験では、「2点を通る直線の式を求めよ」「3点を通る放物線を求めよ」といった問題が出ます。これは、まさにラグランジュ補間の簡単な形です。2点なら直線、3点なら放物線が1つだけ決まります。

大学受験:平均値の定理・最大最小・不等式

大学受験では、ラグランジュの仕事が次のように現れます。

  • 平均値の定理(数学Ⅲ):不等式の証明や、極限の計算に使います。
  • 条件つき最大・最小:相加平均・相乗平均、コーシー・シュワルツの不等式、未定乗数法。
  • 整数問題:四平方定理、平方数の和、ウィルソンの定理が背景にある問題。
  • 合同式:素数を法とする計算(合同式(mod)の計算)。

京都大学などの難関大学で出る整数問題は、フェルマー・ラグランジュ・ガウスの整数論につながるものが多いです。京大理系数学の出題分析(整数・微積分の出題傾向)で、整数問題がどのくらい出るか確かめられます。

勉強法として:「自分で条件をうめこむ」

未定乗数法の発想は、「条件があるなら、条件も式の一部に取りこんでしまえ」ということです。受験勉強でも、問題の条件を、図や表、式の中に最初から書きこんでおくと、解く方針が見えやすくなります。数学の勉強の進め方は数学の勉強法(解法の暗記→演習→過去問)も参考にしてください。

ラグランジュがその後の数学にあたえた影響

  • 解析力学・物理学:『解析力学』は、19世紀以降の物理学の基礎になりました。ハミルトンが、ラグランジュの方法を整理し直して、量子力学にもつながる「ハミルトン力学」を作ります。
  • 代数学・群論:方程式の解の入れかえの研究は、アーベル・ガロア理論を通じて、ガロア理論と群論へ発展しました。
  • 数論:四平方定理やペル方程式の研究は、ガウスの業績と生涯の『整数論の研究』に受けつがれ、整数論が学問として確立します。
  • 解析学の厳密化:級数による微積分の再建は、コーシーやワイエルシュトラスの「ε-δ論法」への流れの出発点になりました。
  • メートル法:フランス革命のとき、ラグランジュは度量衡(どりょうこう)委員会のメンバーとして、メートル法の十進法の考え方をまとめるのに関わったと伝えられます。いま世界中で使われている単位系の、土台の1つです。
  • 最適化・機械学習:未定乗数法は、現代の最適化問題(制約つきの最小化)の基本で、経済学、工学、AIの計算にも使われています。

ラグランジュは、「数学の問題を、より大きな枠組みで見る」ことの大切さを示した人でした。

ラグランジュに挑戦!練習問題

やさしい

  1. 15を4つの平方数の和で表しなさい(0は使わない)。
    答えと解説を見る15=9+4+1+115=9+4+1+1。32+22+12+123^2+2^2+1^2+1^2。(15は3つの平方数の和では書けないので、四平方定理の例になります)
  2. 2点 (0, 1)、(1, 3) を通る直線の式を求めなさい。
    答えと解説を見る傾き=(3−1)÷(1−0)=2、切片は1なので、y=2x+1y=2x+1。

ふつう

  1. 関数 f(x)=x3f(x)=x^3 について、区間 [0,2][0,2] での平均値の定理の cc を求めなさい。
    答えと解説を見るf(2)−f(0)2−0=82=4\dfrac{f(2)-f(0)}{2-0}=\dfrac82=4。f′(x)=3x2f^{\prime}(x)=3x^2 なので 3c2=43c^2=4、c=23=233c=\dfrac{2}{\sqrt3}=\dfrac{2\sqrt3}{3}(0<c<20<c<2 をみたす)。答えはc=233c=\dfrac{2\sqrt3}{3}。
  2. x+y=10x+y=10、x>0x>0、y>0y>0 のとき、xyxy の最大値を求めなさい。
    答えと解説を見るy=10−xy=10-x を代入すると xy=x(10−x)=−(x−5)2+25xy=x(10-x)=-(x-5)^2+25。x=5x=5 のとき最大で、25。(未定乗数法でも同じ結果になります)

むずかしい

  1. x2+y2=1x^2+y^2=1 のとき、x+yx+y の最大値を、未定乗数法の考え方で求めなさい。
    答えと解説を見るf=x+yf=x+y、g=x2+y2−1g=x^2+y^2-1。(1,1)=λ(2x,2y)(1,1)=\lambda(2x,2y) より x=yx=y。2x2=12x^2=1 から x=y=12x=y=\dfrac{1}{\sqrt2} のとき最大で、2\sqrt2。(最小は −2-\sqrt2)
  2. 3点 (0, 1)、(1, 3)、(2, 2) を通る2次式 y=ax2+bx+cy=ax^2+bx+c を求めなさい。
    答えと解説を見るx=0x=0 から c=1c=1。a+b+1=3a+b+1=3、4a+2b+1=24a+2b+1=2。これを解くと a+b=2a+b=2、4a+2b=14a+2b=1 から 2a=−32a=-3、a=−32a=-\dfrac32、b=72b=\dfrac72。答えはy=−32x2+72x+1y=-\dfrac32x^2+\dfrac72x+1。(ラグランジュ補間と同じ式)

ラグランジュと関係する数学者

数学の公式を1つずつ学ぶなら算数・数学の公式一覧(公式辞典)、数学で使う記号の読み方は数学でよく使う記号の意味一覧(Σ・∫・≡)もどうぞ。

18世紀の数学者

← 前の時代:オイラーの業績と生涯 | 次の時代:ラプラスの業績と生涯 →

有名な数学者一覧(年代順・国別・分野別)で、ほかの数学者も見られます。数学者たちが挑んだ問題は数学の難問・未解決問題の一覧にまとめています。

読みもの(合格大作戦の数学の記事)

よくある質問

ラグランジュは何をした人ですか?

ラグランジュは、18〜19世紀に活躍したイタリア生まれの数学者・天文学者です。解析力学をまとめあげ、未定乗数法、四平方定理の証明、平均値の定理、ラグランジュ補間、方程式の解の研究(群論の先がけ)など、数学と物理に多くの業績を残しました。

ラグランジュの未定乗数法とは何ですか?

条件がついた最大・最小問題を解く方法です。条件の式 g=0 のもとで f の最大・最小を求めるとき、f の勾配が g の勾配の定数倍になる点を探します。この定数 λ が「未定乗数」です。

四平方定理とは何ですか?

すべての自然数は、4つ以下の平方数の和で表せるという定理です。たとえば 7=4+1+1+1、15=9+4+1+1 です。フェルマーが予想し、ラグランジュが1770年に証明しました。

ラグランジュの平均値の定理とは何ですか?

区間[a,b]で連続、(a,b)で微分可能な関数 f について、(f(b)−f(a))/(b−a)=f′(c) となる c が a と b の間にあるという定理です。平均の速さに等しい瞬間の速さがかならずある、と説明できます。

ラグランジュ点とは何ですか?

太陽と地球のような2つの天体の重力と遠心力がつり合い、小さな天体が同じ位置にとどまれる5つの場所のことです。1772年にラグランジュが三体問題の研究でL4・L5を示し、一直線上のL1〜L3は先にオイラーが見つけていました。観測衛星がL1やL2付近に置かれています。

ラグランジュはいつ、どこで亡くなりましたか?

ラグランジュは1813年4月10日にパリで亡くなりました。77歳でした。1736年1月25日に、当時サルデーニャ王国だったイタリアのトリノで生まれました。パリのパンテオンに葬られています。

ラグランジュとオイラーの関係は?

ラグランジュは19歳のとき、オイラーに変分法の手紙を送り、その才能を認められました。1766年にオイラーがロシアに戻ったあと、ベルリン科学アカデミーの数学部長の地位をラグランジュが引きつぎました。

ラグランジュの有名な逸話は何ですか?

「もし私が金持ちだったら、数学をやっていなかっただろう」という言葉や、友人ラヴォアジエの処刑に際して述べた「この頭を作るには100年でも足りない」という言葉が、伝記で紹介されます。細かい言い回しは訳によってちがいます。

ラグランジュは受験にどう関係しますか?

大学入試では、平均値の定理、条件つきの最大・最小(未定乗数法の考え方)、整数問題(平方数の和、ウィルソンの定理)、点を通る多項式(補間)などで出題されます。中学・高校受験でも、点を通る直線・放物線の式が出ます。

ラグランジュはメートル法と関係がありますか?

あります。フランス革命のとき、ラグランジュは度量衡(どりょうこう)を統一する委員会のメンバーとなり、1793年には委員長になりました。メートル法の十進法の考え方をまとめるのに関わったと伝えられます。

あわせて読みたい

出典・参考

  • MacTutor History of Mathematics, “Joseph-Louis Lagrange”(セント・アンドルーズ大学)
  • J.-L. Lagrange, “Mécanique analytique”(1788年)
  • 肖像画:作者不明「Joseph Louis Lagrange」、Wikimedia Commons(パブリックドメイン)

最終更新:2026年10月29日/作成:大学受験合格大作戦