デカルトは何をした人?業績・生涯・名言をわかりやすく|デカルト座標・x、yの書き方・円定理

デカルトは何をした人?業績・生涯・名言をわかりやすく|デカルト座標・x、yの書き方・円定理

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デカルトRené Descartes

ひとことで言うと

座標(x軸・y軸)で図形を式にする解析幾何学を生み、x・y・z や x² の書き方を広めた。「我思う、ゆえに我あり」で知られる近代哲学の父。

名前ルネ・デカルト(René Descartes)、ラテン名カルテシウス
生没年1596年3月31日〜1650年2月11日(53歳)
国フランス(ラ・エ生まれ、オランダで活躍、スウェーデンで死去)
分野幾何学・代数学・光学・哲学
主な業績解析幾何学(座標)、x・y・z と累乗の指数の書き方、『方法序説』、デカルトの円定理、屈折の法則、心身二元論
名前がつくものデカルト座標・デカルト積・デカルトの符号法則・デカルトの円定理・デカルトの葉線・デカルトの卵形線
よばれ方近代哲学の父、解析幾何学の創始者のひとり

このページのポイント

  • 図形を式で調べる座標(デカルト座標)を作り、高校の「図形と方程式」の土台になった(同じころフェルマーも別に考えた)
  • 未知数に x・y・z、既知の数に a・b・c、累乗は x2x^2 のように右上に書く、今の数式の書き方を広めた
  • 『方法序説』(1637年)の4つの規則と「我思う、ゆえに我あり」は、勉強や考え方の手本として今も読まれている

デカルトは何をした人?(業績をひとことで)

ルネ・デカルト(1596〜1650年)は、フランス生まれの数学者・哲学者です。数学では、図形を式で調べる解析幾何学(座標幾何)を生み出し、x・y・z を未知数に、a・b・c を既知の数に使う今の書き方や、x² のような累乗の指数の書き方を広めた人として知られます。哲学では「我思う、ゆえに我あり」の言葉で有名で、「近代哲学の父」とよばれます。

「座標平面」を習った人なら、もうデカルトの仕事を使っています。横軸と縦軸を引いて点を(3,2)のように表す方法を、英語ではデカルト座標(Cartesian coordinates)とよびます。デカルトのラテン語の名前が「カルテシウス(Cartesius)」だったからです。中学で習う一次関数・二次関数のグラフと直線の交点、高校の円の方程式 (x−a)²+(y−b)²=r² の求め方、二次曲線(放物線・楕円・双曲線)の公式は、すべて「図形を式で表す」というデカルトの発想の上に立っています。

うかるくん

うかるくん

デカルトって、哲学の人ですよね? 数学とどう関係があるんですか?

合格先生

合格先生

じつは数学でもすごい人なんだ。グラフのx軸・y軸、答案に書くx や y、x² の小さな2。ぜんぶデカルトが広めた書き方だよ。数学の教科書は、デカルトの発明だらけなんだ。

デカルトの肖像画(フランス・ハルスの作品にもとづく)
53歳ごろのデカルト(1649年ごろ、フランス・ハルスの作品にもとづく肖像)画像:After Frans Hals(1649年ごろ)/Wikimedia Commons(パブリックドメイン)

デカルトの生涯と年表

フランスの貴族の家に生まれ、体の弱い少年として育つ

デカルトは1596年3月31日、フランス中部トゥーレーヌ地方のラ・エという町で生まれました。この町は、のちにデカルトにちなんで「デカルト」という名前に変わっています。父は地方の裁判所につとめる法律家で、小さな貴族の家でした。母は、デカルトが1歳のころに亡くなったと伝えられます。体が弱かったデカルトは、朝おそくまでベッドで考えごとをするのが習慣になったといわれます。

ラ・フレーシュ学院で学び、「確かなもの」を求める

10歳ごろから、イエズス会の名門学校ラ・フレーシュ学院で、ラテン語・哲学・数学などを学びました。先生たちにはとても感謝していた一方で、後年のデカルトは「数学以外の学問は、確かなものがほとんどない」と感じたと語っています。その後、ポワティエ大学で法律を学び、1616年ごろに資格を得ました。

軍隊に入り、旅をして、「夢」で道が決まった

1618年、デカルトはオランダの軍隊に入ります。軍人といっても、戦いよりも、学問の仲間を探す旅のような生活でした。ここでイサーク・ベークマンという学者に出会い、数学や物理の問題を教えてもらいます。1619年11月10日の夜、ドイツで冬ごもりをしていたデカルトは、3つの夢を見て、「すべての学問を数学のように確実な方法で組み立てる」という使命を感じたと伝えられています。この夢の話はデカルト自身の書き残したメモにもとづくもので、細かい解釈は分かれます。

オランダで暮らし、『方法序説』を出す

1628年ごろ、デカルトは落ち着いて研究できる国を求めてオランダに移り、約20年を過ごしました。1637年、41歳で『方法序説』を出版します。この本は哲学の入門のような部分が本体ですが、そのあとに3つの試論(光学・気象学・幾何学)がついていて、その最後の『幾何学(La Géométrie)』が、座標と代数で図形を扱う新しい数学の出発点になりました。その後、『省察』(1641年)、『哲学原理』(1644年)などを出し、ボヘミア王女エリザベトと手紙をかわして数学や哲学を語り合いました。

スウェーデンで亡くなる

1649年、デカルトはスウェーデンの女王クリスティーナにまねかれ、ストックホルムへ行きます。女王は早朝に授業を受けたがり、朝おそくまで寝る習慣だったデカルトには、きびしい冬の早起きがつらかったといわれます。デカルトは風邪から肺炎になり、1650年2月11日に53歳で亡くなりました。死因については毒殺説なども語られましたが、肺炎とする見方が一般的です。

年できごと
1596年3月31日、フランスのラ・エ(今のデカルト)で生まれる
1607年ごろイエズス会のラ・フレーシュ学院に入る
1616年ごろポワティエ大学で法律の資格を得る
1618年オランダの軍隊に入り、ベークマンに出会う
1619年11月10日の夜、「3つの夢」を見て学問の方法を考えはじめる
1628年ごろオランダに移り、研究に打ちこむ
1637年『方法序説』と『幾何学』などを出版(座標幾何のはじまり)
1641年『省察』を出版
1643年エリザベト王女への手紙で「デカルトの円定理」を書く
1644年『哲学原理』を出版(「我思う、ゆえに我あり」のラテン語)
1649年『情念論』を出版。スウェーデン女王クリスティーナにまねかれる
1650年2月11日、ストックホルムで亡くなる(53歳)

デカルトの主な業績をやさしく解説

業績1 座標で図形を式にした(解析幾何学)

デカルトの数学でいちばん大きな業績は、図形の問題を式の問題に変えたことです。有名な(ただし本当かどうかは確かめられない)逸話があります。ベッドに寝ていたデカルトが、天井を歩くハエを見て、「ハエの場所は、壁からの2つの距離で表せる」と気づいた、というものです。後世の伝記で広まった話で、デカルト本人の記録ではありません。

ハエの場所を「2つの数」で言う角横に 3たてに 2(3,2)壁からの2つの距離で、どこにいるかが1つに決まる
天井の角から横に3、たてに2はなれた場所なら、ハエの位置は(3,2)という2つの数で決まる

この考えを平面全体に広げたのが座標です。点は2つの数の組 (x,y)(x,y) で表せます。すると、直線は y=ax+by=ax+b、円は x2+y2=r2x^2+y^2=r^2 のような式で表せ、図形の交点を求めることは連立方程式を解くことになります。

図形が「式」になるxy(3,4)345円の式x²+y²=253²+4²=25三平方の定理が、円の式そのもの
原点中心・半径5の円は x²+y²=25。円の上の点(3,4)は、3²+4²=25 を満たす

実のところ、デカルトの『幾何学』には、今の教科書にあるような「垂直な x軸と y軸」の座標平面が、そのままの形で登場するわけではありません。デカルトは図形の上に軸となる線を1本おいて、そこからの長さ x と、それに対応する長さ y で曲線を調べました。いまの座標系の形は、のちのニュートンの業績と生涯やオイラーの時代にだんだん整っていきました。また、同じころフランスのフェルマー(デカルトと同じ時期に座標を考えた人)も、デカルトと別に座標の考えにたどり着いていました。さらにさかのぼると、14世紀のオレームが、グラフに近い図を使っていたことも知られています。

業績2 数式の書き方を整えた(x、y、z と累乗の指数)

デカルトは『幾何学』で、分かっている数を a・b・c、分かっていない数(未知数)を x・y・z と、アルファベットの前のほうと後ろのほうで書き分けました。いまの数学の教科書と同じ決まりです。また、同じ数をかけたものを x2x^2、x3x^3 のように右上に小さな数字(指数)で書く方法も広めました(ただし2乗は xxxx と書いていたことも多いといわれます)。それまでは、文章で長々と書いたり、独自の記号を使ったりしていたので、式の見やすさは大きく変わりました。

x が未知数に使われる理由には、印刷所の活字の都合だったという説もありますが、確かではありません。x の手書きの書き分けについては、数式の x の書き方(エックスとカイの書き分け)で、記号の意味は数学でよく使う記号の意味一覧で確かめられます。

デカルトはもうひとつ、数の計算と作図を結びつけました。長さ1の線分を決めておくと、2つの線分の長さの「かけ算」「わり算」「平方根」が、相似な三角形を使って作図できます。これによって、x2x^2 は「面積」ではなく「長さ」として扱えるようになり、x2+xx^2+x のように次元のちがう量を足すこともできるようになりました。文字式とは何かを自由に使える今の数学は、この発想の上にあります。

業績3 『方法序説』の4つの規則(考え方の方法)

デカルトは、数学のように確実に考えを進める方法として、次の4つの規則を示しました。

『方法序説』4つの規則1明らかなことだけを真と認める2問題を小さくわける3やさしいものから順に積み上げる4もれがないか全体を見直す
『方法序説』の4つの規則。①明らかなことだけを真と認める ②問題をわける ③やさしいものから積み上げる ④全体を見直す

この4つは、数学の問題を解くときの心がまえとして、そのまま使えます。難しい問題でも、小さくわけて、やさしいところから順に片づけていけば解けることが多いのです。入試の大問が「(1)(2)(3)」とだんだん難しくなるのは、まさに③のやり方で解かせてくれているのだといえます。

業績4 円の定理、屈折の法則、多面体の研究

デカルトは数学と物理でもおもしろい発見を残しています。1643年、エリザベト王女への手紙に、3つの円がたがいにふれ合っているとき、そのすき間にぴったり入る4つ目の円の大きさを求める式を書きました。これがデカルトの円定理です。円の「曲がり具合」kk(半径の逆数)を使うと、4つの円で次の関係が成り立ちます。

(k1+k2+k3+k4)2=2(k12+k22+k32+k42)(k_1+k_2+k_3+k_4)^2=2\left(k_1^2+k_2^2+k_3^2+k_4^2\right)
デカルトの円定理(1643年)半径1半径1半径1すき間の小さな円:半径 約0.155曲がり具合 k=1÷半径 の4つの円の関係式
半径1の円3つが接しているとき、すき間の小さな円の半径は (2√3−3)/3 ≈ 0.155。デカルトの円定理で求められる

また物理では、光が空気から水へ進むときに曲がる屈折の法則を数式で示しました。入る角を θ1\theta_1、曲がったあとの角を θ2\theta_2 とすると、サインの比 sin⁡θ1sin⁡θ2\dfrac{\sin\theta_1}{\sin\theta_2} がいつも同じになる、という法則です。同じ法則はオランダのスネルも先に見つけていたといわれ、「スネル・デカルトの法則」ともよばれます(どちらが先かは、見方が分かれます)。サイン(sin)の値とグラフがここで使われています。

光の屈折(スネル・デカルトの法則)空気水・ガラスθ₁θ₂法線sinθ₁ ÷ sinθ₂ = 一定(その物質で決まる)入る角が変わっても、サインの比はいつも同じ
空気から水やガラスに入るとき、光は境目で曲がる。sinθ₁ ÷ sinθ₂ はいつも同じ値

さらにデカルトは、立体の頂点で角を足りない分(角の不足)を考え、多面体の頂点ごとの角の不足を全部足すと 4π4\pi になる、という結果をメモに残しています。これは、のちにオイラーの多面体定理(頂点−辺+面=2)として整理されるものの先ぶれだといわれています。多面体の定理はオイラーの多面体定理 V−E+F=2で確かめられます。

業績5 「我思う、ゆえに我あり」と近代哲学

デカルトは、疑える限りのものを疑ってみる「方法的懐疑」を行いました。目の前のものも、夢かもしれない。数学の計算さえ、まちがっているかもしれない。しかし、「いま疑っている私」が存在することだけは疑えない。ここから「我思う、ゆえに我あり(Je pense, donc je suis)」という、動かない出発点を得ました。この言葉は、1637年の『方法序説』ではフランス語で、1644年の『哲学原理』ではラテン語(Cogito, ergo sum)で出てきます。

デカルトは、心(精神)と体(物体)は別のものだとする心身二元論を唱え、自然を数学で説明できる機械のようなものと考えました。この見方は、ニュートンらの科学革命につながり、数学・物理の考え方を大きく変えていきました。

デカルトの名前がつく公式・定理・用語

デカルトの名前がつくものは、数学では次のようなものがあります。

  • デカルト座標(直交座標):x軸とy軸で点を表す方法。→ 座標とは(x座標・y座標)
  • デカルトの円定理:互いにふれ合う4つの円の曲がり具合の関係式(上で紹介)。
  • デカルトの符号法則:多項式 f(x)f(x) の係数の符号が変わる回数から、正の解の個数の上限が分かる定理。大学の数学で出てきます。
  • デカルトの葉線(フォリウム):x3+y3=3axyx^3+y^3=3axy で表される、葉のような形の曲線。
  • デカルトの卵形線:レンズの設計と関係する曲線。
  • デカルトの屈折の法則:スネルの法則と同じ(上で紹介)。
  • デカルト積:2つの集合 AA, BB から、組 (a,b)(a,b) を全部集めたもの。座標平面は「実数×実数」のデカルト積だといえます。
「ここが大事!」と説明する合格先生

合格先生

「デカルト座標」という言葉は、座標平面のことだよ。入試で「デカルト座標で表す」と書かれていたら、x と y で点を表す、というだけの意味。名前にびっくりしなくて大丈夫!

デカルトの逸話と名言

「良識は、この世でもっとも公平に分けられている」

『方法序説』の最初の一文は、とても有名です。「良識(ボン・サンス)は、この世でもっとも公平に分けられているものである」。つまり、考える力は人によってそう大きく変わらないので、大事なのは頭の良さよりも、それをどう使うかだ、とデカルトは言います。入試勉強にも通じる言葉です。

良識はこの世でもっとも公平に分けられているものである。

デカルト(『方法序説』(1637年)第1部の冒頭)

われ思う、ゆえにわれあり。

デカルト(フランス語では『方法序説』第4部、ラテン語では『哲学原理』(1644年))

朝のベッドの中で考える人

デカルトは、朝おそくまでベッドの中で考えごとをするのが好きだったといわれます。体が弱かったこともあり、「いちばんよく考えられるのは、あたたかいベッドの中」と語ったと伝えられますが、これは後世の伝記のなかの話で、はっきりした出典は確かめられません。天井のハエの逸話も、この習慣と結びつけて語られてきたものです。

フェルマーとのけんか

デカルトは同じ時代のフェルマーの業績と生涯と、曲線の接線を求める方法をめぐって、きびしい言い合いになりました。フェルマーが提案した方法を、デカルトが「まちがっている」と批判したのです。のちにデカルトは自分が正しく理解していなかったことを認めたといわれます。二人の数学は、のちの微分積分の誕生に大きく役立ちました。

王女エリザベトとの手紙

デカルトは、ボヘミア王女エリザベトと、長いあいだ手紙をやりとりしました。王女は数学の問題にも熱心で、デカルトは「3つの円にふれる円」の問題を手紙で出して、一緒に考えたと伝えられます。『情念論』(心と体のつながり)も、この手紙のやりとりから生まれた本です。有名な数学者が一人の読者のために、やさしく説明しようとした記録でもあります。

パスカルに会いに行った?

1647年、デカルトはパリで若いパスカルの業績と生涯に会い、真空についての議論をしたと伝えられます。このとき、パスカルに「山の上で気圧を測ってみるとよい」とすすめたという話もありますが、どちらの考えだったのか、研究者の間でも意見が分かれています。

サクラちゃん

サクラちゃん

朝おそくまで寝てた人が、早朝の授業で亡くなったなんて……。

合格先生

合格先生

そうだね。ただ、デカルトは「考えること」を一生やめなかった人だよ。体調に合わせて自分に合う勉強のリズムを作るのは、受験生にも大事なことなんだ。

受験・勉強とデカルトのつながり

中学受験・高校受験:座標とグラフ

中学受験でも、方眼の上の点や図形の移動は出ます。高校受験の数学では、一次関数 y=ax+by=ax+b のグラフと、図形の面積を座標で考える問題が必ず出ます。「2点を通る直線の式」「2直線の交点の座標」は、デカルトの座標の考えそのものです。直線に関して対称な点の求め方や点と直線の距離の公式まで、座標の道具が広がります。

大学受験:図形と方程式、ベクトル、複素数平面

高校数学IIの「図形と方程式」は、デカルトの方法の学習そのものです。円の方程式・軌跡と領域・二次曲線(数学C)・空間ベクトル・複素数平面は、すべて図形を式やベクトルで表す考え方です。京大・東大などの難関大でも、座標で処理すると見通しが一気によくなる問題が毎年のように出ます。京大理系数学の出題分析(座標・ベクトルの頻出度)も見てみてください。

デカルトに学ぶ勉強法

『方法序説』の4つの規則は、そのまま勉強法になります。①教科書や公式を、まず確実に分かるところから、②大きな単元を小さな単元にわけ、③基本から応用へ順に進め、④最後に抜けがないか総復習する。数学の勉強の進め方は数学の勉強法(解法の暗記→演習→過去問)にくわしく書きました。数学で分からない記号は算数・数学の公式一覧(公式辞典)で調べると便利です。

デカルトがその後の数学にあたえた影響

デカルトの座標と代数の考え方は、17世紀以降の数学を一変させました。

  • 微分積分の誕生:曲線を式で扱えるようになったことで、ニュートンとライプニッツが、接線の傾き(微分)と面積(積分)を自由に計算できる道が開けました。ニュートンは若いころ『幾何学』をくり返し読んだといわれます。
  • 関数のグラフ:「式をグラフで見る」ことが当たり前になり、オイラーの時代には関数の考え方が整いました。
  • 線形代数とベクトル:座標を拡張して、3次元・n次元の空間を扱う考え方が生まれました。
  • コンピューターの画面:画面上の点やゲームの絵は、デカルト座標で位置を決めています。
  • 科学革命:自然を数学で表すという見方は、ガリレオ・ニュートンへ続く近代科学の土台になりました。

数学の世界では、デカルトの名前は座標という形で、いまも毎日の授業に登場しています。

デカルトに挑戦!練習問題

やさしい

  1. 座標平面で、原点 O(0,0)と点 A(6,8)の距離を求めなさい。
    答えと解説を見る横に6、たてに8の直角三角形なので、三平方の定理から 62+82=100=\sqrt{6^2+8^2}=\sqrt{100}= 10。
  2. 2点 A(1,2)、B(5,8)の中点の座標を求めなさい。
    答えと解説を見る中点は、x座標・y座標をそれぞれ平均します。(1+52,2+82)=\left(\dfrac{1+5}{2},\dfrac{2+8}{2}\right)= (3,5)。

ふつう

  1. 2直線 y=2x+1y=2x+1 と y=−x+7y=-x+7 の交点の座標を求めなさい。
    答えと解説を見る交点では y が等しいので、2x+1=−x+72x+1=-x+7。3x=63x=6 より x=2x=2、y=2×2+1=5y=2\times2+1=5。交点は(2,5)。
  2. 中心が原点で、点(3,4)を通る円の方程式を求めなさい。
    答えと解説を見る半径の2乗は 32+42=253^2+4^2=25。よって円の方程式は x2+y2=25x^2+y^2=25(半径は5)。

むずかしい

  1. 半径1の円3つが、たがいにふれ合っています(外側から見て三角形のように)。この3つの円のすき間に、3つすべてにふれる小さな円を入れたとき、その半径を求めなさい。
    答えと解説を見る曲がり具合 k=1/半径k=1/\text{半径} を使います。k1=k2=k3=1k_1=k_2=k_3=1。デカルトの円定理から、k4=k1+k2+k3+2k1k2+k2k3+k3k1=3+23k_4=k_1+k_2+k_3+2\sqrt{k_1k_2+k_2k_3+k_3k_1}=3+2\sqrt3。半径は 13+23=3−23(3+23)(3−23)=3−23−3=\dfrac{1}{3+2\sqrt3}=\dfrac{3-2\sqrt3}{(3+2\sqrt3)(3-2\sqrt3)}=\dfrac{3-2\sqrt3}{-3}= 23−33\dfrac{2\sqrt3-3}{3}(約0.155)。
  2. f(x)=x3−2x2−x+2f(x)=x^3-2x^2-x+2 の係数の符号を並べて、デカルトの符号法則から正の解の個数の上限を言いなさい。実際の解も求めなさい。
    答えと解説を見る係数は(+,−,−,+)。符号が変わるのは「+→−」と「−→+」の2回なので、正の解は2個以下。実際は f(x)=(x−1)(x−2)(x+1)f(x)=(x-1)(x-2)(x+1) なので、解は 1,2,−1。正の解は2個で、上限と一致します。

デカルトと関係する数学者

公式の一覧は算数・数学の公式一覧(公式辞典)、数学で使う文字・ギリシャ文字はギリシャ文字の読み方一覧もどうぞ。

16〜17世紀の数学者

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読みもの(合格大作戦の数学の記事)

よくある質問

デカルトは何をした人ですか?

デカルトは、17世紀フランスの数学者・哲学者です。座標で図形を式にする解析幾何学を生み、x・y・z や累乗の指数など今の数式の書き方を広めました。哲学では「我思う、ゆえに我あり」で知られ、近代哲学の父とよばれます。

デカルトはなぜ有名なのですか?

数学と哲学の両方で、近代の出発点になったからです。数学では座標と代数で図形を調べる方法を作り、のちの微分積分の誕生を助けました。哲学では「疑える限り疑う」方法で、確実な知識の土台を探しました。

デカルト座標とは何ですか?

平面を、横のx軸と縦のy軸で表し、点を(x,y)の2つの数で決める方法です。デカルトにちなんで直交座標をこうよびます。中学の一次関数のグラフから、高校の円の方程式、ベクトルまで使われます。

x、y、zを未知数に使い始めたのはデカルトですか?

デカルトが1637年の『幾何学』で、未知数にx・y・z、既知の数にa・b・cを使い、広めたとされます。そのため今の数学の書き方のもとになったと言われます。xがえらばれた理由には諸説あります。

「我思う、ゆえに我あり」とはどういう意味ですか?

すべてを疑っても、疑っている自分がいることだけは疑えない、という意味です。デカルトは、これを動かない出発点にして、確かな知識を組み立てようとしました。フランス語では1637年の『方法序説』に出てきます。

デカルトの円定理とは何ですか?

たがいにふれ合う4つの円の「曲がり具合」(半径の逆数)k₁〜k₄に成り立つ関係式です。(k₁+k₂+k₃+k₄)²=2(k₁²+k₂²+k₃²+k₄²)で、3つの円からすき間の4つ目の円の大きさが求められます。デカルトが1643年に手紙で示しました。

天井のハエの話は本当ですか?

ベッドの上で天井のハエを見て座標を思いついた、という話は有名ですが、デカルト本人の記録ではなく、後世の伝記で広まった逸話とされます。事実かどうかは確かめられませんが、座標の発想を伝えるたとえ話として使われます。

デカルトはどうして亡くなったのですか?

1650年2月11日、スウェーデンのストックホルムで、肺炎のため53歳で亡くなったとされます。女王クリスティーナに招かれて早朝の授業をしていた寒い冬に体調をくずしたといわれます。毒殺説もありますが、確かではありません。

デカルトとフェルマーはどんな関係ですか?

同じ時代のフランスの数学者で、どちらも座標の考えにたどり着いたと言われます。曲線の接線の求め方をめぐって手紙で激しく論争したことも知られています。のちに二人の方法は、微分積分の誕生につながりました。

デカルトは受験の数学とどう関係しますか?

中学・高校の座標平面と一次関数のグラフ、高校数学IIの円の方程式・軌跡と領域、二次曲線、ベクトルや複素数平面など、図形を式で表す単元のほぼすべてがデカルトの考え方にもとづいています。

あわせて読みたい

出典・参考

  • R. Descartes, “Discours de la méthode” 付「La Géométrie」(1637年)
  • R. Descartes, “Principia Philosophiae”(1644年)
  • J. J. O’Connor and E. F. Robertson, “René Descartes”, MacTutor History of Mathematics Archive
  • Carl B. Boyer, “A History of Mathematics”
  • 肖像画:After Frans Hals「Portret van René Descartes」(1649年ごろ)、Wikimedia Commons(パブリックドメイン)

最終更新:2026年10月29日/作成:大学受験合格大作戦