ケーリーは何をした人?業績・生涯・名言をわかりやすく|行列・ケーリー・ハミルトンの定理・ケーリーの公式

ケーリーは何をした人?業績・生涯・名言をわかりやすく|行列・ケーリー・ハミルトンの定理・ケーリーの公式

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ケーリーArthur Cayley

ひとことで言うと

昼は弁護士、夜は数学者。行列の計算のきまりを整え、ケーリー・ハミルトンの定理と木の数え上げ(n^(n−2))の名を残したイギリスの数学者。

名前アーサー・ケーリー(Arthur Cayley)。ケイリーとも書く
生没年1821年8月16日〜1895年1月26日(73歳)
国イギリス(リッチモンド生まれ、ケンブリッジで活躍。幼いころはロシアで育つ)
分野代数(行列・群)・不変式論・幾何・組合せ論
主な業績行列論の確立(1858年ごろ)、ケーリー・ハミルトンの定理、ケーリーの公式、ケーリー表・ケーリーの定理、八元数、不変式論
名前がつくものケーリー・ハミルトンの定理・ケーリーの公式・ケーリー表・ケーリーの定理・ケーリー数・ケーリー変換
よばれ方サドラー純粋数学教授(ケンブリッジ大学)、弁護士数学者

このページのポイント

  • 弁護士として働いた約14年間に約250本、一生で900本以上の論文を書いた
  • 行列の計算のきまりを整え、ケーリー・ハミルトンの定理 A2−(a+d)A+(ad−bc)E=OA^2-(a+d)A+(ad-bc)E=O に名を残した
  • 番号つきの木が nn−2n^{n-2} 通りというケーリーの公式や、群のケーリー表も有名

ケーリーは何をした人?(業績をひとことで)

アーサー・ケーリー(1821〜1895年)は、イギリスの数学者です(日本語では「ケイリー」と書かれることもあります)。行列の計算のきまりを整えて行列論の土台を作り、群の考えを広め(ケーリー表・ケーリーの定理)、n個の点に番号をつけた木は nn−2n^{n-2} 通りというケーリーの公式を示しました。生涯に900本以上の論文を書いた、数学史でもトップクラスの「書く人」です。

大学入試でケーリーの名前に出会うのは、ケーリー・ハミルトンの定理(2次正方行列)です。かつて高校の数学Cで習った行列の問題では、この定理を使って AnA^n を求める問題が、難関大学でよく出ました。ケーリーは、行列とは何かの計算のルールを、いまの形に整えた人でもあります。

サクラちゃん

サクラちゃん

行列って、数字を四角にならべたものですよね。だれが考えたんですか?

合格先生

合格先生

行列を「ひとつの数のようにたして、かけて、割る」道具として整えたのがケーリーだよ。しかもケーリーは、昼は弁護士、夜は数学者という生活を14年も続けて、そのあいだに250本もの論文を書いたんだ。

アーサー・ケーリーの肖像写真
晩年に近いころのアーサー・ケーリー(1883年より前の写真)画像:Herbert Beraud(1883年より前)/Wikimedia Commons(パブリックドメイン)

ケーリーの生涯と年表

ロシアで育った少年、ケンブリッジの首席に

ケーリーは1821年8月16日、イギリスのリッチモンド(サリー州)で生まれました。父はロシアのサンクトペテルブルクで貿易商をしており、ケーリーは最初の7年間をロシアですごしたと記録されています。その後イギリスにもどって学校で学び、数学の才能がすぐに注目されました。

1838年、17歳でケンブリッジ大学トリニティ・カレッジに入学します。1842年の卒業試験では、数学で首席のシニア・ラングラーとなり、賞金つきのスミス賞も最初にとりました。その後4年間は大学のフェロー(研究員)として働き、そのあいだに『ケンブリッジ数学雑誌』に28本の論文を発表しました。

弁護士になる――でも数学はやめない

当時のイギリスの大学では、研究員でいつづけるのに制約が多かったとされます。ケーリーは大学に残る道を選ばず、1846年に法律の勉強を始め、1849年5月3日に法廷弁護士の資格を得ました。それから約14年間、ロンドンで弁護士として働きます。ところがそのあいだも、数学の研究をやめるどころか、約250本もの論文を発表しました。弁護士の仕事の合間に、また別の弁護士でもあった数学者シルヴェスターと親しくなり、いっしょに不変式論などを研究したと伝えられています。

1863年、ケンブリッジの教授に

1863年、ケーリーはケンブリッジ大学のサドラー純粋数学教授に選ばれました。収入は弁護士時代よりずっと少なくなりましたが、ケーリーは喜んで数学に専念する道を選びました。同じ年の9月8日には、スザンナ・モリーンと結婚しています。その後は亡くなるまでケンブリッジで教え、研究を続けました。

栄誉と晩年

1868〜1870年にロンドン数学会の会長、1882年にはイギリス王立協会のコプリー・メダルを受け、1883年にはイギリス科学振興協会の会長にもなりました。1884年にはド・モルガン・メダルも受けています。1895年1月26日、ケンブリッジの自宅で亡くなりました(73歳)。月面のクレーターに「ケーリー」の名前がつけられています。

ケーリーの人生:昼は弁護士、夜は数学学ぶ弁護士ケンブリッジ教授1821184918631895弁護士の約14年間に約250本の論文一生で900本以上の論文・ノートを発表1842年:ケンブリッジ首席卒業(シニア・ラングラー)
ケーリーの人生。学生時代→弁護士(約14年)→ケンブリッジ教授。弁護士の間にも約250本の論文を書いた
年できごと
1821年8月16日、イギリスのリッチモンド(サリー州)で生まれる。最初の7年間はロシアで育つ
1838年ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジに入学
1842年卒業試験で首席(シニア・ラングラー)。スミス賞を最初にとる
1843年行列式(ディターミナント)を多次元に広げる論文
1849年5月3日、法廷弁護士の資格を得る(以後約14年)
1854年抽象的な「群」についての論文、ケーリー表を考える
1855〜58年行列の計算(逆行列・積など)をまとめた論文。1858年に行列論の論文を発表
1863年ケンブリッジ大学のサドラー純粋数学教授になり、結婚する
1868〜70年ロンドン数学会の会長を務める
1882年コプリー・メダルを受ける
1889年番号つきの木の数が nn−2n^{n-2} になる公式(ケーリーの公式)を論文に書く
1895年1月26日、ケンブリッジで亡くなる(73歳)

ケーリーの主な業績をやさしく解説

業績1 行列のかけ算と行列論

数字を長方形にならべた行列は、連立方程式を書く工夫として、ケーリーより前から使われていました。ケーリーは1855〜1858年の論文で、行列を「ひとつの数のようにあつかう」ためのルールを整えました。たし算・引き算・かけ算・逆行列(割り算にあたるもの)のきまりを書き出し、行列を研究する新しい分野――行列論をつくったと評価されています。

行列のかけ算には、おどろく性質があります。ふつうの数では ab=baab=ba ですが、行列ではかける順番を変えると答えが変わるのがふつうです。

行列のかけ算は順番が大事 A1234B0110 A=(1 2 / 3 4)B=(0 1 / 1 0) AB=2143行×列を、かけて足す例:1×0+2×1=2 BA=3412AB と BA はちがう行列(AB≠BA)
2つの行列 A、B。AB と BA はちがう行列になる(行列のかけ算では順番が大事)

ハミルトンの四元数も、かける順番で答えが変わる数でした。ケーリーは四元数と行列が同じ種類の「かけ算の順番が大事な世界」だと気づいていました。高校でこの話に出会うのは行列の定義と計算・行列式の計算と性質・逆行列の求め方の単元です。

業績2 ケーリー・ハミルトンの定理

ケーリーは1858年の論文で、2次の正方行列 A=(abcd)A=\begin{pmatrix}a&b\\c&d\end{pmatrix} について、次の式が成り立つことを述べました(3次の行列の場合も確かめたと書かれています)。

A2−(a+d)A+(ad−bc)E=OA^2-(a+d)A+(ad-bc)E=O

a+da+d は対角線の数の和(トレース)、ad−bcad-bc は行列式の求め方です。この式は、行列 AA を「x2−(a+d)x+(ad−bc)=0x^2-(a+d)x+(ad-bc)=0 という方程式の xx に入れる」と、答えが零行列になる、とも読めます。この方程式は、固有値と固有ベクトルを求めるときの固有方程式です。

ケーリー・ハミルトンの定理を確かめる A=1234対角の和 a+d=1+4=5ad−bc=1×4−2×3=−2 A²7101522−5A5101520−2E2002 A²−5A−2E = O(零行列) A²−(a+d)A+(ad−bc)E=Oどんな2次正方行列でも成り立つ
A=(1 2 / 3 4) のとき、A²−5A−2E=O になる。2次正方行列で必ず成り立つのがケーリー・ハミルトンの定理

2次の場合は、実際に計算すれば確かめられます。A2A^2 の4つの成分は、a2+bca^2+bc、b(a+d)b(a+d)、c(a+d)c(a+d)、d2+bcd^2+bc です。これと (a+d)A(a+d)A の成分を引き算すると、左上は a2+bc−(a+d)a=bc−ada^2+bc-(a+d)a=bc-ad となり、これに (ad−bc)E(ad-bc)E の左上 ad−bcad-bc を足すと 0 になります。ほかの3か所も同じように 0 になるので、全体が零行列になります。入試では、この計算を知らなくても、定理として使ってかまいません。ただし、証明そのものを書かせる問題もあるので、一度は自分の手で確かめておきましょう。

一般の行列でこれが成り立つことを完全に証明したのは、ドイツのフロベニウスで、1878年のことです。ハミルトンは四元数で似た結果を示していたため、2人の名前が付きました。この定理を使うと、行列の高い累乗 A3,A4,⋯A^3,A^4,\cdots を、AA と EE の組み合わせで書けます(練習問題で試してください)。くわしくはケーリー・ハミルトンの定理の使い方にあります。

業績3 ケーリーの公式(木の数え上げ)

「点と線でできた、輪がなくてつながっている図」を木(き)といいます。点に1番からn番まで番号をつけた木は何通りあるでしょうか。

  • 点が3つ:まん中の点を1・2・3のどれにするかで3通り
  • 点が4つ:一直線の形が12通り、星の形が4通りで16通り
  • 点が5つ:125通り
番号つきの木の数(ケーリーの公式)点3つ → 3通り(3=3¹)12321331212341234一直線の形 12通り星の形 4通り点4つ → 12+4=16通り(16=4²)
番号つきの木。点が3つなら3通り、4つなら16通り。一般には n^(n−2) 通り(ケーリーの公式)

数を並べると、3=313^1、16=424^2、125=535^3 となります。一般に、点がn個なら次の式になります。

n n−2n^{\,n-2}

これがケーリーの公式です。ケーリーは1889年の論文でこの式を書きましたが、実はドイツの数学者ボルヒャルトが1860年に先に証明していたと知られています。それでも「ケーリーの公式」とよばれるのは、ケーリーが木の数え上げを広く紹介し、化学の分子の構造(炭化水素の形)を数えるのにも木を使ったからです。この公式の証明には、順列・組合せを使う美しい方法(プリューファー列)があり、カタラン数やオイラーの多面体定理といったグラフと関わる話題とともに大学の離散数学で学びます。

業績4 群の考え方とケーリー表・ケーリーの定理

ガロアの群論の「群」という考えを、数や式に限らない抽象的な(形のない)かけ算のルールとして整えたのが、ケーリーの1854年の論文です。ケーリーは、いくつかの要素について「どれとどれを組み合わせると何になるか」を表にしました。これがケーリー表です。

ケーリー表(足して4でわった余り)000123111230222301333012各行・各列に 0〜3 が1回ずつ。0 が出る所が「もどる組」
0・1・2・3 を足して4でわった余りのケーリー表。群のかけ算(ここでは足し算)のようすが一目で分かる

合同式(mod の計算)の「足して4でわった余り」も、立派な群の例です。さらにケーリーは、どんな群も、文字を入れかえる操作(置換)の群の一部とみなせることに気づきました。これをケーリーの定理とよびます。群を「かけ算の表」として扱えること、行列や四元数も群を作ることに、ケーリーははやく気づいていたといわれます。

業績5 不変式論・高次元の幾何・四色問題

ケーリーは友人のシルヴェスターとともに、座標を変えても形が変わらない式を調べる不変式論を作りました。また、3次元をこえたn次元の幾何学を、1840年代からいち早く論文に書いた数学者のひとりです。1845年には、複素数・四元数を、さらに8つ組へ広げた八元数(ケーリー数)を発表しています(同じ数は、ハミルトンの友人グレイヴスが先に見つけていたとされます)。

1878年には、ロンドン数学会で「四色問題は解決されているか」と質問したことが記録されており、これが四色問題を数学者の間に広めるきっかけのひとつになったといわれます。

ケーリーの名前がつく公式・定理・用語

  • ケーリー・ハミルトンの定理:A2−(a+d)A+(ad−bc)E=OA^2-(a+d)A+(ad-bc)E=O。→ ケーリー・ハミルトンの定理の証明と使い方
  • ケーリーの公式:番号つきの木は nn−2n^{n-2} 通り。
  • ケーリー表:群の要素どうしの組み合わせを表にしたもの。
  • ケーリーの定理:どんな群も、置換の群の一部になる。
  • ケーリー変換:直交行列と、ある種の行列を結びつける変換。大学の線形代数で出てきます。
  • ケーリー数(八元数):8つ組の数。かけ算の順番だけでなく、結合法則も成り立たなくなります。
  • ケーリー・クラインの幾何:距離を射影幾何の中に取り入れる考え方。のちのクラインのエルランゲン・プログラムにつながります。
  • ケーリー・メンガーの行列式:点どうしの距離から、できる図形の体積を求める式。
「ここが大事!」と説明する合格先生

合格先生

ケーリーの名前がつくものは、大学入試ではケーリー・ハミルトンの定理だけ覚えておけば十分。でも、大学で「群」や「グラフ」を勉強するときには、ケーリー表やケーリーの公式にまた会うよ。

ケーリーの逸話と名言

弁護士にして、900本の論文

ケーリーの最大の逸話は、弁護士の仕事をしながら約250本の論文を書いたことでしょう。その後ケンブリッジに移ってからも書きつづけ、生涯の論文・ノートは900本以上になりました。1853〜1856年は年に約10本、1857〜1860年は年に約30本を書いたと、数学史の資料に記録されています。論文は『ケーリー数学論文集』全13巻にまとめられました。

シルヴェスターとの友情

同じころ法律の仕事をしていたジェームス・ジョゼフ・シルヴェスターとは、ロンドンの法曹院で知り合い、毎日のように数学の話をしたと伝えられています。2人はこの時期の共同研究で、不変式論という新しい分野を切りひらきました。ケーリーが論文を整えて書き、シルヴェスターが新しい言葉(「行列(マトリックス)」という名前もシルヴェスターの命名とされます)を考える、というように役割を分けたともいわれます。

四元数を「ポケットの地図」にたとえた

ケーリーは四元数を、ポケットに入れて持ち歩く折りたたみ地図にたとえたと、数学史の資料(MacTutor)に紹介されています。地図には何もかも描かれているが、広げて別の形にしないと理解できない、という意味のたとえです(ケーリー本人の文章そのままではなく、資料による紹介です)。同じ時代のハミルトンのアイデアを、行列とのつながりの中で見ていたことが分かるエピソードです。

うかるくん

うかるくん

弁護士をしながら250本って、いつ寝てたんですか!?

合格先生

合格先生

本当にね。ケーリーは「好きなことなら、時間はつくれる」の見本のような人だよ。ただし、ひとつの論文に深く時間をかけるより、たくさんの新しい種を蒔いたタイプ。あとの数学者がその種を育てていったんだ。

受験・勉強とケーリーのつながり

中学受験・高校受験:場合の数と「もれなく数える」

ケーリーの公式のもとにある「点と線の図(グラフ)を数える」考え方は、中学受験・高校受験の「場合の数」に通じています。たとえば、点が3つの木が3通り、4つで16通りという数え方は、場合の数・樹形図のかき方の基本です。樹形図と数え上げ(もれなく重なりなく)で練習しておくと、あとで大学のグラフ理論を学ぶときに助けになります。

大学受験:行列の問題とケーリー・ハミルトン

ケーリーの名前が大学入試に出てくるのは、行列の問題です。かつて数学Cで行列を習っていた時代、ケーリー・ハミルトンの定理は難関大学の入試の定番の道具でした。次のような問題で使われます。

  • AnA^n を求める問題:定理を使って A2=⋯A^2=\cdots の形に直し、漸化式の解き方に持ちこんで解く。
  • A2=AA^2=A や A2=OA^2=O となる行列を求める問題。
  • 行列 AA の逆行列を求める問題:定理から A−1A^{-1} を AA と EE で書く。

現在の高校の学習指導要領では、行列は必修ではなく、大学の線形代数で最初に習う内容です。それでも、行列の対角化と A^n・連立1次方程式と階数(ランク)など、理系の大学入試・編入試験・大学院入試では、ケーリーの築いた行列の世界がそのまま問われます。京都大学などの入試では京大理系数学の出題分析も参考になります。

入試によく出る行列の問題の型

行列の問題には、いくつかの決まった型があります。ひとつめは、AnA^n を推測して数学的帰納法で証明する型です。A2,A3A^2,A^3 を実際に計算して規則を見つけ、数学的帰納法で示します。ふたつめは、ケーリー・ハミルトンの定理からA2=pA+qEA^2=pA+qE の形を作って漸化式にする型です。An=xnA+ynEA^n=x_nA+y_nE とおいて、xn,ynx_n,y_n の漸化式を作ります。みっつめは、行列の対角化と A^n の求め方を使う型で、固有値と固有ベクトルから AnA^n を一気に求めます。どの型でも、まずは2×2の小さい行列で、計算の流れを自分の手でなぞるのが近道です。

ケーリーの時代の数学――手計算で世界を広げた人

ケーリーが活躍した19世紀には、コンピュータも電卓もありませんでした。あらゆる計算が、ペンと紙で行われていました。ケーリーは何十ページにもわたる式変形を、根気よく書きつづけた人です。たとえば不変式論では、6次や8次の多項式の不変式を、何日もかけて手で計算したと伝えられます。こうした手計算の積み重ねのうえに、のちにヒルベルトの業績と生涯が、不変式についての有限性定理を示しました(1888〜1890年ごろ)。いまはコンピュータが計算してくれますが、手で計算して構造を見抜く力は、数学の根っこにあります。受験でも、途中の式を省かずていねいに書く人のほうが、ミスに気づいて直すことができます。ケーリーのように「書きつづける」ことが、いちばんの上達法です。

勉強法として:計算の「型」を作る

ケーリーの論文は、計算をていねいに書き出す「型」の積み重ねでした。行列も群も、はじめは計算のきまりを覚えることがすべてです。小さい例(2×2の行列や、4つの要素の表)で手を動かして、型を体に覚えさせてから、大きな問題に進みましょう。勉強の進め方は数学の勉強法(解法の暗記→演習→過去問)にもあります。

ケーリーがその後の数学にあたえた影響

  • 線形代数:行列は、画像の拡大・縮小・回転、ゲームの3D表示、検索エンジンの順位づけ、連立方程式・図形の変換・データ分析・機械学習まで、現代の数学と科学の最も大切な道具になりました。AIの計算の中身は、ほとんどが巨大な行列のかけ算です。
  • 群論・抽象代数:ケーリー表と置換群による群の理解は、ガロアの群論・リーの連続群・クラインらの群論の発展を支えました。
  • グラフ理論・組合せ論:木の数え上げは、ネットワーク、インターネットの経路探索、化学の分子構造の分類にまで使われています。
  • 幾何学:n次元の幾何学、射影幾何学とのつながり(ケーリー・クラインの幾何)は、リーマンの幾何学や、のちの相対性理論の数学的な背景につながります。
  • 数学者の働き方:弁護士と数学者を両立した姿は、「数学は職業とは別に続けられる」ことを示す例として、いまも紹介されます。

ケーリーに挑戦!練習問題

やさしい

  1. A=(1234)A=\begin{pmatrix}1&2\\3&4\end{pmatrix}、B=(0110)B=\begin{pmatrix}0&1\\1&0\end{pmatrix} のとき、ABAB を求めなさい。
    答えと解説を見る1行目は 1×0+2×1=21\times0+2\times1=2、1×1+2×0=11\times1+2\times0=1。2行目は 3×0+4×1=43\times0+4\times1=4、3×1+4×0=33\times1+4\times0=3。よって AB=(2143)AB=\begin{pmatrix}2&1\\4&3\end{pmatrix} です。(BABA は (3412)\begin{pmatrix}3&4\\1&2\end{pmatrix} で、ABAB とはちがいます)
  2. 点に1、2、3と番号をつけた木は何通りありますか。
    答えと解説を見るまん中の点が1・2・3のどれかで決まるので、3通りです。(ケーリーの公式 33−2=33^{3-2}=3)

ふつう

  1. 点に1〜5と番号をつけた木は何通りですか。ケーリーの公式で答えなさい。
    答えと解説を見るnn−2n^{n-2} に n=5n=5 を入れて、53=1255^3=\mathbf{125} 通りです。
  2. A=(2103)A=\begin{pmatrix}2&1\\0&3\end{pmatrix} について、ケーリー・ハミルトンの定理を使って A2A^2 を求めなさい。
    答えと解説を見るa+d=5a+d=5、ad−bc=6ad-bc=6 なので A2−5A+6E=OA^2-5A+6E=O。よって A2=5A−6E=(10−65015−6)=(4509)A^2=5A-6E=\begin{pmatrix}10-6&5\\0&15-6\end{pmatrix}=\begin{pmatrix}4&5\\0&9\end{pmatrix}。

むずかしい

  1. A=(1234)A=\begin{pmatrix}1&2\\3&4\end{pmatrix} のとき、ケーリー・ハミルトンの定理を使って A3A^3 を求めなさい。
    答えと解説を見るA2−5A−2E=OA^2-5A-2E=O より A2=5A+2EA^2=5A+2E。両辺に AA をかけて A3=5A2+2A=5(5A+2E)+2A=27A+10EA^3=5A^2+2A=5(5A+2E)+2A=27A+10E。よって A3=(27+105481108+10)=(375481118)A^3=\begin{pmatrix}27+10&54\\81&108+10\end{pmatrix}=\begin{pmatrix}37&54\\81&118\end{pmatrix}。
  2. 0・1・2・3 を「足して4でわった余り」で組み合わせるとき、3+23+2 と 3+33+3 はそれぞれ何になりますか。
    答えと解説を見る3+2=53+2=5 を4でわった余りは1。3+3=63+3=6 を4でわった余りは2。(ケーリー表の4行目を見ると確かめられます)

ケーリーと関係する数学者

ケーリーの仕事は、行列・群・グラフという、現代の数学の3本柱につながっています。どれも、この先の大学の数学で必ず出会う言葉です。数学の公式を1つずつ学ぶなら算数・数学の公式一覧(公式辞典)、用語は数学用語辞典(高校数学の言葉)、記号の意味は数学でよく使う記号の意味一覧(Σ・∫・≡)もどうぞ。

19世紀の数学者

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読みもの(合格大作戦の数学の記事)

よくある質問

ケーリーは何をした人ですか?

ケーリーは、19世紀のイギリスの数学者です。弁護士として働きながら900本以上の論文を書き、行列論の確立、ケーリー・ハミルトンの定理、番号つきの木の数え上げ(ケーリーの公式)、群のケーリー表とケーリーの定理、不変式論などの業績を残しました。

ケーリー・ハミルトンの定理とは何ですか?

正方行列が、自分自身の固有多項式に代入すると零行列になるという定理です。2次なら A²−(a+d)A+(ad−bc)E=O が成り立ちます。ケーリーが行列について1858年に述べ、ハミルトンが四元数で似た結果を得たため、2人の名前が付いています。

ケーリーの公式とは何ですか?

n個の点に1番からn番まで番号をつけた木(輪のない、つながった図)は、全部で n の(n−2)乗通りあるという公式です。点が3つなら3通り、4つなら16通り、5つなら125通りです。

ケーリーはなぜ弁護士をしていたのですか?

当時のイギリスの大学では研究員でいつづけるのに制約が多かったとされ、ケーリーは1849年に弁護士になりました。約14年間の弁護士生活のあいだも、数学の研究を続けて約250本の論文を発表したと記録されています。

行列を作ったのはケーリーですか?

行列のような数の表は、ケーリーより前にも使われていました。ただし、行列のたし算・かけ算・逆行列のルールを整え、行列論という分野を確立したのはケーリーとされています。「マトリックス」という名前は友人のシルヴェスターが付けたといわれます。

ケーリー表とは何ですか?

群の要素どうしを組み合わせた結果を、行と列の表にしたものです。たとえば0・1・2・3を足して4でわった余りの表が、ケーリー表の例です。ケーリーが1854年の群についての論文で用いたことから名前がつきました。

ケーリーは何歳で亡くなりましたか?

1895年1月26日に、ケンブリッジの自宅で73歳で亡くなりました。1821年8月16日にイギリスのリッチモンドで生まれています。

ケーリーとハミルトンの関係は?

同じ時代に活躍し、ハミルトンは四元数を、ケーリーは行列を作りました。どちらもかける順番で答えが変わる「数」です。ケーリー・ハミルトンの定理は、2人の研究が重なるところからつけられた名前です。

ケーリーは大学受験に関係がありますか?

あります。ケーリー・ハミルトンの定理は、かつて高校の数学Cで習った行列の入試問題で頻出でした。現在は大学の線形代数で最初に習う定理で、理系の大学入試や編入試験、大学院入試で出ることがあります。

ケーリーは四色問題に関係していますか?

1878年、ロンドン数学会で「四色問題は解決されているか」と質問したことが記録されています。このことが四色問題を広く知らせるきっかけのひとつになったといわれます。

あわせて読みたい

出典・参考

  • MacTutor History of Mathematics「Arthur Cayley」(セント・アンドルーズ大学)
  • A. Cayley, “A memoir on the theory of matrices”(1858年)
  • A. Cayley, “A theorem on trees”(1889年)
  • 肖像:Herbert Beraud「Arthur Cayley」(1883年より前)、Wikimedia Commons(パブリックドメイン)

最終更新:2026年11月3日/作成:大学受験合格大作戦