ディリクレは何をした人?業績・生涯をわかりやすく|鳩の巣原理(部屋割り論法)・算術級数定理

ディリクレは何をした人?業績・生涯をわかりやすく|鳩の巣原理(部屋割り論法)・算術級数定理

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ディリクレPeter Gustav Lejeune Dirichlet

ひとことで言うと

鳩の巣原理(部屋割り論法)と算術級数定理で知られる、ガウスの後任となったドイツの数学者。

名前ペーター・グスタフ・ルジューヌ・ディリクレ(Peter Gustav Lejeune Dirichlet)
生没年1805年2月13日〜1859年5月5日(54歳)
国ドイツ(デューレン生まれ、ベルリン・ゲッティンゲンで活躍)
分野整数論・解析学(フーリエ級数)
主な業績鳩の巣原理(部屋割り論法)の活用、算術級数定理(1837年)、関数の現代的な定義、フーリエ級数の収束、類数公式、フェルマーの最終定理 n=5
名前がつくものディリクレの部屋割り論法・算術級数定理・ディリクレ関数・ディリクレ級数・ディリクレ問題
よばれ方ガウスの後任。解析的整数論の創始者

このページのポイント

  • 鳩の巣原理(部屋割り論法)を証明に使った。13人なら同じ月生まれが2人、は中学受験にも出る
  • 算術級数定理(1837年):互いに素な a, d について a+nd の形の素数は無限にある
  • ガウスの『整数論の研究』を聖書のように持ち歩き、ガウスの死後は後任としてゲッティンゲン大学へ

ディリクレは何をした人?(業績をひとことで)

ペーター・グスタフ・ルジューヌ・ディリクレ(1805〜1859年)は、ドイツの数学者です。「ハトが4つの巣に5羽いれば、どこかの巣に2羽は入る」という鳩の巣原理(部屋割り論法)を数学の証明に使った人として有名で、ドイツ語では「ディリクレの引き出し原理」とよばれます。そのほかにも、「a+nd の形の数の中に、素数は無限にある」ことを証明した算術級数定理(1837年)、関数を「式でなくてもよい」と定義し直した仕事、フーリエ級数の収束の証明など、解析と整数論をつなぐ大きな業績を残しました。

ディリクレはガウスの業績と生涯の『整数論の研究』を生涯の宝として手放さず、その難しい内容をわかりやすく説明して広めた人でもあります。ガウスが亡くなったとき、そのあとを継いでゲッティンゲン大学の教授になりました。

5羽を4部屋に入れると…部屋1部屋2部屋3部屋4↓ どう入れてもどこかの部屋に2羽以上がかならず入る
5羽の鳩を4つの部屋に入れると、どこかの部屋に2羽以上入る。これが鳩の巣原理(部屋割り論法)
ディリクレの肖像画
ペーター・グスタフ・ルジューヌ・ディリクレ(肖像画、1859年より前)画像:作者不明/Wikimedia Commons(パブリックドメイン)

身近な「当たり前」が数学の強力な道具になることを、ディリクレの仕事から学べます。

ディリクレの生涯と年表

ドイツ西部のデューレンに生まれる

ディリクレは1805年2月13日、当時はフランス領だったデューレン(今のドイツ西部)で生まれました。名前の「ルジューヌ(Lejeune)」は、ベルギーの町リシュレ出身の祖先に由来する家の名前で、「ディリクレ」は「リシュレから来た」という意味のなまりだと言われます。小さいころから数学が大好きで、おこづかいで数学の本を買っていたという話が伝わっています。

1817年、12歳でボンのギムナジウム(中学・高校にあたる学校)に入り、そのあとケルンのイエズス会の学校に移りました。そこで電気抵抗の法則(オームの法則)で有名な物理学者のオームに数学を教わっています。

数学の都パリへ

当時のドイツの大学は、数学の水準が高くなかったので、ディリクレは1822年ごろに数学の中心だったパリに渡りました。コレージュ・ド・フランスなどで、フーリエ、ラプラス、ルジャンドル、ポアソンといった大数学者の講義を聞きました。ディリクレは、旅行にいつもガウスの『整数論の研究』を持ち歩き、ふつうの人が聖書を大事にするように、いつも身につけていたといわれます。

パリでは、フォワ将軍の家に家庭教師として住みこみました。1825年、将軍が亡くなるまで続けました。

フェルマーの最終定理で有名に

1825年7月、ディリクレはパリの科学アカデミーでフェルマーの最終定理の n=5n=5 の場合の証明(の半分)を発表しました。審査員だったルジャンドルが残りの半分を完成させ、同年9月に論文が出ています。若いディリクレの名前は一気にヨーロッパ中に知られました。くわしくはフェルマーの最終定理とは?わかりやすく解説を見てください。

ブレスラウ、ベルリン、ゲッティンゲン

ドイツに戻ったディリクレは、ケルン大学から名誉博士号を受けたことで、ブレスラウ(今のポーランドの都市)の大学で教える資格をとり、1827年から教えました。1828年にベルリンの軍事学校とベルリン大学に移り、1855年まで教授をつとめました。1831年にはベルリン科学アカデミーの会員になっています。ベルリンでは、作曲家メンデルスゾーンの妹レベッカと結婚しています。親友のヤコビの業績と生涯とは、たがいの数論研究に影響をあたえあいました。

1855年にガウスが亡くなると、ディリクレはガウスの後任としてゲッティンゲン大学に移りました。ただし、その前にベルリンで、よりよい条件を求めて交渉したといわれます。ゲッティンゲンで過ごしたのは4年ほどで、1859年5月5日にそこで亡くなりました。54歳でした。

年できごと
1805年2月13日、デューレン(今のドイツ西部)で生まれる
1817年12歳でボンのギムナジウムに入る。のちケルンでオームに学ぶ
1822年ごろパリに渡り、フーリエ・ラプラス・ルジャンドルらに学ぶ
1823年フォワ将軍の家の家庭教師に。ガウスの本を常に持ち歩く
1825年フェルマーの最終定理 n=5 の場合を証明(ルジャンドルとともに)
1827年ブレスラウ大学で教えはじめる
1828年ベルリンに移り、ベルリン大学教授に(〜1855年)
1831年ベルリン科学アカデミーの会員になる
1834年部屋割り論法(鳩の巣原理)を「引き出し原理(Schubfachprinzip)」として使ったとされる
1837年算術級数定理を証明。関数の現代的な定義を述べる
1838年ごろディリクレ級数・類数公式を発表
1855年ガウスの後任としてゲッティンゲン大学教授に
1859年5月5日、ゲッティンゲンで亡くなる(54歳)
1863年講義をまとめた『数論講義』が出版される

ディリクレの主な業績をやさしく解説

業績1 鳩の巣原理(部屋割り論法・引き出し原理)

「n+1n+1 個のものを nn 個の箱に入れると、どこかの箱に2個以上入る」。これが鳩の巣原理です。当たり前にも思えますが、この考え方が、数学の証明で驚くほど役に立ちます。この原理は、ディリクレが1834年に数論の証明に使ったとされ(考え方そのものは、もっと昔から知られていました)、のちに数の近似の問題(下のディリクレの近似定理)でも活やくしました。ドイツ語では「引き出し原理(Schubfachprinzip)」といい、引き出し(鳩の巣)にものをしまうイメージです。日本では「ディリクレの部屋割り論法」ともよばれます。

やさしい例をいくつか見てみましょう。

  • 13人が集まれば、同じ月に生まれた人が少なくとも2人いる(月は12個の箱)。
  • 367人が集まれば、同じ誕生日の人がかならずいる(1年は最大366日)。
  • 赤・青・緑の靴下が混ざった袋から、見ないで4枚取れば、同じ色が2枚そろう。

この原理は、中学受験の「場合分け」や、高校の整数・図形の証明、さらには大学の整数論や組合せ論まで、とても広く使われます。くわしくは鳩の巣原理(部屋割り論法)の使い方と例題で確かめてください。

少し高級な使い方:ディリクレの近似定理

無理数 α\alpha(たとえば 2\sqrt2)を、分数でよく近似できるでしょうか。ディリクレは、鳩の巣原理を使って、「どんな自然数 NN に対しても、

∣α−pq∣<1qN(1≦q≦N)|\alpha-\tfrac pq|<\frac{1}{qN}\quad(1\leqq q\leqq N)

を満たす分数 pq\frac pq がある」ことを示しました。証明のアイデアは、α, 2α, …, (N+1)α\alpha,\,2\alpha,\,\dots,\,(N+1)\alpha の小数部分を、0から1までを NN 等分した NN 個の区間(部屋)に入れることです。点は N+1N+1 個、部屋は NN 個なので、2つの点が同じ部屋に入ります。その2点の差が、よい近似分数を与えるのです。

小数部分を部屋割りする01/52/53/54/51123456k×√2 の小数部分(k=1〜6)の6点を5つの区間に入れる → 2点が同じ区間にこの2点の差から、√2 のよい近似分数が見つかる
小数部分の6個の点を5つの区間に入れると、2点が同じ区間に入る。その2点の差から近似分数が作れる

業績2 算術級数定理(等差数列の中の素数)

3, 7, 11, 15, 19, …3,\ 7,\ 11,\ 15,\ 19,\ \dots のように、4ずつ増えていく数の列(初項3、公差4の等差数列)を考えます。この中には、3, 7, 11, 19, 23, …3,\ 7,\ 11,\ 19,\ 23,\ \dots と素数がたくさん現れます。この列に素数は無限にあるのでしょうか?

ディリクレは1837年に、一般に次の定理を証明しました。

a, d が互いに素なとき、a, a+d, a+2d, … の中に素数は無限にあるa,\ d\text{ が互いに素なとき、}a,\ a+d,\ a+2d,\ \dots\text{ の中に素数は無限にある}

これがディリクレの算術級数定理です。「互いに素」という条件は大切で、たとえば a=2, d=4a=2,\ d=4 なら、偶数ばかりなので素数は2しかありません。この定理により、4n+14n+1 型の素数も、4n+34n+3 型の素数も、6n+16n+1 型の素数も、すべて無限にあることがわかります。

どちらの列にも素数が無限にある4で割って1余る数(4n+1)の素数5131729374153614で割って3余る数(4n+3)の素数37111923314347591〜64の素数。小さい丸は素数でない数
4n+1 型と 4n+3 型の素数。どちらの列にも素数が無限にあるのがディリクレの定理

この証明では、オイラーが発見した「素数全体の積と ∑1n\sum\frac1{n} のつながり」を発展させ、ディリクレ級数とディリクレの指標という新しい道具を作りました。整数論の問題を、微積分や無限級数の道具で解いた初めての大きな成功例として、解析的整数論のはじまりといわれます。素数の定義は素数とはと互いに素の意味で確認してください。素数の話は唯一の偶数の素数「2」の話もどうぞ。

業績3 「関数」の現代的な定義

関数の意味とは、高校では「xx の値が決まると yy の値がただ1つ決まるとき、yy は xx の関数」と習います。この定義の形を最初にはっきり述べたのが、ディリクレ(1837年)だとされます。それまでの関数は、「式で表されるもの」と考えられていました。ディリクレは、式でなくても、対応のきまりさえあれば関数だと主張しました。

ディリクレの「関数」xきまりがあればyx が有理数 → y=1x が無理数 → y=0式で書けなくても、x に y が1つ決まれば「関数」(ディリクレが1837年に述べた考え方)
x が有理数なら1、無理数なら0。式で書けなくても、値が1つ決まれば関数。これがディリクレ関数

その例としてよく出されるのが、ディリクレ関数です。xx が有理数なら1、無理数なら0という関数で、グラフをかこうとしても、点がびっしり入り混じってかけません。このような関数は、どの点でも連続でなく、のちのルベーグの積分論を生むきっかけの1つになりました。定義域と値域の考え方も、この「関数」のとらえ方の上に成り立っています。

業績4 フーリエ級数の収束とディリクレ問題

フーリエは、どんな周期的な波も、サインとコサインの足し算で表せると主張しましたが、これが本当に正しいかは、はっきりしていませんでした。ディリクレは1820年代の終わりに、フーリエ級数が元の関数に収束するための条件を、はじめて厳密に証明しました。のちにリーマンは、この論文を、この分野の最初の深い論文として高く評価しています。

サインカーブを足して四角い波緑:サインを2個足した曲線赤:10個足した曲線(灰色の点線に近づく)足す数をふやすほど、四角い波に近づく
サインカーブを足していくと、四角い波に近づく。収束の条件を示したのがディリクレ

くわしくはフーリエ級数を見てください。また、電気や熱の研究から、「領域の境目の値が決まっているとき、中の様子を決める」というディリクレ問題も生まれました。これは、現代の偏微分方程式や物理の基礎になっています。

業績5 類数公式・ディリクレの単数定理・『数論講義』

ディリクレは、1838〜1839年にかけて、2次形式の「類数」を求める公式(類数公式)を見つけました。そのためにディリクレ級数 ∑χ(n)ns\displaystyle\sum\frac{\chi(n)}{n^s} を使い、数論に解析の方法をもちこみました。さらに、代数的整数の単数(逆数も整数になる数)の構造を調べ、整数の世界の構造を明らかにしたとされます。

ディリクレの講義は、ガウスの難しい『整数論の研究』を、はるかに読みやすい形で説明していて、学生から高く評価されました。講義をまとめた『数論講義(Vorlesungen über Zahlentheorie)』は、ディリクレの死後の1863年に出版されています。この本を編集したのはデデキントで、デデキントはこの本に自分の「イデアル」の理論をつけくわえました。

ディリクレの名前がつく公式・定理・用語

  • 鳩の巣原理(ディリクレの部屋割り論法):n+1n+1 個を nn 個の箱に入れると、2個入る箱がある。→ 鳩の巣原理(部屋割り論法)
  • ディリクレの算術級数定理:互いに素な a,da,d について a+nda+nd に素数が無限にある。→ 合同式(mod)の計算(a+nda+nd は「dd で割った余りが aa」の数)
  • ディリクレ関数:有理数で1、無理数で0。→ 関数とは
  • ディリクレ級数・ディリクレのL関数:∑χ(n)ns\sum\dfrac{\chi(n)}{n^s}。大学の整数論で習う。
  • ディリクレ問題・ディリクレ境界条件:偏微分方程式で境界の値を決める。
  • ディリクレの近似定理:無理数を分数でよく近似できる。
「ここが大事!」と説明する合格先生

合格先生

「箱の数より物の数が多い」と気づいたら、鳩の巣原理! 何が「箱」で何が「物」かを決めるのが、この証明の最大のコツだよ。

ディリクレの逸話と名言

聖書のようにガウスの本を持ち歩いた

ディリクレは、ガウスの『整数論の研究』を、聖書のように大切にしたといわれます。パリへ旅立つときも、家庭教師のときも、いつもこの本を身につけていたと伝えられます。そして夜は枕もとに置き、寝る前に読んだとも言われます。この本は、難しいことで有名で、「読める数学者はほとんどいない」とも言われていました。ディリクレは、それを何度も読み返し、一行ずつ理解しようとした数少ない一人でした。

「できるだけ少ない計算で、できるだけ明晰な思考を」

ディリクレの方法は、あとの世代の数学者たちに大きな影響をあたえました。のちにミンコフスキー(ミンコフスキー)は、ディリクレの数学の特徴を、「盲目的な計算をできるだけ少なくし、明晰な思考をできるだけ多く使って問題を解くこと」と評したと伝えられています。複雑な計算に頼らず、本質を見抜いて問題を解く姿勢です。

盲目的な計算を最小に、明晰な思考を最大に。

ミンコフスキーによるディリクレの数学の評価として伝えられるもの(言葉の細部は資料によって少しちがうとされます)

名門メンデルスゾーン家との縁

ディリクレは、有名な作曲家フェリックス・メンデルスゾーンの妹レベッカと結婚しました。ベルリンの文化的な名家とのつながりは、ディリクレの生活を華やかにしました。レベッカの音楽的なサロンには、多くの学者や芸術家が集まったといわれます。

おだやかな教え方

ディリクレは、講義がていねいで、学生の質問に親身に答える先生だったとされます。弟子には、数学者として有名になったクロネッカーやリーマンがいます。リーマンは、ベルリンでディリクレに学び、強い影響を受けたと伝えられます。

うかるくん

うかるくん

13人いたら同じ月生まれが必ずいるって、それが数学の定理なんですか?

合格先生

合格先生

そうなんだ。当たり前に思えることを、証明の道具に変えたのがディリクレのすごいところ。何が「箱」で何が「物」かを見つけるのが、数学の腕の見せどころなんだよ。

サクラちゃん

サクラちゃん

算術級数って、等差数列のことですよね? 素数が無限にあるって、どうやって証明したんですか?

合格先生

合格先生

いい質問! ディリクレは素数の問題を、無限級数(解析)の道具で解いたんだ。ちがう分野をつなぐ発想が、のちの「解析的整数論」になったんだよ。証明は大学で習うけど、結果は高校生でも味わえるよ。

受験・勉強とディリクレのつながり

中学受験・高校受験:部屋割り論法

鳩の巣原理は、中学受験の「必ずそろう確率・最悪の場合」の問題でよく使われます。たとえば、「赤・白・青のカードから最低何枚取れば、同じ色が2枚そろいますか?」という問題の答え(4枚)は、最悪の場合を考える部屋割り論法です。高校受験でも、「どの13人にも、同じ月に生まれた人が2人いる」という説明問題などに出ます。

大学受験:整数の証明、余りの分類

大学入試の整数問題では、余りで場合分けして、部屋割り論法を使う場面があります。たとえば「任意の5個の整数から、差が4の倍数になる2つを選べる」ことの証明は、4で割った余りが0,1,2,3の4通り(箱)しかないことから、5個(物)のうち2つが同じ箱に入る、という流れです。合同式(mod)の計算と余りの問題の解き方と合わせて練習しておくと、整数問題の得点が安定します。

「a+nda+nd の形に素数が無限にある」ことは、入試で使うことはほとんどありませんが、「4n+34n+3 の形の素数は無限にある」という簡単な場合は、ユークリッドの証明と同じ方法で示せる、有名な入試問題のテーマです。素数の証明問題は、2027は素数?双子素数と西暦の入試問題のような整数問題の背景を知るのにも役立ちます。

大学数学:解析的整数論への入り口

大学以降の数学では、フーリエ級数、偏微分方程式、解析的整数論でディリクレの名前が何度も出てきます。難関大学の入試で、フーリエ級数や素数の分布そのものは出ませんが、そのための基礎の「極限・級数」の力が問われます。難関大の傾向は京大理系数学の出題分析(整数問題の出方)で確認できます。

「箱」と「物」を見つける練習

鳩の巣原理の問題では、まず「何を物にして、何を箱にするか」を決めます。たとえば「1〜100から51個選ぶと、一方がもう一方の約数になる2数がある」という有名な問題では、1〜100のどの数も、「奇数×2の累乗」の形に書けることを使います。奇数は50個(箱)しかないので、51個(物)選べば、同じ奇数を持つ2数が入ります。その2数は、2の累乗の分だけ違うので、小さいほうが大きいほうの約数になります。この「巧妙な箱の作り方」が、整数問題で差がつくところです。

勉強法として:「当たり前」を疑って道具にする

ディリクレの鳩の巣原理は、「当たり前のこと」を数学の武器に変えた好例です。整数問題で行き詰まったら、「何かの数え方を変えて、箱と物に分けられないか」と考える習慣をつけましょう。数学全般の勉強法は数学の勉強法(解法の暗記→演習→過去問)も参考にしてください。

ディリクレがその後の数学にあたえた影響

  • 解析的整数論:ディリクレ級数・L関数は、リーマンのゼータ関数とリーマン予想、そして素数定理の証明(1896年)へとつながりました。
  • 代数的整数論:単数定理や類数公式は、デデキントの理論に発展しました。
  • 解析学:関数の現代的な定義とフーリエ級数の収束は、コーシー・リーマン・ルベーグらの厳密な解析学の先がけです。
  • 組合せ論:鳩の巣原理は、現代の「ラムゼーの定理」など、組合せ論の中心的な道具になっています。
  • 数学教育:講義のていねいな説明の姿勢は、教える側の数学者の理想とされました。

数学の公式は算数・数学の公式一覧(公式辞典)、用語は数学用語辞典(用語の意味を1語1ページ)の一覧もどうぞ。

ディリクレに挑戦!練習問題

やさしい

  1. 13人の中に、同じ月に生まれた人が少なくとも2人いることを、鳩の巣原理で説明しなさい。
    答えと解説を見る月は12個。13人(物)を12個の月(箱)に入れると、どこかの月に2人以上入る。よって同じ月生まれが2人いる。
  2. 赤・白・青のカードが十分にある箱から、見ないで何枚取れば、必ず同じ色が2枚そろいますか。
    答えと解説を見る色は3種類(箱)。最悪でも3枚で3色が1枚ずつ。4枚目を取れば必ずどれかと同じ色になる。答えは4枚。

ふつう

  1. 1から10までの整数から6個を選ぶと、和が11になる2つの数が必ず含まれることを示しなさい。
    答えと解説を見る和が11になる組は (1,10)(2,9)(3,8)(4,7)(5,6) の5組(箱)。6個(物)を選ぶと、どれかの組から2つ選ばれるので、和が11になる2数が含まれる。
  2. 4で割って3余る素数を、小さい順に5つ書きなさい。
    答えと解説を見る3, 7, 11, 19, 23 … (15は素数でない)。答えは 3, 7, 11, 19, 23。(ディリクレの定理より、このような素数は無限にある)

むずかしい

  1. どんな5個の整数を選んでも、その中に差が4の倍数になる2つが必ずあることを示しなさい。
    答えと解説を見る整数を4で割った余りは0,1,2,3の4通り(箱)。5個(物)の整数のうち、2つは同じ余りになる。その2つの差は4の倍数。よって必ずある。
  2. 人の髪の毛は、どんな人でも15万本以下だと仮定します。日本の人口を1億2000万人とすると、髪の毛の本数がまったく同じ人は、少なくとも何人いるといえますか。
    答えと解説を見る本数は0〜150000の150001通り(箱)。120000000÷150001≒799.99…より、どこかの箱には少なくとも800人が入る。(実際はもっと多い。仮定をおいた理想化の問題)

ディリクレと関係する数学者

19世紀の数学者

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読みもの(合格大作戦の数学の記事)

よくある質問

ディリクレは何をした人ですか?

ディリクレは、19世紀のドイツの数学者です。鳩の巣原理(部屋割り論法)の活用、等差数列の中に素数が無限にあることを示した算術級数定理、関数の現代的な定義、フーリエ級数の収束の証明などで知られ、解析的整数論の創始者とされます。

鳩の巣原理(部屋割り論法)とは何ですか?

n+1個のものを n 個の箱に入れると、どこかの箱に2個以上入る、という原理です。13人なら同じ月生まれが2人いる、が例です。ディリクレが1834年に数論の証明で使ったとされることから、ディリクレの部屋割り論法ともよばれます。

ディリクレの算術級数定理とは何ですか?

a と d が互いに素なとき、a、a+d、a+2d、…という等差数列の中に素数が無限にある、という定理です。たとえば4で割って3余る素数は無限にあります。1837年に、ディリクレ級数という解析の道具で証明されました。

ディリクレ関数とは何ですか?

x が有理数なら1、無理数なら0という値をとる関数です。式で書けなくても、対応のきまりがあれば関数だという、ディリクレの関数の考え方を表す例として知られます。どの点でも連続でないという性質を持ちます。

ディリクレはフェルマーの最終定理とどう関係しますか?

1825年に、ルジャンドルとともに、フェルマーの最終定理の n=5 の場合を証明しました。若いディリクレの名前がヨーロッパで知られるきっかけになりました。完全な証明は1995年のワイルズによります。

ディリクレとガウスの関係は?

ディリクレはガウスの『整数論の研究』を聖書のように持ち歩き、深く学びました。1855年にガウスが亡くなったあと、ディリクレはガウスの後任としてゲッティンゲン大学の教授になりました。

ディリクレは何歳で亡くなりましたか?

1859年5月5日、ドイツのゲッティンゲンで、54歳で亡くなりました。ガウスの後任として移ってから約4年後のことです。

ディリクレは受験とどう関係しますか?

鳩の巣原理は中学受験の最悪の場合を考える問題から、高校・大学入試の整数の証明問題(余りでの場合分け)まで出ます。ディリクレ関数や、関数の定義の考え方は、高校数学の基礎になっています。

ディリクレの妻はだれですか?

作曲家フェリックス・メンデルスゾーンの妹レベッカです。ベルリンでの結婚は、ディリクレがベルリンの文化的な社交界に入るきっかけになりました。

あわせて読みたい

出典・参考

  • J. J. O’Connor, E. F. Robertson, “Johann Peter Gustav Lejeune Dirichlet”, MacTutor History of Mathematics Archive(St Andrews 大学)
  • G. Lejeune Dirichlet, “Vorlesungen über Zahlentheorie”(1863年、R. Dedekind 編)
  • “Pigeonhole principle”, Wikipedia(英語版)の名前の歴史の項
  • 肖像画:作者不明「Peter Gustav Lejeune Dirichlet」、Wikimedia Commons(パブリックドメイン)

最終更新:2026年11月2日/作成:大学受験合格大作戦