ミンコフスキーは何をした人?業績・生涯をわかりやすく|ミンコフスキー空間・格子点の定理・三角不等式

ミンコフスキーは何をした人?業績・生涯をわかりやすく|ミンコフスキー空間・格子点の定理・三角不等式

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ミンコフスキーHermann Minkowski

ひとことで言うと

整数の問題を図形で解く「数の幾何学」を作り、相対性理論を4次元の時空の幾何学に書き直したドイツの数学者。44歳で亡くなった。

名前ヘルマン・ミンコフスキー(Hermann Minkowski)
生没年1864年6月22日〜1909年1月12日(44歳)
国ドイツ(ロシア帝国領アレクソタス生まれ、ゲッティンゲンで活躍)
分野整数論・幾何学・数理物理学
主な業績数の幾何学とミンコフスキーの定理、ミンコフスキー空間(時空)、ミンコフスキーの不等式、ミンコフスキー和
名前がつくものミンコフスキー空間・ミンコフスキーの定理・ミンコフスキーの不等式・ミンコフスキー和・ミンコフスキー距離
よばれ方18歳でパリ科学アカデミーの大賞を受けた天才少年

このページのポイント

  • 整数を格子点と見て図形の面積で調べる「数の幾何学」を作った。原点中心の対称な凸図形の面積が4より大きければ、原点以外の格子点が入る
  • 1908年、特殊相対性理論を4次元の時空(ミンコフスキー空間)で表し、時間と空間を1つにまとめた。アインシュタインがチューリヒで学んだときの先生でもある
  • 三角不等式 |a+b|≦|a|+|b| を一般に広げた「ミンコフスキーの不等式」は、大学の解析学の基本

ミンコフスキーは何をした人?(業績をひとことで)

ヘルマン・ミンコフスキー(1864〜1909年)は、ドイツの数学者です。2つの大きな仕事で知られています。ひとつは、整数の問題を図形(幾何学)の力で解く「数の幾何学」を作ったこと。もうひとつは、アインシュタインの特殊相対性理論を、時間と空間をひとまとめにした4次元の世界(ミンコフスキー空間)の幾何学として書き直したことです。

わずか44歳で亡くなったため、「もっと長生きしていれば」と惜しまれた数学者でもあります。親友のヒルベルトは、その死を深く悲しみました。受験生にとっては、ベクトルの大きさの不等式(三角不等式)や、格子点の問題の考え方のルーツにあたる人物です。ベクトルの内積と大きさの計算を学ぶとき、そしてコーシー・シュワルツの不等式で不等式の証明をするとき、ミンコフスキーの不等式の考え方が背景にあります。

サクラちゃん

サクラちゃん

相対性理論って、物理の話ですよね? 数学者のミンコフスキーさんが、なんで出てくるんですか?

合格先生

合格先生

アインシュタインは式で理論を作ったんだけど、ミンコフスキーは「これは4次元の幾何学だよ」と見抜いたんだ。時間も空間の仲間にして、1つの図にまとめた。今の相対性理論の教科書は、ほとんどこの形で書かれているよ。

ミンコフスキーの肖像写真(1883年ごろ)
18歳ごろのヘルマン・ミンコフスキー(1883年春の写真)。パリ科学アカデミーの大賞を受けたころ画像:作者不明(1883年春)/Wikimedia Commons(パブリックドメイン)

ミンコフスキーの生涯と年表

ロシア帝国に生まれ、ケーニヒスベルクで育つ

ミンコフスキーは1864年6月22日、当時のロシア帝国領のアレクソタス(今のリトアニア)で生まれました。8歳のとき、家族とともにドイツのケーニヒスベルク(今のロシア領カリーニングラード)へ移ります。ここで、のちに生涯の親友となるヒルベルトに出会います。兄は、膵臓と糖尿病の関係を研究した医学者のオスカル・ミンコフスキーとして知られています。

17〜18歳でパリ科学アカデミーの大賞

1880年にケーニヒスベルク大学に入ったミンコフスキーは、大学生のとき、パリ科学アカデミーが出した懸賞問題に挑みます。問題は「整数を5つの平方数の和で表す方法を調べなさい」というものでした。1883年4月2日、アカデミーは、ミンコフスキーとイギリスの数学者ヘンリー・スミスに大賞を共同で授与しました。このときミンコフスキーは18歳ごろで、「天才少年」として一気に有名になりました。1885年には大学で博士号を受けます。

ボン・ケーニヒスベルク・チューリヒ、そしてゲッティンゲンへ

1887年にボン大学の講師になり、1892年に員外教授へ進みます。その後ケーニヒスベルクにもどり、さらにチューリヒのスイス連邦工科大学(ETH)の教授になりました。この大学で教えていた時期に、のちに相対性理論を作るアインシュタインが学生として受講していました。1902年、親友ヒルベルトのはたらきかけで、ゲッティンゲン大学に新しく数学の講座が作られ、そこへ移ります。

時空の発見と、突然の死

ゲッティンゲンでミンコフスキーは、物理学者たちとの共同ゼミで電磁気学や相対性理論を学びました。そして、1907〜1908年に、アインシュタインの理論を4次元の幾何学で表す仕事に取り組みます。1908年9月、ケルンで開かれたドイツ自然科学者・医師の大会で、「空間と時間」の講演を行い、世界に衝撃を与えました。ところが翌1909年1月12日、ミンコフスキーは虫垂炎(盲腸)をこじらせて、ゲッティンゲンで亡くなりました。44歳でした。

年できごと
1864年6月22日、ロシア帝国のアレクソタス(今のリトアニア)で生まれる
1872年家族とともにドイツのケーニヒスベルクに移る(8歳)
1880年ケーニヒスベルク大学に入学
1883年4月2日、パリ科学アカデミーの大賞(平方数の和の問題)を受ける。18歳ごろ
1885年ケーニヒスベルク大学で博士号
1887年ボン大学の講師になる
1890年「数の幾何学」の研究をはじめる
1896年『数の幾何学』の前半を発表。このころチューリヒの工科大学に在職。アインシュタインが受講
1902年ヒルベルトの尽力でゲッティンゲン大学の教授になる
1907年相対性理論を4次元の幾何学で考える研究をはじめる
1908年9月、ケルンで講演「空間と時間」。ミンコフスキー空間を発表
1909年1月12日、ゲッティンゲンで亡くなる(44歳)
1910年遺稿をまとめた『数の幾何学』が出版される

ミンコフスキーの主な業績をやさしく解説

業績1 数の幾何学とミンコフスキーの定理

整数の問題は、ふつう式をいじって解きます。ミンコフスキーは、「整数の組を格子点(座標が整数の点)と見て、図形の面積を調べたらどうだろう」と考えました。こうして生まれたのが数の幾何学です。中心になる定理は、次のとおりです。

「原点を中心にして左右上下対称な凸図形(へこみのない図形)の面積が 4 より大きければ、その中には原点以外の格子点がかならず入る」(平面の場合)。

ミンコフスキーの定理(格子点) 原点 原点中心の対称な凸図形で、面積が 4 より大きいと原点以外の格子点(赤)がかならず中に入る
ミンコフスキーの定理。原点を中心とする対称な凸図形の面積が4より大きいと、原点以外の格子点(赤)が入る

この定理が強いのは、図形の形をくわしく調べなくても、面積だけで格子点が入っていることが分かる点です。たとえば、実数に有理数でよく近づく方法を示すディリクレの近似定理(任意の実数に分母の小さい分数で近づけるという定理)や、整数を平方数の和で表す問題など、さまざまな整数の問題がこの定理で短く証明できます。ラグランジュの四平方定理(どんな自然数も4つの平方数の和で表せる)の別証明にも使われます。一般の nn 次元では、図形の体積が 2n2^n より大きければ同じことが言えます。

業績2 円の中の格子点と、整数問題への応用

格子点の話は、入試でも出ます。半径 rr の円の内側にある格子点の個数はおよそ円の面積 πr2\pi r^2 に近くなります(ガウスの円問題として有名です)。たとえば x2+y2≤25x^2+y^2\le 25 を満たす整数の組 (x,y)(x,y) は81個で、円の面積 25π≈78.525\pi\approx78.5 にとても近い値です。

円の中の格子点(x²+y²≦25) 格子点81個 ≒ 面積 25π = 78.5…
半径5の円の中の格子点は81個。面積25π(約78.5)に近い

ミンコフスキーが若いころに取り組んだ「整数を平方数の和で表す」問題は、この格子点の考え方と深く結びついています。「x2+y2+z2+⋯x^2+y^2+z^2+\cdots の形の数を作る方法は何通りあるか」を数えるのは、高次元の球の中の格子点を数えることと同じだからです。ミンコフスキーは、2次形式(ax2+bxy+cy2ax^2+bxy+cy^2 のような式)の理論でも大きな仕事をしました。のちにヒルベルトの弟子たちが、これを発展させて「ハッセ・ミンコフスキーの定理」にまとめました。

大学入試では、「x2+y2≤n2x^2+y^2\le n^2 の格子点の個数を求めよ」「不等式の表す領域内の格子点の個数を数えよ」といった、個数を数える問題や、積分と格子点の個数を比べる問題が出ます。格子点を図に描いて数える練習は、ミンコフスキーの発想の練習でもあります。

業績3 ミンコフスキー空間(時間と空間を1つにした4次元)

1905年、アインシュタインは特殊相対性理論を発表しました。「光の速さは、だれから見ても同じ」という前提から出発して、時間の進み方や長さが、見る人の動き方で変わることを導いた理論です。ミンコフスキーは、これを「時間と空間を合わせた4次元の世界」として整理しました。1908年の講演の有名な一節があります。

これからは、空間そのもの、時間そのものは影の中に消えていき、両者の一種の結びつきだけが独立した存在を保つだろう。

ヘルマン・ミンコフスキー(1908年9月、ケルンでの講演「空間と時間」の冒頭近くの一節。ドイツ語の原文からの訳)

この世界では、1つの出来事を (ct,x,y,z)(ct,x,y,z) の4つの数で表します(cc は光の速さ)。そして、2つの出来事の間の「へだたり」を、ふつうの距離ではなく次の量で測ります。

s2=c2t2−x2−y2−z2s^2=c^2t^2-x^2-y^2-z^2

ふつうの空間の距離 x2+y2+z2x^2+y^2+z^2 との大きなちがいは、時間の部分の符号がマイナスになっていることです。この式の値が、どの観測者から見ても変わらない量になります。

時空の図(光円すい) 空間 x時間 ct 未来過去 光でもとどかない 光でもとどかない いま・ここ 光の道すじ 光の速さを基準に、時間と空間を1つの図にまとめた
ミンコフスキーの時空図。光の道すじ(45度の線)で未来・過去・影響のとどかない場所に分けられる

図のように、いま・ここを原点にして、光の進む45度の線を引くと、世界は「未来」「過去」「光でもとどかない場所」に分かれます。これを光円すいといいます。原因が結果に先立つ(原因は結果の「過去の光円すい」の中にある)という、因果関係の構造が、図の形でそのまま見えるのが、この考え方のすばらしいところです。

ふつうの空間で回転しても長さが変わらないように、ミンコフスキー空間ではローレンツ変換(動いている人から見た座標の変換)でも s2s^2 が変わりません。「回転しても長さが変わらない」のをベクトルや行列で学ぶ高校・大学の数学が、物理の世界でも同じ形で現れているのです。この考えは、のちのリーマン幾何学を使った一般相対性理論(1915年)につながりました。

業績4 ミンコフスキーの不等式とミンコフスキー和

ミンコフスキーは、ベクトルの大きさについての不等式、ミンコフスキーの不等式も残しました。高校のベクトルでは、∣a⃗+b⃗∣≤∣a⃗∣+∣b⃗∣|\vec a+\vec b|\le|\vec a|+|\vec b| という三角不等式として登場します。三角形の2辺の和は、残りの1辺より長いという、あたりまえの事実です。

三角不等式(ミンコフスキーの不等式の原型) aba + b |a+b| ≦ |a| + |b|回り道(a→b)のほうが、まっすぐ(a+b)より長い
三角不等式 |a+b| ≦ |a|+|b|。まわり道はまっすぐより長い

ミンコフスキーは、これを「pp 乗の和」の形に広げました。p≥1p\ge1 のとき、次の不等式が成り立ちます。

(∑k=1n∣ak+bk∣p)1/p≤(∑k=1n∣ak∣p)1/p+(∑k=1n∣bk∣p)1/p\Bigl(\sum_{k=1}^{n}|a_k+b_k|^p\Bigr)^{1/p}\le\Bigl(\sum_{k=1}^{n}|a_k|^p\Bigr)^{1/p}+\Bigl(\sum_{k=1}^{n}|b_k|^p\Bigr)^{1/p}

p=2p=2 のときは、ふつうの距離の三角不等式です。大学の解析学では、この不等式のおかげで、関数の「大きさ」(ノルム)が長さの性質を持つことが言えます。コーシー・シュワルツの不等式とセットで習うことが多い、大切な不等式です。

もうひとつのミンコフスキー和は、図形 AA と BB の「足し算」です。AA の点と BB の点を1つずつ選んで足した点全体を A+BA+B と書きます。

ミンコフスキー和 A+B A正方形 + B円 = A+B 正方形のまわりに円をころがしてできる形
ミンコフスキー和。正方形Aと円Bの和は、角の丸い正方形

正方形の各点に円の各点を足すと、正方形のまわりに円をころがしたような、角の丸い図形ができます。この考え方は、コンピューターの画像処理(ふくらませる・けずる)やロボットの動きの計画にも使われています。

業績5 凸体の幾何学・ミンコフスキー関数・「?」関数

ミンコフスキーは、凸図形(へこみのない図形)の研究でも先駆者でした。凸体の表面積と体積の関係を調べて、混合体積という量を考えました。これは「ブルン・ミンコフスキーの不等式」などに発展し、現代でも最適化や確率の研究で使われます。また、有理数と2次の無理数を結びつけるミンコフスキーの「?」関数という不思議なグラフを作ったことでも知られています。

ミンコフスキーの名前がつく公式・定理・用語

  • ミンコフスキーの定理(格子点定理):対称な凸体の体積が 2n2^n より大きければ、原点以外の格子点を含む。
  • ミンコフスキー空間(時空):時間1次元と空間3次元をあわせた4次元の世界。距離にあたる量は s2=c2t2−x2−y2−z2s^2=c^2t^2-x^2-y^2-z^2。
  • ミンコフスキーの不等式:三角不等式を pp 乗の形に広げたもの。→ コーシー・シュワルツの不等式(兄弟の不等式)
  • ミンコフスキー和:図形の「足し算」。
  • ミンコフスキー距離:2点の距離を (∑∣xk−yk∣p)1/p\bigl(\sum|x_k-y_k|^p\bigr)^{1/p} で測る方法。p=1p=1 が「街かどの距離(マンハッタン距離)」、p=2p=2 がふつうの距離。
  • 光円すい:時空図で、光の道すじが作る図形。
  • ハッセ・ミンコフスキーの定理:2次形式が整数の組で表せるかどうかを調べる大切な定理(ハッセが証明を完成)。
指し棒で説明する合格先生

合格先生

ミンコフスキーの発想は「式の問題を図に、図の問題を式に」。格子点の数え方は、図に点を打って整理するのがコツだよ。

ミンコフスキーの逸話と名言

アインシュタインの先生だった

チューリヒの工科大学で、若きアインシュタインはミンコフスキーの数学の講義を受けていました。のちにアインシュタインは、数学の授業にあまり熱心でなかったと自ら語っています。ミンコフスキーは弟子のマックス・ボルンに、学生時代のアインシュタインは数学にあまり身を入れない「怠け者」だったと語ったとされます(カール・ゼーリヒの伝記が伝える話で、言い方は資料によってちがいます)。ただし、この言葉が正確にいつ・どのように語られたかは、資料によって書き方が分かれます。アインシュタイン自身は、数学の中のどの道が基本的で大事かを見分ける力が、当時の自分には足りなかったと振り返っています。

ヒルベルトとの友情

ミンコフスキーとヒルベルトは、ケーニヒスベルクの学生時代から毎日のように散歩しながら数学を語りあったと伝えられています。ヒルベルトは、1900年の「23の問題」の講演のテーマの選び方について、ミンコフスキーに相談しています。ミンコフスキーが亡くなったとき、ヒルベルトは追悼の文章を書き、友人を失った悲しみを語りました。

兄は糖尿病研究で有名な医学者

ミンコフスキーの兄オスカル・ミンコフスキーは、医学者として知られています。膵臓をとりのぞいた犬に糖尿病のような症状が出ることを、1889年に共同研究者と見つけた人で、のちのインスリン発見につながる大きな手がかりとなりました。兄弟そろって、それぞれの分野で大きな足あとを残したことになります。

うかるくん

うかるくん

44歳で亡くなったなんて、早すぎます……。

合格先生

合格先生

そうだね。でも、数学の本質を見抜く力は、年をとってからだけでなく、若いころにも発揮できる。18歳で大賞をとり、40代で時空の幾何学を作った。基本の考え方を何度も使い回すことが、ミンコフスキーの強さだったんだよ。

受験・勉強とミンコフスキーのつながり

中学受験:図形と整数のむすびつき

中学受験の算数には、方眼紙の上の図形や、格子点を数える問題が出ます。点を数える・面積と比べる、といった、数と図形の結びつけは、ミンコフスキーの発想の入口です。面積と定積分の関係も、図形と数の対応の例です。

高校受験:座標と整数の問題

高校受験では、座標平面の上で、xx 座標も yy 座標も整数となる点(格子点)を数える問題が出ることがあります。「直線 y=2x+1y=2x+1 の上で、xx が 1 から 10 の整数となる点」のような問題は、図を描いて点を打てば、1つずつ数えられます。

大学受験:ベクトル・不等式・格子点・複素数平面

  • ベクトル:∣a⃗+b⃗∣≤∣a⃗∣+∣b⃗∣|\vec a+\vec b|\le|\vec a|+|\vec b|(三角不等式)。等号が成り立つのは、2つのベクトルが同じ向きのとき。
  • 格子点の個数:領域内の格子点を数える問題。数列・積分と組み合わせた問題も出ます。
  • 不等式の証明:コーシー・シュワルツの不等式、相加・相乗平均、三角不等式などの使い分け。
  • 物理(相対性理論):理系の大学で学ぶとき、ミンコフスキー空間が基本になります。

京大理系数学の出題分析(整数・図形の出題傾向)を見ると、整数と図形を組み合わせた問題がよく出ていることが分かります。数学の勉強の進め方は、数学の勉強法(解法の暗記→演習→過去問)も参考にしてください。

勉強法として:「図に直す」

ミンコフスキーは、整数の問題を「図形の問題」に、物理の問題を「幾何の問題」に直して解きました。入試でも、式だけでは見えないことが、図を描くとすぐに分かることがよくあります。問題文を図に直すくせをつけると、ミスも減ります。

ミンコフスキーがその後の数学にあたえた影響

  • 相対性理論:ミンコフスキー空間は、特殊相対性理論の標準的な書き方になり、アインシュタインが一般相対性理論(1915年)を作るときの道具になりました。アインシュタインは、はじめこの書き方を「むだにむずかしくしている」と受け取っていたとも伝えられますが、のちにその価値を認めたといわれます。
  • 整数論:数の幾何学は、ヒルベルトらに受けつがれ、代数的整数論やディオファントス近似の理論の道具になりました。
  • 凸幾何学・最適化:ミンコフスキー和などは、ロボットの動作計画・画像処理・線形計画法の基本です。
  • 解析学:ミンコフスキーの不等式は、関数空間(ルベーグ空間など)の基本的な道具です。
  • 現代の暗号:格子(レティス)を使った暗号は、ミンコフスキーの格子の研究の延長線上にあります。量子コンピューターに強い暗号として研究が進んでいます。

ワイルの数学と物理やネーターの対称性の理論など、ゲッティンゲンの数学者たちは、物理と数学を同時に考える伝統の中で育ちました。ミンコフスキーの時空の仕事は、その伝統の代表的な成果です。

ミンコフスキーに挑戦!練習問題

やさしい

  1. 座標が整数の点(格子点)のうち、x²+y²≦4 を満たす点は全部で何個ありますか。
    答えと解説を見るx,y が −2〜2 の整数のうち x²+y²≦4 となる組を数えます。(0,0)の1個、(±1,0)(0,±1)の4個、(±1,±1)の4個、(±2,0)(0,±2)の4個。合計 1+4+4+4=13個。(円の面積 4π≒12.6 に近い数です)
  2. |a|=3、|b|=4 のとき、|a+b| の最大値と最小値を求めなさい。
    答えと解説を見る三角不等式 ||a|−|b||≦|a+b|≦|a|+|b| より、最小値は 4−3=1(逆向き)、最大値は 3+4=7(同じ向き)。

ふつう

  1. 2つの出来事の時間差が 5(単位は光が1秒で進む距離を1とする)、x の距離が 3、y,z は同じとき、s²=c²t²−x²−y²−z² の値を求めなさい。(光の速さを 1 とする)
    答えと解説を見るs²=5²−3²=25−9=16。s²が正なので、時間のへだたりが空間のへだたりより大きく、この2つの出来事は「過去と未来」の関係になりえます(光円すいの内側)。
  2. ベクトルの三角不等式 |a+b|≦|a|+|b| を、両辺を2乗して証明しなさい。
    答えと解説を見る両辺は 0 以上なので2乗して比べる。|a+b|²=|a|²+2a·b+|b|²、(|a|+|b|)²=|a|²+2|a||b|+|b|²。a·b≦|a||b| が成り立つので |a+b|²≦(|a|+|b|)²。よって |a+b|≦|a|+|b|。

むずかしい

  1. x²+y²≦n² の格子点の個数が、n が大きいときおよそ πn² になることを、図の「1マスの面積は1」という考えから説明しなさい。
    答えと解説を見る格子点を中心とする1辺1の正方形(面積1)をしきつめると、円の内側の格子点1個がおよそ面積1に対応します。円の面積は πn²。よって格子点の個数はおよそ πn²(円のふちの誤差は、半径に比例する程度の小さな量)です。
  2. A={(x,y)|0≦x≦1,0≦y≦1}(1辺1の正方形)と、B={(x,y)|x²+y²≦1/4}(半径1/2の円)のミンコフスキー和 A+B の面積を求めなさい。
    答えと解説を見るA+B は、正方形の4辺の外側に長方形4つ(1×1/2 が4つで面積2)と、4すみに四分円(半径1/2)を合わせて1つの円(面積 π/4)が付いた形。面積は 1+2+π/4=3+π/4。

ミンコフスキーと関係する数学者

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20世紀の数学者

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読みもの(合格大作戦の数学の記事)

よくある質問

ミンコフスキーは何をした人ですか?

ミンコフスキーは、19〜20世紀のドイツの数学者です。整数の問題を図形で解く「数の幾何学」を作り、1908年には特殊相対性理論を4次元の時空(ミンコフスキー空間)で表しました。44歳で亡くなりました。

ミンコフスキー空間とは何ですか?

時間1次元と空間3次元をあわせた4次元の世界です。2つの出来事の間の「へだたり」を s²=c²t²−x²−y²−z² で測ります。特殊相対性理論の標準的な数学の形で、光円すいによって、未来・過去・光もとどかない場所を分けられます。

ミンコフスキーの定理とは何ですか?

原点を中心に対称な凸図形の面積(一般には体積)が大きければ、その中に原点以外の格子点が入るという定理です。平面では面積が4より大きいときに成り立ちます。整数論のさまざまな定理の証明に使われます。

ミンコフスキーはアインシュタインの先生だったのですか?

はい。アインシュタインはチューリヒの工科大学の学生時代に、ミンコフスキーの数学の講義を受けました。のちにミンコフスキーは、アインシュタインの特殊相対性理論を4次元の幾何学として整理しました。

ミンコフスキーの不等式とは何ですか?

ベクトルの三角不等式 |a+b|≦|a|+|b| を、p乗の和の形に広げた不等式です。p≧1 のとき、(Σ|aₖ+bₖ|ᵖ)^(1/p) ≦ (Σ|aₖ|ᵖ)^(1/p)+(Σ|bₖ|ᵖ)^(1/p) が成り立ちます。大学の解析学で関数の大きさ(ノルム)を扱うときの基本です。

ミンコフスキーは何歳で亡くなりましたか?

1864年6月22日に生まれ、1909年1月12日に虫垂炎をこじらせてゲッティンゲンで亡くなりました。44歳でした。時空の講演をしたのは、亡くなる約4か月前の1908年9月のことです。

ミンコフスキーとヒルベルトの関係は?

2人はケーニヒスベルクの学生時代からの親友です。ヒルベルトは、1902年にミンコフスキーのためにゲッティンゲン大学に講座を作ってもらうよう働きかけました。ヒルベルトの1900年の「23の問題」の講演のテーマの相談相手でもあったと伝えられます。

ミンコフスキーは18歳で何の賞を受けましたか?

1883年4月2日、パリ科学アカデミーの大賞を受けました。「整数を5つの平方数の和で表す」問題への論文で、イギリスの数学者ヘンリー・スミスと共同の受賞でした。このときミンコフスキーは18歳ごろでした。

ミンコフスキーは受験とどう関係しますか?

ベクトルの三角不等式 |a+b|≦|a|+|b|、座標平面の格子点を数える問題、コーシー・シュワルツの不等式などが、ミンコフスキーの考え方とつながっています。大学の物理で相対性理論を学ぶときには、ミンコフスキー空間が基本になります。

ミンコフスキー距離とは何ですか?

2点 (xₖ) と (yₖ) の距離を (Σ|xₖ−yₖ|ᵖ)^(1/p) で測る方法です。p=2 がふつうの距離、p=1 が碁盤の目の道を進むような「マンハッタン距離」です。データ分析や機械学習でも使われます。

あわせて読みたい

出典・参考

  • MacTutor History of Mathematics「Hermann Minkowski」(セント・アンドルーズ大学)
  • H. Minkowski, “Geometrie der Zahlen”(1896〜1910年)
  • H. Minkowski, “Raum und Zeit”(1908年9月21日、ケルンでの講演)
  • 肖像写真:作者不明「Hermann Minkowski」(1883年春)、Wikimedia Commons(パブリックドメイン)

最終更新:2026年11月3日/作成:大学受験合格大作戦