掛谷宗一は何をした人?業績・生涯をわかりやすく|掛谷の問題(針を回す最小面積)・掛谷の定理・掛谷予想

掛谷宗一は何をした人?業績・生涯をわかりやすく|掛谷の問題(針を回す最小面積)・掛谷の定理・掛谷予想

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掛谷宗一Sōichi Kakeya

ひとことで言うと

「針を一回転させる最小の面積は?」という問いで、100年以上つづく数学の大問題を生んだ日本の数学者。統計数理研究所の初代所長でもある。

名前掛谷宗一(かけや そういち、Sōichi Kakeya)
生没年1886年1月18日〜1947年1月9日(60歳)
国日本(広島県生まれ、東北帝国大学・東京高等師範学校・東京帝国大学などで活躍)
分野解析学(積分方程式・複素関数論)・幾何
主な業績掛谷の問題(針の問題)の提案、掛谷の定理(多項式の根の範囲)、積分方程式の研究
名前がつくもの掛谷の問題・掛谷集合・掛谷予想・掛谷の定理(エネストレーム・掛谷の定理)
受賞・役職日本学士院恩賜賞(1928年)、統計数理研究所の初代所長(1944年)

このページのポイント

  • 長さ1の針を一回転させる図形の最小面積を問う掛谷の問題を提案。答えは「面積をいくらでも小さくできる」だった
  • 問題から生まれた掛谷予想は、現代の調和解析の中心問題。3次元は2025年に証明が発表された
  • 多項式の根が輪の中に入ることを示す掛谷の定理。東北大学・東京大学で教え、統計数理研究所の初代所長にもなった

掛谷宗一は何をした人?(業績をひとことで)

掛谷宗一(かけや・そういち)(1886〜1947年)は、日本の数学者です。広島県の出身で、東北帝国大学・東京高等師範学校・東京帝国大学などで教えました。名前が世界に知られているのは、「長さ1の針を、平らな面の上で一回転(向きを完全にひっくり返す)させるのに、必要な図形の面積は、最小いくつか?」という掛谷の問題(Kakeya needle problem)を提案した人としてです。

この問題は、のちに世界の数学者を100年以上も悩ませる、大きな研究分野を生みました。もうひとつ、多項式の方程式の根(解)が、どの範囲に入るかを教えてくれる掛谷の定理(エネストレーム・掛谷の定理)でも知られています。1944年には、統計数理研究所の初代所長にもなりました。

うかるくん

うかるくん

針を回すだけの問題が、どうして100年も続くんですか?

合格先生

合格先生

一見かんたんそうなのに、答えが予想とまったくちがったからだよ。いちばん小さい図形は三角形かな、と考えたら、なんと面積をいくらでも小さくできるとわかったんだ。しかもそれが、現代の数学の大問題につながっているんだ。

掛谷宗一の肖像写真
1937年ごろの掛谷宗一(雑誌「高数研究」の「数学者のプロフィル」に掲載された写真)画像:撮影者不明(1937年)/Wikimedia Commons(パブリックドメイン)

掛谷宗一の生涯と年表

広島県に生まれ、東京帝国大学へ

掛谷宗一は1886年(明治19年)1月18日、広島県深安郡坪生村(現在の福山市坪生町)で生まれました。旧制の広島県立第二中学校(現在の福山誠之館高校)を卒業後、第三高等学校を経て、1906年に東京帝国大学の数学科に進みました。1909年7月に卒業しています。

東北帝国大学の助教授に

卒業後、1911年に第一高等学校の教授となり、翌1912年には東北帝国大学(仙台)の助教授になりました。このころの東北帝国大学は、日本で3番目にできた帝国大学で、数学教室は藤原松三郎らが活躍する、世界を見すえた研究の場でした。掛谷はここで、後に世界的に有名になる「針の問題」を考え、積分方程式や複素関数論の研究を進めました。1916年に理学博士の学位を受けています。

アメリカへの留学と東京での活躍

1918年にはアメリカへ留学し、世界の数学にふれました。帰国後の1920年には東京高等師範学校(のちの東京文理科大学、現在の筑波大学のもと)の教授となり、1929年には東京文理科大学の教授になりました。1935年から1946年までは、東京帝国大学の教授も兼任しています。東京では、数学の研究とともに、先生を育てる教育にも力を注ぎました。

1928年、掛谷はイタリアのボローニャで開かれた国際数学者会議(ICM)に招かれて講演し、同じ年に、積分方程式についての研究で、日本学士院の恩賜賞(おんししょう)を受けました(当時は帝国学士院、いまの日本学士院です)。これは、日本の学者にとって最高の賞のひとつです。

統計数理研究所の初代所長、そして晩年

戦争のさなかの1944年、日本で統計と数理科学の研究機関である統計数理研究所が作られると、掛谷は初代所長に就任しました。1946年から1947年には学術研究会議の会長もつとめましたが、1947年(昭和22年)1月9日に亡くなりました(60歳)。

年できごと
1886年1月18日、広島県深安郡坪生村(現・福山市)で生まれる
1906年東京帝国大学理科大学の数学科に入学
1909年7月、東京帝国大学を卒業
1911年第一高等学校の教授になる
1912年東北帝国大学の助教授になる。このころ「掛谷の定理」(多項式の根の範囲)を発表
1916年理学博士の学位を受ける
1917年東北帝国大学在職中に「針を回す問題」(掛谷の問題)を提案したとされる
1918年アメリカへ留学
1920年東京高等師範学校の教授になる
1928年ボローニャの国際数学者会議で講演。恩賜賞を受ける。このころ(最初の結果は1919〜20年ごろ、論文は1928年)ベシコヴィッチが針の問題を解いた
1929年東京文理科大学の教授になる
1935〜46年東京帝国大学教授を兼任する
1944年統計数理研究所の初代所長に就任
1947年1月9日、亡くなる(60歳)

掛谷宗一の主な業績をやさしく解説

業績1 掛谷の問題(針を回す最小の面積)

問題はとてもかんたんです。長さ1の細い針が、平らな面の上にあります。この針を、中心を決めずに自由に動かして、向きを180度ひっくり返して元にもどす(一回転させる)とします。そのとき、針が通る範囲をすべてふくむ図形の面積は、最小でどれくらいでしょうか。

これが、1917年に掛谷が論文で提案したとされる問題の中身です(上の文はこのページによる言いかえで、掛谷本人の文章ではありません)。

まず思いつくのは、直径1の円板です。針の中心を円の中心におき、そのまま回します。このとき面積は π×(12)2=π4≒0.785\pi\times\left(\dfrac{1}{2}\right)^2=\dfrac{\pi}{4}\fallingdotseq0.785 です。

いちばん簡単な答え:円板針の長さ1=直径。面積は π/4 ≒ 0.785
直径1の円板。針を中心のまわりに回せば、どの向きにも向けられる。面積は π/4

もっと小さくできないでしょうか。たとえば高さが1の正三角形の中なら、針を頂点から底辺へ向けておいて、向きをかえながら、三角形の中で一周させることができます。この三角形の面積は 13≒0.577\dfrac{1}{\sqrt{3}}\fallingdotseq0.577 で、円板よりも小さくなります。「凸(とつ)な図形(へこみのない図形)のなかでは、この正三角形がいちばん小さい」ことは、1920〜21年ごろにハンガリーの数学者パール(Pál)が示したとされます。

もっと小さい形:正三角形針(長さ1)高さ1の正三角形。面積は 1/√3 ≒ 0.577
高さ1の正三角形。針は頂点から底辺へ向けて置き、三角形の中で向きをかえながら回せる。面積は 1/√3

掛谷は、へこみのある図形まで考えれば、もっと小さくできると考えました。その候補が、3つのとがった角を持つデルトイド(三尖形:さんせんけい)です。針の両はしを曲線の上で動かすと、針は曲線の内側を、向きをかえながらすべっていきます。デルトイドの面積は π8≒0.393\dfrac{\pi}{8}\fallingdotseq0.393 で、円板のちょうど半分です。掛谷は「へこみを認めても、この形が最小だろう」と予想したと伝えられています。

掛谷の予想した形:デルトイド針の両はしが曲線の上を動く。面積は π/8 ≒ 0.393
デルトイド。長さ1の針の両はしが曲線の上を動き、針は曲線の内側で向きをかえる。面積は π/8

ベシコヴィッチの作り方のアイデアは、次のようなものです。まず、高さ1の三角形を用意します。これを底辺にそって細い三角形にいくつも切り分け、それぞれを横にずらして、重なる部分が多くなるように並べなおします。すると、切り分けた細い三角形のどれもが「長さ1の針を、ある向きでふくむ」まま、全体の面積はどんどん小さくなっていきます。この作業をくりかえせば、面積をどこまでも小さくできます。針は、小さな三角形から別の小さな三角形へと、少しずつ位置を変えながら向きを回していく、という仕組みです。

ところが、この予想は大きくはずれました。ロシア生まれの数学者ベシコヴィッチが、針を回せる図形の面積を、どこまでも小さくできることを示したのです(最初の結果は1919〜1920年ごろにロシアで得られたとされ、英語の論文として広く知られたのは1928年です。資料によって年代の書き方が分かれます)。ベシコヴィッチは、三角形を細かく切って、少しずつずらして重ねるという巧妙な作り方で、「面積がほとんどゼロなのに、針を回せる」図形を作りました。直感に反するこの結果は、世界の数学者に衝撃をあたえました。

針を回せる図形の面積くらべ円板π/4 ≒ 0.785正三角形1/√3 ≒ 0.577デルトイドπ/8 ≒ 0.393ベシコヴィッチいくらでも小さくベシコヴィッチ:面積はどこまでも小さくできる
針を回せる図形の面積くらべ。円板→正三角形→デルトイド→ベシコヴィッチの図形(いくらでも小さい)

業績2 掛谷集合と掛谷予想(現代につづく問題)

ベシコヴィッチの結果から、「あらゆる向きに長さ1の線分を含む図形」という新しいものが注目されました。これを掛谷集合(またはベシコヴィッチ集合)といいます。面積(正確には測度)がゼロの掛谷集合も作れることが分かりました。

では、そのような集合は、どれだけ「やせて」いても許されるのでしょうか。面積はゼロでも、「次元」は小さくなりすぎないのではないか――そう考えて、掛谷集合の次元は、空間の次元と同じになるはずという予想が立てられました。これが掛谷予想です。平面(2次元)では1971年にデイヴィスが証明しました。3次元以上では長い間未解決でしたが、2025年2月にホン・ワンとジョシュア・ザールが3次元の場合を証明した論文を公開しました(この論文は、専門家による検証が進められている段階の発表です。雑誌への掲載は、このページを書いた時点では確認できていません)。4次元以上は未解決とされています。

この予想は、波動方程式・フーリエ解析・整数論など、一見関係のない分野ともつながっていることがわかり、テレンス・タオをはじめ多くの数学者が研究しています。有限体という「有限個の数だけの世界」での掛谷予想は、2008年にドヴィールという数学者が、思いがけないほど短い証明で解決したことでも知られます。

業績3 掛谷の定理(多項式の根の範囲)

掛谷が1912年ごろに発表した定理は、多項式の方程式の根を調べるものです。係数がすべて正の多項式

p(z)=a0+a1z+a2z2+⋯+anzn(ak>0)p(z)=a_0+a_1z+a_2z^2+\cdots+a_nz^n\qquad(a_k>0)

について、方程式 p(z)=0p(z)=0 のすべての根(複素数もふくむ)は、次の範囲に入ります。

min⁡kakak+1 ≤ ∣z∣ ≤ max⁡kakak+1\min_k\frac{a_k}{a_{k+1}}\ \le\ |z|\ \le\ \max_k\frac{a_k}{a_{k+1}}

「となり合う係数の比」のいちばん小さい値といちばん大きい値のあいだの輪(ドーナツ形)の中に、根はすべて入っているのです。この定理は、スウェーデンのエネストレームが先に似た結果を得ていたため、エネストレーム・掛谷の定理ともよばれます。

たとえば 2+3z+4z2=02+3z+4z^2=0 なら、比は 23\dfrac{2}{3} と 34\dfrac{3}{4} なので、根の絶対値は 23\dfrac{2}{3} 以上 34\dfrac{3}{4} 以下です。実際に解くと、z=−3±23 i8z=\dfrac{-3\pm\sqrt{23}\,i}{8} で、∣z∣=12≒0.707|z|=\sqrt{\dfrac{1}{2}}\fallingdotseq0.707 となり、範囲の中に入っています。

根は「輪」の中にいる(掛谷の定理)根虚軸実軸02+3z+4z²:2/3 ≦ |z| ≦ 3/4係数のとなりどうしの比から範囲が分かる
2+3z+4z²=0 の2つの根(赤い点)は、半径2/3と3/4のあいだの輪の中にある。これが掛谷の定理

高校数学では解と係数の関係で根の和と積を扱いますが、掛谷の定理は、根の「大きさ」の範囲を係数だけから見積もれる、という便利な定理です。複素数と2次方程式の解の延長として、大学の複素関数論で学びます。

業績4 積分方程式の研究と、日本の数学の発展

掛谷は、ヒルベルトの業績と生涯らによって世界で盛んになった積分方程式(未知の関数が積分の中に入っている方程式)の研究で、1928年に日本学士院の恩賜賞を受けました。また、複素関数論(実数の範囲から複素数の範囲へ関数の考えを広げる分野)や、実関数の理論にも貢献しました。

教育者としても、東京高等師範学校・東京文理科大学で、全国の中学校・高等学校の数学の先生を育てる仕事に力を入れました。さらに1944年には統計数理研究所の初代所長として、統計学と数理科学を研究・応用する体制づくりにもたずさわりました。

掛谷宗一の名前がつく公式・定理・用語

  • 掛谷の問題(掛谷の針の問題、Kakeya needle problem):長さ1の針を平面で一回転させるのに必要な最小の面積を問う問題。
  • 掛谷集合(ベシコヴィッチ集合):あらゆる向きの長さ1の線分をふくむ集合。面積ゼロのものがある。
  • 掛谷予想:n次元の掛谷集合は、n次元の大きさ(ハウスドルフ次元)を持つはず、という予想。2次元は解決、3次元は2025年に証明が発表。
  • 掛谷の定理(エネストレーム・掛谷の定理):正の係数の多項式の根は、係数の比で決まる輪の中に入る。
  • 掛谷・エネストレームの定理の応用:安定性の判定や数値計算での根の範囲の見積もりに使われる。
「ここが大事!」と説明する合格先生

合格先生

掛谷の問題は、「かんたんそうな問いほど、答えが予想外」のよい例。入試でも、「最小」や「最大」を直感だけで決めつけず、本当にそれが最小なのかを調べる姿勢が大切だよ。

掛谷宗一の逸話と名言

「針の問題」はどこで生まれた?

掛谷の問題は、1917年ごろ、仙台で書かれた論文の中で提案されたと伝えられています。当時の日本は、世界の数学の中心から遠くはなれていました。それでも、仙台の大学で生まれた1つの問題が、地球の反対側の数学者たちの手に渡り、100年以上もたったいまも、研究されつづけています。日本人の名前がつく問題としては、最もよく知られたものの1つです。

日本の数学がまだ「若かった」時代

掛谷が大学を出た明治の終わりごろ、日本の数学は、西洋に追いつくことを目標に急いで学んでいる最中でした。東京帝国大学を出た数学者は、教科書を読み、ヨーロッパの学術雑誌から最新の結果を学ぶのが仕事の中心でした。掛谷が東北帝国大学に赴任した1912年は、東北大学の数学教室ができて間もない時期です。そこで掛谷のような若い研究者が、世界の最先端の問題に直接取り組み、自分で問題を作り出したことは、日本の数学史にとって大きな出来事でした。

「円板の半分」だと考えた掛谷

掛谷自身は、デルトイドが最小の形だろうと予想していたと伝えられています。面積は円板の半分、π/8。この予想は、あとでまちがいだと分かりました。しかし、数学の歴史では、まちがった予想がかえって新しい発見につながることがよくあります。掛谷の予想がなければ、ベシコヴィッチの驚きの発見も、今の調和解析の発展もなかったかもしれません。

数学者の「顔」が写真に

1937年の数学雑誌『高数研究』には、「数学者のプロフィル:掛谷宗一博士」という記事が掲載され、そこに掛谷の写真がのっています。当時の数学を学ぶ人たちの間で、掛谷が目標とされる学者のひとりであったことが分かります。

サクラちゃん

サクラちゃん

まちがった予想でも、役に立つんですね!

合格先生

合格先生

そう。「はずれた」ことにも価値があるんだ。入試でも、まちがえた問題の「どこで予想がはずれたのか」を分析する人が、いちばん伸びるよ。

受験・勉強と掛谷宗一のつながり

中学受験・高校受験:面積と図形の発想力

掛谷の問題で出てくる図形は、円・正三角形・曲線で囲まれた形です。円の面積と円周の長さの公式、三角形の面積の公式といった基本の公式を使って、「同じ長さの針が通れる図形の面積を比べる」ことができます。たとえば、直径1の円と、高さ1の正三角形、どちらの面積が小さいかを計算で比べるのは、中学入試の面積問題と同じ作業です。

大学受験:多項式の根、最大・最小の考え方

大学入試で掛谷の定理そのものが出ることはほとんどありません。しかし、複素数の根の絶対値を評価する問題は、難関大学でときどき出ます。判別式の意味と使い方・解と係数の関係・複素数と2次方程式・絶対値の意味と計算などの基礎が、掛谷の定理の考え方の土台です。「絶対値の最大・最小を、不等式で見積もる」という方法は、不等式の証明の発展として学べます。京都大学などの入試では、京大理系数学の出題分析(整数問題の出方)も参考になります。

数学オリンピック・研究への道

掛谷予想のような問題は、数学オリンピックの過去問と勉強法で出される問題のように、高校生にも問題の意味が分かるのに、解くには深い考えが必要なものの代表です。大学で数学を学ぶ人にとって、「やさしい問いの奥に深い世界がある」ことの例として、必ず紹介される問題です。

探究学習・自由研究のヒント

掛谷の問題は、厚紙とえんぴつで実験できます。厚紙を円・正三角形・ひし形などに切り、細いつまようじ(針の代わり)を中で回せるかを試してみましょう。「どの形なら回せるか」「いちばん小さい形はどれか」を調べて、面積を計算で比べれば、立派な自由研究になります。ただし、デルトイドのような曲線の形は手で切るのがむずかしいので、方眼紙に点をとって、なめらかな線で結ぶとよいでしょう。

勉強法として:直感を疑い、確かめる

掛谷の問題が教えてくれるのは、直感をうたがう勇気です。「円がいちばん小さいにちがいない」「三角形が最小だろう」と思ったことが、つぎつぎにくつがえされました。受験でも、図を見て「たぶんこうだ」と決めつけず、計算で確かめる習慣が大切です。数学の勉強の進め方は数学の勉強法(解法の暗記→演習→過去問)にもまとめてあります。

掛谷宗一がその後の数学にあたえた影響

  • 調和解析(フーリエ解析):掛谷集合の研究は、フーリエ級数の収束や、波の広がり方の理論と深く結びついています。
  • 幾何学的測度論:面積がゼロなのに線分を含む集合の研究は、「測度」や「次元」の考え方を大きく進めました。ルベーグ(測度と積分)、カントール(集合と無限)の考えにつながる分野です。
  • 偏微分方程式・波動方程式:波が一点に集まる現象の理解に、掛谷予想が影響しています。
  • 整数論・組合せ論:有限体上の掛谷問題は、符号理論や乱数の理論(乱数抽出器)にも使われています。
  • 日本の数学教育・統計学:東京高等師範学校・東京文理科大学での教育、統計数理研究所の初代所長として、日本の数学と統計学の基礎をつくりました。同時代の高木貞治(類体論)らとともに、日本の数学が世界水準に達する時代を支えた一人です。

掛谷が提案した問題は、没後70年以上たっても、世界の第一線の数学者たちの研究対象です。ひとつの問いが、時代と国をこえて受けつがれていくのは、数学の大きな魅力のひとつです。

掛谷宗一に挑戦!練習問題

やさしい

  1. 直径1の円板の面積を求めなさい。円周率は π\pi のままで答えなさい。
    答えと解説を見る半径は 12\dfrac{1}{2} なので、面積は π×(12)2=π4\pi\times\left(\dfrac{1}{2}\right)^2=\mathbf{\dfrac{\pi}{4}}(約0.785)。
  2. 高さが1の正三角形の1辺の長さを求めなさい。
    答えと解説を見る正三角形の高さは、1辺 aa の 32\dfrac{\sqrt3}{2} 倍なので、32a=1\dfrac{\sqrt3}{2}a=1 より a=23=233a=\dfrac{2}{\sqrt3}=\mathbf{\dfrac{2\sqrt3}{3}}。

ふつう

  1. 高さ1の正三角形の面積を求めなさい。
    答えと解説を見る底辺 23\dfrac{2}{\sqrt3}、高さ1なので、面積は 12×23×1=13=33\dfrac{1}{2}\times\dfrac{2}{\sqrt3}\times1=\dfrac{1}{\sqrt3}=\mathbf{\dfrac{\sqrt3}{3}}(約0.577)。
  2. 1+2z+4z2=01+2z+4z^2=0 の2つの根の絶対値は、掛谷の定理から範囲が決まります。その範囲を答え、実際の値と比べなさい。
    答えと解説を見る係数の比は 12\dfrac{1}{2} と 24=12\dfrac{2}{4}=\dfrac{1}{2} で同じなので、範囲は ∣z∣=12|z|=\dfrac{1}{2} ただ1つ。実際に解くと z=−1±3 i4z=\dfrac{-1\pm\sqrt3\,i}{4} で、∣z∣2=1+316=14|z|^2=\dfrac{1+3}{16}=\dfrac{1}{4} より ∣z∣=12|z|=\dfrac{1}{2} で、ぴったり一致します。

むずかしい

  1. 6+5z+z2=06+5z+z^2=0 の根の絶対値の範囲を掛谷の定理で求め、実際の根と比べなさい。
    答えと解説を見る係数の比は 65=1.2\dfrac{6}{5}=1.2 と 51=5\dfrac{5}{1}=5。よって 1.2≤∣z∣≤51.2\le|z|\le5。実際には (z+2)(z+3)=0(z+2)(z+3)=0 より z=−2,−3z=-2,-3 で、絶対値2と3はこの範囲に入っています。
  2. 高さ1の正三角形の面積は、直径1の円板の面積の約何パーセントですか(四捨五入して整数)。
    答えと解説を見る1/3π/4=43 π≒0.735\dfrac{1/\sqrt3}{\pi/4}=\dfrac{4}{\sqrt3\,\pi}\fallingdotseq0.735 なので、約74パーセント。つまり三角形のほうが約26パーセント小さい。

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読みもの(合格大作戦の数学の記事)

よくある質問

掛谷宗一は何をした人ですか?

掛谷宗一は、日本の数学者です。長さ1の針を一回転させるのに必要な図形の最小面積を問う「掛谷の問題」を提案したことで世界的に知られます。多項式の根の範囲を示す掛谷の定理や、積分方程式の研究でも業績があり、統計数理研究所の初代所長もつとめました。

掛谷の問題(針の問題)とは何ですか?

長さ1の針を、平面の上で一回転(向きを完全に反対にもどす)させるとき、針が通る図形の面積は最小でいくらか、という問題です。円板だと約0.785、正三角形だと約0.577ですが、実はどこまでも小さくできることが示されました。

掛谷の問題はだれが解いたのですか?

ロシア生まれの数学者ベシコヴィッチが、針を回せる図形の面積をいくらでも小さくできることを示しました。年代は資料によって1919年とも1928年ともされます。ただし、へこみのない図形(凸図形)の中では、正三角形が最小であることが示されています。

掛谷予想とは何ですか?

あらゆる向きの長さ1の線分をふくむ集合(掛谷集合)の次元は、その空間の次元と同じになるはずだ、という予想です。2次元では1971年に証明され、3次元は2025年にホン・ワンとジョシュア・ザールが証明を発表しました。4次元以上は未解決とされています。

掛谷の定理とは何ですか?

係数がすべて正の多項式の根は、となり合う係数の比の最小値と最大値のあいだの輪の中に入る、という定理です。たとえば 2+3z+4z²=0 の根の絶対値は、2/3以上3/4以下になります。エネストレーム・掛谷の定理ともよばれます。

掛谷宗一はどこで活躍しましたか?

1912年に東北帝国大学(仙台)の助教授になり、のちに東京高等師範学校、東京文理科大学で教え、1935年から1946年は東京帝国大学の教授も兼任しました。1944年には統計数理研究所の初代所長に就任しています。

掛谷宗一は何歳で亡くなりましたか?

1947年1月9日に60歳で亡くなりました。1886年1月18日に広島県深安郡坪生村(現在の福山市)で生まれています。

掛谷宗一はどんな賞を受けましたか?

1928年に、積分方程式についての研究で日本学士院の恩賜賞を受けました。同じ年に、イタリアのボローニャで開かれた国際数学者会議に招かれて講演しています。

掛谷宗一は受験に関係がありますか?

掛谷の問題で出てくる円・正三角形の面積の計算は、中学・高校受験の面積問題と同じ考え方です。掛谷の定理は入試にはほとんど出ませんが、複素数の根の絶対値を評価する問題の背景になっています。

掛谷集合とは何ですか?

あらゆる向きに、長さ1の線分を含んでいる集合のことです。面積(測度)がゼロの掛谷集合も作れることが知られています。ベシコヴィッチ集合ともよばれ、調和解析や整数論の研究に使われています。

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出典・参考

  • 日本語版ウィキペディア「掛谷宗一」
  • 掛谷宗一「On the limits of the roots of an algebraic equation with positive coefficients」(Tohoku Mathematical Journal、1912〜13年ごろ)
  • A. S. Besicovitch, “On Kakeya’s problem and a similar one”(Mathematische Zeitschrift, 1928年)
  • H. Wang, J. Zahl, “Volume estimates for unions of convex sets, and the Kakeya set conjecture in three dimensions”(arXiv:2502.17655, 2025年)
  • 肖像:「数学者のプロフヰル:掛谷宗一博士」(『高数研究』1937年10月号)より、Wikimedia Commons(パブリックドメイン)

最終更新:2026年11月2日/作成:大学受験合格大作戦