ビーベルバッハ予想とは?わかりやすく|1984年ド・ブランジュが68年ぶりに証明・ケーベ関数と係数

ビーベルバッハ予想とは?わかりやすく|1984年ド・ブランジュが68年ぶりに証明・ケーベ関数と係数

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ビーベルバッハ予想

ひとことで言うと

「円板を重ならないようにうつす関数は、nn 番目の係数がnn 以下か」。1916年の予想を、1984年にド・ブランジュが68年ぶりに証明した。

問題単位円板を一対一にうつす関数 z+a2z2+⋯z+a_2z^2+\cdots の係数は、いつも ∣an∣≤n|a_n|\le n か
出された年1916年(ルートヴィヒ・ビーベルバッハ)
解かれた年1984年(論文は1985年)
解いた人ルイ・ド・ブランジュ(アメリカ・パデュー大学)
かかった年数68年
今の名前ド・ブランジュの定理
上限に届く関数ケーベ関数 z/(1−z)2z/(1-z)^2(とその回転)
分野複素解析(幾何学的関数論)

このページのポイント

  • ビーベルバッハ予想は、円板を重ならずにうつす関数の係数 ana_n がいつも nn 以下か、という予想。上限に届くのはケーベ関数
  • n=2n=2(1916年)から始まり、n=3n=3(1923年)・n=4n=4(1955年)・n=6n=6(1968年)・n=5n=5(1972年)と一つずつ証明が進んだ
  • 1984年にド・ブランジュが全部の nn で証明。ロバートソン予想・ミリン予想を経由し、アスキーとガスパーの不等式が鍵になった

ビーベルバッハ予想とは?(ひとことで)

ビーベルバッハ予想とは、「円の内側を、重ならないようにほかの形にうつす関数があるとき、その関数を z+a2z2+a3z3+⋯z+a_2z^2+a_3z^3+\cdots と書くと、nn 番目の係数の大きさ ∣an∣|a_n| は、いつも nn 以下か」という予想です。1916年、ドイツの数学者ルートヴィヒ・ビーベルバッハ(1886〜1982)が予想しました。

この予想は、1984年に、アメリカ・パデュー大学のルイ・ド・ブランジュが証明しました。予想から68年後のことです。今はド・ブランジュの定理ともよばれます。その後、証明は短く書き直されていて、1991年にはワインスタインが、特別な不等式を使わない、とても短い証明を見つけました。

この問題は、リーマンの業績と生涯が始めた「複素関数の幾何学」の中心にあった問題です。ふつうの高校生には遠い話に見えますが、問いの形は意外とシンプルです。「形を変えるとき、どれくらいゆがむのか」を、関数の係数という数字で調べようとする問題だからです。

モーデル予想や算術の無矛盾性の問題のように、数学の難問には、問いは短いのに、答えまでに何十年もかかるものがあります。ビーベルバッハ予想も、n=2n=2 から始めて、n=3,4,5,6n=3,4,5,6 と、一つずつ証明が進んだという、めずらしい歴史をもっています。

サクラちゃん

サクラちゃん

関数の係数、ってなんですか? 二次関数の ax2ax^2 の aa みたいなものですか?

合格先生

合格先生

いい気づきだね。二次関数 y=ax2+bx+cy=ax^2+bx+c の aa や bb と同じ「係数」だよ。ただこの問題の関数は、z+a2z2+a3z3+⋯z+a_2z^2+a_3z^3+\cdots とどこまでも続く式なんだ(べき級数という)。無限に続く係数が、全部ある決まりを守るかどうかを調べる問題だよ。順番に説明しよう。

この問題の意味をやさしく解説

ステップ1:複素数の平面と「円板」

この問題の主役は複素数です。複素数は、i2=−1i^2=-1 となる数 ii を使って x+yix+yi と書く数で、平面の点と同じように考えられます(複素数平面とは、虚数・複素数とは)。この平面を複素平面といいます。

原点を中心とする半径1の円の内側(円周はふくまない)を、単位円板といい、∣z∣<1|z|<1 と書きます。ビーベルバッハ予想は、この円板をほかの形にうつす関数の話です。

ステップ2:「一対一」にうつす関数(単葉関数)

円板の点 zz に、ある関数 ff をかけて、新しい点 f(z)f(z) に動かします。数学では「写像」といいます。このとき、円板のちがう2点が、同じ点にうつらないような関数を考えます。このような関数を、ドイツ語でシュリヒト、日本語で単葉関数といいます(逆関数とはがあるための条件と同じ考え方です)。

「一対一」の写像だけを考える OK:別々の点へ NG:2点が同じ点に 円板 |z|<1 の点がかさならない= 単葉 折りたたむ写像は対象外
円板の点が重ならず、1点が1点にうつる関数だけを考える。折りたたむように重なってしまう関数は対象外

たとえば f(z)=z2f(z)=z^2 は、zz と −z-z が同じ点にうつるので、単葉ではありません。f(z)=zf(z)=z(何もしない)や、f(z)=2zf(z)=2z(2倍に広げる)は単葉です。単葉であることは、「紙を破らず、折りたたまずに広げたり縮めたり曲げたりする」と考えると、イメージしやすいでしょう。

ステップ3:どんな領域も円板にうつせる(リーマンの写像定理)

1851年、リーマンは重要な定理を示しました。平面全体ではなく、穴のない領域なら、どんな形でも、単位円板に一対一で(なめらかに)うつせるという定理です。これをリーマンの写像定理といいます。ですから、「円板をうつす単葉関数」を調べれば、「穴のない領域すべて」を調べたことになります。

リーマンの写像定理(1851年) 0穴のない領域 一対一 0単位円板 |z|<1 0 → 0、0での拡大率=1 にそろえるf(z)=z+a₂z²+a₃z³+…
穴のない領域はどれも円板と「同じ」とみなせる。だから円板を動かす単葉関数をすべて調べれば、領域のゆがみ方の全体が分かる

単葉関数にはたくさんありますが、そろえて比べるために、原点を原点にうつし(f(0)=0f(0)=0)、原点での拡大の割合を 1 にそろえます(f′(0)=1f'(0)=1)。するとどの単葉関数も、次のように、べき級数で書けます。

f(z)=z+a2z2+a3z3+a4z4+⋯f(z)=z+a_2z^2+a_3z^3+a_4z^4+\cdots

この式の a2,a3,⋯a_2,a_3,\cdots が、この関数の係数です。係数は、この関数が「形をどうゆがめるか」を決める数字です(微分については微分の公式、べき級数についてはべき級数と収束半径を参照)。

ステップ4:予想の内容 ― 係数はどれくらい大きくなれる?

では、単葉関数の係数 ana_n は、どれくらい大きくなれるのでしょうか。ビーベルバッハは、n=2n=2 の場合を証明して、次のように予想しました。

どんな単葉関数でも、∣an∣≤n|a_n|\le n(n=2,3,4,⋯n=2,3,4,\cdots)

∣an∣|a_n| は、複素数 ana_n の「大きさ」(絶対値の意味にあたる、原点からの距離)です。この上限 nn は、ある特別な関数でちょうど届くことが分かっています。

ステップ5:上限に届く関数 ― ケーベ関数

上限にちょうど届く関数が、ドイツの数学者ケーベ(コーベ)が1907年に調べたケーベ関数です。

k(z)=z(1−z)2=z+2z2+3z3+4z4+⋯k(z)=\dfrac{z}{(1-z)^2}=z+2z^2+3z^3+4z^4+\cdots

等比数列の和の公式 11−z=1+z+z2+⋯\dfrac1{1-z}=1+z+z^2+\cdots を使って、微分すると 1(1−z)2=1+2z+3z2+⋯\dfrac1{(1-z)^2}=1+2z+3z^2+\cdots となり、zz をかけて上の式になります。どの係数も an=na_n=n です。つまりケーベ関数では ∣an∣=n|a_n|=n で、ぴったり上限です。

|aₙ| ≤ n:上限とふつうの例n=22n=33n=44n=55n=66n=77n=88ケーベ関数 z/(1−z)²(上限ぴったり)z/(1−z)(係数はいつも1)n が大きくなるほど、上限の差が広がる
ケーベ関数(オレンジ)の係数は n と一緒に増え、上限ぴったり。ふつうの単葉関数(青の例)は、ずっと小さい

ケーベ関数は、単位円板を、平面から「−14-\frac14 から左へ無限にのびる線」をのぞいた形にうつします。つまり、円板を「平面にぴったり広げ、1本の切れこみを入れた」ような形です。その切れこみが、−14-\frac14 から始まっているのがポイントです。

ケーベ関数 k(z) の像 −1/40半径 1/4 の円 切れこみ(像に入らない) 像は「平面 − 切れこみ」どんな単葉関数の像にも半径1/4の円は入る
ケーベ関数は円板を、平面から切れこみをのぞいた形にうつす。これ以上ゆがませる単葉関数は、ないと予想された

この図から、有名なケーベの1/4定理が分かります。どんな単葉関数でも、その像は、原点を中心とする半径 14\frac14 の円を、かならずふくむという定理です。ケーベ関数は、この「半径 14\frac14」にぴったり届く例になっています。

「ここが大事!」と説明する合格先生

合格先生

ケーベ関数が「いちばんゆがむ例」だよ。予想は、どんな単葉関数も、このケーベ関数を超えるほど大きな係数にはならない、と言っているんだ。

ステップ6:なぜ「係数」を調べるのか

係数の大きさが分かると、関数の動き方がかなり分かります。たとえば ∣a2∣≤2|a_2|\le2 からは、次のようなことが分かります。

  • ケーベの1/4定理(像に半径 14\frac14 の円がふくまれる)
  • 円板の中の点 zz が、どれくらい遠くにうつされるかの限界(成長定理 ∣f(z)∣≤∣z∣(1−∣z∣)2|f(z)|\le\dfrac{|z|}{(1-|z|)^2})
  • 円板のどこでも、形が極端にゆがまないこと(歪曲定理)

∣a2∣≤2|a_2|\le2 の証明は、「面積定理」とよばれる定理を使います。面積定理は、1914年にグロンウォールが示したもので、「単葉関数がうつした図形の面積は、負にならない」ことから、係数の間に不等式が成り立つ、というものです。もっと高い番号の係数 a3,a4,⋯a_3,a_4,\cdots になると、この方法だけではうまくいかず、新しい方法が必要でした。

この問題の歴史と年表

1907〜1916年:ケーベとビーベルバッハ

1907年、ケーベが、単葉関数について重要な結果を発表します。1916年、ビーベルバッハは、論文の中で ∣a2∣≤2|a_2|\le2 を証明し、「nn 番目の係数もきっと nn 以下だろう」と予想しました。この結果から、ケーベの1/4定理(像に半径 rac14rac14 の円がふくまれる)も導かれます。

1923年:レヴナー(ロウナー)が n=3n=3 を証明

1923年、チャールズ・レヴナー(Charles Loewner)が、∣a3∣≤3|a_3|\le3 を証明しました。このとき彼が作った方法は、「レヴナーの微分方程式」とよばれ、のちの研究で大きな役割を果たします。単葉関数を、小さな変形を少しずつつないで作る、という方法です(微分とはの考え方の応用です)。

1955年:n=4n=4。32年かかった

n=4n=4 の場合は、ガラベディアンとシッファーが、1955年に証明しました。非常に長くて複雑な計算が必要でした。n=3n=3 から n=4n=4 まで、32年かかっています。

1968〜1972年:n=6n=6 と n=5n=5

次に証明されたのは、n=5n=5 ではなく n=6n=6 でした。1968年にペダーソンが示し、1969年にオザワが独立に示しました。その後、1972年に、ペダーソンとシッファーが n=5n=5 を証明しました。n=5n=5 のほうがむずかしかった、というのは、この問題のふしぎなところです。

1976〜1984年:道具がそろう

1976年、アスキーとガスパーが、ジャコビ多項式についての不等式を証明しました。この不等式が、のちにド・ブランジュの証明の最後の鍵になります。ミリンも1970年代に、「対数係数」についての新しい予想(ミリン予想)を出しました。ミリン予想が正しければ、1936年のロバートソン予想も、ビーベルバッハ予想も正しいことが示されていました。

1984年:ド・ブランジュの証明

1984年、ルイ・ド・ブランジュが、ビーベルバッハ予想を、すべての nn について証明したと発表しました。ド・ブランジュは、ヒルベルトの名がついたヒルベルト空間などの研究で知られた数学者です。パデュー大学が1984年8月28日に発表したニュースでは、ド・ブランジュは、ビーベルバッハ予想だけでなく、それより強いミリン予想も証明したと伝えられています。

証明は最初、たいへん長くて、むずかしいものでした。そのため、当時のソ連(今のロシア)のレニングラード(ステクロフ数学研究所)にあった数学者のグループが、1984年のうちに、ゼミで細かく検証しました。検証の結果、証明が正しいことが確かめられ、論文は1985年に、雑誌『アクタ・マセマティカ』に発表されました。

一つずつ進んだ68年1916n=2:ビーベルバッハ1923n=3:レヴナー(ロウナー)1955n=4:ガラベディアンとシッファー1968n=6:ペダーソン(1969年オザワも)1972n=5:ペダーソンとシッファー1984すべての n:ド・ブランジュ
n=2から始まり、n=3、4、6、5と進み、1984年にすべてのnが一度に証明された

その後:短く、やさしくなった証明

1985年、フィッツジェラルドとポンメレンケが、ド・ブランジュの証明を簡単にした論文を発表しました。さらに1991年には、ワインスタインが、アスキー・ガスパーの不等式も使わない、短い証明を見つけています。今では、複素関数の専門書で、数ページにまとめて紹介されるようになりました。

年できごと
1851年リーマンが写像定理を示す(穴のない領域は円板にうつせる)
1907年ケーベが単葉関数の基本的な結果(ケーベの1/4定理のもとになる)を発表
1914年グロンウォールが面積定理を示す
1916年ビーベルバッハが ∣a2∣≤2|a_2|\le2 を証明し、∣an∣≤n|a_n|\le n を予想
1923年レヴナー(ロウナー)が n=3n=3 を証明。レヴナーの微分方程式
1936年ロバートソンが、より強い予想(ロバートソン予想)を出す
1955年ガラベディアンとシッファーが n=4n=4 を証明
1968〜69年ペダーソンとオザワが、それぞれ n=6n=6 を証明
1972年ペダーソンとシッファーが n=5n=5 を証明
1976年アスキーとガスパーが、のちに使われる不等式を証明
1984年ド・ブランジュがすべての nn で証明(論文は1985年)
1991年ワインスタインが、短い別証明を発表

ビーベルバッハ予想は、いつ・だれが解いた?

ビーベルバッハ予想は、1984年に、アメリカ・パデュー大学のルイ・ド・ブランジュが解きました。1916年の予想から68年後です。証明は1985年に『アクタ・マセマティカ』第154巻に「ビーベルバッハ予想の証明」という題で発表されました。

これは未解決ではなく、解決済みの問題です。証明は、多くの数学者が確かめて、正しいと認められています(2026年11月時点)。ド・ブランジュの証明は、この問題のためだけでなく、フェルマーの最終定理のような「数の問題」とは別の、解析学の難問がどう解けるかを示す例になりました。

ド・ブランジュの証明の考え方(ざっくり)

  1. ビーベルバッハ予想を直接調べるのではなく、それより強い、ミリン予想(係数の「対数」についての不等式)を考える。ミリン予想が正しければ、ロバートソン予想、ビーベルバッハ予想が成り立つ。
  2. ミリン予想を、レヴナーの微分方程式という道具を使って、「関数の列がずっと変化しても、ある量が増え続けることはない」という形に直す。
  3. その「増え続けない」ことを示すため、特別な関数の組を考え、それらの関数が負にならないことが必要だと分かる。
  4. 「負にならない」ことは、すでに1976年にアスキーとガスパーが証明していたジャコビ多項式の不等式の特別な場合だった。これで証明が完成する。
強い予想から弱い予想が出る ミリンの予想(対数係数)いちばん強い。ド・ブランジュが証明 ならば ロバートソンの予想(1936年)奇数の形にした関数の係数の予想 ならば ビーベルバッハ予想(1916年)|aₙ| ≤ n。もとの予想 ド・ブランジュの証明の最後に使われたアスキーとガスパーの不等式(1976年)
強いミリン予想→ロバートソン予想→ビーベルバッハ予想の順に、強い予想から弱い予想が出る。ド・ブランジュは、最も強い予想を証明した

ド・ブランジュは、この証明の過程で、ビーベルバッハ予想を超える、より強い結果を得ています。そして、等号が成り立つのは、ケーベ関数(とそれを回転させたもの)だけであることも分かっています。つまり、ケーベ関数は、期待どおり「いちばんゆがむ」唯一の例だったのです。

評価と受け止め

ド・ブランジュの証明が発表されたとき、ある大学の理学部長が「ものすごい登山のような仕事」と評したと、大学のニュースで紹介されています。また、専門家たちが「証明の短さとすばらしさにおどろいた」と評したことも、同じニュースに載っています。

この問題は、「長年未解決だった問題が、証明の長さのわりに、思いもよらない道具(特殊関数の不等式)で解けた」例として知られています。ポアンカレ予想やリーマン予想のような、まだ道具が足りない難問に挑む数学者にとって、ひとつの励みになっています。

ひらめいたうかるくん

うかるくん

68年かかっても、いつか解けるんだね! 小さい nn から一つずつ確かめていくのも、大事なんだ。

ビーベルバッハ予想は、なぜ難しかったのか

1. 調べる関数が無限にある

単葉関数は、無限にあります。しかも、それぞれが無限に続く係数をもっています。1つの関数なら係数を計算できますが、「すべての単葉関数で」成り立つことを示すには、関数全体の性質を使う必要があります。

2. 「単葉」という条件が、係数だけでは見えにくい

関数が単葉かどうかは、「ちがう2点が同じ点にうつらない」という、全体にかかわる性質です。この性質が、係数の言葉ではどう表されるのかが、はっきりしません。たとえば f(z)=z+az2f(z)=z+az^2 は、∣a∣≤12|a|\le\frac12 のときだけ単葉です(二次方程式の解の公式や判別式で確かめられます)。係数が1つ増えるだけで、「単葉であるための条件」は急に複雑になっていきます。

3. nn が大きくなると計算がふくらむ

n=2n=2 は面積定理を使うと比較的かんたんです。n=3n=3 では、レヴナーの方法が必要で、n=4n=4 では、さらに長い計算になりました。n=5n=5 と n=6n=6 では、もっとふくらみます。この方法のままでは、一般の nn までとどくことは、とても考えられませんでした。

4. 新しい道具が必要だった

最後に問題を解いたのは、一つずつ nn を増やす方法ではなく、全体を一度に見る新しい方法でした。しかも、最後の鍵は、別の分野(特殊関数)の不等式でした。ある分野の難問が、別の分野の道具で解ける、という例です。数学の難問がむずかしいのは、必要な道具が、しばしばまったく別の場所にあるからです。

よくある誤解:「係数が上限に届くのは、ふつうのこと?」

∣an∣≤n|a_n|\le n が成り立つ関数のうち、ほとんどは上限よりずっと小さい係数をもちます。たとえば f(z)=z1−z=z+z2+z3+⋯f(z)=\dfrac{z}{1-z}=z+z^2+z^3+\cdots も単葉関数ですが、係数はずっと 1 のままです。上限 nn にぴったり届くのは、ケーベ関数(とその回転)という、とてもめずらしい例だけです。

また、「n=2,3,4,5,6n=2,3,4,5,6 で正しいのだから、すべての nn でも正しいに決まっている」というのは、証明ではありません。ゴールドバッハ予想のように、たくさんの場合で正しくても、すべての場合を証明するまでは、予想は予想です。ビーベルバッハ予想の場合は、たまたま正しかったのです。

うかるくん

うかるくん

n=2n=2 から順に証明していたのに、n=5n=5 より先に n=6n=6 が証明されたのはどうしてですか?

合格先生

合格先生

n=5n=5 のほうが、ほかの場合に比べて、特別むずかしい形をしていたからだよ。数学では、nn が大きいほどむずかしい、とは限らない。数を変えるごとに、必要な道具が変わるんだ。だから最終的には、一つずつの方法をやめて、全体を一度に見る方法が必要になったんだよ。

受験・勉強とのつながり

中学受験:図形の「ゆがみ」と拡大・縮小

中学受験で習う、図形の拡大・縮小(相似)は、ビーベルバッハ予想が扱う関数のいちばん単純な例です。f(z)=2zf(z)=2z は、図形をちょうど2倍に広げる写像です。ゆがまない拡大縮小に対して、この問題は、「ゆがむ写像がどこまでゆがむか」を考えています。

高校数学:複素数平面と等比数列

数学Ⅲの複素数平面では、複素数の足し算・かけ算を、平面の移動・回転・拡大として学びます(複素数平面、ド・モアブルの定理)。たとえば z↦izz\mapsto iz は90°回転、z↦2zz\mapsto 2z は2倍拡大で、どちらも単葉関数です。また、ケーベ関数の係数を求めるときに使った無限等比級数の和 11−z=1+z+z2+⋯\dfrac1{1-z}=1+z+z^2+\cdots は、数学Ⅲの「数列の極限」と「無限級数」(数列の極限)そのものです。

大学入試:べき級数と微分

大学入試では、関数をべき級数に展開する問題(マクローリン展開、マクローリン展開・テイラー展開)が、ときどき出ます。exe^x、sin⁡x\sin x、11−x\dfrac1{1-x} をべき級数に展開し、係数を求める練習は、そのままビーベルバッハ予想の入り口です。京大などで頻出の、複素数と図形の問題とも結びつきます(京大理系数学の出題分析)。

大学の数学:複素解析

大学の数学科や理工系では、「複素解析(関数論)」という授業で、複素関数の微分・積分を学びます。単葉関数、リーマンの写像定理、ケーベの1/4定理などは、ここで出てくる定番の話題です。コーシーの業績と生涯やワイエルシュトラスの業績と生涯が築いた複素解析の、美しい応用例です。

勉強法として:「小さい場合から」

n=2n=2 から n=3n=3 へと進んだ歴史は、数学の勉強法にも通じます。大きな問題にぶつかったら、まず小さい場合(n=2n=2 や n=3n=3)で試すのが、いちばんの近道です。入試の数列や整数の問題でも、小さい数で実験してから規則を見つけるのが定石です。数学の勉強の進め方は数学の勉強法(解法の暗記→演習→過去問)も参考にしてください。

自由研究にも:べき級数の係数を調べよう

11−z\dfrac1{1-z} や 1(1−z)2\dfrac1{(1-z)^2} の展開の係数が、1, 1, 1, … と 1, 2, 3, … になることを、割り算やかけ算で実際に確かめられます。いくつかの関数について、最初の数項を計算して、上限 nn との差を表にまとめてみましょう。ギリシャ文字の読み方はギリシャ文字の読み方一覧、記号の意味は数学でよく使う記号の意味一覧が便利です。

ビーベルバッハ予想が数学・社会にあたえた影響

  • 複素関数論(幾何学的関数論)の発展:この予想を解く過程で、レヴナーの微分方程式、面積定理、特殊関数の不等式など、多くの道具が磨かれました。今も単葉関数の研究には、これらの道具が使われています。
  • レヴナーの方法から確率論へ:レヴナーの微分方程式は、2000年代に確率論と結びつき、「SLE(シュラム・レヴナー発展)」という理論が生まれました。これは、物質が磁石になる現象などの、確率の図形を調べるのに使われます。レヴナーの名前は、ここでもよみがえっています。
  • 特殊関数と複素関数の橋わたし:ジャコビ多項式などの特殊関数は、もともと物理(球対称の問題など)から生まれました。それが複素関数の難問と結びついたことで、異なる分野の交流が進みました。
  • 「長い証明を確かめる」しくみ:ド・ブランジュの最初の証明は長くて複雑でした。専門家のグループがゼミで検証した事例は、ABC予想のような現代の難問の検証の仕方を考えるときにも、よく引き合いに出されます。
  • ほかの係数の問題:ビーベルバッハ予想の後にも、単葉関数の係数をめぐる問題は、今もたくさん残っています。たとえば、係数が複素数でなく実数のときや、関数の形を少し変えたときなどの問題です。

1つの予想が、68年かけて、いくつもの新しい道具を生んだことになります。解けたあとにも、解く過程で生まれた道具が、次の発見につながっていくのです。

この問題に挑戦!練習問題

やさしい

  1. ケーベ関数 k(z)=z(1−z)2=z+2z2+3z3+⋯k(z)=\dfrac{z}{(1-z)^2}=z+2z^2+3z^3+\cdots の、z5z^5 の係数 a5a_5 はいくつですか。また、∣a5∣≤5|a_5|\le5 は成り立ちますか。
    答えと解説を見るan=na_n=n なので a5=a_5=5。∣a5∣=5|a_5|=5 で、ちょうど 55 以下なので成り立ちます(等号)。
  2. 関数 f(z)=z1−z=z+z2+z3+⋯f(z)=\dfrac{z}{1-z}=z+z^2+z^3+\cdots の、z10z^{10} の係数 a10a_{10} はいくつですか。∣a10∣≤10|a_{10}|\le10 は成り立ちますか。
    答えと解説を見る等比級数の和 11−z=1+z+z2+⋯\dfrac1{1-z}=1+z+z^2+\cdots の zz 倍なので、どの係数も 1。a10=a_{10}=1 で、1≤101\le10 なので成り立ちます。

ふつう

  1. 11−z=1+z+z2+z3+⋯\dfrac1{1-z}=1+z+z^2+z^3+\cdots の両辺を zz で微分して、1(1−z)2\dfrac1{(1-z)^2} を無限級数で表しなさい。
    答えと解説を見る右辺を項ごとに微分すると 1+2z+3z2+4z3+⋯1+2z+3z^2+4z^3+\cdots。左辺の微分は 1(1−z)2\dfrac1{(1-z)^2} なので、1(1−z)2=1+2z+3z2+4z3+⋯\dfrac1{(1-z)^2}=1+2z+3z^2+4z^3+\cdots。これに zz をかけたものがケーベ関数です。
  2. f(z)=z+z2f(z)=z+z^2 は、単位円板で単葉ではありません。ちがう2点 z1,z2z_1,z_2 で f(z1)=f(z2)f(z_1)=f(z_2) になる例を1組あげなさい。
    答えと解説を見るf(z1)−f(z2)=(z1−z2)(1+z1+z2)f(z_1)-f(z_2)=(z_1-z_2)(1+z_1+z_2) なので、z1+z2=−1z_1+z_2=-1 となる2点を選びます。たとえば z1=−12+12i, z2=−12−12iz_1=-\tfrac12+\tfrac12 i,\ z_2=-\tfrac12-\tfrac12 i(どちらも ∣z∣=12<1|z|=\tfrac1{\sqrt2}<1)。2つは異なる点で、f(z1)=f(z2)f(z_1)=f(z_2) です。

むずかしい

  1. 実数 aa について、f(z)=z+az2f(z)=z+az^2 が単位円板 ∣z∣<1|z|<1 で単葉になるための条件を求めなさい。
    答えと解説を見るf(z1)−f(z2)=(z1−z2){1+a(z1+z2)}f(z_1)-f(z_2)=(z_1-z_2)\{1+a(z_1+z_2)\}。単葉なら、z1≠z2z_1\neq z_2 のとき 1+a(z1+z2)≠01+a(z_1+z_2)\neq0。∣z1+z2∣<2|z_1+z_2|<2 なので、∣a∣≤12|a|\le\tfrac12 なら ∣a(z1+z2)∣<1|a(z_1+z_2)|<1 で、いつも 00 になりません(単葉)。∣a∣>12|a|>\tfrac12 なら z1+z2=−1az_1+z_2=-\tfrac1a(大きさ <2<2)となる異なる2点がとれるので単葉ではありません。答えは ∣a∣≤12|a|\le\tfrac12。このとき ∣a2∣=∣a∣≤12≤2|a_2|=|a|\le\tfrac12\le2 で、予想の上限 2 に届いていないことも分かります。
  2. ケーベ関数 k(z)=z(1−z)2k(z)=\dfrac{z}{(1-z)^2} について、−1<x<0-1<x<0 の実数 xx を代入したときの値 k(x)k(x) のとりうる範囲を求めなさい。
    答えと解説を見るk′(x)=1+x(1−x)3>0k'(x)=\dfrac{1+x}{(1-x)^3}>0 なので −1<x<0-1<x<0 で k(x)k(x) は増加し、k(−1)=−14k(-1)=\dfrac{-1}{4}、k(0)=0k(0)=0。範囲は −14<k(x)<0-\dfrac14<k(x)<0。xx を −1-1 に近づけると −14-\tfrac14 に近づくだけで、−14-\tfrac14 そのものや、それより小さい値にはなりません。これが図の「切れこみ」です。

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よくある質問

ビーベルバッハ予想とは何ですか?

ビーベルバッハ予想とは、単位円板を重ならないようにうつす関数 z+a₂z²+a₃z³+… の係数について、n番目の係数の大きさがいつもn以下になるという予想です。1916年にビーベルバッハが予想しました。

ビーベルバッハ予想はだれがいつ解きましたか?

1984年に、アメリカ・パデュー大学のルイ・ド・ブランジュが解きました。予想から68年後で、論文は1985年に『アクタ・マセマティカ』に発表されました。今はド・ブランジュの定理ともよばれます。

ケーベ関数とは何ですか?

ケーベ関数は z/(1-z)² で、z+2z²+3z³+… と係数がちょうどnになる関数です。円板を、平面から−1/4より左の線をのぞいた形にうつします。ビーベルバッハ予想の上限にぴったり届く唯一の例(回転を除く)です。

単葉関数とは何ですか?

単葉関数とは、ちがう2点が同じ点にうつらない、つまり一対一の関数のことです。円板をほかの形に折りたたまずにうつす関数だと考えると分かりやすいです。ドイツ語ではシュリヒトといいます。

なぜ係数を調べるのですか?

係数の大きさが分かると、関数が形をどこまでゆがめるかが分かるからです。たとえば |a₂|≦2 からケーベの1/4定理や成長定理が導かれます。係数の不等式は、関数の動き方の全体を決める手がかりになります。

n=2から順に証明されたのですか?

はい。n=2(1916年)、n=3(1923年レヴナー)、n=4(1955年)、n=6(1968年ペダーソン、1969年オザワ)、n=5(1972年)と進みました。n=5よりn=6が先に証明されたのは、n=5の計算が特別に難しかったためです。

ド・ブランジュの証明には何が使われましたか?

ド・ブランジュは、より強いミリン予想を証明しました。レヴナーの微分方程式を使って問題を特殊関数の不等式に直し、1976年にアスキーとガスパーが証明したジャコビ多項式の不等式を使って完成させました。

ビーベルバッハ予想は今も研究されていますか?

予想そのものは解決していますが、証明はその後に簡単になり、1991年にはワインスタインが短い証明を見つけました。また単葉関数の係数をめぐる別の問題や、レヴナーの方法を使ったSLEの理論など、関連する研究が続いています。

ビーベルバッハ予想は受験に出ますか?

予想そのものは出ません。ただ、複素数平面、無限等比級数、べき級数への展開、微分といった内容は、高校数学Ⅲや大学入試で出題されます。これらはこの予想を理解する土台にもなります。

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出典・参考

  • L. Bieberbach, “Über die Koeffizienten derjenigen Potenzreihen, welche eine schlichte Abbildung des Einheitskreises vermitteln”(1916年)
  • C. Loewner (K. Löwner), “Untersuchungen über schlichte konforme Abbildungen des Einheitskreises I”(Mathematische Annalen, 1923年)
  • L. de Branges, “A proof of the Bieberbach conjecture”(Acta Mathematica, 154, 1985年)
  • C. H. FitzGerald, Ch. Pommerenke, “The de Branges theorem on univalent functions”(Transactions of the AMS, 290, 1985年)
  • Purdue University News, “Purdue Professor Solves 68-Year-Old Math Problem”(1984年8月28日)https://www.purdue.edu/uns/html4ever/1980s/840828.Branges.Mathematics.html
  • Wikipedia, “De Branges’s theorem” https://en.wikipedia.org/wiki/De_Branges%27s_theorem

最終更新:2026年11月3日/作成:大学受験合格大作戦