算術の無矛盾性(ヒルベルトの第2問題)とは?わかりやすく|ゲーデルの不完全性定理・ゲンツェンの証明

算術の無矛盾性(ヒルベルトの第2問題)とは?わかりやすく|ゲーデルの不完全性定理・ゲンツェンの証明

数学の難問・未解決問題の一覧 › 論理

不可能・決められないと証明大学受験

算術の無矛盾性(ヒルベルトの第2問題)

ひとことで言うと

「算術のルールから矛盾が出ないことを、数学の中で証明できるか」。1900年に出され、1931年にゲーデルが「ヒルベルトの望んだ形では不可能」と示した。

問題算術(自然数の足し算・かけ算)の公理が矛盾しないことを証明できるか
出された年1900年(ヒルベルトの23の問題の第2問題)
出した人ダフィット・ヒルベルト(ドイツ)
決着1931年(ゲーデルの第二不完全性定理):算術の中だけでは証明できない
別の形の証明1936年(ゲンツェン):ε₀までの超限帰納法を使えば、ペアノ算術の無矛盾性が証明できる
状態「不可能と証明」と見るか「別の形で解決」と見るか、意見が分かれる
分野数学基礎論・証明論

このページのポイント

  • 「算術のルールから矛盾が出ないこと」を証明できるか、という問題。矛盾が1つでもあるとどんな命題も証明できてしまう
  • 1931年にゲーデルが、十分に強い体系は自分の無矛盾性を自分では証明できないと示した(第二不完全性定理)
  • 1936年にゲンツェンが、もっと強い道具(ε₀までの帰納法)で算術の無矛盾性を証明。これを「解決」と見るかは、意見が分かれる

算術の無矛盾性(ヒルベルトの第2問題)とは?(ひとことで)

算術の無矛盾性の問題とは、「足し算・かけ算を含む数学のルール(公理)から、まちがい(矛盾)は絶対に出てこない」ことを、数学の中で証明できるかという問題です。1900年、ドイツのヒルベルトの23の問題の第2問題として出されました。

この問題の結末は、たいへん変わっています。1931年、オーストリアのゲーデルの業績と生涯(不完全性定理)が不完全性定理を発表し、「十分に強い体系は、自分自身が矛盾しないことを、自分の中では証明できない」ことを示しました。つまり、ヒルベルトが思い描いたやり方では証明できないと分かったのです。その5年後の1936年、ドイツのゲンツェンが、もっと強い道具(ε₀までの数え方)を使えば、算術の無矛盾性を証明できることを示しました。

ですからこの問題は「解けたか、解けていないか」では答えにくい問題です。「ヒルベルトが望んだ形では不可能と証明され、かわりに別の形で証明された」というのが、いちばん正確な言い方です。「解決」と見るか「不可能と証明」と見るかは、数学者や論理学者の間でも意見が分かれます。このページでは、その分かれ方も公平に紹介します(2026年11月時点)。

連続体仮説(ヒルベルトの第1問題)も、「今のルールでは決められない」と分かった問題でした。平行線公準の問題や三大作図問題のように、数学には「できないことを証明する」という型の解決があります。この問題は、その中でもいちばん深い例の一つです。

うかるくん

うかるくん

数学がまちがってるかもしれない、なんてことがあるんですか?

合格先生

合格先生

ふつうの計算が急に変わることはないよ。でも数学者は「ルールのどこかに、まだ見つかっていない矛盾がかくれていないか」を、きちんと証明で確かめたかったんだ。ルールに矛盾があると、すべての定理が信用できなくなるからね。このページでは、その問いの意味から順に見ていこう。

この問題の意味をやさしく解説

ステップ1:「矛盾」ってどういうこと?

数学の「矛盾」とは、「Aである」と「Aではない」の両方が証明できてしまうことです。たとえば、あるルールから「1+1=21+1=2」も「1+1≠21+1\neq2」も証明できてしまったら、そのルールは矛盾しています。矛盾していないことを、無矛盾といいます。

矛盾が1つでもあると、困ったことが起こります。論理のルールでは、矛盾からは、どんな命題でも導けてしまうのです。「1=21=2」も、「月はチーズでできている」も、「すべての素数は偶数だ」も証明できてしまいます。正しい命題とまちがった命題の区別がなくなり、証明というものの意味が消えてしまいます。

矛盾が1つあると… 「Aである」と「Aではない」の両方が証明できてしまう 1=2 のようなまちがいも証明できる どんな命題も証明できる(正しい・まちがいの区別が消える) → 数学のすべての定理が信用できなくなる
矛盾が1つでもあると、どんな命題も証明できてしまう。だから「矛盾がない」ことは、数学の信用の土台になる

背理法とはは、わざと「Aではない」と仮定して矛盾を導き、Aが正しいことを示す方法です。背理法が成り立つのは、矛盾が起きたらその仮定は捨てるというルールがあるからです。もしルールそのものが矛盾していたら、背理法も役に立ちません。

ステップ2:なぜ「算術」が大事なのか

算術とは、自然数 0,1,2,3,⋯0,1,2,3,\cdots の足し算・かけ算についての理論のことです。算術は、数学のほとんどの土台になっています。分数も、小数も、実数とはも、自然数から作ることができるからです。

算術のルールとして有名なのが、イタリアのペアノの公理(自然数の公理)です。「0は自然数である」「どの自然数にも次の数がある」「数学的帰納法が使える」といった、ごく自然な決まりでできています。ペアノの公理で作った算術を、ペアノ算術(PA)といいます。

ヒルベルトが1900年に求めたのは、「算術の公理が互いに矛盾しないことの証明」でした。ヒルベルトは、「矛盾がないことが証明できれば、その公理で定義される数学の対象は、数学の中に存在してよい」とまで考えていました。

ステップ3:「無矛盾性の証明」はどう難しいのか

ふつうの定理の証明は、公理から出発して、論理のルールで一歩ずつ進みます。では「この公理からは矛盾が出ない」を示すには、どうすればよいでしょうか。

「矛盾が出るまで、すべての証明を試す」という方法は、証明が無限にあるので使えません。そこでヒルベルトは、「証明」という作業そのものを、数学の研究対象にすることを考えました。証明は、記号を一列に並べたものです。その並べ方のルールを調べて、「どんな証明を作っても、最後が 0=10=1 になることはない」ことを示そうとしたのです。これを証明論(メタ数学)といいます。

ここで問題になるのが、「その証明論を進める道具は何か」です。もしも算術と同じくらい強い道具を使うなら、「算術が正しいことを、算術で確かめる」ことになり、堂々めぐりです。ヒルベルトは、だれもが疑わない、ごく単純な「有限の立場」だけを使って無矛盾性を証明しよう、と考えました。これが次に出てくる「ヒルベルト・プログラム」です。

ステップ4:式や証明を「数」で表す(ゲーデル数)

ゲーデルの発明で最も重要なのは、式や証明を、1つの自然数に置きかえるしくみです。これをゲーデル数といいます。作り方は次のようなものです。

まず、記号に番号をつけます(たとえば 00 は 1、== は 2)。式 0=00=0 は、記号が3つ並んでいます。その番号を、素数 2,3,52,3,5 の指数にして、21×32×51=902^1\times3^2\times5^1=90 と、かけ算でまとめます。この数 90 は、式 0=00=0 の「背番号」です。素因数分解は一通りしかない(素因数分解)ので、90 から式 0=00=0 にもどせます。

式を「1つの数」にする 記号の番号:0 は 1、= は 2 0=0 番号 1番号 2番号 1 2¹3²5¹ 2×9×5 = 90 式 0=0 は、数 90 になる素因数分解で、もとの式にもどせる
記号の番号を素数の指数にして、かけ算で1つの数にまとめる。証明も、式の列として同じように1つの数になる

証明は「式の列」なので、同じ方法で1つの数に置きかえられます。すると、「この数は、あの式の証明の背番号である」という関係は、足し算・かけ算・割り切れるかどうかだけで書けます。つまり、算術の中で、算術自身の「証明」について語れるようになるのです。ここがゲーデルの天才的なアイデアでした。

ステップ5:自分のことを言う文

ゲーデル数があると、算術の文が、自分自身のゲーデル数を使って「この文は、この体系では証明できない」と言うことができます。この文を GG とよびましょう。(本物の GG は数だけで書かれた式ですが、意味はこのとおりです。)

ゲーデルの文 G 「この文は、この体系では証明できない」 G が証明できたらG は「証明できない」と言っているので、G はまちがい。→ 体系が矛盾する G が証明できないならG の言うとおりなのでG は正しい。でも証明はできない。→ 決められない文 無矛盾な体系なら、右の場合(正しいのに証明できない文がある)※ 本物は数だけで書かれた文
G が証明できるなら体系が矛盾し、証明できないなら G は正しいのに証明できない。無矛盾なら、決められない文が必ずある

もし体系で GG が証明できたら、GG は「証明できない」と言っているので、GG はまちがいです。まちがった文を証明したことになり、体系は矛盾しています。ですから無矛盾な体系では、GG は証明できません。すると GG の言うとおりになるので、GG は正しいのに、証明できない文です。これが第一不完全性定理の考え方です。「うそつきのパラドックス」(「この文はうそです」)に似ていますが、「うそ」のかわりに「証明できない」を使うことで、矛盾ではなく、決められない文が生まれます。

ステップ6:第二不完全性定理 ― 「無矛盾である」を証明できるか

第一不完全性定理の証明を、よく見てみましょう。「TT が無矛盾なら、GG は証明できない」という説明は、じつはTT の中で再現できるほど単純です。再現してみると、「TT が無矛盾である」という文 Con(T)\mathrm{Con}(T) から、GG が導けることになります。ところが GG は TT では証明できません。ですから、TT は Con(T)\mathrm{Con}(T) も証明できません。これが第二不完全性定理です。

ゲーデルの2つの定理(1931年) 第一不完全性定理算数ができる強い体系 T が無矛盾なら、T で証明も否定もできない文 G がある T の中で同じ考えをなぞる 第二不完全性定理T が無矛盾なら、T は「T は無矛盾だ」という文を自分では証明できない → 無矛盾性は、より強い道具が必要(これがヒルベルトの第2問題の壁)
第一定理(決められない文がある)の証明を体系の中でなぞると、第二定理(自分の無矛盾性は証明できない)が出る

簡単に言えば、「十分に強い体系は、自分で自分の無矛盾性を保証できない」ということです。これが、ヒルベルトの第2問題に対する、ゲーデルの答えでした。

「ここが大事!」と説明する合格先生

合格先生

ポイントは「自分で自分を保証できない」こと。人が自分の鏡に映らないように、体系も自分の中だけでは自分の安全を証明できないんだ。

この問題の歴史と年表

1900年:パリで出された第2問題

1900年8月、ヒルベルトはパリの国際数学者会議で、20世紀に解くべき23の問題を発表しました。その第2問題が、「算術の公理が矛盾しないことの証明」です。ヒルベルトは、数学の「できない」はない、どんな問題にも答えが出せるはずだ、という強い信念をもっていました。

1900〜1920年代:ヒルベルト・プログラム

ヒルベルトは、1920年代になると、無矛盾性の証明を中心に据えた研究計画を弟子たちと進めました。これがヒルベルト・プログラムです。数学のすべてを記号の規則として書き直し(形式化)、その規則が矛盾しないことを、だれもが納得する有限の方法だけで証明しよう、という計画です。

この間、アッカーマンやフォン・ノイマンらが、算術の一部の範囲について無矛盾性を示しました。ただし、帰納法を完全に使える算術全体はまだでした。みんなは「あと一歩だ」と思っていたはずです。

1930年:ケーニヒスベルクの2つの発表

1930年9月、ドイツのケーニヒスベルク(今のロシアのカリーニングラード)で学会が開かれました。このとき、ゲーデルが不完全性定理の結果を発表した、と伝えられています。同じ学会で、引退を迎えるヒルベルトは、数学と論理についての講演のあとに、「Wir müssen wissen. Wir werden wissen.(われわれは知らなければならない。われわれは知るだろう)」という言葉を語りました。この言葉は、ヒルベルトの墓石にも刻まれています。

1931年:不完全性定理

1931年、ゲーデルは、論文「プリンキピア・マテマティカおよび関連する体系の形式的に決定不能な命題について I」で、第一不完全性定理を発表しました。第二不完全性定理も、この論文の最後に、結果として書かれています(くわしい証明は書かれませんでした)。フォン・ノイマンも、ゲーデルの第一定理を知ったあと、自分で第二定理に気づいて手紙で知らせた、と伝えられています。

1936年:ゲンツェンの無矛盾性の証明

ドイツの論理学者ゲルハルト・ゲンツェン(1909〜1945)は、1936年に、ペアノ算術が無矛盾であることを証明する論文を発表しました。ゲンツェンの方法は、「証明を整理して簡単な形にしていくと、必ず最後は止まる」ことを、ε₀までの超限帰納法で示すものです。この方法は、第二不完全性定理に反するものではありません。ゲンツェンは「算術より強い道具」を使っているからです。

1939年以降:完全な証明と、新しい証明

第二不完全性定理の完全な証明は、1939年に、ヒルベルトとベルナイスの本『数学の基礎』第2巻にはじめて書かれました。その後も、ゲーデル自身が1958年に別の方法(ダイアレクティカ解釈)で算術の無矛盾性を示すなど、さまざまな証明が作られ、「算術の無矛盾性を証明するために必要な最小の道具は何か」の研究(順序数解析など)が育ちました。

無矛盾性をめぐる歩み1900ヒルベルトの第2問題1920ヒルベルト・プログラム1931ゲーデルの不完全性定理1936ゲンツェンの無矛盾性証明1939第二定理の完全な証明が本に1958ゲーデルのもう一つの証明
1900年に問題が出され、1931年のゲーデルでヒルベルトの望んだ形が不可能と分かり、1936年のゲンツェンで別の形の証明が得られた
年できごと
1870年代カントールが集合論を作る(1874年〜)。のちに集合論のパラドックスが見つかる
1889年ペアノが自然数の公理(ペアノの公理)を発表
1900年ヒルベルトが23の問題を発表。第2問題が「算術の無矛盾性」
1920年代ヒルベルトと弟子たちが「ヒルベルト・プログラム」を進める
1930年ケーニヒスベルクの学会。ゲーデルが結果を発表したと伝えられる
1931年ゲーデルが不完全性定理を発表(第二定理は論文の最後に結果として書かれる)
1936年ゲンツェンがペアノ算術の無矛盾性を、ε₀までの超限帰納法で証明
1939年ヒルベルトとベルナイスの本で、第二不完全性定理の完全な証明が公表される
1945年ゲンツェンがプラハで亡くなる(35歳)
1958年ゲーデルが別の方法(ダイアレクティカ解釈)で算術の無矛盾性を示す

この問題は、いつ・だれが決着をつけた?(「不可能」と分かった)

算術の無矛盾性の問題は、1931年のゲーデルによって、「ヒルベルトが目指した形(算術の中の、有限の方法だけ)では証明できない」ことが示されました。そして、1936年のゲンツェンによって、「もっと強い方法を許せば証明できる」ことが示されました。

第二不完全性定理を、くわしく言うと

第二不完全性定理が言っているのは、次のことです。

  • TT が、算術を含むほど強い体系で、証明をコンピューターが機械的に確かめられる形(公理が決まったやり方で列挙できる)であるとする。
  • TT が無矛盾であるなら、TT は「TT は無矛盾である」を証明できない。

注意してほしいのは、これは「算術は矛盾している」とは言っていない、ということです。むしろ、無矛盾であれば(無矛盾だからこそ)、それを自分では証明できない、という話です。もし算術が矛盾していたら、何でも証明できるので、算術は自分の無矛盾性も証明してしまいます。ですから、「算術が自分の無矛盾性を証明した」としたら、かえって矛盾の証拠になります。

ゲンツェンの証明の考え方(ざっくり)

ゲンツェンは、算術の証明を、無駄のない簡単な形に作りかえる手順(カット除去)を考えました。矛盾を導く証明があったとすると、その手順を何度もくり返すことで、証明がどんどん単純になり、最後には「0=10=1」が明らかな証明になるはずですが、そんなことはありえない、というのが無矛盾性の証明の筋道です。

問題は、「手順をくり返すと、必ず止まる」ことの確かめ方です。ゲンツェンは、証明のひとつひとつに順序数という「数え方の番号」をつけ、手順を1回行うたびに番号が小さくなることを示しました。番号は ε₀ より小さい順序数なので、「小さくなり続ける番号は、いつか必ず止まる」(超限帰納法)という原理を ε₀ まで使えば、手順は止まります。

ゲンツェンが使った「数え方の続き」 0, 1, 2, 3, …(ふつうの数) ω(有限の数をぜんぶ数えたあと) ω+1, ω×2, ω²(ω の2乗), … ω^ω, ω^(ω^ω), …(ωの塔) ε₀(イプシロン・ゼロ)ωの塔をどこまでも積んだ先 この「ε₀まで」で 算術の無矛盾性が示せる
自然数をぜんぶ数えたあとにωがあり、その先にωの塔が続く。ゲンツェンは、その塔の頂上ε₀までの数え方を使った

順序数は、自然数の「順序」の考え方を、無限の先まで伸ばしたものです。自然数 0,1,2,⋯0,1,2,\cdots を全部数え終わった「次」の数を ω\omega とし、さらに ω+1,ω+2,⋯ ,ω×2,⋯ ,ω2,⋯\omega+1,\omega+2,\cdots,\omega\times2,\cdots,\omega^2,\cdots と続けます(連続体仮説で出てきたカントールの無限の数え方)。ε₀ は、ω,ωω,ωωω,⋯\omega,\omega^\omega,\omega^{\omega^\omega},\cdots とこの「塔」を無限に積んだ先にある数です。

「ε₀までの帰納法」は、有限の方法といえるか

ゲンツェンの証明は、ペアノ算術の無矛盾性を示しましたが、その道具の一つの「ε₀までの超限帰納法」が、ヒルベルトの言う「有限の立場」に入るのかどうかが、議論になりました。

  • 「入らない」という見方:ε₀までの帰納法は、算術(ふつうの帰納法)では証明できない原理です。ですから、有限の立場よりも強い道具であり、ヒルベルト・プログラムの目標は達成できなかった、という見方です。
  • 「それでも大きな成功だ」という見方:ε₀までの帰納法は、算術よりは強いものの、集合論のような非常に大きな仮定は使っていません。具体的な図形(順序の木)を調べるだけで確かめられるので、限りなく信頼できる、という見方です。ヒルベルト・プログラムの目標が「部分的に達成された」と考える研究者もいます。
  • 「問題が解けたかどうかは、問いの読み方しだい」という見方:ヒルベルトが1900年に問うたのは「実数の公理」についてで、1920年代に変わったのは「算術」と「有限の立場」でした。どの問いに答えるかで、答えが変わるというのです。

数学者・論理学者の間でも、「この問題は解けた」「不可能と証明された」「どちらとも言える」と意見が分かれ、全員が一致する答えはありません。大切なのは、何ができて、何ができないかが、数学の言葉ではっきり分かったという点です。

今の研究:どこまでの道具で、どこまでの体系が保証できるか

現代の数学基礎論では、「ある体系の無矛盾性を示すのに、どれくらいの強さの道具が必要か」を調べる研究が盛んです。体系を強さの順に並べて、その強さを順序数で測る順序数解析は、その一つです。ペアノ算術の強さは ε0\varepsilon_0 ですが、もっと強い体系は、もっと大きい順序数に対応しています。また、日本の竹内外史らは、さらに強い体系の無矛盾性についての研究に取り組みました。

ε₀が実際の数学とつながる例もあります。グッドスタイン数列は、数を「2進法で書いて、底を 2→3→4→… と順番に取りかえて、1を引く」ことをくり返す数列で、どんな出発点から始めても、いつか必ず 0 になります。しかし「必ず 0 になる」ことは、ペアノ算術では証明できないと、1982年にカービーとパリスが示しました。ε₀ までの帰納法を使えば証明できます。ふつうの数の問題が、ゲーデルやゲンツェンの話と、直接につながる例です。

ひらめいたうかるくん

うかるくん

「証明できないことが証明できる」って、すごい!限界を知ることも、数学の大発見なんだね。

この問題は、なぜ難しかったのか

1. 「数学で数学を調べる」から

この問題は、数学の対象としてではなく、数学そのものを調べる問題です。数学のルールを使って、数学のルールの性質を証明する、という「自分を見る目」が必要でした。ふつうの問題は、数や図形が対象です。この問題は、証明や論理が対象です。この見方に慣れるのが、まず難しいところです。

2. 証明が「数」になるという発想が必要だった

証明や式は、日常の感覚では「文」です。それを数に置きかえるゲーデル数は、当時の人々にとって、まったく思いもよらない発想でした。この発想がなければ、算術の中で、算術自身の「証明」を語ることはできません。

3. 「できない」を示すために、全ての可能な証明を相手にする

「無矛盾性を証明できない」と言うには、「あらゆる可能な証明の中に、答えがない」と示さなければなりません。証明は無限にあります。ゲーデルは、「自己言及の文」という具体的な文を1つ作り、その1つの文について調べることで、すべての可能性を一度に片づけました。この方法は、連続体仮説の決着や、三大作図問題の不可能性の証明とも通じるものです。

4. 「強い」ということの意味

第二不完全性定理が成り立つのは、体系が算術を含むくらい強い場合だけです。足し算だけの体系(プレスブルガー算術)は、決められない文がない「完全」な体系であることが知られています。つまり、「強いから表現力があり、そのせいで自己言及ができてしまう」という、強さと限界が裏表になった関係があります。

よくある誤解:「不完全性定理は、数学はあてにならない、という意味?」

そうではありません。不完全性定理は、「数学の定理がまちがっているかもしれない」ことを言っているのではありません。「ある1つのルールの集まりだけでは、数学の真実をすべては拾いきれない」ということを言っています。足し算・かけ算も、微分・積分も、ふつうに使えます。また、哲学や宗教など、数学以外の話に「不完全性定理が証明した」と言いかえるのは、行きすぎです。

もう一つの誤解は、「無矛盾性は証明できないのだから、算術は矛盾しているかもしれない」という考えです。数学者のほとんどは、算術に矛盾はないと信じています。ゲンツェンの証明もあるうえ、2000年以上の使用の歴史があるからです。第二不完全性定理が言うのは「自分の中だけの道具では証明できない」ということで、「矛盾している」とは言っていません。

サクラちゃん

サクラちゃん

数学が自分でも「正しい」と言えないなら、どうして算術を信じていいんですか?

合格先生

合格先生

いい質問だね。ひとつは、ゲンツェンのように少し強い道具を使って外から確かめられること。もうひとつは、算術が何千年も使われて、一度も矛盾が出ていないこと。数学の世界では、「完全な保証」を求めるかわりに、どの道具をどこまで信じれば、何が保証できるかを、正確に調べるようになったんだ。

受験・勉強とのつながり

中学受験:論理パズルと「矛盾」の考え方

中学受験の「うそつきと正直者」の問題は、矛盾の考え方そのものです。「Aさんが正直者だと仮定すると、Bさんの発言と矛盾する。だからAさんはうそつきだ」という推理は、条件整理・推理(うそつき・リーグ戦)の練習と同じように、「矛盾を導く」練習になります。条件を整理して、矛盾した場合を消していくのがコツです。

高校数学:命題と証明・数学的帰納法

数学Ⅰ・Aの「論理と集合」では、命題・逆・裏・対偶・背理法を学びます(命題とは・逆・裏の意味・対偶の意味)。背理法は「Aではないと仮定して矛盾を導く」方法で、この問題の主役である「矛盾」を使います。また、数学Bの数列で学ぶ数学的帰納法は、ペアノの公理の中心にある考え方で、ゲンツェンの超限帰納法の親戚です。

大学入試:「すべて」と「ある」の否定

大学入試の論理の問題では、「すべての xx について〜」の否定が「ある xx について〜でない」になることを使います(「すべて」と「ある」の否定)。この考え方は、「この文は証明できる」や「無矛盾である」といった命題を正確に書くときの基本になります。不完全性定理や無矛盾性そのものが入試に出ることはまずありませんが、「ことばを正確に使う」練習の土台です。

大学の数学科・情報科学:論理とコンピューター

大学の数学科では、数理論理学の授業で不完全性定理を学びます。ゲーデルの考え方は、チューリングの業績と生涯の「計算できない問題がある」という発見(停止問題)につながり、コンピューターの理論の土台になりました。P≠NP予想などコンピューターの難問を考えるときの背景にもなっています。

勉強法として:「前提」を意識する

この問題から学べるのは、「何を前提にして、どこまで言えるか」を意識することです。入試の証明問題でも、使ってよい定理と使ってはいけない定理(循環論法)の見分けが大切です。数学の勉強の進め方は数学の勉強法(解法の暗記→演習→過去問)も参考にしてください。

自由研究にも:自分のことを言う文を探そう

身のまわりにも「自己言及」はたくさんあります。「この文は10文字です」「この文は日本語で書かれています」は正しい文、「この文はまちがいです」はうそつきのパラドックスです。どんな自己言及が矛盾を生み、どんな自己言及が問題にならないかを集めてみると、ゲーデルの考えた「証明できない」の文がどれほど巧みなものか、体で感じられます。記号の読み方は数学でよく使う記号の意味一覧やギリシャ文字の読み方一覧(ω・εなど)も役立ちます。

この問題が数学・社会にあたえた影響

  • 数学基礎論・証明論の誕生:「証明そのものを数学の対象にする」という見方が確立し、証明論、再帰理論、モデル理論などの分野が大きく発展しました。
  • コンピューター科学の土台:式や証明を数で表し、機械的な手順で扱うという考え方は、プログラムをデータとして扱う現代のコンピューターの原理と同じです。チューリングやフォン・ノイマンの仕事は、この流れの中にあります。
  • 「どこまで確かな道具が必要か」という新しい問い:逆数学(すでに知られた定理を証明するのに、最低限どの公理が必要かを調べる研究)や順序数解析が生まれました。
  • 数学の哲学への影響:「数学的な真理とは何か」「証明できることと、正しいことは同じか」といった問いが、はっきりとした形で議論されるようになりました。ヒルベルトの形式主義、ラッセルの論理主義などの立場が、この結果をどう受けとめるか、今も議論されています。
  • ほかの難問の理解:ゴールドバッハ予想やリーマン予想のような未解決問題が、現在のルールでは決められないのではないか、と考える人もいます。ただし、これらの問題が決められないという証拠はなく、決められないと予想するのはあくまで一つの考え方にすぎません。

ゲーデルの定理は、数学をおびやかしたのではなく、数学にできることとできないことの境目を、数学の言葉ではっきり引いた発見です。「限界の発見」が新しい数学を生む、というのは、平行線公準の問題と同じ流れです。

この問題に挑戦!練習問題

やさしい

  1. 記号 00 に番号 1、記号 == に番号 2 をつけ、式 0=00=0 を「2(1つ目の番号)×3(2つ目の番号)×5(3つ目の番号)2^{(\text{1つ目の番号})}\times3^{(\text{2つ目の番号})}\times5^{(\text{3つ目の番号})}」で1つの数にします。この数はいくつですか。
    答えと解説を見る式 0=00=0 の番号は順に 1, 2, 1 なので、21×32×51=2×9×5=2^1\times3^2\times5^1=2\times9\times5=90。
  2. 次の文のうち、矛盾している(かならずまちがい)ものはどれですか。ア「雨が降るか、降らないかのどちらかだ」 イ「雨が降り、かつ、雨が降らない」
    答えと解説を見るイです。「Aかつ Aでない」は、いつもまちがいで、これが矛盾の形です。アは「Aまたは Aでない」で、いつも正しい文です。

ふつう

  1. 記号 SS(次の数)に番号 3、00 に番号 1、== に番号 2 をつけます。式 S0=S0S0=S0 を、素数 2,3,5,7,112,3,5,7,11 を使って1つの数にしたとき、その数は何ですか。
    答えと解説を見る番号は順に 3, 1, 2, 3, 1。23×31×52×73×111=8×3×25×343×11=2^3\times3^1\times5^2\times7^3\times11^1=8\times3\times25\times343\times11=2263800。
  2. ゲーデル数が 23×32×51=3602^3\times3^2\times5^1=360 である式は、どんな記号の列ですか。(番号 1=00、2===、3=SS)
    答えと解説を見る指数は 3, 2, 1 なので、記号の列は「SS、==、00」、すなわち S=0S=0 です。素因数分解が一通りなので、数からもとの式がただ一つに決まります。

むずかしい

  1. 順序数では、1+ω1+\omega と ω+1\omega+1 は等しいでしょうか。「自然数を並べた列」の考え方で説明しなさい。
    答えと解説を見る等しくありません。1+ω1+\omega は「1番目をおいてから、自然数 0,1,2,… を並べた列」で、1つ足しても全体の順序は ω\omega と同じです(1+ω=ω1+\omega=\omega)。ω+1\omega+1 は「自然数をすべて並べたあとに、さらに1つおく」ので、ω\omega より大きい順序数です。足し算の順番を入れかえると結果が変わる、というのが順序数のふしぎなところです。
  2. 2つの文「GG:この文は証明できない」と「HH:この文は証明できる」を考えます。ふつうの体系で、HH が「証明できる」場合と「証明できない」場合に何が起きるか、それぞれ考えなさい。(このような文 HH は「ヘンキンの文」とよばれます。)
    答えと解説を見るHH が証明できるなら、HH は「証明できる」と言っていて、そのとおりなので、正しい文を証明しただけで、問題は起きません。HH が証明できないなら、HH は「証明できる」と言っているのにそうでないので、まちがった文になりますが、これもすぐには矛盾になりません。ですからぱっと見では決められません。(実際には、1955年のレープの定理により、算術では HH は証明できると分かっています。)自己言及の文でも、「証明できない」と言う GG のときだけ「決められない文」が生まれるのが、ゲーデルの文のふしぎなところです。

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よくある質問

算術の無矛盾性の問題(ヒルベルトの第2問題)とは何ですか?

算術の無矛盾性の問題とは、自然数の足し算・かけ算の公理から矛盾が出ないことを、数学の中で証明できるかという問題です。1900年にヒルベルトが23の問題の第2問題として出しました。

この問題はだれがどう解決しましたか?

1931年にゲーデルが、十分に強い体系は自分自身の無矛盾性を証明できないこと(第二不完全性定理)を示し、ヒルベルトの望んだ形では不可能と分かりました。1936年にはゲンツェンが、より強い道具で算術の無矛盾性を証明しました。

ゲーデルの不完全性定理とは何ですか?

第一不完全性定理は、算術を含む無矛盾な体系には、証明も否定もできない文があるという定理です。第二不完全性定理は、そのような体系は自分の無矛盾性を自分では証明できないという定理です。どちらも1931年に発表されました。

ゲンツェンは何を証明したのですか?

ゲンツェンは1936年に、ペアノ算術が矛盾しないことを証明しました。証明にはε₀という順序数までの超限帰納法を使います。これは算術の中では証明できない原理なので、ゲーデルの定理には反しません。

矛盾していると、なぜ困るのですか?

矛盾から、どんな命題でも導けてしまうからです。正しい命題とまちがった命題の区別がなくなり、証明の意味がなくなります。だから無矛盾であることは、数学の信用の土台です。

ゲーデル数とは何ですか?

ゲーデル数とは、式や証明を1つの自然数に置きかえる方法です。記号に番号をつけ、素数のべき乗の積にします。たとえば0=0は、2×9×5=90になります。これで算術の中から算術自身の証明について語れます。

不完全性定理は「数学はあてにならない」という意味ですか?

いいえ。不完全性定理は、数学の定理がまちがっているという意味ではありません。1つのルールの集まりだけでは、数学の真実をすべては証明しきれないことを示した定理です。ふつうの計算や証明はこれまでどおり使えます。

この問題は解けたと言えるのですか?

見方が分かれています。ヒルベルトが望んだ有限の立場では不可能と証明された一方、ゲンツェンの証明で別の形の答えが得られました。どちらを「解決」とよぶかは、研究者の間でも一致していません。

不完全性定理は受験に出ますか?

不完全性定理そのものは出ません。ただ、背理法、命題の逆・裏・対偶、数学的帰納法、「すべて」と「ある」の否定といった論理の基礎は、高校数学や大学入試でよく使われます。

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出典・参考

  • D. Hilbert, “Mathematische Probleme”(1900年、パリ国際数学者会議での講演)
  • K. Gödel, “Über formal unentscheidbare Sätze der Principia Mathematica und verwandter Systeme I”(Monatshefte für Mathematik und Physik, 1931年)
  • G. Gentzen, “Die Widerspruchsfreiheit der reinen Zahlentheorie”(Mathematische Annalen, 1936年)
  • D. Hilbert, P. Bernays, “Grundlagen der Mathematik II”(1939年)
  • MacTutor History of Mathematics, “Gerhard Gentzen” https://mathshistory.st-andrews.ac.uk/Biographies/Gentzen/
  • Wikipedia, “Hilbert’s second problem” https://en.wikipedia.org/wiki/Hilbert%27s_second_problem
  • 田中一之 編『ゲーデルと20世紀の論理学』(東京大学出版会)

最終更新:2026年11月3日/作成:大学受験合格大作戦