バーゼル問題の歴史とは?ベルヌーイ一家が解けなかった難問をオイラーが解くまで(1650〜1735)

バーゼル問題の歴史とは?ベルヌーイ一家が解けなかった難問をオイラーが解くまで(1650〜1735)

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バーゼル問題

ひとことで言うと

平方数の逆数の和は? ベルヌーイ一家も解けなかった問題を、1735年にオイラーが π²/6 と解いた物語。

問題1+1/4+1/9+1/16+… の合計はいくつか
出された年1650年ごろ(メンゴリ。1644年とする資料もある)
解かれた年1734〜1735年(アカデミーでの報告は1735年12月5日)
解いた人レオンハルト・オイラー(スイス出身、ペテルブルク科学アカデミー)
答えπ²/6 ≈ 1.6449
挑んで解けなかった人ヤコブ・ベルヌーイ、ヨハン・ベルヌーイなど
かかった年数およそ85年(厳密な土台までは約200年)
分野解析・数論(ゼータ関数)

このページのポイント

  • バーゼル問題は平方数の逆数の和を求める問題。1650年に出され、ベルヌーイ一家も解けなかった
  • 1735年、オイラーが sin x のゼロの場所に注目して π²/6 を発見。まず数値でたしかめてから見つけた
  • オイラーの方法は当時は厳密でなく、約100年後にワイエルシュトラスが土台を整えた。ゼータ関数・リーマン予想へつながる

バーゼル問題の歴史とは?(ひとことで)

バーゼル問題とは、「平方数の逆数をすべて足した 1+14+19+116+⋯1+\tfrac14+\tfrac19+\tfrac1{16}+\cdots はいくつになるか」という問題です。1650年ごろにイタリアのメンゴリが出し、17世紀のヨーロッパの一流の数学者たちが挑んでも解けないまま、約85年たった1735年に当時20代後半のオイラーが「π26\dfrac{\pi^2}{6}」と答えを示しました。

公式の計算・証明をくわしく知りたい人は、バーゼル問題の証明と使い方(Σ1/n²=π²/6)の記事へどうぞ。高校数学の道具だけで証明する方法と、入試での使い方を説明しています。このページでは、「だれが挑み、どこでつまずき、何が手がかりになって解けたか」という難問としての歴史を中心に紹介します。

問題の意味は、分数の足し算が分かれば小学生にも読めます。ところが答えに円周率 πが出てくるのは、とても意外でした。円とは関係のなさそうな「平方数の逆数」の和に、なぜ円周率があらわれるのか。この不思議さが、当時の数学者をひきつけたのです。

うかるくん

うかるくん

分数を足しているだけなのに、どうして円周率が出てくるんですか?

合格先生

合格先生

当時の数学者もまったく同じ疑問をもったんだ。円と関係のなさそうな足し算に π が出てくるから、みんな驚いた。その理由を探るなかで、無限の式の扱い方や、数と素数の関係が大きく進んだんだよ。

名前の「バーゼル」は、スイスの都市の名前です。この問題に挑んだベルヌーイ一家と、解いたオイラーの故郷だからです。数式のΣ(シグマ)の読み方や収束と発散の意味を知っていると、読みやすくなります。

バーゼル問題の意味をやさしく解説

何を足すのか

1、2、3、…と整数を2乗し、その逆数を足していきます。12=11^2=1、22=42^2=4、32=93^2=9、…なので、1+14+19+116+⋯1+\tfrac14+\tfrac19+\tfrac1{16}+\cdots です。項は小さくなっていきますが、終わりなく足し続けるので、「合計はあるのか」「あるならいくつか」が問題です。

まず「ありそう」と分かる

1650年にメンゴリが問題を出したころ、足していくと合計が止まるのか、どこまでも大きくなるのかは、まだ当たり前には分かっていませんでした。同じように逆数を足す 1+12+13+⋯1+\tfrac12+\tfrac13+\cdots(調和級数)は、いくらでも大きくなります。メンゴリは、この調和級数が大きくなっていくことも示した人として知られます(1647年ごろとされます)。それに対して、平方数の逆数の和は、ある値をこえない(2より小さい)ことが、かんたんな比べ方で分かります。

足していくと 1.6449… に近づく 1.001項1.252項1.363項1.424項1.465項1.5510項1.64100項1.64答え 1+1/4+1/9+… の部分和(棒の下は足した項の数)
足した項の数を増やすと合計はふえるが、およそ1.645で止まる。10項でも1.55、100項でも1.635にとどまる

「止まる」ことが分かっても、いくつで止まるかが分からない。ここがバーゼル問題の難しさの出発点です。

答えは π²/6 ≈ 1.6449

答えは π26≈1.6449\dfrac{\pi^2}{6}\approx1.6449 です。これはオイラーが1735年に発表した答えで、今ではどの大学の教科書にも出ている結果です。公式辞典のバーゼル問題のページでは、これを高校の道具だけでたしかめる証明を読めます。

2乗の逆数にこだわる理由

1乗の逆数の和は無限に大きくなり、3乗以上は合計が止まります。2乗は「止まる側のいちばん手前」にあり、しかも答えが円周率に結びつく特別な場所にあります。さらに、リーマン予想のゼータ関数にも2乗は関わっていて、バーゼル問題はその入口の一つです。

バーゼル問題の歴史と年表

1650年ごろ:メンゴリが問題を出す

ボローニャ(イタリア)のピエトロ・メンゴリが、1650年の本の中で、平方数の逆数の和を求める問題を提出しました。年についてはほかに1644年とする資料もあり、はっきりしません(ここでは1650年とします)。メンゴリは、11⋅2+12⋅3+13⋅4+⋯=1\tfrac1{1\cdot2}+\tfrac1{2\cdot3}+\tfrac1{3\cdot4}+\cdots=1 のような、うまく打ち消し合う和を計算できた人です。ところが2乗の逆数の和は、同じ手が使えませんでした。

17世紀:一流の数学者たちが挑む

当時の一流の数学者たちが挑みましたが、解けませんでした。ウォリスの業績(無限の積)もライプニッツの業績と微積分も、この問題の答えを見つけられなかったと伝えられます。ライプニッツは、この問題を知っていてなお解けなかった数学者の一人だとされます。

1689年:ヤコブ・ベルヌーイの呼びかけ

スイスのバーゼルの数学者ヤコブ・ベルヌーイの業績は、1689年に無限級数についての論文で、この和を取り上げました。いくつかの級数の和を求めたあと、「この和の値を見つけて知らせてくれる人がいたら、たいへん感謝する」という趣旨のことを書いたと伝えられています(文面は資料によって少しずつ異なります)。つまり、ヤコブ自身が解けなかったのです。弟のヨハン・ベルヌーイも挑みましたが、うまくいきませんでした。ヤコブは1705年に亡くなり、答えを知りませんでした。

18世紀前半:ド・モアブルやスターリング、そしてダニエル

ド・モアブルやスターリングなど、この時代の第一線の数学者たちも、この和に取り組んだといわれます。ヨハンの息子のダニエル・ベルヌーイは、オイラーの友人として手紙をやりとりし、サイン関数についての考えを共有していました。バーゼルの数学者の家系が代々考えても解けなかった問題が、同じバーゼル出身の若者によって解かれることになります。

1730年代:オイラーが近道の計算をつくる

オイラーの業績と生涯は1707年にバーゼルで生まれ、ヨハン・ベルヌーイに数学を学びました。オイラーは、足し算だけでは進みがおそすぎる問題に気づきました。10項足しても誤差は約0.1、小数第6位まで合わせるには約100万項もかかります。

足し算だけでは進みがおそい 10項残り 約0.095100項残り 約0.01001000項残り 約0.0010 残りはおよそ「1÷項数」小数第6位まで合わせるには約100万項が必要だから「近道の計算」と「答えの形の予想」が要る
足していくだけでは、残りの差が1÷項数くらいにしか小さくならない

そこでオイラーは、のちに「オイラー・マクローリンの公式」とよばれる近道の計算法を作り、この和の値を小数でかなり正確に求めました。資料には「小数20けたほど」とするものがあります。正確な数値が先にあったことが、このあとの発見に決定的な役割を果たします。

1734〜1735年:オイラーが答えを出す

オイラーは、1734年に答えを見つけ、1735年12月5日にペテルブルク科学アカデミーで発表した、といわれます。答えは π26\dfrac{\pi^2}{6}。計算した小数の値と、π²/6 が6けたほどぴったり合っていたことが、オイラーの自信を支えたと伝えられます。

手がかりは、前の節の図のとおり sin x のゼロの場所でした。sin x は、x=0、±π、±2π、…でゼロになります。オイラーは、「多項式(x の累乗の和)は、ゼロの場所が分かれば、(1−x/a)(1−x/b)…の積に書ける」という性質を、無限に項のある sin x にも当てはめてしまったのです。こうして「sin x ÷ x」を無限の積に書き、展開して x² の係数を比べると、1/6=Σ1/(n²π²) が出てきます。

オイラーの着想:ゼロの場所に注目−2π−ππ2π sin x ÷ x = (1−x²/π²)(1−x²/4π²)…ゼロの場所から作った無限の因数分解x² の係数を比べると、1/6 = Σ1/(n²π²)
sin x のゼロの場所を使って無限の積を作り、x² の係数を比べる。くわしい計算は公式辞典を参照

くわしい計算(高校数学の道具だけで示す別の方法)は、バーゼル問題の記事で確かめられます。ここでは歴史の中の位置づけだけ押さえてください。

オイラー自身が心配した「厳密さ」

オイラーのやり方には、当時は正しさが保証されていなかった点がありました。「多項式の性質を、そのまま無限の式に使ってよいのか」という疑問です。実際、同じ方法でまちがった答えが出る例もあります。オイラーはそれを承知していたようで、のちに1741年に、より確かな別の証明を示しました。

それでもオイラーのもとの考え方が正しかったことは、約100年後の1850年代になって、ワイエルシュトラスの業績が無限の積の理論(因数分解定理)を整備して、はじめて厳密に確かめられました。「直感で先に答えを見つけ、あとから理論が追いつく」という、数学史によくある流れの代表的な例です。

出題から答えまで約85年1650メンゴリが問題を出す1689ヤコブ・ベルヌーイが呼びかけ1735オイラーが π²/6 を発表1741オイラーがより確かな証明1850ごろワイエルシュトラスが土台を厳密に答えが出てから、完全な証明まで長い時間がかかった
1650年の出題から、1735年の答え、1850年ごろの厳密な土台まで、約200年の物語

その後:ゼータ値、素数、そして・・・

オイラーは勢いにのって、4乗の逆数の和が π490\dfrac{\pi^4}{90}、6乗が π6945\dfrac{\pi^6}{945} であることなど、偶数乗の和をつぎつぎと求めました。1740年ごろまでには、偶数乗の和の一般の形を、ヤコブ・ベルヌーイの名がついた「ベルヌーイ数」を使って書きました。つまり、ヤコブが残した数が、弟子筋のオイラーによって、問題を解く道具として役立ったのです。

べき乗の逆数の和(ゼータの値) 2乗1+1/4+1/9+…π²/64乗1+1/16+1/81+…π⁴/906乗1+1/64+1/729+…π⁶/9453乗1+1/8+1/27+…約1.202(形は不明) 偶数乗は π の形で分かる。奇数乗は今も難しい3乗は1978年にアペリーが無理数と証明
偶数乗の逆数の和は π のべきで書ける。3乗のような奇数乗は、形がいまも分かっていない

1737年には、オイラーは、「逆数のべき乗の和」=「素数についての積」という関係(オイラー積)を見つけています。素数 p だけを使った積 11−1/p2\dfrac{1}{1-1/p^2} を全部かけ合わせたものが、平方数の逆数の和に等しくなるのです。足し算と素数がつながる、という発見でした。

素数の積でも同じ答えに近づく 2だけ1.332・31.502・3・51.562・3・5・71.60 積 = 1/(1−1/4) × 1/(1−1/9) × 1/(1−1/25) × …答えは同じ π²/6 ≈ 1.645(オイラー積、1737年)足し算と素数がつながった
素数2、3、5、7の積でも、答えの1.645に近づいていく
年できごと
1647年ごろメンゴリが調和級数が無限に大きくなることを示したとされる
1650年メンゴリが平方数の逆数の和を問題として提出(1644年とする資料もある)
1689年ヤコブ・ベルヌーイが無限級数の論文でこの和を取り上げ、解いた人は知らせてほしいと書く
1705年ヤコブ・ベルヌーイが亡くなる(答えは知らないまま)
1730年代オイラーが近道の計算法で値を小数で正確に求める
1735年オイラーが π²/6 を発表(アカデミーでの報告は12月5日)
1737年オイラーが素数との関係(オイラー積)を示す
1741年オイラーが、より確かな別の証明を示す
1850年代ワイエルシュトラスが無限の積の理論を整え、オイラーの方法の土台が厳密になる
1859年リーマンがゼータ関数を複素数まで広げる論文を発表
1978年アペリーが「3乗の逆数の和」が無理数であることを証明

バーゼル問題はいつ・だれが解いた?

バーゼル問題を解いたのは、1734〜1735年のレオンハルト・オイラーです。オイラーは当時、ロシアのペテルブルク科学アカデミーに勤める20代後半の若手数学者でした。

解決までの流れ(まとめ)

  1. 出題(1650年ごろ):メンゴリが2乗の逆数の和を問う。
  2. 失敗の連続(17世紀後半〜18世紀前半):ベルヌーイ一家をはじめ、多くの数学者が値を出せない。
  3. 数値の手がかり(1730年代):オイラーが近道の計算法で、値を小数で正確に求める。
  4. ひらめき(1734〜35年):sin x のゼロの場所から無限の積を作り、π²/6 を見つける。
  5. 確認(1741年・1850年代):より確かな証明と、方法の厳密化。

その後の別証明

バーゼル問題の証明は、オイラー以後、フーリエ級数を使うもの、積分を使うもの、極限の考え方と三角関数のはさみうちを使うものなど、十数通り以上が知られています。高校の範囲で示す方法は公式辞典のバーゼル問題で読めます。フーリエ級数を使う方法は、大学の数学で学ぶ定番の証明です。

挑戦者たちの共通点と、勝負を分けたもの

ここまでの歴史を並べると、解けなかった人と解けた人のちがいが見えてきます。解けなかった人たちは、足し算の式のまま、部分和をうまく変形したり、積分でおさえたりして答えにせまろうとしました。ところがこの方法では、答えが円周率になる理由がまるで見えてきません。一方、オイラーは「足し算の問題」を「方程式(ゼロの場所)の問題」に置きかえました。見かたを変えたことが、勝負を分けたのです。これは入試の難問でも同じで、行きづまったら式の形を変えてみる、図に直してみる、数で試してみる、という「見かたの切りかえ」が突破口になります。

もう一つの差は、数値を大切にしたことです。オイラーは、小数で求めた値が π²/6 のおよそ1.644934…と合うのを見て、「これは偶然ではない」と確信したと伝えられます。その確信があったから、厳密でない方法でも「この道は正しい」と信じて進むことができたのです。結果を先に予想し、あとから証明をさがす進め方は、公式辞典のバーゼル問題の記事で紹介している高校数学の証明を読むときにも役に立ちます。「答えは 1.64 くらいのはず」と見当をつけながら読むと、道すじがつかみやすくなります。

「いまどこまで」分かっている?(2026年時点)

  • 偶数乗(2乗・4乗・6乗…):どれも π のべきの形で書けると分かっています。
  • 3乗:1978年にアペリーが無理数であることを証明しました(約1.2020569…、アペリーの定数)。ただし π のべきのような簡単な形で書けるかは分かっていません。
  • 5乗・7乗など奇数乗:それぞれが無理数かどうかは、2026年時点でも全体では分かっていません。無限個の奇数乗が無理数であること(2000年ごろ、リヴォアル)などが示されたとされます。
「ここが大事!」と説明する合格先生

合格先生

バーゼル問題は「数値で見当をつけてから、証明をさがす」という進め方の見本なんだ。入試でも、先に小さな数で実験して予想を立てると、証明の道すじが見えてくるよ。

バーゼル問題はなぜ難しかったのか

1. 無限に足し続けるから、手で確かめられない

有限の足し算なら、すべて足せば答えが出ます。でも無限に足す場合、答えがあるのか、いくつなのかは、足し算を続けても分かりません。しかも、足しても足しても進みがおそい(誤差は項数分の1くらい)ので、数値からも答えの形は見えにくいものでした。

2. 微積分が生まれたばかりだった

ニュートンとライプニッツが微積分を作ったのは17世紀後半です。メンゴリの出題から1689年のヤコブ・ベルヌーイの呼びかけまでの時期は、無限級数を扱う道具がまだ少なかった時代でした。ニュートンの業績の二項級数など、道具が整い始めたとはいえ、2乗の逆数の和には届きませんでした。

3. 「円周率が出てくる」とは思いもよらなかった

円周率 π は、円の周りの長さと直径の比です。「整数を2乗して逆数を足す」という円とは無関係な計算の答えが π になる、とは誰も予想していませんでした。答えの形の予想がつかないことが、挑戦を難しくしていました。この意外さが、円周率の超越性(πはどんな数か)への関心にもつながります。

4. 正しさを保証する理論がまだなかった

オイラーの方法は、「多項式の性質を無限の式にも使う」ものでした。これは正しい結果を生みましたが、どんなときに使ってよいかは、当時は分かっていませんでした。ワイエルシュトラスの理論が整うまで、約100年待つ必要がありました。

5. 解法のカギが「sin x」だった

サイン関数のゼロの場所に注目するという発想は、サイン関数を「無限次の多項式」とみなす大胆なものでした。マクローリン展開(sin x を無限の和で表す)を知っていれば、sin x が x の累乗の無限の和であることは分かりますが、それを因数分解の形に書き直すという考え方は、ふつうは思いつきません。

よくある誤解

  • 「調和級数のように無限に大きくなる」ではありません。平方数の逆数の和は、約1.645で止まります。
  • 「オイラーの証明は完璧だった」とはいえません。厳密さには問題がありましたが、結果は正しく、のちに土台が整いました。
  • 「バーゼルは円周率の問題」というより、平方数の逆数の和に円周率があらわれる、という発見の話です。
サクラちゃん

サクラちゃん

厳密でない証明でも、正しい答えが出ることがあるんですね!

合格先生

合格先生

そうなんだ。でも入試の答案ではぜったいにダメだよ。オイラーは天才だったから、数値でたしかめながら進んだ。私たちは、ひとつずつ根拠を書く証明を身につけよう。

受験・勉強とバーゼル問題のつながり

中学受験・高校受験:分数と規則性

中学受験の規則性の問題では、11×2+12×3+⋯\tfrac1{1\times2}+\tfrac1{2\times3}+\cdots のように、うまく打ち消し合う分数の和がよく出ます。分数の計算のくふう(部分分数分解)はその代表で、これはメンゴリが使ったのと同じ考え方です。バーゼル問題の答えが近づく値を見積もるときにも使えます。

高校:数列の極限と不等式

高校の数学Ⅲでは、数列の極限や区分求積法で、無限に足す式を扱います。「2乗の逆数の和が2より小さい」は、1n2<1n(n−1)=1n−1−1n\tfrac1{n^2}<\tfrac1{n(n-1)}=\tfrac1{n-1}-\tfrac1n と部分分数に分けて上から押さえる、という入試の定番の考え方でできます。「止まるかどうか」を判断するこの技は、バーゼル問題の入口です。

大学:フーリエ級数、ゼータ関数

大学では、フーリエ級数を使ってバーゼル問題を一気に解きます。さらに ζ(s)=Σ1/nˢ という「ゼータ関数」は、解析学・数論の中心の道具です。べき級数と収束半径も大学数学で学ぶ内容で、無限級数の見方を広げてくれます。

勉強法として:数値実験→予想→証明

オイラーの進め方は、数値で調べ、予想を立て、証明をさがすという流れです。入試の難問でも、小さな数で実験すると規則が見えます。この考え方は数学の勉強法(解法の暗記→演習→過去問)にもつながります。また数学オリンピックの問題(長方形に詰めた正方形)のような問題にも、小さい場合から調べる力が役立ちます。公式辞典のバーゼル問題の記事で、入試の例題に挑戦してみましょう。

例題:平方数の逆数の和は 2 より小さい

n≥2n\ge2 のとき 1n2<1n(n−1)=1n−1−1n\tfrac1{n^2}<\tfrac1{n(n-1)}=\tfrac1{n-1}-\tfrac1n なので、n=2n=2 から N まで足すと、(1−12)+(12−13)+⋯=1−1N<1\left(1-\tfrac12\right)+\left(\tfrac12-\tfrac13\right)+\cdots=1-\tfrac1N<1。最初の1を加えて、全体は 2 より小さいと分かります。実際の値 1.645 と比べると、見積もりとしてはかなり粗いですが、「合計が止まる」ことの証明にはこれで十分です。

バーゼル問題が数学にあたえた影響

  • ゼータ関数と数論:オイラーの結果は、のちにリーマンの業績と生涯がゼータ関数を複素数に広げ、リーマン予想へ進む土台になりました。1859年のことです。
  • 素数との結びつき:オイラー積は、素数が無限にあること(素数は無限にあるか)の新しい証明や、素数の分布の研究(解析的整数論)につながりました。
  • 無限級数・無限積の理論:形式的な計算で答えが先に分かり、あとから理論が追いつく、という流れが、解析学を厳密にする動きを後押ししました。
  • 確率の世界:2つの整数がたがいに素になる確率は 6π2≈0.608\dfrac{6}{\pi^2}\approx0.608 です。これはオイラー積と、バーゼル問題の答えからわかります。
  • フーリエ級数・物理:バーゼル問題の別証明に使われるフーリエ級数は、波や熱を扱う物理の基本の道具です。

ヤコブ・ベルヌーイが「解いた人は知らせてほしい」と書いた問題が、約45年後に同郷の若者によって解かれ、それが現代の数論の中心にまで続く、という物語は、数学の歴史のなかでも特に有名なものの一つです。

バーゼル問題に挑戦!練習問題

やさしい

  1. 1+14+191+\tfrac14+\tfrac19 を計算し、分数で答えなさい。
    答えと解説を見る通分して 3636+936+436=4936\tfrac{36}{36}+\tfrac{9}{36}+\tfrac{4}{36}=\tfrac{49}{36}(約1.361)です。
  2. π26\dfrac{\pi^2}{6} を、π≈3.1416\pi\approx3.1416 を使って小数第2位まで求めなさい。(π2≈9.8696\pi^2\approx9.8696)
    答えと解説を見る9.8696÷6≈1.64499.8696\div6\approx1.6449 なので、約1.64です。

ふつう

  1. 11⋅2+12⋅3+⋯+1N(N+1)\dfrac1{1\cdot2}+\dfrac1{2\cdot3}+\cdots+\dfrac1{N(N+1)} を N の式で表しなさい。
    答えと解説を見る1n(n+1)=1n−1n+1\tfrac1{n(n+1)}=\tfrac1n-\tfrac1{n+1} なので、途中が打ち消し合って 1−1N+11-\dfrac1{N+1}。N を大きくすると 1 に近づきます(メンゴリが計算した和です)。
  2. ∑n=1∞1n2<2\sum_{n=1}^\infty\dfrac1{n^2}<2 を示しなさい。
    答えと解説を見るn≥2n\ge2 で 1n2<1n(n−1)=1n−1−1n\tfrac1{n^2}<\tfrac1{n(n-1)}=\tfrac1{n-1}-\tfrac1n。n=2n=2 から N まで足すと 1−1N<11-\tfrac1N<1。最初の項 1 をたして、合計は 2より小さい。

むずかしい

  1. ∑n=1∞1n2=π26\sum_{n=1}^\infty\dfrac1{n^2}=\dfrac{\pi^2}{6} を使って、偶数だけの和 122+142+162+⋯\dfrac1{2^2}+\dfrac1{4^2}+\dfrac1{6^2}+\cdots と、奇数だけの和 112+132+152+⋯\dfrac1{1^2}+\dfrac1{3^2}+\dfrac1{5^2}+\cdots を求めなさい。
    答えと解説を見る偶数だけの和は 14(1+14+19+⋯ )=14⋅π26=π224\tfrac1{4}\left(1+\tfrac1{4}+\tfrac19+\cdots\right)=\tfrac14\cdot\tfrac{\pi^2}{6}=\dfrac{\pi^2}{24}。全体から引いて、奇数だけの和は π26−π224=π28\dfrac{\pi^2}{6}-\dfrac{\pi^2}{24}=\dfrac{\pi^2}{8}。
  2. 2つの正の整数を無作為に選んだとき、「どちらも素数 p の倍数になる」確率は 1p2\tfrac1{p^2} です。これと ∏p(1−1p2)=6π2\prod_p\left(1-\tfrac1{p^2}\right)=\dfrac{6}{\pi^2}(オイラー積)から、2数が互いに素になる確率が約0.61になる理由を説明しなさい。
    答えと解説を見るどの素数 p でも2数が同時に p の倍数にならない確率は 1−1p21-\tfrac1{p^2}。すべての素数について、この確率を独立にかけ合わせる(という見方)と、互いに素になる確率は ∏p(1−1p2)=6π2≈0.608\prod_p(1-\tfrac1{p^2})=\dfrac6{\pi^2}\approx0.608 です。(厳密には極限の議論が必要で、ここでは考え方の紹介です。)

バーゼル問題と関係する数学者・難問

ほかの解かれた難問・決着した問題

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読みもの(合格大作戦の数学の記事)

よくある質問

バーゼル問題とは何ですか?

バーゼル問題とは、平方数の逆数をすべて足した1+1/4+1/9+1/16+…の合計を求める問題です。1650年ごろに出され、1735年にオイラーが「π²/6」と解きました。

バーゼル問題はだれが解きましたか?

スイス出身の数学者レオンハルト・オイラーが、1734〜1735年に解きました。ペテルブルク科学アカデミーで1735年12月5日に発表したといわれています。

バーゼル問題はだれが考えましたか?

イタリアのピエトロ・メンゴリが、1650年の本の中で問題として出したとされます(1644年とする資料もあります)。

なぜ「バーゼル」問題というのですか?

問題に挑んだベルヌーイ一家と、解いたオイラーの故郷がスイスのバーゼルだからです。

ヤコブ・ベルヌーイはこの問題を解けなかったのですか?

はい。1689年の論文でこの和を取り上げ、解いた人は知らせてほしいという趣旨のことを書いたと伝えられます。ヤコブは1705年に亡くなり、答えを知りませんでした。

オイラーはどうやって解いたのですか?

sin xがゼロになる場所(±π、±2π、…)から、sin x÷xを無限の積に書き直し、x²の係数を比べて求めました。数値でもたしかめて自信を深めたと伝えられます。公式の証明は公式辞典の記事で読めます。

オイラーの証明は正しかったのですか?

結果は正しいものの、方法は当時は厳密ではありませんでした。1741年にオイラーが別の確かな証明を示し、1850年代にワイエルシュトラスの理論で土台も確かめられました。

答えにπが出てくるのはなぜですか?

答えのπは、sin xのゼロの場所がπの倍数であることから出てきます。円と無関係に見える足し算に円周率があらわれるのは、三角関数と無限級数が深く結びついているためです。

3乗の逆数の和はどうなりますか?

約1.2020569で、アペリーの定数とよばれます。1978年にアペリーが無理数だと証明しましたが、πのべきのような簡単な形で書けるかは分かっていません。

あわせて読みたい

出典・参考

  • Wikipedia, “Basel problem”(出題・解決の年の確認に使用)
  • L. Euler, “De summis serierum reciprocarum”(1740年。1735年に発表)
  • MacTutor History of Mathematics, “Leonhard Euler” ほか
  • ウィリアム・ダンハム『オイラー入門』

最終更新:2026年11月3日/作成:大学受験合格大作戦