ホップは何をした人?業績・生涯・名言をわかりやすく|ホップ写像・ポアンカレ・ホップの定理・ホップ代数

ホップは何をした人?業績・生涯・名言をわかりやすく|ホップ写像・ポアンカレ・ホップの定理・ホップ代数

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大学受験大学院入試

ホップHeinz Hopf

ひとことで言うと

球に毛を生やすと必ずつむじができる、という毛玉の定理を一般にし、ホップ写像やホップ代数のもとも作った、位相幾何学の大数学者。

名前ハインツ・ホップ(Heinz Hopf)
生没年1894年11月19日〜1971年6月3日(76歳)
国ドイツ生まれ(のちスイス国籍。チューリヒ工科大学の教授)
分野位相幾何学(トポロジー)・微分幾何学・ホモロジー代数
主な業績ポアンカレ・ホップの定理、ホップ写像とホップ不変量、ホップ代数のもとになった研究、ホップ・リノウの定理、平面曲線の回転数の定理
名前がつくものポアンカレ・ホップの定理・ホップ写像(ホップ・ファイブレーション)・ホップ不変量・ホップ代数・ホップ・リノウの定理
別人にちゅうい流体や力学系のエーベルハルト・ホップは別の数学者です

このページのポイント

  • 球にはえた毛を全部なめらかにねかせることはできない(毛玉の定理)。つむじの数のたし算が、オイラーの多面体定理の「2」とつながることを一般の形で示した
  • 3次元の球面を2次元の球面に重ねるホップ写像(1931年)は、輪が鎖のようにつながる、位相幾何学の有名な例
  • リー群の研究からホップ代数のもとを作り、曲がった空間の最短の道についてのホップ・リノウの定理も証明した

ホップは何をした人?(業績をひとことで)

ハインツ・ホップ(1894〜1971年)は、ドイツ生まれ、のちスイスで活躍した数学者です。「形をぐにゃっと変えても変わらない性質」を調べる位相幾何学(トポロジー)を、20世紀のはじめに大きく進めた人のひとりです。主な仕事は4つあります。球に毛を生やすとどこかに「つむじ」ができる、という毛玉の定理を一般にした「ポアンカレ・ホップの定理」、3次元の球面を2次元の球面に重ねる「ホップ写像」、現代の代数でよく使われる「ホップ代数」のもとになった研究、そして曲がった空間で最短の道がいつあるかを示した「ホップ・リノウの定理」です。

受験生にとっての入口は、中学受験でもおなじみの「立方体の頂点の数・辺の数・面の数」を数えることです。頂点の数から辺の数を引いて面の数をたすと、立方体でも三角すいでもいつも2になります。これがオイラーの多面体定理です。ホップの仕事は、この「2」という数が、ボールの上の毛並みのつむじの数とも結びついていることを、はっきり示したものです。なお、「ホップ」というよく似た名前の数学者にエーベルハルト・ホップ(流体や力学系の研究者)がいますが、親戚ではなく別人です。このページは、位相幾何学のハインツ・ホップのお話です。

うかるくん

うかるくん

ホップって、名前は聞いたことがあるけれど、何の数学の人ですか? 「ホップ・ステップ・ジャンプ」のホップではないですよね……。

合格先生

合格先生

ちがうよ(笑)。ホップは「形のつながり方」を調べる数学者だよ。ドーナツと球は穴の数がちがうよね。そういう「ちぎったりくっつけたりしないかぎり変わらない性質」を数字であらわすのが位相幾何学で、ホップはその大きな柱を作った人なんだ。

ハインツ・ホップの肖像写真(1935年)
ハインツ・ホップ(1935年、モスクワでの国際トポロジー会議の集合写真から本人の部分を切り出したもの)画像:ETH-Bibliothek所蔵/Wikimedia Commons(パブリックドメイン)

ホップの生涯と年表

ブレスラウに生まれ、数学の才能を見せる

ホップは1894年11月19日、ドイツ東部のブレスラウ(いまのポーランドのヴロツワフ)の近くで生まれました。父ヴィルヘルムはユダヤ系の家の生まれで、のちにキリスト教(プロテスタント)に改宗しています。学校では数学がとてもよくできましたが、ほかの科目はあまり得意ではなかったようです。水泳とテニスに夢中になっていたからだと伝えられています。1913年にブレスラウ大学に入りましたが、すぐに第一次世界大戦が始まり、ホップは将校として西部戦線に出ました。

戦争のあと、ゲッティンゲンでの出会い

戦争が終わると、ホップはブレスラウ・ハイデルベルク・ベルリンで学びなおします。1925年にベルリン大学で博士号を取りました(指導はエアハルト・シュミット)。博士論文は、一定の曲がり方をした3次元の空間の形を調べたものです。その後、数学の中心のひとつだったゲッティンゲン大学へ移り、エミー・ネーターや、ロシアの数学者パヴェル・アレクサンドロフと出会いました。ホップは後年、「ゲッティンゲンでのいちばん大切な出会いは、アレクサンドロフに会ったことだった」と書いています。2人は生涯の親友となり、一緒に旅をして、一緒に位相幾何学の本を書きました。

プリンストン、そしてチューリヒ工科大学へ

1927年から1年間、ホップはアレクサンドロフとアメリカのプリンストン大学で過ごし、レフシェッツ・ヴェブレン・アレクサンダーといった位相幾何学の大家と研究しました。1931年、ホップはスイスのチューリヒ工科大学(ETH)の教授になります。前任者は、ゲッティンゲンへ移ったワイルの業績と生涯でした。ホップはアメリカの大学から何度も誘われましたが、チューリヒにとどまり、1965年に退職するまで教え続けました。

ナチスの時代と、スイスでの暮らし

1933年にナチス政権ができると、ユダヤ系の人びとへの迫害が強まります。ホップは両親のためにスイスへの入国の書類を整えましたが、父が病気で旅に出られなかったと伝えられます。ホップ自身はドイツの国籍のままでしたが、1943年には「ドイツに帰らなければ国籍をなくす」と言われ、スイスの国籍を申請して認められました。また、ベルリンの数学者シュアーがスイスに身を寄せるのを助け、シュアーは1939年にパレスチナへ渡ったといいます。

国際数学連合の会長として

ホップは、国際数学連合(IMU)の会長を1955年から1958年までつとめました。世界じゅうの数学者の集まりの代表です。1971年6月3日、チューリヒ近くのツォリコンで亡くなりました。76歳でした。いまもETHには、ホップの名をつけた「ハインツ・ホップ賞」があります。

年できごと
1894年11月19日、ドイツのブレスラウ近郊に生まれる
1913年ブレスラウ大学に入学。まもなく第一次世界大戦が始まる
1925年ベルリン大学で博士号。ゲッティンゲンでネーター・アレクサンドロフと出会う
1926年ベクトル場の零点の指数の和がオイラー標数になることを示す(ポアンカレ・ホップの定理)
1927〜28年アレクサンドロフとプリンストンに滞在。1928年に結婚
1931年チューリヒ工科大学の教授に。ホップ写像・ホップ不変量の論文、ホップ・リノウの定理
1935年アレクサンドロフとの共著『トポロジー』第1巻。平面曲線の回転数の定理(ホップの回転数定理)
1939〜41年カルタンの問いからリー群のホモロジーを研究(のちの「ホップ代数」のもと)
1943年ドイツ国籍を失うよう迫られ、スイス国籍を申請(まもなく認められる)
1955〜58年国際数学連合(IMU)の会長
1965年チューリヒ工科大学を退職
1971年6月3日、チューリヒ近郊のツォリコンで亡くなる(76歳)

ホップの主な業績をやさしく解説

業績1 ポアンカレ・ホップの定理(毛玉の定理を一般に)

まず、ボールに毛が生えているところを想像してください。毛を全部、ボールの表面にそってなでつけます。このとき、毛が1本もさかだたず、全部がなめらかに流れるように、なでつけることはできるでしょうか。答えは、できません。どうやってなでつけても、どこかに「つむじ」(毛がどちらにも向かないところ)ができます。これが毛玉の定理(ヘアリーボール定理)で、地球の表面の風を地面にそった向きだけで考えれば、「風のまったくない場所が、地球のどこかに必ずある」と言いかえることもできます。

では、つむじには何種類あるのでしょうか。毛の流れを矢印で表すと、つむじの形は、渦(まわりをぐるぐる回る)、湧き出し(中心から外へ出ていく)、鞍(ある方向から入り、別の方向へ出ていく)などがあります。それぞれに「指数」という整数をつけます。渦と湧き出しは+1、鞍は−1です。

毛の向きの「つむじ」の3つの形 渦指数 +1湧き出し指数 +1鞍(くら)指数 −1黒い点が、毛がゼロになる場所(零点)
つむじの3つの形。渦と湧き出しは指数+1、鞍は指数−1

ホップが1926年に示したポアンカレ・ホップの定理は、「ボールでもドーナツでも、毛の流れをどう決めても、つむじの指数を全部たした数は、その形で決まる決まった数になる」というものです。その数はオイラー標数とよばれます。球ならば2、ドーナツ型なら0です。

球は「合計2」、ドーナツは「合計0」 球:両極に +1合計=2(標数)ドーナツ:つむじなし合計=0(標数)零点の指数をたすと、いつも「穴の数」で決まる数になる
球はつむじの指数の合計が2、ドーナツ型は0。ドーナツ型ならつむじなしの毛並みが作れる

球は合計が2なので、つむじが必ず1つ以上あります。ドーナツ型は合計が0ですから、穴のまわりを一周する毛並みにすれば、つむじがひとつもない毛並みを作れます。つまり、毛玉の定理は「球は穴がないからつむじをなくせない」ということを、数で言いあらわしたものです。もともとポアンカレが、2次元の曲面についてこの考え方を19世紀の終わりごろに調べていて、ホップは博士のあとの研究で、何次元の形でも成り立つことを示しました。名前に2人の名前がついているのはそのためです。

業績2 オイラーの多面体定理と「オイラー標数」

ここでオイラー標数とは何か、もう少しくわしく見てみましょう。立方体は、頂点が8個、辺が12本、面が6枚です。頂点の数−辺の数+面の数を計算すると、8−12+6=28-12+6=2 になります。三角すいなら 4−6+4=24-6+4=2、正十二面体なら 20−30+12=220-30+12=2 です。これが、オイラーが1750年ごろに見つけたオイラーの多面体定理です。ふくらませてボールにできる形なら、どんな多面体でもこの値は2になります。

頂点−辺+面 を数えてみよう 三角すい4 − 6 + 4= 2 立方体8 − 12 + 6= 2 ドーナツ型穴が1つ= 0 赤い点が頂点。形によって「2」か「0」かが決まる
三角すいも立方体も、頂点−辺+面は2。穴が1つのドーナツ型は0

ところが、ドーナツのように穴の空いた形では、この値が変わります。穴が1つなら0、穴が2つなら −2-2 というぐあいに、穴が1つ増えるごとに2ずつ減ります。穴の数を gg とすると、オイラー標数は χ=2−2g\chi=2-2g です(χ\chi はギリシャ文字で「カイ」と読みます)。ホップの定理のすごいところは、この「頂点・辺・面の数え算」でできた数が、「毛の流れのつむじの数」とも一致する、とはっきり言ったことです。数えるだけで決まる数が、なめらかな流れの性質まで決めてしまうのです。

さらに、ガウスの業績と生涯が調べた曲面の曲がり具合(曲率)を、曲面全体で足し合わせた量もこのオイラー標数で決まります(ガウス・ボンネの定理)。ホップはこの定理を、より高い次元の曲面(超曲面)へ広げる仕事もしたとされます。さらに完全な形に仕上げたのは、チャーンの業績と生涯でした。

業績3 ホップ写像(3次元の球面を2次元の球面に重ねる)

ホップの名前を世界に知らせたのは、1931年の論文で示したホップ写像です。ふつうの球(地球の表面)は2次元の面で、球面S2S^2 と書きます。その1つ上の3次元の球面S3S^3 は、4次元の空間の中にある「球」で、私たちには直接見えません。ホップ写像は、この3次元の球面の点を、2次元の球面の点に1つずつ対応させる写像です。式で書くと、S3S^3 の点を2つの複素数 (z0,z1)(z_0,z_1)(ただし ∣z0∣2+∣z1∣2=1|z_0|^2+|z_1|^2=1)で表して、

p(z0,z1)=(2z0z1‾, ∣z0∣2−∣z1∣2)p(z_0,z_1)=\bigl(2z_0\overline{z_1},\ |z_0|^2-|z_1|^2\bigr)

とします。右辺は複素数1つと実数1つの組で、その大きさの2乗の和が (∣z0∣2+∣z1∣2)2=1(|z_0|^2+|z_1|^2)^2=1 になるので、ちゃんと2次元の球面の上の点になっています。複素数平面や虚数・複素数の知識があれば、この式がたしかめられます。

ここでおもしろいことが起きます。2次元の球面の1つの点に移る3次元の球面の点を全部集めると、1本の「輪(円周)」になります。球面の別の点に移る点の集まりは、別の輪です。つまり3次元の球面は、無数の輪でびっしり埋めつくされていて、輪1本ずつが、2次元の球面の点1つに対応している、ということです。

ホップ写像:1点に、1つの輪 PQ 2次元の球面(地球の表面と同じ)3次元の球面の中の輪(Pの輪=青、Qの輪=赤) どの2つの輪も、鎖のようにつながっている(ほどいて外すことはできない)
2次元の球面の点P・Qのそれぞれに、3次元の球面の中の輪が対応し、輪どうしは鎖のようにつながる

しかも、こうしてできた輪は、どの2つをとっても鎖のようにつながっています(ほどいてはなすことができません)。ホップはこの「つながり方」を使って、S3S^3 から S2S^2 への写像には、「1点につぶせる写像」とは本質的にちがうものがあることを示しました。そのちがいを数であらわしたものがホップ不変量で、ホップ写像のホップ不変量は1です。ホップ不変量が1であることは、「ホップ写像は連続的に変形しても、1点につぶすことができない」ことを意味します。

ホップ写像は、3次元の球の上の毛並みを考えるときにも役に立ちます。3次元の球面の上で、各点を通る輪の向きを毛の向きとすると、つむじのない毛並みができます。つまり「球面には必ずつむじがある」というのは、偶数次元の球面(2次元、4次元……)だけのお話で、3次元の球面のように奇数次元なら、つむじのない毛並みがあるのです。

ホップ型の4つの組実数S⁰ → S¹ → S¹円周どうし複素数S¹ → S³ → S²ホップ写像四元数S³ → S⁷ → S⁴4次元の数八元数S⁷ → S¹⁵ → S⁸8次元の数このような組は、この4つしかないことが証明されている
球を球で分ける組み合わせは、実数・複素数・四元数・八元数の4つだけ

ホップ写像と同じ形の組み合わせは、実は4種類しかないことが後の研究で分かっています。複素数でなく四元数(ハミルトンが見つけた4次元の数)を使うと S7→S4S^7\to S^4、八元数を使うと S15→S8S^{15}\to S^8 ができます。数の世界の「実数・複素数・四元数・八元数」と、球の世界が、きれいに重なるのです。ハミルトンが見つけた四元数が、ここで顔を出します。

ホップ写像は、いまは物理学でも使われます。量子力学では、1つの量子ビットの状態を2次元の球面(ブロッホ球)の上の点で表しますが、その背後にあるのがホップ写像の考え方だとされています。

業績4 ホップ代数(群の掛け算と「分ける」操作)

1939年ごろ、フランスの大数学者エリー・カルタンは、ホップに問いを出しました。「回転や行列でできる群(リー群)の、穴のあき方(ホモロジー)はどうなっているか」というものです。ホップは1941年の論文で、リー群の穴のあき方を表す式の集まりには、とても決まった形があることを示しました。

この「決まった形」のもとになった考え方を、のちの数学者が整理して名前をつけたものがホップ代数です。ふつうの代数には足し算と掛け算がありますが、ホップ代数には、それに加えて、ひとつのものを2つに「分ける」操作や、群でいう「逆元(元にもどす操作)」にあたるものまでそなわっています。群をひとつの「代数」としてあつかうときの、いちばん自然な形のひとつです。

ホップ代数は、現在の数学や物理学で広く使われていて、量子群とよばれるものも、ホップ代数の仲間です。ホップがカルタンの問いに答えるなかで見つけた「構造」が、のちの代数学に大きな枝をのばしたのです。

業績5 ホップ・リノウの定理(曲がった空間での最短の道)

1931年、ホップは弟子のウィリー・リノウと一緒に、ホップ・リノウの定理を証明しました。曲がった空間(たとえば球面や、でこぼこした面)の上で、2点を結ぶ「いちばん短い道」はいつもあるのか、という問いに答えたものです。

「穴」があると、最短の道が消えるABAB 穴なしの平面最短の道がある1点をぬき取った平面よける道は短くできるが「いちばん短い道」はない
穴のない平面では最短の道がある。1点をぬき取った平面では最短の道がなくなる

答えは、「空間に“穴”や“端”がなければ(数学の言葉で『完備』ならば)、どの2点の間にも最短の道がある」です。上の図のように、平面から1点をぬき取ると、その点をよけるための道は、いくらでも短くできますが、「いちばん短い」道はありません。ホップ・リノウの定理は、このような「欠けた空間」でなければ、最短の道が必ずある、と保証してくれます。これは、現代の微分幾何学(曲がった空間の幾何学)の基本の定理のひとつです。

業績6 回転数の定理と、位相幾何学の教科書『トポロジー』

ホップは1935年に、平面の曲線についてのうつくしい定理を示しました。平面の上で、自分と交わらずに1周してもどってくる曲線(単純閉曲線)に沿って進むとき、進む向きはちょうど1回転(360°)するという定理です(ホップの回転数定理、ドイツ語で「ウムラウフザッツ」)。

一周するあいだに、向きは何回転する? 自分と交わらない輪向きは ちょうど1回転8の字(交わる)向きは 0回転自分と交わらない閉じた曲線は、いつも1回転(360°)
自分と交わらない輪なら向きの回転はちょうど1回。8の字のように交わる曲線なら0回になることもある

三角形や四角形を1周するとき、角で曲がる角度(外角)をすべてたすと360°になります。これは多角形の角度の求め方で習う性質ですが、ホップの定理は、これを角のないなめらかな曲線にまで広げたものと考えられます。図の8の字のように曲線が自分と交わると、向きの回転は1にはなりません(0回です)。

また、ホップは親友のアレクサンドロフと一緒に、位相幾何学の教科書『トポロジー』を書きました。何巻にもなる計画でしたが、実際に出たのは1935年の第1巻だけです。戦争の時代がやってきたからです。それでもこの本は、位相幾何学を学ぶ人びとの定番の教科書となりました。

ホップの名前がつく公式・定理・用語

ホップの名前のつく用語は、数学のいろいろな分野に広がっています。受験で出会うことはほとんどありませんが、大学以降で出会う用語をまとめました。

  • ポアンカレ・ホップの定理:ベクトル場の零点の指数の和は、その空間のオイラー標数に等しい(1926年)。毛玉の定理の一般化。→ オイラーの多面体定理は、その入口です。
  • ホップ写像(ホップ・ファイブレーション):3次元球面から2次元球面への写像で、各点のもとの集まりが輪になる(1931年)。→ 球の意味・単位円の意味の考え方の発展です。
  • ホップ不変量:球面から球面への写像が、どれだけ「ねじれて」いるかを表す整数。ホップ写像では1。
  • ホップ代数:群の掛け算と、分ける操作の両方を備えた代数。量子群のもと。
  • ホップ・リノウの定理:完備な曲がった空間では、2点の間に必ず最短の道(測地線)がある(1931年)。
  • ホップの回転数定理(ウムラウフザッツ):自分と交わらない閉じた平面曲線の接線は、ちょうど1回転する(1935年)。
  • ホップの補題・ホップ微分・ホップ予想:偏微分方程式や曲面の幾何学、曲がった空間の形についての問題に出てくる名前。平均曲率が一定の球面と同じ形の曲面は、ふつうの球面にかぎる、という結果もホップの名で知られています。

このほか、「ホップ予想」とよばれる未解決の問題もあります。たとえば、「2つの球面をかけあわせた4次元の形(S2×S2S^2\times S^2)には、どの方向にも曲がりが正になる曲がった測り方があるのか」という問いは、ホップがたずねたものとして知られ、いまも決着がついていません(くわしい現在の状況は、専門の本や論文を見てください)。

「ここが大事!」と説明する合格先生

合格先生

立体の「頂点・辺・面」を数えるのは、算数の基本だよね。でも頂点−辺+面=2は、数えるだけで「球の形かどうか」が分かる、ふしぎな道具なんだ。ホップは、この数が「毛のつむじ」にも「曲面の曲がり方」にも顔を出すことを示した人だよ!

ホップの逸話と名言

シュミットの講義で数学者になる決心を

戦争中の1917年、ホップは休暇をもらって、ブレスラウで数学者エアハルト・シュミットの集合論の講義を2週間聞いたそうです。ホップ自身が書き残した回想によると、そのとき「魅了された。写像の度数という方法の力にひかれた思いは、それ以来ずっと私を離れない」と感じたといいます。この写像の度数(球を球に重ねるとき、何回おおうか)は、のちにホップ写像やホップ不変量の研究につながる考え方でした。戦場の将校が、休暇に聞いた数学の講義で、研究者の道をえらんだわけです。

私はとりこになった。写像の度数という方法の力にひかれたこの思いは、それ以来、私から離れたことがない。

ハインツ・ホップ(回想)(訳。MacTutor History of Mathematics「Heinz Hopf」が紹介するホップ自身の回想(英訳)からの日本語訳。言いまわしは訳によって少しずつちがいます)

アレクサンドロフとの友情

ホップとアレクサンドロフは、ゲッティンゲンで出会い、一生の友人になりました。1926年にはいっしょに南フランスを旅し、1927年から1年間はプリンストンで過ごしました。ホップはこう書いています。

ゲッティンゲンでのいちばん大切な体験は、パヴェル・アレクサンドロフに出会ったことだった。

ハインツ・ホップ(回想)(訳。MacTutor History of Mathematics「Heinz Hopf」が紹介する回想(英訳)からの日本語訳)

2人は国のちがう2人でしたが、数学と友情で結ばれていて、2人の共同のくわだては、のちに『トポロジー』という本になりました。

位相幾何学の「前史」を語る

ホップは1966年に、「現代の位相幾何学の前史から」という題の回想(ドイツ語)を書いています。自分が体験した位相幾何学のむかしの歩みを、個人的な思い出としてふり返った文章です。

弟子たちと広がった学派

ホップのもとで学んだ数学者には、エックマン・フロイデンタール・ヒルツェブルフ・スティーフェル・リノウなどが知られます。チューリヒ工科大学では、位相幾何学の強い学派が育ったと伝えられます。

サクラちゃん

サクラちゃん

「毛が全部なめらかにねるのは不可能」なんて、ほんとうなんですか? 工夫すればできそうな気がします……。

合格先生

合格先生

そう思うよね。でも証明されているんだ。ヒントは「つむじの指数の合計は、形で決まる数(球は2)」ということ。つむじがゼロ個だと合計がゼロになってしまうから、球ではありえない。数字に言いかえると、気合いや工夫ではどうにもならないって分かるんだよ。

受験・勉強とホップのつながり

中学受験:立体の頂点・辺・面を数える

中学受験の算数では、立方体・三角すい・四角すいなどの頂点・辺・面の数を問う問題が出ます。角柱・角錐の辺・面・頂点の数の求め方を知っていれば、たとえば「頂点が10個の角すいの辺の数は?」にすぐ答えられます。さらに、頂点の数と辺の数から面の数を求めるときに、頂点−辺+面=2を使うと、数え忘れの確認にもなります。正多面体(正四面体・立方体・正八面体・正十二面体・正二十面体の5つ)の数を一覧にして、この式を確かめてみるのもおすすめです。→ 正多面体の意味

高校受験:多面体・空間図形と、図形の角

高校入試の空間図形では、立体の展開図や、切り口の形を問う問題がよく出ます。オイラーの多面体定理そのものは中学の範囲外ですが、展開図の辺や頂点の数を数えるとき、答え合わせに使えます。また、多角形の外角の和が360°であることは、ホップの回転数定理の一番かんたんな形です。正多角形の1つの角・星形の先の角の和の求め方で、ぜひ練習してください。

大学受験:場合の数・グラフ・ベクトル

京大などの難関大の数学では、図形の問題で「空間をどうとらえるか」が問われます。京大理系数学の出題分析(図形・整数・確率の出方)で、出題の傾向を確かめてみてください。

勉強法として:「数えて決まる数」を探す

ホップの数学から学べる最大のことは、形の複雑なものを、「数」であらわして調べることです。立体なら「頂点−辺+面」、毛の流れなら「つむじの指数の合計」、輪の組なら「つながりの回数」です。むずかしい図形の問題でも、「この図形で、変わらない数は何か」と考えると、道が開けることがあります。勉強の進め方全体は数学の勉強法(解法の暗記→演習→過去問)も参考にしてください。

ホップがその後の数学にあたえた影響

  • 位相幾何学(トポロジー)の確立:ホップとアレクサンドロフの『トポロジー』(1935年)は、位相幾何学を1つの学問として整える役目を果たしました。その考え方は、ポアンカレからペレルマンが証明したポアンカレ予想まで、「空間の形」を調べる大きな流れにつながっています。
  • ホモトピー論:ホップ写像とホップ不変量は、「球から球への写像をすべて分類する」という大きな研究(ホモトピー群の研究)の出発点になりました。
  • ホモロジー代数:ホップが1940年代のはじめに書いた、基本群と第2ベッチ群についての論文は、ホモロジー代数のはじまりとされます。
  • 微分幾何学・特性類:ホップの仕事は、チャーンの特性類の研究へつながりました。またアティヤらの指数定理のような、「解析の数」と「形の数」を結ぶ流れの先がけとも考えられます。
  • 代数・量子群:ホップ代数は、量子群などを通じて、数学と物理学の最前線で使われています。
  • 物理学:ホップ写像は、量子力学や、液晶・流体の中の渦の研究にも現れます。

ホップの影響は、本人の論文だけでなく、教えを受けた人たちを通じても広がりました。フロイデンタールはオランダで、ヒルツェブルフはドイツで、それぞれ大きな学派をつくっています。数学者としてだけでなく、「人を育てた先生」としても、ホップは大きな足あとを残しました。

ホップに挑戦!練習問題

やさしい

  1. 立方体の頂点の数は8、辺の数は12、面の数は6です。頂点−辺+面 はいくつですか。
    答えと解説を見る8−12+6=8-12+6=2です。三角すい(4−6+44-6+4)でも、正十二面体(20−30+1220-30+12)でも、ふくらませてボールにできる形ならいつも2になります。
  2. 正十二面体は、面が12、辺が30です。頂点の数をオイラーの多面体定理で求めなさい。
    答えと解説を見る頂点−辺+面=2 より、頂点 =2+30−12==2+30-12=20です。(正十二面体の頂点は20個で、実際に数えた数と一致します)

ふつう

  1. 球の表面の毛並みで、渦(指数+1)が3つ、鞍(指数−1)が1つあります。球の指数の合計は2なので、湧き出し(指数+1)は何個必要ですか。
    答えと解説を見る渦3個の合計は+3、鞍1個は−1、あわせて 3−1=23-1=2 です。合計がすでに2なので、湧き出しは0個です。(球の合計は2で決まっています)
  2. ドーナツ型(穴が1つ)の表面に、V=16V=16、E=32E=32 の格子(碁盤の目)を作ったとき、面の数 FF はいくつですか。ドーナツ型では V−E+F=0V-E+F=0 です。
    答えと解説を見る16−32+F=016-32+F=0 より、F=16F=16です。(4×4の格子をドーナツ型に巻いた形に当たります)

むずかしい

  1. 星形の五角形(ペンタグラム)を一筆書きで1周するとき、頂点で曲がる角度(外角)は1つ144°で、頂点は5つあります。曲がる角度の合計は何度ですか。何回転にあたりますか。
    答えと解説を見る144∘×5=144^\circ\times5=720°、つまり2回転です。自分と交わる曲線なので、「1回転」とは限らず、ここでは2回転になります(ホップの回転数定理は、交わらない曲線なら1回転になる、というものです)。
  2. 円周(輪)の上に「毛」を生やすとき、つむじのない毛並みは作れますか。オイラー標数が0であることを使って理由を答えなさい。
    答えと解説を見る作れます。円周のオイラー標数は0で、零点の指数の合計も0になるので、零点が1つもなくてもかまいません。実際に、円周を同じ向きにぐるりと回る毛並みにすれば、つむじはできません。(球の標数は2なので、つむじをなくせません)

ホップと関係する数学者

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よくある質問

ホップは何をした人ですか?

ハインツ・ホップは、ドイツ生まれ、のちスイスで活躍した位相幾何学(トポロジー)の数学者です。毛玉の定理を一般にしたポアンカレ・ホップの定理、3次元球面から2次元球面へのホップ写像、ホップ代数のもとになった研究などで知られます。

ホップはなぜ有名なのですか?

形のつながり方を調べる位相幾何学を、大きく進めたからです。つむじの指数の和がオイラー標数になること、ホップ写像とホップ不変量、ホップ代数、ホップ・リノウの定理など、名前のつく定理や用語が数学の多くの分野にあります。

ポアンカレ・ホップの定理とは何ですか?

空間の上の毛の流れ(ベクトル場)で、毛がゼロになるところ(零点)の指数をぜんぶたすと、その空間のオイラー標数になるという定理です。球ならば合計が2になるので、つむじをなくすことはできません。1926年にホップが一般の形で示しました。

ホップ写像とは何ですか?

3次元の球面から2次元の球面への写像で、1931年にホップが示しました。2次元球面の1点に移る点の集まりは1本の輪になり、どの2つの輪も鎖のようにつながります。ホップ不変量は1で、1点につぶせない写像の代表例です。

ホップの名言はありますか?

ホップ自身の回想として、シュミットの講義で「写像の度数」の力にひかれたことや、ゲッティンゲンでアレクサンドロフに出会ったことを書いた言葉が紹介されています。どれも英訳を通して知られているもので、言いまわしは訳によってちがいます。

ホップとアレクサンドロフの関係は?

ホップは1925年にゲッティンゲンでロシアの数学者アレクサンドロフと出会い、生涯の親友になりました。1927年からはプリンストンで一緒に研究し、位相幾何学の本『トポロジー』を共同で書き始めましたが、出版されたのは1935年の第1巻だけです。

ホップは何歳で亡くなりましたか?どこの人ですか?

ホップは1894年にドイツのブレスラウ近郊で生まれ、1971年6月3日にスイスのツォリコンで76歳で亡くなりました。1931年からチューリヒ工科大学の教授をつとめ、1943年にスイス国籍を申請して認められました。

ホップは受験に関係がありますか?

ホップの名前は入試に出ません。ただ、立体の頂点・辺・面の数を数える問題は中学受験でもおなじみで、オイラーの多面体定理(頂点−辺+面=2)は高校の数学Aでも学びます。この定理は、ホップが示したオイラー標数とつむじの関係の入口にあたります。

エーベルハルト・ホップとは同じ人ですか?

別の数学者です。エーベルハルト・ホップは流体の方程式や力学系(エルゴード理論)の研究で知られ、ハインツ・ホップとは別人です。ハインツ・ホップは位相幾何学・微分幾何学の数学者で、ホップ写像やホップ代数に名を残しています。

あわせて読みたい

出典・参考

  • MacTutor History of Mathematics「Heinz Hopf」(セント・アンドルーズ大学)
  • MacTutor History of Mathematics「Heinz Hopf and Beno Eckmann」(ホップの人と研究)
  • H. Hopf, “Vektorfelder in n-dimensionalen Mannigfaltigkeiten”, Mathematische Annalen 96(1927年)
  • H. Hopf, “Über die Abbildungen der dreidimensionalen Sphäre auf die Kugelfläche”, Mathematische Annalen 104(1931年)
  • H. Hopf, W. Rinow, “Über den Begriff der vollständigen differentialgeometrischen Fläche”, Commentarii Mathematici Helvetici 3(1931年)
  • H. Hopf, “Über die Drehung der Tangenten und Sehnen ebener Kurven”, Compositio Mathematica 2(1935年)
  • 肖像写真:ETH-Bibliothek所蔵、Wikimedia Commons(パブリックドメイン)

最終更新:2026年11月3日/作成:大学受験合格大作戦