陳景潤は何をした人?業績・生涯をわかりやすく|陳の定理「1+2」とゴールドバッハ予想・ウェアリング

陳景潤は何をした人?業績・生涯をわかりやすく|陳の定理「1+2」とゴールドバッハ予想・ウェアリング

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陳景潤Chen Jingrun

ひとことで言うと

ゴールドバッハ予想(偶数は2つの素数の和)に最も近づいた中国の数学者。1966年に「1+2」を発表し、1973年に詳しい証明を示した。

名前陳景潤(Chen Jingrun、チェン・ジンルン)
生没年1933年5月22日〜1996年3月19日(62歳)
国中国(福建省福州生まれ、北京で活躍)
分野解析的整数論・ふるい法
主な業績陳の定理「1+2」(1966年発表・1973年詳細)、ウェアリングの問題 g(5)=37(1964年)、陳の素数
名前がつくもの陳の定理・陳の素数・小惑星7681 Chenjingrun
エピソード作家・徐遅の報告文学『ゴールドバッハ予想』(1978年)で中国で広く知られた、と伝えられる

このページのポイント

  • 1966年にゴールドバッハ予想で「1+2」を発表(十分大きな偶数=素数+[素数または素数2個の積])。1973年に詳細な証明
  • 1964年にウェアリングの問題で g(5)=37(5乗数37個で足りる)を証明
  • 「1+1」(予想そのもの)はふるい法だけでは越えにくい壁があり、今も未解決

陳景潤は何をした人?(業績をひとことで)

陳景潤(ちん・けいじゅん、Chen Jingrun、チェン・ジンルン、1933〜1996年)は、中国の数学者です。数学の有名な未解決問題「ゴールドバッハ予想」に、世界でいちばん近づいた人として知られます。1966年に発表した「陳の定理(1+2)」は、「十分に大きな偶数は、素数と、素数または素数2個の積の和で書ける」というものです。予想そのもの(素数+素数)まで、あと一歩の結果でした。

ゴールドバッハ予想とはは、1742年に生まれた予想で、「4以上の偶数は、2つの素数の和で書ける」という簡単な文です。10=3+710=3+7、20=3+1720=3+17、100=3+97100=3+97……と、小学生でも試せます。ところが、すべての偶数で成り立つことを証明した人は、280年以上たった今もいません。陳景潤の「1+2」は、予想の「1+1」に迫る、最も近い結果です。

陳景潤は、もう1つの有名な問題ウェアリングの問題でも成果をあげています。1964年、「どんな自然数も、37個以内の5乗数の和で書ける」ことを示しました(g(5)=37g(5)=37)。また、1970年代に中国で、作家・徐遅(じょ・ち)が書いた報告文学(ルポルタージュ)をきっかけに、数学者としては異例なほど国民に知られた、と伝えられています。

受験生にとっての陳景潤は、素数と偶数・奇数という、小学校から出てくる言葉だけで説明できる難問に、一生をかけて取り組んだ人です。この記事では、素数とはと素因数分解の基本から出発して、「1+2」の意味を図で説明します。

うかるくん

うかるくん

「1+2」って、数学の「1+2=3」とは違うんですよね?

合格先生

合格先生

いい質問だね。ここでの「1+2」は「素数1個の積」+「素数2個以下の積」という意味の、特別な書き方なんだ。たとえば 100=5+95100=5+95 で、95=5×1995=5\times19 だから、これは「1+2」の形。「1+1」が 素数+素数 で、ゴールドバッハ予想そのものだよ。

陳景潤の生涯と年表

福州に生まれ、戦争のなかで育つ

陳景潤は1933年5月22日、中国の福建省福州で生まれました。家は郵便局に勤める父のもとの、12人きょうだいの1人(3番目)です(MacTutor)。日中戦争のあいだに家族は各地へ避難し、苦しい暮らしを経験しました。1948年、福州の英華高校に入り、ここで数学の先生・沈元(しん・げん)から、ゴールドバッハ予想を教わったと伝えられています。先生は、この予想を「数学の王冠にかがやく真珠」にたとえた、といわれます。これは徐遅の報告文学で広まった話で、細かい部分には脚色もあるとされますが、陳景潤が若いころにこの問題と出会ったことは、伝記資料で語られています。

アモイ大学から中国科学院へ

1949年にアモイ大学の数学物理学部に入り、1953年に卒業しました。その後、北京で中学の教員になりますが、1954年に職を離れ、のちにアモイ大学の図書館の仕事に呼びもどされます。1956年に、数学者の華羅庚(か・らこう)が陳景潤の研究を知り、中国科学院の数学研究所に推薦しました。1957年に研究所の助手となり、本格的な研究者生活が始まります。

ウェアリングの問題とふるい法

最初の論文は1958年、ウェアリングの問題に関するものでした。1959年に「37≤g(5)≤4037\le g(5)\le 40」を示し、そして1964年に g(5)=37g(5)=37 を証明しました。イギリスのコンウェイも、同じ結果を独立に得ていたといわれます(後述)。同じころ、陳景潤は「ふるい法」とよばれる、素数を取り出す道具をみがいていました。1964〜65年には、たくさんの論文を発表しています。

1966年の「1+2」、1973年の完全な証明

1966年、陳景潤は「十分に大きな偶数は、素数と、素数2個以下の積の和になる」ことを、研究所の同僚のすすめでまず結果だけ発表しました。その直後に文化大革命が始まり、学問を続けることがむずかしくなります。研究所の人たちは、つらい時期を過ごしたと伝えられています。1971年ごろから大学や研究所が少しずつ動き出し、陳景潤は1973年に詳しい証明を完成させ、論文が発表されました。

世界に知られ、そして…

この結果は世界の数学者に注目されました。ハルバースタムとリヒャルトの教科書『ふるい法』には「陳の定理」の章が加えられ、1975年にはロスが証明を大きく簡単にしました。フランスのアンドレ・ヴェイユは、この仕事を「ヒマラヤの山頂を歩くようなものだ」とたたえた、と伝えられています(MacTutor)。1979年にはプリンストン高等研究所に招かれ、1981年に中国科学院の学部委員(会員)に選ばれました。1996年3月19日、北京で亡くなりました。62歳でした。

陳景潤の歩み1933福州(福建省)で生まれる1953アモイ大学を卒業1957中国科学院の数学研究所へ1964g(5)=37 を示す1966「1+2」を発表1973詳しい証明を発表1981中国科学院の学部委員に1996北京で亡くなる出典:MacTutor History of Mathematics ほか
陳景潤の歩み。福州→アモイ大学→中国科学院→1966年「1+2」→1973年詳細な証明
年できごと
1933年5月22日、中国の福建省福州で生まれる
1948年福州の英華高校へ。数学の先生からゴールドバッハ予想を聞いたと伝えられる
1953年アモイ大学を卒業
1956年華羅庚が陳景潤の研究を知り、中国科学院に推薦する
1957年中国科学院数学研究所の助手になる
1958年最初の論文(ウェアリングの問題)を発表
1964年ウェアリングの問題で g(5)=37 を証明
1966年ゴールドバッハ予想で「1+2」を発表(結果のみ)
1973年「1+2」の詳しい証明の論文が発表される
1975年ロスが陳の定理の証明を簡単にする。陳景潤は全国人民代表大会の代表に
1979年プリンストン高等研究所を訪れる
1981年中国科学院の学部委員(会員)に選ばれる
1996年3月19日、北京で亡くなる(62歳)

陳景潤の主な業績をやさしく解説

業績1 ゴールドバッハ予想と「陳の定理(1+2)」

まず、予想の中身を見てみましょう。「4以上の偶数は、2つの素数の和で書ける」。実際に試すと、偶数 NN を「素数+素数」で書く方法は、NN が大きくなるほどだんだん増えていくことが分かります。下の図は、4から100までの偶数について、その方法の数を棒の高さで表したものです。どの偶数にも1通り以上あることが、見て取れます。

偶数を「素数+素数」で書く方法の数452100縦:方法の数(最大 9 通り)赤=6の倍数の偶数。どの偶数も最低1通りはある例:100 は 3+97 など6通り
4〜100の偶数を「素数+素数」で書く方法の数。100は6通り。大きくなるほど増える傾向にある

それなら、予想はきっと正しいはずです。実際、コンピュータでとても大きな数まで調べて、反例(成り立たない偶数)は見つかっていません。けれど「調べた範囲で成り立つ」ことと「すべてで成り立つ」ことは別の話で、証明は見つかっていません。数学者たちは、「素数」をほかの数に置きかえることで、少しずつ近づいてきました。

ゴールドバッハ予想への階段9+9…1+31+21+1「a+b」とは、偶数=A+B で、Aは素数a個以下の積、Bはb個以下の積陳景潤「1+2」:素数+(素数または2個の積)1+1 まであと1段。しかしこの1段が高い
ゴールドバッハ予想への階段。9+9→…→1+3→1+2(陳景潤)→1+1(予想)

ここで使う記号が「a+b」です。これは「素数をa個以下かけた数」と「素数をb個以下かけた数」の和、という意味です。たとえば素数そのものは「素数1個の積」なので「1」、95=5×1995=5\times19 は「2」、12=2×2×312=2\times2\times3 は「3」です。ゴールドバッハ予想は「1+1」、つまり素数+素数です。1920年に、ノルウェーの数学者ブルンが「9+9」を示しました。その後、1+5、1+4、1+3と、少しずつ小さくなっていきます。

陳景潤は、1966年に「1+2」を示しました。式で書くと次のとおりです。

N=p+P2(N は十分に大きな偶数, p は素数, P2 は素数または素数2個の積)N=p+P_2\qquad(N\text{ は十分に大きな偶数},\ p\text{ は素数},\ P_2\text{ は素数または素数2個の積})

たとえば N=100N=100 なら、100=5+95=5+5×19100=5+95=5+5\times19 という形になります。もちろん、実際には 100=3+97100=3+97 のように「1+1」で書けるのですが、一般の大きな偶数について「1+1」と言い切れないところを、「1+2」まで保証したのが陳の定理です。

この証明に使われたのが、「ふるい法」です。次の図は、エラトステネスのふるいで、50までの素数を残す様子です。2の倍数、3の倍数、5の倍数、7の倍数を順に消していくと、素数だけが残ります。陳景潤は、これを何百倍にも精密にして、「素数以外の数がどれだけ残るか」を厳密に見積もりました。とても長い計算と、深い工夫が必要だったそうです。

ふるいで素数を残す(50まで)1234567891011121314151617181920212223242526272829303132333435363738394041424344454647484950赤線=2の倍数 緑=3の倍数金=5の倍数 紫=7の倍数残った青い15個が素数。ふるいを細かくしたのがふるい法
50までの数から、2・3・5・7の倍数を線で消して素数を残す(エラトステネスのふるい)

ただし、「1+2」から「1+1」へは、ふるい法だけでは越えられない壁があることが知られています。「パリティ問題」とよばれる壁で、素数の積が「偶数個」か「奇数個」かをふるいが見分けられないという、本質的な難しさです。だから、今のところ「1+2」が、この方法の限界に近い位置とされています(くわしくは、ゴールドバッハ予想のページ)。

業績2 ウェアリングの問題:g(5)=37

ウェアリングの問題は、「どんな自然数も、決まった個数の kk 乗数の和で書けるか」という問いです。2乗数(平方数)の場合は、ラグランジュが1770年に「どんな自然数も、4個以下の平方数の和」であることを示しました。たとえば 7=4+1+1+17=4+1+1+1 は、4個必要です。3乗数なら9個で足ります(23=8+8+1×723=8+8+1\times7 は9個必要)。そして1909年、ヒルベルトの業績が、どんな kk でも、その個数が有限であることを証明しました。

k乗数の和で、どんな数も作る(g(k))平方数(2乗):最大 4 個ラグランジュ 1770立方数(3乗):最大 9 個ヴィーフェリヒほか 1909〜124乗数:最大 19 個バラスブラマニアンほか 19865乗数:最大 37 個陳景潤 19646乗数:最大 73 個ピライ 1940式 g(k)=2^k+[(3/2)^k]−2(k=2〜6で一致)
2乗なら4個、3乗なら9個、4乗なら19個、5乗なら37個、6乗なら73個で足りる。5乗の37個は陳景潤の仕事

このときの「最小の個数」を g(k)g(k) とかきます。g(2)=4g(2)=4、g(3)=9g(3)=9、g(4)=19g(4)=19、g(5)=37g(5)=37、g(6)=73g(6)=73 です。ふしぎなことに、これらはすべて、次の式にぴったり合います。

g(k)=2k+⌊(32)k⌋−2g(k)=2^k+\left\lfloor\left(\tfrac32\right)^k\right\rfloor-2

k=5k=5 なら 32+⌊7.59⌋−2=32+7−2=3732+\lfloor 7.59\rfloor-2=32+7-2=37 です(記号 ⌊ ⌋\lfloor\ \rfloor はガウス記号で、小数部分を切り捨てる意味)。223223 という数は、5乗数を使うとちょうど37個必要です。陳景潤は、k=5k=5 のときにこの式が成り立つこと、つまり「37個あれば足りる」ことを1964年に証明しました。同じ結果を、イギリスのコンウェイも独立に得ていた、と伝えられています。コンウェイは博士論文に入れるつもりでしたが、陳景潤の発表を見て取り下げたといわれます。

業績3 「陳の素数」と双子素数予想への手がかり

陳景潤は、「1+2」の証明の方法を、別の問題にも生かしました。双子素数予想は、「pp と p+2p+2 がともに素数になる組(3と5、11と13のような組)は無限にあるか」という予想です。陳景潤は、「pp が素数で、p+2p+2 が素数または素数2個の積になる pp は、無限にある」ことを示しました。このような pp は陳の素数(Chen prime)とよばれます。たとえば p=3p=3 なら p+2=5p+2=5(素数)、p=7p=7 なら p+2=9=3×3p+2=9=3\times3(素数2個の積)で、どちらも陳の素数です。

双子素数予想そのものは解けていませんが、陳の素数が無限にあるという結果は、予想へ近づくための大きな手がかりです。テレンス・タオらが素数の問題を研究するときにも、陳景潤の仕事がよく引用されます。

業績4 ふるい法の整備

陳景潤の論文は、ふるい法を精密に整えるための新しい工夫の宝庫です。ふるい法は、エラトステネスの方法を原型にしながら、ブルンらが20世紀のはじめに発展させた、素数の研究の主要な道具です。陳景潤は、ふるいが数えそこなう「誤差」を小さく抑える新しい不等式を作り、「1+2」を実現しました。のちにロスがこの証明を簡略化し、教科書にのるほど標準的な内容になりました。

その後の数学者たちは、陳景潤の方法をさらに発展させました。素数の個数をふるいで見積もる研究は、張益唐の素数の差の研究などにもつながる、現代の解析的整数論の大きな流れです。

陳景潤の名前がつく公式・定理・用語

  • 陳の定理(1+2):十分に大きな偶数は、素数と、素数または素数2個の積の和で書ける(1966年発表・1973年詳細)。
  • 陳の素数(Chen prime):pp が素数で p+2p+2 が素数または素数2個の積であるような素数 pp。無限にあることが陳景潤により示された。
  • g(5)=37g(5)=37:ウェアリングの問題で、5乗数の和で足りる最小の個数(1964年)。
  • 小惑星 7681 Chenjingrun:陳景潤の名前がつけられた小惑星。

高校数学までで、関係する公式・用語は次のとおりです。

「ここが大事!」と説明する合格先生

合格先生

陳の定理の心は「完全な答えが出なくても、近づく一歩に価値がある」こと。入試でも、満点が取れなくても、部分点を積み上げる姿勢は同じだよ。

陳景潤の逸話と名言

「数学の王冠にかがやく真珠」

ゴールドバッハ予想は、ガウスの時代よりも前、1742年にドイツの数学者ゴールドバッハがオイラーに宛てた手紙に書いたものです。オイラーも解けず、その後の数学者も解けないまま、200年以上が過ぎました。「数学の王冠にかがやく真珠」という表現は、数論の最も美しい未解決問題の1つを指す言葉として、中国で広まったと伝えられています。

ヒマラヤの山頂を歩くようなものだ。

アンドレ・ヴェイユが陳景潤の仕事をたたえた言葉として伝えられるもの(MacTutor の陳景潤の伝記より。英語の表現を日本語にした)

報告文学「ゴールドバッハ予想」で、国民的な有名人に

1970年代の後半、作家の徐遅(じょ・ち)が、陳景潤をモデルにした報告文学(ルポルタージュ)『ゴールドバッハ予想』を書き、1978年に出版されて大きな反響をよんだ、と伝えられています。数学の研究に打ちこむ人の姿が、多くの人の心を動かし、「科学の春」ともいわれる時代の空気とあわさって、陳景潤は中国で広く知られる存在になりました。ただし、この作品には、脚色された部分もあるといわれています。実際の陳景潤について知るには、数学史の伝記資料を合わせて読むことをおすすめします。

狭い部屋で計算をつづけた、と伝えられる

文化大革命の時期、陳景潤は、せまい部屋で、何百枚もの計算用紙を使って、計算をつづけたと伝えられています。このような「逸話」は、報告文学で広く知られたものです。脚色もあるとされますが、ひとつの問題に、何年もかけて向き合い続けたことは、「1+2」の長い証明が、実際に残っていることからも分かります。

なぜ「1+1」は遠いのか

「1+2」と「1+1」は、数字の上ではたった1つのちがいです。けれど、そのあいだには深い谷があると考えられています。ふるい法は、「ある数が、小さい素数で割り切れるかどうか」を手がかりに、素数らしい数を取り出す方法です。ところが、この方法には、素数を2個かけた数と、素数を1個だけの数を、うまく見分けられないという弱点があります。偶数個の素数の積と奇数個の素数の積が、ふるいの目には同じように見えてしまうのです。この弱点を数学者はパリティ(偶奇)の問題とよびます。陳景潤は、この谷のぎりぎりまで進みました。谷をこえるには、ふるい法とは別の新しいアイデアが必要だろうと、多くの数学者が考えています。こうした「あと一歩が遠い」感覚は、受験の難問に挑むときにも通じます。

国際数学者会議への招待を断った話

1978年、陳景潤はフィンランドのヘルシンキで開かれる国際数学者会議に招待されましたが、台湾の国際数学連合での席の問題を理由に、出席しなかったと記録されています(MacTutor)。1979年には、アメリカのプリンストン高等研究所を訪れ、世界の数学者と交流しました。

サクラちゃん

サクラちゃん

何年も同じ問題に取り組み続けるなんて、私なら途中で投げ出しちゃいそうです……。

合格先生

合格先生

うん、だから陳景潤のように「毎日少しずつ」が大事なんだ。受験でも、1日にできる量は小さくても、続ければ大きな力になる。しかも、陳景潤の定理は、先に「結果だけ発表」して、あとから詳しい証明を書いた。完璧を待たずに前に進むことも、時には大切なんだよ。

受験・勉強と陳景潤のつながり

中学受験:素数と、偶数・奇数

中学受験の算数では、素数の見分け方、偶数と奇数の性質、整数の性質が出ます。ゴールドバッハ予想の入口は、「10=3+7=5+510=3+7=5+5 のように、偶数を2つの素数の和にしなさい」という問題です。素数は2を除いてすべて奇数なので、「奇数+奇数=偶数」という性質が、ここで活きています。

高校受験:整数の説明問題

高校受験では、「連続する2つの整数の和は奇数になる」などの説明問題が出ます。偶数を 2n2n、奇数を 2n+12n+1 と文字でおく練習は、陳景潤の世界の第一歩です。素数の見つけ方は唯一の偶数の素数「2」の話も参考にしてください。

大学受験:整数問題・合同式

大学受験の整数問題は、素数・倍数・余りが中心です。合同式(mod)の計算を使うと、「3より大きい素数 pp は、6で割ると1か5余る」といった性質が簡単に示せます。実は、ゴールドバッハ予想の研究の出発点でもある考え方です。京都大学・東京大学の整数問題の傾向は京大理系数学の出題分析(整数問題の出方)が参考になります。西暦を題材にした入試問題は2027は素数?双子素数と西暦の入試問題も見てみましょう。

数学オリンピックと数論

数学オリンピックでは、素数や平方数・立方数の和の問題がよく出ます。ウェアリングの問題の「小さな場合」(たとえば、どんな数も4個以下の平方数の和)は、考える練習にぴったりです。雰囲気は数学オリンピックの問題(長方形に詰めた正方形)でも味わえます。

勉強法として:「あと一歩」の積み重ね

陳景潤は「予想そのもの」を解くことはできませんでしたが、「1+2」まで近づきました。受験勉強でも、1回で満点を取ろうとせず、1つずつ、できることを増やすことが大切です。具体的な進め方は数学の勉強法(解法の暗記→演習→過去問)も読んでください。

陳景潤がその後の数学にあたえた影響

  • ふるい法の教科書的な内容に:陳の定理は、ふるい法の最大の成果の1つとして、世界中の教科書にのっています。
  • 素数の研究に新しい方向:「素数+素数」ではなく「素数+ほぼ素数」を考える発想は、素数の研究の標準的な見かたになりました。
  • 双子素数予想への手がかり:陳の素数が無限にあるという結果は、双子素数予想にむけた研究の出発点の1つです。
  • 2013年の弱いゴールドバッハ予想:「5より大きい奇数は3つの素数の和」という弱い形は、2013年にヘルフゴットが証明を発表しました。テレンス・タオは、2012年に「奇数は高々5個の素数の和」を示して、この問題を大きく進めました。
  • 中国の数学への影響:陳景潤は、中国の数学研究を世界に示す存在になり、多くの若者に数学への関心を与えました。

エルデシュやハーディらが築いた解析的整数論の流れのなかで、陳景潤は、ふるい法で到達できる最も遠い地点にまで進んだ人といえます。「1+1」への最後の1歩は、今も未解決です。最新の状況はゴールドバッハ予想のページで確認してください。

陳景潤に挑戦!練習問題

やさしい

  1. 30を、2つの素数の和で書く方法をすべて答えなさい(たとえば、小さい方を先に書きます)。
    答えと解説を見る7+23, 11+19, 13+177+23,\ 11+19,\ 13+17 の3通りです。(30=1+2930=1+29 は1が素数でないので不可。)
  2. 50以下の素数は全部で何個ですか。
    答えと解説を見る2, 3, 5, 7, 11, 13, 17, 19, 23, 29, 31, 37, 41, 43, 47 の15個。

ふつう

  1. 100を2つの素数の和で書く方法は6通りあります。そのうち2つを挙げなさい。
    答えと解説を見る3+973+97、11+8911+89、17+8317+83、29+7129+71、41+5941+59、47+5347+53 のうち、どれでも2つ。
  2. 100=5+95 は「1+2」の形です。9595 を素数の積に分解して、その理由を説明しなさい。
    答えと解説を見る95=5×1995=5\times19 で、素数2個の積。だから、100は「素数5」+「素数2個の積95」で、1+2の形です。

むずかしい

  1. 7を平方数の和で書くとき、必要な最少の個数を答えなさい。また、23を立方数(1, 8, 27, …)の和で書くときの最少個数も答えなさい。
    答えと解説を見る7=4+1+1+17=4+1+1+1 は4個(平方数3個以下では作れない)。23=8+8+1×723=8+8+1\times7 で、9個(8を2個、1を7個)。
  2. 式 g(k)=2k+⌊(3/2)k⌋−2g(k)=2^k+\lfloor(3/2)^k\rfloor-2 で、k=4k=4 のときの値を求めなさい。
    答えと解説を見る24=162^4=16、(3/2)4=81/16=5.06⋯(3/2)^4=81/16=5.06\cdots で整数部分は5。16+5−2=16+5-2=19。(g(4)=19g(4)=19 と一致)

陳景潤と関係する数学者

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20世紀の数学者

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読みもの(合格大作戦の数学の記事)

よくある質問

陳景潤は何をした人ですか?

陳景潤は、ゴールドバッハ予想に最も近づいた結果「陳の定理(1+2)」を示した中国の数学者です。十分に大きな偶数は、素数と、素数または素数2個の積の和で書けることを、1966年に発表しました。

陳の定理(1+2)とは何ですか?

十分に大きな偶数は「素数+(素数または素数2個の積)」の形で書ける、という定理です。たとえば 100=5+95=5+5×19 の形です。ゴールドバッハ予想の「素数+素数(1+1)」まであと一歩の結果です。

ゴールドバッハ予想は陳景潤が解いたのですか?

解いていません。陳景潤が示したのは「1+2」で、予想そのものの「1+1」(素数+素数)は今も未解決です。

陳景潤が示したウェアリングの問題の結果は何ですか?

どんな自然数も37個以内の5乗数の和で書ける(g(5)=37)ことを、1964年に示しました。イギリスのコンウェイも同じ結果を独立に得ていたと伝えられます。

陳景潤は何歳で亡くなりましたか?どこの人ですか?

1933年5月22日に中国の福建省福州で生まれ、1996年3月19日に北京で亡くなりました。62歳でした。

陳景潤が有名になったのはなぜですか?

数学の成果が世界的に評価されたことに加え、作家・徐遅の報告文学『ゴールドバッハ予想』(1978年)で、中国で広く知られるようになったと伝えられています。

ゴールドバッハ予想とは何ですか?

4以上の偶数は2つの素数の和で書ける、という予想です。1742年にゴールドバッハがオイラーへ宛てた手紙に書かれました。とても大きな数まで調べられていますが、証明はありません。

陳景潤の仕事は受験に関係がありますか?

素数・偶数・奇数・素因数分解は中学受験から出る内容で、整数問題と合同式は大学受験の中心です。ゴールドバッハ予想は、その延長にある身近な未解決問題です。

あわせて読みたい

出典・参考

  • MacTutor History of Mathematics「Chen Jingrun」(セント・アンドルーズ大学)
  • J. R. Chen, “On the representation of a large even integer as the sum of a prime and the product of at most two primes”, Scientia Sinica 16(1973年)
  • H. Halberstam, H.-E. Richert, “Sieve Methods”(1974年)
  • Wikipedia(英語版)の Waring problem の項(g(5)=37 の記述の確認に使用)

最終更新:2026年11月3日/作成:大学受験合格大作戦