角谷静夫は何をした人?業績・生涯・名言をわかりやすく|角谷の不動点定理・ナッシュ均衡・コラッツ問題

角谷静夫は何をした人?業績・生涯・名言をわかりやすく|角谷の不動点定理・ナッシュ均衡・コラッツ問題

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角谷静夫Shizuo Kakutani

ひとことで言うと

集まりをもつ対応の「角谷の不動点定理」で、ナッシュ均衡の存在を支えた数学者。コラッツ問題を広め、「角谷の問題」とも呼ばれた。

名前角谷静夫(かくたに しずお。Shizuo Kakutani)
生没年1911年8月28日〜2004年8月17日(92歳)
国日本(大阪市生まれ)・アメリカ(イェール大学教授)
分野関数解析・エルゴード理論・確率論・不動点定理
主な業績角谷の不動点定理(1941年)、ブラウン運動と調和関数、平均エルゴード定理(吉田耕作と)
名前がつくもの角谷の不動点定理、吉田–角谷の平均エルゴード定理、角谷の問題(コラッツ問題の別名)
出身・勤務東北大学から大阪帝国大学、プリンストン高等研究所、イェール大学(1949〜1982年)

このページのポイント

  • 角谷の不動点定理(1941年)は、答えが「集まり」になる対応でも不動点があることを示し、ナッシュ均衡の存在を示すときに使われた
  • エルゴード理論・ブラウン運動・関数解析など、100編以上の論文で解析学と確率論に大きな足あとを残した
  • 1960年ごろにコラッツ問題を広め、「角谷の問題」とよばれた。いまも未解決

角谷静夫は何をした人?(業績をひとことで)

角谷静夫(かくたに しずお、1911〜2004年)は、日本生まれでアメリカで活躍した数学者です。名前がついた角谷の不動点定理(1941年)で世界に知られています。この定理は、のちにナッシュ均衡(ゲームの理論で、みんなが「これ以上、作戦を変えても得しない」状態)の存在を示すときに使われました。

角谷の仕事は、不動点定理だけではありません。エルゴード理論(時間がたつと、動きが全体にまんべんなく広がるかを調べる理論)、ブラウン運動(小さな粒子の不規則な動き)と調和関数のつながり、関数解析など、解析学と確率論の広い分野で成果をあげました。1950年の国際数学者会議で講演し、1982年には日本学士院賞(恩賜賞)を受けています。

もうひとつ、角谷はコラッツ問題(「3n+1問題」)の話でもよく名前が出ます。1960年ごろにこの問題を聞いた角谷が、周りの数学者に広めたことから、「角谷の問題」とよばれることがあります。この記事では、むずかしい定理を「y=xy=x の直線と曲線が交わる点」などの絵で、中学生にも味わえるように説明します。

うかるくん

うかるくん

「不動点」って、動かない点のことですか? なんの役に立つんですか?

合格先生

合格先生

そうだよ。f(x)=xf(x)=x になる点のことだね。ある操作をしても、その点だけは動かない。実はこれが、経済やゲームの「みんなが納得する落ち着き先」を探す道具になるんだ。

角谷静夫の生涯と年表

大阪に生まれ、兄から数学を教わる

角谷静夫は1911年8月28日、大阪で生まれました。父は弁護士で、息子の1人に法律の道を継がせたいと考えていたと伝えられます。8歳年上の兄・誠一は京都大学で物理を学んでいて、静夫が9歳ごろのときに、数学のおもしろさを教えてくれた人でした。ところが、この兄は20歳でチフスのため亡くなってしまいます。そのあと、父は静夫が数学の道に進むことを認めたといわれます。

神戸の高校から東北大学へ

角谷は神戸の甲南高等学校で学びました。高校の課程の関係で、東京大学や京都大学の数学科に進む資格がそのままではなかったため、東北大学(仙台)に進みます。定員15人のところへ17人の受験生がいましたが、大学は17人全員を入学させたと、MacTutor(セント・アンドルーズ大学の数学史サイト)の伝記に書かれています。東北大学では解析関数(複素数の関数)を学び、バナッハの業績と生涯らの著作も読みました。

大阪大学の助手、そしてプリンストンへ

1934年、角谷は新しくできた大阪大学の数学教室で助手になります。吉田耕作(のちの関数解析の大家)との共同研究を始め、1937年にはリーマン面についての論文を発表しました。この論文が、のちに博士論文の中心になります。そして、この論文に注目したワイルの業績と生涯の招きで、1940年にアメリカのプリンストン高等研究所に行きます。そこでは、フォン・ノイマンの業績と生涯たちの測度論・エルゴード理論の研究グループにふれ、エルデシュの業績と生涯ら多くの数学者と出会いました。

不動点定理の発表と、戦争のなかの帰国

1941年、角谷は短い論文「ブラウワーの不動点定理の一般化」を学術雑誌 Duke Mathematical Journal に発表しました。わずか3ページほどの論文ですが、これが角谷の不動点定理です。同じ年の12月に日米が戦争を始め、角谷は1942年に日本へ帰ります。日本への船の中でも定理を考えつづけ、書いた紙を瓶に入れて海に流した、という話が伝えられていますが、確かな出典がはっきりしない逸話です。

戦後のアメリカへ、イェール大学の教授に

戦争のあいだ、角谷は大阪大学の助教授として研究を続け、伊藤清とも協力しました。1948年に再びプリンストン高等研究所に招かれ、1949年にイェール大学に移ります。1952年に教授となり、1982年に退職するまで、イェールで約33年間、教え、研究しました。1952年にはニューヨーク出身のケイ・内田さんと結婚し、娘のミチコさん(のちに文芸批評家として知られる)が生まれています。

晩年と受賞

1950年に国際数学者会議(ハーバード)で全体講演を行い、1982年には、関数解析などの業績で日本学士院賞・恩賜賞を受けました。退職後も数学の世界で慕われ、2004年8月17日、アメリカのコネチカット州ニューヘイブンで亡くなりました(92歳)。数学のノーベル賞は存在しませんが、不動点定理が支えたゲーム理論・経済学の研究には、のちにノーベル経済学賞が贈られています。

年できごと
1911年8月28日、大阪で生まれる
1934年大阪帝国大学(できたばかりの数学教室)の助手になる
1937年リーマン面についての論文(のちに博士論文の中心)
1940年ワイルの招きでプリンストン高等研究所へ
1941年「ブラウワーの不動点定理の一般化」を発表(角谷の不動点定理)
1942年日本に帰り、大阪帝国大学の助教授になる
1944年ブラウン運動と調和関数(ポテンシャル論)のつながりを示す
1948年プリンストン高等研究所に再び招かれる
1949年イェール大学へ
1950年国際数学者会議で全体講演
1960年ごろコラッツ問題を聞いて広め、「角谷の問題」と呼ばれる
1982年イェール大学を退職。日本学士院賞(恩賜賞)を受ける
2004年8月17日、アメリカで亡くなる(92歳)

角谷静夫の主な業績をやさしく解説

業績1 角谷の不動点定理:答えが「集まり」でも不動点はある

まず、角谷より前の話から始めましょう。ブラウワーの不動点定理(1次元の場合)は、「0から1までの区間を同じ区間に写す、つながった(連続な)関数 ff には、f(x)=xf(x)=x となる点が必ずある」というものです。グラフでいえば、左下から右上へ切れ目なく引いた曲線は、対角線 y=xy=x と必ず交わる、ということです。

ブラウワーの不動点定理(1次元)0101赤い点が不動点(f(x)=x)y=f(x)切れ目のない曲線は、点線(y=x)と必ず交わる
ブラウワーの不動点定理(1次元)。切れ目のない曲線は、対角線 y=x と必ず交わる

ところが、世の中には「入力ごとに、答えが1つに決まらない」場面があります。たとえば、ゲームで相手の作戦が決まっても、最善の返し方が2つ以上あることがあります。このとき、関数の値は1つの数ではなく「数の集まり(集合)」になります。角谷の1941年の定理は、「値が集まりになる対応でも、条件がそろえば不動点がある」と主張するものです。

角谷の不動点定理(値が「集まり」)0101不動点3/41/4赤い線分全体が x=1/2 の「答えの集まり」
値が集まり(赤い線分)になる対応。x=1/2 のとき 1/4〜3/4 のどこでも答えになり、その中に不動点がある

条件は大まかに、次の3つです。①集合が閉じていて有限の大きさ(コンパクト)で、へこみのない形(凸)である。②各点の「答えの集まり」が空でなく、へこみのない形である。③グラフが切れ目なくつながっている(「閉グラフ」という性質)。このとき、xx が自分自身の答えの集まりに入る点 x∈φ(x)x\in\varphi(x) が、必ず見つかります。

この定理の大切なところは、「連続」を、集まりをもつ対応に広げた点です。図2では、xx が 1/21/2 より小さいと答えは 3/43/4 だけ、大きいと 1/41/4 だけで、ふつうの関数では対角線を飛びこえてしまいます。しかし x=1/2x=1/2 のところで答えを線分全体にすると、グラフがつながり、対角線とぶつかります。「つなぐ」ために答えを集まりにする、という発想です。

業績2 ナッシュ均衡の存在を支えた定理

1950年、ジョン・ナッシュ(ナッシュの業績と生涯)は、どんなゲームにも「誰も作戦を変えて得をしない状態」(ナッシュ均衡)があることを示しました。そのとき使われたのが、角谷の不動点定理です。ナッシュ自身の短い論文にも、角谷の1941年の論文が引用されています。

考え方はこうです。各プレイヤーについて、「相手の作戦が決まったときの最善の返し」を考えます。最善の返しが2つ以上あるとき、答えは「集まり」です。全員の最善の返しをまとめた対応に、角谷の定理をあてはめると、「全員が、自分の作戦がすでに最善の返しになっている」点、つまり不動点がある、とわかります。この不動点が、ナッシュ均衡です。

ナッシュ均衡=「最善の返し」の交点0101ナッシュ均衡Aの返しBの返し横:Aが表を出す割合 縦:Bが表を出す割合
表と裏を出す2人ゲーム。2本の「最善の返し」の折れ線が交わる点が、ナッシュ均衡

図3は、「表か裏を出して、一方は同じなら得、もう一方は違うなら得」という2人ゲーム(コイン合わせ)の例です。どちらの最善の返しも、1か所ですっぱり変わるため、答えが集まりになります。その2本の折れ線の交点が、両方が2分の1ずつの確率で表を出す作戦です。ナッシュに不動点定理の使用をすすめたのはデビッド・ゲールだったと伝えられます。

この考え方は、経済学にも広がりました。アロー(Arrow)とドブルー(Debreu)が、市場全体で「売りたい量と買いたい量がつりあう」状態が存在することを示した仕事にも、不動点定理の考え方が使われています。MacTutor の追悼文は、数学にノーベル賞がないために、角谷はこれらの賞を分かち合えなかったと書いています。

業績3 エルゴード理論・ブラウン運動・関数解析

角谷は100編をこえる論文を書き、50年以上にわたって研究を続けました。MacTutor の追悼文は、その特徴を「多才さ、独創性、わかりやすさ」とまとめています。中でも大きな分野が、次の3つです。

エルゴード理論は、ある変換を何度もくり返したときの「長い目で見た平均」を調べる分野です。たとえば、時計の針のように、ある量が同じ操作でまわりつづけるとき、時間平均と空間平均が一致するか、を考えます。吉田耕作と角谷が示した「平均エルゴード定理」(1938年ごろ)や、変換を積み木の塔にして調べる方法(図5)が知られています。後者は「角谷–ロクリン(Rokhlin)の補題」などの名前で、いまも研究で使われます。

T をくり返して作る「塔」BT BT² BT³ BT⁴ BT で1段ずつ上へ一番上まで行ったら、また底(B)に戻る動きを「積み木の塔」にして調べる
変換 T で積み木のように塔を作る。エルゴード理論で使われる考え方の絵

ブラウン運動は、水に浮かんだ花粉が不規則に動くように、ふらふら動く運動のことです。角谷は1944年、ブラウン運動と調和関数(熱や電気のつりあいを表す関数)が、深く結びついていることを示しました。この仕事は、のちの確率論(特にポテンシャル論)の発展に影響しました。伊藤清の確率解析(伊藤清の業績と生涯)が育つ時期と重なっており、角谷は伊藤と共同で研究したことでも知られています。

関数解析とは、関数の集まりを「空間」として調べる分野です。バナッハの業績らの研究を受けて、角谷はバナッハ空間やヒルベルト空間、位相群(かけ算や足し算ができて、連続的でもある集まり)などで成果を出しました。1982年の日本学士院賞は、関数解析の業績に贈られたと紹介されています。

業績4 コラッツ問題を広めた「角谷の問題」

次のような計算を考えてみましょう。正の整数 nn から始めて、偶数なら2で割り、奇数なら3倍して1を足す。これをくり返すと、どんな数から始めても、最後は 4→2→14\to2\to1 に着く、と思われています。たとえば7は、7→22→11→34→17→52→26→13→40→20→10→5→16→8→4→2→1 と16回で1に着きます(図4)。

7から始めたときの数の動き5271赤=奇数(3倍して1を足す) 緑=偶数(2で割る)16回で 1 に着く(どの数でも着くかは未証明)
7から始めたときの数の動き。上がったり下がったりしながら、16回で1に着く

これがコラッツ問題(「3n+1問題」「シラキュース問題」)です。始まりにははっきりしないところがあり、ドイツのコラッツが1930年代に考えたといわれますが、諸説あります。数学者ラガリアスの概説によれば、1960年ごろにこの問題を聞いた角谷が興味を持ち、イェール大学やシカゴ大学の数学者に紹介しました。角谷は「約1か月のあいだ、イェールの全員が取り組んだが、成果がなかった」と語ったと伝えられます。シカゴでも同じ反応で、「アメリカの数学の研究を遅らせるための陰謀だ」という冗談まで出た、とも伝えられます。

こうした経緯から、この問題は「角谷の問題」という名前でもよばれるようになりました。いまも未解決です。くわしくは、コラッツ問題とは(3n+1問題の現在)のページで説明しています。

角谷静夫の名前がつく公式・定理・用語

  • 角谷の不動点定理:集まりをもつ対応についての不動点定理(1941年)。ゲーム理論・経済学で使われる。
  • 吉田–角谷の平均エルゴード定理:時間平均が収束することを示す定理。吉田耕作との共同研究。
  • 角谷の無限直積測度の定理:無限個の確率を積にしたものが、同じ向きかまったく別かを決める定理(1948年ごろ)。
  • 角谷–ロクリンの補題:エルゴード理論の「塔」の補題。
  • 角谷–クライン(Krein)の定理:関数解析(M空間)の定理。
  • 角谷の問題:コラッツ問題の別名。

高校数学までで関係する用語・公式は、次のとおりです。

「ここが大事!」と説明する合格先生

合格先生

不動点は「f(x)=xf(x)=x を解く」こと。中学の方程式、高校の2次方程式、大学の不動点定理は、みんな「xx がそのまま残る点」を探しているんだよ。

角谷静夫の逸話と名言

定員15人に17人が受験、全員合格

角谷が東北大学に入学したとき、定員15人に対して17人が受験しました。大学は、17人全員を入学させたと伝えられます。高校の課程がふつうと違った角谷にとって、東北大学は数学への扉を開いてくれた学校でした。

船から流した「定理の瓶」

1942年、角谷はスウェーデン船に乗って日本に帰りました。数学者のイーゲンの記述によれば、船の上でも定理を考えつづけ、できたものを瓶に入れて海に流し、「見つけた人はプリンストンに送ってください」と頼んだ、といいます。MacTutor は、これらの瓶は一つも届かなかったと書いています。ただし、事実かどうかははっきりしない話で、数学者の熱心さを伝える逸話として語られています。

立ち入り禁止区域でスパイの疑い?

1941年、角谷はエルデシュらと車で出かけた際に、立ち入り禁止の区域に入り、スパイの疑いで拘束された、という話も紹介されています。研究所の責任者が事情を説明して解放された、といわれますが、ただし、くわしい出典ははっきりしない逸話で、そう伝えられる話です。

コラッツ問題は「陰謀」?

先に書いたように、角谷は「コラッツ問題に取り組んだら、イェール大学の皆がひと月も時間を使ってしまった」と語り、シカゴでは「この問題は、アメリカの数学研究を遅らせる陰謀だ」という冗談がでた、といわれます。のちにエルデシュは、この問題について「数学はまだ、こうした問題への準備ができていない」と語ったとされます(ラガリアスの概説による紹介)。

約1か月、イェールの皆がこの問題に取り組んだが、成果は出なかった。

角谷静夫(が語ったと伝えられる言葉)(ラガリアスの概説論文による紹介の要旨。原文は英語で、ここは意味をまとめたものです)

「紳士で学者」と評された人柄

共同研究者のハジアンと伊藤清は、角谷を「昔ながらの紳士で学者」と評しました。MacTutor の追悼文も、礼儀正しく、数学に熱心で、人付き合いが良いと紹介しています。旅行は好きでなく、同僚のほうがイェールを訪ねてくることが多かった、とも書かれています。

娘は作家・批評家のミチコ・カクタニ

角谷の娘ミチコさんは、アメリカの文芸批評家として広く知られています。父の仕事が数学の世界を超えて語られることは少ないですが、親子で、それぞれの分野で知られた存在です。

サクラちゃん

サクラちゃん

コラッツ問題って、小学生でもできるのに、イェール大学の先生たちが1か月も解けなかったんですか?

合格先生

合格先生

そうなんだ。ルールは小学生にも分かるのに、答えは世界中の数学者が分からない。それが数学のおもしろいところだよ。ぜひ自分でも、いろんな数で試してみてね。

受験・勉強と角谷静夫のつながり

中学受験・高校受験:数の規則を見つけよう

コラッツ問題の操作は、「偶数なら2で割る」「奇数なら3倍して1を足す」だけです。中学受験の算数でいえば、整数の性質(偶数・奇数・倍数)のまとめの問題と同じ入口です。いろいろな数で試して、表にして規則を探すのは、入試の「規則性の問題」の基本の練習になります。

高校数学:関数と方程式、不等式

不動点の考えは、高校数学の「f(x)=xf(x)=x を解く」ことと同じです。たとえば、漸化式(数列の関係式)an+1=f(an)a_{n+1}=f(a_n) で、ana_n が α\alpha に近づくなら、α=f(α)\alpha=f(\alpha) になります。これは、数列の極限とはの問題で、極限値を求めるときに使う手法です。不等式や関数の考え方は、不等式の証明も参考にしてください。

大学受験:確率と期待値、ゲームの考え方

大学入試では、ゲームや確率の問題がよく出ます。「どちらの作戦が得か」を、期待値(平均の得点)で比べる問題は、ナッシュ均衡の考え方の入口です。確率の入試問題の傾向は、京大理系数学の出題分析(確率の出方)で確かめられます。確率のふしぎな問題としては、モンティ・ホール問題をわかりやすくもおすすめです。

大学院入試:関数解析・確率論

大学院の数学の入試では、関数解析(バナッハ空間・ヒルベルト空間)や確率論(ブラウン運動)が出題されることがあります。角谷の名前がつく定理は、そうした分野の標準的な教科書に出てきます。不動点定理は、微分方程式の解の存在を示す道具としても使われます。

勉強法として:「ふしぎ」を残す

コラッツ問題の教えは、簡単そうに見える問題ほど、むずかしいことがあるということです。受験でも、解けない問題にぶつかったら、いろいろな数で試し、規則を探し、図を描く習慣が大切です。数学の勉強の進め方は数学の勉強法(解法の暗記→演習→過去問)も読んでください。

角谷静夫がその後の数学にあたえた影響

  • ゲーム理論・経済学:角谷の不動点定理は、ナッシュ均衡の存在や、市場の均衡の存在を示す標準的な道具になりました。ナッシュは1994年にノーベル経済学賞を受けています。
  • 不動点定理の一般化:1952年にグリックスバーグが、より一般的な空間(局所凸空間)へ角谷の定理を広げ、連続的なゲームにも使えるようにしました。
  • エルゴード理論:塔の考え方は、のちのオーンスタインらの研究へとつながり、「角谷同値」とよばれる分類の概念も生まれました。
  • 確率論:ブラウン運動と調和関数のつながりは、ポテンシャル論・確率解析の発展に影響しました。
  • コラッツ問題:角谷が広めた問題は、いまも未解決で、数学者を引きつけています。2019年にテレンス・タオ(タオの業績と生涯)が「ほとんどすべての数について、ほとんど有限の値までは下がる」ことを示したと報じられました。

日本から世界へ、という流れで見ると、高木貞治の業績と生涯、岡潔の業績と生涯、小平邦彦の業績と生涯、伊藤清の業績と生涯と並んで、角谷静夫も、戦前から戦後にかけて世界の数学を動かした日本の数学者の一人です。

角谷静夫に挑戦!練習問題

やさしい

  1. コラッツ問題の操作(偶数なら2で割る、奇数なら3倍して1を足す)を6から始めると、何回で1に着きますか。
    答えと解説を見る6→3→10→5→16→8→4→2→1。矢印は8回です。したがって、8回で1に着きます。
  2. 00 から 11 までの数 xx について、f(x)=1−xf(x)=1-x の不動点を求めなさい。
    答えと解説を見るf(x)=xf(x)=x とすると 1−x=x1-x=x、x=12x=\dfrac12。不動点はx=12x=\dfrac12です。

ふつう

  1. コラッツ問題の操作を7から始めると、何回で1に着きますか。また、途中で最大になる数はいくつですか。
    答えと解説を見る7→22→11→34→17→52→26→13→40→20→10→5→16→8→4→2→1。矢印は16回。途中の最大は52です。
  2. 0 から 1 までの数 xx について、f(x)=x2f(x)=x^2 の不動点をすべて求めなさい。
    答えと解説を見るx2=xx^2=x より x(x−1)=0x(x-1)=0。x=0x=0 と x=1x=1 の2つです。

むずかしい

  1. A と B の2人が、「a」か「b」を同時に出します。2人とも a なら2点ずつ、2人とも b なら1点ずつ、ちがえば0点ずつです。相手が a を出す確率が q のとき、自分が a を出すのと b を出すのとで期待値が等しくなる q を求めなさい。
    答えと解説を見るa を出したときの期待値は 2q2q、b を出したときは 1−q1-q。等しいとして 2q=1−q2q=1-q、q=13q=\dfrac13。q=1/3q=1/3です。これを両方が使うと、「1/31/3 の確率で a を出す」作戦が、ナッシュ均衡の1つになります。
  2. コラッツ問題の操作で、ちょうど5回で1に着く数をすべて求めなさい(1に最初に着くのが5回目です)。
    答えと解説を見る1の1つ前は2、その前は4、8、16。16の1つ前は 2×16=322\times16=32 か、3n+1=163n+1=16 から n=5n=5。確かめると、32→16→8→4→2→1、5→16→8→4→2→1 で、どちらも5回。したがって5 と 32です。

角谷静夫と関係する数学者

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20世紀の数学者

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読みもの(合格大作戦の数学の記事)

よくある質問

角谷静夫は何をした人ですか?

角谷静夫は、日本生まれでアメリカで活躍した数学者です。1941年に角谷の不動点定理を発表し、のちにナッシュ均衡の存在を示すときに使われました。エルゴード理論や確率論の研究でも知られています。

角谷の不動点定理とは何ですか?

集まり(集合)を値にもつ対応でも、条件がそろえば、自分自身の答えの集まりに入る点(不動点)がかならずある、という定理です。ブラウワーの不動点定理を一般化したもので、ゲーム理論や経済学で使われます。

角谷の不動点定理とナッシュ均衡はどんな関係ですか?

各プレイヤーの「相手の作戦に対する最善の返し」を1つにまとめた対応に、角谷の定理をあてはめると不動点がある、とわかります。その不動点が、全員が作戦を変えて得をしない状態、つまりナッシュ均衡です。

角谷の問題とは何ですか?

コラッツ問題(3n+1問題)の別名です。1960年ごろにこの問題を聞いた角谷がイェール大学などで紹介し、皆が取り組んだことから、この名前でよばれることがありました。いまも未解決です。

角谷静夫はどこの出身ですか?

1911年に大阪で生まれ、神戸の高校から東北大学に進みました。大阪帝国大学の助手、プリンストン高等研究所をへて、1949年からイェール大学で教え、2004年にアメリカで亡くなりました。

角谷静夫は何歳で亡くなりましたか?

2004年8月17日、アメリカのコネチカット州ニューヘイブンで亡くなりました。1911年8月28日生まれなので、92歳でした。

角谷静夫と伊藤清の関係は?

戦争中の日本で、角谷は伊藤清と協力して研究したと伝えられます。角谷はブラウン運動と調和関数のつながりを示し、伊藤は確率解析(伊藤の公式)を築きました。どちらも確率論の発展に大きく貢献しました。

角谷静夫の名前がつく用語にはどんなものがありますか?

角谷の不動点定理、吉田–角谷の平均エルゴード定理、角谷の無限直積測度の定理、角谷–ロクリンの補題などがあります。コラッツ問題を「角谷の問題」とよぶこともあります。

角谷静夫の研究は受験に関係がありますか?

定理そのものは大学・大学院レベルですが、「f(x)=x を解く」考え方(漸化式の極限)、確率と期待値、偶数・奇数や規則性の問題など、中学受験から大学入試までの考え方とつながっています。

あわせて読みたい

出典・参考

  • MacTutor History of Mathematics「Shizuo Kakutani」および追悼文(セント・アンドルーズ大学)
  • S. Kakutani, “A generalization of Brouwer’s fixed point theorem”, Duke Mathematical Journal 8 (1941), 457–459
  • J. F. Nash, “Equilibrium points in n-person games”, PNAS 36 (1950)
  • J. C. Lagarias, “The 3x+1 problem and its generalizations” および “The 3x+1 Problem: An Overview”
  • 日本語版ウィキペディア「角谷静夫」

最終更新:2026年11月3日/作成:大学受験合格大作戦