伊藤清は何をした人?業績・生涯・名言をわかりやすく|伊藤の公式・確率微分方程式・第1回ガウス賞

伊藤清は何をした人?業績・生涯・名言をわかりやすく|伊藤の公式・確率微分方程式・第1回ガウス賞

有名な数学者一覧 › 20世紀 › 日本

大学受験

伊藤清Kiyosi Itô

ひとことで言うと

ブラウン運動のようなでたらめな動きを数学で扱う確率微分方程式と「伊藤の公式」を作った。金融工学の基礎となり、2006年に第1回ガウス賞を受賞。

名前伊藤清(いとう きよし。Kiyosi Itô)
生没年1915年9月7日〜2008年11月10日(93歳)
国日本(三重県生まれ)
分野確率論(確率過程・確率解析)
主な業績確率積分(1944年)、確率微分方程式と伊藤の公式(1951年)、伊藤解析
主な受賞ウルフ賞(1987年)、京都賞(1998年)、第1回ガウス賞(2006年)
名前がつくもの伊藤積分・伊藤の公式(伊藤の補題)・伊藤解析・伊藤–マッキーン拡散

このページのポイント

  • ブラウン運動のようなでたらめな動きを扱う確率微分方程式と伊藤の公式 df=f′dB+12f′′dtdf=f'dB+\tfrac12f''dt を作った
  • この理論(伊藤解析)は、物理・工学・生物、そして金融工学(ブラック–ショールズの式)の基礎になった
  • 1987年にウルフ賞、1998年に京都賞、2006年に第1回ガウス賞。京都大学で多くの弟子を育てた

伊藤清は何をした人?(業績をひとことで)

伊藤清(いとう きよし、1915〜2008年)は、日本の数学者です。確率論の分野で、でたらめに動くものを微分積分のように扱える「確率微分方程式」と「伊藤の公式(伊藤の補題)」を作ったことで世界に知られています。この理論は「伊藤解析」とよばれ、物理学・工学・生物学、そして金融工学(株価やオプションの値段を数学で扱う分野)の基礎になっています。

2006年には、国際数学者会議で新しく設けられた第1回ガウス賞を受賞しました。ガウス賞は、数学が数学以外の分野(科学・技術・経済など)に大きく役立った業績に贈られる賞です。そのほかに、1987年のウルフ賞、1998年の京都賞(基礎科学部門)など、数多くの賞を受けています。

伊藤清の数学は大学のレベルですが、入口の考え方は、高校数学の確率の基本や正規分布と標準化で学べます。この記事では、「コインを何度も投げる」「ふらふら歩く酔っぱらい」のようなたとえを使って、伊藤の仕事を説明します。

うかるくん

うかるくん

「でたらめな動きを微分する」って、そもそもできるんですか?

合格先生

合格先生

ふつうの微分ではできないんだ。でたらめな動きは、どこを拡大してもギザギザで、「なめらか」じゃないからね。伊藤清は、ギザギザでも使える新しい微分積分を作った。それが伊藤解析なんだよ。

伊藤清の生涯と年表

三重県に生まれ、東京大学へ

伊藤清は1915年9月7日、三重県の北勢町(いまのいなべ市)に生まれました。東京帝国大学で数学を学び、1938年に卒業します。この年は、日本が戦争へと向かうなかでした。卒業後は、数学の研究者ではなく、政府の内閣統計局に勤める道を選びます。

統計局で働きながら、確率論の研究を

伊藤は、1939年から1943年まで内閣統計局で働きながら、確率論の研究を続けました。研究のヒントになったのは、フランスの数学者ポール・レヴィや、ロシアのコルモゴロフの業績と生涯の仕事だったと伝えられています。1942年には、論文「確率過程について(無限分解可能な確率法則)」を発表しました。この論文は、発表当時はあまり注目されなかったとされますが、のちに大きな意味を持つことになります。

確率積分の発見:1944年

1943年に名古屋帝国大学の助教授となり、1944年に「確率積分」の論文を発表します。これが、のちに伊藤積分とよばれるものの最初の仕事です。1945年に博士の学位を受けました。

確率微分方程式と伊藤の公式:1951年

1951年には、「確率微分方程式」の理論と、「伊藤の公式」を論文にまとめました。これで、伊藤解析の基本が整いました。同じ年、アメリカの数学会の叢書として、論文「確率微分方程式について」が出版されています。

京都大学、そして世界へ

1952年、京都大学の教授になります。1954〜1956年にはアメリカのプリンストン高等研究所へ。のちにデンマークのオーフス大学(1966〜1969年)、アメリカのコーネル大学(1969〜1975年)でも教え、世界中の確率論の研究者を育てました。1979年に京都大学を退職したあとは、学習院大学でも教えています。

数々の賞、そして2008年

1977年に朝日賞、1978年に日本学士院賞を受けています。1987年にウルフ賞、1998年に京都賞、2006年には第1回ガウス賞を受賞しました。2008年には文化勲章を受け、同じ年の11月10日、京都で亡くなりました(93歳)。

年できごと
1915年9月7日、三重県の北勢町(いまのいなべ市)で生まれる
1938年東京帝国大学を卒業
1939年内閣統計局に勤める(〜1943年)
1942年論文「確率過程について」を発表
1943年名古屋帝国大学の助教授になる
1944年確率積分(伊藤積分)の論文を発表
1945年博士の学位を受ける
1951年確率微分方程式と伊藤の公式の論文を発表
1952年京都大学の教授になる
1954年プリンストン高等研究所に滞在(〜1956年)
1977〜78年朝日賞(1977年)・日本学士院賞(1978年)
1987年ウルフ賞
1998年京都賞(基礎科学部門)
2006年第1回ガウス賞
2008年文化勲章を受ける。11月10日、京都で亡くなる(93歳)

伊藤清の主な業績をやさしく解説

業績1 ブラウン運動:でたらめな動きを数学にする

1827年、イギリスの植物学者ブラウンは、水の中の花粉から出た小さな粒が、止まることなくでたらめに動くのを見つけました。これがブラウン運動です。1905年に、アインシュタインがこの動きを、水の分子が粒にぶつかるせいだと説明しました。その後、アメリカのウィーナーが、ブラウン運動を数学として厳密に定義しました。

ブラウン運動:でたらめな動き時間同じ出発点でも、道すじは毎回ちがう
ブラウン運動の道すじ。同じ出発点でも毎回ちがう、ギザギザの道を通る

ブラウン運動を、いちばん簡単に考えるには、コイン投げが役に立ちます。1歩ごとにコインを投げて、表なら右に1歩、裏なら左に1歩動く酔っぱらいを想像してください(反復試行の確率の考え方です)。歩数をどんどん増やし、1歩の大きさをどんどん小さくしたものがブラウン運動です。位置の分布は正規分布に近づき、時間 t がたつほど、ばらつき(分散)は t に比例して広がります。

時間がたつと、ばらつきが広がる出発点(平均0)赤:すぐ後 緑:しばらく後 青:ずっと後位置は正規分布。分散は経過時間 t に比例
時間がたつと、ブラウン運動の位置はより広くばらつく。分布は正規分布で、分散は時間に比例する

ガウスの業績と生涯が測定誤差の研究で見つけた正規分布が、ここにも登場します。確率論の長い歴史は、パスカルの業績と生涯とフェルマーの賭けの問題にはじまり、ラプラスの業績と生涯、コルモゴロフへと続いてきました。

ここで、数字で感覚をつかんでおきましょう。酔っぱらいが1歩ごとに±1ずつ動くとき、n歩後の位置の平均は0、分散は n です。つまり、100歩後には、だいたい「10歩分」のあたりにばらつき、10000歩後でも「100歩分」のあたりにばらつきます。歩数が100倍になっても、ばらつきは10倍にしかなりません。ばらつきが歩数の平方根に比例して広がる、というのが、ブラウン運動の最も大事な性質の1つです。この性質が、分散と標準偏差の計算ともつながります。

業績2 伊藤積分と確率微分方程式

ブラウン運動のギザギザは、どこを拡大してもギザギザです。ふつうの意味では、微分することができません(接線を引けないからです)。そこで伊藤は、ブラウン運動にそって「足し合わせる」計算――伊藤積分――を新しく定義しました。

これを使うと、「ふつうの変化+でたらめな変化」という形の方程式を、数学として扱えます。これが確率微分方程式です。たとえば、粒の動きを「流れにのる動き+ブラウン運動のゆれ」で表したり、株価を「のびる傾向+ゆれ」で表したりします。

ふつうの微分方程式(微分の公式や微分の意味を参照)が「なめらかな変化」の法則なら、確率微分方程式は「でたらめな変化をふくむ法則」です。伊藤の理論によって、ランダムな現象を、数学の力で予測・分析できるようになりました。

もう少しやさしく言いかえましょう。川に浮かべた木の葉を考えてください。葉は、川の流れに乗って下流へ運ばれます(これが「ふつうの変化」)。同時に、風や波によって、右へ左へと細かくゆさぶられます(これが「でたらめなゆれ」)。この2つを1つの式にまとめたのが確率微分方程式です。流れの強さが分かり、ゆれの大きさが分かれば、葉が数分後にどのあたりにいそうか、確率として答えられるようになります。

業績3 伊藤の公式(伊藤の補題)

伊藤の理論の中心にあるのが伊藤の公式です。ブラウン運動 B の関数 f(B) の変化は、ふつうの微分の項に、もう1つ余分な項が加わった形になります。

伊藤の公式df = f′(B) dB + ½ f″(B) dtふつうの微分 + 伊藤の補正例:f(B)=B²f′=2B、f″=2 なのでd(B²) = 2B dB + dt「+dt」がふつうの微分にはない項
伊藤の公式 df=f′dB+½f″dt。ふつうの微分にない「+½f″dt」が加わる

なぜ余分な項が出るのでしょうか。ふつうの変化では、時間の幅 Δt がとても小さいとき、その2乗(Δt)²は、さらに小さくて無視できます。ところが、ブラウン運動は、ギザギザで動きが大きいため、変化の幅 ΔB の2乗が、時間の幅 Δt にほぼ等しくなるのです。

ふつうの微分 と 伊藤の微分ふつうの変化(なめらか)時間 Δt が 0.01 のとき(Δt)² = 0.0001 → 無視してよいブラウン運動(ギザギザ)時間 Δt が 0.01 のとき(ΔB)² ≒ 0.01 = Δt → 無視できない!この「余分な項」が伊藤の公式の ½f″dt
ふつうの変化では(Δt)²は無視できるが、ブラウン運動では(ΔB)²がΔtに等しくなり、無視できない

これは、高校の微分の公式で、f(x+h)−f(x)=f′(x)h+12f′′(x)h2+⋯f(x+h)-f(x)=f'(x)h+\dfrac{1}{2}f''(x)h^2+\cdots という展開(テイラー展開)の「h2h^2 の項」が、ブラウン運動では消えずに残る、と言いかえられます。簡単な例で確かめると、f(B)=B2f(B)=B^2 のとき、ふつうの微分なら d(B2)=2B dBd(B^2)=2B\,dB ですが、伊藤の公式では d(B2)=2B dB+dtd(B^2)=2B\,dB+dt になります。この「+dt+dt」が、伊藤解析の特徴を一番よく表しています。

業績4 金融工学:株価とオプションの値段

伊藤解析は、思いがけない分野で大きく役立ちました。それが金融工学です。株価を「のびる傾向+でたらめなゆれ」と見なして、確率微分方程式で表すと、オプション(将来、決めた値段で売り買いできる権利)の値段を、数学で計算できます。1973年に発表されたブラック–ショールズの式は、伊藤の公式を使って導かれます。この仕事で、ショールズとマートンは1997年にノーベル経済学賞を受けました。

株価のモデル(伊藤解析の応用)黄:のびていく傾向青:でたらめなゆれdS = μS dt + σS dB(傾向+ゆれ)
株価のモデル。のびていく傾向(黄)と、でたらめなゆれ(青)を足したもの

伊藤自身は、数学者として純粋に確率論を研究しており、金融への応用は後になって知ったと伝えられています。ただし、この点は伝え方によって細部が異なります。いずれにしても、純粋な数学の研究が、数十年後に世の中を動かす道具になったことは、ガウス賞が評価した点でもあります。

業績5 その他:マルコフ過程・多様体上の確率論など

伊藤は、伊藤解析のほかにも、確率過程(時間とともに変わるでたらめな現象)の理論を広く発展させました。マルコフ過程(未来が、現在の状態だけで決まるでたらめな動き)と偏微分方程式の関係、多様体の上のブラウン運動、伊藤–マッキーン拡散などの研究があります。これらは、物理学や工学、生物学の確率モデルの基礎になっています。

伊藤清の名前がつく公式・定理・用語

  • 伊藤積分:ブラウン運動にそった積分。
  • 伊藤の公式(伊藤の補題):ブラウン運動の関数の変化を表す公式 df=f′dB+12f′′dtdf=f'dB+\tfrac12f''dt。
  • 確率微分方程式:ふつうの変化+ブラウン運動のゆれ、という形の方程式(伊藤の理論で厳密になった)。
  • 伊藤解析:伊藤積分・伊藤の公式を中心とする、確率の微分積分学の全体。
  • 伊藤–マッキーン拡散・伊藤の分解など:確率過程の研究の用語。

高校数学までで関係する公式は、次のとおりです。

「ここが大事!」と説明する合格先生

合格先生

伊藤の公式の「+dt」は、ギザギザの動きの2乗は、時間と同じくらいの大きさになるから出てくる。ふつうの微分で「無視する」小さな項が、ここでは大事になるんだよ。

伊藤清の逸話と名言

数学者としては遅めの「大発見」

伊藤が確率積分の論文を発表したのは、1944年、戦争のさなかでした。外国との学術交流が難しい時代に、日本でひとり研究を進めたとされます。その成果が世界に知られるようになるのは、戦後になってからです。

統計局で研究した日々

伊藤は、大学卒業後、数学の研究者としてではなく、国の統計局に勤めました。そこで働きながら、確率論の研究を続けたと伝えられています。「自由に研究させてもらえた」という趣旨の回想が紹介されることもありますが、細部は資料によって差があります。

「伊藤の補題」は金融の現場の言葉

金融の世界では、伊藤の公式は「伊藤の補題(Itô's lemma)」という名前で知られ、毎日のように使われています。数学者の名前を聞いたことがなくても、「イトウズ・レンマ」なら知っている金融関係者は多い、といわれます。純粋な数学の成果が、思いがけない形で社会にとけこんだ例です。

長く生きて、研究を続けた

伊藤は93歳まで生き、90歳をこえてもその業績が世界で称えられました。若いころの論文が、時間をかけて世界に広がり、晩年に最高の評価を受けた、という経歴は、数学の仕事が評価されるまでの長い時間を思わせます。ただし、晩年の様子についての細かい逸話は、公に確かめられたものに限って紹介するのが適切ですので、ここでは省きます。

国際的な評価:ガウス賞

2006年にスペインのマドリードで開かれた国際数学者会議で、第1回ガウス賞が伊藤清に贈られました。この賞は、ガウスの業績の名にちなんで、応用数学の分野に大きく貢献した業績に贈られるものです。伊藤の業績が、数学の内側だけでなく、広い分野に影響をあたえたことが評価されました。

日本の確率論の中心に

伊藤は京都大学を中心に、多くの弟子を育て、日本の確率論を世界のトップクラスに押し上げました。高木貞治の業績と生涯から小平邦彦の業績と生涯へとつながる日本の近代数学の流れの中で、確率論の分野を代表する存在です。小平邦彦は伊藤と同じ1915年の生まれです。

サクラちゃん

サクラちゃん

数学の研究が、お金の世界でも役に立つなんて、びっくりしました!

合格先生

合格先生

そうなんだ。純粋な数学が、何十年も経ってから大事な道具になることは、よくあるよ。だから「いま何の役に立つか」だけで勉強を決めなくても大丈夫。基礎をじっくり学ぶことには、大きな意味があるんだ。

受験・勉強と伊藤清のつながり

中学受験・高校受験:場合の数と確率

中学受験・高校受験では、サイコロやコインを使った場合の数・確率の問題が出ます。「表が出たら右、裏が出たら左に進む」ような道すじの問題は、ブラウン運動のいちばん簡単な形(ランダムウォーク)です。道すじを数える問題は、最短経路の数え方にも通じます。

大学受験:確率と統計的な推測

大学入試の数学A・Bでは、確率・期待値・分散・正規分布が出題されます。確率変数の変換(平均・分散)や二項定理、二項分布は、ブラウン運動の出発点(コイン投げの和)を理解する土台です。共通テストの確率・統計も、分散と標準偏差を使いこなせると得点源になります。京大・東大の確率の傾向は京大理系数学の出題分析(1999〜2026年度)で確かめられます。確率の直感を鍛えるなら、モンティ・ホール問題をわかりやすくがおすすめです。

大学の数学:確率論への道

大学では、確率論は測度論の上に作られます。その先に、確率過程論・伊藤解析があります。数学を専攻する人の中でも、確率論は金融・データサイエンス・機械学習などへの就職に直結する人気の分野です。

期待値と分散を使いこなす

確率の問題で点を取るコツは、「期待値(平均)」と「分散(ばらつき)」を区別することです。期待値は、たくさん繰り返したときの平均的な値。分散は、その平均のまわりでどれだけ広がるかを表す値です。ブラウン運動の位置は、期待値は0のまま変わらず、分散だけが時間とともに増えていきます。この「平均は動かないのに、ばらつきだけが広がる」という性質は、共通テストの統計の問題でも役立つ見方です。公式を覚えるだけでなく、グラフのイメージ(正規分布の山が低く広がっていく様子)といっしょに覚えておきましょう。

勉強法として:すぐ役に立たなくても基礎を

伊藤の仕事は、1944年の時点では、金融の役に立つとは誰も思っていませんでした。受験勉強でも、いま習っていることが何の役に立つのか、すぐには分からないことが多いでしょう。それでも、基礎をていねいに学んでおけば、いつか思わぬ場面で力になります。勉強の進め方は数学の勉強法(解法の暗記→演習→過去問)も参考にしてください。

伊藤清がその後の数学にあたえた影響

  • 金融工学・数理ファイナンス:ブラック–ショールズの式をはじめ、現代の金融数学の基礎になっています。
  • 確率過程論の発展:マリアヴァンの確率解析(マリアヴァン解析)など、伊藤解析をさらに広げる研究が生まれました。
  • 物理学・工学:粒子の拡散、ノイズのある制御、信号処理などに、確率微分方程式が使われています。
  • 生物学・生態学:個体数のゆらぎ、遺伝子の変化などのモデルに使われます。
  • 機械学習・AI:画像を生成する「拡散モデル」など、最新の機械学習の中にも、確率微分方程式の考え方が使われています。

コルモゴロフが確率論に公理を与えた20世紀前半の流れの先に、伊藤が確率の微分積分学をうちたてた、と位置づけられます。確率論がどんな分野に役立つかを知ることは、数学を学ぶ大きな励みになります。

とくに、いま話題の画像生成AIで使われる「拡散モデル」は、画像に少しずつノイズ(でたらめなゆれ)を加えていき、その逆の道すじを学習することで、きれいな画像をつくります。この「ノイズを加える過程」は、ブラウン運動にもとづく確率微分方程式で説明されます。伊藤が1940年代に作った数学が、80年後のAI技術の理論的な土台にもなっているのです。数学の基礎研究が、思いがけない形で未来の技術を支えることを、よく示す例です。ブラウン運動を最初に観察した植物学者ブラウンも、まさかそれが200年後に金融やAIの理論になるとは、考えもしなかったでしょう。

確率微分方程式を学ぶ道すじは、おおよそ次のとおりです。①高校で確率・統計・微分積分を学ぶ。②大学で測度論的な確率論を学ぶ。③確率過程論・伊藤解析へ進む。数学科に進まなくても、経済学部、工学部、情報系の学部で伊藤解析にふれる機会があります。将来の進路を考えるときのヒントにしてください。

伊藤清に挑戦!練習問題

やさしい

  1. サイコロ1個を投げたときの、出る目の期待値(平均)を求めなさい。
    答えと解説を見る(1+2+3+4+5+6)÷6=21÷6=(1+2+3+4+5+6)\div6=21\div6=3.5。
  2. 1歩ごとに、確率1/2で右へ1、確率1/2で左へ1進みます。2歩進んだあとに、出発点にもどっている確率を求めなさい。
    答えと解説を見る2歩の道すじは(右右)(右左)(左右)(左左)の4通りで、もどるのは(右左)(左右)の2通り。確率は1/2。

ふつう

  1. 上の問題で、n歩進んだあとの位置の分散は n になります。100歩進んだあとの位置の標準偏差を求めなさい。
    答えと解説を見る標準偏差は分散の正の平方根なので、100=\sqrt{100}=10。(分散は歩数に比例して増え、標準偏差は√歩数に比例して増えます)
  2. f(x)=x2f(x)=x^2 で、x=1, h=0.1x=1,\ h=0.1 のとき、f(x+h)−f(x)f(x+h)-f(x) と 2xh2xh の差を求めなさい。
    答えと解説を見るf(1.1)−f(1)=1.21−1=0.21f(1.1)-f(1)=1.21-1=0.21。2xh=0.22xh=0.2。差は0.01(=h2h^2)。ふつうの微分ではこの h2h^2 を無視しますが、ブラウン運動では (ΔB)2≈Δt(\Delta B)^2\approx\Delta t となり、無視できません。

むずかしい

  1. 株価の対数の変化率は μ−σ22\mu-\dfrac{\sigma^2}{2} で表されます(伊藤の公式から導かれます)。μ=0.08, σ=0.2\mu=0.08,\ \sigma=0.2 のときの値を求めなさい。
    答えと解説を見る0.08−0.222=0.08−0.02=0.08-\dfrac{0.2^2}{2}=0.08-0.02=0.06。(ふつうの計算なら0.08ですが、伊藤の補正で0.02ぶん小さくなります)
  2. 持ち金3円から、1円ずつ、表なら+1円、裏なら−1円の賭けをくりかえします。0円になるか5円になるまで続けるとき、5円になる確率を求めなさい。
    答えと解説を見るこのような賭けでは、「5円になる確率」は「出発点 ÷ 目標の金額」になります。したがって3/5。(確率の漸化式を解くと確かめられます)

伊藤清と関係する数学者

数学の公式を1つずつ学ぶなら算数・数学の公式一覧(公式辞典)、数学全体の入口は算数・数学 公式と用語の一覧(学年別・分野別)もどうぞ。

20世紀の数学者

← 前の時代:小平邦彦の業績と生涯 | 次の時代:シャノンの業績と生涯 →

有名な数学者一覧(年代順・国別・分野別)で、ほかの数学者も見られます。数学者たちが挑んだ問題は数学の難問・未解決問題の一覧にまとめています。

読みもの(合格大作戦の数学の記事)

よくある質問

伊藤清は何をした人ですか?

伊藤清は、日本の数学者です。ブラウン運動のようなでたらめな動きを数学で扱う確率微分方程式と伊藤の公式(伊藤の補題)を作りました。この理論は伊藤解析とよばれ、金融工学をはじめ多くの分野で使われています。

伊藤の公式(伊藤の補題)とは何ですか?

ブラウン運動 B の関数 f(B) の変化を表す公式で、df=f′(B)dB+½f″(B)dt という形です。ふつうの微分にはない「½f″dt」の項が加わるのが特徴です。

確率微分方程式とは何ですか?

「ふつうの変化」に「ブラウン運動のようなでたらめなゆれ」が加わった形の方程式です。粒の動きや株価の変動などを表すのに使われます。伊藤の理論で、数学として厳密に扱えるようになりました。

伊藤清はどんな賞を受けましたか?

1977年に朝日賞、1978年に日本学士院賞、1987年にウルフ賞、1998年に京都賞(基礎科学部門)、2006年に第1回ガウス賞を受けています。

ガウス賞とは何ですか?

国際数学連合などが、4年に一度の国際数学者会議で贈る賞で、数学が数学以外の分野に大きく役立った業績を評価します。2006年に創設され、第1回の受賞者が伊藤清でした。

伊藤清の理論は金融にどう使われていますか?

株価を「のびる傾向+ゆれ」の確率微分方程式で表し、伊藤の公式を使うと、オプションの値段を計算できます。1973年のブラック–ショールズの式は伊藤の公式を使って導かれ、金融工学の基礎になりました。

ブラウン運動とは何ですか?

水の中の小さな粒が、水の分子にぶつかって、でたらめに動き続ける現象です。1827年にブラウンが花粉の粒子で観察し、1905年にアインシュタインが説明しました。数学では、ウィーナーが厳密に定義しました。

伊藤清はいつ生まれ、何歳で亡くなりましたか?

1915年9月7日に三重県で生まれ、2008年11月10日に京都で亡くなりました。93歳でした。

伊藤清はどの大学で教えましたか?

名古屋帝国大学の助教授、京都大学の教授(1952〜1979年)をつとめたほか、アメリカのコーネル大学やデンマークのオーフス大学でも教えました。のち学習院大学でも教えています。

伊藤清の仕事は受験に関係がありますか?

伊藤解析そのものは大学以降の数学ですが、入口のコイン投げ(反復試行の確率)、期待値・分散、正規分布は、高校数学A・Bの確率・統計で学びます。共通テストの確率・統計の土台でもあります。

あわせて読みたい

出典・参考

  • MacTutor History of Mathematics「Kiyosi Ito」(セント・アンドルーズ大学)
  • K. Itô, “On stochastic differential equations”, Memoirs of the American Mathematical Society 4(1951年)
  • K. Itô, “Stochastic integral”, Proceedings of the Imperial Academy, Tokyo 20(1944年)
  • 国際数学連合(IMU)「Gauss Prize 2006」

最終更新:2026年10月29日/作成:大学受験合格大作戦