- 歌
- 月見れば 千々に物こそ 悲しけれ わが身ひとつの 秋にはあらねど
- 意味
- 秋の月を眺めていると、あれこれと限りなく物悲しい思いがわいてくることだ。秋は、私一人のためにやって来たわけではないのだけれど。
- 作者
- 大江千里(おおえのちさと)
- 出典
- 『古今和歌集』秋上・193番
- 決まり字
- 「つき」(2字決まり)

月見れば 千々に物こそ 悲しけれ
わが身ひとつの 秋にはあらねど
読みつきみれば ちぢにものこそ かなしけれ
わがみひとつの あきにはあらねど
歴史的仮名遣いつきみれば ちぢにものこそ かなしけれ
わがみひとつの あきにはあらねど
月を見ると、あれこれと限りなく物悲しくなる。秋は私一人だけに来たわけではないのに——「千々」と「ひとつ」を対比させた、大江千里の秋の名歌です。
現代語訳(意味)
語句の意味
| 語句 | 読み | 意味・ポイント |
|---|---|---|
| 月見れば | つきみれば | 「月を見ると」。已然形+「ば」で確定条件を表します。 |
| 千々に | ちぢに | さまざまに。限りなく。「千」の字で、思いの数の多さを表しています。 |
| 物こそ悲しけれ | ものこそかなしけれ | 「物悲しいことだ」。「物」は「なんとなく」の意味を添えます。係助詞「こそ」を受けて、「悲しけれ」が已然形で結んでいます。 |
| わが身ひとつ | わがみひとつ | 私一人。上の句の「千々」と、数の上で対になっています。 |
| あらねど | あらねど | 「〜ではないけれど」。打消の助動詞「ず」の已然形「ね」+逆接の接続助詞「ど」。 |
品詞分解
歌を単語に分けて、品詞と意味を示しています。色の付いた行が入試で特に問われる部分です。
| 単語 | 品詞・活用 | 意味・用法 |
|---|---|---|
| 月 | 名詞 | |
| 見れ | 動詞・マ行上一段「見る」已然形 | |
| ば | 接続助詞 | 確定条件「〜すると」 |
| 千々に | 形容動詞・ナリ活用「千々なり」連用形 | さまざまに |
| 物 | 接頭語 | なんとなく |
| こそ | 係助詞 | 強意 |
| 悲しけれ | 形容詞・シク活用「悲し」已然形 | 係り結び |
| わ | 代名詞 | |
| が | 格助詞 | |
| 身 | 名詞 | |
| ひとつ | 名詞 | |
| の | 格助詞 | |
| 秋 | 名詞 | |
| に | 助動詞「なり」連用形 | 断定 |
| は | 係助詞 | |
| あら | 動詞・ラ変「あり」未然形 | |
| ね | 助動詞「ず」已然形 | 打消 |
| ど | 接続助詞 | 逆接 |
表現技法・文法のポイント
上の句の「千々(数え切れないほど)」と下の句の「ひとつ(一人)」を対にして、思いの多さと自分の孤独を際立たせています。
「こそ」を受けて「悲しけれ」が已然形になっています。「こそ→已然形」は入試の定番です。
「悲しけれ」で切れ、下の句で「秋は私一人のものではないのに」と理由を補っています。
唐の詩人・白居易(白楽天)の詩「燕子楼(えんしろう)」の一句をもとにしたとされます。
歌の背景・鑑賞
『古今和歌集』秋上(193番)に入っている歌で、詞書(ことばがき)には「是貞親王(これさだのみこ)の家の歌合によめる」とあります。是貞親王の家で開かれた歌合(うたあわせ)で詠まれた歌です。
この歌は、白居易の詩「燕子楼」の一句「燕子楼中霜月夜 秋来只為一人長(燕子楼中 霜月の夜、秋来たって 只一人の為に長し)」をふまえたものとされます。漢詩では「秋の夜は自分一人のために長い」と孤独を強調しますが、千里は「秋は私一人のために来たのではないけれど」とひっくり返し、それでも悲しくなってしまう心を詠みました。漢詩の教養を和歌に生かした、千里らしい一首です。
諸説・伝説――想像をふくらませてみよう
昔のことなので、はっきりしないことも多くあります。ここでは、言い伝えやいろいろな説を紹介します。
千里の父・大江音人(おおえのおとんど)は、平城天皇の皇子・阿保親王(あぼしんのう)の子だったという説があります。この説に従うと、阿保親王の子である在原行平(16番)や在原業平(17番)は千里のおじにあたり、千里は二人の甥ということになります。同じ百人一首の中に、親戚どうしが並んでいるかもしれないのです。ただし、この「音人は阿保親王の子」という言い伝えは、のちの大江匡房(73番)がまとめたものではないか、とする研究者の説もあります。どちらが本当なのか、想像しながら読んでみてください。
千里が歌を詠んだ是貞親王の家の歌合には、当時の代表的な歌人が集まったとされます。のちに『古今和歌集』を編集する紀貫之(35番)、文屋朝康(37番)、源宗于(28番)もこの歌合に参加した歌人です。5番「奥山に」や、22番の文屋康秀の歌も、同じ歌合で詠まれたとする見方があります。秋の夜、月や鹿の声、嵐をテーマに、若き日の名歌人たちが腕を競い合った場面を想像してみてください。
千里は漢詩の句を題にして和歌を詠む『句題和歌』をまとめました。中国の詩人・白居易の「秋は私一人のために長い」という孤独の詩を、「秋は私一人のものではないのに、それでも悲しい」と、日本人の心で詠み直したのがこの歌だと考えられています。漢文と古文の両方を学ぶ受験生にとって、二つの世界をつなぐお手本のような一首です。
大江氏は、代々すぐれた学者を出した学問の家として知られます。百人一首には、千里のほかにも大江氏にゆかりのある歌人が何人も登場します。56番の和泉式部は大江雅致の娘、60番の小式部内侍はその娘です。59番の赤染衛門は大江匡衡の妻で、その曾孫が73番「高砂の」の大江匡房です。65番の相模も、大江公資の妻でした。さらに、匡房のひ孫で鎌倉幕府を支えた大江広元の娘は、94番の飛鳥井雅経の妻になっています。千里の歌に漢詩の教養がにじむのも、こうした学問の家の伝統があったからかもしれません。
作者:大江千里
平安時代前期の貴族・歌人です。学者の家として知られる大江氏の出身で、参議・大江音人(おおえのおとんど)の子とされます(大江玉淵の子とする説もあります)。大学寮で学んだ学者で、官位は正五位下・式部権大輔(しきぶのごんのたいふ)。中古三十六歌仙の一人です。
897年(寛平9年)には、宇多天皇の命を受けて家集『句題和歌(くだいわか)』(『大江千里集』とも)をまとめて献上しました。これは、中国の漢詩の句を題にして和歌を詠んだ歌集で、漢詩と和歌を結びつけた試みとして知られています。『古今和歌集』に10首、それ以降の勅撰和歌集に25首が選ばれています。
同じ大江氏からは、73番「高砂の」の大江匡房(おおえのまさふさ)も百人一首に選ばれています。また、59番「やすらはで」の赤染衛門は、大江匡衡(おおえのまさひら)の妻です。
決まり字と覚え方
上の句が「つき」まで読まれたら、取り札が決まります。「つ」で始まる歌は2首あります。
覚え方:「つき」と聞いたら「わがみひ」。月(つき)は我が身(わがみ)ひとつ、と覚えます。取り札が「わがみ」で始まる歌は9番「わがみよにふる」と23番「わがみひとつの」の2首あるので、取り札は4字目の「よ」と「ひ」で見分けます。「つ」で始まる歌は13番「つくばねの」と23番の2首(2枚札)で、2字目の「く」と「き」で決まります。
入試で問われるポイント
- 係り結び(こそ→悲しけれ=已然形)
- 「あらねど」の分解(打消「ず」已然形+逆接「ど」)
- 「千々」と「ひとつ」の対比
- 白居易「燕子楼」をふまえた表現(句題和歌)
よくある質問
「月見れば」の歌の意味を簡単に言うと?
「月を見ると、いろいろなことが限りなく悲しく思われる。秋は私一人のために来たのではないのに」という意味です。
大江千里はどんな人ですか?
平安時代前期の学者で歌人です。漢詩の句を題に和歌を詠んだ『句題和歌』をまとめ、宇多天皇に献上しました。中古三十六歌仙の一人です。
この歌のもとになった漢詩は何ですか?
唐の白居易(白楽天)の「燕子楼」の一句「燕子楼中霜月夜 秋来只為一人長」をふまえたものとされます。
「物こそ悲しけれ」はなぜ「悲しけれ」なのですか?
係助詞「こそ」があるため、結びの語が已然形「悲しけれ」になる係り結びです。
あわせて読みたい
- 5番「奥山に」(猿丸大夫・秋)
- 16番「立ち別れ」(中納言行平・離別)
- 17番「ちはやぶる」(在原業平朝臣・秋)
- 22番「吹くからに」(文屋康秀・秋)
- 28番「山里は」(源宗于朝臣・冬)
- 35番「人はいさ」(紀貫之・春)
- 37番「白露に」(文屋朝康・秋)
- 56番「あらざらむ」(和泉式部・恋)
- 59番「やすらはで」(赤染衛門・恋)
- 60番「大江山」(小式部内侍・雑)
- 65番「恨みわび」(相模・恋)
- 73番「高砂の」(権中納言匡房・春)
- 94番「み吉野の」(参議雅経・秋)
- 13番「筑波嶺の」(陽成院・恋)
- 9番「花の色は」(小野小町・春)
大学受験合格大作戦 最終更新:2026-10-04
