【百人一首13番】筑波嶺の峰より落つるみなの川|意味・現代語訳・品詞分解(陽成院)

【百人一首13番】筑波嶺の峰より落つるみなの川|意味・現代語訳・品詞分解(陽成院)
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この歌の要点
歌
筑波嶺の 峰より落つる みなの川 恋ぞつもりて 淵となりぬる
意味
筑波山の峰から流れ落ちるみなの川の水が、だんだん集まって深い淵となるように、私の恋心も少しずつ積もって、今では淵のように深くなってしまったよ。
作者
陽成院(ようぜいいん)
出典
『後撰和歌集』恋三・776番
決まり字
「つく」(2字決まり)
百人一首13番 陽成院の絵札
陽成院(江戸時代のかるた)

筑波嶺の 峰より落つる みなの川

恋ぞつもりて 淵となりぬる

読みつくばねの みねよりおつる みなのがわ
こいぞつもりて ふちとなりぬる

歴史的仮名遣いつくばねの みねよりおつる みなのがは
こひぞつもりて ふちとなりぬる

筑波山の峰から落ちる水がやがて深い淵になるように、私の恋心も積もりに積もって深くなった——陽成院が皇女に贈った恋の歌です。

現代語訳(意味)

筑波山の峰から流れ落ちるみなの川の水が、だんだん集まって深い淵となるように、私の恋心も少しずつ積もって、今では淵のように深くなってしまったよ。

語句の意味

語句読み意味・ポイント
筑波嶺つくばね筑波山(茨城県)。男体山と女体山の二つの峰があります。
みなの川みなのがわ筑波山から流れ出る川(男女川)。
恋ぞつもりてこいぞつもりて恋心が積もって。「ぞ」は強意の係助詞です。
淵ふち川の水が深くよどんでいる所。浅い「瀬」の反対です。
なりぬるなりぬる「なってしまった」。「ぞ」を受けて連体形「ぬる」で結んでいます。

品詞分解

歌を単語に分けて、品詞と意味を示しています。色の付いた行が入試で特に問われる部分です。

単語品詞・活用意味・用法
筑波嶺名詞
の格助詞
峰名詞
より格助詞起点
落つる動詞・タ行上二段「落つ」連体形
みなの川名詞
恋名詞
ぞ係助詞強意
つもり動詞・ラ行四段「つもる」連用形
て接続助詞
淵名詞
と格助詞
なり動詞・ラ行四段「なる」連用形
ぬる助動詞「ぬ」連体形完了(係り結び)

表現技法・文法のポイント

序詞

「筑波嶺の峰より落つるみなの川」が、水が積もって淵になる様子を通して、下の句の恋心を導いています(比喩の序詞)。

係り結び

「ぞ」を受けて、完了の助動詞「ぬ」が連体形「ぬる」になっています。

縁語

「落つる」「川」「淵」は水に関係する言葉でつながっています。

歌の背景・鑑賞

『後撰和歌集』恋の部に入っています。詞書には、「釣殿の皇女(つりどののみこ)」に贈った歌とあります。この皇女は光孝天皇(15番)の娘・綏子内親王(すいしないしんのう)で、のちに陽成院の妃になりました。筑波山は、昔から男女が歌を詠み交わす「歌垣(うたがき)」が行われた場所としても知られます。

諸説・伝説――想像をふくらませてみよう

昔のことなので、はっきりしないことも多くあります。ここでは、言い伝えやいろいろな説を紹介します。

若くして退位した理由

陽成天皇は、17歳で退位しました。その理由については、宮中で乳母の子が殴り殺される事件にかかわったという話や、乱暴なふるまいが多かったという話が伝わっています。一方で、こうした話は、天皇を退位させた藤原基経の側が広めたのではないかという見方もあり、本当のところはわかっていません。

恋が実った歌

この歌を贈られた綏子内親王は、のちに陽成院の妃になりました。積もりに積もった恋心が、本当に深い淵のように実を結んだと考えると、すてきな結末です。

筑波山の歌垣

筑波山は、『万葉集』の時代から、若い男女が集まって歌を詠み交わす「歌垣」の場所でした。恋の歌に筑波山を選んだのは、そうした背景を意識していたからかもしれません。

作者:陽成院

第57代の天皇・陽成天皇です。わずか9歳で即位しましたが、17歳で退位しました。退位したあと80歳を超えるまで長く生き、上皇として過ごしました。20番の元良親王は陽成院の子です。

決まり字と覚え方

百人一首13番の取り札(下の句)
取り札
つく2字決まり

上の句が「つく」まで読まれたら、取り札が決まります。「つ」で始まる歌は2首あります。

覚え方:「つく」と聞いたら「こひぞつもりて」。筑(つく)波で恋(こひ)が積もる、と覚えます。23番「つき」と2字目で分かれる2枚札です。

入試で問われるポイント

  • 序詞(比喩)
  • 係り結び(ぞ→ぬる)
  • 「淵」と「瀬」の対比

よくある質問

「みなの川」とはどこの川ですか?

茨城県の筑波山から流れ出る川で、「男女川」と書かれることもあります。

この歌の序詞はどこまでですか?

「筑波嶺の峰より落つるみなの川」までです。水が積もって淵になる様子を、恋心のたとえにしています。

誰に贈った歌ですか?

光孝天皇の娘で、のちに陽成院の妃となった綏子内親王に贈った歌とされます。

あわせて読みたい

画像:絵札「Hyakuninisshu 013」(パブリックドメイン)、取り札「Torifuda 013」(Cookai1205・CC0)/いずれも Wikimedia Commons。歌の本文・出典は『後撰和歌集』ほか複数の資料で確認しています。
大学受験合格大作戦 最終更新:2026-10-04