森重文は何をした人?業績・受賞をわかりやすく|極小モデル理論・フリップ・フィールズ賞(1990年)

森重文は何をした人?業績・受賞をわかりやすく|極小モデル理論・フリップ・フィールズ賞(1990年)

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森重文Shigefumi Mori

ひとことで言うと

1988年に3次元の極小モデルの存在を証明して森理論を築き、1990年にフィールズ賞を受けた、日本の代数幾何学者。

名前森重文(もり しげふみ / Shigefumi Mori)
生年1951年2月23日〜(存命)
国日本(名古屋市生まれ、京都大学で活躍)
分野代数幾何学(双有理幾何学)
主な業績ハーツホーン予想の解決(1978年、論文は1979年)、3次元の極小モデルの存在(1988年)、森理論、ファノ3次元多様体の分類(向井茂と)
名前がつくもの森理論(極小モデル理論)、森の錐定理、端射線、フリップ、森–向井の分類
主な受賞フィールズ賞・コール賞・日本学士院賞(1990年)、藤原賞(2004年)、文化勲章(2021年)
主な役職国際数学連合(IMU)総裁(2015〜2018年)、京都大学数理解析研究所の所長・高等研究院の研究院長

このページのポイント

  • 27歳前後でハーツホーン予想を解き、曲線を「曲げて折る」独自の方法を発明した
  • 1988年、3次元の代数多様体に極小モデルが存在することを証明(フリップが鍵)。この森理論で1990年にフィールズ賞
  • 2015〜2018年は国際数学連合の総裁。2021年に文化勲章。森理論は4次元以上へ発展している

森重文は何をした人?(業績をひとことで)

森重文(もり しげふみ、1951年生まれ)は、日本の数学者です。専門は代数幾何学、とくに双有理幾何学とよばれる分野です。1988年に3次元の代数多様体に「極小モデル」が存在することを証明し、その業績で、1990年に数学者にとって最高の栄誉のひとつであるフィールズ賞を受けました。

代数幾何学とは、方程式で表される図形(代数多様体)の形を調べる数学です。たとえば円 x2+y2=1x^2+y^2=1 や、放物線 y=x2y=x^2 も、方程式で表された図形です。森が取り組んだのは、「複雑な図形を、いちばん簡単な形(極小モデル)にまで整理できるか」という大きな問題でした。2次元(曲面)では19世紀の終わりから20世紀の初めにかけて、イタリアの数学者たちが答えを出しましたが、3次元ではだれも見通しが立っていませんでした。森は、新しい方法を発明してこの壁を破りました。

森は1978〜79年ごろには、27歳前後でハーツホーン予想という有名な問題も解いています。この記事では、図を使って、森の発想を中学生・高校生にも分かるように紹介します。なお、森重文は現在も活動している数学者です。ここでは、論文・受賞・大学や学会の公式な発表にもとづく、公に知られた事実だけを書きます。

うかるくん

うかるくん

「極小モデル」って、なんだか難しそうな名前です……。

合格先生

合格先生

たとえで言うと、荷物の整理だよ。ごちゃごちゃした部屋を、本質は変えずに、いちばんすっきりした形に片づける。数学の図形でも、「余分なふくらみ」をつぶして、いちばん簡単な代表の形を探すんだ。森重文は、それが3次元でも必ずできることを示した人だよ。

森重文の生涯と年表

ここでは、MacTutor(セント・アンドルーズ大学の数学史サイト)の伝記と、日本語版ウィキペディアで確かめられる事実を中心に書きます。人柄や私生活についての推測は書きません。年が資料によってちがう場合は、そのことも書きます。

名古屋に生まれ、京都大学へ

森重文は1951年2月23日、名古屋市で生まれました。日本語版ウィキペディアは、1969年に東京大学の入学試験が中止になったため、京都大学に進学したことを紹介しています。京都大学では理学部で学び、1973年に学士、1975年に修士の学位を受けています(MacTutor による)。そして1978年に、永田雅宜の指導で理学博士の学位を受けました。

また、高校時代に大学受験の数学雑誌の学力コンテストでほぼ満点を続けた、という話が日本語版ウィキペディアに載っています(ただし、出典の確認が十分でない話とされています)。

ハーツホーン予想の解決

博士の学位を受けた1978年に、森はハーツホーン予想を解決しました。これは1970年にハーツホーンが出した問題で、「接束(せっそく)が豊富な滑らかな射影多様体は、射影空間だけ」という主張です。論文は1979年に発表されました。MacTutor も日本語版ウィキペディアも、解決は1978年(ハーバード大学に滞在していたころ)としています。論文の発表が1979年なので、本によって1978年とも1979年とも書かれます。

名古屋大学、ハーバード大学、そして京都大学へ

京都大学の助手をへて、名古屋大学の講師(1980年)、助教授(1982年)、教授(1988年)と進みました(MacTutor による)。ハーバード大学では助教授を務め、プリンストン高等研究所、コロンビア大学、ユタ大学などにも客員として滞在しています。1990年に京都大学に戻り、数理解析研究所の教授となりました。のちに同研究所の所長(2011〜2014年)、京都大学高等研究院の研究院長(2016年〜)も務めています(日本語版ウィキペディアによる)。

フィールズ賞と、世界の数学のリーダーとして

1990年、日本の京都で開かれた国際数学者会議で、森はフィールズ賞を受けました。同じ年のフィールズ賞には、ドリンフェルト、ジョーンズ、ウィッテンも選ばれています。同じ年に、アメリカ数学会のコール賞(代数学)と日本学士院賞も受けています。2015年から2018年まで、国際数学連合(IMU)の総裁を務めました。日本語版ウィキペディアは、アジア出身者として初めての総裁としています。2021年には文化勲章を受けました。

森重文の歩み19512月23日、名古屋市で生まれる1978京都大学で理学博士1978〜79ハーツホーン予想を解決19883次元の極小モデルの存在1990フィールズ賞(京都の国際会議)2015〜18国際数学連合の総裁2021文化勲章
森重文の歩み。1978年のハーツホーン予想から、1988年の極小モデル、1990年のフィールズ賞へ
年できごと
1951年2月23日、名古屋市で生まれる
1969年東京大学の入学試験が中止になり、京都大学に進学(日本語版ウィキペディアによる)
1973年京都大学を卒業(学士)
1975年京都大学で修士の学位
1978年京都大学で理学博士(指導教員は永田雅宜)
1978年ハーツホーン予想を解決(ハーバード大学に滞在中。論文は1979年)
1981年ごろ向井茂とともにファノ3次元多様体を分類(1981〜83年の論文)
1982年名古屋大学の助教授。3次元の多様体の「端射線」を発見した論文
1983年日本数学会の彌永賞(MacTutor は Yanaga Prize とする)
1988年名古屋大学教授。3次元の極小モデルの存在を証明(フリップ定理)
1990年フィールズ賞、コール賞、日本学士院賞。京都大学に戻る
2004年藤原賞
2015〜18年国際数学連合(IMU)の総裁
2021年文化勲章

森重文の主な業績をやさしく解説

業績1 曲線を「穴の数」で仲間分けする(背景)

森の仕事を理解するには、まず1次元の図形(曲線)の話から始めます。複素数の世界で式を書くと、曲線は曲面(リーマン面)になり、その形は穴の数(種数)で決まります。穴がない球は種数0、ドーナツは種数1、穴が2つ以上は種数2以上です。

曲線は「穴の数」で仲間分けできる 種数0(球)曲がり:プラス 種数1(ドーナツ)曲がり:平ら 種数2以上曲がり:マイナス 1次元(曲線)の仲間分けは、穴の数だけで決まる高次元で同じ仲間分けを目指したのが森の仕事
曲線は穴の数で3つに分けられる。種数0は曲がりがプラス、種数1は平ら、種数2以上はマイナス

じつはこの穴の数は、多面体の頂点・辺・面の数と結びついています。多面体では、頂点の数を VV、辺の数を EE、面の数を FF とすると、球と同じ形の多面体では V−E+F=2V-E+F=2 が成り立ちます(オイラーの多面体定理)。ドーナツ形(穴1つ)なら V−E+F=0V-E+F=0、穴が gg 個なら V−E+F=2−2gV-E+F=2-2g です。種数が分かると、曲線の“種類”が見えてくる。これが1次元の分類で、リーマンの時代から知られていました。

森が挑んだのは、これを2次元(曲面)や3次元(空間)の図形に広げた問題です。「高次元の図形も、整理して種類分けできるのか?」

業績2 ハーツホーン予想の解決と「曲げて折る」方法

1970年にハーツホーンが出した予想は、次のようなものです。「各点での接ベクトルの束が“豊富”な、なめらかな射影多様体は、射影空間にかぎる」。射影空間は、代数幾何でいちばん基本的な空間です。この予想の証明は、そのまま「射影空間という空間を、性質だけで特徴づける」ことになります。

「豊富(アンプル)」という言葉は、ざっくりとしたたとえで言うと、どの曲線の上でも、図形が“ふくらむ向きに曲がっている”という性質です。球のように、どこから見てもふくらんだ図形のなかまをイメージしてください。ハーツホーン予想は、「そんな図形は、射影空間のほかには存在しない」と言っているのです。大きな問題ですが、予想の形そのものは、とても整った主張でした。

森は、これを解決するためにとても独創的な方法を使いました。図形を素数 pp でわった余りの世界(標数 pp の世界)に移して、そこで曲線を引っぱって、曲げて、折るのです。曲げていくと、曲線はいつか折れて、2本以上の曲線に分かれます。そこで新しく現れた曲線の中に、「有理曲線」とよばれる、直線のような曲線が必ず見つかる、というのです。

曲げて、折る(森の方法のイメージ) ① なめらかな1本 ② 大きく曲げる ③ 折れて2本以上に 曲がった曲線を動かすと、いつか折れて「有理曲線(直線のような曲線)」が現れる
曲線を固定した2点のあいだで引っぱって曲げていくと、いつか折れて、有理曲線が現れる

余りの世界(標数 pp)に移すという発想は、合同式(mod の計算)を使う整数論に近い考え方です。志村五郎の仕事でも、余りの世界で点を数える手法が使われています。数学の別々の分野が、このようにつながっているのは、おもしろい発見です。

業績3 3次元の極小モデル理論(森理論)

ここが、フィールズ賞の業績の中心です。まず、2次元の場合を見ましょう。19世紀の終わりから20世紀の初めにかけて、イタリアの数学者カステルヌオーヴォたちは、曲面の中にある「−1曲線」とよばれる曲線を見つけると、それを1点につぶせることを示しました。点をふくらませて曲線にする操作の逆です。

点をふくらませる ⇄ 線をつぶす 点 赤い線(例外曲線) ふくらませるつぶす 曲面の極小モデル=つぶせる赤い線をつぶした、すっきりした姿
点を1本の線にふくらませる操作と、その逆に線を点につぶす操作。曲面の極小モデルは、つぶせる線をつぶして得られる

つぶせるだけつぶすと、それ以上つぶせない形になります。これが極小モデルです。2次元では、極小モデルが必ず存在することが100年以上前から知られていました。

では3次元ではどうなるでしょうか。1980年代まで、だれにも分かりませんでした。森は1982年の論文で、3次元の多様体の中に「端射線(たんしゃせん)」とよばれる特別な方向があり、そこに有理曲線が必ずあることを示しました。これが、前に述べた「曲げて折る」方法の成果です。

ところが3次元には、2次元にはなかった新しい困難がありました。有理曲線をつぶしたら、図形が“へんな形”になってしまうことがあるのです。そこで森は、曲線をつぶさずに、別の曲線に取りかえるという操作を考えました。それがフリップです。

フリップ(曲線の取りかえ) 空間 X +曲線 C 空間 X⁺ +曲線 C⁺ フリップ 3次元では「つぶす」だけで足りず、曲線を「取りかえる」操作が必要になる
フリップ:3次元では、曲線をつぶすかわりに、別の曲線に取りかえる

森は1988年の論文で、3次元の場合にフリップがいつでもできることを証明しました。その結果、「3次元の代数多様体には、極小モデルが必ず存在する」と言えたのです。この一連の理論を森理論、または極小モデル理論(ミニマルモデルプログラム)とよびます。同じころ、川又雄二郎らも関連する重要な結果を出しており、日本の数学者が大きな役割を果たしました。MacTutor によれば、森は1988年に川又と共同で日本数学会の賞(秋季賞)も受けています。

業績4 ファノ多様体の分類

1981年ごろ、向井茂とともに、ファノ多様体とよばれる特別な図形の3次元のものを分類しました。この仕事は「森–向井の分類」として知られ、極小モデル理論の準備にもなりました。多くの型に整理されたことで、3次元の図形の全体像が見えやすくなった、とされます。

業績5 その後の発展:次元のはしごを登る

森の理論は、4次元以上へと発展しました。2010年に、ベルカー、カシーニ、ハコン、マッカーナンの4人が、一般型とよばれる図形については、すべての次元で極小モデルが存在することを証明しました。ベルカーは2018年にフィールズ賞を受けています。ただし、すべての図形についての完全な理論は、今も研究中の部分があります。

次元のはしご 1次元曲線:穴の数で分類2次元曲面:イタリア学派(1900年ごろ)3次元森重文(1988年)4次元以上BCHM(2010年・一般型)
極小モデルを探す研究は、次元を一段ずつ登っている。3次元の壁を破ったのが森重文

森重文の名前がつく公式・定理・用語

  • 森理論(極小モデル理論、ミニマルモデルプログラム):高次元の代数多様体を、いちばん簡単な形にまで整理する理論。
  • 森の錐定理(コーン定理):多様体の中の曲線のなす「錐」の形に関する定理。端射線の存在を保証します。
  • 端射線(extremal ray):錐の“端”にあたる特別な方向。ここにつぶしたり取りかえたりする曲線があります。
  • フリップ(flip):3次元で、曲線を別の曲線に取りかえる操作。
  • 森–向井の分類:ファノ3次元多様体の分類。
  • 森の曲げ折りの方法(bend and break):曲線を曲げて折ることで有理曲線を見つける方法。

高校数学では、正多面体、正多面体の体積・外接球と内接球、放物線とは、楕円・放物線・双曲線の式などが、代数幾何の入口にあたります。

「ここが大事!」と説明する合格先生

合格先生

「図形を、いちばん簡単な形にして、種類分けする」。これは、数学のいちばん大切な考え方のひとつだよ。入試でも、複雑な問題を基本形に直すと、ぐっと解きやすくなるよね。

森重文の逸話と評価

森重文は現在も活動している数学者です。ここでは、公に報じられた事実や、数学史の資料に載っている話だけを紹介します。

東大入試中止の年に京都へ

1969年は、東京大学の入学試験が中止になった年でした。日本語版ウィキペディアによると、森はこのために京都大学に進学したとされます。もし入試が行われていたら、日本の数学の歴史は少し変わっていたかもしれない、という話です。ただし、本人が進学先をどう決めたかの細かい事情は、資料で確かめられていません。

27歳前後での大きな成果

森は、博士の学位を受けた1978年ごろに、ハーツホーン予想を解決しました。MacTutor は、この予想が1970年に出されたものであることを紹介しています。若手の数学者が、世界の数学者が10年近く解けなかった問題を解いた例として知られています。

世界の数学のまとめ役として

2015年から2018年にかけて、森は国際数学連合の総裁を務めました。国際数学連合は、4年に1度の国際数学者会議や、フィールズ賞などの賞を運営する組織です。日本語版ウィキペディアは、アジア出身者としては初めての総裁としています。

サクラちゃん

サクラちゃん

3次元でやっと、2次元と同じことが言えたんですね。100年近くかかったなんてびっくり!

合格先生

合格先生

そうだね。次元がひとつ上がると、まったく新しい難しさが出てくる。2次元の方法をそのまま使えないから、森は「曲げて折る」「フリップ」という新しい道具を発明したんだ。道具がないなら、作る。これが数学者の仕事だね。

受験・勉強と森重文のつながり

中学受験・高校受験との関係

森の研究そのものは、中学・高校の受験には出ません。ただ、図形の仲間分けの出発点になる多面体のオイラーの定理 V−E+F=2V-E+F=2 は、中学で習う立体図形の定番です。立方体は頂点8、辺12、面6なので 8−12+6=28-12+6=2 になります。正多面体(5種類しかない)を調べるときにも、この定理が使われます。

大学受験との関係

「穴の数」を式で見つける練習

入試の立体図形では、頂点・辺・面の数を数える問題がよく出ます。ここでオイラーの定理 V−E+F=2V-E+F=2 を使うと、数え落としがないか検算できます。たとえば、サッカーボールのように正五角形12枚と正六角形20枚でできた多面体は、頂点60、辺90、面32で、60−90+32=260-90+32=2 です。もし計算が2にならなければ、数え方をまちがえています。さらに、立方体の真ん中に四角い穴を貫通させた図形のように穴のあるものでは、V−E+FV-E+F は0になります。「2なら穴なし、0なら穴1つ」と覚えておくと、図形の“種類”がひと目で分かります。森重文が取り組んだのは、この考え方を数学の最前線まで広げた問題だと言えます。

京都大学を目指す人へ

森は京都大学理学部で学び、1990年からは京都大学数理解析研究所の教授も務めました。京都大学の数学の入試傾向は京大理系数学の出題分析(1999〜2026年度)、京大文系数学の出題分析で詳しく分析しています。また、京大数学の勉強の進め方は京大数学の参考書ロードマップも参考になります。

勉強法として:大きな問題を、小さな問題に整理する

森の極小モデル理論の考え方は、「複雑なものから、余分なものを取り除いて、本質を取り出す」ことです。入試でも、長い問題文から本質の条件だけを取り出して、図や表に整理すると、解きやすくなります。勉強の進め方は数学の勉強法(解法の暗記→演習→過去問)でも紹介しています。

森重文がその後の数学にあたえた影響

  • 双有理幾何学の大発展:森理論は、代数幾何学の主要な流れになりました。2010年のBCHMの定理、2018年のベルカーのフィールズ賞へとつながっています。
  • 代数多様体の分類:広中平祐の特異点解消、小平邦彦の曲面論とならぶ、日本の代数幾何の伝統のひとつです。
  • 標数 p の方法:「余りの世界に移して考える」手法は、のちに多くの数学者が使う基本的な技になりました。
  • 数論との交流:グロタンディークに始まる現代代数幾何と、志村五郎らの数論をつなぐ道具になっています。

森理論の意味を一言でまとめると、「複雑な図形を整理する“共通の手順”を見つけた」ことです。手順が分かれば、あとは世界中の数学者がそれを使って、次々に新しい図形を調べられます。ひとりの発見が、たくさんの人の仕事の土台になる。これは、数学のいちばん美しい姿のひとつです。

代数幾何には、いまも大きな未解決問題があります。たとえばホッジ予想はミレニアム懸賞問題のひとつです。3次元の図形の分類では、ポアンカレ予想も有名です。これは位相幾何学の問題で、森の極小モデル理論とは別の方法で、ペレルマンが解決しました。

森重文に挑戦!練習問題

やさしい

  1. 立方体の頂点の数 VV、辺の数 EE、面の数 FF から、V−E+FV-E+F を計算しなさい。
    答えと解説を見る立方体は V=8V=8、E=12E=12、F=6F=6 なので、8−12+6=8-12+6=2。球と同じ形の多面体はいつも2になります(オイラーの多面体定理)。
  2. 五角形の内角の和を求めなさい。
    答えと解説を見る多角形の内角の和の公式 180×(n−2)180\times(n-2) に n=5n=5 を入れて、180×3=180\times3=540度。

ふつう

  1. 正十二面体は、頂点が20個、辺が30本、面が12枚です。V−E+FV-E+F を計算しなさい。
    答えと解説を見る20−30+12=20-30+12=2。正十二面体も球と同じ形なので、2になります。
  2. ドーナツ形(穴が1つ)の面を、縦4列・横4列の16個のますめに分けてはりあわせた図を考えます。頂点が16個、辺が32本、面が16枚のとき、V−E+FV-E+F はいくつですか。
    答えと解説を見る16−32+16=16-32+16=0。穴が1つのドーナツ形では、いつも0になります。球の2とのちがいが、穴の数を表します。

むずかしい

  1. 穴が gg 個の曲面で V−E+F=2−2gV-E+F=2-2g が成り立つとき、穴が2つの曲面の V−E+FV-E+F を求めなさい。
    答えと解説を見るg=2g=2 を入れて、2−2×2=2-2\times2=−2。穴が増えるほど、数は小さくなっていきます。
  2. 球と同じ形で、すべての面が三角形である多面体について、頂点の数を VV、面の数を FF とします。F=2V−4F=2V-4 となることを示しなさい。
    答えと解説を見るすべての面が三角形なので、面の辺の数の合計は 3F3F。各辺は2つの面に共有されるから 2E=3F2E=3F、つまり E=3F2E=\dfrac{3F}{2}。V−E+F=2V-E+F=2 に代入して V−3F2+F=2V-\dfrac{3F}{2}+F=2、V−F2=2V-\dfrac{F}{2}=2、よって F=2V−4F=2V-4。

森重文と関係する数学者

公式を調べるなら算数・数学の公式一覧(公式辞典)、数学用語は数学用語辞典(用語の意味を1語1ページ)が便利です。ガロアの業績の業績を知ると、数学の“分類”の面白さがより分かります。

現代(1940年以降生まれ)の数学者

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読みもの(合格大作戦の数学の記事)

よくある質問

森重文は何をした人ですか?

森重文は、日本の代数幾何学者です。1988年に3次元の代数多様体に極小モデルが存在することを証明して森理論を築き、1990年にフィールズ賞を受けました。27歳前後でハーツホーン予想を解いたことでも知られます。

極小モデル理論(森理論)とは何ですか?

複雑な代数多様体を、本質を変えずに、いちばん簡単な形(極小モデル)にまで整理する理論です。曲面では20世紀初めに知られていましたが、3次元で成り立つことを森が1988年に証明し、のちに4次元以上へ発展しました。

フリップとは何ですか?

3次元の代数多様体で、ある曲線を取りのぞいて、別の曲線に取りかえる操作です。2次元では曲線をつぶすだけで足りますが、3次元ではつぶすだけでは足りない場合があり、森はこのフリップがいつでもできることを証明しました。

ハーツホーン予想とは何ですか?

1970年にハーツホーンが出した、接束が豊富な滑らかな射影多様体は射影空間にかぎる、という予想です。森が1978年(論文は1979年)に標数pの世界を使った独創的な方法で解きました。

森重文はいつフィールズ賞を受けましたか?

1990年に、日本の京都で開かれた国際数学者会議で受けました。同じ年のフィールズ賞には、ドリンフェルト、ジョーンズ、ウィッテンも選ばれています。同じ年にアメリカ数学会のコール賞と日本学士院賞も受けています。

森重文はどこの大学で学びましたか?

京都大学理学部を卒業し、同大学院で永田雅宜の指導を受けて1978年に理学博士の学位を受けました。名古屋大学の教授をへて、1990年からは京都大学数理解析研究所の教授を務めました。

森重文は国際数学連合の総裁を務めましたか?

2015年から2018年まで国際数学連合(IMU)の総裁を務めました。日本語版ウィキペディアでは、アジア出身者として初めての総裁と紹介されています。国際数学連合は国際数学者会議やフィールズ賞を運営する組織です。

森重文はどんな賞を受けましたか?

1990年のフィールズ賞、コール賞、日本学士院賞のほか、藤原賞(2004年)、文化勲章(2021年)などを受けています。ほかにも日本数学会の賞や中日文化賞を受けています。

森重文の研究は大学受験に関係がありますか?

研究そのものは受験には出ません。ただし、多面体のオイラーの定理、二次曲線、接線、空間ベクトルなど、高校数学や入試で習う内容は代数幾何の入口にあたります。

森理論はその後どう発展しましたか?

2010年にベルカー、カシーニ、ハコン、マッカーナンの4人が、一般型の図形についてすべての次元で極小モデルが存在することを証明しました。ベルカーは2018年にフィールズ賞を受けています。

あわせて読みたい

出典・参考

  • MacTutor History of Mathematics「Shigefumi Mori」(セント・アンドルーズ大学)
  • 日本語版ウィキペディア「森重文」
  • S. Mori, “Projective manifolds with ample tangent bundles”, Annals of Mathematics 110(1979年)
  • S. Mori, “Threefolds whose canonical bundles are not numerically effective”, Annals of Mathematics 116(1982年)
  • S. Mori, “Flip theorem and the existence of minimal models for 3-folds”, J. Amer. Math. Soc. 1(1988年)
  • C. Birkar, P. Cascini, C. Hacon, J. McKernan, “Existence of minimal models for varieties of log general type”, J. Amer. Math. Soc. 23(2010年)

最終更新:2026年11月2日/作成:大学受験合格大作戦