白駒の隙を過ぐるが若し(はっくのげきをすぐるがごとし)の意味と由来|荘子・知北遊と史記・留侯世家の原文・書き下し文・現代語訳、光陰矢の如しとの比べをイラストで【故事成語】

白駒の隙を過ぐるが若し(はっくのげきをすぐるがごとし)の意味と由来|荘子・知北遊と史記・留侯世家の原文・書き下し文・現代語訳、光陰矢の如しとの比べをイラストで【故事成語】

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白駒の隙を過ぐるが若しはっくのげきをすぐるがごとし

ひとことで言うと

月日がたつのがとても早く、人の一生はほんの一瞬のように短いことのたとえ。白い馬(白駒)が壁のすき間(隙)の向こうを走りすぎるのを見るように、あっという間だという、『荘子』と『史記』の言葉から。

読み方はっくのげきをすぐるがごとし
意味月日が過ぎるのが非常に早いこと。人の一生が短くはかないことのたとえ。
出典『荘子』知北遊「人生天地之間,若白駒之過郤」・『史記』留侯世家「人生一世間,如白駒過隙」
お話『荘子』では老子が孔子に、『史記』では呂后が穀物を断つ修行をしていた張良に、人生は白駒が隙を過ぎるように短いと言った
似た言葉光陰矢の如し・歳月人を待たず・少年老い易く学成り難し・一刻千金(いっこくせんきん)
反対の言葉一日千秋(待ち遠しい長さ)
漢文の句法比況(若・如)・限定(而已)・反語(何〜乎)

このページのポイント

  • 「白駒の隙を過ぐるが若し」は人生や月日があっという間に過ぎること。白駒=白い馬、隙(げき)=すき間
  • 出典は2つ。『荘子』知北遊(老子→孔子、「郤」「若」)と『史記』留侯世家(呂后→張良、「隙」「如」)の原文を訓読文で読めます
  • 光陰矢の如し・歳月人を待たずなどとの比べ、張良の一生、読みのまちがい、入試の出方まで

「白駒の隙を過ぐるが若し」の意味と読み方

「白駒の隙を過ぐるが若し」ははっくのげきをすぐるがごとしと読みます。意味は「月日がたつのがとても早く、人の一生はほんの一瞬のように短いこと」のたとえです。「若し」は「如し」とも書きます。

ことばを分けると、「白駒(はっく)」は白い馬、「隙(げき)」はすき間です。壁や戸の細いすき間から外を見ていると、白い馬が走りすぎるのはほんの一瞬しか見えません。人の一生も、それと同じくらいあっという間に過ぎてしまう――というたとえです。

すき間から見える白い馬=一瞬見えない見えない隙(すき間)白駒白駒=白い馬隙=すき間人の一生は、それほどあっという間
すき間から見える白い馬は一瞬で消える。人の一生も、それほど短いというたとえ

このたとえは、中国の思想書『荘子』知北遊篇と、歴史書『史記』留侯世家の2か所に出てきます。『荘子』では老子が孔子に、『史記』では漢の皇后・呂后が軍師の張良に言った言葉です。短く「白駒過隙(はっくかげき)」とも言います。

うかるくん

うかるくん

どうして「白い」馬なんですか? 黒い馬じゃだめなんでしょうか。

ミスターT先生

ミスターT先生

いい疑問だね。はっきりした理由は書かれていないけれど、白い馬は暗いすき間の向こうでもぱっと目立つ。それなのに一瞬で消えてしまう。白い光がさっと走って消える感じが、時間のはやさをよく表しているとも言われるよ。白駒を「太陽(日の光)」のたとえと見る説明もあるんだ。

ふだんの言い方では、たとえば次のように使います。

  • ○入学したのがついこの前のようなのに、もう卒業だ。まさに白駒の隙を過ぐるが若しだ。
  • ○白駒の隙を過ぐるが如しというから、今のうちにやりたいことをやっておこう。
  • ○祖母は「人生は白駒の隙を過ぐるが若しだよ」と、若いうちに学ぶ大切さを話してくれた。

「白」は「白」の読み方・書き順・部首、「駒」は「駒」の読み方・書き順・部首、「隙」は「隙」の読み方・書き順・部首、「過」は「過」の読み方・書き順・部首、「若」は「若」の読み方・書き順・部首で、読み方と書き順を確かめておきましょう。

絵で読む「白駒の隙を過ぐるが若し」のお話

このたとえには、2つの出どころがあります。1・2こま目は『荘子』知北遊の場面で、荘子が作ったお話(寓話)です。3・4こま目は『史記』留侯世家に書かれた、張良と呂后の場面です。言葉は原文により、場所やしぐさは想像して描きました。

絵で読む「白駒の隙を過ぐるが若し」(『荘子』と『史記』の4こま)

1孔子が老子にたずねる至道(最高の道)をおたずねしたい老子(老聃)孔子
1『荘子』のお話。孔子が老子(老聃)に「今日はひまがあるので、至道(最高の道)についておたずねしたい」と言いました。
2人生は白駒の郤を過ぐるが若しすき間(郤)ヒュッ!人生は、白駒のすき間を過ぎるよう老子白駒=白い馬
2老子は答えます。「人が天地の間に生きるのは、白駒(白い馬)が壁のすき間の向こうを走りすぎるのを見るようなもの。あっという間だ」。
3張良、穀物を断つ導引(体をのばす修行)食べない世の中のことは捨てて仙人についていきたい張良(留侯)
3こちらは『史記』の話。漢の天下統一を助けた張良は、晩年、世の中のことをすてて仙人についていきたいと、穀物を断つ修行を始めました。
4呂后のことば人生は白駒の隙を過ぐるが如し。なぜ自分を苦しめるのか呂后張良
4呂后は「人生は白駒の隙を過ぐるが如し。どうしてそこまで自分を苦しめるのか」と言って食事をすすめ、張良はしかたなく食べました。

『荘子』の話では、老子は「人生は一瞬だ」と言ったあと、生まれることも死ぬことも、自然の大きな変化の一つにすぎないと続けます。だから死をむやみに悲しむ必要はない、というのが荘子らしい考えです。

一方、『史記』の話では、同じたとえが「人生は短いのだから、自分を苦しめずに楽しく生きなさい」という意味で使われています。同じ「白い馬」のたとえでも、話によって伝えたいことが少しちがうのがおもしろいところです。

人差し指を立てて説明するミスターT先生

ミスターT先生

荘子では「短いのだから死をおそれるな」、史記では「短いのだから自分を苦しめるな」。そして今の日本では「短いのだから時間をむだにするな」の意味でよく使われる。同じたとえが、使う人によって三通りに生きているんだ。

「白駒の隙を過ぐるが若し」の原文・書き下し文・現代語訳

2つの出典の原文を、1文ずつ訓読文で読んでいきましょう(書き下し文は代表的な読み方の一例です)。返り点の読み方は返り点(レ点・一二点・上下点)の読み方、書き下し文のきまりは書き下し文の書き方とルールで確かめられます。

1.『荘子』知北遊

白文(『荘子』知北遊、一部)孔子問於老聃曰、今日晏閒、敢問至道。……老聃曰、……人生天地之間、若白駒之過郤、忽然而已。

1文目:孔子が老子に道をたずねる

書き下し文孔こう子し老らう聃たんに問とひて曰いはく、「今こん日にち晏あん閒かんなり。敢あへて至し道だうを問とふ。」

(『荘子』知北遊)

現代語訳孔子が老聃(老子)にたずねて言った。「今日はゆっくりできるので、思い切って最高の道についておたずねしたい。」

ここがポイント「於」は読まない置き字で、ここでは「〜に」の意味を表します(漢文の置き字(而・於・矣・焉))。「晏閒」は、ゆったりとひまがあること。孔子が老子に教えを受ける話は『荘子』によく出てきますが、荘子が作ったお話で、本当にあった問答かどうかは分かりません。

2文目:人生は白駒が郤を過ぎるようなもの

書き下し文人ひとの天てん地ちの間かんに生いくるは、白はく駒くの郤げきを過すぐるが若ごとし。

(『荘子』知北遊)

現代語訳人が天地の間に生きているのは、白い馬が壁のすき間の向こうを走りすぎるのを見るようなものだ。

ここがポイントここが「白駒の隙を過ぐるが若し」のもとの文です。「若A(Aの若し)」は「Aのようだ」という比況の形で、比況の句法(如・若・猶)でくわしく説明しています。一二点の上に三点がある形で、「郤→過→若」の順に返って読みます。

3文目:あっという間にすぎない

書き下し文忽こつ然ぜんたるのみ。

(『荘子』知北遊)

現代語訳あっという間のことにすぎない。

ここがポイント「而已(のみ)」は「ただ〜だけだ」という限定の形で、2字で「のみ」と読みます(限定の句法(唯・只・独・耳・而已))。「忽然」は「たちまち・あっという間」。今の「忽然と姿を消す」の「忽然」と同じ言葉です。

2.『史記』留侯世家

白文(『史記』留侯世家、一部)会高帝崩、呂后徳留侯、乃彊食之曰、人生一世間、如白駒過隙、何至自苦如此乎。留侯不得已、彊聴而食。

4文目:人生一世の間は白駒の隙を過ぐるが如し

書き下し文人じん生せい一いつ世せの間かん、白はく駒くの隙げきを過すぐるが如ごとし。

(『史記』留侯世家)

現代語訳人がこの世に生きる一生は、白い馬がすき間を走りすぎるようなもの(で、とても短い)。

ここがポイントこちらは「如」の字で「如し」。意味は「若し」と同じ比況です。字も「郤」ではなく「隙」になっています。今の日本でよく使う「白駒の隙」の字は、この『史記』の字と同じです。

5文目:どうしてそこまで自分を苦しめるのか

書き下し文何なんぞ自みづから苦くるしむこと此かくのごときに至いたるや。

(『史記』留侯世家)

現代語訳どうして自分をこんなにまで苦しめる必要があるのか(そこまでしなくてよいではないか)。

ここがポイント「何ぞ〜や」は「どうして〜か」という疑問・反語の形で、ここでは「そこまでする必要はない」という気持ちがこもっています(反語の句法(豈・安・何・乎))。「如此(此くのごとし)」は「このようだ」。上下点とレ点を組み合わせた「上レ」の形です。

6文目:張良はしかたなく食べた

書き下し文留りう侯こう已やむを得えず、彊しひて聴ききて食くらふ。

(『史記』留侯世家)

現代語訳張良(留侯)はしかたなく、むりに(呂后の言うことを)聞き入れて食べた。

ここがポイント「不得已(已むを得ず)」は「しかたなく」。今の日本語の「やむをえない」は、この漢文の読み方から来ています。レ点が2つ続き、「已→得→不」と下から順に読みます。否定の「不」は否定の句法(不・弗・非・無・莫)で整理しています。
原文で覚える句法4つ若A・如AAの若し(如し)Aのようだ比況何至〜乎何ぞ〜に至るやどうして〜まで疑問・反語〜而已〜のみただ〜だけだ限定不得已已むを得ずしかたなく否定
比況・疑問反語・限定・「已むを得ず」。原文にはよく出る句法がそろっています

原典の本文では

維基文庫(中国語のウィキソース)の本文では、次のようになっています(句読点は維基文庫の本文のとおり。『荘子』は途中を省略)。

『荘子』知北遊(一部)孔子問於老耼曰:「今日晏閒,敢問至道。」老耼曰:「……人生天地之間,若白駒之過郤,忽然而已。注然勃然,莫不出焉;油然漻然,莫不入焉。已化而生,又化而死,生物哀之,人類悲之。」
『史記』留侯世家(一部)願棄人間事,欲從赤松子游耳。乃學辟穀,道引輕身。會高帝崩,呂后德留侯,乃彊食之,曰:「人生一世間,如白駒過隙,何至自苦如此乎!」留侯不得已,彊聽而食。
  • 「老耼」:老子の名。「耼」は「聃」と同じ字で、本によって書き方がちがいます。
  • 「已化而生,又化而死」(已に化して生じ、又化して死す):変化して生まれ、また変化して死ぬ。荘子は、生と死を自然の変化としてとらえています。
  • 「欲從赤松子游耳」:赤松子(せきしょうし)は伝説の仙人です。「辟穀(へきこく)」は穀物を食べない修行、「道引(導引)」は体をのばしたり呼吸をととのえたりする修行です。
  • 「呂后德留侯」:呂后は、張良に恩を感じていた(息子を皇太子の位にとどめるのを助けてもらった)ので、体を心配して食事をすすめた、という流れです。
字のちがいを整理しよう郤げき荘子の字隙げき史記の字若ごとし荘子の字如ごとし史記の字どちらも「すき間」どちらも「〜のようだ」日本語での書き方白駒の隙を過ぐるが若し(如し)「隙」は常用漢字(すき・すきま)、「郤」は常用外
『荘子』は「郤」と「若」、『史記』は「隙」と「如」。日本語ではどちらの「ごとし」も使います

出典『荘子』『史記』と話の背景

『荘子』は、戦国時代の思想家・荘周(荘子)とその流れをくむ人々の考えをまとめた本で、老子とならぶ道家の代表です。「知北遊(ちほくゆう)」は外篇の一つで、「知」という名の人物が北へ旅して「道」とは何かをたずね歩く話から始まります。孔子が老子に教えを受ける場面も、荘子らしい作り話です。道家と儒家のちがいは諸子百家(儒家・道家・法家)の考え方で図にしています。

『史記』は、前漢の司馬遷(しばせん)が書いた歴史書です。「留侯世家(りゅうこうせいか)」は、漢の高祖・劉邦の軍師だった張良(ちょうりょう)の伝記です。張良は劉邦から「留侯」の位をもらったので、留侯と呼ばれます。

2つの出典をくらべる『荘子』知北遊だれが→だれに老子(老聃)→孔子原文の字白駒之過「郤」「若」し話の中身生も死も自然の変化(荘子の作ったお話)『史記』留侯世家だれが→だれに呂后→張良原文の字白駒過「隙」「如」し話の中身自分を苦しめるな(歴史の書物)どちらも「人生はあっという間」のたとえ
荘子は「生と死は自然の変化」、史記は「自分を苦しめるな」。同じたとえでも伝えたいことがちがいます

張良という人

黒いふちどりの青い上着に桃色の衣を重ね、頭に小さなまげを結んだ男性が立っている、古い中国の肖像画
呂后に「人生は白駒の隙を過ぐるが如し」と言われた張良(ちょうりょう)の肖像。明の時代に、のちの人が想像して描いたものです(本人を見て描いた絵ではありません)。画像:「明人画張良像軸」(明代、作者不明、北京・故宮博物院蔵、Wikimedia Commons・パブリックドメイン)
張良(留侯)の一生若いころ韓の国の人。秦の始皇帝をねらう軍師に劉邦の作戦を立てる鴻門の会劉邦の命を守る漢の建国「留侯」に取り立てられる晩年穀物を断ち、仙人の修行呂后のことば「人生は白駒の隙を過ぐるが如し」
始皇帝をねらった若者が、劉邦の軍師となり、最後は仙人の修行へ

張良は、もとは韓という国の人で、韓をほろぼした秦の始皇帝をねらったこともある人物です。のちに劉邦の軍師となり、鴻門の会(項羽と劉邦)の意味と由来では、項羽のもとで命をねらわれた劉邦を守りました。良薬は口に苦しの意味と由来(張良)も、張良が劉邦をいさめたときの言葉として知られています。

漢が天下を統一すると、張良は「これ以上の位はいらない」と言って政治の表舞台から身を引き、仙人の修行に打ちこみました。手がらを立てた家来が、のちに主君にうたがわれて殺されることもあった時代です(狡兎死して走狗烹らるの意味(韓信))。張良が身を引いたのは、そうした危険をさける知恵だったとも言われます。

同じ荘子の「時間」の言葉

荘子は、時間の長さについてほかにもたとえを残しています。朝菌は晦朔を知らずの意味(荘子・逍遥遊)は「命の短い者は長い時間を知らない」というたとえ、胡蝶の夢の意味と由来(荘子)は夢と現実の区別をゆさぶる話です。白駒のたとえは、その中でも「人の一生そのものの短さ」を言った言葉です。

「白駒の隙を過ぐるが若し」の使い方と例文・似た言葉

「白駒の隙を過ぐるが若し」は、月日や人生が過ぎるのがとても早いことを、しみじみと言うときに使います。卒業・引退・誕生日・年の終わりなど、時間の流れをふり返る場面によく合う、少し改まった言葉です。

  • ○定年をむかえた父は「四十年は白駒の隙を過ぐるが若しだった」と笑った。
  • ○小学校の六年間は、白駒の隙を過ぐるが如く過ぎていった。
  • ○白駒の隙を過ぐるが若し、高校三年間を一日もむだにしないようにしたい。
  • ×白い馬が走るのが白駒の隙を過ぐるが若しで、とても速い。(本当の馬の速さを言う言葉ではない)
  • ×授業が長くて、白駒の隙を過ぐるが若しだった。(時間が早く過ぎるときに使う。長く感じたときは反対)

似た言葉・反対の言葉

「時」のたとえを比べる白駒の隙を過ぐるが若し一生の短さすき間の白い馬光陰矢の如し月日のはやさ飛んでいく矢歳月人を待たず時は止まらない陶淵明の詩から少年老い易く学成り難し若いうちに学べ作者は諸説一刻千金わずかな時間も貴い蘇軾の詩から※「一刻千金」は四字熟語として使われます
時間のたとえはたくさんあります。白駒は「一生の短さ」、光陰矢の如しは「月日のはやさ」
言葉意味白駒の隙との関係
光陰矢の如し月日のたつのは矢のように早いとても近い(「光」は日、「陰」は月)
歳月人を待たず年月は人の都合を待たずに過ぎる近い(陶淵明の詩の句から)
少年老い易く学成り難し若いうちはすぐ過ぎるので、時間をむだにせず学べ近い(作者は朱熹とされてきたが諸説)
一刻千金(いっこくせんきん)わずかな時間も、千金のねうちがある時間を大切にする点で近い
一日千秋(いちじつせんしゅう)一日が千年のように長く感じられる反対の感じ方(待ち遠しい)
  • 光陰矢の如し:いちばんよく使われる、時のはやさのことわざです。「光陰」は「日と月」、つまり月日のこと。白駒の隙と、意味はほとんど同じです。
  • 少年老い易く学成り難し:「一寸の光陰軽んずべからず(わずかな時間もむだにするな)」と続く詩の句です。南宋の朱熹(朱子)の作とされてきましたが、今では作者は別の人だとする説が有力で、はっきりしません。
  • 朝に道を聞かば夕べに死すとも可なり(論語):人生が短いからこそ、大切な道を知ることに打ちこめ、という孔子の言葉で、白駒のたとえと組み合わせて引かれることがあります。

英語では、"Time flies."(時は飛ぶように過ぎる)、"Life is short."(人生は短い)が近い表現です。ラテン語の "Tempus fugit."(時は逃げ去る)も同じ意味で、時計などに刻まれることがあります。

受験勉強への生かし方

受験生にとって、時間ほど大切なものはありません。「入試まであと1年もある」と思っていても、夏が来て、秋が来て、気づけば冬――すき間から見える白い馬のように、時間はあっという間に過ぎていきます。

入試までの時間は、あっという間1年365日半年約180日3か月約90日1か月約30日1週間7日「まだある」と思った時間ほど早く過ぎる
「まだ1年ある」と思っても、半年・3か月・1か月はあっという間です

だからこそ、今日の一日を大切にしましょう。「今日という一日は、明日という日の二日分の値打ちがある」という言葉の意味は「今日という一日は、明日の二日分の値打ちがある」の意味で読めます。先延ばしをやめるには「いつかできることは今日もできる」の意味と出典が、入試から逆算して1日の計画を立てるには勉強計画の立て方(年→月→週→日に分ける方法)が役に立ちます。ほかの受験生が1日に何時間勉強しているかは受験生の勉強時間は1日何時間?(アンケート555票の結果)、やりたいと思ったときに始める大切さは「人生は一度しかない。やりたいと思った時がやる時」の意味も参考にしてください。

「白駒の隙を過ぐるが若し」のよくあるまちがい

  • 「はくばのすきを…」「しろこまの…」と読む:正しくは「はっくのげきをすぐるがごとし」です。「白駒」は「はっく」、「隙」は「げき」と音読みします。
  • 「白駒」を「はくく」と読む:「白(はく)」+「駒(く)」で、音がつまって「はっく」になります。「白居易(はっきょい)」の「はっ」と同じです。
  • 「隙」を「すき」と読む:ふだんは「すき・すきま」と訓読みしますが、このことわざでは音読みの「げき」です。「間隙(かんげき)」の「げき」です。
  • 「若し」を「もし」と読む:ここの「若し」は「ごとし」(〜のようだ)です。「若し〜ならば(もし)」とは別の使い方です。
  • 「白い馬は足が速い」という意味だと思う:馬の速さではなく、すき間から一瞬しか見えないことが大事なたとえです。
  • 「時間が長く感じる」ときに使う:反対です。長く感じるときは「一日千秋」のような言葉を使います。
サクラちゃん

サクラちゃん

人生が短いって聞くと、なんだかあせっちゃいます……。

ミスターT先生

ミスターT先生

あせる必要はないよ。荘子はむしろ「短いからこそ、くよくよせずに自然にまかせよう」と言い、呂后は「自分を苦しめるな」と言った。短いと知ることは、こわがるためではなく、今を大切にするためなんだ。今日できることを一つやる。それで十分だよ。

入試ではこう出る

「白駒の隙を過ぐるが若し」は、おもに大学受験の漢文や、むずかしめのことわざ・故事成語の問題で出てくる言葉です。中学受験・高校受験では「光陰矢の如し」のほうがよく出ますが、同じ意味の言葉として覚えておくと役に立ちます。

  • 大学受験(漢文):『荘子』知北遊や『史記』留侯世家の本文が出て、「若白駒之過郤」の比況の形、「忽然而已」の限定の形、「何至自苦如此乎」の疑問・反語の形、「不得已」の読みなどが問われることがあります。共通テストの漢文の出方は共通テストの漢文(出題の形と対策)にまとめています。
  • ことわざ・故事成語の問題:読み(はっく・げき)、意味の選択、「光陰矢の如し」「歳月人を待たず」など同じ意味の言葉を選ぶ問題が考えられます。
  • 評論・随筆:時間や人生の短さをテーマにした文章で、このたとえや「光陰矢の如し」が引かれることがあります。「時の早さ」をどう受け止めるか(あせる・大切にする・自然にまかせる)という筆者の考えを読み取りましょう。
ひらめいたサクラちゃん

サクラちゃん

白駒の隙を過ぐるが若しは「人生はあっという間」。白駒=白い馬、隙(げき)=すき間。出典は『荘子』知北遊(郤・若)と『史記』留侯世家(隙・如)の2つです!

練習問題

やさしい

  1. 「白駒の隙を過ぐるが若し」の読み方をひらがなで答えましょう。
    答えと解説を見るはっくのげきをすぐるがごとし。
  2. 「白駒の隙を過ぐるが若し」と意味がもっとも近いことわざを選びましょう。
    ア 一日千秋 イ 光陰矢の如し ウ 急がば回れ エ 馬の耳に念仏
    答えと解説を見るイ 光陰矢の如し。どちらも月日や人生が早く過ぎることのたとえです。アの一日千秋は「待ち遠しい」で、反対の感じ方です。

ふつう

  1. 「若白駒之過郤」を書き下し文に直し、「若」が表す句法の名前を答えましょう。
    答えと解説を見る白駒の郤を過ぐるが若し。「若」は「〜のようだ」という比況を表します。
  2. 『史記』留侯世家で、「人生一世間、如白駒過隙」と言ったのはだれで、だれに向かって言った言葉ですか。
    答えと解説を見る呂后が張良(留侯)に言った言葉です。穀物を断つ修行をしていた張良に、食事をすすめるときに言いました。

むずかしい

  1. 「何至自苦如此乎」を書き下し文に直し、現代語訳しましょう。
    答えと解説を見る何ぞ自ら苦しむこと此くのごときに至るや。訳:どうして自分をこんなにまで苦しめる必要があるのか(そこまでしなくてよい)。
  2. 同じ「白駒」のたとえでも、『荘子』知北遊と『史記』留侯世家では、伝えたいことがちがいます。それぞれ説明しましょう。
    答えと解説を見る『荘子』では、人生は一瞬で、生も死も自然の変化にすぎないので、死をむやみに悲しまなくてよいという考えを伝えています。『史記』では、人生は短いのだから自分を苦しめずに食べて健やかに生きなさい、という気持ちを伝えています。

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よくある質問

白駒の隙を過ぐるが若しとはどういう意味ですか?

白駒の隙を過ぐるが若しとは、月日がたつのがとても早く、人の一生はほんの一瞬のように短いという意味のたとえです。白い馬が壁のすき間の向こうを走りすぎるのが一瞬しか見えないことから言います。

白駒の隙を過ぐるが若しの読み方は?

「はっくのげきをすぐるがごとし」と読みます。「白駒」は「はっく」、「隙」は「げき」と音読みします。「若し」は「如し」とも書きます。

白駒の隙を過ぐるが若しの出典・由来は何ですか?

出典は2つあります。『荘子』知北遊で老子(老聃)が孔子に「人生天地之間,若白駒之過郤」と語った話と、『史記』留侯世家で呂后が張良に「人生一世間,如白駒過隙」と言った話です。

白駒の隙を過ぐるが若しの原文と書き下し文は?

『荘子』の原文は「人生天地之間,若白駒之過郤,忽然而已」で、書き下し文は「人の天地の間に生くるは、白駒の郤を過ぐるが若し。忽然たるのみ」です。『史記』は「人生一世の間、白駒の隙を過ぐるが如し」です。

「白駒」と「隙」はそれぞれ何のことですか?

「白駒」は白い馬、「隙」はすき間のことです。『荘子』の原文では「隙」ではなく「郤」の字が使われていますが、どちらも「げき」と読み、すき間を表します。

白駒の隙を過ぐるが若しの例文を教えてください。

「入学したのがついこの前のようなのに、もう卒業だ。まさに白駒の隙を過ぐるが若しだ」のように、月日の早さをしみじみ言うときに使います。

白駒の隙を過ぐるが若しと光陰矢の如しのちがいは?

どちらも時の早さのたとえで、意味はほとんど同じです。白駒の隙は中国の古典(荘子・史記)から出た言葉で「人の一生の短さ」を言うことが多く、光陰矢の如しは「月日のはやさ」をより広く言うことわざです。

白駒の隙を過ぐるが若しの似た言葉・反対の言葉は?

似た言葉は「光陰矢の如し」「歳月人を待たず」「少年老い易く学成り難し」「一刻千金」などです。反対の感じ方を表す言葉には、一日が千年のように長く感じる「一日千秋」があります。

白駒の隙を過ぐるが若しは英語で何と言いますか?

"Time flies."(時は飛ぶように過ぎる)や "Life is short."(人生は短い)が近い表現です。ラテン語の "Tempus fugit." も同じ意味です。

白駒の隙を過ぐるが若しは入試でどう出ますか?

おもに大学受験の漢文で『荘子』知北遊や『史記』留侯世家の本文として出て、比況「若・如」、限定「而已」、反語「何〜乎」、「不得已」の読みなどが問われます。ことわざの問題では読みや光陰矢の如しとの言いかえが出ます。

あわせて読みたい

出典・参考

  • 原文:『荘子』知北遊・『史記』留侯世家(どちらも維基文庫の本文で確認)
  • 「少年老い易く学成り難し」の作者:朱熹の作とされてきたが諸説あり
  • 張良の生涯:『史記』留侯世家による一般的な説明
  • 書き下し文・現代語訳:合格大作戦(教科書で多い読み方をもとにした一例)
  • お話の絵・図:合格大作戦(4こまは原文をもとにした想像の場面)

最終更新:2026年10月29日/作成:大学受験合格大作戦