庖丁、牛を解く(庖丁解牛)の意味と由来|荘子・養生主の原文・書き下し文・現代語訳、遊刃余地あり・肯綮・「包丁」の語源をイラストで【故事成語】

庖丁、牛を解く(庖丁解牛)の意味と由来|荘子・養生主の原文・書き下し文・現代語訳、遊刃余地あり・肯綮・「包丁」の語源をイラストで【故事成語】

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庖丁、牛を解くほうてい、うしをとく

ひとことで言うと

技をきわめた名人は、むずかしい仕事も無理なく自然にこなすということ。「庖丁解牛」とも。料理人の庖丁が骨のすき間に刃を通して牛を解き、十九年たっても刃がとぎたてのようだったという『荘子』の話から。

読み方ほうてい、うしをとく(庖丁解牛=ほうていかいぎゅう)
意味技をきわめた名人は、むずかしい仕事も無理なく自然にこなすということ。
出典『荘子』養生主「庖丁爲文惠君解牛」
お話料理人の庖丁が文恵君の前で音楽に合わせるように牛を解き、骨のすき間に刃を通すので十九年たっても刃が新品のようだと語った
似た言葉遊刃余地あり・肯綮に中る・名人芸・習うより慣れよ
反対の言葉生兵法は大けがのもと・力まかせ
漢文の句法二重否定(莫不〜)・再読文字(未嘗〜)・抑揚(而況〜乎)・比況(若〜)

このページのポイント

  • 「庖丁、牛を解く」は、名人がむずかしい仕事を無理なく自然にこなすこと。「庖丁」は料理人で、読みは「ほうてい」
  • 骨のすき間に厚みのない刃を入れるから、十九年たっても刃はとぎたて。「天理に依る」「遊刃余地あり」
  • 『荘子』養生主の原文、上達の3段階、族庖・良庖とのちがい、「包丁」の語源、入試での出方まで分かります

「庖丁、牛を解く」の意味と読み方

「庖丁、牛を解く」はほうてい、うしをとくと読みます。意味は「技をきわめた名人は、むずかしい仕事も、無理なく自然にやってのける」ということです。四字熟語の形で「庖丁解牛(ほうていかいぎゅう)」とも言います。

「庖丁(ほうてい)」は、昔の中国の料理人のことです。「解く」は、ここでは「ばらばらにする・解体する」という意味。料理人の庖丁が、文恵君という王の前で、まるで音楽に合わせて舞うように牛を解体し、「骨と骨のすき間に刃を通すから、十九年たっても刃がこぼれない」と、その秘けつを語った話から生まれました。中国の思想家・荘子の本『荘子』の「養生主(ようせいしゅ)」という篇にあります。

台所で使う「包丁(ほうちょう)」ということばは、この料理人「庖丁」から来たと言われています(語源には諸説あります)。

すき間に、厚みのない刃を入れる骨骨すき間(間)節には間有り骨のつなぎ目にはすき間がある刀刃は厚み無し刃にはほとんど厚みがない厚み無きを以て間有るに入るゆったり動く→ 遊刃余地あり
骨のつなぎ目のすき間に、厚みのない刃を入れる。だから刃は傷まない
うかるくん

うかるくん

「十九年も刀をとがなくていい」って、どうしてそんなことができるんですか?

ミスターT先生

ミスターT先生

ポイントは力まかせに切らないことなんだ。骨のつなぎ目には、もともとすき間がある。刃はとてもうすい。だから、そのすき間をさがして、すうっと刃を通せば、骨にぶつからない。相手(牛)のもともとのつくりにしたがう――これを原文では「天理に依る」と言っているよ。

ふだんの言い方では、たとえば次のように使います。

  • ○ベテランの大工さんは、庖丁、牛を解くように、むずかしい組み木を軽々と仕上げた。
  • ○名人のピアノは庖丁解牛のおもむきがあり、むずかしい曲も楽しそうにひいてしまう。
  • ○何年も同じ問題集をやりこんだ兄は、庖丁、牛を解くように入試問題を解いていく。

「牛」は「牛」の読み方・書き順・部首、「解」は「解」の読み方・書き順・部首、「刃」は「刃」の読み方・書き順・部首、「丁」は「丁」の読み方・書き順・部首で、読み方と書き順を確かめておきましょう。「庖」は常用漢字ではありません。

絵で読む「庖丁、牛を解く」のお話

お話の舞台は、中国の戦国時代の宮殿です。王の文恵君(ぶんけいくん)の前で、料理人の庖丁が牛を解体して見せます(文恵君は、梁〈魏〉の恵王のことだとする説があります)。4つの場面で見てみましょう。

絵で読む「庖丁、牛を解く」(『荘子』養生主の4こま)

1まるで音楽のようにサクッ庖丁(料理人)牛桑林の舞に合ふ
1料理人の庖丁(ほうてい)が、文恵君(ぶんけいくん)のために牛を解体しました。手・肩・足・ひざの動きも、刀の音も、すべてが音楽と舞のリズムにぴったり合っていました。
2ああ、見事だ!ああ、見事だ!技もここまで来るのか文恵君庖丁技蓋し此に至るか
2見ていた文恵君は、思わず「ああ、見事だ!技というものは、ここまで行きつくものなのか」と声をあげました。
3すき間に刃を通す目ではなく心で見て、骨のすき間に刃を通します青い点線=すき間庖丁天理に依る
3庖丁は刀を置いて答えます。「わたしが好むのは道で、技より先にあるものです。今は目ではなく心で牛に向き合い、骨と骨のすき間に刃を通すのです」。
4十九年たっても新品の刃砥石十九年数千頭生きる道が分かったぞ庖丁文恵君刀刃新たに硎より発するがごとし
4「この刀は十九年使い、数千頭の牛を解きましたが、刃は砥石からとぎ出したばかりのようです」。文恵君は「生き方の道(養生)が分かった」と言いました。

原文では、庖丁の動きを「手の触るる所、肩の倚る所、足の履む所、膝の踦る所」と、体のあちこちに分けて書いています。そして、刀を入れるときの「さくっ」「ざくっ」という音が、すべて音楽のふしに合い、「桑林(そうりん)の舞」や「経首(けいしゅ)の会」にかなっていた、と言います。どちらも昔の名高い舞と音楽の名前です(殷の湯王・堯の時代のものとする説があります)。牛を解体する作業が、まるで舞台の上の舞のように美しかったのです。

人差し指を立てて説明するミスターT先生

ミスターT先生

大事なのは、庖丁が「わたしが好むのは道であって、技より進んだものだ」と言っていること。手先のうまさ(技)をこえて、ものごとの自然なつくり(道)にしたがう。荘子は、ここに生き方のヒントを見たんだね。

庖丁の話を聞いた文恵君は、「吾庖丁の言を聞きて、養生を得たり(庖丁の話を聞いて、命を養う道が分かった)」と言います。むりに逆らわず、すき間を見つけて自然に進めば、刃(=自分の命や心)はいつまでも傷まない。牛の解体の話が、そのまま心と体を大切にして生きる方法のたとえになっているのです。

庖丁の上達の3段階始め牛ばかり見える牛に非ざる者無し三年後全体が見えない全牛を見ず今心で向き合う神を以て遇ふ技(わざ)から道(みち)へ
始めは牛ばかり、三年後は全牛が見えず、今は心で向き合う。技から道へ

「庖丁、牛を解く」の原文・書き下し文・現代語訳

もとになった文章は、『荘子』養生主篇にあります。1文ずつ、返り点と送り仮名をつけた訓読文で見ていきましょう(書き下し文は代表的な読み方の一例です)。返り点の読み方は返り点(レ点・一二点・上下点)の読み方、書き下し文のきまりは書き下し文の書き方とルールでくわしく説明しています。

白文(『荘子』養生主、一部)庖丁為文恵君解牛。…莫不中音。…文恵君曰、譆、善哉。技蓋至此乎。庖丁釈刀対曰、臣之所好者道也、進乎技矣。始臣之解牛之時、所見無非牛者。三年之後、未嘗見全牛也。…彼節者有間、而刀刃者無厚。以無厚入有間、恢恢乎其於遊刃必有余地矣。是以十九年而刀刃若新発於硎。

1文目:庖丁が文恵君のために牛を解く

書き下し文庖はう丁てい文ぶん恵けい君くんの為ために牛うしを解とく。

(『荘子』養生主)

現代語訳料理人の庖丁が、文恵君のために牛を解体した。

ここがポイント「為〜(〜の為に)」は「〜のために」。「為」にはいろいろな読み方があるので、「為」の読み方と用法(なす・なる・ために)で整理しておきましょう。

2文目:音に合わないものはなかった

書き下し文音おとに中あたらざる莫なし。

(『荘子』養生主)

現代語訳(刀を入れる音は)どれも音楽のふしに合っていた。

ここがポイント「莫不〜(〜ざる莫し)」は、否定を2つ重ねた二重否定で、「〜しないものはない=どれも〜する」と強く言う形です。二重否定(無不・莫不・未嘗不)でまとめています。

3文目:わたしが好むのは道である

書き下し文臣しんの好このむ所ところの者ものは道みちなり、技ぎより進すすめり。

(『荘子』養生主)

現代語訳わたしが好むものは道であって、それは技よりもさらに進んだものです。

ここがポイント「所〜(〜する所)」は「〜すること・〜するもの」。「者・所・所以」の読み方と意味で見分け方を練習できます。「乎」はここでは「〜より」と比べる意味を表す読まない字で、「於・于・乎」の読み方と用法で説明しています。

4文目:始めは牛しか見えなかった

書き下し文始はじめ臣しんの牛うしを解ときし時とき、見みる所ところ牛うしに非あらざる者もの無なし。

(『荘子』養生主)

現代語訳わたしが牛を解体しはじめたころは、目に入るものは牛ばかりでした。

ここがポイント「無非〜者(〜に非ざる者無し)」も二重否定で、「〜でないものはない=すべて〜だ」。始めのころは、大きな牛の体がどーんと目の前にあるだけで、どこから刃を入れればよいか分からなかったのです。

5文目:三年後には全牛が見えなくなった

書き下し文三さん年ねんの後のち、未いまだ嘗かつて全ぜん牛ぎうを見みざるなり。

(『荘子』養生主)

現代語訳三年たつと、牛をまるごとの姿で見ることは一度もなくなりました。

ここがポイント「未嘗〜(未だ嘗て〜ず)」は「今まで一度も〜ない」。「未」は1字を2回読む再読文字(未・将・当・応・宜・須・猶・盍)です。牛が「かたまり」ではなく、骨や筋の組み合わせとして見えるようになったのです。

6文目:節にはすき間があり、刃には厚みがない

書き下し文彼かの節せつなる者ものは間かん有ありて、刀たう刃じんなる者ものは厚あつみ無なし。

(『荘子』養生主)

現代語訳あの骨のつなぎ目にはすき間があり、刀の刃には厚みがありません。

ここがポイント「間(かん)」はすき間。「而」はここでは読まない字で、「而・則・乃・即」の読み方と違いで見分け方を説明しています。この文と次の文が、刃がこぼれない理由です。

7文目:厚みのないものを、すき間に入れる

書き下し文厚あつみ無なきを以もつて間かん有あるに入いる。

(『荘子』養生主)

現代語訳厚みのないものを、すき間のあるところに入れるのです。

ここがポイントこのあと原文は「恢恢乎として其の刃を遊ばすに於いて必ず余地有り(ゆったりとして、刃を動かすのにきっと余裕がある)」と続きます。ここから「遊刃余地あり」という言葉が生まれました。

8文目:十九年たっても、刃はとぎたてのよう

書き下し文是ここを以もつて十じふ九きう年ねんにして刀たう刃じん新あらたに硎けいより発はつするがごとし。

(『荘子』養生主)

現代語訳だから、十九年たっても、刀の刃は砥石からとぎ出したばかりのようなのです。

ここがポイント「若〜(〜がごとし)」は「〜のようだ」というたとえの形。比況の句法(如・若・猶「〜のごとし」)でまとめています。「硎(けい)」は砥石のことです。
原文で覚える句法5つ莫不〜〜ざる莫しどれも〜する二重否定所〜〜する所〜すること・もの「所」未嘗〜未だ嘗て〜ず今まで一度も〜ない再読文字而況〜乎而るを況んや〜をやまして〜はなおさら抑揚若〜〜がごとし〜のようだ比況
「庖丁、牛を解く」の原文には、二重否定・「所」・再読文字・抑揚・比況の形が入っています

原典(『荘子』養生主)の本文では

維基文庫(中国語のウィキソース)の『荘子』養生主の本文では、庖丁の説明のまん中は次のようになっています(句読点は維基文庫の本文のとおり)。

『荘子』養生主の本文(一部)方今之時,臣以神遇而不以目視,官知止而神欲行,依乎天理,批大郤,導大窾,因其固然,技經肯綮之未嘗,而況大軱乎?良庖歲更刀,割也。族庖月更刀,折也。今臣之刀,十九年矣,所解數千牛矣,而刀刃若新發於硎。
  • 「臣以神遇而不以目視」:「臣は神を以て遇ひて目を以て視ず」。「神」は神さまではなく心のはたらきのことで、目で見るのではなく心で牛に向き合う、という意味です。
  • 「依乎天理」:「天理に依る」。牛の体のもともとの自然なつくりにしたがうこと。「批大郤,導大窾」は、大きなすき間に刃を打ちこみ、大きな空いたところへ導く、という意味です。
  • 「技經肯綮之未嘗,而況大軱乎」:「技経肯綮すら未だ嘗てせず、而るを況んや大軱をや」。筋や、骨と肉のつながった所にさえ刃を当てたことがない、まして大きな骨にはなおさらだ、という抑揚の形です。抑揚の句法(況んや〜をや)で読み方を練習できます。「肯綮」から「肯綮に中る」という言葉が生まれました。
  • 「良庖歲更刀,割也。族庖月更刀,折也」:腕のよい料理人は一年ごとに刀をかえる、肉を切りさくからだ。ふつうの料理人は一か月ごとに刀をかえる、骨にぶつけて折るからだ。
刀は何年もつ?料理人の3タイプ族庖ふつうの料理人毎月 刀をかえる骨にぶつけて折る良庖腕のよい料理人毎年 刀をかえる肉を切りさく庖丁この話の料理人十九年 かえない数千頭でも新品
族庖は毎月、良庖は毎年、庖丁は十九年。刀のもちが、腕前のちがいを表しています
サクラちゃん

サクラちゃん

名人の庖丁でも、むずかしいと思うところはあったんですか?

ミスターT先生

ミスターT先生

あったんだよ。原文には「族(筋や骨が入り組んだ所)に至るごとに、其の為し難きを見て、怵然として戒め為し、視るを為に止め、行ふを為に遅くし、刀を動かすこと甚だ微かなり」とある。名人ほど、むずかしい所では気を引きしめ、目をとめ、手をゆっくり動かすんだ。そして、うまく解けたあとは刀をぬぐってしまう。得意になって見せびらかすのではなく、道具を大切にする。ここまでが名人なんだね。

出典『荘子』養生主と話の背景

出典の『荘子』は、中国の戦国時代(紀元前4世紀ごろ)の思想家・荘周(荘子)と、その流れをくむ人々の考えをまとめた本です。老子とならぶ道家(どうか)の代表で、二人の考えは「老荘思想」と呼ばれます。儒家・法家などとのちがいは諸子百家(儒家・道家・法家)の考え方で図にしています。

「養生主(ようせいしゅ)」は『荘子』内篇の3番目の篇で、「生(いのち)を養う主(かなめ)」という意味です。日本語の「養生(ようじょう)」は、体を大切にして健康に気をつけることですが、荘子の言う養生は、むりに逆らわず、自然の流れにしたがって、心と命をすり減らさずに生きることでした。庖丁の話は、この篇の中心となるたとえ話です。

刀=わたしたちの心と体

庖丁の刀を、自分の心や体に置きかえてみましょう。何でも力まかせにぶつかっていけば、骨にあたった刀のように、心も体もすぐに欠けてしまいます。けれども、ものごとのすき間(無理のない道)を見つけて進めば、十九年たっても刃はとぎたてのまま――。荘子は、がんばりすぎてすり減らないことも、生きるうえで大切な知恵だと考えたのです。

「庖丁」から「包丁」へ(諸説あり)庖(ほう)+丁(てい)庖=台所、丁=働く男の人庖丁=料理人この話で名高い料理人のこと料理人の使う刀「庖丁刀」とも呼ばれた包丁(ほうちょう)今はふつう「包」の字で書く※「丁」をこの料理人の名前とする説もある
料理人の「庖丁」が、台所の「包丁」になったとされます(諸説あり)

「包丁」の語源(諸説あり)

「庖」は台所、「丁」は働く男の人(園丁・馬丁などの「丁」)を表すとされ、「庖丁」は「台所で働く人=料理人」のことだと考えられています。一方で、「丁」をこの料理人の名前と取る説もあります。この話が有名になったことで「庖丁」は料理人の意味で使われるようになり、日本では料理人が使う刀を「庖丁刀」、やがて「庖丁」と呼ぶようになったと言われます。「庖」が常用漢字でないこともあり、今はふつう「包丁」と書きます。昔の言葉の読みは「ほうてい」、台所の道具は「ほうちょう」と、読み方がちがう点にも注意しましょう。

同じ『荘子』の話とのつながり

庖丁の話は、胡蝶の夢の意味と由来(荘子・斉物論)のすぐ次の篇にあります。胡蝶の夢が「区別にとらわれない」考えなら、庖丁の話は「自然のつくりにしたがう」考え方です。また、文恵君が梁(魏)の恵王だとすると、蝸牛角上の争いの意味と由来(荘子・則陽)で戴晋人の話を聞いてぼうぜんとした王と同じ人物ということになります(どちらも説の一つです)。同じ『荘子』の莫逆の友の意味と由来(荘子・大宗師)や朝菌は晦朔を知らずの意味と由来(荘子・逍遥遊)とあわせて読むと、荘子の考えがよく分かります。

この話から生まれた言葉遊刃余地ありゆうじんよちあり腕前に余裕があり、楽にこなせる肯綮に中るこうけいにあたる物事の大事な所をおさえる目に全牛無しめにぜんぎゅうなし技がすっかり身についている躊躇満志ちゅうちょまんし仕事をやりとげて満ち足りる※「遊刃」は「游刃」とも書く
遊刃余地あり・肯綮に中る・目に全牛無し・躊躇満志。どれもこの話から

「庖丁、牛を解く」の使い方と例文・似た言葉

「庖丁、牛を解く」「庖丁解牛」は、長い修業で技をきわめた人が、むずかしいことを、むだな力を使わず自然にこなすようすをほめるときに使います。職人・芸術家・スポーツ選手など、あらゆる「名人の技」に使える言葉です。

  • ○熟練の外科医の手術は、まさに庖丁解牛で、少しのむだもない。
  • ○何十年もこの道一筋の職人は、庖丁、牛を解くように木を組み上げる。
  • ○ベテラン記者は、複雑な事件を庖丁解牛のあざやかさで整理して伝えた。
  • ×母は新しい庖丁で牛肉を切った。これが庖丁、牛を解くだ。(料理の道具の話ではない)
  • ×初めてやったのに、庖丁解牛のようにうまくいった。(長い修業で身につけた技に使う)

似た言葉

  • 遊刃余地あり(ゆうじんよちあり):腕前にゆとりがあり、楽々とこなすこと。この話から生まれた言葉です。
  • 肯綮に中る(こうけいにあたる):物事の急所・大事な所をおさえること。この話の「肯綮」から生まれました。
  • 熟練の技・名人芸:長い経験でみがかれた、すぐれた技。
  • 一意専心(いちいせんしん)の意味:一つのことだけに心を集中すること。庖丁は十九年、牛を解くことに打ちこみました。
  • 習うより慣れよ:教わるより、くり返して体で覚えるほうが身につく、ということわざ。

反対の言葉

  • 生兵法は大けがのもと:中途半端な知識や技は、かえって大失敗のもとになる。
  • 力まかせ:工夫をせず、力だけでむりやり押し通すこと。
  • 木に縁りて魚を求む(やり方をまちがえる):方法をまちがえると、いくら努力しても目的は達せられない。

英語では、名人の技を "a master's touch"(名人の手ぎわ)、楽々とこなすようすを "do something with ease" と言います。「習うより慣れよ」は "Practice makes perfect." です。

受験勉強への生かし方

庖丁は、最初から名人だったわけではありません。始めは牛の大きなかたまりしか見えず、三年かかってようやく骨や筋のつくりが見えるようになりました。受験勉強も同じです。最初は問題がどれも大きなかたまりに見えますが、くり返し解くうちに、「ここが出題のポイント(肯綮)だ」「この解き方のすき間に入ればいい」と、問題のつくりが見えるようになってきます。

そのために大切なのは、くり返しの練習です。「Practice makes perfect.」の意味(習うより慣れよ)にあるように、体で覚えるまでの反復が技を育てます。そして、庖丁が同じ刀を十九年使い続けたように、参考書も何冊も手を出すより、英単語の覚え方(単語帳は1冊を極める)や基本書を1冊に絞って反復する勉強法のように、1冊をとことん使いこむほうが力がつきます。毎日続けることの意味は「継続は力なり」の意味と由来でも説明しています。

名人も、むずかしい所では慎重に怵然として戒め為す(気を引きしめる)受験では → 難問だと気づいたら、あわてず集中視るを為に止め(目をとめてよく見る)受験では → 問題文・条件をていねいに読む行うを為に遅くし(手をゆっくり動かす)受験では → 計算・記述を一つずつ確かめる刀を動かすこと甚だ微かなり(ほんの少しずつ刃を入れる)受験では → 小さな手がかりから攻める※原文「毎に族に至る…行ふを為に遅くす」
名人もむずかしい所では慎重に。難問にあたったときの心がまえです

さらに、庖丁の「むずかしい所では慎重に」という言葉は、試験本番での心がまえにもなります。難問にぶつかったら、あわてて力まかせに解こうとせず、問題文をよく見て、小さな手がかりから少しずつ攻める。それでも歯が立たなければ、刃をこぼさないように一度はなれて、ほかの問題へ。本番でも「遊刃余地あり」でいられるよう、ふだんからくり返しの練習を積みましょう。

「庖丁、牛を解く」のよくあるまちがい

  • 「庖丁」を「ほうちょう」と読む:この故事成語では、料理人の名(呼び名)なので「ほうてい」と読みます。台所の道具の「包丁(ほうちょう)」とは読み方がちがいます。
  • 「包丁で牛肉を切る」という料理の話だと思う:庖丁は料理人のこと。「包丁という道具の使い方」の話ではなく、名人の技と生き方の話です。
  • 「解く」を「とく(問題を解く)」の意味で取る:ここでの「解く」は、牛をばらばらに解体することです。
  • 「躊躇満志」の「躊躇」を「ためらう」と取る:この話の「躊躇」は、仕事をやりとげて満ち足りたようすを表すと説明されます(ゆったりと歩き回るようすとする説もあります)。今の「躊躇する(ためらう)」とは意味がちがいます。
  • 「遊刃余地あり」を「遊んでいても余裕がある」と思う:「遊刃」は刃をゆったり動かすこと。なまけてもよいという意味ではなく、腕前に余裕があることです。
サクラちゃん

サクラちゃん

「庖丁解牛」と「遊刃余地あり」、どうちがうんですか?

ミスターT先生

ミスターT先生

「庖丁解牛」は、話全体の名前で「名人が自然にこなすこと」。「遊刃余地あり」は、その中の一文から出た言葉で「腕前に余裕があること」。「彼の仕事ぶりは庖丁解牛だ」「この問題なら遊刃余地ありだ」のように使い分けよう。

入試ではこう出る

「庖丁、牛を解く」は、高校の漢文の教科書にもよく取り上げられる話で、大学受験の漢文でねらわれやすい文章です。中学受験・高校受験で故事成語として出ることは多くありませんが、「包丁」の語源の話として知っておくと、ことばの問題で役に立ちます。

  • 句法:「莫不中音」「所見無非牛者」の二重否定、「未嘗見全牛也」の再読文字、「而況大軱乎」の抑揚、「若新発於硎」の比況など、句法がたくさん入っているので、書き下し文や現代語訳がよく問われます。共通テストの漢文の出方は共通テストの漢文(出題の形と対策)にまとめています。
  • 内容の説明:「なぜ十九年たっても刃がこぼれないのか」(すき間に厚みのない刃を入れるから)、「良庖・族庖とのちがい」「文恵君が養生を得たと言ったのはなぜか」などを説明させる問題が考えられます。
  • 語彙・漢字:「肯綮に中る」「遊刃余地あり」の意味、「庖丁」の読み(ほうてい)が問われることがあります。
ひらめいたサクラちゃん

サクラちゃん

「庖丁、牛を解く」は名人が自然にこなすこと。骨のすき間に厚みのない刃を入れるから、十九年たっても刃は新品。「天理に依る」「遊刃余地あり」もいっしょに覚えます!

練習問題

やさしい

  1. 「庖丁、牛を解く」の意味として正しいものを選びましょう。
    ア 包丁の正しい使い方 イ 技をきわめた名人は、むずかしい仕事も無理なく自然にこなす ウ 牛肉はうすく切るとおいしい エ 問題は力まかせに解くべきだ
    答えと解説を見るイ。「庖丁解牛」とも言います。
  2. この故事成語の「庖丁」の読み方と、意味を答えましょう。
    答えと解説を見るほうてい。昔の中国の料理人のことです(台所の道具の「包丁」の語源とされます)。

ふつう

  1. 「未嘗見全牛也」を書き下し文に直し、現代語訳しましょう。
    答えと解説を見る未だ嘗て全牛を見ざるなり。訳:牛をまるごとの姿で見ることは、一度もなくなった。
  2. 族庖・良庖・庖丁は、それぞれどれくらいの間かくで刀をかえましたか。
    答えと解説を見る族庖は毎月、良庖は毎年かえ、庖丁は十九年かえていません。

むずかしい

  1. 庖丁の刀が十九年たってもとぎたてのようだった理由を、原文の言葉を使って説明しましょう。
    答えと解説を見る骨のつなぎ目(節)にはすき間(間)があり、刀の刃には厚みがない。厚みのない刃をすき間のある所に入れる(以無厚入有間)ので、刃をゆったり動かす余裕があり、骨にぶつからないからです。
  2. 「莫不中音」を書き下し文に直し、この句法の名前を答えましょう。
    答えと解説を見る音に中らざる莫し。否定を2つ重ねた二重否定で、「どれも音楽のふしに合っていた」と訳します。

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よくある質問

庖丁、牛を解くとはどういう意味ですか?

庖丁、牛を解くとは、技をきわめた名人は、むずかしい仕事も無理なく自然にこなすという意味です。四字熟語の形で「庖丁解牛」とも言います。

庖丁、牛を解くの読み方は何ですか?

「ほうてい、うしをとく」と読みます。ここでの「庖丁」は料理人のことなので「ほうてい」と読み、台所の道具の「包丁(ほうちょう)」とは読み方がちがいます。

庖丁、牛を解くの由来・出典は何ですか?

中国の思想書『荘子』の養生主篇が由来です。料理人の庖丁が文恵君の前で、音楽に合わせるように見事に牛を解体し、骨のすき間に刃を通すので十九年たっても刃が新品のようだと語った話から生まれました。

庖丁、牛を解くの原文と書き下し文は?

原文は「庖丁為文恵君解牛」で、書き下し文は「庖丁文恵君の為に牛を解く」です。秘けつを語る部分は「以無厚入有間(厚み無きを以て間有るに入る)」です。

なぜ庖丁の刀は十九年も新品のようだったのですか?

骨のつなぎ目にはすき間があり、刃には厚みがないので、厚みのない刃をすき間に入れれば骨にぶつからないからです。原文では「天理に依る(牛の自然なつくりにしたがう)」と言っています。

台所の「包丁」の語源は庖丁、牛を解くですか?

そう言われています。料理人の「庖丁」がこの話で有名になり、料理人の使う刀を「庖丁刀」「庖丁」と呼ぶようになったとされます。「庖」が常用漢字でないこともあり、今は「包丁」と書きますが、語源には諸説あります。

庖丁、牛を解くから生まれた言葉は?

「遊刃余地あり(腕前に余裕がある)」「肯綮に中る(大事な所をおさえる)」「目に全牛無し(技が身についている)」「躊躇満志(やりとげて満ち足りる)」などがあります。

庖丁、牛を解くの似た言葉・反対の言葉は?

似た言葉には「遊刃余地あり」「肯綮に中る」「名人芸」「習うより慣れよ」があります。反対の意味の言葉には「生兵法は大けがのもと」「力まかせ」があります。

庖丁、牛を解くは英語で何と言いますか?

決まったことわざはありませんが、"a master's touch"(名人の手ぎわ)や "do something with ease"(楽々とこなす)が近い言い方です。

庖丁、牛を解くは入試でどう出ますか?

高校の漢文の教科書にもよく出る話で、大学受験では「莫不中音」の二重否定、「未嘗見全牛也」の再読文字、「而況大軱乎」の抑揚などの句法や、刃がこぼれない理由の説明が問われることがあります。

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出典・参考

  • 原文:『荘子』養生主(維基文庫の本文で確認)
  • 文恵君を梁(魏)の恵王とする説、桑林・経首の説明、「躊躇」の意味:昔の注釈による諸説
  • 「包丁」の語源:一般的な国語辞典などによる説明(諸説あり)
  • 書き下し文・現代語訳:合格大作戦(教科書で多い読み方をもとにした一例)
  • お話の絵・図:合格大作戦

最終更新:2026年10月29日/作成:大学受験合格大作戦