蝸牛角上の争い(かぎゅうかくじょうのあらそい)の意味と由来|荘子の原文・書き下し文・現代語訳とイラスト、白居易の詩【故事成語】

蝸牛角上の争い(かぎゅうかくじょうのあらそい)の意味と由来|荘子の原文・書き下し文・現代語訳とイラスト、白居易の詩【故事成語】

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蝸牛角上の争いかぎゅうかくじょうのあらそい

ひとことで言うと

小さな世界での、つまらない争い。かたつむりの左右の角の上にある二つの国が、土地を争って戦ったという『荘子』のたとえ話から。

読み方かぎゅうかくじょうのあらそい
意味小さな世界での、つまらない争い。広い目で見れば取るに足りない争い。
出典『荘子』則陽篇(「蝸牛角上」の形は白居易「対酒」)
お話戴晋人が魏の恵王に、かたつむりの左の角の触氏と右の角の蛮氏が土地を争って戦った話をし、宇宙から見れば王も同じだと気づかせた
似た言葉蝸角の争い・触蛮の争い・コップの中の嵐・大同小異
反対の言葉はっきりした反対語はない
漢文の句法疑問(文末の乎)・与(AとBと)・置き字(於・而)

このページのポイント

  • 「蝸牛角上の争い」は小さな世界での、つまらない争いのこと。「蝸牛」はかたつむりです
  • 出典は『荘子』則陽篇。かたつむりの左の角の触氏と右の角の蛮氏の戦争の話を、4こまのイラストで読めます
  • 「蝸牛角上」の4字の形は、唐の白居易の詩「対酒」の「蝸牛角上何事をか争ふ」で広まりました

「蝸牛角上の争い」の意味と読み方

「蝸牛角上の争い」はかぎゅうかくじょうのあらそいと読みます。意味は、小さな世界での、つまらない争いのことです。広い目で見れば取るに足りないことを、本人たちは大まじめに争っている、という様子をたとえます。

「蝸牛(かぎゅう)」はかたつむり、「角上(かくじょう)」は角(つの)の上です。中国の古い本『荘子(そうじ・そうし)』の中で、ある賢者が「かたつむりの左の角の国と右の角の国が、土地を争って大戦争をした」というたとえ話をしたことから生まれました。「蝸角(かかく)の争い」「触蛮(しょくばん)の争い」「蛮触の争い」とも言います。

「蝸牛角上の争い」の組み立て蝸牛かぎゅうかたつむり角上かくじょう角(つの)の上の争いのあらそい戦争・けんか= 小さな世界での、つまらない争い
「蝸牛(かたつむり)」の「角上(角の上)」の「争い」。とても小さな場所での争い、ということです
うかるくん

うかるくん

かたつむりの角の上に国があるなんて、ありえないですよね?

ミスターT先生

ミスターT先生

もちろん、作り話だよ。でも、だからこそおもしろいんだ。戦争をしようとしている王さまに、「あなたの戦争も、宇宙から見れば、かたつむりの角の上のけんかと同じくらい小さいですよ」と気づかせるための、たとえ話なんだよ。

ふだんの言い方では、次のように使います。

  • ○同じ部の中で、どちらがボールを先に片づけるかでもめるなんて、蝸牛角上の争いだ。
  • ○地球の外から見れば、国境をめぐる争いも蝸牛角上の争いに見えるのかもしれない。
  • ○町内の役員の席をめぐって言い争うのは、蝸牛角上の争いにすぎない。
桜の花の枝と緑の葉の上に、うずまきの殻のかたつむりが一ぴきいる、和紙に刷った色あざやかな木版画
江戸時代の摺物(すりもの)「桜とかたつむり」。桜の枝の下に、うずまきの殻のかたつむりが描かれています。上には和歌などが書かれています。画像:「Cherry Blossoms and a Snail」摺物(日本・1816年、作者不明、メトロポリタン美術館・パブリックドメイン)

絵で読む「蝸牛角上の争い」のお話

話の舞台は、中国の戦国時代(紀元前5世紀〜前3世紀)です。たくさんの国が力を争っていた時代で、魏(ぎ)と斉(せい)はどちらも大きな国でした。魏の王(恵王)は、斉の王が約束を破ったことに怒り、戦争を始めようとします。家臣たちの意見がまとまらないところへ、ひとりの賢者がやってきます。4つの場面で見てみましょう。

絵で読む「蝸牛角上の争い」のお話(4こま)

1約束を破られて怒る約束を破った斉の王め!二十万の兵で斉を攻めましょう魏の恵王公孫衍(犀首)
1戦国時代、魏(ぎ)の恵王は、約束を破った斉(せい)の王に怒りました。将軍の公孫衍(こうそんえん)は「二十万の兵で攻めましょう」と言い、家臣たちの意見は分かれました。
2戴晋人の問いかたつむりをご存じですか?知っておる戴晋人魏の恵王
2恵子(けいし)が連れてきた賢者の戴晋人(たいしんじん)は、王に「かたつむりというものを、ご存じですか」とたずねました。
3角の上の戦争触蛮左の角:触氏右の角蛮氏死んだ兵は数万、十五日も追いかけた
3「かたつむりの左の角に触氏(しょくし)、右の角に蛮氏(ばんし)という国があり、土地を争って戦い、死者は数万、逃げる敵を十五日も追いかけたそうです」。
4宇宙から見れば果てしない宇宙魏の国都の梁王王と蛮氏にちがいがありますか?……王と蛮氏と辯有りや
4「果てしない宇宙から見れば、魏も、都の梁も、その中の王も、とても小さい。王と蛮氏とに、ちがいがありますか」。王は「ない」と答え、戴晋人が去ると、ぼうぜんとしました。

話のおもしろさは、戴晋人がいきなり「戦争はやめなさい」とは言わないところです。まず「かたつむりの角の上の戦争」という、ばかばかしいほど小さな話をします。王が「そんなのは作り話だろう」と言うと、今度は「では本当のことにしてみせましょう」と言って、果てしない宇宙の話を始めます。宇宙の大きさにくらべれば、魏の国も王も、かたつむりの角の上の国と変わらない――そう気づかせたのです。

人差し指を立てて説明するミスターT先生

ミスターT先生

大事なのは、戴晋人が「王と蛮氏とに、ちがいがありますか」と、王自身に答えさせたところだよ。人に言われるより、自分で「ちがいはない」と口にしたほうが、ずっと心に残るよね。だから王は、話が終わったあと、ぼうぜんとしてしまったんだ。

話のあとで、王は連れてきた恵子に「あの客は大人物だ。聖人でもかなわない」と言いました。すると恵子は、「昔の名君の堯(ぎょう)や舜(しゅん)をほめたたえる話も、戴晋人の前では、笛の音にくらべた小さな息の音のようなものです」と答えています。それほど、戴晋人の見方は大きかった、ということです。

果てしない宇宙から見ると…果てしない宇宙(無窮)人の行き来できる世界(通達の国)魏の国都の梁(りょう)王=角の上の蛮氏王と蛮氏と辯(区別)有りや → 辯無し
戴晋人は、宇宙→人の世界→魏→梁→王と、だんだん小さくして見せました。果てしない宇宙から見れば、王も角の上の蛮氏も同じです

「蝸牛角上の争い」の原文・書き下し文・現代語訳

出典は『荘子』の則陽(そくよう)篇です。もとの話はとても長いので、戴晋人と王のやりとりの中心を、1文ずつ訓読文(返り点・送り仮名をつけた文)で読みます。返り点の読み方は返り点(レ点・一二点・上下点)の読み方、書き下し文のきまりは書き下し文の書き方で説明しています。

『荘子』則陽より(維基文庫の本文。句読点を補ったもの。中心の部分)戴晉人曰、有所謂蝸者、君知之乎。曰、然。有國於蝸之左角者曰觸氏、有國於蝸之右角者曰蠻氏。時相與爭地而戰、伏尸數萬、逐北旬有五日而後反。君曰、噫、其虛言與。曰、臣請爲君實之。……通達之中有魏、於魏中有梁、於梁中有王。王與蠻氏有辯乎。君曰、无辯。客出、而君惝然若有亡也。

原典の字は旧字体で、「蝸」「觸(触)」「蠻(蛮)」「國(国)」「无(無)」などと書かれています。下の訓読文では、今の字(新字体)に直しています。

1文目:かたつむりをご存じですか

書き下し文所謂いはゆる蝸くわなる者もの有あり、君きみ之これを知しるか。

(『荘子』則陽(原文は「有所謂蝸者,君知之乎」))

現代語訳いわゆる「かたつむり」というものがおりますが、王はそれをご存じですか。

ここがポイント「所謂(いはゆる)」は2字で一語。今の「いわゆる」のもとです。文末の「乎」は疑問の助字で、ここでは送り仮名の「か」で読み、疑問の句法(文末の乎・哉・与・邪)の基本の形です。「有(あ)り」が最後に読まれる形は、返り点の一二点の練習にぴったりです。

2文目:左の角の触氏

書き下し文蝸くわの左角さかくに国くにする者もの有あり、触氏しよくしと曰いふ。

(『荘子』則陽(原文の字は「國」「觸」))

現代語訳かたつむりの左の角に国をかまえる者がいて、触氏といいます。

ここがポイント「国(くに)す」は「国をつくる・国をかまえる」という動詞の読み方です。「於(お)」は場所を表す置き字で、読みません(「於」の読み方と用法)。一二点の外側に上下点がかかる形なので、読む順番をよく確かめましょう。続けて「蝸の右角に国する者有り、蛮氏と曰ふ」と、同じ形がくり返されます。

3文目:十五日も追いかけた

書き下し文時ときに相あひ与ともに地ちを争あらそひて戦たたかひ、尸しかばねを伏ふすること数万すうまん、北にぐるを逐おひて旬有五日じゆんいうごにちにして後のちに反かへる。

(『荘子』則陽)

現代語訳ときどき(二つの国は)たがいに土地を争って戦い、死者は数万、逃げる敵を追いかけて、十五日たってから引き上げました。

ここがポイント「北(に)ぐ」は「にげる」と読みます(戦いに負けて背を向けることから)。「旬有五日」の「旬」は10日、「有」は「〜と、さらに」の意味で、全部で十五日です。「而(じ)」は「而・則・乃・即」の読み方と違いで説明しているつなぎの字で、ここでは読みません。

4文目:王と蛮氏にちがいはあるか

書き下し文王わうと蛮氏ばんしと辯べん有ありや。

(『荘子』則陽(原文の字は「與」「蠻」))

現代語訳(果てしない宇宙から見て)王さまと蛮氏とに、ちがいがありますか。

ここがポイント「A与B」は「AとBと」と読み、二つを並べます(「与」の読み方と用法)。「辯(べん)」は「わきまえ・区別」のこと。文末の「乎」はここでは「や」と読み、疑問を表します。王は「无辯(辯無し)=ちがいはない」と答えました。
「蝸牛角上の争い」で覚える句法4つ所謂いはゆるいわゆる・世に言う読み乎(文末)か・や〜か(疑問)疑問A与BAとBとAとB並べる於(読まない)場所「〜に」を表す置き字
「蝸牛角上の争い」の原文に出てくる句法は4つ。「所謂=いはゆる」「A与B=AとBと」はとくによく問われます

白居易の詩「対酒」の「蝸牛角上」

「蝸牛角上」という4字の形は、唐の時代の詩人白居易(はくきょい)の詩「対酒(たいしゅ)」(酒に対す)五首の二首目に出てきます。『荘子』の話をふまえて、「かたつむりの角の上のような小さな世界で、何を争うのか」とよんだものです。

白居易「対酒五首」其の二(維基文庫の本文)蝸牛角上爭何事,石火光中寄此身。隨富隨貧且歡樂,不開口笑是癡人。

白居易「対酒」の1・2句目

書き下し文蝸牛くわぎう角上かくじやう何なに事ごとをか争あらそふ、石火せきくわ光中くわうちゆう此この身みを寄よす。

(白居易「対酒五首」其の二)

現代語訳かたつむりの角の上のような小さな世界で、いったい何を争うのか。火打ち石の火花が光るほどの短い時間に、この身を置いているだけなのに。

ここがポイント「何事をか争ふ」の「か」は疑問の係助詞で、疑問の句法・反語の句法の両方の読み方ができる形です。「石火光中」は、火打ち石の火花のように短い人生のたとえ。この詩は七言絶句で、漢詩のきまり(絶句・律詩・押韻)も確かめましょう。
サクラちゃん

サクラちゃん

『荘子』の話と白居易の詩、どっちが出典なんですか?

ミスターT先生

ミスターT先生

もとの話は『荘子』則陽篇だよ。かたつむりの角の上の触氏と蛮氏の戦争は、ここで初めて出てくる。白居易は、その話をふまえて「蝸牛角上」という4字の形で詩によんだんだ。辞書でも、出典は『荘子』、4字の形は白居易の詩、と両方書いてあることが多いよ。

二つの出どころもと:『荘子』則陽篇(戦国時代)戴晋人が魏の恵王に話したたとえ左の角の触氏・右の角の蛮氏が戦う→「触蛮の争い」「蝸角の争い」とも広める:白居易「対酒」(唐の時代)蝸牛角上 何事をか争ふ石火光中 此の身を寄す(かたつむりの角の上で何を争うのか)「蝸牛角上」の4字の形は、白居易の詩の言葉
もとの話は『荘子』則陽篇。「蝸牛角上」の4字の形は、唐の白居易の詩で広まりました

出典『荘子』と話の背景

出典の『荘子』は、戦国時代の思想家・荘周(そうしゅう)と、その流れをくむ人々の考えをまとめた本です。老子とならぶ道家(どうか)の書で、「内篇」「外篇」「雑篇」に分かれています。則陽篇は雑篇の一つで、荘周の弟子や後の人々が書いた部分もふくむと考えられています(どこまでが荘周本人の文章かは諸説あります)。道家と儒家・法家のちがいは諸子百家(儒家・道家・法家)の考え方で図にしています。

登場人物

  • 魏瑩(ぎえい)=魏の恵王:魏の王。のちに都を大梁(たいりょう)に移したので「梁の恵王」とも呼ばれます。『孟子』で孟子と話をする「梁の恵王」と同じ人物で、「五十歩百歩」の話を聞かされた王でもあります。
  • 田侯牟(でんこうぼう):斉の王。魏と約束をしたのに、それを破りました。どの王にあたるかは、注釈によって説が分かれます。
  • 犀首(さいしゅ)=公孫衍(こうそんえん):魏の将軍。「二十万の兵で斉を攻めましょう」と主張しました。
  • 季子(きし)・華子(かし):ほかの家臣。季子は「戦争をしないことが王の土台だ」と反対し、華子は「攻めよと言う者も、攻めるなと言う者も、乱す人だ」と言いました。
  • 恵子(けいし):魏の宰相をつとめた恵施(けいし)。荘子の友人で論争相手として、『荘子』に何度も登場します。
  • 戴晋人(たいしんじん):恵子が王に引き合わせた賢者。かたつむりの話をした人です。

家臣たちの議論と、戴晋人の答え

この話の前半では、家臣たちが「攻めるべきだ」「攻めるべきでない」と言い合います。華子は「攻めよと言う者も、攻めるなと言う者も、そう言い合う者も、みな乱す人だ」と言い、王が「ではどうすればよいのか」とたずねると、「道(みち)を求めればよいのです」と答えます。戴晋人のかたつむりの話は、その「道」を王に見せるものでした。攻めるか攻めないかという小さな損得をはなれて、もっと大きな目で自分を見よ、というのです。

ここには、ものごとの大小や是非(正しい・まちがい)は、見る立場によって変わる、という荘子の考えがよく表れています。同じ『荘子』の「胡蝶の夢」や「朝三暮四」(斉物論篇)も、人がつける区別がどれほどあやふやかを示す話です。

似た故事成語とのちがい蝸牛角上の争い小さな世界の、つまらない争い争いそのものが小さい五十歩百歩少しのちがいで、本質は同じ比べる二つが同じ井の中の蛙せまい世界しか知らない見方がせまい漁夫の利争っているすきに第三者が得をする争いの結末
「蝸牛角上の争い」は、争いそのものが小さいことを言う言葉。ほかの故事成語とくらべると、ちがいがはっきりします

『荘子』のほかのたとえ話

『荘子』には、大きな見方と小さな見方をくらべる話がたくさんあります。井戸の中のカエルが海の広さを知らない「井の中の蛙」(秋水篇)、車の轍の水たまりの鮒の「轍鮒の急」(外物篇)、車に立ち向かうかまきりの「蟷螂の斧」(人間世篇)、地位より自由を選んだ荘子自身の話「尾を泥中に曳く」(秋水篇)などです。どれも、人がこだわっていることを、一歩引いた大きな目で見直させるところが共通しています。

ひらめいたサクラちゃん

サクラちゃん

井の中の蛙は「せまい世界しか知らない」、蝸牛角上の争いは「小さな世界で争う」。どちらも、もっと広い世界から見てごらんと言っているんですね!

日本での使われ方

日本でも、白居易の詩は平安時代から広く読まれてきました。「蝸牛角上の争い」「蝸角の争い」は、政治家どうしの小さな勢力争いや、会社・団体の中の内輪もめなどを批判するときによく使われてきた言葉です。今でも新聞のコラムや評論文で、「大局を見ない、つまらない争い」を表す言葉として使われます。

「蝸牛角上の争い」の使い方と例文・似た言葉

「蝸牛角上の争い」は、争っている本人たちが思うほど大きな問題ではない、という気持ちをこめて使います。争いを外から冷静に見て、「つまらない」「小さい」と批判したり、自分をいましめたりするときの言葉です。

  • ○どちらの名前を先に書くかで兄弟げんかをするなんて、蝸牛角上の争いだよ。
  • ○派閥どうしの主導権争いは、国民から見れば蝸牛角上の争いだ。
  • ○受験の前に友だちと点数のことでもめていたが、今思えば蝸牛角上の争いだった。
  • ×世界を二つに分けた大戦は、まさに蝸牛角上の争いだった。(多くの人の命にかかわった大きな戦争そのものを、ふつうは「小さな争い」とは言わない)
  • ×かたつむりがゆっくり進むように、蝸牛角上の争いが長引いている。(「ゆっくり」「おそい」という意味ではない)

似た言葉

  • 蝸角の争い(かかくのあらそい)・触蛮の争い(しょくばんのあらそい):同じ話から出た、同じ意味の言葉。
  • 五十歩百歩:少しのちがいはあっても、本質は同じこと。争う両方が大したちがいはない、という点で近い使い方ができます。
  • 大同小異(だいどうしょうい):細かいちがいはあっても、だいたいは同じこと。
  • コップの中の嵐:西洋から入ったことわざで、小さな世界の中だけで起きている、まわりには関係のない騒ぎのこと。意味がとても近い言葉です。

反対の意味に近い言葉

はっきりした反対語はありませんが、「天下分け目の戦い」のように、国全体の行方を決める大きな争いを表す言い方とくらべると、意味のちがいがよく分かります。

「蝸牛角上の争い」のよくあるまちがい

  • 「かぎゅうつのうえ」「かたつむりかくじょう」と読む:正しくは「かぎゅうかくじょう」。「蝸牛」も「角上」も音読みです。「牛」の字は「牛」の読み方・書き順・部首、「角」の字は「角」の読み方・書き順・部首で確かめましょう。
  • 「蝸」を「渦」「禍」と書く:「蝸」は虫へん。かたつむりは虫の仲間として「虫へん」で書きます。「渦(うず)」は水、「禍(わざわい)」は示へんの字です。
  • 「牛の角の上」と思う:「蝸牛」の2字で「かたつむり」です。牛の角ではありません。かたつむりの角(触角)が牛の角に似ているので、「蝸牛」と書くと言われています。
  • 大きな争いに使う:この言葉は、広い目で見ればつまらない、小さな争いに使います。重大な戦争や事件をそのまま言うのには向きません。
  • 出典を白居易とだけ覚える:もとの話は『荘子』則陽篇です。白居易の詩「対酒」は、その話をふまえて「蝸牛角上」の形でよんだものです。「争」の字は「争」の読み方・書き順・部首へ。
うかるくん

うかるくん

「触氏」と「蛮氏」、どっちが左の角でしたっけ…。

ミスターT先生

ミスターT先生

原文は「蝸の左角に国する者を触氏と曰ひ、右角に国する者を蛮氏と曰ふ」。「左触・右蛮」と覚えよう。入試で問われることはあまりないけれど、「触蛮の争い」という言い方の順番とも合っているから覚えやすいよ。

入試ではこう出る

  • 高校受験:故事成語の意味を選ぶ問題で、「小さな世界のつまらない争い」という意味が問われることがあります。読み方(かぎゅうかくじょう)も要注意です。
  • 大学受験(漢文):『荘子』則陽篇の一節として出題されることがあります。「所謂(いはゆる)」の読み、「A与B(AとBと)」の形、「北(に)ぐ」の読み、そして戴晋人がかたつむりの話で王に何を伝えたかったのかを説明させる問題が考えられます。白居易の詩「対酒」と組み合わせて、二つの文章の関係を問う形もありえます。
  • 大学受験(現代文・小論文):評論文で、内輪の争いや狭い視野を批判する言葉として使われることがあります。共通テストの漢文の全体像は共通テストの漢文(配点・時間配分)にまとめています。

練習問題

やさしい

  1. 「蝸牛角上の争い」の「蝸牛」とは、何という生き物のことですか。
    答えと解説を見るかたつむり。
  2. 「蝸牛角上の争い」の意味として正しいものを選びましょう。
    ア 長い時間がかかる争い イ 小さな世界での、つまらない争い ウ 争っているすきに第三者が得をすること
    答えと解説を見るイ。アは「かたつむり=おそい」からの思いちがい、ウは「漁夫の利」の意味です。

ふつう

  1. 「有国於蝸之左角者、曰触氏」を書き下し文に直しましょう。
    答えと解説を見る蝸の左角に国する者有り、触氏と曰ふ。(「於」は置き字で読まない)
  2. 「王与蛮氏有辯乎」を書き下し文に直し、現代語に訳しましょう。
    答えと解説を見る書き下し文:王と蛮氏と辯有りや。
    訳:王と蛮氏とに、ちがい(区別)があるでしょうか。

むずかしい

  1. 戴晋人は、かたつむりの角の上の戦争の話によって、魏の恵王に何を気づかせようとしたのですか。説明しましょう。
    答えと解説を見る果てしない宇宙から見れば、魏の国も王も、かたつむりの角の上の国と同じくらい小さい。だから斉と戦争をすることも、かたつむりの角の上の争いと同じく、つまらない小さな争いにすぎないということ。
  2. 白居易の詩「蝸牛角上何事をか争ふ、石火光中此の身を寄す」で、「石火光中」は何をたとえていますか。
    答えと解説を見る火打ち石の火花が光るほどのほんの短い時間=短い人生のたとえ。短い一生の中で、小さなことを争ってもしかたがない、という気持ちを表している。

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よくある質問

蝸牛角上の争いの意味を簡単に言うと何ですか?

小さな世界での、つまらない争いのことです。広い目で見れば取るに足りないことを、本人たちは大まじめに争っている様子をたとえます。

蝸牛角上の争いの読み方は?

「かぎゅうかくじょうのあらそい」と読みます。「蝸牛」はかたつむり、「角上」は角の上という意味です。

蝸牛角上の争いの由来となった話はどんな話ですか?

『荘子』則陽篇の話です。斉と戦争をしようとした魏の恵王に、戴晋人が「かたつむりの左の角の触氏と右の角の蛮氏が土地を争い、死者は数万」というたとえ話をし、果てしない宇宙から見れば王もそれと同じだと気づかせました。

蝸牛角上の争いの出典は荘子ですか、白居易ですか?

もとの話は『荘子』則陽篇です。唐の白居易が詩「対酒」で「蝸牛角上何事をか争ふ」とよみ、「蝸牛角上」の4字の形が広まりました。

蝸牛角上の争いの似た言葉は何ですか?

同じ話から出た「蝸角の争い」「触蛮の争い」、意味の近い「コップの中の嵐」などがあります。

あわせて読みたい

出典・参考

  • 原文:『荘子』則陽(維基文庫の本文で確認。原文の字は「觸」「蠻」「國」「无」など)
  • 白居易「対酒五首」其の二(維基文庫の本文で確認)
  • 書き下し文・現代語訳:合格大作戦(一般的な読み方をもとにした一例。読み方は本によって少しちがう)
  • 絵:「Cherry Blossoms and a Snail」摺物(メトロポリタン美術館、パブリックドメイン)
  • お話の絵・図:合格大作戦

最終更新:2026年10月29日/作成:大学受験合格大作戦