夜郎自大(やろうじだい)の意味と由来|史記の原文・書き下し文・現代語訳とイラストで読むお話【故事成語】

夜郎自大(やろうじだい)の意味と由来|史記の原文・書き下し文・現代語訳とイラストで読むお話【故事成語】

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夜郎自大やろうじだい

ひとことで言うと

自分の力を知らずに、狭い世界でいばること。漢の使者に、滇王と夜郎侯が「漢と我が国と、どちらが大きいか」とたずねた話から。

読み方やろうじだい
意味自分の力の大きさを知らずに、仲間うちや狭い世界の中でいばっていること。
出典『史記』西南夷列伝(同じ話が『漢書』西南夷両粤朝鮮伝にも)
お話道が通じず漢の広さを知らない滇王が、漢の使者に「漢と我と孰れか大なる」とたずね、夜郎侯も同じことをたずねた
似た言葉井の中の蛙・お山の大将・唯我独尊
反対の言葉謙虚・実るほど頭を垂れる稲穂かな
漢文の句法比較(孰与)・疑問(孰)・否定(不)

このページのポイント

  • 「夜郎自大」は自分の力を知らずに、狭い世界でいばること。批判やいましめに使います
  • 出典は『史記』西南夷列伝。原文では最初にたずねたのは滇王で、夜郎侯も同じことをたずねました
  • 「漢と我と孰れか大なる」の「孰(いづ)れか」は、くらべてたずねる句法として入試でよく問われます

「夜郎自大」の意味と読み方

「夜郎自大」はやろうじだいと読みます。意味は「自分の力の大きさを知らずに、仲間うちや狭い世界の中でいばっていること」です。外の広い世界を知らないまま、「自分がいちばんだ」と思いこんでいる人や集団を、批判していうときに使います。

「夜郎(やろう)」は、昔の中国の西南の山の中にあった国の名前です。「自大」は「自ら大なりとす」、つまり自分を大きいと思う・えらぶるという意味です。「夜郎が自分を大きいと思った」ことから、この四字熟語ができました。

四字熟語の組み立てで見ると、「夜郎(だれが)」+「自大(どうした)」の主語と述語の形です。「自(みずか)ら」は「自分で自分を」という意味で、「自大」は「自分で自分を大きいとする」こと。同じ「自」を使う言葉に「自負(じふ)」「自賛(じさん)」「自任(じにん)」などがあり、どれも自分で自分をどう見ているかを表します。

思いこみと実際滇王・夜郎侯の頭の中我が国漢「どちらが大きいか?」実際の大きさ漢← 夜郎・滇道が通じず、外の世界を知らなかった
滇王と夜郎侯は、自分の国が漢と同じくらい大きいと思っていました。実際は、漢の南西の外にある、漢よりずっと小さな国でした
うかるくん

うかるくん

「やろう」って、ちょっと乱暴な言葉に聞こえるんですけど…。

ミスターT先生

ミスターT先生

そう思う人は多いね。でもこの「夜郎」は、中国の漢の時代に西南にあった国の名前なんだ。『史記』という歴史の本に、その国の君主が漢の使者に「漢と我が国、どちらが大きいか」とたずねた話がある。そこから生まれた言葉だよ。

ふだんは、次のように使います。

  • ○地区大会で優勝しただけで全国一のような顔をするのは、夜郎自大だ。
  • ○外の会社と比べもしないで自社がいちばんだと言うのは、夜郎自大のそしりをまぬがれない。
  • ○夜郎自大にならないよう、全国模試で自分の位置を確かめよう。

どれも「狭い世界しか知らないのに、自分を大きく見ている」という場面です。この言葉には悪口・批判の気持ちが入っているので、自分のことを言うときは「夜郎自大にならないように」と、いましめの形で使うのが自然です。

絵で読む「夜郎自大」のお話

話の舞台は、紀元前2世紀の中国です。漢の武帝(ぶてい)は、西の国々を回って帰ってきた張騫(ちょうけん)から、「蜀(しょく)の布や竹の杖が、身毒(インド)を通って大夏(たいか)の国まで運ばれていた」と聞きます。そこで、蜀から西南へぬけて身毒へ行く道をさがそうと、使者を送りました。

絵で読む「夜郎自大」のお話(4こま)

1漢の使者が滇へ身毒(インド)への道をさがしに来ました漢の使者滇王
1漢の武帝の使者たちが、身毒(インド)へぬける道をさがして、けわしい山をこえ、滇(てん)の国に着きます。
2滇王がたずねる滇漢と我が国と、どちらが大きいか?滇王漢の使者
2滇王は使者に、「漢と我が国とでは、どちらが大きいか」とたずねました。
3夜郎侯も同じ夜郎漢と我が国、どちらが大きいか?また同じ…夜郎侯漢の使者
3夜郎(やろう)の国の君主・夜郎侯も、同じことを使者にたずねました。
漢郡や県がたくさん4漢の広さを知らないわが国こそ大国だ!滇王夜郎侯漢の広大なるを知らず
4道が通じていなかったので、どちらも自分が一つの州の主だと思い、漢の広さを知らなかったのです。

使者たちは、大きな湖(滇池)のほとりにある滇(てん)の国に着きました。滇王は使者をとどめて、道をさがすのを手伝わせましたが、さらに西の昆明(こんめい)という人々にはばまれ、1年あまりたっても身毒へは行けませんでした。その間に滇王が口にしたのが、「漢と我と孰れか大なる」(漢と我が国と、どちらが大きいか)という問いです。

人差し指を立てて説明するミスターT先生

ミスターT先生

ここが大事なポイント。原文では、最初にたずねたのは滇王で、夜郎侯も同じことをたずねたと書いてある。言葉の名前は「夜郎」だけど、話の中では滇王が先なんだ。

漢の使者から見ると、二人の質問はとてもおかしなものでした。漢は、都の長安を中心に何十もの郡や国をもつ大きな国です。けれども、滇も夜郎も、けわしい山にかこまれて漢との道が通じていなかったため、それぞれが「自分は一つの州の主だ」と思い、漢の広さを知らなかったのです。外を知らないと、自分の大きさも分からない、ということがよく分かる話です。

「夜郎自大」の原文・書き下し文・現代語訳

出典は、司馬遷の『史記』西南夷列伝(せいなんいれつでん)です。1文ずつ、返り点と送り仮名をつけた訓読文で読んでいきましょう。返り点の読み方は返り点(レ点・一二点・上下点)の読み方、書き下し文のきまりは書き下し文の書き方で説明しています(書き下し文は読み方の一例です)。

『史記』西南夷列伝の本文(維基文庫の本文。句読点を補ったもの)滇王與漢使者言曰:「漢孰與我大?」及夜郎侯亦然。以道不通故,各自以為一州主,不知漢廣大。使者還,因盛言滇大國,足事親附。

1文目:西南夷の中で、夜郎がいちばん大きかった

書き下し文西せい南なん夷いの君長什じふを以て数かぞふ、夜郎最も大なり。

(『史記』西南夷列伝の書き出し)

現代語訳西南の異民族の君長(王やかしら)は十を単位に数えるほど(数十も)いたが、その中で夜郎がいちばん大きかった。

ここがポイント列伝の最初の一文です。夜郎は、まわりの小さな国々の中ではいちばん大きな国でした。だからこそ「自分は大きい」と思いこんだ、と読むことができます。「什(じふ)」は「十」のことで、「十を単位に数えるほど多い」という意味です。

2文目:滇王の問い

書き下し文滇てん王漢の使者と言ひて曰はく、「漢は我われと孰いづれか大だいなる。」

(『史記』西南夷列伝)

現代語訳滇王は漢の使者と話をして言った。「漢と我が国とでは、どちらが大きいか。」

ここがポイント「与(と)」は「〜と」。「孰(いづ)れか」は「どちらが」と2つをくらべてたずねる言い方で、「A孰与B」の形は比較の句法(孰与・不如・莫如)で、「孰」の読み方は疑問の句法(何・誰・孰・何如)でくわしく説明しています。「漢と我と孰れか大なる」と読む本もあります。

3文目:夜郎侯も同じだった

書き下し文夜郎侯に及およぶまで亦また然しかり。

(『史記』西南夷列伝)

現代語訳夜郎侯にいたるまで、また同じように(漢と自分とどちらが大きいかを)たずねた。

ここがポイント「然(しか)り」は「そのようだ・同じだ」。前の文の「漢と我と孰れか大なる」をくり返さずに、「夜郎侯も同じことを言った」と短く言っています。「夜郎侯に及びても亦然り」と読む本もあります。

4文目:なぜそんなことをたずねたのか

書き下し文道みちの通つうぜざるを以もつての故ゆゑに、各自みづから以て一州の主と為し、漢の広大なるを知らず。

(『史記』西南夷列伝)

現代語訳道が通じていなかったために、それぞれが自分を一つの州の主だと思い、漢がどれほど広く大きいかを知らなかったのである。

ここがポイント「〜を以ての故に」は「〜という理由で」。「不知(知らず)」は否定の句法(不・無・非・莫・弗)の基本の形です。「為(な)す」は「〜と思う・〜とする」の意味で、「為」のいろいろな読み方は「為」の読み方と用法へ。この一文が「夜郎自大」の意味の中心です。
「夜郎自大」の原文で覚える句法孰与AとBと孰れかAとBとどちらが〜か比較・疑問亦然亦然り同じようにした「然」の読み以〜故〜を以ての故に〜という理由で理由不知〜を知らず〜を知らない否定
「夜郎自大」の原文で覚える句法4つ。とくに「孰」は、くらべてたずねる形として入試でよく問われます

話の続きと『漢書』の本文

原文はこのあと、「使者還り、因りて盛んに滇は大国にして、親附せしむるに足ると言ふ」(使者は帰ってきて、滇は大きな国で、漢に親しませ従わせる値うちがあると、さかんに言った)と続きます。使者は滇の国を笑うだけでなく、漢の味方にするとよい国だと武帝に知らせたのです。

同じ話は、班固の『漢書』西南夷両粤朝鮮伝にもあり、維基文庫の本文では「滇王與漢使言:『漢孰與我大?』及夜郎侯亦然,各自以一州王,不知漢廣大」となっています。『史記』とほぼ同じですが、「一州の主」が「一州の王」になっているなど、字が少しちがいます。

サクラちゃん

サクラちゃん

じゃあ、どうして「滇王自大」じゃなくて「夜郎自大」になったんですか?

ミスターT先生

ミスターT先生

いい質問だ。列伝の書き出しに「夜郎最も大なり」とあるように、夜郎は西南の国々の中でいちばん大きな国として知られていたから、という説明がよくされるね。ただ、「夜郎自大」という4字の形が、いつ・どの本から使われるようになったのかは、はっきりした資料が見つからなかった。ここは「諸説あり」と覚えておこう。

出典『史記』西南夷列伝と話の背景

『史記』は、前漢の司馬遷(しばせん)が書いた中国の歴史の本です。伝説の時代から、司馬遷が仕えた武帝の時代までを、王の記録(本紀)や人物の伝記(列伝)などに分けて書いています。西南夷列伝は、漢の西南(今の中国の四川省の南から、貴州省・雲南省のあたり)に住んでいた人々の国々について書いた巻です。

夜郎と滇はどこにあった?漢長安(都)蜀夜郎滇大夏(西)身毒(インド)※位置は大まかなもの。点線は張騫が考えた道
夜郎と滇は、漢の蜀からさらに南西の山の多い土地にありました(位置は大まかなもの)

列伝によると、このあたりには数十もの君長がいて、その中で夜郎がいちばん大きく、その西では滇がいちばん大きかったと書かれています。人々は髪を椎(つち)の形に結い、田を耕し、村や町をつくって暮らしていました。滇の王は、戦国時代に楚の将軍・荘蹻(そうきょう)が兵をひきいてこの地に来て、そのまま王になったのが始まりだと、列伝は伝えています。

話の前と後(『史記』西南夷列伝より)前135年唐蒙が夜郎侯の多同に会い、漢の役人を置く約束をする前122年張騫が大夏から帰り、身毒(インド)を通る道を話すその後道をさがす使者が滇に着く。滇王・夜郎侯が「漢と我と孰れか大なる」前111年南越がほろび、夜郎侯が漢に入朝。夜郎王とされる前109年滇王が降伏。益州郡が置かれ、滇王に王の印
夜郎自大の話の前後。夜郎も滇も、このあと漢に従うことになります

漢と夜郎のつながりは、この話より前から始まっていました。紀元前135年、唐蒙(とうもう)が南越(今の広東省のあたりの国)を攻める道をさがして夜郎に入り、夜郎侯の多同(たどう)に会って、漢の役人を置く約束をしています。その後、紀元前122年に張騫が大夏から帰り、身毒を通る道の話をしたことで、武帝はさらに西南へ使者を送りました。滇王と夜郎侯の「漢と我と孰れか大なる」は、このときの話です。

そのあと、紀元前111年に南越がほろびると、夜郎侯は漢の朝廷にあいさつに来て、夜郎王とされました。紀元前109年には滇王も降伏し、その地に益州郡が置かれて、滇王には王の印が与えられました。列伝は「西南夷の君長は百を以て数ふるも、独り夜郎・滇のみ王印を受く」(西南夷の君長は百もいたが、王の印を受けたのは夜郎と滇だけだった)と書いています。中国の雲南省の石寨山(せきさいざん)の古墓からは「滇王之印」と刻まれた金の印が見つかっていて、この記事と合うものとして知られています。

「漢と我と孰れか大なる」とたずねた二人の王は、決して小さすぎる国の王ではありませんでした。まわりの中ではいちばん大きかったからこそ、自分を大きく見てしまったのです。そこに、この言葉の教えがあります。なお、唐の詩人・李白が晩年に流されることになった土地も「夜郎」と呼ばれていますが、これは時代がずっとあとの地名です。

司馬遷は西南夷列伝の最後に何を書いたか

『史記』の各巻の最後には、「太史公曰く」として司馬遷自身の感想が書かれています。西南夷列伝の「太史公曰く」では、楚の子孫がまだ滇王として残っていることに目を向け、「漢が西南夷を討って多くの国がほろびたが、滇だけはふたたび漢にかわいがられる王になった」とまとめています。また、西南夷とのつながりの始まりが、南越で出された蜀の枸醤(くしょう、果実でつくった調味料)や、大夏で見つかった邛(きょう)の竹の杖だったことにもふれています。

つまり司馬遷は、滇王や夜郎侯を笑い話の主人公としてだけ書いたのではなく、小さな品物の行き来から、遠い国どうしのつながりが生まれていく歴史の一場面として書いたのです。「夜郎自大」という言葉は、その中の一つのやりとりが、のちに有名になったものだと言えます。

「夜郎自大」の使い方と例文・似た言葉

「夜郎自大」は、「夜郎自大だ」「夜郎自大な態度」「夜郎自大におちいる」のように使います。狭い世界しか知らないことと、それなのにいばっていることの2つがそろったときに使うのがポイントです。

  • ○小さな町で一番になって満足していては、夜郎自大になってしまう。(狭い世界での満足)
  • ○海外の研究を調べもせずに「世界初」と言うのは夜郎自大だ。(外を知らずに自分を大きく言う)
  • ○あのチームは夜郎自大な態度で、練習試合の相手を見くびっていた。(えらぶった態度)
  • ○自分の国だけを見て夜郎自大におちいらないよう、外国のニュースにもふれたい。(いましめ)
  • ×全国大会で何度も優勝している強いチームを夜郎自大とほめた。(ほめ言葉ではない。広い世界で実力があるなら使わない)
  • ×強い兄の名前を出していばる弟は夜郎自大だ。(人の力を借りていばるのは「虎の威を借る狐」)
夜郎自大似た言葉井の中の蛙お山の大将唯我独尊傲岸不遜自画自賛反対の言葉謙虚実るほど頭を垂れる稲穂かな
似た言葉・反対の言葉。「井の中の蛙」がいちばん近い言葉です

似た言葉

  • 井の中の蛙(大海を知らず):狭い世界にいて、広い世界を知らないこと。「知らない」ことに重心があり、「夜郎自大」はそれなのにいばることまでふくみます。
  • お山の大将:小さな集団の中でいばっている人。意味がとても近い、ふだんの言い方です。
  • 唯我独尊(ゆいがどくそん):自分だけがすぐれていると思いこむこと。もとは仏教の言葉です。
  • 傲岸不遜(ごうがんふそん):えらそうにして、へりくだらないこと。
  • 自画自賛(じがじさん):自分で自分をほめること。

文の中での形と、英語での言い方

「夜郎自大」は名詞として使うほか、「夜郎自大な(人・態度・考え)」「夜郎自大になる・におちいる」「夜郎自大のそしり(悪口)を受ける」のような形でよく使います。新聞や評論では、国や組織、業界などの集団の思い上がりを言うことも多い言葉です。英語では、ぴったり同じ言い方はありませんが、「a big fish in a small pond(小さな池の大きな魚)」がよく似た意味の表現として知られています。

反対の言葉・いましめの言葉

  • 謙虚(けんきょ):ひかえめで、すなおに人から学ぶこと。
  • 実るほど頭(こうべ)を垂れる稲穂かな:力のある人ほど、えらぶらないというたとえ。
  • 上には上がある:自分よりすぐれた人は、いくらでもいるということ。

同じ「外を知らない」話でも、蝸牛角上の争いは「広い宇宙から見れば、国どうしの争いもかたつむりの角の上の争いのように小さい」というたとえで、燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんやは「小さな者には大きな者の考えが分からない」という意味です。くらべて覚えると、それぞれのちがいがはっきりします。

「夜郎自大」のよくあるまちがい

「夜郎」と「野郎」はまったく別夜郎国の名前(やろう)昔の中国の西南の国○ 夜郎自大野郎男を乱暴に言う語国の名前ではない× 野郎自大「夜(よる)」の字で書きます
「夜郎」は国の名前。「野郎」と書くのはまちがいです
  • 「野郎自大」と書く:「夜郎」は国の名前で、「夜(よる)」の字を書きます。「野郎」は男の人を乱暴に言う言葉で、まったく関係がありません。字は「夜」の読み方・書き順・部首、「郎」の読み方・書き順・部首で確かめましょう。「野」の読み方・書き順・部首とは別の字です。
  • 「夜郎の王が最初にたずねた」と思う:原文では、最初にたずねたのは滇王で、夜郎侯も同じことをたずねた、と書かれています。言葉の名前に引っぱられないように注意しましょう。
  • 「夜郎はとても小さな国」と思う:夜郎は、まわりの国々の中ではいちばん大きな国でした。漢とくらべれば小さい、というのがポイントです。
  • 「自大」を「じたい」と読む:「自大」はじだいと濁って読みます。「自体」とは別の言葉です。
  • ほめ言葉として使う:「自信がある」「堂々としている」というよい意味ではありません。批判やいましめの言葉です。
うかるくん

うかるくん

「井の中の蛙」と「夜郎自大」、どっちを使えばいいか迷います…。

ミスターT先生

ミスターT先生

「知らない」だけなら井の中の蛙、「知らないのに、いばる」なら夜郎自大、と分けるといい。滇王も夜郎侯も、漢の広さを知らないうえに「どちらが大きいか」と胸をはった。だから「自大」なんだ。

入試ではこう出る

「夜郎自大」は、おもに大学受験で、四字熟語・故事成語の知識や漢文の読解として出てきます。

  • 四字熟語の問題:「夜郎自大」の意味を選ぶ問題、「やろうじだい」を漢字で書く問題、空らんに「夜郎」を入れる問題。似た意味の「井の中の蛙」と結びつける問題もよく見られます。
  • 漢文の問題:「漢孰与我大」の書き下し文と現代語訳、「孰」の読み(いづれか)と意味、「亦然」が何を指すかを問う問題。比較・疑問の形として比較の句法の知識が役に立ちます。
  • 評論文の中で:「自国中心の夜郎自大な考え方」のように、国や組織の思い上がりを批判する文脈で使われます。言葉の意味を知っていると、筆者の立場がつかみやすくなります。共通テストの漢文の出方は共通テストの漢文(配点・時間配分)へ。
ひらめいたサクラちゃん

サクラちゃん

「亦然」の内容を答える問題は、前の文の「漢と我と孰れか大なる」をそのまま説明すればいいんですね!「夜郎侯も、漢と自分の国とどちらが大きいかとたずねた」と書きます。

練習問題

やさしい

  1. 「夜郎自大」の意味として正しいものを選びましょう。
    ア 夜おそくまで働くこと イ 自分の力を知らずにいばること ウ 大きな国に仕えること エ 人の力を借りていばること
    答えと解説を見るイ。狭い世界しか知らずに、自分を大きく見ていばることです。エは「虎の威を借る狐」の意味です。
  2. 「やろうじだい」を漢字で書きましょう。また、「やろう」は何の名前ですか。
    答えと解説を見る夜郎自大。「夜郎」は、漢の時代に中国の西南にあった国の名前です。「野郎」と書くのはまちがいです。

ふつう

  1. 「漢孰与我大」を書き下し文に直し、現代語訳しましょう。
    答えと解説を見る漢は我と孰れか大なる。(漢と我と孰れか大なる。)訳は「漢と我が国とでは、どちらが大きいか」。「孰」は「いづれ」と読み、2つをくらべてたずねる字です。
  2. 原文で、最初に「漢と我と孰れか大なる」とたずねたのはだれですか。また、ほかにだれが同じことをたずねましたか。
    答えと解説を見る最初にたずねたのは滇王で、夜郎侯も同じことをたずねました(「夜郎侯に及ぶまで亦然り」)。

むずかしい

  1. 原文によると、滇王や夜郎侯が漢の大きさを知らなかったのはなぜですか。原文の言葉を使って説明しましょう。
    答えと解説を見る「道の通ぜざるを以ての故に」とあるように、漢との道が通じていなかったため、それぞれが自分を一つの州の主だと思い、漢の広大さを知らなかったからです。

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よくある質問

夜郎自大の意味を簡単に言うと何ですか?

自分の力の大きさを知らずに、狭い世界の中でいばっていることです。外の広い世界を知らないのに「自分がいちばん」と思いこむ人や集団を批判するときに使います。

夜郎自大の「夜郎」とは何ですか?

漢の時代に、中国の西南(今の貴州省のあたり)にあった国の名前です。まわりの国々の中ではいちばん大きな国でした。「野郎」とは関係がありません。

夜郎自大の由来となった話はどんな話ですか?

『史記』西南夷列伝にある話です。漢の武帝の使者に、滇王が「漢と我が国とどちらが大きいか」とたずね、夜郎侯も同じことをたずねました。道が通じていなかったので、漢の広さを知らなかったのです。

「漢孰与我大」の書き下し文は何ですか?

「漢は我と孰れか大なる」(漢と我と孰れか大なる)と読み、「漢と我が国とでは、どちらが大きいか」という意味です。「孰」は「いづれ」と読み、2つをくらべてたずねる字です。

夜郎自大に似た言葉は何ですか?

井の中の蛙、お山の大将、唯我独尊などです。井の中の蛙は「狭い世界しか知らない」こと、夜郎自大は「それなのにいばる」ことまでふくむ点がちがいます。

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出典・参考

  • 原文:『史記』西南夷列伝(維基文庫の本文で確認)、『漢書』西南夷両粤朝鮮伝(維基文庫の本文で確認)
  • 書き下し文・現代語訳:合格大作戦(読み方の一例)
  • 「夜郎自大」の4字の形の出どころ:はっきりした資料が見つからなかった(諸説あり)
  • お話の絵・図:合格大作戦

最終更新:2026年10月29日/作成:大学受験合格大作戦