傍若無人(ぼうじゃくぶじん)の意味と由来|史記の原文・書き下し文・現代語訳とイラストで読むお話【故事成語】

傍若無人(ぼうじゃくぶじん)の意味と由来|史記の原文・書き下し文・現代語訳とイラストで読むお話【故事成語】

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傍若無人ぼうじゃくぶじん

ひとことで言うと

人目を気にせず、勝手気ままにふるまうこと。荊軻が友と市場で酒を飲み、歌い、泣いて、まるでそばに人がいないかのようだった、という『史記』の話から。

読み方ぼうじゃくぶじん(傍らに人無きが若し)
意味人目を気にせず、勝手気ままにふるまうこと。まわりの人のことを考えない、遠慮のない態度。
出典『史記』刺客列伝・荊軻(原文は「旁若無人」)
お話燕の市場で、荊軻が高漸離たちと酒を飲み、高漸離の筑に合わせて歌い、やがて二人で泣いて、まるでそばに人がいないかのようだった。荊軻はのちに秦の王(始皇帝)をねらった刺客
似た言葉傲岸不遜・唯我独尊・厚顔無恥・勝手気まま
反対の言葉品行方正・遠慮深い・礼儀正しい
漢文の句法比況(若)・置き字(而・於)・逆接(雖)

このページのポイント

  • 「傍若無人」は人目を気にせず勝手気ままにふるまうこと。読みは「ぼうじゃくぶじん」です
  • 出典は『史記』刺客列伝。荊軻が友と酒を飲み、歌い、泣いて、そばに人がいないかのようだった話を、4こまのイラストで読めます
  • 原文の「旁若無人者」は上下点・一二点・比況の「若」がそろった、訓読の練習にぴったりの文です

「傍若無人」の意味と読み方

「傍若無人」はぼうじゃくぶじんと読みます。意味は「人目を気にせず、勝手気ままにふるまうこと」「まわりの人のことを考えず、遠慮のない態度をとること」です。

漢文として読むと「傍(かたわ)らに人無きが若(ごと)し」となります。「傍ら」は「そば」、「若し」は「〜のようだ」。つまり「そばに人がいないかのように」ふるまう、という意味です。人がいるのに、まるでいないかのように、大声を出したり、好き勝手なことをしたりする様子を表します。

「傍若無人」を漢文として読むと傍1かたわらに若4ごとし無3なきが人2ひと傍らに人無きが若し=そばに人がいないかのようにふるまう
「傍若無人」は下から返って読む言葉。「傍らに人無きが若し」となります
うかるくん

うかるくん

「傍若無人」って、電車でさわいでいる人とかに使う言葉ですよね。これも故事成語なんですか?

ミスターT先生

ミスターT先生

そうなんだ。出典は司馬遷の『史記』。のちに秦の始皇帝をねらったことで知られる荊軻(けいか)という人物が、友だちと市場で酒を飲み、歌い、泣いて、まるでそばに人がいないかのようだった、という場面から生まれた言葉なんだよ。

ふだんの言い方では、次のように使います。ほとんどの場合、相手を批判する悪い意味で使います。

  • ○電車の中で大声でさわぐ、傍若無人なふるまいに、まわりの人はまゆをひそめた。
  • ○彼の傍若無人な態度には、クラスのみんながあきれている。
  • ○観光地で傍若無人にふるまう一部の人が、問題になっている。
もとの話と、今の意味もとの話(『史記』荊軻)酒を飲む → 筑と歌 → 二人で泣くまわりの人はまったく目に入らない二人だけの世界に入りこんだ様子今の意味人目を気にせず、勝手気ままにふるまうまわりの迷惑を考えないほとんどの場合、悪い意味で使う
もとの話は「二人だけの世界」。今は「まわりを考えない勝手なふるまい」という悪い意味で使います

絵で読む「傍若無人」のお話

話の流れを4つの場面で見てみましょう。主人公は荊軻(けいか)、その友だちが筑(ちく)という楽器の名人高漸離(こうぜんり)です。「筑」は、琴に似た細長い楽器を、竹の棒で打って鳴らす楽器です。

絵で読む「傍若無人」のお話(4こま)

1燕の市で酒を飲むさあ、今日も飲もうではないか!荊軻高漸離狗屠
1燕の国の市場。酒が大好きな荊軻は、犬の肉屋(狗屠)や筑の名人・高漸離と、毎日いっしょに酒を飲んでいました。
2筑を撃ち、歌うジャーン♪荊軻(歌う)高漸離(筑を撃つ)
2酒がまわると、高漸離が筑を打ち鳴らし、荊軻はそれに合わせて、市場のまん中で歌いました。
3旁らに人無きがごとしな、なんだ?旁らに人無き者のごとし荊軻高漸離
3やがて二人は泣き出します。まわりの人がおどろいても気にしない、まるでそばに人がいないかのような様子でした。
4易水のほとりで風は蕭蕭として易水寒し壮士一たび去って復た還らず白い衣の見送り易水
4のちに荊軻は秦の王をねらって旅立ちます。易水のほとりで、高漸離の筑に合わせて別れの歌を歌いました。

3こま目までが「傍若無人」のもとになった場面です。酒を飲み、音楽を楽しみ、やがて泣き出す。まわりの人の目はまったく気にしていません。ここだけを見ると、ただの酔っぱらいのようですが、荊軻はただの乱暴者ではありませんでした。

人差し指を立てて説明するミスターT先生

ミスターT先生

『史記』は、この場面のすぐあとに、荊軻は酒飲み仲間とつきあってはいたが、人柄は落ち着いて思慮深く、書物を好んだ、と書いている。だから「傍若無人」の場面も、世の中に受け入れられない思いを、酒と歌と涙で表したと読むこともできるんだ。

4こま目は、それからのちの、荊軻の旅立ちの場面です。燕の太子丹(たいしたん)にたのまれた荊軻は、秦の王・政(せい)、のちの始皇帝をねらうことになります。易水(えきすい)のほとりでは、高漸離がふたたび筑を打ち、荊軻が歌いました。

「傍若無人」の原文・書き下し文・現代語訳

出典は『史記』の刺客列伝(しかくれつでん)の荊軻の部分です。1文ずつ、返り点と送り仮名をつけた訓読文で読んでいきましょう。書き下し文は代表的な読み方の一例です。返り点の読み方は返り点(レ点・一二点・上下点)の読み方、書き下し文のきまりは書き下し文の書き方へ。

『史記』刺客列伝の本文(句読点を補ったもの。字は日本の字体に直しています)荊軻者、衛人也。……荊軻既至燕、愛燕之狗屠及善撃筑者高漸離。荊軻嗜酒、日与狗屠及高漸離飲於燕市。酒酣以往、高漸離撃筑、荊軻和而歌於市中、相楽也。已而相泣、旁若無人者。荊軻雖游於酒人乎、然其為人沈深好書。

1文目:荊軻という人

書き下し文荊けい軻かは、衛えい人ひとなり。

(『史記』刺客列伝)

現代語訳荊軻は、衛の国の人である。

ここがポイント「者(は)」は主語を示す字で、書き下し文ではひらがなにします。続く文には、荊軻の先祖は斉の人で、衛では「慶卿」、燕では「荊卿」と呼ばれたとあります。荊軻は読書と剣術を好んだとも書かれています。

2文目:毎日、燕の市で酒を飲む

書き下し文荊けい軻か酒さけを嗜たしなみ、日ひに狗く屠と及および高こう漸ぜん離りと燕えん市しに飲のむ。

(『史記』刺客列伝)

現代語訳荊軻は酒が好きで、毎日、犬の肉屋や高漸離と、燕の市場で酒を飲んだ。

ここがポイント「嗜(たしな)む」は「好む」。「日に」は「毎日」。「与(と)」は「〜と(いっしょに)」で、書き下し文ではひらがなにします。「於」は「燕市に」の「に」にあたる置き字です。「狗屠(くと)」は犬を殺してその肉を売る人で、当時はそうした仕事がありました。

3文目:筑を撃ち、歌う

書き下し文酒さけ酣たけなはにして以い往おう、高こう漸ぜん離り筑ちくを撃うち、荊けい軻か和わして市し中ちゅうに歌うたひ、相あひ楽たのしむなり。

(『史記』刺客列伝)

現代語訳酒が十分にまわってからは、高漸離が筑を打ち鳴らし、荊軻がそれに合わせて市場の中で歌い、二人で楽しんだ。

ここがポイント「酣(たけなわ)」は、酒の席がいちばんもり上がった時。今でも「宴もたけなわ」と言います。「以往(いおう)」は「それから後」。「和(わ)す」は「声を合わせる」。「而」「於」はどちらも読まない置き字です。

4文目:二人で泣く(決めぜりふ)

書き下し文已すでにして相あひ泣なき、旁かたはらに人ひと無なき者もののごとし。

(『史記』刺客列伝)

現代語訳やがて二人は泣き出し、その様子は、まるでそばに人がいないかのようであった。

ここがポイントここが「傍若無人」のもとの文です。原文は「旁」の字で、今は「傍」と書きます。どちらも「かたわら」という意味です。「若(ごと)し」は「〜のようだ」という比況の句法。一二点の外側に上下点がつく形なので、返り点の練習にもなります。「已にして」は「やがて・まもなく」。

話の続き:荊軻の人柄

書き下し文荊けい軻か酒しゅ人じんに游あそぶと雖いへども、然しかれども其その為人ひととなり沈ちん深しんにして書しょを好このむ。

(『史記』刺客列伝)

現代語訳荊軻は酒飲みたちとつきあってはいたが、その人柄は落ち着いて思慮深く、書物を好んだ。

ここがポイント「雖(いへど)も」は「〜ではあるが」という逆接の句法。「為人(ひととなり)」は2字で「人柄」と読む読み方に注意する漢文の言葉の代表です。「乎」はここでは読まない字として扱っています。
「傍若無人」の原文で覚える句法4つ若〜〜ごとし〜のようだ比況与A及BA及びBとAやBといっしょに与・及而・於読まない字置き字置き字兮読まない字歌の調子をととのえる置き字
「傍若無人」の原文で覚える句法。比況の「若」と、置き字がポイントです

易水の別れの歌

荊軻が秦へ旅立つとき、太子丹とそのことを知る人々は、みな白い衣と冠(死者を送るときの服装)で、易水のほとりまで見送りました。高漸離が筑を打ち、荊軻はそれに合わせて歌います。

易水の歌(『史記』刺客列伝)風蕭蕭兮易水寒 壮士一去兮不復還

書き下し文は「風は蕭蕭(しょうしょう)として易水寒し、壮士一たび去って復た還らず」。意味は「風がもの寂しく吹いて、易水の水は冷たい。勇ましい男は、一度去ったら、もう二度と帰ってはこない」です。「兮(けい)」は歌の調子をととのえる字で、読みません。この歌は、四面楚歌の項羽の歌(垓下の歌)と並んで、『史記』の中の有名な歌として知られています。漢詩の基本は漢詩のきまり(絶句・律詩・押韻)へ。

サクラちゃん

サクラちゃん

荊軻は、そのあと秦の王をたおせたんですか?

ミスターT先生

ミスターT先生

いや、失敗したんだ。荊軻は、秦の王にささげる地図の巻物の中に短剣をかくしていた。地図を広げきったところで短剣が現れる、これが「図窮まりて匕首(ひしゅ)見(あら)はる」という有名な場面だ。でも秦の王は柱のまわりを逃げ回って助かり、荊軻はその場で命を落とした。紀元前227年のこととされている。秦の王はその後、中国を統一して始皇帝になったんだよ。

出典『史記』と話の背景

出典の『史記』は、前漢の司馬遷(しばせん)が書いた歴史書です。その「列伝」の一つ刺客列伝には、主君や恩人のために命がけで敵をねらった5人の刺客(暗殺者)の話がまとめられています。荊軻はその最後に登場し、いちばん長く書かれている人物です。

石に彫られた古い絵を写し取った拓本。左に両手を上げた荊軻、まん中に短剣のささった柱、右に玉を持って逃げる秦の王と家来たちが黒く浮かび上がっている
荊軻が秦の王をねらう場面を石に彫った絵の拓本(3世紀ごろのものとされます)。左が荊軻、右が秦の王です。まん中の柱には、荊軻が投げた短剣がささっています。画像:「Assassination attempt on Qin Shi Huang」(石刻画の拓本、3世紀ごろ、Wikimedia Commons・パブリックドメイン)

荊軻は衛(えい)の国の人で、読書と剣術を好み、各地を旅して、すぐれた人物と交わりました。燕の国に来てからは、犬の肉屋や高漸離と、毎日のように市場で酒を飲んでいました。燕の隠者・田光(でんこう)は、荊軻がただ者ではないと見ぬいて、大切にしていたといいます。

荊軻の生涯(『史記』刺客列伝)衛の国読書と剣術を好む。のちに燕へ燕の市高漸離・狗屠と酒、「傍若無人」太子丹のたのみ秦の王(のちの始皇帝)をねらう易水のほとり白い衣の人々に見送られ、歌う秦の宮殿地図の中の短剣。暗殺は失敗
燕の市で「傍若無人」にふるまった荊軻は、のちに秦の王をねらう刺客となりました

「筑」という楽器

高漸離が打ち鳴らした筑(ちく)は、細長い木の胴に何本かの弦を張り、左手で弦をおさえ、右手に持った竹の棒で弦を打って音を出す楽器だったと考えられています。琴のように指ではじくのではなく、打って鳴らすのが特ちょうです。今ではほとんど演奏されなくなった、昔の楽器です。

「筑」の字は竹かんむりの字です。日本の地名の「筑前・筑後(今の福岡県)」や「筑波(茨城県)」にもこの字が使われています。荊軻の話では、筑は友情と別れを表す楽器として、市場の場面と易水の場面の両方に出てきます。

太子丹のたのみ

そのころ、西の秦は、ほかの国々を次々にほろぼし、天下統一に近づいていました。燕の太子丹は、かつて秦で人質になっていたとき、秦の王・政に冷たくあつかわれ、逃げ帰ってきた人です。秦への強いうらみと、燕がほろぼされるおそれから、太子丹は田光を通じて荊軻に、秦の王をねらってほしいとたのみました。

刺客列伝には、ほかにも有名な言葉があります。晋の豫譲(よじょう)という刺客の話にある「士は己を知る者の為に死す」(りっぱな男は、自分を本当に理解してくれる人のために命をささげる)は、その代表です。自分を認めてくれた人のために命をかけるという生き方が、刺客列伝に共通するテーマです。

のちに高漸離も、筑の名人として秦の始皇帝に近づき、筑の中に鉛を入れて王をねらったが失敗した、と『史記』は伝えています。荊軻と高漸離の友情は、最後まで変わらなかったのです。

同じ『史記』から生まれた故事成語には、項羽と劉邦の四面楚歌、韓信をほめた国士無双、陳勝の燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや、殷の紂王の酒池肉林などがあります。

「傍若無人」の使い方と例文・似た言葉

「傍若無人」は、「傍若無人な態度」「傍若無人なふるまい」「傍若無人にふるまう」のように、人の態度や行動について使います。まわりに人がいるのに、まったく気にかけないところがポイントです。

  • ○図書館で大声で電話をするとは、傍若無人にもほどがある。
  • ○試合に勝って傍若無人にさわぐ一部のファンに、注意が呼びかけられた。
  • ○小説の主人公は、傍若無人に見えて、実は仲間思いの人物だった。
  • ○あの選手の傍若無人なまでの自信あふれるプレーが、観客をわかせた。(「遠慮のなさ」を強さとして言う使い方)
  • ×だれもいない部屋で、傍若無人に本を読んだ。(人がいない場面では使わない)
  • ×彼はいつも傍若無人で、まわりへの気配りがこまやかだ。(意味が反対)
傍若無人似た言葉傲岸不遜唯我独尊厚顔無恥勝手気ままわがまま放題反対の言葉品行方正遠慮深い礼儀正しい
似た言葉と反対の言葉。どれも人の態度を表す言葉です

似た言葉

  • 傲岸不遜(ごうがんふそん):おごりたかぶって、人を見下すこと。「傍若無人」がまわりを気にしないのに対し、「傲岸不遜」は人を見下すところに重点があります。
  • 唯我独尊(ゆいがどくそん):自分だけがえらいと思いこむこと。
  • 厚顔無恥(こうがんむち):あつかましく、はじ知らずなこと。
  • 勝手気まま・わがまま放題:自分の思うままにふるまうこと。

反対の言葉

  • 品行方正(ひんこうほうせい):行いがきちんとしていて正しいこと。
  • 遠慮深い・礼儀正しい:まわりの人に気をつかい、ひかえめにふるまうこと。

「我が物顔」「傍若無人」「無礼」のちがい

似た言い方に「我が物顔(わがものがお)」があります。これは、自分のものでもないのに、自分のもののようにえらそうにふるまうことです。「傍若無人」は、それよりも広く、まわりの人の存在そのものを気にかけない態度に使います。また「無礼(ぶれい)」は、礼儀に欠けることで、相手に対する失礼さに重点があります。作文では、「公園を我が物顔で使う」「電車での傍若無人なふるまい」「目上の人への無礼な言葉」のように、場面に合わせて選ぶと、文がぐっと正確になります。

四字熟語の一覧では、「傍若無人」は傍若無人(四字熟語の一覧)として、人の性質を表す四字熟語といっしょに並べています。

「傍若無人」のよくあるまちがい

「無人」は「ぶじん」と読む無=ぶ傍若無人(ぶじん)無事・無礼無精・無骨無=む無理・無料無人島(むじんとう)無口・無害○ ぼうじゃくぶじん× ぼうじゃくむじん
「無人」は「ぶじん」。「無人島(むじんとう)」とまちがえやすいので注意
  • 「ぼうじゃくむじん」と読む:いちばん多いまちがいです。正しくは「ぼうじゃくぶじん」。「無」を「ぶ」と読む言葉には、無事(ぶじ)・無礼(ぶれい)・無精(ぶしょう)などがあります。「無人島(むじんとう)」に引っぱられないようにしましょう。字は「無」の読み方・書き順・部首・「傍」の読み方・書き順・部首で確かめられます。
  • 「傍弱無人」「暴若無人」と書く:「若」は「〜のようだ」の「若(ごと)し」です。「弱い」の「弱」や、乱暴の「暴」ではありません。「若」の読み方・書き順・部首のページも見てみましょう。
  • 「まわりに人がだれもいないこと」と思う:「無人」だけを見ると「人がいない」ですが、「傍若無人」は人がいるのに、いないかのようにふるまうことです。
  • 原文も「傍」だと思う:『史記』の原文は「旁」の字です。今の日本語では「傍」と書きます。
  • ほめ言葉として使う:基本は悪い意味です。人の態度をほめるつもりで「傍若無人ですね」と言うと、失礼になります。
うかるくん

うかるくん

「若」が「ごとし」って、なんだかふしぎです。「わかい」じゃないんですね。

ミスターT先生

ミスターT先生

漢文では「若」は「ごとし(〜のようだ)」や「もし(もしも)」「なんぢ(おまえ)」と読むことが多いんだ。「傍若無人」は「ごとし」の代表例。「如」も同じく「ごとし」と読むから、比況の句法(如・若・猶)でまとめて覚えておこう。

入試ではこう出る

「傍若無人」は、中学受験から大学受験まで出てくる、よく知られた四字の故事成語です。

  • 中学受験:読み方(「ぼうじゃくぶじん」)、漢字の書き取り、意味を選ぶ問題、□に漢字を入れる問題(傍□無□)。物語文で登場人物の態度を表す言葉として出てくることもあります。
  • 高校受験:「傍らに人無きが若し」と返り点の関係、似た意味の四字熟語を選ぶ問題。高校受験の漢文は高校受験の漢文(返り点・書き下し文の対策)へ。
  • 大学受験:『史記』刺客列伝の原文で、「旁若無人者」の訓読(上下点・一二点)や「若」の読み、「為人(ひととなり)」の読みが問われることがあります。易水の歌の「兮」も要注意です。共通テストの漢文は共通テストの漢文(配点・時間配分)へ。
ひらめいたサクラちゃん

サクラちゃん

「傍若無人」は「傍らに人無きが若し」。下から返って読む言葉なんですね!読みは「ぶじん」、ここも忘れないようにします。

練習問題

やさしい

  1. 「傍若無人」の読み方として正しいものを選びましょう。
    ア ぼうじゃくむじん イ ぼうじゃくぶじん ウ そばわかなしびと エ ぼうにゃくむにん
    答えと解説を見るイ。「無人」は「ぶじん」と読みます。
  2. 「傍若無人」の意味を、かんたんに説明しましょう。
    答えと解説を見る人目を気にせず、勝手気ままにふるまうこと。そばに人がいないかのようにふるまう、という意味です。

ふつう

  1. 「傍若無人」を、漢文の読み方で書き下しましょう。
    答えと解説を見る傍らに人無きが若し(原文の形では「旁らに人無き者のごとし」)。「若」は「〜のようだ」という意味の「ごとし」です。
  2. 「傍若無人」のもとになった話で、荊軻と高漸離は市場で何をしていましたか。
    答えと解説を見る酒を飲み、高漸離が筑を打ち、荊軻が合わせて歌い、やがて二人で泣いた。その様子が、まるでそばに人がいないかのようでした。

むずかしい

  1. 「荊軻雖游於酒人乎、然其為人沈深好書」の「為人」の読み方と、文全体の現代語訳を答えましょう。
    答えと解説を見る「為人」はひととなり(人柄)。訳は「荊軻は酒飲みたちとつきあってはいたが、その人柄は落ち着いて思慮深く、書物を好んだ」。
  2. もとの話での「旁若無人」と、今の「傍若無人」の使われ方のちがいを説明しましょう。
    答えと解説を見るもとの話では、荊軻と高漸離が二人だけの世界に入りこんで、まわりを気にしない様子を表していた。今は、人目を気にせず勝手気ままにふるまうこととして、ほとんどの場合、悪い意味で使われる。

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よくある質問

傍若無人の意味を簡単に言うと何ですか?

人目を気にせず、勝手気ままにふるまうことです。まわりに人がいるのに、まるでいないかのように、遠慮のない態度をとることを表します。

傍若無人の読み方は「むじん」ですか「ぶじん」ですか?

「ぼうじゃくぶじん」と読みます。「無」を「ぶ」と読むのは、無事(ぶじ)・無礼(ぶれい)と同じです。「ぼうじゃくむじん」はまちがいです。

傍若無人の由来となった話はどんな話ですか?

『史記』刺客列伝の荊軻の話です。荊軻は燕の市場で、筑の名人・高漸離たちと酒を飲み、筑に合わせて歌い、やがて二人で泣いて、まるでそばに人がいないかのようだったと書かれています。

傍若無人を漢文で読むとどうなりますか?

「傍らに人無きが若し」と読みます。「若し(ごとし)」は「〜のようだ」という意味で、「そばに人がいないかのようだ」となります。『史記』の原文は「旁若無人者」で、「旁らに人無き者のごとし」と読みます。

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出典・参考

  • 原文:『史記』刺客列伝(維基文庫の本文で確認。字は日本の字体に直し、句読点を補ったもの)
  • 書き下し文・現代語訳:合格大作戦(代表的な読み方をもとにした一例)
  • 写真:Wikimedia Commons(パブリックドメイン)
  • お話の絵・図:合格大作戦

最終更新:2026年10月29日/作成:大学受験合格大作戦