先んずれば人を制すの意味と由来|史記 項羽本紀の原文・書き下し文・現代語訳とイラストで読むお話【故事成語】

先んずれば人を制すの意味と由来|史記 項羽本紀の原文・書き下し文・現代語訳とイラストで読むお話【故事成語】

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先んずれば人を制すさきんずればひとをせいす

ひとことで言うと

人より先に行動すれば、有利な立場に立てるということ。秦の終わり、会稽の長官が項梁に挙兵を持ちかけたときの言葉から。

読み方さきんずればひとをせいす
意味人より先に行動すれば、有利な立場に立って相手をおさえることができる。
出典『史記』項羽本紀(「先即制人,後則為人所制」)。『漢書』陳勝項籍伝では項梁の言葉「先發制人,後發制於人」
お話会稽の長官・通が「先んずれば人を制す」と項梁に挙兵を持ちかけたが、先に動いたのは項梁と籍(項羽)で、通は討たれた
似た言葉先手必勝・機先を制する・巧遅拙速
反対の言葉急いては事を仕損じる・急がば回れ
漢文の句法受身(為A所B)・使役(使)・即・則(すなはち)

このページのポイント

  • 「先んずれば人を制す」は人より先に行動すれば有利な立場に立てるという意味。後半は「後るれば人に制せらる」です
  • 出典は『史記』項羽本紀。言った長官の通が、先に動いた項梁と項羽に先を越される皮肉な話を、4こまのイラストで読めます
  • 原文の「人の制する所と為る」は受身の「為A所B」。『漢書』では言った人も字もちがいます

「先んずれば人を制す」の意味と読み方

「先んずれば人を制す」はさきんずればひとをせいすと読みます。意味は「人より先に行動すれば、有利な立場に立って、相手をおさえることができる」ということです。何かをするなら、ぐずぐずせずに先手を取るのが大事だという教えです。

「先んず(さきんず)」は「先にする・人より先に行う」という昔の言い方で、「先んずれば」は「先にすれば」。「制す」は「おさえる・思いどおりに動かす」という意味です。続きの「後(おく)るれば人に制せらる(後れれば、相手におさえられる)」とセットで覚えると、意味がはっきりします。

先に動くか、後れるか先んずれば自分の思うように進められる人を制す後るれば相手の思うように動かされる人に制せらる先に動く…後れて動く人より先に行動すれば有利な立場に立てる
先に動けば自分のペース。後れると相手のペースで動かされます
うかるくん

うかるくん

「先んずれば人を制す」って、テストは早く始めた人の勝ち、みたいなことですか?

ミスターT先生

ミスターT先生

うん、だいたいそういう意味だ。この言葉は『史記』の、あの項羽(こうう)が兵を挙げる場面に出てくるんだ。しかも、この言葉を言った本人が、先を越されてしまうという、ちょっと皮肉な話なんだよ。

ふだんの言い方では、たとえば次のように使います。

  • ○先んずれば人を制すで、夏休みのうちに受験勉強を始めた。
  • ○新しい市場は、先んずれば人を制すだ。他社より早く商品を出そう。
  • ○試合開始直後の速攻は、まさに先んずれば人を制すの作戦だ。

絵で読む「先んずれば人を制す」のお話

今からおよそ2200年前、中国を初めて統一した秦(しん)の始皇帝がなくなり、その子の二世皇帝の時代になると、各地で反乱が起こり始めました。そのころ、のちに「四面楚歌」の主人公になる項羽(こうう)は、おじの項梁(こうりょう)といっしょに、呉(ご)の地(今の蘇州のあたり)に身をかくしていました。項羽の本名は籍(せき)で、「羽」は字(あざな)です。

絵で読む「先んずれば人を制す」のお話(4こま)

1会稽守が持ちかける先んずれば即ち人を制し後るれば則ち人の制する所と為る会稽守 通項梁
1秦の終わりごろ、会稽郡の長官・通が、項梁に「先んずれば人を制し、後るれば人に制せられる。わたしも兵を挙げたい」と持ちかけます。
2籍を外に待たせる門の外剣を持って外で待っておれ項梁籍(項羽)
2項梁は「桓楚の居場所はおいの籍だけが知っている」と言って外に出て、籍に剣を持って門の外で待つよう言いつけました。
3目くばせの合図可行矣!(やれ!)項梁籍通
3籍が呼び入れられると、項梁は目くばせして「やれ」と合図。籍は剣を抜いて、長官の通を斬ってしまいます。
4兵八千を集める項楚先に動いた者が勝つ項梁籍精兵八千人
4項梁は長官の印綬を身につけて兵を挙げ、八千人の精兵を集めました。「先んずれば」と言った通が、先を越されたのです。

会稽郡(かいけいぐん)の長官である通(つう)は、「反乱が広がっている今こそ、先に動いたほうが勝つ」と考え、土地で信用のあった項梁と、桓楚(かんそ)という人を将軍にして、兵を挙げようとしました。言っていることは、まさに「先んずれば人を制す」です。

ところが、項梁と籍はその場で長官を討ち、自分たちが兵を挙げる側に回ってしまいます。項梁は長官の印綬(いんじゅ=役人のしるしのはんことひも)を身につけ、役所の者たちを従わせ、呉の地の兵を集めて、八千人の精兵を手に入れました。

人差し指を立てて説明するミスターT先生

ミスターT先生

「先んずれば人を制す」と言った通は、自分より先に動いた項梁たちに制されてしまった。言葉の正しさを、言った本人が身をもって示した形だね。このときの八千人が、のちに秦をたおす項羽の軍の中心になっていくんだ。

このとき籍(項羽)は24歳。『史記』には、籍は身長が八尺あまり、力は鼎(かなえ=重い青銅の器)を持ち上げるほどで、呉の若者たちもみなおそれていた、と書かれています。若いころ、始皇帝の行列を見て「彼取りて代はるべきなり(あいつに取って代わってやる)」と言い、おじの項梁があわてて口をふさいだという話も、同じ項羽本紀に出てきます。

「先んずれば人を制す」の原文・書き下し文・現代語訳

出典は『史記』項羽本紀(こううほんぎ)です。長官の通の言葉から、籍が剣を抜く場面までを、1文ずつ訓読文で読みます(書き下し文は読み方の一例です)。返り点の読み方は返り点(レ点・一二点・上下点)の読み方、書き下し文のきまりは書き下し文の書き方へ。

『史記』項羽本紀の本文(一部。句読点を補ったもの。維基文庫の本文による)秦二世元年七月,陳涉等起大澤中。其九月,會稽守通謂梁曰:「江西皆反,此亦天亡秦之時也。吾聞先即制人,後則為人所制。吾欲發兵,使公及桓楚將。」是時桓楚亡在澤中。梁曰:「桓楚亡,人莫知其處,獨籍知之耳。」……須臾,梁眴籍曰:「可行矣!」於是籍遂拔劍斬守頭。

1文目:今こそ秦がほろびる時

書き下し文江かう西せい皆みな反はんす、此これ亦また天てんの秦しんを亡ほろぼすの時ときなり。

(『史記』項羽本紀)

現代語訳長江の向こうの地方は、みな(秦に)そむいた。これはまた、天が秦をほろぼそうとしている時なのだ。

ここがポイント「江西」は長江の西(北)側の地方のこと。「之(の)」は「〜の」と読む助字で、書き下し文ではひらがなにします(「之」の読み方(の・これ・ゆく))。「天の秦を亡ぼす」の「の」は主語をしめす「の」で、「天が秦をほろぼす」と訳します。

2文目:「先んずれば人を制す」が出てくる文

書き下し文吾われ聞きく、先さきんずれば即すなはち人ひとを制せいし、後おくるれば則すなはち人ひとの制せいする所ところと為なると。

(『史記』項羽本紀)

現代語訳わたしはこう聞いている。人より先にすれば人をおさえることができ、後れれば人におさえられてしまう、と。

ここがポイント「為A所B(AのBする所と為る)」は「AにBされる」という受身の句法。「人の制する所と為る」で「人におさえられる」です。「即(すなは)ち」「則(すなは)ち」は「〜すれば、そのときは」と条件と結果をつなぐ字で、読み方は同じでも働きが少しちがいます(「而・則・乃・即」の見分け方)。

3文目:兵を挙げたい

書き下し文吾われ兵へいを発はつし、公こう及および桓くわん楚そをして将しやうたらしめんと欲ほつす。

(『史記』項羽本紀(原文は「發」「將」))

現代語訳わたしは兵を挙げて、あなたと桓楚を将軍にしようと思う。

ここがポイント「使AB(AをしてBしむ)」は「AにBさせる」という使役の句法。「使」は書き下し文ではひらがなの「しむ」になります。「欲す」は「〜したいと思う」。一・二・三点で、最後に「欲す」へ返ってきます。

4文目:目くばせの合図

書き下し文須しゆ臾ゆにして、梁りやう籍せきに眴めくばせして曰いはく、「行おこなふべし!」

(『史記』項羽本紀)

現代語訳しばらくして、項梁は籍に目くばせして言った、「やれ!」

ここがポイント「須臾(しゆゆ)」は「ほんの少しの間」。「眴(めくばせ)す」は目で合図すること。「可(べ)し」はここでは「〜せよ」という強い言い方で、「矣」は読まない置き字です。

5文目:籍が剣を抜く

書き下し文是ここに於おいて籍せき遂つひに剣けんを抜ぬきて守しゆの頭かうべを斬きる。

(『史記』項羽本紀(原文は「拔」「劍」))

現代語訳そこで籍は、そのまま剣を抜いて長官の首を斬った。

ここがポイント「是(ここ)に於(お)いて」は「そこで」。「遂に」は「そのまま・とうとう」。「於」の読み方は「於」の読み方と働きへ。このあと項梁は長官の首を持ち、印綬を身につけて、役所の者を従わせました。
「先んずれば人を制す」で覚える句法為A所BAの B する所と為るAにBされる受身即・則すなはち〜すれば、そのときは条件使ABAをしてBしむAにBさせる使役可〜べし〜してよい・〜せよ可能・命令
「先んずれば人を制す」の原文で覚える句法。受身・条件・使役が1つの場面に入っています

『漢書』では、言った人がちがう

同じ場面は、後漢の班固(はんこ)がまとめた歴史書『漢書(かんじょ)』の陳勝項籍伝にも書かれています。ところが『漢書』では、長官の通が項梁を呼んで相談し、項梁のほうが「先んじて発すれば人を制し、後れて発すれば人に制せらる」と言っています。字も少しちがいます。

『漢書』陳勝項籍伝の本文(一部。維基文庫の本文による)九月,會稽假守通素賢梁,乃召與計事。梁曰:「方今江西皆反秦,此亦天亡秦時也。先發制人,後發制於人。」

『漢書』の形

書き下し文先さきんじて発はつすれば人ひとを制せいし、後おくれて発はつすれば人ひとに制せいせらる。

(『漢書』陳勝項籍伝(原文は「發」))

現代語訳先に兵を挙げれば人をおさえ、後れて兵を挙げれば人におさえられる。

ここがポイント「制せらる+於(人に)」のように、動詞のあとに「於」を置いて「〜に…される」と読む形も、受身の句法のひとつです。この「於」は読まない置き字になります。中国では今も「先発制人(せんぱつせいじん)」という四字の成語がよく使われます。
『史記』と『漢書』でちがう所『史記』項羽本紀言った人会稽守 通先即制人後則為人所制先んずれば即ち人を制し後るれば則ち…所と為る『漢書』陳勝項籍伝言った人項梁先發制人後發制於人先んじて発すれば…後れて…人に制せらる受身の形も「為A所B」と「於」でちがう中国の成語では「先発制人」の形が有名
『史記』と『漢書』では、言った人と字がちがいます。日本の「先んずれば人を制す」は『史記』の形から
サクラちゃん

サクラちゃん

同じ場面なのに、本によって言った人がちがうなんて、どっちが本当なんですか?

ミスターT先生

ミスターT先生

それは、今となっては確かめようがないんだ。『史記』を書いた司馬遷と、『漢書』を書いた班固では、使った資料や書き方がちがうからね。日本でよく知られている「先んずれば人を制す」は、『史記』の形から来ている。入試の漢文で読むのも、ふつうは『史記』のほうだよ。なお、長官の名前を「殷通(いんとう)」とする本もあるけれど、『史記』の本文には「会稽守通」としか書かれていないんだ。

出典『史記』項羽本紀と話の背景

「先んずれば人を制す」の出典は『史記(しき)』です。前漢の司馬遷(しばせん)が書いた歴史書で、王や皇帝の記録を「本紀(ほんぎ)」、人物の伝記を「列伝」として並べる「紀伝体」で書かれています。項羽は皇帝にはなりませんでしたが、司馬遷は項羽の記録を皇帝と同じ「本紀」に入れました。秦がほろびてから漢ができるまでの間、天下を動かしていたのは項羽だった、と考えたからだと言われています。

「先んずれば人を制す」の登場人物項燕(こうえん)楚の将軍秦の王翦にやぶれる項梁(こうりょう)項燕の子兵法にくわしい項籍(のちの項羽)項梁のおい・24歳力は鼎を持ち上げる子おい会稽守 通(つう)会稽郡の長官「先んずれば…」桓楚(かんそ)沢に逃げかくれる居場所は籍だけが知る項梁と桓楚を将に
項梁は楚の名将・項燕の子。おいの籍がのちの項羽です

項梁と籍はなぜ呉にいたのか

項梁は、秦にほろぼされた楚(そ)の国の将軍・項燕(こうえん)の子です。項氏は代々楚の将軍の家がらでした。項梁は人をあやめてしまい、かたきをさけて、おいの籍といっしょに呉の地へうつり住んでいました。呉の土地のすぐれた人たちもみな項梁をたよりにし、大きな工事や葬式があると、いつも項梁が取りしきったと書かれています。そのとき、ひそかに兵法で人々を組織していたので、項梁は人々の力をよく知っていたのです。

籍は、字を習ってもものにならず、剣を習ってもやめてしまいました。項梁がしかると、籍は「字は名前が書ければよい。剣は一人を相手にするだけだ。万人を相手にする方法を学びたい」と答えたので、項梁は兵法を教えた、という話も残っています。

言った本人が「先を越された」通「先んずれば人を制す。兵を挙げたい」項梁「桓楚の居場所は籍が知る」と籍を呼ぶ項梁目くばせして「可行矣」と合図籍剣を抜いて通を斬る項梁印綬を身につけ、兵八千を集める先に動いたのは、言った通ではなく項梁
「先んずれば人を制す」と言った通が、先に動いた項梁たちにおさえられてしまいました

このあとの項羽

会稽で兵を挙げた項梁と項羽は、長江をわたって北へ進み、秦と戦います。項梁はやがて戦死しますが、項羽は秦の大軍をやぶって力をのばし、前206年、秦はほろびました。その後、項羽は「西楚の覇王」となり、漢の劉邦(りゅうほう)と天下を争います。最後は前202年、垓下(がいか)で囲まれて「四面楚歌」の場面をむかえ、烏江(うこう)で命を終えました。そのとき「江東の子弟八千人」を連れて長江をわたったのに一人も帰らなかった、となげく場面が出てきます。この八千人こそ、会稽で集めた精兵でした。

「先んずれば人を制す」のころの年表前221年秦の始皇帝が中国を統一前209年7月陳渉・呉広が大沢郷で反乱前209年9月会稽で項梁・籍が挙兵。「先んずれば人を制す」前206年秦がほろびる。鴻門の会前202年垓下で囲まれる(四面楚歌)。項羽の死
会稽での挙兵から、垓下の「四面楚歌」まで、わずか7年ほどでした

同じころに反乱を起こした陳渉(ちんしょう)には、「燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや」「王侯将相寧(いづく)んぞ種有らんや」という有名な言葉があります。陳渉がまっ先に立ち上がったことが、項梁たちの「先んずれば」の判断を後おししたとも言えます。

「先んずれば人を制す」の使い方と例文・似た言葉

「先んずれば人を制す」は、ことわざのように文の中にそのまま入れて使います。「先んずれば人を制すと言うから」「先んずれば人を制すだ」の形が多く、人より早く行動することの大切さを言うときに使います。勉強・スポーツ・仕事・商売など、競争のある場面でよく使われます。

  • ○先んずれば人を制すと言うから、願書は早めに出しておこう。(早めの準備)
  • ○相手が守りを固める前に攻めるのが、先んずれば人を制すの戦法だ。(スポーツの作戦)
  • ○どの会社より早く新しいサービスを始め、先んずれば人を制すを実行した。(ビジネス)
  • ○席取りは先んずれば人を制すで、朝一番に図書館へ行った。(身近な例)
  • ×先輩には先んずれば人を制すで、いつも敬語を使っている。(「目上の人を立てる」の意味はない)
  • ×あわてて準備をしたら失敗した。まさに先んずれば人を制すだ。(失敗の話には合わない。「急いては事を仕損じる」)

英語では、似た意味のことわざに The early bird catches the worm.(早起きの鳥は虫をつかまえる)や First come, first served.(早い者勝ち)があります。

先んずれば人を制す似た言葉先手必勝早い者勝ち機先を制する善は急げ巧遅拙速反対の言葉急いては事を仕損じる急がば回れ石橋を叩いて渡る果報は寝て待て
似た言葉と反対の言葉。「急いては事を仕損じる」「急がば回れ」は、あわてることへのいましめです

似た言葉

  • 先手必勝(せんてひっしょう):先に攻めれば必ず勝つ。勝負ごとでよく使われる言葉です。
  • 機先を制する(きせんをせいする):相手より先に行動して、相手の動きをおさえること。「制する」が同じです。
  • 早い者勝ち・善は急げ:よいと思ったことは、ためらわずにすぐ行え。
  • 巧遅拙速(こうちせっそく):上手でもおそいより、へたでも速いほうがよい。「兵は拙速を聞く」という『孫子』の言葉がもとです。

反対の言葉

  • 急いては事を仕損じる:あわててやると、失敗する。
  • 急がば回れ:急ぐときこそ、遠回りでも安全な道を行け。
  • 石橋を叩いて渡る:用心の上にも用心をして物事を行う。
  • 果報は寝て待て:よい知らせは、あせらずに待っていればやってくる。

「先んずれば人を制す」のよくあるまちがい

  • 「せんずれば」と読む:正しくは「さきんずれば」。「先んず」は「さき+す」がもとになった言葉です。字は「先」の読み方・書き順・部首で確かめましょう。
  • 「先んじれば」と書く:今の言葉では「先んじる」ですが、この言葉は昔の言い方の「先んず」を使った「先んずれば」が正しい形です。
  • 「人を征す」「人を製す」と書く:「制す」は「おさえる」の意味の「制」の読み方・書き順・部首です。「征(せい)」は「征」の読み方・書き順・部首で「攻めて行く」こと。同じ「せい」でも意味がちがいます。
  • 「後るれば」を「うしろるれば」「のちるれば」と読む:「後(おく)る」は「おくれる」の昔の形で、「おくるれば」と読みます。「後」の読み方・書き順・部首には「おく(れる)」という読み方があります。
  • 出典を『孫子』だと思う:兵法らしい言葉ですが、出典は『史記』項羽本紀です。『孫子』の「彼を知り己を知れば百戦殆うからず」などと混ぜないようにしましょう。
  • 項羽が言った言葉だと思う:『史記』で言ったのは、会稽の長官の通です(『漢書』では項梁)。項羽(籍)は、このとき剣を抜いた若者です。
うかるくん

うかるくん

「先んずれば」と「後るれば」、昔の言い方でむずかしいです…。

ミスターT先生

ミスターT先生

「先にすれば」「後れれば」と今の言葉に直して覚えよう。そして漢文で大事なのは後半の「人の制する所と為る」。これは受身の「為A所B」で、「人におさえられる」と訳す。ここが読めれば、この文は満点だ。

入試ではこう出る

「先んずれば人を制す」は、中学・高校受験のことわざ・故事成語の問題、大学受験の漢文で出てきます。

  • 中学受験:意味を選ぶ問題、似た意味のことわざ(「善は急げ」「早い者勝ち」)や反対の意味のことわざ(「急がば回れ」「急いては事を仕損じる」)を選ぶ問題がよく出ます。
  • 高校受験:故事成語の意味と使い方、「先手必勝」との言いかえ。漢文の入門としては高校受験の漢文(返り点・書き下し文の対策)へ。
  • 大学受験:『史記』項羽本紀は漢文の定番教材です。「後則為人所制」の受身(為A所B)、「使公及桓楚将」の使役、「即」と「則」のちがいがよく問われます。共通テストの漢文は共通テストの漢文(配点・時間配分)へ。
ひらめいたサクラちゃん

サクラちゃん

「先んずれば人を制す」の後半は「後るれば則ち人の制する所と為る」。受身の「為A所B」と、言った通が先を越された皮肉。この2つで、意味も漢文もばっちりですね!

練習問題

やさしい

  1. 「先んずれば人を制す」の意味として正しいものを選びましょう。
    ア 目上の人を先に立てるべきだ イ 人より先に行動すれば有利な立場に立てる ウ 急ぐと失敗する エ 先生の言うことを聞けば成功する
    答えと解説を見るイ。「先んずれば」は「先にすれば」、「制す」は「おさえる」という意味です。ウは反対の意味の「急いては事を仕損じる」です。
  2. 「先んずれば人を制す」と反対の意味のことわざを、次から1つ選びましょう。
    ア 善は急げ イ 早い者勝ち ウ 急がば回れ
    答えと解説を見るウ。アとイは似た意味の言葉です。

ふつう

  1. 「後則為人所制」を書き下し文に直し、現代語に訳しましょう。
    答えと解説を見る後るれば則ち人の制する所と為る。訳:後れれば、人におさえられてしまう。「為A所B」は「AにBされる」という受身の形です。
  2. 『史記』で「先んずれば人を制す」と言ったのはだれですか。また、その人はこのあとどうなりましたか。
    答えと解説を見る会稽郡の長官(会稽守)の通。項梁の合図を受けた籍(項羽)に斬られ、項梁たちに先を越されてしまいました。

むずかしい

  1. 「吾欲発兵、使公及桓楚将。」を書き下し文に直しましょう。また「使」は何の句法ですか。
    答えと解説を見る吾兵を発し、公及び桓楚をして将たらしめんと欲す。「使」は使役(AをしてBしむ=AにBさせる)の句法です。
  2. 『史記』と『漢書』では、この場面の書き方にどのようなちがいがありますか。2つ答えましょう。
    答えと解説を見る①言った人:『史記』は会稽守の通、『漢書』は項梁。②字と受身の形:『史記』は「先即制人、後則為人所制」(為A所B)、『漢書』は「先發制人、後發制於人」(於による受身)。

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よくある質問

先んずれば人を制すの意味を簡単に言うと何ですか?

人より先に行動すれば、有利な立場に立って相手をおさえることができる、という意味です。ぐずぐずせずに先手を取ることの大切さを言います。

先んずれば人を制すの出典は何ですか?

『史記』項羽本紀です。秦の終わりごろ、会稽郡の長官の通が、項梁に「先んずれば即ち人を制し、後るれば則ち人の制する所と為る」と言って挙兵を持ちかけました。

先んずれば人を制すの続きは何ですか?

「後るれば則ち人の制する所と為る(後れれば人におさえられる)」です。『漢書』では「先んじて発すれば人を制し、後れて発すれば人に制せらる」という形になっています。

先んずれば人を制すの反対の意味のことわざは何ですか?

「急いては事を仕損じる」「急がば回れ」「石橋を叩いて渡る」などです。あわてずに慎重に行うことの大切さを言う言葉です。

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出典・参考

  • 原文:『史記』項羽本紀、『漢書』陳勝項籍伝(いずれも維基文庫の本文で確認)
  • 書き下し文・現代語訳:合格大作戦(読み方の一例)
  • お話の絵・図:合格大作戦

最終更新:2026年10月29日/作成:大学受験合格大作戦