燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんやの意味と由来|史記の原文・書き下し文・現代語訳とイラストで読むお話【故事成語】

燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんやの意味と由来|史記の原文・書き下し文・現代語訳とイラストで読むお話【故事成語】

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燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんやえんじゃくいずくんぞこうこくのこころざしをしらんや

ひとことで言うと

小さな人物には、大きな人物の志は分からない。やとわれ農民だった陳勝が、夢を笑った仲間に言い返した『史記』の言葉から。

読み方えんじゃくいずくんぞこうこくのこころざしをしらんや(いづくんぞ)
意味小人物には、大人物の考えや大きな志は分からない。
出典『史記』陳渉世家(原文は「燕雀安知鴻鵠之志哉」)
お話やとわれて畑を耕していた若い陳勝が「富貴になっても忘れまい」と言うと、仲間に笑われた。陳勝はため息をついて、小さな鳥に大きな鳥の志は分からないと言い返した。のちに陳勝は呉広と兵を挙げ、王になった
似た言葉鴻鵠の志・燕雀鴻鵠・青雲の志・大器晩成
反対の方向身のほどを知る・分相応
漢文の句法反語(安〜哉・何〜也・寧〜乎)・禁止(無)・詠嘆(嗟乎)

このページのポイント

  • この言葉は小人物には大人物の志が分からないという意味。燕雀=小さな鳥、鴻鵠=大きな鳥のたとえです
  • 出典は『史記』陳渉世家。夢を笑われた若き陳勝が言い返し、のちに本当に兵を挙げて王になった話を、4こまのイラストで読めます
  • 原文には反語(安・何・寧)・禁止・詠嘆が出てきて、もう一つの名言「王侯将相寧くんぞ種有らんや」もあわせて学べます

「燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや」の意味と読み方

「燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや」は、えんじゃくいずくんぞこうこくのこころざしをしらんやと読みます(歴史的仮名遣いでは「いづくんぞ」)。意味は「小さな人物には、大きな人物の考えや大きな志は分からない」ということです。

「燕雀(えんじゃく)」は、つばめ(燕)とすずめ(雀)。どちらも小さな鳥で、身近な所を飛び回ります。「鴻鵠(こうこく)」は、おおとり(鴻)とくぐい(鵠=白鳥の古い呼び名)のような大きな鳥で、空高く、遠くまで飛んでいきます。「安(いづ)くんぞ〜んや」は「どうして〜だろうか、いや〜ない」という反語の言い方です。全体で「小さな鳥に、どうして大きな鳥の志が分かるだろうか、いや分かりはしない」となります。

燕雀(小さな鳥)と鴻鵠(大きな鳥)高く遠くへ燕雀(えんじゃく)つばめ・すずめ=小さな人物鴻鵠(こうこく)おおとり・白鳥=大きな人物
低い所を飛ぶ小さな鳥(燕雀)と、高く遠くへ飛ぶ大きな鳥(鴻鵠)。小さな人物と大きな人物のたとえです
うかるくん

うかるくん

すごく長い故事成語ですね。だれが言った言葉なんですか?

ミスターT先生

ミスターT先生

中国の秦の時代の終わりに、中国の歴史で最初の大きな農民の反乱と言われる「陳勝・呉広の乱」を起こした、陳勝(ちんしょう)の言葉だ。出典は司馬遷の『史記』。陳勝がまだ、人にやとわれて畑を耕していたころの話なんだよ。

ふだんは、次のように使います。大きな夢や志を、まわりの人に笑われたり、分かってもらえなかったりする場面で使うのが基本です。

  • ○起業すると言ったら友人に笑われたが、燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんやと、気にしなかった。
  • ○若いころの彼の大きな夢を笑った人々は、まさに燕雀だったのだ。
  • ○「燕雀いずくんぞ鴻鵠の志を知らんや」の気持ちで、まわりの声に負けずに勉強を続けた。

「燕雀」「鴻鵠」は、それぞれ単独でも使われます。「燕雀」は小さな人物、「鴻鵠」は大人物のたとえで、「鴻鵠の志」は「大きな志」という意味の言葉としても使われます。

絵で読む「燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや」のお話

話の流れを4つの場面で見てみましょう。主人公は陳勝(ちんしょう)です。名前は「勝」、字(あざな)は「渉(しょう)」なので、『史記』では「陳渉」とも書かれています。

絵で読む「燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや」のお話(4こま)

1畦の上で富貴になってもおたがいに忘れまいぞ陳渉(陳勝)やとわれ仲間
1若いころ、人にやとわれて畑を耕していた陳渉は、畦の上で「富貴になっても、おたがいに忘れまい」と仲間に言いました。
2仲間が笑うやとわれて耕す身で何が富貴だ!あはは陳渉笑う仲間たち
2やとわれ仲間は笑います。「やとわれて耕す身で、何が富貴だ」。
3ため息をつく鴻鵠(大きな鳥)燕雀(小さな鳥)ああ、燕雀安くんぞ鴻鵠の志を知らんや陳渉
3陳渉は大きくため息をついて言いました。「ああ、燕や雀に、どうして鴻鵠の志が分かるだろうか」。
4大沢郷で兵を挙げる楚王侯将相寧くんぞ種有らんや!陳勝呉広
4のちに陳勝(陳渉)は呉広と兵を挙げ、「王侯将相寧くんぞ種有らんや」と人々に呼びかけました。

1〜3こま目は、陳勝がまだ人にやとわれて畑を耕す、身分の低い農民だったころの話です。「お金持ちになっても忘れまい」と言った陳勝を、仲間たちは「何を夢みたいなことを」と笑いました。そこで陳勝が言い返したのが、「燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや」です。

人差し指を立てて説明するミスターT先生

ミスターT先生

大事なのは、この言葉は口先だけでは終わらなかったところだ。陳勝はのちに本当に兵を挙げ、王になった。だからこの言葉には、「笑われても、大きな志を持ち続けよ」という重みがあるんだね。

4こま目は、それから何年もあとのことです。陳勝は、秦の都から遠い北の守り(漁陽)へ送られる一団の隊長になっていました。ところが途中の大沢郷(だいたくきょう)で大雨にあい、決められた日に着けなくなります。秦の法では、期日に遅れると死罪でした。どうせ死ぬなら、と陳勝は仲間の呉広(ごこう)と兵を挙げるのです。

「燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや」の原文・書き下し文・現代語訳

出典は、前漢の歴史家・司馬遷(しばせん)が書いた『史記』の陳渉世家(ちんしょうせいか)です。この話は、高校の漢文の教科書にもよく取り上げられます。1文ずつ、返り点と送り仮名をつけた訓読文で読んでいきましょう。書き下し文は代表的な読み方の一例です。返り点の読み方は返り点(レ点・一二点)の読み方、書き下し文のきまりは書き下し文の書き方へ。

『史記』陳渉世家の本文(句読点を補ったもの。字は日本の字体に直しています)陳勝者、陽城人也、字渉。呉広者、陽夏人也、字叔。陳渉少時、嘗与人傭耕。輟耕之壟上、悵恨久之、曰、「苟富貴、無相忘。」傭者笑而応曰、「若為傭耕、何富貴也。」陳渉太息曰、「嗟乎、燕雀安知鴻鵠之志哉。」

1文目:陳勝という人

書き下し文陳ちん勝しょうは、陽よう城じょうの人ひとなり、字あざなは渉しょう。

(『史記』陳渉世家)

現代語訳陳勝は、陽城の人で、字(あざな)は渉という。

ここがポイント「者(は)」は、主語を示して「〜は」と読む字で、書き下し文ではひらがなにします。字(あざな)は、成人した男子が本名のほかに持つ呼び名です。続く文で呉広も「陽夏の人なり、字は叔」と紹介されます。

2文目:やとわれて耕す

書き下し文陳ちん渉しょう少わかき時とき、嘗かつて人ひとと傭よう耕こうす。

(『史記』陳渉世家)

現代語訳陳渉は若いころ、人といっしょにやとわれて畑を耕したことがあった。

ここがポイント「嘗(かつ)て」は「以前に〜したことがある」。「与(と)」は「〜と(いっしょに)」で、書き下し文ではひらがなにします。「傭耕(ようこう)」は、人にやとわれて耕すこと。陳勝は自分の土地を持たない、とても身分の低い農民だったのです。

3文目:「富貴になっても忘れまい」

書き下し文耕こうを輟やめて壟ろう上じょうに之ゆき、悵ちょう恨こんすること之これを久ひさしうして、曰いはく、「苟いやしくも富ふう貴きとなるも、相あひ忘わするること無なかれ。」

(『史記』陳渉世家)

現代語訳耕すのをやめて畦の上に行き、しばらくうらめしそうにしていたが、(仲間に)言った。「もし富貴の身になっても、おたがいに忘れないでいよう。」

ここがポイント「之(ゆ)く」は「行く」。同じ「之」の字が、すぐあとでは「之(これ)を」と代名詞で使われています。「無かれ」は「〜するな」という禁止の句法です。「苟(いやし)くも」は「もし〜ならば」。この部分は「富貴とならば」と読む本もあり、読み方は一つではありません。

4文目:仲間が笑う

書き下し文傭よう者しゃ笑わらひて応こたへて曰いはく、「若なんぢ傭よう耕こうを為なす、何なんぞ富ふう貴きならんや。」

(『史記』陳渉世家)

現代語訳やとわれ仲間たちは笑って答えた。「おまえはやとわれて耕している身だ。どうして富貴になどなれるものか。」

ここがポイント「若(なんぢ)」は「おまえ」。「何(なん)ぞ〜んや」は「どうして〜か、いや〜ない」という反語の句法で、文の終わりの「也」を「や」と読みます。「而」はここでは読まない置き字です。維基文庫の本文では、この文の「傭」を「佣」と書いています。

5文目:陳渉の答え(決めぜりふ)

書き下し文陳ちん渉しょう太たい息そくして曰いはく、「嗟乎ああ、燕えん雀じゃく安いづくんぞ鴻こう鵠こくの志こころざしを知しらんや。」

(『史記』陳渉世家)

現代語訳陳渉は大きくため息をついて言った。「ああ、燕や雀のような小さな鳥に、どうして鴻鵠のような大きな鳥の志が分かるだろうか(いや、分かりはしない)。」

ここがポイント「安(いづ)くんぞ〜んや」は反語。「どうして知っているだろうか、いや知らない」となります。「嗟乎(ああ)」は「ああ」というなげきの声で、詠嘆の句法の言葉です。「太息(たいそく)」は大きなため息。
陳渉の話で覚える句法4つ安〜哉安くんぞ〜んやどうして〜か、いや〜ない反語何〜也何ぞ〜んやどうして〜か、いや〜ない反語寧〜乎寧くんぞ〜んやどうして〜か、いや〜ない反語無〜〜こと無かれ〜するな禁止
陳渉の話は「反語」の練習にぴったり。「安〜哉」「何〜也」「寧〜乎」の3つの形が出てきます

もう一つの名言「王侯将相寧くんぞ種有らんや」

同じ陳渉世家には、もう一つ有名な言葉があります。大沢郷で兵を挙げるとき、陳勝が仲間たちに呼びかけたことばです。

挙兵のときの呼びかけ

書き下し文王おう侯こう将しょう相しょう寧いづくんぞ種しゅ有あらんや。

(『史記』陳渉世家)

現代語訳王や諸侯、将軍や大臣になるのに、どうして決まった家がら(血すじ)などあるだろうか(いや、ありはしない)。

ここがポイント「寧(いづ)くんぞ〜んや」も反語。「寧」は「むしろ」と読む使い方もあるので注意しましょう。「種(しゅ)」は、ここでは「血すじ・家がら」のことです。

この言葉の前で、陳勝は「みな雨にあって期日に遅れた。遅れれば斬られる。たとえ斬られなくても、辺境の守りで死ぬ者は十人に六、七人はいる。りっぱな男子は、死なないならそれまでだが、死ぬなら大きな名をあげるだけだ」と仲間に語っています。若いころの「燕雀安んぞ…」と、この「王侯将相寧くんぞ…」は、どちらも身分にとらわれない大きな志を表した言葉です。

陳勝の2つの名言若いころ(やとわれて畑を耕していたとき)燕雀安くんぞ鴻鵠の志を知らんや小さな者に、大きな志は分からない兵を挙げるとき(大沢郷で)王侯将相寧くんぞ種有らんや王や大臣に、生まれの家がらは関係ないどちらも反語。身分にとらわれない大きな志を表しています
若いころの言葉と、兵を挙げるときの言葉。どちらも反語で、身分を超えた志を表しています
サクラちゃん

サクラちゃん

陳勝は、そのあと本当に王さまになれたんですか?

ミスターT先生

ミスターT先生

なれたんだ。陳という町を取って王になり、国の名を「張楚(ちょうそ)」とした。でも『史記』には「陳勝王たること凡そ六月」とあって、王でいられたのは約6か月。最後は自分の車の御者だった荘賈(そうか)に殺されてしまう。それでも司馬遷は、秦が滅んだのは陳渉が最初に事を起こしたからだと書いて、王族や大貴族の記録である「世家」に陳渉を入れたんだよ。

出典『史記』と話の背景

出典の『史記』は、前漢の司馬遷(しばせん)が書いた、中国の伝説の時代から前漢の武帝のころまでの歴史書です。「本紀(ほんぎ)」(皇帝の記録)・「世家(せいか)」(諸侯・王族の記録)・「列伝(れつでん)」(さまざまな人物の記録)などに分かれています。

赤い夕焼けの空を、のどの赤いつばめが3羽飛び、右下に桜の枝がのびている縦長の木版画
日本の江戸時代の浮世絵師・歌川広重がえがいた、桜の枝とつばめ。「燕雀」の「燕」は、このつばめのことです。画像:歌川広重「Swallows and Wild Cherry(燕に桜)」(日本・江戸時代 1834年ごろ、メトロポリタン美術館蔵、パブリックドメイン)

陳勝は王族でも貴族でもない、やとわれの農民でした。それなのに司馬遷は、陳勝の記録を「列伝」ではなく、諸侯の記録である「世家」に入れました。陳渉世家の終わりには、陳勝自身は早くに死んだが、陳勝が立てたり送り出したりした王や将軍たちが、ついに秦を滅ぼした、それは陳渉が最初に事を起こしたからだ、という意味のことが書かれています。

陳勝・呉広の乱(紀元前209年)

秦の始皇帝が亡くなり、二世皇帝が位についた年(二世元年=紀元前209年)の7月のことです。貧しい村人たち900人が、北の漁陽という所の守りに送られることになり、陳勝と呉広はその隊長(屯長)でした。ところが大沢郷で大雨にあい、道が通れなくなって、期日に間に合わなくなりました。秦のきびしい法では、期日に遅れれば全員が死罪です。

そこで陳勝と呉広は、反乱を起こす決心をします。『史記』には、魚の腹の中に「陳勝王(陳勝、王たらん)」と書いた布を入れておいたり、夜にきつねの鳴きまねで「大楚興らん、陳勝王たらん」とさけばせたりして、人々の心を引きつけたという話も書かれています。

陳勝・呉広の乱の流れ若いころやとわれて畑を耕す。「燕雀安んぞ…」前209年 7月大沢郷で期日に遅れ、呉広と兵を挙げる同じ年陳を取って王に。国の名は「張楚」約6か月後車の御者だった荘賈に殺されるその後反乱が広がり、項羽・劉邦の時代へ
陳勝の反乱は約半年で終わりましたが、各地に反乱が広がり、秦が滅びるきっかけになりました

陳勝が兵を挙げると、各地で秦にそむく人々が次々に立ち上がりました。その中から、楚の名門の項羽(こうう)と、農民出身の劉邦(りゅうほう)が力をのばしていきます。項羽のおじ・項梁が兵を挙げる場面は先んずれば人を制すのお話、項羽と劉邦の最後の戦いは四面楚歌のお話で読めます。天下を争うことを「逐鹿」とも言います。

そして最後に天下を取った劉邦は、陳勝と同じく庶民の出身でした。「王侯将相寧くんぞ種有らんや」という陳勝のさけびは、劉邦が漢を建てたことで、本当になったとも言えます。

「燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや」の使い方と例文・似た言葉

この言葉は、大きな目標を持つ人が、まわりの人に理解されない・笑われるときに使います。言う人は「鴻鵠」の側、笑う人は「燕雀」の側です。長い言葉なので、「燕雀いずくんぞ…」と前半だけで引いたり、「燕雀」「鴻鵠の志」と短くして使ったりもします。

  • ○無名だったころの彼の挑戦を笑った人々に、燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんやと言いたい。
  • ○小さな村から世界を目指す主人公は、「燕雀いずくんぞ鴻鵠の志を知らんや」と自分をはげました。
  • ○若者は鴻鵠の志を胸に、ふるさとを出た。(「大きな志」の意味)
  • ○目先のもうけしか考えない燕雀の考えでは、この計画の大きさは分からない。
  • ×小鳥が好きなので、燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんやと言った。(鳥そのものの話ではない)
  • ×先生の深い考えが分からなかったので、先生に「燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんやですね」と言った。(相手を「燕雀」と呼ぶことになり、失礼に聞こえる)

この言葉は、言い方によってはまわりの人を「小さな人物」と見下すことになります。自分のことを言うときは、相手を傷つけないよう気をつけましょう。物語や伝記の人物について「まさに燕雀安んぞ…だ」と使うと、自然な使い方になります。

燕雀鴻鵠似た言葉・関係のある言葉鴻鵠の志燕雀鴻鵠青雲の志大器晩成反対の方向の言葉身のほどを知る分相応
似た言葉・関係のある言葉と、反対の方向の言葉

似た言葉・関係のある言葉

  • 鴻鵠の志(こうこくのこころざし):大人物の大きな志。この話から生まれた言い方です。
  • 燕雀鴻鵠(えんじゃくこうこく):小人物と大人物。4字にまとめた言い方です。
  • 青雲の志(せいうんのこころざし):りっぱな人物になろう、高い地位につこうという志。
  • 大器晩成(たいきばんせい):大人物は、ゆっくりと時間をかけて大成するということ。若いころに笑われた陳勝にも通じる言葉です。

反対の方向の言葉

  • 身のほどを知る:自分の力や立場をわきまえること。
  • 分相応(ぶんそうおう):その人の身分や力にふさわしいこと。陳勝の言葉は、「身分にふさわしい望みだけを持て」という考えに反発したものです。

「燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや」のよくあるまちがい

読み方をまちがえやすい所燕雀えんじゃくつばめ(燕)とすずめ(雀)鴻鵠こうこくおおとり(鴻)とくぐい=白鳥(鵠)安んぞいずくんぞ(いづくんぞ)×「やすんぞ」 どうして〜か「知らんや」=知るだろうか、いや知らない
「安んぞ」は「いずくんぞ」。「やすんぞ」と読まないように
  • 「安んぞ」を「やすんぞ」と読む:正しくは「いずくんぞ」(歴史的仮名遣いでは「いづくんぞ」)。「どうして〜か」という意味で、「安心」の「安(やす)い」とは別の使い方です。字は「安」の読み方・書き順・部首で確かめましょう。送り仮名を付けて「安くんぞ」と書くこともあります。
  • 「鴻鵠」を「こうかく」「こうこう」と読む:正しくは「こうこく」。「鵠」は「正鵠を射る(せいこくをいる)」の「こく」です。「鴻」「鵠」「雀」「燕」は、どれも常用漢字ではありません。
  • 意味を逆にとる:「大人物には小人物の気持ちが分からない」ではありません。分からないのは「燕雀(小人物)」のほうです。
  • 「知らんや」を「知っている」と訳す:反語なので、「どうして知っているだろうか、いや知らない」と、最後は打ち消しになります。
  • 陳勝と呉広を同じ人と思う:陳勝(字は渉)と呉広(字は叔)は別の人で、二人で兵を挙げました。この言葉を言ったのは陳勝です。
うかるくん

うかるくん

「安くんぞ」「寧くんぞ」「何ぞ」って、ぜんぶ同じ意味なんですか?

ミスターT先生

ミスターT先生

どれも「どうして」と訳せて、文の終わりが「〜んや」なら反語になる、というところは同じだ。ただ、「安」は「どこに」、「寧」は「むしろ」、「何」は「なに」と読む使い方もある。文の終わりの「〜んや」が反語の目じるし、と覚えておくといいよ。くわしくは反語のページで練習しよう。

入試ではこう出る

陳渉世家は、高校の漢文の教科書でよく読まれる『史記』の文章の一つです。故事成語としても、大学受験の語彙問題などに出てきます。

  • 高校受験:故事成語の意味を選ぶ問題(「小人物には大人物の志が分からない」)、「燕雀」「鴻鵠」がそれぞれ何のたとえかを答える問題が中心です。高校受験の漢文は高校受験の漢文(返り点・書き下し文の対策)へ。
  • 大学受験:「安知鴻鵠之志哉」「何富貴也」「王侯将相寧有種乎」の反語の訳し方、「無相忘」の禁止、「燕雀」「鴻鵠」がだれを指すか、陳勝がなぜため息をついたのか、などがよく問われます。共通テストの漢文の出方は共通テストの漢文(配点・時間配分)へ。
ひらめいたサクラちゃん

サクラちゃん

「燕雀」はだれのこと?と聞かれたら、「陳渉を笑った、やとわれ仲間たち」。「鴻鵠」は「陳渉自身」ですね!反語は「〜だろうか、いや〜ない」まで書くのを忘れないようにします。

練習問題

やさしい

  1. 「燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや」の意味として正しいものを選びましょう。
    ア 小鳥にも大きな夢がある イ 小人物には大人物の志が分からない ウ 大人物は小さなことを気にしない エ 鳥は空を自由に飛べる
    答えと解説を見るイ。燕雀(つばめ・すずめ)は小人物、鴻鵠(おおとり・白鳥)は大人物のたとえです。
  2. 「安んぞ」の読み方を答えましょう。
    答えと解説を見るいずくんぞ(いづくんぞ)。「どうして〜か」という意味です。「やすんぞ」とは読みません。

ふつう

  1. 「燕雀安知鴻鵠之志哉」を書き下し文に直しましょう。
    答えと解説を見る燕雀安くんぞ鴻鵠の志を知らんや。「之」は「の」、「哉」は「や」とひらがなで書きます。
  2. この話で「燕雀」「鴻鵠」は、それぞれだれのことをたとえていますか。
    答えと解説を見る「燕雀」は陳渉を笑ったやとわれ仲間たち、「鴻鵠」は陳渉自身のたとえです。

むずかしい

  1. 「若為傭耕、何富貴也」を現代語訳しましょう。
    答えと解説を見る「おまえはやとわれて耕している身だ。どうして富貴になどなれるものか(いや、なれはしない)。」「何〜也(何ぞ〜んや)」は反語です。
  2. 「王侯将相寧有種乎」の意味を説明し、この言葉と「燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや」に共通する考えを答えましょう。
    答えと解説を見る意味は「王・諸侯・将軍・大臣になるのに、決まった家がらなどあるだろうか、いやない」。どちらも身分の低さにとらわれず、大きな志を持つという考えを、反語で強く表しています。

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よくある質問

燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんやの意味は何ですか?

小さな人物には、大きな人物の考えや志は分からない、という意味です。燕雀(つばめ・すずめ)は小人物、鴻鵠(おおとり・白鳥)は大人物のたとえです。

燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんやは、だれの言葉ですか?

秦の終わりに「陳勝・呉広の乱」を起こした陳勝(字は渉)の言葉です。若いころ、やとわれて畑を耕していたとき、夢を笑った仲間に言い返しました。出典は司馬遷の『史記』陳渉世家です。

「安んぞ」は何と読みますか?

「いずくんぞ」(歴史的仮名遣いでは「いづくんぞ」)と読みます。「どうして〜か」という意味で、文の終わりの「〜んや」と組んで「どうして〜だろうか、いや〜ない」という反語になります。

「王侯将相寧くんぞ種有らんや」とはどういう意味ですか?

王や諸侯、将軍や大臣になるのに、決まった家がらなどあるだろうか、いやない、という意味です。陳勝が大沢郷で兵を挙げるときに、仲間に呼びかけた言葉として『史記』陳渉世家に書かれています。

あわせて読みたい

出典・参考

  • 原文:『史記』陳渉世家(維基文庫の本文で確認。字は日本の字体に直し、句読点を補ったもの)
  • 書き下し文・現代語訳:合格大作戦(代表的な読み方をもとにした一例)
  • 絵:メトロポリタン美術館(Open Access、パブリックドメイン)
  • お話の絵・図:合格大作戦

最終更新:2026年10月29日/作成:大学受験合格大作戦