逐鹿(ちくろく)の意味と由来|史記の原文・書き下し文・現代語訳とイラストで読むお話【故事成語】

逐鹿(ちくろく)の意味と由来|史記の原文・書き下し文・現代語訳とイラストで読むお話【故事成語】

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逐鹿ちくろく

ひとことで言うと

天下(皇帝の位)や地位を得ようと争うこと。「鹿」は天下のたとえで、秦が失った鹿を英雄たちがみなで追いかけた、という蒯通の言葉から。

読み方ちくろく(訓読みで「鹿を逐う」)
意味天下(皇帝の位)を手に入れようと争うこと。政権や地位を得ようと、何人もが競い合うこと。
出典『史記』淮陰侯列伝(蒯通の言葉「秦失其鹿,天下共逐之」)。『漢書』蒯通伝にも同じ問答
お話韓信が殺されたあと、高祖(劉邦)にとらえられた蒯通が、「秦が鹿を失い、天下の者がみなで追った。わたしは韓信しか知らなかった」と言い返して許された
似た言葉中原に鹿を逐う・天下を争う・覇権争い
関連の言葉鼎の軽重を問う・群雄割拠・天下三分
漢文の句法疑問(乎)・否定(非)・限定(唯〜のみ)

このページのポイント

  • 「逐鹿」は天下や地位を得ようと争うこと。「鹿」は天下(皇帝の位)のたとえです
  • 出典は『史記』淮陰侯列伝。韓信の死後、高祖に「煮てしまえ」と言われた蒯通が言い返したお話を4こまのイラストで読めます
  • 「鹿を逐う者は山を見ず」「鹿を指して馬と為す」とは出典も意味も別。ちがいを図で整理します

「逐鹿」の意味と読み方

「逐鹿」はちくろくと読みます。意味は「天下(皇帝の位)を手に入れようと争うこと」、そこから広がって「政権や地位を得ようと、何人もの人が競い合うこと」です。「逐」は「おう(追う)」、「鹿」は「しか」。「鹿を逐(お)う」と訓読みにしても使います。

なぜ「鹿」なのでしょうか。中国の昔の言い方では、鹿は「天下」や「皇帝の位」のたとえとして使われました。狩りで大勢が1頭の鹿を追いかけるように、多くの英雄が天下という1つのものを追いかけて争う――その様子を表したのが「逐鹿」です。

「鹿」は天下(皇帝の位)のたとえ鹿=天下項羽劉邦陳勝ほかの英雄逐(おう)+鹿(天下)=天下を争う
秦が失った「鹿(天下)」を、項羽・劉邦・陳勝などの英雄たちが追いかけた
うかるくん

うかるくん

鹿を追いかけるって、本当に狩りの話なんですか?

ミスターT先生

ミスターT先生

それが、狩りの話じゃないんだ。これは『史記(しき)』に出てくる、蒯通(かいとう)という弁士の言葉なんだよ。漢の高祖・劉邦に「煮てしまえ」と言われた蒯通が、命がけで言い返したときのたとえなんだ。

ふだんの言い方では、たとえば次のように使います。

  • ○戦国時代の日本では、各地の大名が逐鹿の争いをくり広げた。
  • ○次の社長の座をめぐって、三人の役員が鹿を逐うことになった。
  • ○秦がほろびると、天下は逐鹿の時代に入った。

「逐鹿」は少しかたい書き言葉で、歴史の話や新聞・評論でよく使われます。「中原(ちゅうげん)に鹿を逐う」という形もよく知られています。

絵で読む「逐鹿」のお話

お話の舞台は、漢の高祖・劉邦(りゅうほう)が天下を取ったあとです。登場するのは、劉邦の天下取りを助けた名将・韓信(かんしん)と、斉(せい)の国の弁士(話のうまい策士)・蒯通(かいとう)です。韓信は、「背水の陣」や「国士無双」でも知られる人物です。

絵で読む「逐鹿」のお話(4こま)

1韓信の最期のことば蒯通の計を用いなかったのがくやしい…韓信
1漢が天下を取ったあと、大将軍だった韓信(かんしん)は、謀反をくわだてたとして呂后にとらえられます。最期に「蒯通の計を用いなかったのがくやしい」と言いました。
2高祖の怒り韓信に謀反を教えたのか!そうです煮てしまえ!高祖(劉邦)蒯通
2それを聞いた高祖(劉邦)は、斉の弁士・蒯通(かいとう)をとらえます。蒯通は「韓信に謀反を教えたのはわたしです」と認め、高祖は「煮てしまえ」と命じました。
3鹿を追う鹿=天下秦がその鹿を失い、天下の者がこれを追いました蒯通
3蒯通は言います。「秦がその鹿を失い、天下の者がみなでこれを追いかけました。才能があって足の速い者が先に手に入れたのです。」
4ゆるされる犬は主人でない人にほえるものです放してやれ秦其の鹿を失ひて、天下共に之を逐ふ
4「犬は自分の主人でない人にほえるもの。あのころわたしは韓信しか知りませんでした。」高祖はこの言葉に納得し、蒯通を許しました。

蒯通は、煮殺されそうになっても少しもあわてず、たとえ話で自分の立場を説明しました。「秦が天下を失ったとき、だれもが天下をねらっていた。わたしは、そのとき仕えていた韓信のために考えただけだ」というわけです。

人差し指を立てて説明するミスターT先生

ミスターT先生

このお話でいちばん大事なのは、「秦其の鹿を失ひて、天下共に之を逐ふ」の一文だ。「鹿」が天下、「逐ふ」が争う。ここから「逐鹿=天下を争う」という言葉が生まれたんだね。

蒯通の答えには、もう一つうまいところがあります。「天下をねらった者はたくさんいた。そのすべてを煮殺すことができますか」と言ったのです。もし蒯通を罰するなら、かつて天下を争ったすべての人を罰しなければならなくなります。高祖は、この理屈を受け入れて「之を置け(放してやれ)」と言いました。

浮世絵。上半身はだかの大男が足を広げて立ち、その股の下を青い着物の男がはってくぐっている
江戸時代の浮世絵師・歌川国芳がえがいた「韓信の股くぐり」。若いころの韓信が、町のならず者の股の下をくぐってはじにたえた話です。のちの大将軍も、最後は「逐鹿」の言葉が出てくる場面で命を落としました。画像:歌川国芳「韓信堪忍之図」(三枚続きのうち1枚、大英博物館蔵、Wikimedia Commons・パブリックドメイン)

「逐鹿」の原文・書き下し文・現代語訳

「逐鹿」のもとになった文は、『史記』淮陰侯列伝(わいいんこうれつでん)の最後にあります。淮陰侯は韓信のことです。高祖と蒯通の問答を、1文ずつ読んでみましょう。返り点の読み方は返り点(レ点・一二点)の読み方、書き下し文のきまりは書き下し文の書き方でくわしく説明しています。

白文(『史記』淮陰侯列伝。字は今の字にした)上曰、「若教淮陰侯反乎。」対曰、「然。臣固教之。…」上怒曰、「亨之。」通曰、「嗟乎、冤哉亨也。」上曰、「若教韓信反、何冤。」対曰、「秦之綱絶而維弛、山東大擾、異姓並起、英俊烏集。秦失其鹿、天下共逐之、於是高材疾足者先得焉。蹠之狗吠堯、堯非不仁、狗因吠非其主。当是時、臣唯独知韓信、非知陛下也。…」高帝曰、「置之。」乃釈通之罪。

1文目:高祖が問いつめる

書き下し文上しやう曰いはく、「若なんぢ淮陰侯わいいんこうに反はんせよと教をしへたるか。」

(『史記』淮陰侯列伝)

現代語訳高祖が言うには、「おまえが淮陰侯(韓信)に、謀反をせよと教えたのか。」

ここがポイント「上(しやう)」は皇帝(ここでは高祖・劉邦)のこと。「若(なんぢ)」は「おまえ」。「乎(か)」は文の終わりにつけて「〜か」とたずねる疑問の句法の字で、書き下し文ではひらがなにします。

2文目:蒯通は認める

書き下し文対こたへて曰いはく、「然しかり。臣しん固もとより之これに教をしへたり。」

(『史記』淮陰侯列伝)

現代語訳(蒯通が)答えて言うには、「そのとおりです。わたしはもちろん彼に教えました。」

ここがポイント「対(こた)ふ」は目上の人に答えるときの言い方。「然(しか)り」は「そのとおりだ」。「固(もと)より」は「もともと・もちろん」です。蒯通はこのあと「あの若造(韓信)がわたしの策を用いなかったから、こうなったのです」とまで言い、高祖を怒らせます。

3文目:秦がその鹿を失う

書き下し文秦しん其その鹿しかを失うしなひて、天下てんか共ともに之これを逐おふ。

(『史記』淮陰侯列伝)

現代語訳秦がその鹿(天下)を失って、天下の者がみなでこれを追いかけました。

ここがポイント「逐鹿」のもとになった一文です。「其の鹿」は「秦が持っていた鹿」=秦の天下。「之(これ)」はその鹿を指します。「逐(お)ふ」は「追う」と同じ意味で、追い払う・追いかけるときに使う字です。

4文目:才能と足の速い者が先に得る

書き下し文是ここに於おいて高材かうざい疾足しつそくの者もの先まづ得えたり。

(『史記』淮陰侯列伝)

現代語訳そこで、才能がすぐれていて足の速い者が、先に(鹿を)手に入れたのです。

ここがポイント「是(ここ)に於いて」は「そこで」。「於」の読み方は「於」の読み方と働きへ。「高材疾足」は「才能が高く、足が速い」で、ここでは天下を取った劉邦のことを遠回しに言っています。文の終わりの「焉」は読まない置き字です。

5文目:犬は主人でない人にほえる

書き下し文蹠せきの狗いぬ堯げうに吠ほゆ。堯げうは不仁ふじんなるに非あらず、狗いぬ因よりて其その主しゆに非あらざるに吠ほゆ。

(『史記』淮陰侯列伝)

現代語訳大泥棒の蹠(せき)の飼い犬は、聖人の堯にほえかかります。堯が悪い人だからではありません。犬はもともと、自分の主人でない人にほえるものなのです。

ここがポイント「蹠(せき)」は大泥棒として有名な人物、「堯(ぎょう)」は伝説の聖人の王です。「非ず」は否定の句法の字。蒯通は、自分を犬に、韓信を蹠に、高祖を堯にたとえて、「わたしは主人の韓信のために働いただけです」と言っているのです。

6文目:韓信しか知らなかった

書き下し文是この時ときに当あたりて、臣しん唯ただ独ひとり韓信かんしんを知しるのみ、陛下へいかを知しるに非あらざるなり。

(『史記』淮陰侯列伝)

現代語訳あのころ、わたしはただ韓信だけを知っていたのであって、陛下を知っていたのではありません。

ここがポイント「唯(た)だ〜のみ」は「ただ〜だけ」という限定の句法。「のみ」は送り仮名で表しています。最後の「〜に非ざるなり」は「〜ではないのです」と打ち消します。高祖はこのあと「之を置け」(放してやれ)と言って、蒯通の罪を許しました。
原文で覚える句法4つ乎教へたるか〜か(疑問)非不仁なるに非ず〜ではない(否定)唯〜唯だ独り〜知るのみただ〜だけ(限定)於是是に於いてそこで(つなぎ)
逐鹿の原文で覚えたい句法。疑問・否定・限定がそろっています

『漢書』の同じ場面と、「中原に鹿を逐う」

同じ問答は、後漢の班固(はんこ)がまとめた『漢書(かんじょ)』の蒯通の伝にも出てきます。こちらは「且つ秦其の鹿を失ひ、天下共に之を逐ひ、高材の者先づ得たり」と、少し短い形です。『史記』の「疾足(足が速い)」がなく、話の順番も少しちがいます。

また、「中原(ちゅうげん)に鹿を逐う」という形は、唐の魏徴(ぎちょう)の詩「述懐(じゅっかい)」の書き出し「中原初めて鹿を逐ふ」(本によっては「中原還た鹿を逐ふ」)がよく知られています。「中原」は黄河の中流あたり、中国の中心の地域のことで、「中原に鹿を逐う」は「天下を取ろうと争う」意味になります。

サクラちゃん

サクラちゃん

蒯通は、韓信に何を教えていたんですか?

ミスターT先生

ミスターT先生

韓信が斉の王になって大きな軍を持っていたころ、蒯通は「漢にも楚にもつかず、天下を三つに分けて、鼎(かなえ)の足のように並び立ちなさい」とすすめたんだ。でも韓信は「漢王(劉邦)はわたしを大切にしてくれた。裏切れない」とことわった。その計を用いなかったことを、韓信は最期にくやんだわけだね。

出典『史記』と話の背景

『史記』は、前漢の司馬遷(しばせん)が書いた歴史書です。「逐鹿」の場面は、韓信の伝記である淮陰侯列伝の最後に書かれています。韓信が淮陰(わいいん)の出身で、のちに淮陰侯という位になったので、この名前で呼ばれます。

「逐鹿」が生まれるまで前221年秦の始皇帝が中国を統一前209年陳勝・呉広の乱(反乱が広がる)前206年秦がほろびる=「鹿を失う」前202年劉邦が項羽をやぶり、漢が天下を取る前196年韓信が殺される。蒯通の「逐鹿」の言葉
秦の統一から韓信の死まで。「秦が鹿を失った」のは紀元前206年です

「鹿」を失った秦と、追いかけた英雄たち

紀元前221年に中国を統一した秦は、始皇帝の死後、急に力を失います。紀元前209年に陳勝(ちんしょう)・呉広(ごこう)が反乱を起こすと、各地で次々に兵があがりました。蒯通の言う「異姓並び起こり、英俊烏集す」(王家とちがう姓の者たちが次々に立ち上がり、すぐれた人物がからすのように集まった)は、この様子です。

秦がほろびたあとは、楚の項羽(こうう)と漢の劉邦が天下を争いました(楚漢の争い)。この争いの中で、劉邦の大将軍として活躍したのが韓信です。最後は垓下(がいか)の戦いで項羽がやぶれ、劉邦が天下を取りました。このときの「四面楚歌」も有名な故事成語です。つまり、鹿を最後につかまえたのは劉邦でした。

韓信と蒯通

韓信は、まずしい若者だったころ、町のならず者の股の下をくぐらされても、じっとがまんしたという話で知られます。のちに劉邦の大将軍となり、「背水の陣」で趙の大軍をやぶり、斉の国をしたがえて、斉王になりました。

蒯通の「天下三分の計」鼎の足のように漢劉邦斉韓信楚項羽韓信は劉邦への恩を思い、この計を用いなかった
蒯通がすすめた「天下三分の計」。漢・楚・斉が鼎の足のように並び立つ形です

そのころ韓信の力は、漢と楚のどちらにつくかで勝負が決まるほど大きくなっていました。蒯通は人相見のふりをして韓信に近づき、「天下を参分し、鼎足して居る」(天下を三つに分け、鼎の足のように並び立つ)ことをすすめます。けれども韓信は、劉邦に車に乗せてもらい、着物を着せてもらい、食べ物を分けてもらった恩を思って、この計を用いませんでした。

天下が定まると、韓信は王から侯に位を下げられます。「狡兎死して走狗烹らる」(すばしこい兎が死ぬと、猟犬は煮て食われる)という言葉を口にしたのも、このころの韓信です。そして紀元前196年、陳豨(ちんき)の反乱に通じたとして、呂后(りょこう)と蕭何(しょうか)のはかりごとで長楽宮にさそい出され、斬られました。最期の言葉が「吾蒯通の計を用ゐざりしを悔ゆ」(蒯通の計を用いなかったのがくやしい)です。

この一言が、蒯通の運命を変えました。高祖は「斉の弁士だな」と言って蒯通をとらえさせ、あの問答になったのです。蒯通が「逐鹿」のたとえで命拾いしたことを思うと、言葉の力で生き残った人の話としても読めます。

「逐鹿」の使い方と例文・似た言葉

「逐鹿」は、天下・政権・トップの地位など、1つしかないものを、何人もが争う場面で使います。「逐鹿の争い」「逐鹿の時代」「鹿を逐う」の形が多く、歴史や政治の話でよく使われるかたい言葉です。

  • ○室町幕府の力が弱まると、各地の大名による逐鹿の時代が始まった。(天下を争う)
  • ○総裁の座をめぐり、四人の候補が鹿を逐う。(地位を争う)
  • ○三国時代の魏・呉・蜀は、中原に鹿を逐った。(「中原に鹿を逐う」の形)
  • ○業界のトップの座をめぐって、大手三社が逐鹿の争いをくり広げている。(地位を争うたたかい)
  • ×奈良公園で逐鹿をして遊んだ。(本当に鹿を追いかけることには使わない)
  • ×テストの点数を、友だちと逐鹿した。(小さな競争には大げさすぎる。1つしかない大きな地位や権力の争いに使う)
逐鹿似た言葉中原に鹿を逐う鹿を逐う天下を争う覇権争い関連の言葉鼎の軽重を問う群雄割拠天下三分
似た言葉と関連の言葉。「鼎の軽重を問う」も、天下をねらう気持ちを表す故事成語です

似た言葉

  • 中原に鹿を逐う(ちゅうげんにしかをおう):天下を取ろうと争うこと。逐鹿と同じ意味で、少し文学的な言い方です。
  • 天下を争う・覇権争い:ふだんの言い方。「覇権(はけん)」は、ほかを従えるほどの強い力のことです。

関連の言葉

  • 鼎の軽重を問う(かなえのけいちょうをとう):天下の主の力を疑い、その地位をうばおうとすること。「鼎」は王の位のしるしでした。
  • 群雄割拠(ぐんゆうかっきょ):多くの英雄が各地でいきおいをふるい、対立していること。逐鹿の時代のありさまです。
  • 先んずれば人を制す:秦の終わりに、項羽たちが兵をあげるときの言葉。逐鹿の始まりの場面です。

「逐鹿」のよくあるまちがい

「鹿」が出てくる言葉、3つのちがい逐鹿(ちくろく)天下・地位を争う『史記』淮陰侯列伝(蒯通)鹿を逐う者は山を見ず目先の利益に夢中で、まわりが見えない禅の語録『虚堂録』とされる鹿を指して馬と為すまちがいを権力でおし通す『史記』秦始皇本紀(趙高)
「鹿」が出てくる3つの言葉は、出典も意味も別々です
  • 「鹿を逐う者は山を見ず」と同じだと思う:「鹿を逐う者は山を見ず」は、目先の利益に夢中になると、まわりのことが見えなくなるという意味で、「逐鹿」とは別の言葉です。禅の語録『虚堂録(きどうろく)』の句とされます。似た考えは、前漢の『淮南子(えなんじ)』説林訓の「獣を逐ふ者は目に太山を見ず」にも見られます。
  • 「鹿を指して馬と為す」と混ぜる:秦の趙高(ちょうこう)が、鹿を「馬だ」と言いはり、反対する人を見分けた話(『史記』秦始皇本紀)です。「馬鹿」の語源の一つとされますが、語源には諸説あります。「逐鹿」とは関係ありません。
  • 「逐」を「遂」と書く:「逐(おう)」と「遂(とげる)」は形がよく似ています。「逐」は、しんにょうに「豕(いのしし・ぶた)」を組み合わせた字で、けものを追いかける様子を表すとされます。「逐」の読み方・書き順・部首で確かめましょう。「遂」の読み方・書き順・部首は「遂行(すいこう)」の「すい」です。
  • 「ちくしか」「おうしか」と読む:2字の熟語としては音読みで「ちくろく」。「鹿」の読み方・書き順・部首の音読みは「ろく」です。訓読みにするときは「鹿を逐う(しかをおう)」と読みます。
  • 韓信が言った言葉だと思う:「秦其の鹿を失ふ」と言ったのは蒯通です。韓信は、この問答の前にすでに亡くなっています。
うかるくん

うかるくん

「鹿を逐う」も「鹿を逐う者は山を見ず」も、どっちも鹿を追いかけてるのに、意味がちがうんですね…。

ミスターT先生

ミスターT先生

そうなんだ。「逐鹿」は「天下を争う」、「山を見ず」がつくと「夢中でまわりが見えない」。後ろに何がつくかで意味が変わる、と覚えよう。出典もちがうから、逐鹿は『史記』の蒯通、と人の名前とセットで覚えるとまちがえないよ。

入試ではこう出る

「逐鹿」は、高校受験・大学受験で、故事成語の意味や漢文の読解として出てきます。

  • 中学受験:故事成語の問題として出ることは多くありませんが、「鹿を逐う者は山を見ず」のことわざと合わせて覚えておくと安心です。
  • 高校受験:故事成語の意味を選ぶ問題、「逐鹿」の読み(ちくろく)、「鹿」が何のたとえかを答える問題が考えられます。高校受験の漢文の基本は高校受験の漢文(返り点・書き下し文の対策)にまとめています。
  • 大学受験:『史記』の楚漢の争いや韓信の伝は、漢文の文章としてよく読まれます。「鹿」が何をたとえているか、「蹠の狗堯に吠ゆ」のたとえで蒯通が何を言いたかったか、「唯だ〜のみ」の限定などが問われます。共通テストの漢文の出方は共通テストの漢文(配点・時間配分)へ。
ひらめいたサクラちゃん

サクラちゃん

「鹿」のたとえを聞かれたら、「天下(皇帝の位)」と答えればいいんですね。蒯通のたとえは、自分=犬、韓信=蹠、高祖=堯と、人物を当てはめて読むのがコツです!

練習問題

やさしい

  1. 「逐鹿」の読み方と意味を答えましょう。
    答えと解説を見る読み方:ちくろく。意味:天下(皇帝の位)や地位を得ようと争うこと。
  2. 「逐鹿」の「鹿」は、何をたとえていますか。
    答えと解説を見る天下(皇帝の位)のたとえです。

ふつう

  1. 「秦失其鹿、天下共逐之」を書き下し文に直しましょう。
    答えと解説を見る秦其の鹿を失ひて、天下共に之を逐ふ。
  2. 「逐鹿」と「鹿を逐う者は山を見ず」の意味のちがいを説明しましょう。
    答えと解説を見る「逐鹿」は天下や地位を得ようと争うこと。「鹿を逐う者は山を見ず」は目先の利益を追うのに夢中になって、まわりのことが見えなくなることで、別の言葉です。

むずかしい

  1. 蒯通は「蹠の狗堯に吠ゆ」というたとえで、何を言おうとしたのですか。だれが何にあたるかを明らかにして説明しましょう。
    答えと解説を見る犬が主人でない人にほえるように、自分(犬)は当時の主人である韓信(蹠)のために働いただけで、高祖(堯)が悪い人だから逆らったのではない、と言おうとしました。
  2. 「臣唯独知韓信、非知陛下也」を書き下し文に直し、使われている句法を2つ答えましょう。
    答えと解説を見る書き下し文:臣唯だ独り韓信を知るのみ、陛下を知るに非ざるなり。句法:限定(唯だ〜のみ)と否定(〜に非ず)。

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よくある質問

逐鹿の意味を簡単に言うと何ですか?

天下(皇帝の位)や地位を得ようと争うことです。「鹿」は天下のたとえで、多くの英雄が1頭の鹿を追いかけるように天下を争う様子を表しています。

逐鹿の由来はどんな話ですか?

『史記』淮陰侯列伝の話です。韓信が殺されたあと、高祖(劉邦)は、韓信に謀反をすすめた蒯通をとらえて煮殺そうとしました。蒯通は「秦が鹿を失い、天下の者がみなで追いかけた。わたしは主人の韓信しか知らなかった」と言い返し、許されました。

逐鹿の出典は何ですか?

『史記』淮陰侯列伝の蒯通の言葉「秦其の鹿を失ひて、天下共に之を逐ふ」です。同じ問答は『漢書』の蒯通の伝にもあります。「中原に鹿を逐う」の形は、唐の魏徴の詩「述懐」の書き出しで知られています。

「逐鹿」と「鹿を逐う者は山を見ず」は同じ意味ですか?

ちがいます。「逐鹿」は天下や地位を争うこと、「鹿を逐う者は山を見ず」は目先の利益に夢中になってまわりが見えなくなることです。出典も別で、後者は禅の語録『虚堂録』の句とされます。

逐鹿は何と読みますか?

「ちくろく」と読みます。訓読みにすると「鹿を逐う(しかをおう)」です。「逐」を「遂」と書きまちがえないよう注意しましょう。

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出典・参考

  • 原文:『史記』淮陰侯列伝、『漢書』蒯伍江息夫伝、魏徴「述懐」(『全唐詩』)、『淮南子』説林訓(いずれも維基文庫の本文で確認。白文・訓読文は今の字にした)
  • 書き下し文・現代語訳:合格大作戦(一般的な読み方をもとにした一例)
  • 絵:歌川国芳「韓信堪忍之図」(大英博物館蔵、Wikimedia Commons・パブリックドメイン)
  • お話の絵・図:合格大作戦

最終更新:2026年10月29日/作成:大学受験合格大作戦