刎頸の交わり(ふんけいのまじわり)の意味と由来|史記の原文・書き下し文・現代語訳とイラストで読むお話【故事成語】

刎頸の交わり(ふんけいのまじわり)の意味と由来|史記の原文・書き下し文・現代語訳とイラストで読むお話【故事成語】

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刎頸の交わりふんけいのまじわり

ひとことで言うと

首をはねられても悔いがないほどの、固い友情。趙の将軍・廉頗が、国のために争いをさけた藺相如に心から謝り、二人が命がけの友情を結んだ話から。

読み方ふんけいのまじわり
意味相手のためなら首をはねられても悔いがないほどの、固い友情。生死をともにするほどの深いつきあい。
出典『史記』廉頗藺相如列伝(「卒に相与に驩して、刎頸の交はりを為す」)
お話上卿になった藺相如に怒った将軍の廉頗が、相如は国のために争いをさけていたと知り、いばらを背負って謝り、二人は固い友情を結んだ
似た言葉管鮑の交わり・水魚の交わり・莫逆の友
反対の言葉不倶戴天・犬猿の仲
漢文の句法比較(孰与)・反語(独〜哉)・部分否定(不倶)

このページのポイント

  • 「刎頸の交わり」は首をはねられても悔いがないほどの固い友情。「刎」は首をはねる、「頸」はくびです
  • 出典は『史記』。廉頗がいばらを背負って藺相如に謝った話を、4こまのイラストで読めます。「完璧」と同じ列伝です
  • 原文には比較・逆接・反語・部分否定の句法が入り、大学受験の漢文の定番です

「刎頸の交わり」の意味と読み方

「刎頸の交わり」はふんけいのまじわりと読みます。意味は「相手のためなら首をはねられても悔いがないほどの、固い友情」「生きるも死ぬもともにすると誓い合った、深いつきあい」です。「刎頸の友」「刎頸の契り」とも言い、四字熟語の形では「刎頸之交」と書きます。

「刎(ふん)」は首をはねること、「頸(けい)」はくびのことです。物騒な字が並んでいますが、もとになったのは、中国の戦国時代、趙(ちょう)の国の将軍廉頗(れんぱ)と、知恵者の藺相如(りんしょうじょ)が、いがみ合いを乗りこえて結んだ友情の話です。

「刎頸の交わり」を1字ずつ刎ふん首をはねる頸けいくび交まじわりつきあい相手のためなら首をはねられても悔いがないほどの固い友情
「刎」は首をはねる、「頸」はくび。「首をはねられてもかまわない」ほどの友情、という意味です
うかるくん

うかるくん

「首をはねる」なんてこわい字なのに、どうして「友情」の意味になるんですか?

ミスターT先生

ミスターT先生

「この人のためなら、首をはねられたってかまわない」と思えるほど、命をあずけ合える友だち、という意味なんだ。もとの話は、最初は仲が悪かった二人が、国のために手を取り合うまでの物語。だから友情の言葉の中でも、とくに重みのある言い方なんだよ。

ふだんの言い方では、たとえば次のように使います。

  • ○二人は学生時代からの刎頸の交わりで、どんなときも助け合ってきた。
  • ○創業者の二人は刎頸の友として、会社を大きく育てた。
  • ○けんかをくり返したライバルが、やがて刎頸の交わりを結ぶまでになった。
古い紙に、墨で大きく流れるようにくずして書かれた漢字の列と、赤いはんこがいくつか押された巻物の一部
北宋の書家・黄庭堅(こうていけん)が、『史記』廉頗藺相如列伝を草書で書いた巻物の一部。千年近く前の人も、この二人の話を書き写して味わっていました。画像:黄庭堅「草書廉頗藺相如伝」巻(北宋、1095年ごろ、メトロポリタン美術館蔵、CC0)

絵で読む「刎頸の交わり」のお話

まずは話の流れを、4つの場面で見てみましょう。登場するのは、趙の将軍廉頗、趙の上卿(大臣)藺相如、そして相如の家来たちです。藺相如は、宝の璧を秦から守りぬいた「完璧」の話の主人公でもあります。

絵で読む「刎頸の交わり」のお話(4こま)

1廉頗のいかり上卿 藺相如廉頗位の順口先だけの相如が、わしより上とは!会ったら恥をかかせてやる!廉頗(将軍)
1秦との会見で趙の王の名誉を守った藺相如は、上卿という最高の位につき、将軍の廉頗より上になりました。廉頗は「わしは城を攻め野で戦った大きな手がらがあるのに、口先だけの相如が上とは。会ったら必ず恥をかかせてやる」と言いふらします。
2車を引いてかくれるなぜ、そんなにこわがるのですか廉頗藺相如家来
2それを聞いた相如は、廉頗と顔を合わせないようにしました。外出先で遠くに廉頗を見かけると、車を引いてかくれてしまいます。家来たちは「そんなにこわがるなんてなさけない。おひまをいただきたい」と不満を言いました。
3相如のわけ秦が趙を攻めないのはわたしと廉将軍がいるからだ二頭の虎が戦えばどちらも生きられない両虎共に闘はば…藺相如家来
3相如は家来に言います。「わたしは秦の王でさえ、朝廷でしかりつけた。廉将軍だけをこわがるものか。強い秦が趙を攻めないのは、わたしたち二人がいるからだ。二頭の虎が戦えば、どちらも生きられない。国の急を先にして、自分のうらみを後にしているのだ」
4いばらを背負って謝る荊(いばら)わたしが浅はかでした!卒に相与に驩して、刎頸の交はりを為す
4これを伝え聞いた廉頗は深く恥じ、肩をぬいで上半身をあらわにし、いばらのむちを背負って相如の家の門をたずね、「わたしが浅はかでした」と謝りました。こうして二人は仲直りし、首をはねられても悔いのない固い友情を結んだのです。
廉頗(れんぱ)と藺相如(りんしょうじょ)廉頗趙の名将城を攻め、野で戦う戦の手がらが大きい「口先だけの相如がわしより上とは!」藺相如もとは身分の低い家来和氏の璧を守る(完璧)澠池の会で趙王を守ることばの力で手がら→ 上卿(最高の位)位の順:上卿 藺相如 > 廉頗「武」と「文」の、二人の功労者
戦で手がらを立てた廉頗と、ことばの力で手がらを立てた藺相如。位が逆転したことが、争いの始まりでした

廉頗が怒ったのには、それなりの理由がありました。廉頗は何度も戦に勝って趙を守ってきた名将です。一方の相如は、もとは宦者令(かんじゃれい)の繆賢(ぼくけん)という人の家来で、身分の低い出身でした。その相如が、ことばの力だけで自分の上に立った。廉頗には、それががまんできなかったのです。

人差し指を立てて説明するミスターT先生

ミスターT先生

この話のポイントは、相如が「こわいから逃げた」のではなく、「国のために争いをさけた」ところだ。そして廉頗も、それを知るとすぐに自分のまちがいを認めて謝った。どちらか一人ではなく、二人がそろって大人だったから、刎頸の交わりが生まれたんだね。

「負荊(ふけい)」――いばらを背負って謝る

4こま目で廉頗がしたことを、原文では「肉袒負荊(にくたんふけい)」と書いています。「肉袒」は肩をぬいで上半身をはだかにすること、「負荊」はいばらのむちを背負うことです。「このむちで、わたしを思うぞんぶん打ってください」という、最も深い謝り方を表しています。中国では今も「負荊請罪(いばらを背負って罪をわびる)」が、心から謝るという意味の成語として使われています。

「刎頸の交わり」の原文・書き下し文・現代語訳

『史記』廉頗藺相如列伝の、話の中心になる文を1文ずつ読んでいきましょう。書き下し文は、教科書で多い読み方の一例です。返り点の読み方は返り点(レ点・一二点・上下点)の読み方、書き下し文のきまりは書き下し文の書き方でくわしく説明しています。

白文(教科書で多い形、一部)宣言曰、「我見相如、必辱之。」……相如曰、「公之視廉将軍孰与秦王。」曰、「不若也。」相如曰、「夫以秦王之威、而相如廷叱之、辱其群臣。相如雖駑、独畏廉将軍哉。顧吾念之、彊秦之所以不敢加兵於趙者、徒以吾両人在也。今両虎共闘、其勢不倶生。吾所以為此者、以先国家之急而後私讎也。」廉頗聞之、肉袒負荊、因賓客至藺相如門謝罪。……卒相与驩、為刎頸之交。

1文目:廉頗が言いふらす

書き下し文我われ相如しやうじよを見みば、必かならず之これを辱はづかしめん。

(『史記』廉頗藺相如列伝)

現代語訳わたしが相如に会ったら、必ず恥をかかせてやる。

ここがポイント「見ば」は「もし会ったら」という仮定の句法の読み方(未然形+ば)。「辱めん」の「ん」は意志を表し、「〜してやろう」と訳します。

2文目:相如の問い

書き下し文公こうの廉将軍れんしやうぐんを視みること、秦王しんわうに孰与いづれぞ。

(『史記』廉頗藺相如列伝)

現代語訳あなたたちが廉将軍を見るのと、秦王(を見るの)とでは、どちらが(おそろしい)か。

ここがポイント「AはBに孰与(いづれ)ぞ」は「AとBとではどちらが〜か」とくらべる比較の句法。家来たちは「若かざるなり(秦王には及びません)」と答えます。

3文目:秦王もしかった相如

書き下し文相如しやうじよ駑どなりと雖いへども、独ひとり廉将軍れんしやうぐんを畏おそれんや。

(『史記』廉頗藺相如列伝)

現代語訳わたしはおろか者ではあるが、どうして廉将軍だけをおそれることがあろうか(いや、おそれはしない)。

ここがポイント「雖も(いへども)」は「〜だけれども」という逆接の句法。「独り〜んや」は「どうして〜だけ…だろうか」という反語の句法です。秦王さえ朝廷でしかりつけた自分が、廉将軍をこわがるはずがない、という意味です。

4文目:二頭の虎

書き下し文今いま両りやう虎こ共ともに闘たたかはば、其その勢いきほひ倶ともには生いきざらん。

(『史記』廉頗藺相如列伝(原文は「鬥」の字))

現代語訳今、二頭の虎がともに戦えば、そのなりゆきとして、両方ともに生きているわけにはいかないだろう。

ここがポイント「倶には生きず」は「両方ともに生きる、とはいかない」という部分否定の形。「不倶生」の語順に注意しましょう。「両虎」は廉頗と相如のたとえです。

5文目:廉頗が謝る

書き下し文廉頗れんぱ之これを聞きき、肉袒にくたんして荊けいを負おひ、賓客ひんかくに因よりて藺相如りんしやうじよの門もんに至いたりて罪つみを謝しやす。

(『史記』廉頗藺相如列伝)

現代語訳廉頗はこれを聞くと、肩をぬいで上半身をあらわにし、いばらのむちを背負って、客人の案内で藺相如の家の門まで行き、罪をわびた。

ここがポイント一二点が2組、レ点が3つ出てくる文です。「賓客に因りて」は「客人の仲立ちで」。いきなり押しかけず、人を通して礼をつくしたことが分かります。

6文目:刎頸の交わりを結ぶ

書き下し文卒つひに相あひ与ともに驩くわんして、刎頸ふんけいの交まじはりを為なす。

(『史記』廉頗藺相如列伝(原文は「爲」の字))

現代語訳こうしてついに二人は打ちとけ、首をはねられても悔いのない固い交わりを結んだ。

ここがポイント「刎頸の交わり」の5字は、この文から来ています。「卒に(つひに)」は「とうとう・最後には」。「驩す(くわんす)」は「よろこび合う・打ちとける」という意味です。
「刎頸の交わり」の話で覚える句法4つ孰与秦王に孰与ぞ比較(AとBではどちらが〜か)雖駑なりと雖も逆接・譲歩(〜だけれども)独〜哉独り〜を畏れんや反語(どうして〜か)不倶倶には生きず部分否定(両方とも〜とはいかない)
「刎頸の交わり」の話には、比較・逆接・反語・部分否定と、入試によく出る句法が入っています

原典(『史記』)の本文では

維基文庫(中国語のウィキソース)で見られる『史記』巻八十一の本文は、次のようになっています。教科書では「爲」を「為」、「鬥」を「闘」のように今の字に直して示すことが多いです。

『史記』廉頗藺相如列伝の本文(句読点を補ったもの、一部)今兩虎共鬥,其勢不倶生。吾所以爲此者,以先國家之急而後私讎也。廉頗聞之,肉袒負荊,因賓客至藺相如門謝罪。曰:「鄙賤之人,不知將軍寬之至此也。」卒相與驩,爲刎頸之交。
  • 「吾所以為此者、以先国家之急而後私讎也」:「吾の此を為す所以の者は、国家の急を先にして私讎を後にするを以てなり」(わたしがこうしているわけは、国の危機を先にして、自分のうらみを後回しにしているからだ)と読みます。「所以(ゆゑん)」は「理由・わけ」です。
  • 「鄙賤之人、不知将軍寛之至此也」:廉頗が謝るときの言葉で、「鄙賤の人、将軍の寛なることの此に至るを知らざりしなり」(いやしいわたしは、あなたがこれほど心が広いとは知りませんでした)。廉頗は相如を「将軍」とよんで敬っています。
  • 「彊秦」:「彊」は「強」と同じ意味の字で、「彊秦(強い秦)」と書かれています。
サクラちゃん

サクラちゃん

「刎頸の交わり」って、ほかの話にも出てくるんですか?

ミスターT先生

ミスターT先生

同じ『史記』の張耳陳余列伝(ちょうじちんよれつでん)にも「始め吾公と刎頸の交はりを為す」という言葉が出てくる。張耳と陳余も刎頸の友だったけれど、のちに争って敵どうしになってしまうんだ。廉頗と相如の話とは、ちょうど反対の結末だね。司馬遷は、友情が守られる話とこわれる話の両方を書き残しているんだよ。

出典『史記』廉頗藺相如列伝と話の背景

「刎頸の交わり」の出典は、前漢の司馬遷(しばせん)が書いた歴史書『史記』の「廉頗藺相如列伝(れんぱりんしょうじょれつでん)」です。この列伝には、「完璧」(和氏の璧を守る話)、秦王との会見「澠池(べんち)の会」、そしてこの「刎頸の交わり」が、ひと続きの物語として書かれています。『史記』の書き方は漢文の文学史(史記・論語・唐詩など)でも紹介しています。

「完璧」から「刎頸の交わり」まで

話の舞台は戦国時代の終わりごろ、紀元前3世紀です。西の大国・秦がほかの国々をおびやかす中、趙は恵文王のもとで、廉頗と藺相如という二人の功労者に支えられていました。

  1. 完璧:秦の昭王が「十五の城と和氏の璧を取りかえよう」と言ってきたとき、使者の相如は秦王にだまされず、璧を無事に趙へ持ち帰りました。くわしくは完璧(かんぺき)の意味と由来のページへ。
  2. 澠池の会:数年後、秦王と趙王が澠池で会見します。秦王は宴の席で趙王に瑟(しつ)という楽器を弾かせ、記録係に書かせて趙をはずかしめました。すると相如は、秦王に缶(ふ)という素焼きの楽器を打ってくれとせまり、「打たなければ、わたしの首の血を大王にそそぎかける」とまで言って、ついに秦王に打たせました。相如は趙王の名誉を守ったのです。
  3. 上卿に:この手がらで、相如は上卿となり、位が廉頗より上になりました。ここから「刎頸の交わり」の話が始まります。
相如の「二頭の虎」のたとえ強い国・秦攻めてこない趙廉頗藺相如二頭の虎が争えば、どちらも生きられない=秦にとって絶好のチャンス国の急が先、自分のうらみは後
強い秦が趙を攻めないのは、二頭の虎がいるから。相如は、二人が争うことこそ国の危機だと考えました

二人の、その後

仲直りしたあと、廉頗は将軍として秦の軍と戦い続けました。のちに趙の王が代わると、廉頗は用いられなくなり、ほかの国へ去ります。年老いた廉頗が「まだ戦える」と示すために、使者の前で大盛りのご飯と肉を食べ、よろいを着て馬に乗ってみせた話も『史記』に残っています。

友情を表す故事成語には、ほかにも「管鮑の交わり」(管仲と鮑叔)や「水魚の交わり」(劉備と諸葛亮)があります。「管鮑の交わり」は相手をよく理解してくれる友情、「水魚の交わり」は離れられない親しい関係、そして「刎頸の交わり」は命をかけられるほどの友情と、少しずつ重点がちがいます。

「刎頸の交わり」の使い方と例文・似た言葉

「刎頸の交わり」は名詞で、「刎頸の交わりを結ぶ」「刎頸の交わりである」の形でよく使います。命をかけられるほど深く、固い友情に使うのがポイントです。少しかたい言葉なので、スピーチや文章、歴史の話などでよく使われます。

  • ○二人は戦場で命を助け合い、刎頸の交わりを結んだ。
  • ○祖父と彼とは、六十年来の刎頸の友だ。
  • ○最初は対立していた二人が、やがて刎頸の交わりと言われるほどの仲になった。
  • ×きのう知り合ったばかりの人と、刎頸の交わりになった。(会ったばかりの軽いつきあいには使わない)
  • ×あの二人は首をかけて争う刎頸の交わりだ。(敵どうしの争いの意味ではない)
友情を表す故事成語くらべ刎頸の交わり廉頗と藺相如首をはねられても悔いない友情管鮑の交わり管仲と鮑叔たがいをよく理解した友情水魚の交わり劉備と諸葛亮離れられない親しい間がら莫逆の友『荘子』心にさからうことのない友竹馬の友『晋書』などおさないころからの友
友情を表す故事成語くらべ。「刎頸の交わり」は、その中でもいちばん命がけの友情です

似た言葉

  • 管鮑の交わり(かんぽうのまじわり):たがいをよく理解し合った、変わらない友情。春秋時代の管仲と鮑叔の話から。四字熟語では「管鮑之交」。
  • 水魚の交わり(すいぎょのまじわり):水と魚のように、離れられない親しい関係。劉備と諸葛亮の話から。四字熟語では「水魚之交」。
  • 莫逆の友(ばくぎゃくのとも):心にさからうことのない、気持ちの通い合った友。
  • 竹馬の友(ちくばのとも):おさないころからの友だち。命がけかどうかではなく、つきあいの長さに重点があります。
  • 意気投合(いきとうごう):おたがいの気持ちがぴったり合うこと。

反対の言葉

  • 不倶戴天(ふぐたいてん):同じ空の下には生かしておけないほど、深くうらむこと。また、その相手。
  • 犬猿の仲(けんえんのなか):とても仲が悪いこと。廉頗と相如も、はじめはこれに近い関係でした。

「刎頸の交わり」のよくあるまちがい

「刎」と「吻」、「頸」と「頚」刎りっとう刀ではねる○吻口へんくちびる×頸おおがいくび○頚略した形同じ意味△首を「刀」ではねるから、りっとうの「刎」
「刎」は刀で首をはねるから「りっとう」。口へんの「吻(くちびる)」とまちがえないように
  • 「刎」を「吻」と書く:「吻」は口へんで「くちびる」の意味(接吻の吻)。「刎頸」の「刎」は、右が刀を表すりっとうです。「刎」も「頸」も常用漢字ではないので、テストでは読みと意味をおさえておきましょう。「交」は「交」の読み方・書き順・部首、「首」は「首」の読み方・書き順・部首で確かめられます。
  • 「ふんきょう」「ふんけん」と読む:「頸」の音読みは「けい」です。正しくは「ふんけいのまじわり」。
  • 「首を切り合うほどの争い」だと思う:まったく逆で、首をはねられても悔いがないほどの友情です。敵どうしには使いません。
  • 「交わり」を「交じり」と書く:「まじわり」は「交わり」と書きます。人とのつきあいのことです。
  • 相如が廉頗をこわがって逃げたと思う:相如がかくれたのは、国のために争いをさけたからです。本人が「秦王でさえしかりつけたわたしが、廉将軍だけをこわがるものか」と言っています。
うかるくん

うかるくん

「完璧」と「刎頸の交わり」、どっちが先の話か、ごちゃごちゃになりそうです…。

ミスターT先生

ミスターT先生

順番は「完璧」→「澠池の会」→「刎頸の交わり」。相如が手がらを2つ立てて出世したから、廉頗が怒った。出世の理由が「完璧」、その結果が「刎頸の交わり」と、原因と結果でつなげて覚えるといいよ。

入試ではこう出る

「刎頸の交わり」は、高校受験の故事成語から大学受験の漢文まで出てきます。

  • 中学受験・高校受験:故事成語の意味を選ぶ問題(友情を表す言葉をえらぶ)、「管鮑の交わり」「水魚の交わり」との区別がよく問われます。高校受験の漢文の出方は高校受験の漢文(返り点・書き下し文の対策)にまとめています。
  • 大学受験:廉頗藺相如列伝は、高校の教科書の定番の長文です。「孰与」の比較、「雖」の逆接、「独〜哉」の反語、「不倶生」の部分否定、「所以」の意味、相如がかくれた理由、廉頗が謝った理由などがよく問われます。共通テストでの漢文の出方は共通テストの漢文(配点・時間配分)へ。
ひらめいたサクラちゃん

サクラちゃん

相如が廉頗をさけた理由を書く問題は、「二人が争えば趙が弱まり、秦に攻められるから。国の危機を先にし、個人のうらみを後にしたから」と、秦のことまで書くのがコツですね!

練習問題

やさしい

  1. 「刎頸の交わり」の意味として正しいものを選びましょう。
    ア 首をかけて争うほどの敵どうし イ 首をはねられても悔いがないほどの固い友情 ウ おさないころからの友だち エ 会ったばかりの人とのつきあい
    答えと解説を見るイ。廉頗と藺相如が結んだ友情から生まれた言葉です。ウは「竹馬の友」の意味です。
  2. 「刎頸の交わり」と同じ『史記』廉頗藺相如列伝から生まれた故事成語を、一つ答えましょう。
    答えと解説を見る完璧。藺相如が和氏の璧を秦から守り、無事に趙へ持ち帰った話です。

ふつう

  1. 「今両虎共闘、其勢不倶生」を書き下し文に直し、「両虎」がだれを指すか答えましょう。
    答えと解説を見る今両虎共に闘はば、其の勢ひ倶には生きざらん。「両虎」は廉頗と藺相如の二人を指します。
  2. 廉頗は、なぜ肩をぬぎ、いばらのむちを背負って相如の家をたずねたのですか。
    答えと解説を見る相如が自分をさけていたのは、こわがっていたからではなく、国のために争いをさけていたと知り、自分の浅はかさを深く恥じたから。いばらのむちで打ってもらうつもりで、心から罪をわびたのです。

むずかしい

  1. 「公之視廉将軍孰与秦王」の「孰与」は何という句法ですか。句法の名前と、この文の現代語訳を答えましょう。
    答えと解説を見る比較(AはBに孰与ぞ=AとBとではどちらが〜か)。訳は「あなたたちが廉将軍を見るのと秦王を見るのとでは、どちらが(おそろしい)か」。家来は「秦王には及ばない」と答えます。

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よくある質問

刎頸の交わりの意味を簡単に言うと何ですか?

相手のためなら首をはねられても悔いがないほどの、固い友情のことです。生きるも死ぬもともにするほどの深いつきあいを表します。

刎頸の交わりの由来となった話はどんな話ですか?

『史記』廉頗藺相如列伝の話です。上卿になった藺相如に将軍の廉頗が腹を立てましたが、相如は「二人が争えば秦に攻められる」と考えて争いをさけました。それを知った廉頗は、いばらを背負って相如に謝り、二人は固い友情を結びました。

刎頸の交わりと完璧はどんな関係がありますか?

どちらも『史記』廉頗藺相如列伝から生まれた故事成語で、主人公は同じ藺相如です。和氏の璧を守った「完璧」などの手がらで相如が出世したことが、廉頗が怒るきっかけになりました。

刎頸の交わりの似た言葉は何ですか?

管鮑の交わり、水魚の交わり、莫逆の友などがあります。管鮑の交わりはたがいをよく理解した友情、水魚の交わりは離れられない親しい関係を表し、刎頸の交わりは命をかけられるほどの友情を表します。

「刎頸」の読み方と字の意味は何ですか?

「ふんけい」と読みます。「刎」は首をはねること、「頸」はくびのことです。「刎」はりっとうの字で、口へんの「吻(くちびる)」とは別の字です。

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出典・参考

  • 原文:『史記』巻八十一 廉頗藺相如列伝・巻八十九 張耳陳余列伝(維基文庫の本文で確認。教科書で多い形は、読みやすいように字や句読点を整えたもの)
  • 書き下し文・現代語訳:合格大作戦(教科書で多い読み方をもとにした一例)
  • 写真:メトロポリタン美術館(Open Access、CC0)
  • お話の絵・図:合格大作戦

最終更新:2026年10月29日/作成:大学受験合格大作戦