漢文の文学史まとめ|史記(司馬遷・紀伝体)・論語・唐詩(李白・杜甫)・唐宋八大家・四書五経を年表と一覧表で【漢文】

漢文の文学史まとめ|史記(司馬遷・紀伝体)・論語・唐詩(李白・杜甫)・唐宋八大家・四書五経を年表と一覧表で【漢文】

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大学受験難関大

ひとことで言うと

漢文の文学史は、先秦(詩経・論語・諸子)→漢(史記=司馬遷・紀伝体)→魏晋南北朝(陶淵明)→唐(李白・杜甫・白居易、韓愈・柳宗元の古文運動)→宋(蘇軾・欧陽脩・朱熹)の順に、時代・作者・作品・ジャンルをセットで覚えるのが基本です。

このページのポイント

  • 時代の順:先秦→漢→魏晋南北朝→唐→宋→元・明・清
  • 史記=司馬遷(前漢)・紀伝体の通史、漢書=班固・断代史
  • 唐詩:李白(詩仙)・杜甫(詩聖)・王維(詩仏)・白居易
  • 唐宋八大家=唐の韓愈・柳宗元+宋の6人(欧陽脩・三蘇・曾鞏・王安石)
  • 四書=論語・孟子・大学・中庸、五経=詩・書・易・礼・春秋

はじめて(やさしく)

漢文の文学史とは、「いつ・だれが・どんな作品を書いたか」の流れのことです。漢文で読む作品は、紀元前の『詩経』『論語』から、唐の李白・杜甫の詩、宋の蘇軾の文章まで、2000年以上にわたります。時代の順番と代表作を知っておくと、問題文の出典を見ただけで「これは思想の文章だ」「これは唐の詩だ」と見当がつき、読むのがぐっと楽になります。

時代と代表作の一覧(早見表)

時代ジャンル代表的な作品・作者
先秦詩・思想・歴史『詩経』『楚辞』(屈原)、『論語』『孟子』『老子』『荘子』『韓非子』、『春秋左氏伝』『戦国策』
漢歴史・詩『史記』(司馬遷・紀伝体)、『漢書』(班固)、古詩・楽府
魏晋南北朝詩・小説・選集陶淵明(桃花源記・飲酒)、『世説新語』(劉義慶)、『文選』(昭明太子)
唐詩・文章・伝奇李白・杜甫・王維・孟浩然・白居易、韓愈・柳宗元(古文運動)、伝奇小説
宋文章・詩・思想欧陽脩・蘇軾(赤壁賦)・王安石、朱熹(朱子学)
元・明・清歴史・小説『十八史略』(元・曽先之)、『三国志演義』『水滸伝』『西遊記』『紅楼夢』
中国の時代と漢文の代表作先秦〜前221詩経・楚辞・論語・孟子・老子・荘子韓非子・春秋左氏伝・戦国策秦・漢前221〜220史記(司馬遷)・漢書(班固)漢詩のはじまり(古詩・楽府)魏晋南北朝220〜589陶淵明・世説新語・文選王羲之(蘭亭序)隋・唐581〜907李白・杜甫・王維・白居易韓愈・柳宗元(古文運動)宋960〜1279欧陽脩・蘇軾・王安石・朱熹唐宋八大家の6人元・明・清1271〜1912十八史略(元)・三国志演義水滸伝・西遊記・紅楼夢
中国の時代と漢文の代表作。先秦→漢→魏晋南北朝→唐→宋→元明清

いちばん古い時代の作品の代表が『論語』です。孔子が自分の一生をふり返った言葉は、「十五歳=志学」「三十歳=而立」「四十歳=不惑」という年齢の呼び名のもとになりました。

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先秦:論語(年齢の呼び名のもと)

書き下し文子曰はく、吾十有五にして学に志す。三十にして立つ。四十にして惑はず。

(『論語』為政)

現代語訳先生がおっしゃった。「私は十五歳で学問に志した。三十歳で(学問の上で)自立した。四十歳で迷わなくなった。」

ここがポイント「十有五」は「十と五=十五」。「而」「于」は置き字(而・於・于)で読みません。このあと「五十にして天命を知る(知命)」「六十にして耳順ふ(耳順)」と続きます。故事成語「四十にして惑わず」のもとです。
うかるくん

うかるくん

人の名前と本の名前がたくさん出てきて、覚えきれません……。

ミスターT先生

ミスターT先生

全部を一度に覚えなくていい。まずは時代の順番を「先秦→漢→魏晋南北朝→唐→宋」と言えるようにしよう。そこに、先秦=論語、漢=史記、唐=李白・杜甫、宋=蘇軾と、1つずつ「顔」を貼っていくんだ。

サクラちゃん

サクラちゃん

時代ごとの「代表選手」を1人ずつ決めるんですね!

文学史でもう1つ大事なのが、歴史の本の書き方です。司馬遷の『史記』は、皇帝や人物ごとに記事を立てる紀伝体で書かれています。それに対して、年の順に出来事を書いていく形を編年体と言い、孔子が編んだと伝えられる『春秋』や、宋の司馬光の『資治通鑑』がその代表です。

歴史の書き方:紀伝体と編年体紀伝体人物ごとに書く本紀皇帝・王世家諸侯の家列伝人物の伝記表・書年表・制度例:史記・漢書編年体年の順に書く〇年 春…〇年 夏…〇年 秋…〇年 冬…例:春秋・資治通鑑
紀伝体(史記・漢書)は人物ごと、編年体(春秋・資治通鑑)は年の順
人差し指を立てて説明するミスターT先生

ミスターT先生

文学史は「時代・作者・作品・ジャンル」の4つをセットで覚える。たとえば「漢・司馬遷・史記・紀伝体の歴史書」。セットで言えれば、選択肢の入れかえ問題に強くなるよ。

ここまでのまとめ

  • 時代の順番:先秦→(秦)漢→魏晋南北朝→(隋)唐→宋→元・明・清
  • 代表:先秦=論語、漢=史記(司馬遷・紀伝体)、唐=李白・杜甫、宋=蘇軾
  • 紀伝体=人物ごと、編年体=年の順

しっかり(共通テスト)

先秦:詩経・楚辞と諸子・歴史の本

先秦とは、秦が中国を統一する(前221年)より前の時代のことです。中国でいちばん古い詩集が『詩経』で、黄河流域の民謡や宮廷の歌など305篇をおさめ、風・雅・頌の3部に分かれます。孔子が編んだという言い伝えがありますが、確かではありません。南の楚の国の歌を集めたのが『楚辞』で、中心は屈原の「離騒」です。『詩経』は北方の現実的な歌、『楚辞』は南方の幻想的な歌と対比されます。

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詩経:4字の句の詩

書き下し文桃の夭夭たる、灼灼たる其の華。

(『詩経』周南・桃夭)

現代語訳桃の木の若々しいこと、燃えるように明るいその花。

ここがポイント嫁いでいく娘を、花ざかりの桃にたとえて祝う歌です。『詩経』の詩は1句4字が基本で、唐の五言・七言の詩より古い形です(漢詩のきまり(絶句・律詩・押韻))。「夭夭」「灼灼」のように同じ字を重ねる畳語が多いのも特徴です。
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楚辞:屈原の嘆き

書き下し文世を挙げて皆濁り、我独り清めり。衆人皆酔ひ、我独り醒めたり。

(『楚辞』漁父)

現代語訳世の中はみな濁っているが、私だけが澄んでいる。人々はみな酔っているが、私だけがさめている。

ここがポイント楚の王に追放された屈原が、漁師に理由をたずねられて答えた言葉です。屈原の生き方は、のちの詩人たちに大きな影響を与えました。対になった2文の対句になっています。

先秦の思想の本(『論語』『孟子』『老子』『荘子』『荀子』『韓非子』など)は諸子百家(儒家・道家・法家)の思想で、くわしく扱います。歴史の本では、『春秋』に注釈をつけた『春秋左氏伝』(左丘明の作と伝えられる)と、戦国時代の遊説家の話を集めた『戦国策』(前漢の劉向が編集)が大事です。『戦国策』は「漁夫の利」「蛇足」「虎の威を借る狐」など、故事成語の宝庫です。

漢:司馬遷の『史記』と班固の『漢書』

前漢の司馬遷は、伝説の黄帝から自分の時代の武帝までの歴史を、紀伝体の『史記』130巻にまとめました。本紀12・表10・書8・世家30・列伝70という構成で、のちの中国の正式な歴史書(正史)の手本になりました。司馬遷は友人の将軍・李陵をかばって武帝の怒りを買い、宮刑という重い刑を受けましたが、それにたえて『史記』を書きあげたと、自分で書き残しています。

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司馬遷が『史記』にこめた思い

書き下し文天人の際を究め、古今の変に通じ、一家の言を成す。

(司馬遷「任安に報ずる書」(『漢書』司馬遷伝))

現代語訳天と人とのかかわりをきわめ、昔から今までの移り変わりを見通し、自分だけの独自の考え(を述べる書物)をつくりあげる。

ここがポイント司馬遷が友人の任安にあてた手紙の一節で、『史記』を書いた目的を述べた有名な言葉です。一二点が3回くり返される、そろった形(対句的な表現)です。
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史記:項羽の垓下の歌

書き下し文力は山を抜き気は世を蓋ふ。

(『史記』項羽本紀)

現代語訳私の力は山を引き抜くほど強く、意気は世の中をおおいつくすほどだった。

ここがポイント四面楚歌の中で項羽がうたった歌の最初の句で、故事成語「抜山蓋世」のもとです。「兮」は歌の調子をととのえる字で、読まない置き字として扱います。『史記』の名場面は反語の句法や受身の句法の例文にもよく使われます。

後漢の班固は、前漢一代の歴史を『漢書』にまとめました。『史記』が何代もの王朝を通して書いた通史なのに対し、『漢書』は1つの王朝だけを書いた断代史で、以後の正史はこの形にならいました。『史記』と『漢書』を合わせて「史漢」と呼ぶこともあります。

魏晋南北朝:陶淵明・世説新語・文選

漢が滅びたあとの分裂の時代には、個人の気持ちをうたう詩が発達しました。東晋の陶淵明(陶潜)は、役人の生活をやめて故郷の田園で暮らし、「帰去来の辞」「飲酒」などの詩と、理想郷をえがいた「桃花源記」を残しました。「田園詩人」と呼ばれます。

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陶淵明:田園の詩

書き下し文菊を采る東籬の下、悠然として南山を見る。

(陶淵明「飲酒」其五)

現代語訳東の垣根のもとで菊の花をつみ、ゆったりとした気持ちで南の山をながめる。

ここがポイント五言古詩の一節。俗世をはなれた静かな心境をうたった、陶淵明の代表的な句です。「悠然」の「然」は「〜として」と読む形容の語尾です。

南朝宋の劉義慶が編んだ『世説新語』は、後漢から東晋までの人物の逸話を集めた本で、「漱石枕流」「竹馬の友」などの話をふくみます。梁の昭明太子(蕭統)が編んだ『文選』は、すぐれた詩文を集めたアンソロジーで、平安時代の日本でも貴族の教養の本として読まれました。

唐:漢詩の黄金時代

唐は漢詩がもっとも栄えた時代で、絶句・律詩などの近体詩の形もこのころ完成しました。唐詩は、ふつう初唐・盛唐・中唐・晩唐の4つの時期に分けられます。

唐詩の4つの時期初唐王勃・陳子昂唐のはじめ:近体詩の形が整う盛唐李白・杜甫・王維・孟浩然玄宗のころ:唐詩の最盛期中唐白居易・韓愈・柳宗元安史の乱のあと:わかりやすい詩・古文運動晩唐杜牧・李商隠唐の終わり:はなやかで感傷的入試に多いのは盛唐(李白・杜甫)と中唐(白居易)
唐詩の4つの時期。盛唐の李白・杜甫、中唐の白居易がよく出る
詩人時期呼び名代表作・特徴
李白盛唐(701〜762年)詩仙自由で豪快。静夜思・早発白帝城・黄鶴楼送孟浩然之広陵。絶句が得意
杜甫盛唐(712〜770年)詩聖社会や人々の苦しみをうたう。春望・登高。律詩が得意
王維盛唐(生年に諸説〜761年)詩仏自然の静けさ。画家としても有名。鹿柴・送元二使安西
孟浩然盛唐(689〜740年)—自然をうたう。春暁
白居易中唐(772〜846年)字は楽天わかりやすい詩。長恨歌・琵琶行。『白氏文集』は平安時代の日本で大人気
韓愈中唐(768〜824年)—古文運動の中心。雑説(世に伯楽有りて…)
柳宗元中唐(773〜819年)—古文運動。江雪・捕蛇者説
杜牧晩唐(803〜852年)—江南春・山行(霜葉は二月の花よりも紅なり)
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李白:スピード感のある詩

書き下し文朝に辞す白帝彩雲の間、千里の江陵一日にして還る。

(李白「早発白帝城」(起句・承句))

現代語訳朝早く、朝焼け雲のたなびく白帝城に別れを告げ、千里もはなれた江陵まで、たった1日で帰ってきた。

ここがポイント長江の急流を舟で下る速さを、「千里」「一日」という数の対比で表しています。李白らしい豪快さです。韻字は「間・還」(と第4句末の「山」)。
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白居易:長恨歌

書き下し文天に在りては願はくは比翼の鳥と作り、地に在りては願はくは連理の枝と為らん。

(白居易「長恨歌」)

現代語訳天にあっては、翼をならべて飛ぶ比翼の鳥となり、地にあっては、枝がつながった連理の木の枝となろう。

ここがポイント唐の玄宗皇帝と楊貴妃の愛をうたった長い詩(七言古詩)の終わり近くの句です。「願はくは〜ん」は願望の句法(願・請・庶幾)。『源氏物語』桐壺の巻にも引かれ、日本の文学に大きな影響を与えました。
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韓愈:古文の名文

書き下し文世に伯楽有りて、然る後に千里の馬有り。

(韓愈「雑説」)

現代語訳世の中に(馬の目ききの)伯楽がいて、はじめて一日に千里を走る名馬が(名馬として)見いだされる。

ここがポイントすぐれた人材も、それを見ぬく人がいなければ世に出られない、というたとえです。故事成語「千里の馬も伯楽に会わざれば」のもと。「然る後に」は「そうしてはじめて」。
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柳宗元:江雪

書き下し文千山鳥飛ぶこと絶え、万径人蹤滅す。孤舟蓑笠の翁、独り釣る寒江の雪。

(柳宗元「江雪」)

現代語訳どの山にも鳥の飛ぶ姿はなく、どの小道にも人の足あとは消えた。ぽつんと浮かぶ舟に、みのとかさをつけた老人が、ひとり雪の降る寒々とした川で釣り糸をたれている。

ここがポイント古文運動の柳宗元は、詩人としても知られます。左遷された土地で作った詩で、孤独な老人の姿に作者自身が重なります。結句は「独り寒江の雪に釣る」と返って読む本もあります。

宋:唐宋八大家と朱熹

唐の韓愈と柳宗元は、六朝以来の飾りの多い駢文をやめ、先秦・漢のような自由で力強い文章(古文)にもどろうという古文運動を起こしました。これを宋の欧陽脩らが受けつぎ、のちに明の時代に、この8人の名文家が「唐宋八大家」とまとめて呼ばれるようになりました。

唐宋八大家(古文の名人8人)唐(2人)韓愈柳宗元古文運動宋(6人)欧陽脩王安石三蘇(蘇氏の父と子)蘇洵(父)蘇軾(兄)蘇轍(弟)曾鞏
唐宋八大家:唐の韓愈・柳宗元と、宋の欧陽脩・王安石・曾鞏・三蘇
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蘇軾:春宵一刻値千金

書き下し文春宵一刻直あたひ千金。

(蘇軾「春夜」(起句))

現代語訳春の夜のひとときは、千金に値するほどすばらしい。

ここがポイント「直」は「値」と同じで「あたひ」と読みます。今では「春宵一刻値千金」と書かれることが多い言葉です。蘇軾(号は東坡)は、詩・文章・書・画のすべてにすぐれた宋の代表的な文人です。
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宋:朱熹と伝えられる詩

書き下し文少年老い易やすく学成り難がたし。

(「偶成」(朱熹の作と伝えられるが、作者には諸説ある))

現代語訳若いうちはすぐに年をとってしまい、学問はなかなか完成しない。

ここがポイント「易」「難」は下から返って読む返読文字で、「老い易く」「成り難し」。朱熹は儒学を体系化した朱子学を大成した人ですが、この詩が本当に朱熹の作かどうかは、近年の研究で疑問が出されています。

作品と作者の一覧表

作品作者・編者時代ジャンル・ひとこと
詩経(孔子が編んだと伝えられる)周〜春秋中国最古の詩集・305篇
楚辞屈原ほか(前漢の劉向が編集)戦国〜漢南方の歌・離騒
論語孔子の弟子たち春秋〜戦国孔子の言行録
春秋左氏伝左丘明と伝えられる戦国春秋の注釈・編年体
戦国策前漢の劉向が編集漢遊説家の話
史記司馬遷前漢紀伝体の通史・130巻
漢書班固後漢紀伝体の断代史
三国志陳寿西晋魏・呉・蜀の正史
世説新語劉義慶(編)南朝宋人物の逸話集
文選昭明太子(蕭統)南朝梁詩文の選集
白氏文集白居易唐白居易の詩文集
資治通鑑司馬光北宋編年体の歴史書
十八史略曽先之元歴史の入門書(日本で愛読)
唐詩選李攀竜の編とされる(諸説)明唐詩の選集(江戸時代に流行)

文学史の問題の解き方の手順

  1. 時代を決める:選択肢の作者・作品を、先秦・漢・魏晋南北朝・唐・宋のどこかに置く。
  2. ジャンルを確かめる:詩か、思想か、歴史か、小説(逸話)か。
  3. セットの入れかえを疑う:「史記=班固」「漢書=司馬遷」のように、作者と作品を入れかえたわなが多い。
  4. 形式の言葉を確かめる:紀伝体/編年体、通史/断代史、古詩/近体詩。
  5. 問題文の出典を手がかりにする:出典が『史記』なら人物の行動、『荘子』ならたとえ話、と読み方を決める。
サクラちゃん

サクラちゃん

「司馬遷」と「司馬光」、名前がにていて、まちがえそうです。

ミスターT先生

ミスターT先生

よく出るわなだね。司馬遷=漢=史記=紀伝体、司馬光=北宋=資治通鑑=編年体。1000年以上ちがう人だよ。「遷」は「うつる」、時代が古い方と覚えておこう。

うかるくん

うかるくん

「史記」と「資治通鑑」、紀伝体と編年体。セットで覚えます!

もっと深く(難関大・上級者)

1. 四書五経と朱子学

儒学の基本の本を四書五経と言います。五経は『詩経』『書経』『易経』『礼記』『春秋』で、漢の時代から国の学問の中心とされました(もとは『楽経』を加えて六経とも言いますが、『楽経』は伝わっていません)。四書は『論語』『孟子』『大学』『中庸』で、宋の朱熹が『礼記』の中から「大学」「中庸」の2篇を取り出し、『論語』『孟子』と合わせて、儒学の入門としてもっとも重んじました。朱熹の注釈『四書集注』は、元以後の科挙(役人の試験)の基準となり、江戸時代の日本でも盛んに読まれました。

四書五経(儒学の基本の本)四書(朱熹が重んじた)論語孔子の言行孟子孟子の言行大学礼記の一篇中庸礼記の一篇五経(漢の時代から重んじられた)詩経詩書経政治易経うらない礼記礼春秋魯の歴史
四書(論語・孟子・大学・中庸)と五経(詩・書・易・礼・春秋)

2. 駢文と古文運動

六朝時代には、4字と6字の句を交互に重ね、対句と古い言葉の引用(典故)で飾った駢文(四六駢儷文)が流行しました。美しい反面、形にしばられて内容がうすくなりがちだったため、中唐の韓愈は「文は道を載せるもの」として、先秦・漢の自由な散文(古文)を手本にすべきだと主張しました。これが古文運動です。入試で読む「雑説」「師説」(韓愈)、「捕蛇者説」(柳宗元)、「赤壁賦」(蘇軾)などは、この流れの名文です。なお、漢文の「古文」は、日本の古典文法でいう「古文(平安時代などの和文)」とは別の意味なので注意しましょう(古典と古文と漢文の違い)。

散文の文体の流れ先秦・漢自由な散文(論語・孟子・史記)六朝駢文(四六駢儷文):4字・6字の対句中唐韓愈・柳宗元の古文運動宋欧陽脩・蘇軾らが受けつぐ飾りの多い駢文 → 先秦・漢の自由な文へもどろう
飾りの多い駢文から、先秦・漢の自由な文へ。韓愈・柳宗元の古文運動
黒い高い帽子をかぶり、白い長い衣を着て、竹の杖をついて立つ蘇軾の全身像を細い線でえがいた絵
元の趙孟頫がえがいた蘇軾(蘇東坡)の像。趙孟頫が蘇軾の「赤壁賦」を書き写した書の巻頭に添えられたものです。蘇軾は唐宋八大家の1人で、詩・文章・書・画のすべてにすぐれていました。画像:趙孟頫「蘇軾像」(元代、『赤壁二賦冊』の巻頭、国立故宮博物院蔵、Wikimedia Commons・パブリックドメイン)
難関大

宋の名文:赤壁賦の書き出し

書き下し文壬戌の秋、七月既望、蘇子客と舟を泛うかべて、赤壁の下に遊ぶ。

(蘇軾「赤壁賦」(前赤壁賦))

現代語訳壬戌の年(1082年)の秋、七月十六日、私(蘇子)は客と舟を浮かべて、赤壁のふもとで遊んだ。

ここがポイント「既望」は満月(望=十五日)の次の日、つまり十六日。「与」は「〜と」と読む「与」の読みと用法(と・ともに・あたふ・か)。「賦」は韻をふむ散文的な文体で、蘇軾が流された黄州で作られ、三国時代の赤壁の戦いをしのぶ内容です。

3. 唐代伝奇から『山月記』へ

唐の時代には、作者が意識して作った短い物語である伝奇が生まれました。人生のはかなさをえがいた沈既済の「枕中記」は「邯鄲の夢(黄粱一炊の夢)」の話のもとです。また、詩人になりそこねた男が虎になる「人虎伝」は、中島敦の小説『山月記』(高校の現代文の定番教材)のもとになりました。漢文と現代文の教材は、こんなところでもつながっています。

4. 日本の漢文:懐風藻から頼山陽まで

日本人も、昔から漢文で歴史を書き、漢詩を作ってきました。最初の正史『日本書紀』(720年)は漢文で書かれ、『懐風藻』(751年)は現存する最古の日本人の漢詩集です。平安時代には菅原道真が漢詩人としても名を残し、白居易の『白氏文集』が貴族のあいだで愛読されました。鎌倉・室町時代には禅僧たちの五山文学が栄え、江戸時代には儒学とともに漢詩文が広く学ばれ、頼山陽の歴史書『日本外史』は幕末の人々に広く読まれました。

日本の漢文の流れ奈良日本書紀(720)・懐風藻(751)平安菅原道真・白氏文集の流行・和漢朗詠集鎌倉・室町五山文学(禅僧の漢詩文)江戸朱子学・頼山陽『日本外史』明治夏目漱石・森鷗外も漢詩を作る漢文は日本の文学・歴史の一部でもある
日本書紀・懐風藻から、道真、五山文学、頼山陽、明治の文豪まで
難関大

日本の漢詩:菅原道真

書き下し文去年の今夜清涼に待す、秋思の詩篇独り腸を断つ。

(菅原道真「九月十日」)

現代語訳去年の今夜は、清涼殿で(醍醐天皇の宴に)おそばに仕えていた。(そのとき作った)「秋思」の詩は、(今思い出すと)ひとり断腸の思いがする。

ここがポイント大宰府に流された道真が、1年前の宮中の宴を思い出して作った七言絶句の前半です。「断腸」は「はらわたがちぎれるほど悲しい」こと(故事成語「断腸」)。
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日本の漢詩:頼山陽

書き下し文鞭声粛粛夜河を過わたる。

(頼山陽「題不識庵撃機山図」(起句))

現代語訳(上杉謙信の軍は)馬にあてるむちの音もひっそりと、夜のうちに川をわたった。

ここがポイント川中島の戦いで、上杉謙信(不識庵)が武田信玄(機山)を攻める場面をえがいた絵に題した詩です。詩吟でも有名で、江戸時代の日本人が作った七言絶句の代表です。

5. 正史と「二十四史」

『史記』『漢書』に続いて、王朝ごとに紀伝体の歴史書が作られ、清の時代に公認された24の歴史書を「二十四史」と呼びます。入試の漢文では、『史記』『漢書』のほか、『後漢書』(范曄)、『三国志』(陳寿)、『晋書』、『新唐書』などからも出題されます。出典の書名を見て「人物の伝記だな」とわかれば、だれが・何をして・どうなったかに注目して読めばよいのです。なお、小説の『三国志演義』(明、羅貫中の作とされる)は、正史の『三国志』とは別の本です。

ひらめいたサクラちゃん

サクラちゃん

史記=司馬遷=紀伝体、資治通鑑=司馬光=編年体。唐宋八大家は唐が韓愈・柳宗元の2人、宋が欧陽脩・王安石・曾鞏と三蘇の6人。四書は論語・孟子・大学・中庸ですね!

よくあるまちがい

まちがい1:『史記』の作者を班固、『漢書』を司馬遷とする

史記=司馬遷(前漢)、漢書=班固(後漢)。どちらも紀伝体ですが、史記は通史、漢書は断代史です。

まちがい2:司馬遷と司馬光を取りちがえる

司馬遷は漢の『史記』(紀伝体)、司馬光は北宋の『資治通鑑』(編年体)です。

まちがい3:唐宋八大家に李白・杜甫を入れる

唐宋八大家は文章(古文)の名人です。詩人の李白・杜甫・白居易は入りません。唐からは韓愈・柳宗元の2人だけです。

まちがい4:四書に『詩経』『春秋』を入れる

四書=論語・孟子・大学・中庸、五経=詩経・書経・易経・礼記・春秋。大学・中庸はもと礼記の一篇です。

まちがい5:『十八史略』を唐や宋の本とする

『十八史略』は元の曽先之がまとめた歴史の入門書です。日本では江戸時代から漢文の教科書として広く読まれました。

練習問題

やさしい

  1. 次の作品の作者を答えなさい。
    ①史記 ②漢書 ③長恨歌
    答えと解説を見る

    ①司馬遷(前漢) ②班固(後漢) ③白居易(唐)

  2. 次の訓読文を書き下し文にしなさい。(『論語』為政)
    答えと解説を見る

    四十にして惑はず(四十にして惑はず)。「而」は置き字で読まず、レ点で「惑は→ず」と返ります。四十歳を「不惑」と言うもとです。

ふつう

  1. 紀伝体と編年体のちがいを説明し、それぞれの代表的な歴史書を1つずつ答えなさい。
    答えと解説を見る

    紀伝体は、皇帝の本紀や人物の列伝など、人物ごとに記事を立てて書く形式(例:『史記』『漢書』)。編年体は、出来事を年の順に書く形式(例:『春秋』『資治通鑑』)。

  2. 次の人物を時代の古い順に並べなさい。
    蘇軾・司馬遷・陶淵明・李白・孔子
    答えと解説を見る

    孔子(春秋)→司馬遷(前漢)→陶淵明(東晋)→李白(唐)→蘇軾(宋)。先秦→漢→魏晋南北朝→唐→宋の順です。

むずかしい

  1. 唐の韓愈・柳宗元が起こした古文運動とは何か。それ以前に流行した文体の名前を使って説明しなさい。
    答えと解説を見る

    六朝時代に流行した、4字・6字の対句と典故で飾る駢文(四六駢儷文)は、形にしばられて内容がうすくなりがちだった。そこで韓愈・柳宗元は、先秦・漢の自由で内容のある散文(古文)を手本にして書こうと主張した。これが古文運動で、宋の欧陽脩・蘇軾らに受けつがれた。

  2. 唐宋八大家8人の名前をすべて答え、唐と宋に分けなさい。
    答えと解説を見る

    唐:韓愈・柳宗元/宋:欧陽脩・蘇洵・蘇軾・蘇轍・曾鞏・王安石。蘇洵(父)と蘇軾・蘇轍(子)は「三蘇」と呼ばれます。

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白居易の詩と日本の古典のつながりは枕草子「香炉峰の雪」の原文と現代語訳で、漢文の作品年表と古文との関係は古典と古文と漢文の違い(作品年表)で読めます。宋の詩人にまつわる言葉は杜撰(ずさん)の意味と由来、『史記』『戦国策』の話は故事成語の一覧(意味・由来・出典)へ。日本の古典では徒然草にも漢文の影響が見られます。

読みもの(合格大作戦の記事)

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よくある質問

漢文の文学史で最低限覚えることは?

時代の順(先秦→漢→魏晋南北朝→唐→宋)と、各時代の代表(論語・史記と司馬遷・陶淵明・李白と杜甫と白居易・韓愈と柳宗元・蘇軾)、紀伝体と編年体の区別です。

紀伝体と編年体のちがいは?

紀伝体は皇帝の本紀や人物の列伝など人物ごとに書く形式(史記・漢書)、編年体は出来事を年の順に書く形式(春秋・資治通鑑)です。

唐宋八大家はだれですか?

唐の韓愈・柳宗元と、宋の欧陽脩・蘇洵・蘇軾・蘇轍・曾鞏・王安石の8人の文章家です。蘇洵・蘇軾・蘇轍は父と子で「三蘇」と呼ばれます。

四書五経とは何ですか?

儒学の基本の本で、四書は論語・孟子・大学・中庸、五経は詩経・書経・易経・礼記・春秋です。四書は宋の朱熹が重んじました。

李白・杜甫・王維の呼び名は?

李白は「詩仙」、杜甫は「詩聖」、王維は「詩仏」と呼ばれます。3人とも盛唐の詩人です。

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出典・参考

  • 文部科学省「高等学校学習指導要領(平成30年告示)」国語(言語文化・古典探究)
  • 例文の本文:『論語』為政、『詩経』周南・桃夭、『楚辞』漁父、司馬遷「任安に報ずる書」(『漢書』司馬遷伝)、『史記』項羽本紀、陶淵明「飲酒」、李白「早発白帝城」、白居易「長恨歌」、韓愈「雑説」、柳宗元「江雪」、蘇軾「春夜」「赤壁賦」、「偶成」(朱熹の作と伝えられる)、菅原道真「九月十日」、頼山陽「題不識庵撃機山図」。訓読は高校の教科書で一般的な読み方による
  • 人物の生没年は一般的な説により、諸説ある所は本文中に記した
  • 画像:趙孟頫「蘇軾像」(元代、『赤壁二賦冊』の巻頭、国立故宮博物院蔵、Wikimedia Commons・パブリックドメイン)

最終更新:2026年10月28日/作成:大学受験合格大作戦