竹馬の友(ちくばのとも)の意味と由来|晋書の原文・書き下し文・現代語訳とイラストで読む桓温と殷浩の話【故事成語】

竹馬の友(ちくばのとも)の意味と由来|晋書の原文・書き下し文・現代語訳とイラストで読む桓温と殷浩の話【故事成語】

故事成語の一覧 › 『晋書』

大学受験

竹馬の友ちくばのとも

ひとことで言うと

幼いころからいっしょに遊んで育った友だち(幼なじみ)。東晋の桓温が、子どものころ竹馬で遊んだ殷浩について語った言葉から。

読み方ちくばのとも
意味幼いころからいっしょに遊んで育った、親しい友だち。幼なじみ。
出典『晋書』殷浩伝(同じ言葉が『世説新語』品藻にも)
お話桓温が、位を失った殷浩について「子どものころ、わたしが捨てた竹馬を殷浩はいつも拾った。だからわたしより下だ」と人々に語った
似た言葉幼なじみ・竹馬の好・管鮑の交わり・莫逆の友
反対の言葉不倶戴天・犬猿の仲
漢文の句法与(と)・再読文字(当)・之(これ)

このページのポイント

  • 「竹馬の友」は幼いころからいっしょに遊んで育った友だち。読みは「ちくばのとも」です
  • 出典は『晋書』殷浩伝。桓温が殷浩について「わたしが捨てた竹馬を拾ったから、わたしより下だ」と言った話で、もとはよい意味だけではありませんでした
  • 話の竹馬は、足をのせる竹馬ではなく竹の棒にまたがる遊び。原文で再読文字「当」や「与」「輒」が練習できます

「竹馬の友」の意味と読み方

「竹馬の友」はちくばのともと読みます。意味は「幼いころから、いっしょに遊んで育った親しい友だち」、つまり幼なじみのことです。「たけうまのとも」とは読まないので注意しましょう。

「竹馬」は、竹の棒を馬に見立てて遊ぶ、昔の子どもの遊び道具です。竹馬で遊ぶくらい小さいころからの友だちという意味で、「竹馬の友」と言います。中国の歴史書『晋書(しんじょ)』に出てくる、二人の人物の話がもとになっています。

サクラちゃん

サクラちゃん

竹馬って、足をのせて歩く、あの竹馬ですか? あれで遊ぶ友だちってことですか?

ミスターT先生

ミスターT先生

じつは、そこに落とし穴があるんだ。話のもとになった昔の中国の竹馬は、足をのせる竹馬ではなく、1本の竹の棒にまたがって、馬に乗ったつもりで走り回る遊びなんだよ。図で比べてみよう。

「竹馬」は2種類ある昔の中国の竹馬棒にまたがって走る今の日本の竹馬台に足をのせて歩く「竹馬の友」の竹馬は、左の「またがる竹馬」
「竹馬の友」の竹馬は、竹の棒にまたがって走る遊び。今の日本の、足をのせる竹馬とは形がちがいます

日本でも昔は、竹の棒にまたがる遊びを「竹馬」と呼んでいたとされます。足をのせる台のついた今の形の竹馬が広まったのは後の時代で、いつごろからかは本によって説明がちがいます(諸説あり)。どちらにしても、「竹馬の友」は「小さいころの遊び友だち」と覚えておけばまちがいありません。

ふだんの言い方では、次のように使います。

  • ○彼とは幼稚園からの竹馬の友だ。
  • ○同窓会で、三十年ぶりに竹馬の友と再会した。
  • ○竹馬の友だからこそ、言いにくいことも言い合える。
白っぽい玉(ぎょく)でできた、長い棒を肩にかついで立つ子どもの小さな像
竹馬(ちくば)に乗る子どもをかたどった、中国・清の時代の玉(ぎょく)の置物。肩にかついだ棒の先に、馬の頭がついています。昔の中国の竹馬は、このように棒にまたがって遊ぶものでした。画像:「Boy Riding a Hobby Horse」(中国・清代、18世紀、メトロポリタン美術館蔵、パブリックドメイン)

絵で読む「竹馬の友」のお話

話の舞台は、4世紀の中国・東晋(とうしん)の時代です。登場するのは、軍を率いて大きな力を持った桓温(かんおん)と、学問と弁論で名高かった殷浩(いんこう)の二人。どちらも同じころに生まれ育ち、子どものころはいっしょに竹馬で遊んだ仲でした。

絵で読む「竹馬の友」のお話(4こま)

1竹馬で遊ぶ二人パカパカ!はやいぞ!桓温(子ども)殷浩(子ども)
1東晋の時代。のちに大将軍となる桓温(かんおん)と、名高い学者となる殷浩(いんこう)は、子どものころ、いっしょに竹馬に乗って遊びました。
2捨てた竹馬を拾うもういらないあきちゃった拾って遊ぼうっと殷浩桓温
2桓温は遊びあきると竹馬を放り出しました。すると殷浩は、いつもその竹馬を拾って遊んだといいます。
3殷浩、位を失う北伐の失敗により官位を取り上げる殷浩(大人)朝廷の使い
3大人になった殷浩は、北方への遠征(北伐)に失敗し、位を取り上げられて都を追われてしまいます。
4桓温が人々に言う子どものころ、わたしが捨てた竹馬を殷浩はいつも拾った。だから、わたしより下なのだ桓温(大人)故に当に我が下に出づべきなり
4桓温は人々に言いました。「子どものころ、わたしが捨てた竹馬を殷浩はいつも拾った。だから、あいつはわたしより下なのだ」。

4こま目の桓温の言葉を読むと、少しおどろくかもしれません。今の「竹馬の友」はなつかしい幼なじみというあたたかい言葉ですが、もとの話の桓温は、「子どものころから、あいつはわたしの下だった」と言うために竹馬の思い出を持ち出しているのです。

人差し指を立てて説明するミスターT先生

ミスターT先生

ここがこの言葉のおもしろいところだ。話をしているのは桓温で、言われているのは殷浩。しかも、殷浩が位を失ったあとに、昔の思い出を持ち出して「わたしのほうが上だ」と言っている。もとは、よい意味だけの言葉ではなかったんだね。

なお、まちがえやすいのですが、竹馬の話を口にしたのは桓温です。殷浩が桓温のことを悪く言ったのではありません。原文の「温(桓温)、人に語りて曰はく」「浩(殷浩)輒ち之を取る」を見れば、だれがだれのことを言ったのかが分かります。

「竹馬の友」の原文・書き下し文・現代語訳

「竹馬の友」という4字そのものは、原文には出てきません。もとになったのは、『晋書』殷浩伝の中の桓温の言葉です。1文ずつ、返り点と送り仮名をつけた訓読文で読んでいきましょう。返り点の読み方は返り点(レ点・一二点・上下点)の読み方、書き下し文のきまりは書き下し文の書き方でくわしく説明しています。

『晋書』殷浩伝より(句読点を補ったもの)溫語人曰、少時吾與浩共騎竹馬、我棄去、浩輒取之、故當出我下也。

1文目:子どものころの思い出

書き下し文少わかき時とき、吾われ浩かうと共ともに竹馬ちくばに騎のる。

(『晋書』殷浩伝)

現代語訳若い(幼い)ころ、わたしは殷浩といっしょに竹馬に乗って遊んだ。

ここがポイント「少(わか)き時」は「幼いころ」。「与(と)」は「〜と」と読み、「AとBと」「Aと共に」のように相手を表す字です。くわしくは「与」の読み方と用法へ。「騎(の)る」は馬などにまたがって乗ることで、竹馬にまたがっていたことが字からも分かります。

2文目:捨てた竹馬を拾う

書き下し文我われ棄すてて去されば、浩かう輒すなはち之これを取とる。

(『晋書』殷浩伝)

現代語訳わたしが(竹馬を)捨てて立ち去ると、殷浩はそのたびにいつもそれを拾った。

ここがポイント「輒(すなは)ち」は「そのたびにいつも」という意味で、「則」「乃」「即」とは使い方がちがいます。見分け方は「而・則・乃・即」の読み方と違いへ。「之(これ)」は、ここでは桓温が捨てた竹馬を指す代名詞です(「之」の読み方と用法)。

3文目:だからわたしより下だ

書き下し文故ゆゑに当まさに我わが下したに出いづべきなり。

(『晋書』殷浩伝)

現代語訳だから、(殷浩は)当然わたしより下に位置するはずなのだ。

ここがポイント「当(まさ)に〜べし」は、1回目に「まさに」、2回目に「べし」と2度読む再読文字で、「当然〜のはずだ」という意味です。ここでは後ろに「也(なり)」が続くので「べき」の形になります。

『世説新語』品藻の形

同じ言葉は、人物の逸話を集めた『世説新語(せせつしんご)』の品藻(ひんそう)篇にもあります。こちらは殷浩を、字(あざな)の「淵源(えんげん)」で呼んでいます。

『世説新語』品藻より(句読点を補ったもの)殷侯既廢、桓公語諸人曰、少時與淵源共騎竹馬、我棄去、己輒取之、故當出我下。

「殷侯(殷浩)既に廃せられ、桓公(桓温)諸人に語りて曰はく」とあり、殷浩が位を失ったあとに桓温が人々に話した言葉であることが、はっきり書かれています。『晋書』は唐の時代にまとめられた歴史書で、それより前に作られた『世説新語』の話を多く取り入れていると言われます。

「竹馬の友」で覚える句法4つ与浩浩と〜と(いっしょに)与=と輒輒ち(すなはち)そのたびにいつも重要語当当に〜べしきっと〜のはずだ再読文字之之を(これを)竹馬を指す代名詞之=これ
「竹馬の友」の原文に出てくる句法は4つ。与・輒・当・之は入試でもよく問われる字です
うかるくん

うかるくん

「当に我が下に出づべきなり」の「出づ」って、「出てくる」っていう意味ですか?

ミスターT先生

ミスターT先生

ここは「〜の位置にくる」くらいの意味で読むといい。「我が下に出づ」で「わたしより下にくる」、つまりわたしより劣るということだね。訳し方にはいくつか言い方があるけれど、「殷浩はわたしより下だ」という中身はどの訳でも同じだよ。

出典『晋書』と話の背景

出典の『晋書(しんじょ)』は、晋(西晋・東晋)の時代の歴史をまとめた本で、唐の太宗(たいそう)の命令で7世紀に作られました。「竹馬の友」の話は、その中の殷浩伝(殷浩の伝記)にあります。同じ晋書からは、「蛍雪の功」「破竹の勢い」「洛陽の紙価を高める」「風声鶴唳」などの故事成語も生まれています。

桓温と殷浩 二人の関係の流れ子どものころ二人で竹馬に乗って遊ぶ若いころ名前が同じくらい知られ、張り合う大人になって殷浩、北伐に失敗して位を失うそのあと桓温「だからわたしより下だ」
桓温と殷浩は、子どものころから張り合う関係でした。竹馬の話は、殷浩が位を失ったあとに出てきます

桓温と殷浩はどんな人か

  • 桓温(かんおん・312〜373年):東晋の将軍。蜀(四川)を平定するなど手がらを立て、朝廷で大きな力を持ちました。
  • 殷浩(いんこう・?〜356年):字は淵源。若いころから学問と弁論で名高く、朝廷は力を強めた桓温をおさえる役目を期待して、殷浩を重く用いました。

二人は若いころから同じくらい名を知られ、張り合う気持ちがあったと伝えられています。『世説新語』品藻には、桓温が殷浩に「きみはわたしと比べてどうかね」とたずね、殷浩が「わたしはわたし自身と長くつきあってきた。わたしはわたしでいたい」と答えた、という話もあります。

『世説新語』品藻より(句読点を補ったもの)桓公少與殷侯齊名、常有競心。桓問殷、卿何如我。殷云、我與我周旋久、寧作我。

殷浩の答え(『世説新語』品藻)

書き下し文我われ我われと周旋しうせんすること久ひさし、寧むしろ我われと作なさん。

(『世説新語』品藻)

現代語訳わたしは、わたし自身と長いあいだつきあってきた。(あなたと比べるより)むしろ、わたしはわたしでいたい。

ここがポイント「寧(むし)ろ〜ん」は、2つを比べて「どちらかといえば〜のほうがよい」と選ぶ言い方で、選択の句法(寧〜・与其〜)につながる字です。「作」の読み方は本によって「なさん」「ならん」などがあります。

「卿(けい)は我に何如(いかん)」の「何如」は、「どうであるか」とたずねる疑問の句法です。殷浩は「どちらが上か」という勝負には乗らず、さらりと言い返しています。

北伐の失敗と、その後の殷浩

殷浩は、北の地方を取りもどすための遠征(北伐)の指揮をまかされましたが、味方の武将にそむかれるなどして失敗しました。桓温はこれを朝廷に訴え、殷浩は位を取り上げられて庶民の身分にされ、東陽郡の信安(しんあん)という所へ移されました。お話の3こま目は、この場面です。

『晋書』によると、殷浩はこのあと、うらみごとは口にせず、一日中、空中に「咄咄怪事(とつとつかいじ)」(ああ、おかしなことだ)という4字を指で書いていたと伝えられます。のちに桓温は殷浩をまた高い位につけようと手紙を送りましたが、殷浩が返事を何度も確かめて開け閉めしているうちに、中身の入っていない封筒を送ってしまい、話はそれきりになった、という逸話も残っています。

東晋とはどんな時代か

中国では、3世紀に魏・呉・蜀の三国時代が終わったあと、晋(しん)が国を一つにまとめました(西晋)。しかし間もなく北方の諸民族が力を強め、晋は都を南の建康(けんこう、今の南京)に移して続きました。これを東晋と呼びます。東晋の朝廷にとって、北の土地を取りもどす「北伐」は大きな目標で、桓温も殷浩も、この北伐に深くかかわった人物です。

この時代の人々は、人物の才能や人がらを批評し合うことを好みました。『世説新語』の「品藻(ひんそう)」という篇の名前も、人物の品定めという意味です。桓温が殷浩と自分を比べて「わたしのほうが上だ」と言ったのも、こうした時代の空気の中での言葉だったと考えられます。

なお、「竹馬」という遊びそのものは、この話よりも古くから中国にあったとされ、『後漢書』郭伋(かくきゅう)伝には、地方の役人の郭伋が見回りに来ると、「童児数百、各(おのおの)竹馬に騎(の)り」、道ばたで出迎えたという話が見えます。桓温の言葉は、だれもが知っている子どもの遊びを例に出したからこそ、人々の記憶に残り、のちに「竹馬の友」という言葉になったのでしょう。

ひらめいたサクラちゃん

サクラちゃん

昔の思い出を「わたしのほうが上」という話に使うなんて、桓温はけっこう負けずぎらいだったんですね。でも今の「竹馬の友」は、なつかしい幼なじみというよい意味で使えばいいんですね!

「竹馬の友」の使い方と例文・似た言葉

「竹馬の友」は、子どものころからずっと仲のよい友だちを言うときに使います。大人になってから知り合った友だちには使いません。改まった場面(スピーチ・手紙・作文)で、「幼なじみ」を少していねいに言いたいときにぴったりの言葉です。

  • ○新郎の竹馬の友として、お祝いの言葉を申し上げます。(結婚式のスピーチ)
  • ○祖父には、八十歳をこえても会い続けている竹馬の友がいる。
  • ○同じ町で育った竹馬の友が、今では同じ会社で働いている。
  • ○二人は竹馬の友でありながら、試合では最大のライバルだ。
  • ×大学のサークルで知り合った竹馬の友と旅行に行った。(大人になってからの友だちには使わない)
  • ×竹馬が上手な竹馬の友。(竹馬の遊びがうまい友だち、という意味ではない)
友だちを表す故事成語のなかま竹馬の友幼いころからの友だち管鮑の交わり損得をこえて理解し合う刎頸の交わり命をかけても悔いのない友情水魚の交わり水と魚のように離れられない莫逆の友心がぴったり合う友だち
友だちを表す故事成語。「竹馬の友」は「いつから友だちか(幼いころから)」、ほかは「どんな友情か」に重心があります

似た言葉

  • 幼なじみ:小さいころから親しくしている人。「竹馬の友」のふだんの言い方です。
  • 竹馬の好(ちくばのよしみ):幼いころからの親しいつきあい。「竹馬の友」と同じ話から出た言い方です。
  • 管鮑の交わり:管仲と鮑叔のように、損得をこえて相手を理解し合う友情(『史記』)。管鮑之交とも書きます。
  • 刎頸の交わり:相手のためなら首を切られても悔いがないほどの友情(『史記』廉頗藺相如列伝)。
  • 水魚の交わり:水と魚のように、離れられない親しい関係(劉備と諸葛亮)。
  • 莫逆の友:心がぴったり合い、逆らうことのない友だち(『荘子』)。

反対の意味に近い言葉

  • 不倶戴天(ふぐたいてん):同じ天の下にいられないほど、深くうらむ相手。
  • 犬猿の仲:犬と猿のように、とても仲が悪いこと。
  • 呉越同舟:仲の悪い者どうしが、同じ場所にいること(呉越同舟の意味と由来)。

「竹馬の友」と「幼なじみ」「親友」の使い分け

「竹馬の友」と「幼なじみ」は、ほとんど同じ意味です。ちがいは言葉の改まり方にあります。ふだんの会話では「幼なじみ」がふつうで、スピーチ・手紙・作文・新聞の記事のように、少し改まった場面では「竹馬の友」がよく使われます。

「親友」は、いつ知り合ったかに関係なく、とても仲のよい友だちを言う言葉です。高校で知り合った人でも親友になれますが、竹馬の友にはなりません。反対に、幼いころから知っている相手なら、今はあまり会っていなくても「竹馬の友」と言えます。「竹馬の友」は知り合った時期、「親友」は仲のよさに重心がある、と覚えておくと区別しやすくなります。

手紙や年賀状では、「竹馬の友である○○君」「竹馬の友とは、ありがたいものです」のように書くと、長いつきあいへの感謝が伝わります。英語では childhood friend(子どものころの友だち)と言うのが近い言い方です。

「竹馬の友」のよくあるまちがい

  • 「たけうまのとも」と読む:正しくは「ちくばのとも」。「竹馬」を音読み(ちく・ば)で読みます。字の形は「竹」の読み方・書き順・部首、「馬」の読み方・書き順・部首で確かめましょう。
  • 殷浩が桓温のことを言った、と覚える:竹馬の話を人々に言ったのは桓温で、言われたのは殷浩です。原文の「温語人曰」(温、人に語りて曰はく)の「温」が桓温です。
  • もとから「仲よしの友だち」というよい意味だった、と思う:もとの話では、桓温が「殷浩はわたしより下だ」と言うために持ち出した思い出でした。今は、よい意味で使います。
  • 足をのせる竹馬だと思う:話の竹馬は、竹の棒にまたがる遊びです。
  • 大人になってからの友だちに使う:「竹馬の友」は幼いころからの友だちだけに使います。
うかるくん

うかるくん

「竹馬の友」って、仲よしの話だと思っていたのに、もとは張り合っていた二人の話だったなんて、意外です…。

ミスターT先生

ミスターT先生

言葉は、使われているうちに意味が変わることがあるんだ。入試では「今の意味」と「もとの話」の両方が問われることがあるから、だれがだれに言ったか(桓温→殷浩)と、どんな気持ちで言ったか(自分のほうが上だ)をセットで覚えておこう。

入試ではこう出る

  • 中学受験・高校受験:「ちくばのとも」の読み、意味を選ぶ問題、「幼なじみ」と同じ意味の言葉を選ぶ問題がよく出ます。「竹馬」を「たけうま」と読まないことがポイントです。
  • 大学受験:漢文で『世説新語』や『晋書』の一節として出ることがあります。「与」「輒」「当」の読み、「故に当に我が下に出づべきなり」の訳、桓温がこの話をした理由(殷浩より自分が上だと示すため)が問われやすいところです。漢文の入試の全体像は共通テストの漢文(配点・時間配分)にまとめています。
  • 作文・小論文:「竹馬の友」を正しく使えると、文章がひきしまります。「大人になってからの友だち」に使わないよう気をつけましょう。

練習問題

やさしい

  1. 「竹馬の友」の読み方をひらがなで書きましょう。
    答えと解説を見るちくばのとも。「たけうまのとも」とは読みません。
  2. 「竹馬の友」の意味として正しいものを選びましょう。
    ア 竹馬が上手な友だち イ 幼いころからいっしょに遊んで育った友だち ウ 大人になってから知り合った親友 エ 仲の悪い相手
    答えと解説を見るイ。幼いころからの友だち(幼なじみ)のことです。

ふつう

  1. 「我棄去、浩輒取之」を書き下し文に直し、「之」が何を指すか答えましょう。
    答えと解説を見る我棄てて去れば、浩輒ち之を取る。「之」は、桓温が捨てた竹馬を指します。
  2. 竹馬の話を人々に語ったのはだれで、だれについて言ったのですか。
    答えと解説を見る語ったのは桓温で、殷浩について言いました。殷浩が位を失ったあと、「殷浩はわたしより下だ」と言うためでした。

むずかしい

  1. 「故当出我下也」の「当」は何という種類の字ですか。また、文全体を書き下し文と現代語訳で答えましょう。
    答えと解説を見る再読文字(当に〜べし)。書き下し文は「故に当に我が下に出づべきなり」、訳は「だから、当然わたしより下に位置するはずなのだ」。

「竹馬の友」とあわせて覚えたい関連ページ

『晋書』から生まれた故事成語(絵で読む)

← 前の語:韋編三絶の意味と由来 | 次の語:臥竜の意味と由来 →

読みもの(合格大作戦の記事)

受験掲示板「100点BBS」で質問・相談しよう

よくある質問

竹馬の友の意味を簡単に言うと何ですか?

幼いころからいっしょに遊んで育った、親しい友だちのことです。幼なじみを少し改まって言うときに使います。

竹馬の友の由来となった話はどんな話ですか?

『晋書』殷浩伝の話です。東晋の桓温が、位を失った殷浩について「子どものころ、いっしょに竹馬で遊んだが、わたしが捨てた竹馬を殷浩はいつも拾った。だから殷浩はわたしより下だ」と人々に語りました。

竹馬の友の話で、竹馬のことを言ったのは桓温と殷浩のどちらですか?

桓温です。桓温が殷浩について言った言葉で、原文は「温語人曰」(温、人に語りて曰はく)で始まります。

竹馬の友の「竹馬」は、足をのせる竹馬ですか?

話のもとになった昔の中国の竹馬は、竹の棒にまたがって馬に見立てて走る遊びです。足をのせる台のついた今の竹馬とは形がちがいます。

竹馬の友は大人になってからの友だちにも使えますか?

使いません。幼いころから続いている友だちにだけ使います。大人になってから知り合った親友には「親友」「無二の友」などを使います。

あわせて読みたい

出典・参考

  • 原文:『晋書』殷浩伝、『世説新語』品藻(維基文庫の本文で確認)
  • 書き下し文・現代語訳:合格大作戦(一般的な読み方をもとにした一例)
  • 写真:メトロポリタン美術館(Open Access、パブリックドメイン)
  • お話の絵・図:合格大作戦

最終更新:2026年10月29日/作成:大学受験合格大作戦