臥竜(がりょう)の意味と由来|三国志・諸葛亮伝の原文・書き下し文・現代語訳とイラストで読む徐庶と孔明【故事成語】

臥竜(がりょう)の意味と由来|三国志・諸葛亮伝の原文・書き下し文・現代語訳とイラストで読む徐庶と孔明【故事成語】

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臥竜がりょう

ひとことで言うと

まだ世に知られず、かくれている、すぐれた人物。劉備に会う前の無名の諸葛亮(孔明)を、徐庶が「臥竜(ふしてねむる竜)」とたとえた話から。

読み方がりょう(がりゅうとも)
意味まだ世に知られず、かくれている、すぐれた人物。機会を得れば大活躍する力を持つ人のたとえ。
出典『三国志』蜀書・諸葛亮伝(徐庶「諸葛孔明者、臥龍也」)
お話劉備に重んじられた徐庶が、まだ無名の諸葛亮を「臥竜」とたとえてすすめ、「呼びつけず、将軍が自ら訪ねるべきだ」と言った。劉備はおよそ三度訪ねて、やっと会えた
似た言葉伏竜・鳳雛・大器晩成・眠れる獅子
反対の言葉見かけ倒し・名ばかり
漢文の句法疑問(豈〜乎)・可能(可・不可)・再読文字(宜)・語順(莫之許)

このページのポイント

  • 「臥竜」はまだ世に知られず、かくれている、すぐれた人物。「臥」は「ふす」で、ねむっている竜のたとえです
  • 出典は『三国志』諸葛亮伝。徐庶が劉備に孔明を「臥竜」とすすめた話を、4こまのイラストで読めます
  • 「伏竜・鳳雛」の出どころ(注の『襄陽記』)と、小説『三国志演義』とのちがいも整理しています

「臥竜」の意味と読み方

「臥竜」はがりょうと読みます(「がりゅう」と読むこともあります)。意味は「まだ世に知られず、かくれている、すぐれた人物」です。今はめだっていなくても、機会を得れば大活躍する力を持った人のたとえとして使います。「伏竜(ふくりょう)」とも言います。

「臥」は「ふす・横になる」という意味の字で、「臥薪嘗胆」の「臥(が)」と同じです。つまり臥竜は、地にふしてねむっている竜のこと。竜は、時が来れば天にのぼる力を持つと考えられた生き物なので、「今はねむっているが、本当はものすごい力を持っている人」を表すのです。字は「竜」の読み方・書き順・部首・「伏」の読み方・書き順・部首も確かめておきましょう。

「臥竜」=ふしてねむっている竜ZZ臥竜(いま)まだ世に出ていないすぐれた人物天にのぼる竜機会を得れば大活躍する「臥」=ふす・横になる(臥薪嘗胆の「臥」)
ねむっている竜が「臥竜」。目をさませば天にのぼる、すぐれた人物のたとえです
うかるくん

うかるくん

「臥竜」って、だれかのあだ名なんですか?

ミスターT先生

ミスターT先生

その通り!もとは三国志の天才軍師・諸葛亮(孔明)のあだ名なんだ。劉備に会う前の孔明は、田舎で畑を耕して暮らす、まだ無名の若者だった。その孔明を、劉備の家来の徐庶が「諸葛孔明は臥竜なり」と紹介したことから、この言葉が広まったんだよ。

ふだんの言い方では、たとえば次のように使います。

  • ○今は二軍にいるが、彼はチームの臥竜だ。チャンスさえあれば必ず活躍する。
  • ○町の小さな工場に、世界に通じる技術を持つ臥竜がいた。
  • ○先生は、目立たないけれど力のある生徒を「臥竜」と呼んで、大事に育てた。

絵で読む「臥竜」のお話

時代は、後漢の終わり(2世紀の終わりから3世紀のはじめ)。各地で争いが起こり、曹操・孫権・劉備たちが天下をめぐって戦った「三国志」の時代です。まだ自分の国を持たず、新野という小さな町にいた劉備(りゅうび)が、徐庶(じょしょ)のすすめで、無名の若者諸葛亮(しょかつりょう)に出会うまでを、4つの場面で見てみましょう。

絵で読む「臥竜」のお話(4こま)

1隆中で畑を耕す♪♪わたしは管仲・楽毅のようになれる諸葛亮(孔明)
1後漢の終わりの乱れた世。若い諸葛亮(字は孔明)は、荊州で自ら畑を耕して暮らし、「梁父吟(りょうほぎん)」という歌を好んで口ずさんでいました。心の中では、自分を昔の名宰相・管仲や名将・楽毅にくらべていましたが、当時の人はそれを認めませんでした。
2徐庶のすすめZZ孔明は臥竜です徐庶劉備
2そのころ、劉備は新野という町にいました。劉備に重んじられた徐庶は、「諸葛孔明という人は、臥竜(ふしてねむっている竜)です。将軍は会いたいと思われませんか」とすすめます。
3呼びつけてはいけないいっしょに連れて来てください将軍が自分で訪ねてください劉備徐庶
3劉備が「では、あなたがいっしょに連れて来てください」と言うと、徐庶は「この人は、こちらから会いに行くべき人で、呼びつけることはできません。将軍がわざわざ出向いて訪ねるのがよいでしょう」と答えました。
4臥竜が世に出る(たとえの絵)劉備諸葛亮諸葛孔明は臥竜なり
4そこで劉備は自ら諸葛亮を訪ね、およそ三度目にやっと会うことができました。ねむっていた竜は目をさまし、劉備の軍師として世に出ていくことになります。

徐庶の言葉で大事なのは、「臥竜」というたとえだけではありません。「呼びつけてはいけない、将軍が自分で訪ねるべきだ」と言ったところです。ねむっている竜は、こちらから起こしに行かなければ目をさましません。この徐庶のすすめが、劉備が三度も訪ねた「三顧の礼」につながっていきます。

人差し指を立てて説明するミスターT先生

ミスターT先生

「臥竜」は「すごい人がかくれている」という意味だけど、この話には「すごい人に来てもらうには、こちらが礼をつくして迎えに行く」という教えもふくまれているんだ。だから「臥竜」と「三顧の礼」はセットで覚えるといいよ。

このあと、劉備に会った諸葛亮は、天下を曹操・孫権・劉備の三つに分ける「天下三分の計」を説き、劉備の軍師になります。劉備が「わたしに孔明がいるのは、魚に水があるようなものだ」と言った話は「水魚の交わり」のページで読めます。

「臥竜」の原文・書き下し文・現代語訳

原文は、西晋の陳寿(ちんじゅ)が書いた歴史書『三国志』の蜀書・諸葛亮伝です。1文ずつ、返り点と送り仮名をつけた訓読文で見ていきましょう(書き下し文は代表的な読み方の一例です)。返り点の読み方は返り点(レ点・一二点・上下点)の読み方、書き下し文のきまりは書き下し文の書き方で説明しています。

『三国志』蜀書・諸葛亮伝の本文(一部。維基文庫の本文をもとに、字を日本の字体にしたもの)亮躬耕隴畝、好為梁父吟。身長八尺、毎自比於管仲・楽毅、時人莫之許也。……時先主屯新野。徐庶見先主、先主器之、謂先主曰、「諸葛孔明者、臥竜也。将軍豈願見之乎。」先主曰、「君与倶来。」庶曰、「此人可就見、不可屈致也。将軍宜枉駕顧之。」由是先主遂詣亮、凡三往、乃見。

1文目:畑を耕し、梁父吟を好む

書き下し文亮りやう躬みづから隴畝ろうほに耕たがやし、好このんで梁父吟りやうほぎんを為つくる。

(『三国志』蜀書・諸葛亮伝(維基文庫の本文は「畊」の字))

現代語訳諸葛亮は自分で田畑を耕し、好んで「梁父吟」をうたった。

ここがポイント「躬(みづか)ら」は「自分で」。「隴畝(ろうほ)」は「田畑のうね」で、田舎で農業をして暮らすことを表します。「梁父吟(梁甫吟とも)」は古い歌の名前です。のちに孔明自身も「出師の表」で「臣は本と布衣、躬ら南陽に耕す」(わたしはもとは無位無官の身で、南陽で自ら畑を耕していた)と書いています。

2文目:自分を管仲・楽毅にくらべる

書き下し文毎つねに自みづから管仲くわんちゆう、楽毅がくきに比ひし、時人じじん之これを許ゆるす莫なきなり。

(『三国志』蜀書・諸葛亮伝)

現代語訳いつも自分を管仲や楽毅にくらべていたが、当時の人々は、それを認めなかった。

ここがポイント「於」は読まない置き字で、「〜に」の働きをします。「莫之許(之を許す莫し)」は、打ち消しの文で「之(これ)」が動詞の前に出た形で、漢文の語順(倒置)の大事な例です。「莫」は否定の句法の字。管仲は斉の名宰相(管鮑の交わり)、楽毅は燕の名将(隗より始めよの話のあとに燕に来た人)です。

3文目:徐庶の言葉(言葉の由来)

書き下し文諸葛孔明しよかつこうめいは、臥竜ぐわりようなり。将軍しやうぐん豈あに之これを見みんと願ねがふか。

(『三国志』蜀書・諸葛亮伝(原文は「臥龍」))

現代語訳諸葛孔明という人は、ふしてねむっている竜です。将軍は、彼に会いたいとお思いになりませんか。

ここがポイント「者(は)」は「〜は」と話題をしめす字で、書き下し文ではひらがなにします。「豈(あ)に〜乎(か)」は多くは「どうして〜か、いや〜ない」という反語の句法ですが、ここで反語に読むと「会いたくない」となって話が通らないので、「〜とお思いになりませんか」とたずね、すすめる意味に読みます。疑問の句法もあわせて確かめましょう。

4文目:呼びつけてはいけない

書き下し文此この人ひとは就つきて見みるべし、屈致くつちすべからざるなり。

(『三国志』蜀書・諸葛亮伝)

現代語訳この人は、こちらから出向いて会うべき人で、無理に呼びつけることはできません。

ここがポイント「可〜(〜べし)」は「〜できる・〜するのがよい」、「不可〜(〜べからず)」は「〜できない」で、可能の句法です。「屈致(くっち)」は「相手を屈服させて呼びよせる」こと。直前の劉備の言葉「君与に倶に来たれ」(あなたがいっしょに連れて来てくれ)への答えです。

5文目:将軍が自ら訪ねるべきです

書き下し文将軍しやうぐん宜よろしく枉駕わうがして之これを顧かへりみるべし。

(『三国志』蜀書・諸葛亮伝)

現代語訳将軍が、わざわざ車の向きを変えて(出向いて)、彼を訪ねるのがよいでしょう。

ここがポイント「宜(よろ)しく〜べし」は「〜するのがよい」という意味の再読文字で、1字を2回読みます。「枉駕(おうが)」は「乗り物の向きを曲げて、わざわざ訪ねる」こと。「顧みる」は「訪ねる」。このあと本文は「是に由りて先主遂に亮に詣り、凡そ三たび往きて、乃ち見る」(こうして劉備は孔明のもとへ行き、およそ三度行って、やっと会えた)と続きます。
「臥竜」の原文で覚える句法4つ者諸葛孔明は「〜は」と話題をしめす主題(者)豈〜乎豈に〜んと願ふか〜したいと思いませんか疑問(豈)可・不可就きて見るべし会いに行くことはできる可能(可)宜宜しく〜べし〜するのがよい再読文字
徐庶の言葉には、主題の「者」、疑問の「豈〜乎」、可能の「可・不可」、再読文字の「宜」がそろっています
サクラちゃん

サクラちゃん

原文は「臥龍」なんですね。「竜」と「龍」はどうちがうんですか?

ミスターT先生

ミスターT先生

同じ字だよ。「龍」が昔からの形(旧字体)で、日本の常用漢字では「竜」の形を使う。だから、日本語の文の中では「臥竜」、原文を引くときは「臥龍」と書くことが多いんだ。名前や地名では今も「龍」を使うことがあるね。

出典『三国志』と話の背景

出典は、西晋の陳寿(ちんじゅ)が書いた歴史書『三国志』です。魏・呉・蜀の三国の歴史を「魏書」「呉書」「蜀書」に分けて書いたもので、「正史」(国が正式に認めた歴史書)の一つです。のちに、南朝宋の裴松之(はいしょうし)が、ほかの本からたくさんの話を集めて「注」をつけました。

伏竜と鳳雛(ほうすう)

諸葛亮伝の同じ所の注には、『襄陽記(じょうようき)』という本の話が引かれています。劉備が、荊州の名士司馬徽(しばき/字は徳操)に世の中のことをたずねると、司馬徽は「学者や世間の人に、今の時代に必要なことが分かるものか。それが分かるのは、すぐれた人物だ。この地には伏竜と鳳雛がいる」と答え、それは「諸葛孔明と龐士元(ほうしげん)だ」と教えました。

また、龐統伝の注が引く『襄陽記』には、「諸葛孔明を臥竜、龐士元を鳳雛、司馬徳操を水鏡(すいきょう)としたのは、みな龐徳公(ほうとくこう)の言葉である」と書かれています。鳳雛は「鳳凰(ほうおう)のひな」、水鏡は「人を正しく映し出す鏡」で、人を見る目のある司馬徽にぴったりの呼び名です。

龐徳公がつけた3つの呼び名龐徳公(ほうとくこう)荊州の名士臥竜がりょう諸葛亮字は孔明伏竜とも鳳雛ほうすう龐統字は士元鳳凰のひな水鏡すいきょう司馬徽字は徳操人を見ぬく鏡司馬徽→劉備「この地に伏竜・鳳雛がいる」(『三国志』の注が引く『襄陽記』による)
臥竜・鳳雛・水鏡は、荊州の名士・龐徳公がつけた呼び名とされます

正史と『三国志演義』を分けて読もう

三国志の話は、のちに明の時代にまとめられた小説『三国志演義』で、とても有名になりました。けれども、演義には、物語をおもしろくするための作り話や脚色がたくさん入っています。臥竜の話でも、次のようなちがいがあります。

正史と『演義』で、ここがちがう正史『三国志』小説『演義』徐庶のすすめ劉備が新野にいたときにすすめる(去るのはそのあと)母のために去るときに、馬を返してすすめる伏竜・鳳雛(注の『襄陽記』)「この地に伏竜・鳳雛がいる」「一人を得れば天下を安んずべし」の言葉が加わる三顧の礼「凡そ三たび往きて乃ち見る」とだけ書く雪の中を訪ねる昼寝を待つなど場面が多いこのページの話と原文は、正史『三国志』による
正史と演義のちがい。演義の場面は物語として楽しみ、原文を読むときは正史と分けて考えましょう
  • 徐庶がすすめた時:正史では、劉備が新野にいたときにすすめています。徐庶が劉備のもとを去るのは、そのあと、曹操に母を捕らえられたためです。演義では、母のために去るときに馬を返して孔明をすすめる、印象的な場面になっています。
  • 「伏竜・鳳雛、二人のうち一人を得れば天下を安んずべし」:よく知られた言葉ですが、これは演義の言葉で、正史の本文や上の注の『襄陽記』には見当たりません。
  • 三顧の礼の場面:正史は「凡そ三たび往きて、乃ち見る」と書くだけです。雪の中を訪ねる、昼寝から目ざめるのを待つ、などの場面は演義の脚色です。くわしくは三顧の礼の意味と由来へ。

なお、孔明が住んでいた所は、今の湖北省襄陽の隆中(りゅうちゅう)とする説と、河南省南陽の臥竜岡(がりょうこう)とする説があり、昔から議論が続いています(諸説あり)。どちらにも、孔明ゆかりの場所として記念の建物があります。

日本の「臥竜」

日本では、地をはうように枝をのばした梅の木を、竜がふしている姿に見立てて「臥竜梅(がりゅうばい・がりょうばい)」と呼びました。江戸の亀戸(今の東京都江東区)の梅屋敷の臥竜梅は有名で、歌川広重が浮世絵にも描いています。

画面の手前に太い梅の幹が横に大きくのび、白い梅の花がさき、奥に梅林と見物の人々がいる浮世絵
歌川広重「名所江戸百景 亀戸梅屋舗(かめいどうめやしき)」(1857年)。手前に大きく描かれた、横にはうような梅の木が、竜がふした姿に見立てられた「臥竜梅」だと言われます。画像:歌川広重「名所江戸百景 亀戸梅屋舗」(アムステルダム国立美術館蔵、Wikimedia Commons・パブリックドメイン)

「臥竜」の使い方と例文・似た言葉

「臥竜」は、今はまだ世に出ていない(めだっていない)けれど、本当はすぐれた力を持つ人をほめて言うときに使います。ほめ言葉なので、自分のことを「わたしは臥竜だ」と言うと、少しえらそうに聞こえます。「チームの臥竜」「〜界の臥竜」のように使うこともあります。

  • ○無名のころの彼女を、先生は「この学校の臥竜だ」と言っていた。
  • ○ベンチにいる臥竜を、監督はいつ起用するのだろう。
  • ○地方の研究所にいた臥竜が、ついに大きな発見で世に出た。
  • ○この大会は、全国の臥竜を見つけ出す場になっている。
  • ×彼は朝から晩まで寝てばかりいる臥竜だ。(「ねてばかりのなまけ者」という意味ではない)
  • ×世界中で有名な大スターは、まさに臥竜だ。(すでに世に出て有名な人には使わない)
臥竜似た言葉伏竜鳳雛眠れる獅子大器晩成隠れた逸材少しちがう嚢中の錐能ある鷹は爪を隠す反対の言葉見かけ倒し名ばかり
似た言葉・反対の言葉。「嚢中の錐」は「すぐれた人は自然に目立つ」という、少しちがう見方です

似た言葉

  • 伏竜(ふくりょう):臥竜と同じ意味。司馬徽が「伏竜・鳳雛」と言ったことから。
  • 鳳雛(ほうすう):鳳凰のひな。将来、大人物になる若者のたとえ。もとは龐統のあだ名です。
  • 眠れる獅子・隠れた逸材:力を持ちながら、まだその力を出していないもの・人。
  • 大器晩成(たいきばんせい):大人物は、年をとってから力を発揮すること。「今は目立たない」点が似ています。
  • 嚢中の錐(のうちゅうのきり):袋の中のきりの先が自然に外へ出るように、すぐれた人は自然に目立つ、というたとえ。「かくれている」臥竜とは、見方が少しちがいます。
  • 能ある鷹は爪を隠す:力のある人は、それを自分からひけらかさない、ということわざ。臥竜は「まだ機会がない」ことに重点があり、少しちがいます。

反対の言葉

  • 見かけ倒し・名ばかり:見かけや名前は立派でも、中身がともなわないこと。

「臥竜」のよくあるまちがい

同じ「がりょう」でも別の言葉臥竜ふして ねむる竜まだ世に出ていないすぐれた人物出典『三国志』画竜えがいた竜「画竜点睛」で最後の大事な仕上げ出典『歴代名画記』どちらも「がりょう」。「がりゅう」と読む人も多い
「臥竜」と「画竜点睛」の「画竜」は、読みが同じでも意味がまったくちがいます
  • 「画竜」と書く:「画竜(がりょう)」は「画竜点睛」(最後の大事な仕上げ)の「画竜」で、えがいた竜のこと。「臥竜」はふしている竜です。読みが同じなので、書くときに注意しましょう。
  • 読み方を一つに決めつける:「竜」は「りゅう」と読むことが多いですが、漢音では「りょう」と読みます。辞書では「がりょう」を見出しにするものが多く、「がりゅう」と読むこともあります。臥竜梅は「がりゅうばい」「がりょうばい」の両方の読みが見られます。
  • 「臥」を「伏」「卧」と書きまちがえる:「伏竜」は同じ意味の別の言葉なのでまちがいではありませんが、「臥竜」と書くときは「臥」の字です。「臥」は「臣」と「人」を組み合わせた字です。
  • 「ねてばかりいる人」の意味だと思う:臥竜はほめ言葉です。なまけ者の意味ではありません。
  • 小説の場面を正史の話だと思う:「伏竜・鳳雛、二人のうち一人を得れば天下を安んずべし」は『三国志演義』の言葉です。入試の漢文で正史を読むときは、本文に書いてあることだけで答えましょう。
うかるくん

うかるくん

臥竜・伏竜・鳳雛・水鏡…あだ名がいっぱいで覚えられません!

ミスターT先生

ミスターT先生

「竜(りゅう)は孔明」「鳳(とり)は龐統」「鏡は司馬徽」と、生き物と道具で覚えよう。竜と鳳凰は、昔の中国でとくにめでたい生き物だ。その2つにたとえられた孔明と龐統が、劉備の二大軍師になったんだよ。

入試ではこう出る

「臥竜」は、三国志の話として大学受験の漢文で出会うことがあります。

  • 大学受験(漢文):「臥竜」がだれを、どんな人物としてたとえたものか(世に出ていない諸葛亮)、「豈願見之乎」の読み方と意味、「可就見、不可屈致也」の可能の句法、「宜枉駕顧之」の再読文字、「時人莫之許也」の語順がよく問われます。共通テストの漢文の出方は共通テストの漢文(配点・時間配分)へ。
  • 大学受験(現代文):人物評や評論の中で、「臥竜」「鳳雛」が出てくることがあります。
  • 高校受験・中学受験:この語そのものが出ることは多くありませんが、「三顧の礼」「水魚の交わり」など、三国志の故事成語とあわせて覚えておくと役に立ちます。
ひらめいたサクラちゃん

サクラちゃん

「臥竜」を問われたら、「まだ世に出ていない、すぐれた人物」と、「世に出ていない」と「すぐれた」の2つを入れて答えるのがコツですね!

練習問題

やさしい

  1. 「臥竜」の意味として正しいものを選びましょう。
    ア 寝てばかりいるなまけ者 イ まだ世に知られていない、すぐれた人物 ウ 最後の大事な仕上げ エ とても強い武将
    答えと解説を見るイ。ウは「画竜点睛」の意味です。読みが同じ「がりょう」なので注意しましょう。
  2. 徐庶が「臥竜」とたとえた人物はだれですか。また、それを聞いたのはだれですか。
    答えと解説を見るたとえられたのは諸葛亮(孔明)、聞いたのは劉備です。

ふつう

  1. 「此人可就見、不可屈致也」を書き下し文に直し、徐庶が劉備に何をすすめたのか答えましょう。
    答えと解説を見る書き下し文は「此の人は就きて見るべし、屈致すべからざるなり。」孔明を呼びつけるのではなく、劉備が自分から出向いて会いに行くことをすすめました。
  2. 「将軍宜枉駕顧之」の「宜」は何という種類の字ですか。読み方と意味を答えましょう。
    答えと解説を見る再読文字。「宜(よろ)しく〜べし」と2回読み、「〜するのがよい」という意味です。

むずかしい

  1. 「将軍豈願見之乎」の「豈〜乎」は、ここではどう読むのがよいですか。理由もあわせて答えましょう。
    答えと解説を見る「〜とお思いになりませんか」とたずね、すすめる意味に読むのがよい。「豈〜乎」は反語に読むことが多いが、ここを反語にすると「将軍は孔明に会いたいと思わない」となり、孔明をすすめる徐庶の話の流れに合わないから。
  2. 「伏竜・鳳雛」はそれぞれだれのことですか。また、この呼び名を言ったとされる人物を、正史『三国志』の注が引く『襄陽記』にもとづいて答えましょう。
    答えと解説を見る伏竜は諸葛亮(孔明)、鳳雛は龐統(士元)。劉備に「この地に伏竜・鳳雛がいる」と教えたのは司馬徽(徳操)で、呼び名をつけたのは龐徳公とされます。

「臥竜」とあわせて覚えたい関連ページ

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よくある質問

臥竜の意味を簡単に言うと何ですか?

まだ世に知られず、かくれている、すぐれた人物のことです。「臥」は「ふす」という意味で、地にふしてねむっている竜を、機会を得れば大活躍する人物にたとえた言葉です。

臥竜は「がりょう」と「がりゅう」のどちらで読みますか?

辞書では「がりょう」を見出しにするものが多いですが、「がりゅう」と読むこともあります。「竜」を漢音で「りょう」と読む形です。梅の木の「臥竜梅」も「がりゅうばい」「がりょうばい」の両方の読みが見られます。

臥竜とはだれのことですか?

三国志の諸葛亮(字は孔明)のことです。『三国志』諸葛亮伝で、徐庶が劉備に「諸葛孔明は臥竜なり」とすすめました。そのあと劉備はおよそ三度訪ねて、やっと孔明に会えました(三顧の礼)。

伏竜と鳳雛はだれのことですか?

伏竜は諸葛亮(孔明)、鳳雛は龐統(士元)のことです。『三国志』の注が引く『襄陽記』に、司馬徽が劉備に「この地に伏竜・鳳雛がいる」と教えた話と、この呼び名を龐徳公がつけたという話があります。

「伏竜・鳳雛、一人を得れば天下を安んずべし」は三国志の原文ですか?

いいえ。この言葉は小説『三国志演義』のもので、正史『三国志』の本文や、その注が引く『襄陽記』には見当たりません。正史では、司馬徽が「この地に伏竜・鳳雛がいる」と言うだけです。

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出典・参考

  • 原文:『三国志』蜀書・諸葛亮伝と裴松之注(『襄陽記』)、蜀書・龐統伝の裴松之注(『襄陽記』)(維基文庫の本文で確認。字は日本の字体にした)
  • 書き下し文・現代語訳:合格大作戦(教科書で多い読み方をもとにした一例)
  • 浮世絵:歌川広重「名所江戸百景 亀戸梅屋舗」(アムステルダム国立美術館、Wikimedia Commons・パブリックドメイン)
  • お話の絵・図:合格大作戦

最終更新:2026年10月29日/作成:大学受験合格大作戦