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臥薪嘗胆がしんしょうたん
ひとことで言うと
目的を果たすために、長い間苦労や努力を重ねること。呉王夫差が薪の上に寝て父の仇を忘れず、越王句践が苦い胆をなめて会稽の恥を忘れなかった話から(本によって話がちがう)。
| 読み方 | がしんしょうたん |
|---|---|
| 意味 | 目的を果たすために、長い間苦労や努力を重ねること。もとは、仇をうつために苦しい思いをして心をふるい立たせること。 |
| 出典 | 『十八史略』(嘗胆の話は『史記』越王句践世家にも) |
| お話 | 呉王夫差は薪の上に寝て父の仇を忘れず越を破った。降伏した越王句践は胆をなめて会稽の恥を忘れず、のちに呉をほろぼした |
| 似た言葉 | 堅忍不抜・艱難辛苦・捲土重来・会稽の恥をすすぐ |
| 反対の言葉 | のど元過ぎれば熱さを忘れる |
| 漢文の句法 | 使役(使)・疑問(邪)・置き字(於)・一二三点 |
このページのポイント
- 「臥薪嘗胆」は目的を果たすために、長い間苦労や努力を重ねること。臥薪=薪の上に寝る、嘗胆=苦い胆をなめる
- 『十八史略』では臥薪=呉王夫差、嘗胆=越王句践。『史記』には臥薪の話がなく、本によって話がちがいます(諸説を図で整理)
- 原文には使役・疑問・「なんぢ」と読む字・一二三点が入っていて、高校の漢文でよく読まれます
「臥薪嘗胆」の意味と読み方
「臥薪嘗胆」はがしんしょうたんと読みます。意味は「目的を果たすために、長い間苦労や努力を重ね、つらいことをがまんすること」です。もとは「仇(かたき)をうつために、苦しい思いをして心をふるい立たせること」という意味でした。
「臥薪(がしん)」は薪(たきぎ)の上に臥す(横になって寝る)こと、「嘗胆(しょうたん)」は胆(きも)を嘗める(なめる)ことです。「胆」は動物の胆のう(胆汁をためる内臓)で、とても苦いものです。かたい薪の上で寝る痛さや、苦い胆の味で、くやしさを毎日思い出して、気持ちがゆるまないようにした——中国の春秋時代の、呉(ご)と越(えつ)という二つの国の王の話から生まれた言葉です。
うかるくん
薪の上で寝るのと、苦い胆をなめるの、どっちもつらそう…。これ、同じ人がやったんですか?
ミスターT先生
いい質問だ。日本の教科書でよく読む『十八史略(じゅうはっしりゃく)』では、薪の上で寝たのは呉王の夫差(ふさ)、胆をなめたのは越王の句践(こうせん)で、敵どうしの二人の話なんだ。ただし、本によって話がちがっていて、句践が両方やったとする本もある。あとでくわしく見ていこう。
今の日本語では、次のように使います。
- ○去年の決勝で負けたくやしさを忘れず、臥薪嘗胆の一年を過ごした。
- ○不合格から臥薪嘗胆、一年間勉強を続けて、ついに第一志望に合格した。
- ○会社は臥薪嘗胆の末に、ふたたび業界一位に返り咲いた。
絵で読む「臥薪嘗胆」のお話
話の舞台は、紀元前5世紀の中国、長江の下流にあった呉と越という、となりどうしの国です。二つの国は長いあいだ争っていました。4つの場面で見てみましょう。
絵で読む「臥薪嘗胆」のお話(4こま)
この話のおもしろいところは、勝った側も負けた側も、くやしさを忘れないために自分を苦しめたことです。夫差は父の仇をうつために、句践は会稽山で降伏した恥をすすぐために。そして最後に勝ったのは、より長く苦しみにたえた句践のほうでした。

ミスターT先生
夫差は越に勝ったあと、句践を許してしまった。勝ったところで気がゆるんだんだね。一方の句践は、二十年近くもくやしさを忘れなかった。「臥薪嘗胆」は、目標を達成するまで気持ちをゆるめないことの大切さを教えてくれる言葉なんだ。
「臥薪嘗胆」の原文・書き下し文・現代語訳
日本の高校の教科書でよく読まれるのは、元の時代の曾先之(そうせんし)がまとめた歴史の入門書『十八史略』の文章です(書き下し文は代表的な読み方の一例です)。返り点の読み方は返り点(レ点・一二点・上下点)の読み方、書き下し文のきまりは書き下し文の書き方でくわしく説明しています。
1文目:夫差、仇をうつと決める
書き下し文夫差讎を復せんと志す。
(『十八史略』春秋戦国・呉)
現代語訳夫差は、(父の)仇をうとうと心に決めた。
2文目:薪の上に寝る(臥薪)
書き下し文朝夕薪中に臥し、出入するに人をして呼ばしめて曰はく、
(『十八史略』春秋戦国・呉)
現代語訳朝も晩も薪の中に寝て、出入りするたびに人に呼ばせて言わせるには、
3文目:家来の呼びかけ
書き下し文「夫差、而越人の而の父を殺ししを忘れたるか。」
(『十八史略』春秋戦国・呉)
現代語訳「夫差よ、おまえは越の人がおまえの父を殺したことを忘れたのか。」
4文目:胆をなめる(嘗胆)
書き下し文勾践国に反り、胆を坐臥に懸け、即ち胆を仰ぎ之を嘗めて曰はく、
(『十八史略』春秋戦国・呉(教科書で多い区切り方))
現代語訳勾践(句践)は国に帰ると、胆を座る所や寝る所につるし、そのたびに胆を見上げてこれをなめて言うには、
5文目:句践の言葉
書き下し文「女会稽の恥を忘れたるか。」
(『十八史略』春秋戦国・呉)
現代語訳「おまえは、会稽山で受けた恥を忘れたのか。」
原典の本文と、本によるちがい
同じ『十八史略』でも、本によって区切り方が少しちがいます。教科書で多いのは「胆を坐臥に懸け、即ち胆を仰ぎ之を嘗めて」ですが、「懸胆於坐、臥即仰胆嘗之(胆を坐に懸け、臥すれば即ち胆を仰ぎて之を嘗め)」と区切る本もあります。また、句践の名は「勾践」とも「句践」とも書かれます。
『十八史略』より千年以上前の『史記』越王句践世家(維基文庫の本文)では、次のように書かれています。
「坐臥即ち胆を仰ぎ、飲食にも亦た胆を嘗むるなり」(座るときも寝るときも胆を見上げ、飲んだり食べたりするときにも胆をなめた)とあり、嘗胆の話はあるのに、夫差が薪の上に寝た話は出てきません。『史記』では、闔廬が死ぬときに夫差へ「必ず越を忘るること毋かれ」と言い残した、と書かれています。
サクラちゃん
えっ、『史記』には「臥薪」が出てこないんですか!?
ミスターT先生
そうなんだ。だから「臥薪嘗胆」の話は本によってちがう。後漢の時代の『呉越春秋』では、句践が眠くなると蓼(たで)という辛い草で目をせめ、胆を戸口にかけて出入りのたびになめた、と書かれている。そして「臥薪嘗胆」という4字の形は、宋の時代の詩人・蘇軾(そしょく)が三国時代の孫権になりかわって書いた文章に「臥薪嘗胆」と出てくるのが、早い例としてよく挙げられる。下の図で整理してみよう。
- 『十八史略』の形(日本の教科書で多い):臥薪=呉王夫差、嘗胆=越王句践。敵どうしの二人の話。
- 『史記』:句践の嘗胆だけが書かれ、臥薪の話はない。
- 『呉越春秋』:句践が、蓼で目をせめ、戸口の胆をなめた。
- 句践一人の話とする形:中国では、句践が薪の上に寝て胆もなめた、と句践一人の話として語られることが多いようです。どの形がいちばん古いかについては、諸説あります。
出典『十八史略』と話の背景
『十八史略』は、元の時代(13〜14世紀ごろ)に曾先之が、『史記』をはじめとする中国の17の正史に宋の歴史を加えた「十八の歴史」を、短くまとめた本です。子どもが歴史を学ぶための入門書として作られ、日本でも江戸時代から漢文の教科書としてさかんに読まれてきました。『史記』や中国の書物の流れは中国文学史(史記・論語・唐詩)で整理しています。
呉と越の争い
春秋時代の終わりごろ、長江の下流には呉(都は姑蘇、今の蘇州のあたり)と、その南の越(会稽、今の紹興のあたり)がありました。となりどうしの二つの国は、はげしく争いました。仲の悪い者どうしが同じ場所にいることを「呉越同舟」と言うのも、この二つの国の仲の悪さから来ています。
紀元前496年、呉王闔廬(こうりょ)は越を攻めましたが、檇李(すいり)の戦いで傷を負い、それがもとで亡くなりました。あとをついだ子の夫差が、父の仇をうつために薪の上に寝た——これが「臥薪」の場面です。2年後の紀元前494年、夫差は夫椒(ふしょう)の戦いで越を大いに破り、越王句践は会稽山に追いこまれて降伏しました。
このとき、呉の忠臣伍子胥(ごししょ)は「越を許してはいけません」と強く反対しました。しかし、越からわいろを受け取った大臣の伯嚭(はくひ)が夫差を説得し、夫差は句践を許してしまいます。国に帰った句践は、胆をなめてくやしさを忘れず(嘗胆)、政治を文種(ぶんしょう)に、軍の準備を范蠡(はんれい)にまかせて、呉をたおす機会を待ちました。

一方の夫差は、北の国々と覇権を争うことに力を注ぎ、伍子胥の忠告に耳を貸さなくなります。紀元前484年、伍子胥は伯嚭の悪口によって疑われ、夫差から剣を与えられて自害させられました。『十八史略』では、伍子胥は死ぬ前に「わたしの目をえぐって東の門にかけよ。越の兵が呉をほろぼすのを見てやる」と言い残したと書かれています。
『十八史略』は「越は十年生聚し、十年教訓す」(越は十年かけて人口と財産をふやし、十年かけて民を教え訓練した)と書いています。そして紀元前473年、越はついに呉をほろぼしました。夫差は「子胥に合わせる顔がない」と言って顔をおおい、自ら命を絶ったと伝えられています(『十八史略』にも『史記』にも、伍子胥に顔向けできないという夫差の言葉が書かれています)。その後、范蠡は越を去り、残った文種に「すばしこいうさぎが死ねば、猟犬は煮て食べられる」と書き送りました。この言葉が「狡兎死して走狗烹らる」です。
日本での「臥薪嘗胆」
日本では、明治時代の1895年、日清戦争のあとの三国干渉で、ロシア・ドイツ・フランスに遼東半島を清へ返すよう求められたとき、「臥薪嘗胆」が国民の合言葉として広まったことが、歴史の教科書にも出てきます。
また、鎌倉時代の終わりごろの話を書いた軍記物語『太平記』には、隠岐へ流される後醍醐天皇をはげますため、武士の児島高徳(こじまたかのり)が桜の木をけずって、句践と范蠡の話をふまえた詩を書いたという場面があります。
『太平記』児島高徳の詩(前半)
書き下し文天勾践を空しうすること莫れ。
(『太平記』巻四(後半は「時に范蠡無きにしも非ず」))
現代語訳天よ、勾践(のような苦しむ王)を見捨てないでください。

「臥薪嘗胆」の使い方と例文・似た言葉
「臥薪嘗胆」は、「臥薪嘗胆の日々」「臥薪嘗胆の末に」「臥薪嘗胆する」の形でよく使います。ポイントは、くやしい経験や大きな目標があって、それを果たすまで長い間がまんと努力を重ねることです。ただ「一度がんばった」だけでは使いません。
- ○初戦で負けたチームは臥薪嘗胆、三年後に全国大会で優勝した。(くやしさをばねに長く努力)
- ○店がつぶれたあと、臥薪嘗胆して資金をため、新しい店を開いた。
- ○臥薪嘗胆の一年を経て、彼はついにレギュラーの座を取りもどした。
- ×テストの前の晩だけ、臥薪嘗胆して勉強した。(短い時間のがんばりには使わない)
- ×キャンプで薪の上に寝たのは臥薪嘗胆だった。(本当に薪の上で寝ることではない。目的のための長いがまん)
似た言葉
- 堅忍不抜(けんにんふばつ):じっとたえしのんで、心を動かさないこと。
- 艱難辛苦(かんなんしんく):困難にあい、苦しみなやむこと。苦労そのものを表します。
- 不撓不屈(ふとうふくつ):どんな困難にもくじけないこと。
- 捲土重来(けんどちょうらい):一度負けた者が、勢いをもりかえして再びやって来ること。
- 会稽の恥をすすぐ:この話から生まれた言い方で、「前に受けた恥をはらす」こと。
反対の言葉
- のど元過ぎれば熱さを忘れる:苦しいことも、過ぎてしまえばすぐ忘れてしまうこと。くやしさを忘れない「臥薪嘗胆」とは反対です。
- あきらめが早い・三日坊主:長く続けられず、すぐにやめてしまうこと。
「臥薪嘗胆」のよくあるまちがい
- 「臥」を「伏」「臣」と書く:「臥」は「臣」の右に「人」を書く字で、「横になる」という意味です。常用漢字ではないので、ここで字の形を覚えておきましょう。
- 「嘗」を「賞」「常」と書く:「嘗」は「なめる」「かつて」と読む字で、下が「旨(うまい)」の形です。「賞」は下が「貝」、「常」は下が「巾」です。「嘗」は常用漢字ではありません。「賞」の読み方・書き順・部首・「胆」の読み方・書き順・部首も見ておきましょう。
- 「しょうたん」を「じょうたん」と読む:「嘗」の音読みは「しょう」です。
- 「臥薪」と「嘗胆」の人物を逆にする:『十八史略』の形では、臥薪=夫差(呉)、嘗胆=句践(越)です。「が(臥)しんは、ご(呉)の王」と、「が」と「ご」をつなげて覚えるのも一つの方法です。
うかるくん
「嘗」の字、むずかしすぎます…。「賞」とまちがえちゃいそう。
ミスターT先生
「嘗」は、上が「尚」で、下が「旨(うまい)」。舌で味をみる=なめるという字なんだ。だから下は「旨」。ごほうびの「賞」は、お金や宝の「貝」だね。「なめるのは旨、もらうのは貝」と覚えよう。
入試ではこう出る
「臥薪嘗胆」は、中学受験から大学受験まで、それぞれ形を変えて出てきます。
- 中学受験:四字熟語・故事成語の意味を選ぶ問題、「がしんしょうたん」の書き取り(特に「臥」「嘗」)、「呉越同舟」とあわせて、呉と越の話から生まれた言葉を問う問題。
- 高校受験:故事成語の意味と由来、似た意味の四字熟語を選ぶ問題。歴史の分野で、三国干渉のときの合言葉として出てくることもあります。高校受験の漢文の出方は高校受験の漢文(返り点・書き下し文の対策)にまとめています。
- 大学受験:『十八史略』の文章として、「使人呼」の使役、「而」「女」を「なんぢ」と読むこと、一二三点の返り方、「会稽の恥」の内容の説明などがよく問われます。共通テストでの漢文の出方は共通テストの漢文(配点・時間配分)へ。

サクラちゃん
「会稽の恥」とは何かを書く問題は、「会稽山で呉に敗れて、自分は家来に、妻は召し使いになると願い出て降伏したこと」と、だれに・どこで・何をしたかまで書くのがコツですね!
練習問題
やさしい
- 「臥薪嘗胆」の意味として正しいものを選びましょう。
ア 薪をたくさん集めること イ 目的を果たすために、長い間苦労や努力を重ねること ウ 苦い薬を飲むこと エ 敵と仲よくすること答えと解説を見る
イ。もとは仇をうつために、つらいことをがまんして心をふるい立たせた話から生まれた言葉です。 - 「臥薪」と「嘗胆」の意味を、それぞれ答えましょう。
答えと解説を見る
臥薪=薪の上に横になって寝ること。嘗胆=苦い胆(きも)をなめること。
ふつう
- 『十八史略』の話で、「臥薪」をしたのはだれで、何のためですか。
答えと解説を見る
呉王の夫差。父の闔廬を越に殺された仇をうつ気持ちを忘れないためです。 - 「女忘会稽之恥邪」を書き下し文に直し、現代語訳しましょう。
答えと解説を見る
女会稽の恥を忘れたるか。訳は「おまえは会稽で受けた恥を忘れたのか」。「女」は「なんぢ(おまえ)」、「邪」は疑問の「か」です。
むずかしい
- 「出入使人呼曰」を書き下し文に直しましょう。また、「使」の働きを答えましょう。
答えと解説を見る
出入するに人をして呼ばしめて曰はく。「使」は使役(人に〜させる)で、「AをしてBしむ」の形です。 - 『史記』越王句践世家と『十八史略』では、「臥薪嘗胆」の話にどんなちがいがありますか。
答えと解説を見る
『十八史略』では臥薪=呉王夫差、嘗胆=越王句践と二人の話になっているが、『史記』には句践が胆をなめた話だけがあり、夫差が薪の上に寝た話は書かれていない。
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よくある質問
臥薪嘗胆の意味を簡単に言うと何ですか?
目的を果たすために、長い間苦労や努力を重ねることです。もとは、仇をうつためにつらいことをがまんして、心をふるい立たせることを言いました。
臥薪嘗胆の由来はどんな話ですか?
中国の春秋時代の呉と越の争いの話です。『十八史略』では、呉王夫差が父の仇を忘れないよう薪の上に寝て越を破り、降伏した越王句践が会稽の恥を忘れないよう苦い胆をなめて、のちに呉をほろぼしました。
臥薪をしたのは夫差ですか、句践ですか?
日本の教科書で多い『十八史略』の形では、臥薪は呉王夫差、嘗胆は越王句践です。ただし『史記』には句践の嘗胆の話しかなく、句践が両方したとする話もあるなど、本によってちがいます。
臥薪嘗胆の「胆」とは何ですか?
動物の胆のう(きも)のことで、とても苦い味がします。苦い胆をなめることで、くやしさを毎日思い出したのです。
臥薪嘗胆の似た言葉は何ですか?
堅忍不抜、艱難辛苦、不撓不屈、捲土重来などです。この話から生まれた「会稽の恥をすすぐ」という言い方もあります。
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出典・参考
- 原文:『十八史略』(教科書で多い形。区切り方のちがう本もある)、『史記』越王句践世家(維基文庫の本文で確認)
- 諸説:『呉越春秋』勾践帰国外伝、蘇軾「擬孫権答曹操書」(いずれも維基文庫の本文で確認)
- 書き下し文・現代語訳:合格大作戦(教科書で多い読み方をもとにした一例)
- 絵:『東周列国志』さし絵(南京図書館蔵)、月岡芳年『月百姿』(いずれも Wikimedia Commons、パブリックドメイン)
- お話の絵・図:合格大作戦
最終更新:2026年10月29日/作成:大学受験合格大作戦



