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塞翁が馬さいおうがうま
ひとことで言うと
人生の幸不幸は予測できないということ。逃げた馬が駿馬を連れて帰り、その馬で息子が骨を折り、そのおかげで戦に行かずに助かった、という老人の話から。
| 読み方 | さいおうがうま |
|---|---|
| 意味 | 人生の幸せや不幸せは予測できず、喜んだり悲しんだりしても仕方がないということ。 |
| 出典 | 『淮南子』人間訓(前漢・劉安が編ませた本) |
| お話 | とりでの近くの老人の馬が逃げ(禍)、駿馬を連れて帰り(福)、息子が落馬して骨を折り(禍)、そのため戦に行かずに助かった(福) |
| 別の言い方 | 人間万事塞翁が馬(にんげん/じんかんばんじ)・塞翁之馬・塞翁失馬 |
| 似た言葉 | 禍福は糾える縄の如し・沈む瀬あれば浮かぶ瀬あり・楽あれば苦あり |
| 反対の態度 | 一喜一憂 |
| 漢文の句法 | 反語(何遽ぞ〜ざらんや)・不可能(能はず)・置き字(而) |
このページのポイント
- 「塞翁が馬」は人生の幸不幸は予測できないという意味。良いことが悪いことに変わる場合にも使います
- 出典は『淮南子』人間訓。禍→福→禍→福と4回入れかわる老人の話を、4こまのイラストで読めます
- 原文には反語「何遽ぞ〜ざらんや」が2回出てきて、入試で訳し方がよく問われます
「塞翁が馬」の意味と読み方
「塞翁が馬」はさいおうがうまと読みます。意味は「人生の幸せや不幸せは予測できない。だから、よいことがあっても悪いことがあっても、むやみに喜んだり悲しんだりしないほうがよい」ということです。「人間万事塞翁が馬(にんげんばんじさいおうがうま)」という形でもよく使われます。
「塞(さい)」は国境のとりで、「翁(おう)」はおじいさんのことです。「が」は昔の言い方で「の」と同じ働きをします。つまり「塞翁が馬」は、「とりでの近くに住むおじいさんの馬」という意味の言葉です。この老人の馬をめぐって、不幸と幸運が次々に入れかわった話から生まれました。
うかるくん
「塞翁が馬」って、受験に落ちた先輩をはげますときに大人が言ってました。どういう意味なんですか?
ミスターT先生
いい場面で覚えたね。「今は不幸に見えても、それが幸せにつながるかもしれない。先のことはだれにも分からない」という意味なんだ。もとは中国の『淮南子(えなんじ)』という本の話。馬1頭をめぐって、悪いことと良いことが4回も入れかわるんだよ。
ふだんの言い方では、たとえば次のように使います。
- ○第一志望には落ちたけれど、進んだ学校で一生の友だちができた。まさに塞翁が馬だ。
- ○人間万事塞翁が馬というから、今回の失敗をくよくよ考えすぎないようにしよう。
- ○宝くじが当たったと喜んでいたら、お金のことでけんかになった。塞翁が馬とはよく言ったものだ。
上の3つ目の例のように、「塞翁が馬」は悪いことが良いことに変わる場合だけでなく、良いことが悪いことに変わる場合にも使えます。話の中でも、老人は馬が戻ってきたうれしいときにも「これが禍にならないとも限らない」と言っています。ここが大事なポイントです。

絵で読む「塞翁が馬」のお話
話の流れを、4つの場面で見てみましょう。登場するのは、とりでの近くに住む老人(塞翁)とその息子、そして近所の人々です。近所の人々が「お気の毒に」「おめでとう」と言うたびに、老人が正反対のことを言うところに注目してください。
絵で読む「塞翁が馬」のお話(4こま)
近所の人々は、そのときどきのできごとだけを見て、なぐさめたりお祝いしたりしました。ところが老人は、どんなできごとも、その先でどう変わるか分からないと考えて、いつも落ち着いていました。結局、老人の言ったとおり、禍は福に、福は禍に、そしてまた禍は福に変わっていきました。

ミスターT先生
この話のポイントは、老人が「いつか良いことがある」と楽観していたわけではないところだ。うれしいときには「禍になるかも」とも言っている。良いことも悪いことも、ずっとそのままではない――それが「塞翁が馬」なんだね。
4こま目の戦の場面は、少し悲しい話です。とりでの近くの若者は、十人のうち九人が死んだと原文にあります。足を骨折した息子は戦に出られなかったので、命が助かりました。「足を折った」という不幸があったからこそ、いちばん大きな不幸をまぬがれたのです。
「塞翁が馬」の原文・書き下し文・現代語訳
原文は『淮南子』人間訓(じんかんくん)にあります。維基文庫(中国語のウィキソース)の本文をもとに、1文ずつ、返り点と送り仮名をつけた訓読文で読んでいきましょう。書き下し文は、教科書で多い読み方をもとにした一例です。返り点の読み方は返り点(レ点・一二点・上下点)の読み方、書き下し文のきまりは書き下し文の書き方でくわしく説明しています。
下の訓読文では、字を今の日本の字体(數→数、將→将、歸→帰、壯→壮、戰→戦、獨→独 など)に直しています。
1文目:とりでの近くの老人
書き下し文塞上に近きの人に術を善くする者有り。
(『淮南子』人間訓)
現代語訳とりでの近くに住む人で、占いなどの術にすぐれた者がいた。
2文目:馬が逃げる
書き下し文馬故無くして亡げて胡に入る。人皆之を弔す。
(『淮南子』人間訓)
現代語訳(その家の)馬が、わけもなく逃げて胡の地に入ってしまった。人々はみなこれをなぐさめた。
3文目:老人のひとこと(1回目)
書き下し文其の父曰はく、「此れ何遽ぞ福と為らざらんや。」
(『淮南子』人間訓)
現代語訳その家の父(老人)が言うには、「これがどうして福にならないことがあろうか(福になるかもしれない)。」
4文目:駿馬を連れて帰る
書き下し文居ること数月、其の馬胡の駿馬を将ゐて帰る。人皆之を賀す。
(『淮南子』人間訓)
現代語訳数か月たつと、その馬が胡のすぐれた馬を連れて帰ってきた。人々はみなこれを祝った。
5文目:老人のひとこと(2回目)
書き下し文其の父曰はく、「此れ何遽ぞ禍と為る能はざらんや。」
(『淮南子』人間訓)
現代語訳その父が言うには、「これがどうして禍にならないことがあろうか(禍になるかもしれない)。」
6文目:息子が落馬する
書き下し文家良馬に富む。其の子騎を好み、墮ちて其の髀を折る。人皆之を弔す。
(『淮南子』人間訓)
現代語訳家によい馬がたくさんになった。その息子は乗馬を好み、(馬から)落ちてももの骨を折ってしまった。人々はみなこれをなぐさめた。
7文目:胡が攻めてくる
書き下し文居ること一年、胡人大いに塞に入る。丁壮の者弦を引きて戦ふ。
(『淮南子』人間訓)
現代語訳1年たつと、胡の人々が大軍でとりでに攻めこんできた。働きざかりの若い男たちは、弓の弦を引いて戦った。
8文目:父と子は無事だった
書き下し文塞に近きの人、死する者十に九なり。此れ独り跛の故を以て、父子相保つ。
(『淮南子』人間訓)
現代語訳とりでの近くの人は、十人のうち九人が死んだ。この息子だけは、足が不自由だったために(戦に出ず)、父と子がともに無事だった。
9文目:話のまとめ
書き下し文故に福の禍と為り、禍の福と為るは、化極むべからず、深測るべからざるなり。
(『淮南子』人間訓)
現代語訳だから、福が禍となり、禍が福となるのは、その変化はきわめつくすことができず、その奥深さははかり知ることができないのである。
サクラちゃん
「其の父」って、だれのお父さんなんですか?「術を善くする者」とは別の人?
ミスターT先生
するどい質問だ。ふつうは「その家の父親」、つまりこの老人=塞翁のことだと読む。ただ、「術を善くする者」と同じ人とみるか、その人の父とみるかは、読み方が分かれているんだ。どちらにしても、落ち着いて先を見通す年長者が話の中心だね。
中国での言い方「塞翁失馬、焉知非福」
中国では、この話は「塞翁失馬(さいおうしつば)」という四字の言葉で知られ、「塞翁失馬、焉知非福(塞翁馬を失ふ、焉(いずく)んぞ福に非ざるを知らんや)」と続けて言うことがあります。「どうしてそれが福でないと分かろうか」という反語の形です。清の時代の小説『鏡花縁』などにも「塞翁失馬,安知非福」の形で出てきます。日本の四字熟語では「塞翁之馬」と書くこともあります。
出典『淮南子』と話の背景
「塞翁が馬」の出典は『淮南子(えなんじ)』です。中国の前漢の時代(紀元前2世紀)に、淮南王(わいなんおう)・劉安(りゅうあん)が、たくさんの学者を集めて作らせた本です。「淮南」は、淮河(わいが)という川の南の地域を指す名前です。
『淮南子』は、老子・荘子の道家(どうか)の考え方を中心に、儒家や法家などいろいろな学派の考えを集めた本で、昔の書物の分類では「雑家(ざっか)」に入れられています。道家では、ものごとは決まった形にとどまらず、たえず移り変わると考えます。「福が禍になり、禍が福になる」という塞翁の話は、この考え方をよく表しています。道家・儒家などのちがいは諸子百家(儒家・道家・法家)の考え方で図にしています。
話の舞台の「塞」は、北の国境に置かれたとりでです。「胡(こ)」は、そのころの中国の人々が北や西の遊牧の人々を呼んだ言い方で、胡の土地はよい馬がとれることで知られていました。胡の側からは、ときに大きな軍が国境をこえて攻めこんできました。とりでの近くに住む人々にとって、馬は大切な財産であり、戦はいつ起こるか分からない身近なおそろしさだったのです。
人間訓には「禍福」の話がたくさん
塞翁の話がのっている「人間訓(じんかんくん)」は、人の世の禍と福、得と損がどう入れかわるかを、たくさんのたとえ話で説く篇です。塞翁の話のすぐ前には、宋の国の人の家で黒い牛が白い子牛を産み、それをきっかけに不思議なできごとが続く、というよく似た形の話も置かれています。「人間訓」の「人間(じんかん)」も、人の住む世の中という意味です。
「人間万事塞翁が馬」はどこから?
「人間万事塞翁が馬」という言い方は、『淮南子』の原文にはありません。中国の元の時代の僧・熙晦機(きかいき)の詩の一句「人間万事塞翁馬」によると言われています(ただし、詩の全文は今回確かめられませんでした)。日本では江戸時代のことわざ集にもこの形で出てきて、広く使われるようになりました。
「人間」の読みは、もとの漢語の意味に合わせるとじんかん(人の住む世の中)です。いっぽう、今の国語辞典では「にんげんばんじさいおうがうま」の読みで出ていることが多く、ふだんはどちらで読んでもまちがいではありません。「人間」を「人」の意味だと思って「人はみな塞翁の馬だ」と訳すのは誤りで、「世の中のことはすべて塞翁の馬のようなものだ」と訳すのが正しい理解です。
「塞翁が馬」の使い方と例文・似た言葉
「塞翁が馬」は、「〜はまさに塞翁が馬だ」「人間万事塞翁が馬というから〜」の形でよく使います。ひとつのできごとの良い悪いは、あとになってみないと分からないときに使うのがポイントです。落ちこんでいる人をはげますときにも、うかれている自分をいましめるときにも使えます。
- ○けがで試合に出られなかったが、その間に勉強した戦術が役に立った。塞翁が馬だ。(不幸→幸運)
- ○大きな契約が取れて喜んだが、無理な注文に苦しむことになった。塞翁が馬だね。(幸運→不幸)
- ○今がつらくても、人間万事塞翁が馬。先のことはだれにも分からないよ。(はげまし)
- ○合格して終わりではない。塞翁が馬と思って、気をゆるめずにいこう。(いましめ)
- ×馬に乗るのが上手な人を「塞翁が馬だね」とほめる。(馬の上手さとは関係がない)
- ×努力して苦手を克服したことを「塞翁が馬だ」と言う。(自分の努力で変えた場合は「災い転じて福となす」が近い)
似た言葉
- 禍福は糾える縄の如し(かふくはあざなえるなわのごとし):幸せと不幸せは、より合わせた縄のように、かわるがわるやって来るということ。「塞翁が馬」といちばん近い言葉です。
- 沈む瀬あれば浮かぶ瀬あり:人生には悪いときもあれば、良いときもあるということ。
- 楽あれば苦あり:楽しいことのあとには苦しいことがあり、苦しいことのあとには楽しいことがある。
- 栄枯盛衰(えいこせいすい):栄えたり衰えたりする、世の中の移り変わり。人や国の運命について使います。
少しちがう言葉・反対の態度
- 災い転じて福となす:悪いできごとを、工夫や努力でうまく利用して、よい結果に変えること。自分から変えていく意味が入るので、「なりゆき」で入れかわる塞翁が馬とは少しちがいます。
- けがの功名:失敗や何気なくしたことが、思いがけずよい結果になること。
- 一喜一憂(いっきいちゆう):状況が変わるたびに、喜んだり心配したりすること。塞翁の落ち着いた態度とは正反対です。
英語には「It's an ill wind that blows nobody any good.」(だれの得にもならない悪い風はない)や「Every cloud has a silver lining.」(どんな雲にも銀のふちどりがある)という、悪いことの中にも良いことがある、という似た言い方があります。
「塞翁が馬」のよくあるまちがい
- 「塞」を「寒」と書く:「塞」は下が「土」で、「とりで・ふさぐ」の意味(閉塞・要塞の「塞」)。「寒」は下が点2つで「さむい」。字の形は「塞」の読み方・書き順・部首、「翁」の読み方・書き順・部首で確かめましょう。
- 「さいおう」を「さいおきな」「せきおう」と読む:正しくはさいおう。「塞」は「ふさぐ」の意味では「そく」(閉塞=へいそく)とも読みますが、ここは「とりで」の意味なので「さい」です。
- 「悪いことは必ず良いことに変わる」という意味だと思う:塞翁が馬は「どうなるか分からない」という意味です。良いことが悪いことに変わる場合にも使います。
- 「人間」を「人」と思って訳す:「人間万事」は「世の中のことはすべて」。「人はみな」ではありません。
- 「何遽不為福乎」を「福にならない」と訳す:反語なので「福にならないことがあろうか(福になるかもしれない)」と、打ち消しを打ち消して訳します。くわしくは反語の句法(何ぞ〜ん・豈に〜んや)へ。
うかるくん
「何遽ぞ福と為らざらんや」、否定なのか肯定なのか、こんがらがっちゃいます…。
ミスターT先生
反語は「〜だろうか、いや〜ない」と、言っていることを裏返すんだ。この文は「福と為らざらん(福にならない)」を裏返すから、「福にならないことはない=福になるかもしれない」。打ち消しの「ざら」と、裏返す「や」で、2回ひっくり返ると覚えよう。
入試ではこう出る
「塞翁が馬」は、中学受験から大学受験まで、それぞれの形で出てきます。
- 中学受験:故事成語の意味を選ぶ問題、「さいおうがうま」を漢字で書く問題、「人生の幸不幸は予測できない」という意味の言葉を答える問題。物語文の中で、登場人物の気持ちを表す言葉として出ることもあります。
- 高校受験:書き下し文や現代語訳がついた漢文として出ることが多く、返り点の読み方、「弔す」「賀す」の意味、老人の言葉の意味、話から生まれた言葉がよく問われます。高校受験の漢文の出方は高校受験の漢文(返り点・書き下し文の対策)にまとめています。
- 大学受験:「何遽ぞ〜ざらんや」の反語の訳、「十に九」「跛の故を以て」の解釈、話全体から筆者が言いたいこと(禍福は予測できない)を説明する問題。共通テストの漢文の出方は共通テストの漢文(配点・時間配分)へ。

サクラちゃん
老人の言葉の意味を書く問題は、「今の不幸(幸運)が、この先で幸運(不幸)に変わるかもしれない」と、入れかわりがあることを書くのがコツですね!
練習問題
やさしい
- 「塞翁が馬」の意味として正しいものを選びましょう。
ア 努力すれば必ずむくわれる イ 人生の幸不幸は予測できない ウ 馬は大切にするべきだ エ 悪いことは続けて起こる答えと解説を見る
イ。幸せと不幸せは入れかわるもので、先のことは予測できない、という意味です。 - 「さいおう」を漢字で書きましょう。また、それぞれの字の意味を答えましょう。
答えと解説を見る
塞翁。「塞」は国境のとりで、「翁」はおじいさん。「寒」と書かないように注意しましょう。
ふつう
- 「此何遽不為福乎」を書き下し文に直し、現代語訳しましょう。
答えと解説を見る
書き下し文:此れ何遽ぞ福と為らざらんや。訳:これがどうして福にならないことがあろうか(福になるかもしれない)。反語なので、打ち消しを裏返して訳します。 - 老人の息子が助かったのはなぜですか。本文の言葉を使って説明しましょう。
答えと解説を見る
息子は馬から落ちて足(もも)の骨を折り、足が不自由だった(跛の故を以て)ので、胡が攻めてきたときに戦に出なかったから。とりでの近くの若者は「十に九」が死んだのに、父と子はともに無事でした。
むずかしい
- この話で、老人は馬が駿馬を連れて帰ってきたときにも喜びませんでした。そのことから分かる老人の考え方を説明しましょう。
答えと解説を見る
幸運も不幸も、そのままでとどまらず入れかわるもので、先のことは予測できないと考えていた。だから、うれしいできごとにも「これが禍になるかもしれない」と気をゆるめなかった。 - 「人間万事塞翁が馬」の「人間」の意味を答えましょう。また、全体を現代語訳しましょう。
答えと解説を見る
「人間」は人の住む世の中(じんかん)。訳は「世の中のことはすべて、塞翁の馬のようなもので、幸不幸は予測できない」。
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よくある質問
塞翁が馬の意味を簡単に言うと何ですか?
人生の幸せや不幸せは予測できない、という意味です。不幸に見えたことが幸せにつながったり、幸せに見えたことが不幸につながったりするので、ひとつのできごとで喜んだり悲しんだりしすぎないほうがよい、という教えです。
塞翁が馬の「塞翁」とはだれですか?
「塞」は国境のとりで、「翁」はおじいさんで、「とりでの近くに住む老人」という意味です。特定の名前のある人物ではありません。
塞翁が馬の出典は何ですか?
前漢の淮南王・劉安が学者を集めて作らせた『淮南子』の人間訓という篇です。「人間万事塞翁が馬」という形は原文にはなく、元の時代の僧・熙晦機の詩の一句によると言われています。
人間万事塞翁が馬の「人間」は何と読みますか?
もとの漢語の意味(人の住む世の中)に合わせると「じんかん」と読みます。今の国語辞典では「にんげん」の読みで出ていることが多く、どちらの読み方も使われています。
塞翁が馬と「災い転じて福となす」はどうちがいますか?
塞翁が馬は、なりゆきで幸不幸が入れかわり、先のことは予測できないという意味です。災い転じて福となすは、悪いできごとを工夫や努力で利用して、よい結果に変えるという意味です。
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出典・参考
- 原文:『淮南子』人間訓(維基文庫の本文で確認)
- 「塞翁失馬,安知非福」の用例:『鏡花縁』第7回(維基文庫)
- 書き下し文・現代語訳:合格大作戦(教科書で多い読み方をもとにした一例)
- 絵:メトロポリタン美術館(Open Access、パブリックドメイン)
- お話の絵・図:合格大作戦
最終更新:2026年10月29日/作成:大学受験合格大作戦



