故事成語の一覧 › 『列子』
中学受験高校受験大学受験
杞憂きゆう
ひとことで言うと
心配する必要のないことを、あれこれ心配すること。杞の国の人が「天が落ちてきたら」と心配して、眠れなくなった話から。
| 読み方 | きゆう |
|---|---|
| 意味 | 心配する必要のないことを、あれこれ心配すること。取り越し苦労。 |
| 出典 | 『列子』天瑞 |
| お話 | 杞の国の人が、天が落ち地がくずれることを心配して寝食を忘れたが、「天は気、地は土のかたまり」と教えられて大喜びした |
| 似た言葉 | 取り越し苦労・杞人の憂え・杞人之憂 |
| 反対の考え方 | 備えあれば憂いなし |
| 漢文の句法 | 反語(奈何)・再読文字(当)・二重否定(亡〜亡) |
このページのポイント
- 「杞憂」はしなくてよい心配のこと。「心配は杞憂に終わった」のように、あとから振り返って使うことが多い言葉です
- 出典は『列子』。天が落ちてくるのを心配した杞の国の人の話を、4こまのイラストで読めます。原典には列子の意見が続きます
- 原文には反語・再読文字・不可能・二重否定が入っていて、句法の練習にぴったりです
「杞憂」の意味と読み方
「杞憂」はきゆうと読みます。意味は「心配する必要のないことを、あれこれ心配すること。取り越し苦労」です。
「杞(き)」は中国の昔の国の名前、「憂(ゆう)」は「うれえる=心配する」という意味です。つまり「杞憂」は、「杞の国の人の心配」という意味の言葉です。杞の国の人が「天が落ちてきたらどうしよう」と、ありえない心配をして眠れなくなった話から生まれました。
うかるくん
ニュースで「心配は杞憂に終わった」って言っていました。どういう意味ですか?
ミスターT先生
「心配していたけど、実際には何も起きなかった。心配するだけむだだった」という意味だ。もとは中国の昔の本『列子(れっし)』にある話でね。杞の国の人が、天が落ちてくるのを本気で心配したんだ。今の私たちから見ると笑ってしまうけど、本人は大まじめ。そこがこの話のおもしろいところだよ。
ふだんは、たとえば次のように使います。
- ○台風で遠足が中止になるかと心配したが、杞憂に終わった。
- ○新しいクラスになじめるか不安だったが、それは杞憂だった。
- ○「失敗したらどうしよう」というのは杞憂にすぎない。
「杞憂に終わる」「杞憂にすぎない」「杞憂だった」の形がよく使われます。「杞人(きじん)の憂(うれ)え」とも言い、四字熟語では「杞人之憂(きじんのうれい)」と書きます。
絵で読む「杞憂」のお話
まずは話の流れを、4つの場面で見てみましょう。登場するのは、杞(き)の国の心配性の人と、その人のことを心配して教えに来た人です。
絵で読む「杞憂」のお話(4こま)
おもしろいのは、教えに来た人も「彼の心配を心配して」やって来たことです。原文では「彼の憂ふる所を憂ふる者」と書かれています。心配する人を心配する人がいて、最後は二人とも大喜び。とても人のよい二人の話です。

ミスターT先生
今の私たちは、空が落ちてこないことを知っているね。でも昔の人にとって、天や地がどうなっているかは大きななぞだった。だからこの話は、ただの「心配しすぎの人」の笑い話ではなく、「世界はどうなっているのか」を考えた話でもあるんだ。続きを読むと、それがよく分かるよ。
教えに来た人の説明は、今の科学から見ると正しいとは言えません。けれども、杞の人を安心させるには十分でした。「杞憂」という言葉が「いらない心配」の意味で使われるのは、この前半の場面がもとになっています。
「杞憂」の原文・書き下し文・現代語訳
中学・高校の教科書や問題集では、話の前半を、次の形で読むことが多いです(書き下し文は代表的な読み方の一例で、本によって少しずつちがいます)。1文ずつ、返り点と送り仮名をつけた訓読文で見ていきましょう。返り点の読み方は返り点(レ点・一二点・上下点)の読み方、書き下し文のきまりは書き下し文の書き方でくわしく説明しています。
1文目:心配で寝食を忘れた人
書き下し文杞国に人の天地崩墜して、身寄する所亡きを憂へて、寝食を廃する者有り。
(『列子』天瑞(教科書で多い形))
現代語訳杞の国に、天と地がくずれ落ちて、身の置き場がなくなることを心配して、寝ることも食べることもやめてしまった人がいた。
2文目:心配する人を心配する人
書き下し文又彼の憂ふる所を憂ふる者有り。因りて往きて之を暁して曰はく、
(『列子』天瑞(教科書で多い形))
現代語訳また、その人が心配していることを、心配する人がいた。そこで出かけていって、その人に言い聞かせて言った。
3文目:天は気が積もったもの
書き下し文「天は積気のみ。処として気亡きは亡し。若屈伸呼吸し、終日天中に在りて行止す。奈何ぞ崩墜を憂へんや。」
(『列子』天瑞(教科書で多い形))
現代語訳「天は気(空気のようなもの)が積もっただけのものだ。気のない所はどこにもない。あなたは体を曲げたりのばしたり、息をすったりはいたりして、一日中、天の中で動いたり止まったりしている。どうして(天が)くずれ落ちるのを心配するのか。」
4文目:では日・月・星は?
書き下し文其の人曰はく、「天果たして積気ならば、日月星宿、当に墜つべからざるか。」
(『列子』天瑞(教科書で多い形))
現代語訳その人が言った。「天が本当に気が積もったものなら、太陽や月や星は、落ちてくるはずではないのか。」
5文目:落ちてもけがはしない
書き下し文之を暁す者曰はく、「日月星宿も、亦積気中の光耀有る者なり。只だ墜ちしむるも、亦中傷する所有る能はず。」
(『列子』天瑞(教科書で多い形))
現代語訳言い聞かせた人が言った。「太陽や月や星も、やはり積もった気の中で光り輝いているものだ。たとえ落ちてきたとしても、人にけがをさせることはできない。」
6文目:では地は?
書き下し文其の人曰はく、「地の壊るるをいかんせん。」
(『列子』天瑞(教科書で多い形))
現代語訳その人が言った。「地がくずれるのは、どうしたらよいのか。」
7文目:二人とも大喜び
書き下し文其の人舎然として大いに喜び、之を暁す者も亦舎然として大いに喜ぶ。
(『列子』天瑞(教科書で多い形))
現代語訳その人はすっかり安心して大喜びし、言い聞かせた人も、また安心して大喜びした。
原典(『列子』天瑞)の本文では
維基文庫(中国語のウィキソース)で見られる『列子』天瑞篇の本文では、字に次のような違いがあります。
- 旧字:「國(国)」「廢(廃)」「氣(気)」「舍(舎)」「壞(壊)」などの旧字で書かれています。
- 「邪」が「耶」:4文目の文末は、原典では「不當墜耶」と「耶」の字です。どちらも「〜か」と疑問を表します。
- 話には続きがある:教科書は二人が大喜びする所で終わることが多いですが、原典ではこのあと、長廬子(ちょうろし)と列子(れっし)が、この二人の話について意見を言います(下でくわしく説明します)。
サクラちゃん
話の続きがあるなんて知りませんでした! 列子は、どっちの味方なんですか?
ミスターT先生
それが、どっちの味方でもないんだ。列子は「くずれると言うのもまちがい、くずれないと言うのもまちがい。くずれるかどうかは、自分には分からない。だから心にかけない」と言う。分からないことは分からないと認めて、くよくよしない。ここに、この本の考え方が出ているんだよ。
出典『列子』と話の背景
「杞憂」の出典は『列子(れっし)』の「天瑞(てんずい)篇」です。『列子』は、中国の戦国時代の思想家とされる列禦寇(れつぎょこう)の考えを伝える本で、『老子』『荘子』と並ぶ道家(どうか)の本の一つです。ただし、今に伝わる『列子』は、もっとあとの時代(3〜4世紀ごろ)にまとめられたものだとする説が有力で、列子という人物がどんな人だったかも、はっきりしないことが多いです(諸説あり)。道家と、孔子・孟子の儒家とのちがいは、諸子百家(儒家・道家・法家)の考え方で図にしています。

杞(き)は、周の時代にあった小さな国で、伝説の王朝である夏(か)の王の子孫が治めた国と伝えられています。大きな国ではなかったので、「杞の人」は、ここでは「どこかの小さな国の人」くらいの気持ちで使われていると考えられます。なぜ杞の国の人が選ばれたのか、はっきりした理由を書いた資料は見つかりませんでした。
話の続き:長廬子と列子の意見
原典では、二人が大喜びしたあと、長廬子(ちょうろし)という人がこの話を聞いて笑い、こう言います。「虹も雲も風雨も四季も、気が積もってできたもの。山も川も金属も石も、形あるものが積もってできたもの。積もってできたものが、どうしてこわれないと言えるだろう。天地は、いつかはこわれる。今からそれを心配するのは、たしかに遠すぎる話だ。けれども、こわれないと言い切るのも、正しいとは言えない」。
さらに列子がこれを聞いて笑い、こう言います。「天地がこわれると言うのもまちがいだし、こわれないと言うのもまちがいだ。こわれるかこわれないかは、わたしには分からない。生きている者は死を知らず、死んだ者は生を知らない。こわれるかこわれないか、わたしがどうして心にかけようか」。
つまり、もともとの話は「心配しすぎはおかしい」で終わるのではなく、「分からないことを分からないと受け止めて、心をわずらわせない」という、道家らしい考え方へ進んでいきます。「杞憂」という言葉は、その中の前半、杞の人の心配の場面だけが取り出されて、「いらない心配」の意味で使われるようになりました。
「杞憂」の使い方と例文・似た言葉
「杞憂」は名詞で、「杞憂に終わる」「杞憂にすぎない」「杞憂だった」の形でよく使います。あとから振り返って「心配しなくてよかった」と言う使い方がいちばん多い言葉です。
- ○雨で試合が中止になるかと心配したが、杞憂に終わり、晴れわたった。(心配がむだになった)
- ○初めての一人旅を心配していた母も、杞憂だったと笑っていた。
- ○その不安は杞憂にすぎないから、安心して本番にのぞもう。(いらない心配だと言いきかせる)
- ○わたしの心配が杞憂であればよいのですが。(心配が外れることを願う)
- ×テストの点が悪くて、杞憂な気分になった。(「ゆううつ」「悲しい」の意味ではない)
- ×地震に備えて水を買っておくのは杞憂だ。(必要な備えには、ふつう使わない)
「杞憂」は、結果的に心配が当たらなかったときや、心配が大げさすぎるときに使います。本当に起こるかもしれないことへの備えまで「杞憂」と言ってしまうと、相手を軽く見ていると受け取られることもあるので気をつけましょう。
似た言葉
- 取り越し苦労(とりこしぐろう):どうなるか分からない先のことを、あれこれ心配すること。「杞憂」のいちばん近い言いかえです。
- 杞人の憂え・杞人之憂:「杞憂」のもとの形。「杞の国の人の心配」。
- 心配性(しんぱいしょう):ちょっとしたことでも、すぐに心配する性格。
- 疑心暗鬼:疑う気持ちがあると、何でもないことまで恐ろしく見えること。「心の中でふくらんだ不安」という点が少し似ています。
反対の言葉・反対の考え方
- 備えあれば憂いなし:ふだんから準備をしておけば、何が起きても心配ない。「心配して準備する」ことを大事にする言葉で、「心配しすぎ」をいましめる杞憂とは向きが反対です。
- 楽観(らっかん):物事がうまくいくと明るく考えること。
「心配はいらない」と言う杞憂と、「心配して備えよ」と言う「備えあれば憂いなし」。どちらが正しいということではなく、起こりそうなことには備え、ありえないことでは悩みすぎない、と両方をセットで覚えておくとよいでしょう。
「杞憂」のよくあるまちがい
- 「杞」を「紀」「起」と書く:「杞憂」の「杞」は、木へんに「己」です。「杞」は常用漢字ではありません。「憂」の読み方・書き順・部首も確かめましょう。「憂」は「優」の右側と同じ形で、心配する・うれえるの意味です。
- 「ゆううつ」の意味だと思う:「憂」の字から「憂うつ」と同じだと思われがちですが、杞憂は「いらない心配」です。「杞憂な気分」とは言いません。
- 「杞」を人の名前だと思う:「杞」は国の名前です。「杞の国の人の心配」という意味です。
- 必要な心配にまで使う:本当に起こりそうなことへの備えを「杞憂だ」と言うと、意味がずれてしまいます。
- 漢文で「奈何」と「何如」をまちがえる:「奈何ぞ〜んや」は「どうして〜か(いや〜ない)」の反語。「何如(いかん)」は「どうであるか」と状態をたずねる言い方です。くわしくは疑問の句法(何如と如何・奈何のちがい)へ。
うかるくん
「処として気亡きは亡し」って、「亡」が2回も出てきて、ないのか、あるのか分からなくなります…。
ミスターT先生
「ない所は、ない」と、打ち消しを2回重ねると、「どこにでも、ある」になる。これが二重否定だ。「気がない所はない=気はどこにでもある」。だから「天は気でできていて、私たちはいつもその中にいる。落ちてくる心配はない」という説明になるんだね。
入試ではこう出る
「杞憂」は、中学受験から大学受験まで出てくる故事成語です。
- 中学受験:故事成語の意味を選ぶ問題、「きゆう」を漢字で書く問題、「心配は〇〇に終わった」の〇〇に入る言葉を選ぶ問題がよく問われます。「杞」の字を正しく書けるかもポイントです。
- 高校受験:漢文の話として、返り点をつける・書き下し文に直す・杞の人が何を心配していたか・教えに来た人が何と説明したかを問う問題が中心です。高校受験の漢文の出方は高校受験の漢文(返り点・書き下し文の対策)にまとめています。
- 大学受験:「奈何ぞ〜ん」の反語、「当に〜べし」の再読文字、「処として〜亡きは亡し」の二重否定を訳す問題。原典の続き(長廬子・列子の意見)まで出して、列子の考えを説明させる問題も考えられます。共通テストでの漢文の出方は共通テストの漢文(配点・時間配分)へ。

サクラちゃん
「杞の人は何を心配していたか」は、「天地がくずれ落ちて、身の置き場がなくなること」。原文の「天地崩墜、身亡所寄」をそのまま訳せばいいんですね!
練習問題
やさしい
- 「杞憂」の意味として正しいものを選びましょう。
ア 心配する必要のないことを、あれこれ心配すること イ ゆううつで元気が出ないこと ウ 前もって準備しておくこと エ 他人の心配をすること答えと解説を見る
ア。「取り越し苦労」と同じ意味です。イは「憂うつ」、ウは「備えあれば憂いなし」の考え方です。 - 次の文の( )に入る言葉を、「杞憂」を使って書きましょう。
雨が降るかと心配したが、( )に終わった。答えと解説を見る
杞憂。「杞憂に終わる」は「心配がむだになった(心配したことは起きなかった)」という意味です。
ふつう
- 「奈何憂崩墜乎」を書き下し文に直し、意味を答えましょう。
答えと解説を見る
書き下し文は奈何ぞ崩墜を憂へんや。意味は「どうして(天が)くずれ落ちることを心配するのか、いや心配する必要はない」。反語の句法です。 - 教えに来た人は、天と地をそれぞれ何だと説明しましたか。
答えと解説を見る
天は「気が積もったもの(積気)」、地は「土のかたまりが積もったもの(積塊)」だと説明しました。日・月・星も光る気なので、落ちてもけがはしないと言いました。
むずかしい
- 「亡処亡気」は何という句法ですか。書き下し文と意味を答えましょう。
答えと解説を見る
二重否定。書き下し文は「処として気亡きは亡し」。意味は「気のない所はない(どこにでも気がある)」。 - 原典の最後で、列子は天地がくずれるかどうかについて、どのように考えていますか。
答えと解説を見る
くずれると言うのも、くずれないと言うのもまちがいで、くずれるかどうかは自分には分からない。だから、そのことを心にかけない、と考えています。
「杞憂」とあわせて覚えたい関連ページ
- 矛盾(むじゅん)の意味と由来
矛と盾を売る商人の話(『韓非子』) - 蛇足(だそく)の意味と由来
余計な付け足しで失敗する話(『戦国策』) - 備えあれば憂いなしの意味(故事成語の一覧)
杞憂と反対向きの考え方 - 漢文の反語の句法(奈何・安・豈)
「奈何ぞ崩墜を憂へんや」の読み方 - 漢文の二重否定(無不・亡〜亡)
「処として気亡きは亡し」の読み方 - 漢文の再読文字(当・未・将)の読み方
「当に墜つべからざるか」の読み方 - 漢文の勉強法(初心者から共通テスト・二次まで)
故事成語から漢文に入る順番 - 杞人之憂の意味(四字熟語の一覧)
杞憂のもとの形の四字熟語
『列子』から生まれた故事成語(絵で読む)
- 愚公山を移すの意味と由来
努力を続ければ、どんな困難なことも成し遂げられるということ。 - 疑心暗鬼の意味と由来
疑う心があると、何でもないことまで怖く、疑わしく思えること。 - 亡羊の嘆の意味と由来
学問の道があまりに多岐にわたり、真理に到達できないのを嘆くこと。
← 前の語:推敲の意味と由来 | 次の語:五十歩百歩の意味と由来 →
読みもの(合格大作戦の記事)
- 故事成語の一覧(意味・由来・出典)
矛盾・蛇足・漁夫の利など150語 - 四字熟語の一覧(読み・意味・受験別)
四面楚歌・臥薪嘗胆など300語 - 漢字合格大作戦(常用漢字の読み・書き順)
漢文に出る漢字を1字ずつ - 国語のまとめ(漢字・古文・漢文)
国語の記事の入口
よくある質問
杞憂の意味を簡単に言うと何ですか?
心配する必要のないことを、あれこれ心配することです。取り越し苦労と同じ意味で、「心配は杞憂に終わった」のように使います。
杞憂の由来となった話はどんな話ですか?
『列子』にある話です。杞の国の人が、天が落ちて地がくずれたら身の置き場がないと心配して、寝ることも食べることもやめてしまいました。そこへ別の人が来て、天は気が積もったもの、地は土のかたまりだと教えると、二人とも大喜びしました。
杞憂の「杞」とは何ですか?
中国の周の時代にあった小さな国の名前です。「杞憂」は「杞の国の人の心配」という意味で、「杞人の憂え」とも言います。
杞憂の出典は何ですか?
道家の本『列子』の天瑞篇です。原典では、話のあとに長廬子と列子がそれぞれ意見を言い、列子は「天地がくずれるかどうかは分からないので、心にかけない」としめくくります。
杞憂の反対の言葉は何ですか?
「備えあれば憂いなし」が、考え方として反対向きの言葉です。杞憂は「いらない心配」、備えあれば憂いなしは「心配して準備することの大切さ」を表します。
あわせて読みたい
出典・参考
- 原文:『列子』天瑞(維基文庫の本文で確認。教科書で多い形は、新字に直し、話の前半を取り出したもの)
- 書き下し文・現代語訳:合格大作戦(教科書で多い読み方をもとにした一例)
- 絵:メトロポリタン美術館(Open Access、パブリックドメイン)
- お話の絵・図:合格大作戦
最終更新:2026年10月29日/作成:大学受験合格大作戦



