亡羊の嘆の意味と由来|列子の原文・書き下し文・現代語訳とイラストで読むお話、望洋の嘆とのちがい【故事成語】

亡羊の嘆の意味と由来|列子の原文・書き下し文・現代語訳とイラストで読むお話、望洋の嘆とのちがい【故事成語】

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亡羊の嘆ぼうようのたん

ひとことで言うと

学問の道が多く分かれすぎて、真理をつかみにくいことのなげき。分かれ道が多くて、にげた羊を見失った話から。

読み方ぼうようのたん
意味学問の道があまりにも多方面に分かれていて、真理をつかむのがむずかしいことをなげくこと。方針が多すぎて、どれを選べばよいか迷うこと。
出典『列子』説符「大道以多岐亡羊、学者以多方喪生」
お話楊子の隣人が羊をにがし、大勢で追ったが、分かれ道の中にまた分かれ道があって見失った。楊子はそれを聞いて学問のことを思い、一日笑わなかった
似た言葉多岐亡羊・岐路亡羊・五里霧中
反対の言葉一意専心・一心不乱・初志貫徹
漢文の句法疑問(何ぞ)・所・所以・以(もつて)

このページのポイント

  • 「亡羊の嘆」は、学問の道が分かれすぎて、真理をつかみにくいことのなげき。「多岐亡羊」とも言います
  • 出典は『列子』。分かれ道で羊を見失った隣人と、それを聞いて一日笑わなかった楊子の話を4こまのイラストで読めます
  • 読みが同じ「望洋の嘆」とのちがい、所・所以・以の句法、入試での出方まで分かります

「亡羊の嘆」の意味と読み方

「亡羊の嘆」はぼうようのたんと読みます。意味は「学問の道があまりにも多方面に分かれていて、真理をつかむのがむずかしいことをなげくこと」です。そこから、方法や方針がいくつもあって、どれを選べばよいか迷うことにも使います。「亡羊の歎」と書くこともあり、四字熟語では「多岐亡羊(たきぼうよう)」と言います。

「亡羊(ぼうよう)」は「羊を亡(うしな)う」、つまり羊をにがして見失うことです。ここでの「亡」は「死ぬ」ではなく、「なくす・見失う」という意味です。「嘆(たん)」は「なげき」。中国の古い本『列子(れっし)』にある、分かれ道が多すぎて、にげた羊を見失った話から生まれた言葉です。

分かれるたびに、道は倍になる1本2本4本?????羊??8本のうち、羊がいるのは1本だけ学問も、やり方が多いほど見失いやすい
道は分かれるたびに倍になり、羊を見つけるのがどんどんむずかしくなります
うかるくん

うかるくん

羊をなくした話なのに、どうして「学問」の話になるんですか?

ミスターT先生

ミスターT先生

そこがこの話のおもしろいところだ。羊をなくした話を聞いた楊子は、学問も同じだと考えて、深くなげいたんだ。学問にもいろいろな考え方や方法がある。あちこちに手を出すと、本当に大切なもの(羊)を見失ってしまう。それを、分かれ道で羊を見失うことにたとえたんだよ。

ふだんの言い方では、たとえば次のように使います。

  • ○研究のテーマが広がりすぎて、何を明らかにしたいのか分からなくなった。まさに亡羊の嘆だ。
  • ○勉強法の本を何冊も読んだが、どれも言うことがちがう。亡羊の嘆を覚える。
  • ○情報があふれる時代こそ、亡羊の嘆におちいらないよう、目的をしぼることが大切だ。

「亡」は「亡」の読み方・書き順・部首、「羊」は「羊」の読み方・書き順・部首、「嘆」は「嘆」の読み方・書き順・部首で、書き順と読み方を確かめておきましょう。

絵で読む「亡羊の嘆」のお話

まずは話の流れを、4つの場面で見てみましょう。登場するのは、思想家の楊子(ようし)、その隣の人、楊子の弟子の孟孫陽(もうそんよう)、そして楊子と親しい心都子(しんとし)です。

絵で読む「亡羊の嘆」のお話(4こま)

1羊がにげた!羊1頭に、なぜそんなに大勢で?分かれ道が多いのです楊子隣人羊
1楊子(ようし)の隣の人が、羊を1頭にがしてしまいました。仲間だけでなく、楊子の家の召使いまで借りて追いかけます。楊子が「1頭なのに、なぜそんなに大勢で?」と聞くと、「分かれ道が多いのです」という答え。
2分かれ道の中に、また分かれ道?????どっちへ行ったんだ?
2道は分かれ、その先でまた分かれ、さらに分かれていきます。どの道へ行ったのか、もう分かりません。
3楊子がだまりこむ見失いました。分かれ道の中にまた分かれ道が…羊1頭なのになぜ?……隣人楊子弟子
3もどってきた隣人は「見失いました」と言います。それを聞いた楊子は、顔色を変えてだまりこみ、その日は一日笑いませんでした。弟子たちは不思議に思います。
4心都子の説明道が分かれすぎると羊を見失う。学ぶ者も、やり方が多すぎると生き方を見失うのだ大道は多岐なるを以て羊を亡ふ
4あとで心都子(しんとし)が、楊子の気持ちを説明します。「大道は多岐なるを以て羊を亡ひ、学者は多方なるを以て生を喪ふ」。

羊1頭をなくしただけで、なぜ楊子はそんなに落ちこんだのでしょうか。弟子たちには分かりませんでした。羊は値段の安い家畜で、しかも楊子の羊ではありません。楊子は、羊の話の中に、学問をする人がおちいりやすい危うさを見ていたのです。

柳の木の下の草原に、白や茶色の羊がたくさん散らばっている、まるいうちわ形の中国の絵
草原にちらばる羊の群れと、柳の木に登る牧童を描いた絵(中国・元の終わり〜明のはじめ、14世紀)。右の題箋には「南宋李迪」の名がありますが、美術館では作者不明としています。画像:「Sheep and herd boy」(中国・14世紀、作者不明、メトロポリタン美術館 13.100.101、パブリックドメイン)
人差し指を立てて説明するミスターT先生

ミスターT先生

楊子がだまりこんだのは、羊がかわいそうだったからではない。「学問も、道が分かれすぎると本当のことを見失う」と気づいて、なげいたんだ。だから「亡羊の嘆」なんだね。

「亡羊の嘆」の原文・書き下し文・現代語訳

出典は『列子』の説符(せっぷ)篇です。教科書や問題集では、話の前半(羊を見失う場面)と、最後の心都子の言葉がよく取り上げられます。1文ずつ、返り点と送り仮名をつけた訓読文で見ていきましょう(書き下し文は代表的な読み方の一例です)。返り点の読み方は返り点(レ点・一二点・上下点)の読み方、書き下し文のきまりは書き下し文の書き方とルールでくわしく説明しています。

白文(話の前半と、心都子の言葉)楊子之隣人亡羊。……楊子曰、「嘻、亡一羊、何追者之衆。」隣人曰、「多岐路。」……「岐路之中又有岐焉。吾不知所之、所以反也。」……大道以多岐亡羊、学者以多方喪生。

1文目:隣の人が羊をにがす

書き下し文楊やう子しの隣りん人じん羊ひつじを亡うしなふ。

(『列子』説符)

現代語訳楊子の隣の人が、羊をにがして見失った。

ここがポイント「亡(うしな)ふ」は「なくす・見失う」。「亡」には「ほろぶ」「にぐ(逃げる)」「なし(無)」などの読みもあり、文によって読み分けます。「之(の)」は「〜の」で、「之」の読み方(の・これ・ゆく)にまとめています。

2文目:楊子のおどろき

書き下し文楊やう子し曰いはく、「嘻ああ、一いち羊やうを亡うしなふに、何なんぞ追おふ者ものの衆おほき。」

(『列子』説符)

現代語訳楊子が言うには、「ああ、羊を1頭なくしただけなのに、どうして追いかける人がこんなに多いのか。」

ここがポイント「嘻(ああ)」はおどろきを表す言葉。「何(なん)ぞ〜」は「どうして〜か」と理由をたずねる疑問の句法(何・誰・安・何如)です。「衆(おほ)し」は「多い」。

3文目:分かれ道が多い

書き下し文隣りん人じん曰いはく、「岐き路ろ多おほし。」

(『列子』説符)

現代語訳隣の人が言うには、「分かれ道が多いのです。」

ここがポイント「岐路(きろ)」は分かれ道。今でも「人生の岐路に立つ」のように使います。「多(おほ)し」が先に書かれ、一二点で「岐路」から先に読みます。原文の字は「歧」(止へん)で、「岐」と同じ意味です。

4文目:分かれ道の中にまた分かれ道

書き下し文岐き路ろの中うちに又また岐き有あり。

(『列子』説符)

現代語訳分かれ道の中に、また分かれ道があるのです。

ここがポイント文の終わりの「焉」は、読まない置き字(而・於・焉・矣)です。分かれ道が何重にも分かれていく様子が、この短い文によく表れています。

5文目:だからもどってきた

書き下し文吾われ之ゆく所ところを知しらず、反かへる所以ゆゑんなり。

(『列子』説符)

現代語訳わたしには羊が行った所が分からない。それでもどってきたのです。

ここがポイント「之(ゆ)く」は「行く」。「所(ところ)」は「〜する場所・こと」。「所以(ゆゑん)」は「理由・わけ」で、「反る所以なり」で「もどってきたわけだ」。「者・所・所以」の読みと用法で練習できます。「一レ」の点がついた「所」が、入試でよくねらわれます。

6文目:心都子のまとめ

書き下し文大たい道だうは多た岐きなるを以もつて羊ひつじを亡うしなひ、学がく者しやは多た方はうなるを以もつて生せいを喪うしなふ。

(『列子』説符)

現代語訳大きな道も、分かれ道が多いために羊を見失い、学問をする者も、方法が多いために生き方(本来の自分)を見失う。

ここがポイント「以(もつ)て〜」は「〜によって・〜のために」と原因を表します。くわしくは「以」の読みと用法(もって・以為・所以)へ。前半の「羊」と後半の「生」が対になった対句です。「生」は「命」とも「生きる道・本性」とも訳され、注釈によって訳し方が分かれます。
原文で覚える句法4つ何〜衆何ぞ〜衆きどうして多いのか疑問(何ぞ)不知所之之く所を知らず行った所が分からない否定+所所以反反る所以なりもどってきたわけだ所以(ゆゑん)以多岐多岐なるを以て分かれ道が多いために以(もつて)
「亡羊の嘆」の原文には、疑問・所・所以・以の大事な句法が入っています

原典(『列子』説符)の本文では

維基文庫(中国語のウィキソース)の『列子』説符篇では、話の前半は次のようになっています(句読点は維基文庫の本文のとおり)。

『列子』説符の本文(前半)楊子之鄰人亡羊,既率其黨,又請楊子之豎追之。楊子曰:「嘻!亡一羊,何追者之衆?」鄰人曰:「多歧路。」既反,問:「獲羊乎?」曰:「亡之矣。」曰:「奚亡之?」曰:「歧路之中又有歧焉,吾不知所之,所以反也。」楊子戚然變容,不言者移時,不笑者竟日。
  • 「隣」が「鄰」、「岐」が「歧」:どちらも昔の字・別の字形で、意味は同じです。
  • 「豎(じゅ)」:召使いの少年。隣人は、自分の仲間だけでなく楊子の家の召使いまで借りて追いかけました。
  • 「戚然として容を変じ」:楊子は悲しそうに顔色を変え、しばらく何も言わず、一日じゅう笑いませんでした。
サクラちゃん

サクラちゃん

「生を喪ふ」って、命をなくすっていう意味ですか? ちょっと大げさな気がします。

ミスターT先生

ミスターT先生

するどいね。「生」を「命」と読む訳もあるし、「本来の生き方」「本性」と読む訳もある。注釈によって分かれるところなんだ(諸説あり)。どちらにしても、いろいろな方法に目移りしているうちに、学ぶ人がいちばん大事なものを失ってしまう、という意味は変わらないよ。

出典『列子』と話の背景

『列子』は、中国の戦国時代の思想家・列禦寇(れつぎょこう)の書いたものと伝えられる本で、老子・荘子とならぶ「道家(どうか)」の書物です。ただし、今に伝わる形は、ずっとあとの時代(晋の時代ごろ)にまとめられたという説が有力で、成り立ちには諸説あります。「杞憂(きゆう)の意味と由来」「愚公山を移す(列子の故事)」「疑心暗鬼の意味と由来」なども、『列子』から生まれた言葉です。道家と儒家のちがいは諸子百家(儒家・道家・法家)の考え方で図にしています。

話に出てくる「楊子」は、戦国時代の思想家楊朱(ようしゅ)のことだと考えられています。楊朱は「自分を大切にする」ことを説いた人で、『孟子』には「一本の毛を抜いて天下のためになるとしても、それをしない」と批判的に紹介されています。

話の後半:三人兄弟と泳ぎの話

説符篇の話には、教科書であまり取り上げられない後半があります。楊子の弟子の孟孫陽から話を聞いた心都子は、楊子をたずねて、こんな問いを出しました。

同じ先生に学んだ三兄弟の答え父「仁義とは何か?」伯(長男)仁義は、身を大切にし名声はあとにさせる仲(次男)仁義は、命をすてても名声を成しとげさせる叔(三男)仁義は、身も名声もどちらも全うさせるどれも儒家の教え。では、どれが正しい?
同じ先生から「仁義」を学んだのに、三人の答えはばらばら。心都子は「どれが正しいのか」とたずねました

楊子はこれに直接は答えず、川のそばに住んで泳ぎがうまく、渡し舟で多くの人を養っている人の話をします。その人のもとへ泳ぎを習いに来た人は大勢いましたが、おぼれ死ぬ人がほぼ半分もいました。「泳ぎを学びに来たのであって、おぼれることを学びに来たのではないのに、利と害がこれほどちがう」というのです。

心都子はだまって出ていきます。孟孫陽が「質問も答えも遠回しで、ますます分からない」と責めると、心都子は「大道は多岐なるを以て羊を亡ひ、学者は多方なるを以て生を喪ふ」と言い、学問は根本は同じでも、末(えだ先)がちがってくるので、根本に立ち返ることが大事だと説明しました。そして、「あなたは先生の門下で長く学んでいるのに、先生の気持ちが分からないのか。悲しいことだ」と孟孫陽をたしなめています。

つまりこの話は、同じ教えから出発しても、方法や解釈が分かれていくうちに、もとの目的を見失ってしまうことへのなげきなのです。

「亡羊の嘆」の使い方と例文・似た言葉

「亡羊の嘆」は、学問や研究、仕事などで、方法や方向がいくつもありすぎて、何が本当に大切か分からなくなるときに使います。「亡羊の嘆をかこつ(なげく)」「亡羊の嘆を覚える」のように使います。少しかたい言い方なので、文章やスピーチでよく使われます。

  • ○専門が細かく分かれすぎて、学問の全体が見えにくい。亡羊の嘆を感じる。
  • ○新しい企画が次々に加わり、会社の目標がぼやけてしまった。亡羊の嘆である。
  • ○受験の情報を集めすぎて、かえって何をすればいいか分からない。亡羊の嘆とはこのことだ。
  • ○研究者は、亡羊の嘆におちいらないよう、問いをしぼりこむことが大切だ。
  • ×飼っていた羊が死んでしまい、亡羊の嘆にくれた。(本当にペットをなくした悲しみには使わない)
  • ×広い海を見て、自分の小ささに亡羊の嘆をもらした。(これは「望洋の嘆」の意味)
亡羊の嘆同じ話から多岐亡羊岐路亡羊迷う様子が似ている五里霧中暗中模索二兎を追う者は一兎をも得ず反対の言葉一意専心一心不乱初志貫徹
同じ話から生まれた言葉、迷う様子が似ている言葉、反対の言葉

似た言葉

  • 多岐亡羊(たきぼうよう):「亡羊の嘆」と同じ話から生まれた四字熟語。方針が多すぎて、どれを選べばよいか迷うこと。
  • 岐路亡羊(きろぼうよう):同じ意味の四字熟語です。
  • 五里霧中(ごりむちゅう):霧の中で方角が分からないように、どうしてよいか分からないこと。「五里霧中の意味と由来(後漢書)」のページでくわしく説明しています。
  • 暗中模索(あんちゅうもさく):手がかりのないまま、いろいろ探り求めること。
  • 二兎を追う者は一兎をも得ず:同時に2つのことをしようとすると、どちらもうまくいかない。

反対の言葉

  • 一意専心(いちいせんしん):ほかのことを考えず、1つのことに心を集中すること。
  • 一心不乱(いっしんふらん):1つのことに心を集中し、ほかに気を取られないこと。
  • 初志貫徹(しょしかんてつ):最初に決めた志を最後までつらぬくこと。

英語では、"Too many paths lead to the lost sheep." のように話を説明して訳したり、意味の近い言い方として "Jack of all trades, master of none."(何でも屋は、何ひとつ極められない)を当てたりします。

受験勉強への生かし方

受験勉強は、まさに「分かれ道」だらけです。参考書・問題集・勉強法の本・動画・SNSの情報……。あれもこれもと手を出すうちに、自分が何のために勉強しているのか(羊)を見失ってしまうことがあります。これが受験生の「亡羊の嘆」です。

大切なのは、目的(志望校の合格)から逆算して、使う教材をしぼり、決めたものをくり返すことです。目的別に勉強法を整理した大学受験の勉強法まとめ(目的別の記事一覧)で、自分に必要な道だけを選びましょう。『徒然草』の兼好法師(吉田兼好)も、「一事を必ずなさんと思はば」の意味(徒然草188段)で、「1つのことを成しとげたいなら、ほかのことは捨てよ」と書いています。単語帳や問題集を何冊も買いかえるより、英単語の覚え方(単語帳は1冊を極める)のように、1冊をやりこむほうが力になります。

「亡羊の嘆」のよくあるまちがい

読みは同じ「ぼうようのたん」亡羊の嘆『列子』説符羊を「亡(うしな)う」なげき学問の道が分かれすぎて、真理をつかめない楊子の隣人の羊の話望洋の嘆『荘子』秋水海を「望(のぞ)む」なげき相手の大きさに、力の及ばなさを感じる黄河の神・河伯が北海を見た話
「亡羊の嘆」と「望洋の嘆」は、読みは同じでも、出典も意味もちがいます
  • 「望洋の嘆」と取りちがえる:「望洋の嘆」は『荘子』秋水篇の話で、黄河の神・河伯(かはく)が北の大海を見て、その大きさに「望洋として若(じゃく)に向かひて嘆じて」、自分の小ささをなげいたことから、相手の偉大さに力の及ばなさを感じるなげきを言います。「亡羊の嘆」は道が多すぎて見失うなげきです。
  • 「亡」を「死ぬ」の意味だと思う:「亡羊」は羊が死んだのではなく、羊をにがして見失ったことです。
  • 「忘羊」「妄羊」と書く:正しくは「亡羊」。「羊を忘れる」ではありません。
  • 「亡羊補牢」「読書亡羊」と混ぜる:「亡羊補牢(ぼうようほろう)」は、羊をなくしてから囲いを直しても遅くない(失敗してからでも手当てをすればよい)という意味で、『戦国策』の言葉です。「読書亡羊」は、『荘子』の、本を読んでいて羊をなくした話から、ほかのことに気を取られて本分をおろそかにすることを言います。どれも「亡羊」が入りますが、別の言葉です。
うかるくん

うかるくん

「ぼうようのたん」が2つもあるなんて、ずるいです…。

ミスターT先生

ミスターT先生

字を見れば区別できるよ。「亡羊」は羊をなくす=道に迷う、「望洋」は海を望む=大きさにおどろく。迷っているなら「羊」、圧倒されているなら「海(洋)」と覚えよう。

入試ではこう出る

「亡羊の嘆」は、高校受験・大学受験で出てくる故事成語です。

  • 高校受験:故事成語の意味を選ぶ問題、「多岐亡羊」の読みや意味を答える問題で出ることがあります。高校受験の漢文の出方は高校受験の漢文(返り点・書き下し文の対策)にまとめています。
  • 大学受験:『列子』説符の本文が出て、「何追者之衆」の疑問の訳、「不知所之、所以反也」の書き下し、「楊子はなぜ一日笑わなかったのか」の説明がよく問われます。「亡羊の嘆」と「望洋の嘆」の区別を問う問題もあります。評論文では、学問の専門分化や情報の多さを論じる文章で使われます。
  • 中学受験:故事成語の問題集にのっていることはありますが、出る語としては多くありません。
ひらめいたサクラちゃん

サクラちゃん

「楊子はなぜ笑わなかったのか」は、「羊を見失ったことから、学問も方法が多すぎると根本を見失うと気づき、なげいたから」と、羊と学問の両方を書くのがコツですね!

練習問題

やさしい

  1. 「亡羊の嘆」の意味として正しいものを選びましょう。
    ア 大切な家畜を死なせてしまった悲しみ イ 学問の道が多く分かれていて、真理をつかみにくいことのなげき ウ 相手の大きさに、自分の力の及ばなさを感じること エ 失敗してからでも、手当てをすれば遅くないこと
    答えと解説を見るイ。ウは「望洋の嘆」、エは「亡羊補牢」の意味です。
  2. 「亡羊の嘆」と同じ話から生まれた四字熟語を選びましょう。
    ア 多岐亡羊 イ 羊頭狗肉 ウ 一意専心 エ 五里霧中
    答えと解説を見るア(たきぼうよう)。イは「羊頭狗肉」で、見かけと中身がちがうこと。ウは反対の意味の言葉です。

ふつう

  1. 「吾不知所之、所以反也。」を書き下し文に直しましょう。
    答えと解説を見る吾之く所を知らず、反る所以なり。「之く」は「行く」、「所以(ゆゑん)」は「理由」です。
  2. 楊子が「一羊を亡ふに、何ぞ追ふ者の衆き」とたずねたのに対し、隣人は何と答えましたか。また、その意味を答えましょう。
    答えと解説を見る「岐路多し」と答えました。分かれ道が多い(ので、大勢で手分けして追う必要がある)という意味です。

むずかしい

  1. 「大道以多岐亡羊、学者以多方喪生。」を現代語訳しましょう。
    答えと解説を見る大きな道も、分かれ道が多いために羊を見失い、学問をする者も、方法が多いために生き方(本来の自分)を見失う。「以(もつ)て」は原因を表します。
  2. 「亡羊の嘆」と「望洋の嘆」のちがいを、出典にふれて説明しましょう。
    答えと解説を見る「亡羊の嘆」は『列子』説符の、分かれ道が多くて羊を見失った話から、学問の道が多すぎて真理をつかめないなげき。「望洋の嘆」は『荘子』秋水の、河伯が大海の広さを見て自分の小ささをなげいた話から、相手の偉大さに力の及ばなさを感じるなげきです。

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よくある質問

亡羊の嘆とはどういう意味ですか?

亡羊の嘆とは、学問の道があまりにも多方面に分かれていて、真理をつかむのがむずかしいことをなげくという意味です。そこから、方法や方針が多すぎて、どれを選べばよいか迷うことにも使います。

亡羊の嘆の読み方は何ですか?

「ぼうようのたん」と読みます。「亡羊」は羊を亡(うしな)う、つまり羊をにがして見失うことで、「嘆」はなげきです。「亡羊の歎」と書くこともあります。

亡羊の嘆の由来・出典は何ですか?

出典は『列子』説符篇です。楊子の隣人が羊をにがし、大勢で追いかけたものの、分かれ道の中にまた分かれ道があって見失いました。それを聞いた楊子は、学問も方法が多すぎると本質を見失うと考えてなげき、一日笑わなかったという話です。

亡羊の嘆の原文と書き下し文は?

中心の一文は「大道以多岐亡羊、学者以多方喪生」で、書き下し文は「大道は多岐なるを以て羊を亡ひ、学者は多方なるを以て生を喪ふ」です。大きな道も分かれ道が多いと羊を見失い、学ぶ者も方法が多いと本来の生き方を見失う、という意味です。

亡羊の嘆と多岐亡羊は同じ意味ですか?

はい、同じ話から生まれた同じ意味の言葉です。「多岐亡羊(たきぼうよう)」は四字熟語の形で、「岐路亡羊」とも言います。

亡羊の嘆と望洋の嘆のちがいは何ですか?

亡羊の嘆は、道が多すぎて真理を見失うなげきで、出典は『列子』です。望洋の嘆は、黄河の神が大海の広さを見て自分の小ささをなげいた『荘子』秋水の話から、相手の偉大さに力の及ばなさを感じるなげきを言います。

亡羊の嘆の例文を教えてください。

「勉強法の本を何冊も読んだが、どれも言うことがちがい、亡羊の嘆を覚える」のように使います。学問・研究・仕事などで、方法が多すぎて何が大切か分からなくなる場面に使うのがふつうです。

亡羊の嘆はビジネスで使えますか?

はい、使えます。事業や企画が広がりすぎて目標がぼやけたときなどに「亡羊の嘆におちいらないよう、目的をしぼろう」のように使います。少しかたい言い方なので、文章やスピーチ向きです。

亡羊の嘆に似た言葉・反対の言葉は何ですか?

似た言葉は多岐亡羊・岐路亡羊・五里霧中・暗中模索・二兎を追う者は一兎をも得ずなどです。反対の言葉には、1つのことに集中する一意専心・一心不乱・初志貫徹があります。

亡羊の嘆は入試でどう出ますか?

高校受験では意味や「多岐亡羊」の読みを問う問題が出ます。大学受験では『列子』の本文が出て、「何追者之衆」の疑問、「所以反也」の書き下し、楊子が笑わなかった理由、「望洋の嘆」との区別がよく問われます。

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出典・参考

  • 原文:『列子』説符(維基文庫の本文で確認)、『荘子』秋水(「望洋の嘆」、維基文庫の本文で確認)
  • 書き下し文・現代語訳:合格大作戦(教科書で多い読み方をもとにした一例)
  • 絵:メトロポリタン美術館(Open Access、パブリックドメイン)
  • お話の絵・図:合格大作戦

最終更新:2026年10月29日/作成:大学受験合格大作戦