井の中の蛙(いのなかのかわず)の意味と由来|荘子の原文・書き下し文・現代語訳とイラストで読むお話【故事成語】

井の中の蛙(いのなかのかわず)の意味と由来|荘子の原文・書き下し文・現代語訳とイラストで読むお話【故事成語】

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井の中の蛙いのなかのかわず

ひとことで言うと

狭い世界のことしか知らず、外に広い世界があることを知らないこと。『荘子』の、井戸の蛙に海のことを話しても分からない、というたとえと、こわれた井戸の蛙が東の海のすっぽんの話を聞いてぼうぜんとした話から。

読み方いのなかのかわず(いのなかのかえる)
意味自分のいる狭い世界しか知らず、外に広い世界があることを知らないこと。また、そういう人。
出典『荘子』秋水篇(「井鼃不可以語於海者、拘於虚也」と「埳井之鼃」の話)
お話こわれた浅い井戸の蛙が、東の海のすっぽんに自分の井戸を自慢するが、海の大きさと深さを聞いて、おどろいてぼうぜんとした
長い形井の中の蛙大海を知らず(「大海を知らず」は日本で付いた形とする説あり)
似た言葉井底の蛙・夜郎自大・管見
漢文の句法可能の否定(不可以)・再読文字(未)・否定(不足以)・疑問(不〜乎)

このページのポイント

  • 「井の中の蛙」は狭い世界しか知らず、広い世界を知らないこと。「大海を知らず」と続けても使います
  • 出典は『荘子』秋水篇。こわれた井戸の蛙と東の海のすっぽんの話を、4こまのイラストで読めます
  • 「大海を知らず」「されど空の青さを知る」は原文にない部分。後から付いた形とする説を整理しました

「井の中の蛙」の意味と読み方

「井の中の蛙」はいのなかのかわずと読みます(「いのなかのかえる」と読むこともあります)。意味は「自分のいる狭い世界のことしか知らず、外に広い世界があることを知らないこと。また、そういう人」です。狭い知識や考えにとらわれて、それで得意になっている様子を、からかったり、いましめたりするときに使います。

「井(い)」は井戸、「蛙(かわず)」はかえるの古い言い方です。「井の中の蛙大海を知らず」(いのなかのかわず たいかいをしらず)という、少し長い形でもよく使われます。中国の昔の本『荘子(そうじ)』秋水篇にある、井戸の蛙のたとえから生まれた言葉です。

井戸の中だけが、世界のすべて?大海(広い世界)井戸狭い世界しか知らず、外の広い世界を知らないで得意になっている人
井戸の中の蛙は、井戸の外にある大海を知りません
うかるくん

うかるくん

「井の中の蛙大海を知らず」って、全部で一つのことわざですよね?中国の本にそのまま書いてあるんですか?

ミスターT先生

ミスターT先生

じつは、そこがおもしろいところなんだ。『荘子』の原文にあるのは「井鼃(せいあ)は以て海を語るべからず」(井戸の蛙に海のことを話しても分からない)という形。「大海を知らず」という言い方は原文にはなくて、日本で後から付いた形だとする説があるんだよ。

ふだんの言い方では、たとえば次のように使います。

  • ○学校で一番になって得意になっていたが、全国大会に出て井の中の蛙だったと思い知った。
  • ○自分の町のことしか知らない井の中の蛙にならないよう、いろいろな本を読もう。
  • ○留学して、自分が井の中の蛙大海を知らずだったことに気づいた。

絵で読む「井の中の蛙」のお話

『荘子』秋水篇には、井戸の蛙が2回出てきます。ここでは、篇の後半にある「埳井(かんせい)の鼃(あ)」の話を、4つの場面で見てみましょう。登場するのは、こわれた浅い井戸にすむ蛙と、東の海からやってきた大きなすっぽん(鼈)です。

絵で読む「井の中の蛙」のお話(4こま)

1井戸の中の蛙が自慢ここではぼくがいちばんさ!入っておいでよ東海の鼈
1こわれた浅い井戸にすむ蛙が、東の海から来たすっぽん(鼈)に自慢します。「井戸のふちで跳ね、水にもぐって遊ぶ。ここではぼくがいちばんさ。入って見においでよ」。
2右ひざがつかえるおや、ひざがつかえて入れない
2すっぽんが井戸に入ろうとすると、左足も入らないうちに、右ひざがつかえてしまいました。すっぽんは、そろりとあとずさりします。
3鼈が海の話をするどこまでも広く、深い海海は千里の遠さでも大きさを言い表せず、千仞の高さでも深さに足りない
3すっぽんは、海の話をします。「海は、千里の遠さでもその大きさを言い表せず、千仞(せんじん)の高さでもその深さにとどかない。日照りでも大雨でも、水は増えも減りもしないのさ」。
4びっくりして、ぼうぜんがーんぼくの井戸ってこんなに小さかったの…?適適然として驚き、規規然として自失す
4これを聞いた井戸の蛙は、びっくりして、ぼうぜんとしてしまいました。自分の井戸がいちばんだと思っていたのに、外にはもっと大きな世界があったのです。

蛙は、井戸の水をひとりじめして、ぼうふらやかに、おたまじゃくしの中では自分がいちばんだと得意になっていました。でも、すっぽんが体を入れることさえできない井戸は、海にくらべればとても小さな世界です。蛙は、海の大きさを聞いてはじめて、自分の世界の小ささを知ったのです。

人差し指を立てて説明するミスターT先生

ミスターT先生

大事なのは、蛙が悪いわけではない、ということだ。蛙は井戸しか見たことがないから、井戸がいちばんだと思っていただけ。荘子は、だれでも自分の知っている世界にしばられやすい、と言っているんだね。

古い木の井戸のつるべ(おけ)の上に、大きな口のかえるが乗っている、木で彫られた小さな置き物
古い井戸のつるべ(水をくむおけ)に乗った蛙の根付(ねつけ)。根付は、江戸時代の人が印籠やたばこ入れを帯にさげるときに使った、小さな彫り物の留め具です。井戸と蛙の取り合わせは、日本でも親しまれていました。画像:「Netsuke of Frog on Old Well Bucket」(日本・19世紀、木彫、メトロポリタン美術館蔵、パブリックドメイン)

「井の中の蛙」の原文・書き下し文・現代語訳

出典は『荘子』の秋水篇(しゅうすいへん)です。書き下し文は代表的な読み方の一例です。返り点の読み方は返り点(レ点・一二点・上下点)の読み方、書き下し文のきまりは書き下し文の書き方でくわしく説明しています。

① 篇のはじめ:北海若の言葉

秋の大水で水かさが増えた黄河の神・河伯(かはく)は、天下の美しいものはすべて自分にあると得意になって、川を下っていきます。ところが北の海に出て、果てのない海を見て、はじめて自分の小ささを知ります。そこで海の神・北海若(ほっかいじゃく)が言ったのが、次の言葉です。

『荘子』秋水篇(北海若の言葉。句読点を補ったもの)井蛙不可以語於海者、拘於虚也。夏虫不可以語於冰者、篤於時也。曲士不可以語於道者、束於教也。今爾出於崖涘、観於大海、乃知爾醜。爾将可与語大理矣。

1文目:井戸の蛙に海は語れない

書き下し文井せい蛙あは以もつて海うみを語かたるべからざるは、虚きよに拘かかはればなり。

(『荘子』秋水篇)

現代語訳井戸の蛙に海のことを話しても分からないのは、自分のすんでいる場所(狭い井戸)にしばられているからだ。

ここがポイント「不可以〜(以て〜べからず)」は「〜することはできない」という可能の句法の打ち消しの形。「虚(きょ)」は、ここでは「すんでいる所」の意味とされ、本によっては「墟」と書かれます。「於」は読まない置き字です。

2文目:夏の虫に氷は語れない

書き下し文夏か虫ちゆうは以もつて冰こほりを語かたるべからざるは、時ときに篤あつければなり。

(『荘子』秋水篇)

現代語訳夏の虫に氷のことを話しても分からないのは、自分の生きている時期(夏)にしばられているからだ。

ここがポイント1文目と同じ形のくり返しです。夏しか生きない虫は、冬の氷を見たことがありません。このあと「曲士(かたよった学者)に道を語れないのは、習った教えにしばられているからだ」と、3つめのたとえが続きます。
北海若の3つのたとえ井蛙井戸の蛙海を語れない住む場所にしばられる(虚に拘はる)夏虫夏の虫氷を語れない生きる時期にしばられる(時に篤し)曲士せまい学者道を語れない習った教えにしばられる(教に束ぬ)
北海若は、場所・時・教えの3つで「しばられること」をたとえました

② 篇の後半:埳井の鼃と東海の鼈

言葉の議論の名人として知られた公孫龍(こうそんりゅう)が、荘子の言葉が分からず、魏牟(ぎぼう、公子牟)に相談します。魏牟は天をあおいで笑い、次の話をしました。

『荘子』秋水篇(魏牟の話のはじめと終わり。句読点を補ったもの)子獨不聞夫埳井之鼃乎。謂東海之鼈曰、吾樂與。……東海之鼈、左足未入、而右膝已縶矣。……夫千里之遠、不足以舉其大。千仞之高、不足以極其深。……於是埳井之鼃聞之、適適然驚、規規然自失也。

3文目:埳井の鼃の話を知らないか

書き下し文子し独ひとり夫かの埳かん井せいの蛙あを聞きかざるか。埳かん井せいの蛙あ、東とう海かいの鼈べつに謂いひて曰いはく、「吾われ楽たのしきかな。」

(『荘子』秋水篇(原文は「鼃」。ここでは「蛙」で表示))

現代語訳あなたは、あのこわれた井戸の蛙の話を聞いたことがないのか。こわれた井戸の蛙が、東の海のすっぽんに言った、「わたしは楽しいなあ。」

ここがポイント「埳井(かんせい)」は、こわれた浅い井戸。「不〜乎(〜ざるか)」は、相手にたずねる疑問の句法の形です。このあと蛙は、井戸のふちで跳ね、こわれた瓦のふちで休み、ぼうふらやかに、おたまじゃくしの中で自分にかなう者はいない、と自慢を続けます。

4文目:すっぽんのひざがつかえる

書き下し文東とう海かいの鼈べつ、左さ足そく未いまだ入いらずして、右いう膝しつ已すでに縶つながる。

(『荘子』秋水篇)

現代語訳東の海のすっぽんは、左足がまだ入らないうちに、右のひざがもうつかえてしまった。

ここがポイント「未(いま)だ〜ず」は「まだ〜ない」という再読文字。「縶(つな)がる」は「つなぎとめられる、ひっかかる」。「而」「矣」は読まない置き字です。井戸の小ささが、すっぽんの体で分かる場面です。

5文目:海の大きさと深さ

書き下し文夫それ千せん里りの遠とほきも、以もつて其その大だいを挙あぐるに足たらず。千せん仞じんの高たかきも、以もつて其その深しんを極きはむるに足たらず。

(『荘子』秋水篇)

現代語訳そもそも(海は)千里という遠さでも、その大きさを言い表すには足りない。千仞という高さでも、その深さをきわめるには足りない。

ここがポイント「不足以〜(以て〜に足らず)」は「〜するには足りない」という否定の句法。「仞(じん)」は昔の長さの単位で、「千仞」は「とても高い」ことのたとえです。このあと、「禹の時代に十年のうち九年大水があっても海の水は増えず、湯の時代に八年のうち七年日照りでも岸は下がらない」と続きます。

6文目:蛙はぼうぜんとする

書き下し文是に於おいて埳かん井せいの蛙あ之これを聞ききて、適てき適てき然ぜんとして驚おどろき、規き規き然ぜんとして自じ失しつす。

(『荘子』秋水篇(原文は「鼃」。ここでは「蛙」で表示))

現代語訳そこで、こわれた井戸の蛙はこれを聞いて、びっくりしておどろき、ぼうぜんとして我を忘れてしまった。

ここがポイント「是(ここ)に於いて」は「そこで」。「適適然」「規規然」は、おどろいてうろたえる様子・ぼうぜんとする様子を表す言葉とされます。「自失」は今も「茫然自失(ぼうぜんじしつ)」という言葉で使われています。
「井の中の蛙」の原文で覚える句法4つ不可以以て〜べからず〜することはできない不可能未入未だ入らずまだ入らない再読文字不足以以て〜に足らず〜するには足りない否定不聞〜乎聞かざるか聞いたことはないか疑問
「井の中の蛙」の原文に出てくる句法。不可能・再読文字・否定・疑問が練習できます
『荘子』秋水篇の、2つの「井戸の蛙」① 篇のはじめ:「井鼃は海を語るべからず」北海若(海の神)→ 河伯(黄河の神)井戸の蛙に海の話をしても分からない。住む場所(狭い所)にしばられているから② 篇の後半:「埳井の鼃」の話魏牟 → 公孫龍(言葉の名人)こわれた井戸の蛙が、東海のすっぽんに自慢するが、海の話を聞いてぼうぜんとする
秋水篇には、井戸の蛙が2回出てきます。どちらも「狭い所にいる者には、広い世界が分からない」というたとえです
サクラちゃん

サクラちゃん

「されど空の青さを知る」っていう続きも聞いたことがあります。あれも『荘子』ですか?

ミスターT先生

ミスターT先生

それは『荘子』の原文にはない言葉だ。日本で後から付け足された続きで、だれがいつ言い出したのかは、はっきりした資料が見つからなかった。「狭い世界にいても、その世界のことは深く知っている」という前向きな言い方として、今ではよく使われているね。「空の深さを知る」という形もあるよ。

出典『荘子』秋水篇と話の背景

「井の中の蛙」の出典は『荘子(そうじ)』です。中国の戦国時代の思想家荘周(そうしゅう)の考えを伝える本で、老子とならぶ「道家(どうか)」の代表的な本です。道家は、人間がつくった区別や、自分だけの物差しにこだわらず、もっと大きな自然の立場からものを見ることを説きました。儒家・法家とのちがいは、諸子百家(儒家・道家・法家)の考え方で図にしています。

秋水篇(しゅうすいへん)は、「秋水時に至り、百川河に灌ぐ」(秋の大水の時期になり、たくさんの川が黄河に注ぎこむ)という書き出しで始まる篇です。水かさが増えて得意になった黄河の神・河伯が、北の海に出て、自分よりはるかに大きな海を見て、はじめて自分の小ささに気づく。そこから、北海若が「大と小」「長いと短い」といった区別がいかに相対的なものかを語っていきます。井戸の蛙のたとえは、その話の入り口に置かれているのです。

篇の後半の「埳井の鼃」の話では、話を聞く相手が公孫龍です。公孫龍は「白馬は馬に非ず」などの議論で知られる、言葉の理屈の名人でした。その公孫龍に対して魏牟は、「あなたは自分の理屈の井戸の中で得意になっているが、荘子の言う大きな世界は、そこからは見えないのだ」と、井戸の蛙にたとえて言ったわけです。

『荘子』には、この篇のほかにも、狭い見方をいましめるたとえがたくさんあります。「朝菌は晦朔を知らず」(朝に生えて夕方にかれるきのこは、ひと月の始めと終わりを知らない)、夢の中で蝶になった「胡蝶の夢」などです。また、「管見」(管の穴から天をのぞく)は、秋水篇の中の「管を用て天を窺ふ」という言葉から来ているとされます。

中国の本の「井底の蛙」

中国の歴史書『後漢書(ごかんじょ)』馬援伝には、「子陽は井底の蛙のみ」(子陽〔公孫述〕は井戸の底の蛙にすぎない)という言葉が出てきます。自分の国の中だけで大きな顔をしている人を、井戸の底の蛙にたとえたものです。中国では「井底之蛙」「井蛙」という形で、今も「見識の狭い人」の意味で使われています。

言葉の形は、少しずつ付け足された?井鼃(井蛙)・埳井の鼃『荘子』秋水篇の原文井の中の蛙日本での言い方(「井の中の蛙大海を知らず」とも)…大海を知らず原文にない。日本で付いた形とする説あり…されど空の青さを知る後から付けられた続き。出どころははっきりしない
「井の中の蛙」の言葉の形。原文にない部分は、後から付いた形とする説があります(諸説あり)

「大海を知らず」と「されど空の青さを知る」

日本ではふつう「井の中の蛙大海を知らず」と言います。『荘子』には「井鼃(井蛙)は海を語るべからず」とはありますが、「大海を知らず」という言い方そのものはありません。そのため、「大海を知らず」は日本で付け加えられた形だとする説があります。ただし、いつごろ、どのようにしてこの形になったのかは、はっきりした資料が見つからなかったので、ここでは諸説ありとしておきます。

さらに、「されど空の青さを知る」(「空の深さを知る」とも)という続きが付けられることもあります。これは原文にはなく、後から付けられた言葉です。だれが最初に言ったのかについてはいろいろな説があり、はっきりしません。もとの「井の中の蛙」は、狭い世界しか知らないことをいましめる言葉だということを、まず押さえておきましょう。

「井の中の蛙」の使い方と例文・似た言葉

「井の中の蛙」は、「井の中の蛙だ」「井の中の蛙になる」「井の中の蛙だったと気づく」などの形で使います。人をからかう言い方にもなるので、目の前の人に「あなたは井の中の蛙だ」と言うと、きつく聞こえることがあります。自分のことをふり返るときに使うと、自然な使い方になります。

  • ○地区予選で勝って有頂天になっていたが、県大会で強豪校に大敗し、井の中の蛙だったと思い知った。
  • ○井の中の蛙にならないように、外国の人の考えにもふれてみたい。
  • ○模試で全国の受験生と比べてみて、自分が井の中の蛙大海を知らずだったと分かった。
  • ○同じ会社の中だけで評価を気にしていると、井の中の蛙になりかねない。
  • ×彼は世界中を旅して、井の中の蛙のように物知りだ。(「物知り」「見聞が広い」とは反対の意味)
  • ×雨の日に田んぼで鳴いている井の中の蛙。(本物のかえるのことではない)
井の中の蛙似た言葉井底の蛙夜郎自大管見葦の髄から天井をのぞく針の穴から天をのぞく反対に近い見聞が広い視野が広い
似た言葉と反対に近い言い方。「管見」「葦の髄から天井をのぞく」も、狭い見方のたとえです

似た言葉

  • 井底(せいてい)の蛙・井蛙(せいあ):「井の中の蛙」と同じ意味。「井蛙の見(せいあのけん)」で「狭い見方」。
  • 夜郎自大(やろうじだい):自分の力を知らずに、仲間の中でいばっていること。漢の時代、夜郎という小さな国の王が、漢の大きさを知らずに「漢とわが国とどちらが大きいか」とたずねた話から。
  • 管見(かんけん):管の穴から天をのぞくような、狭い見方。自分の意見をへりくだって「管見によれば」とも言います。
  • 葦(よし)の髄(ずい)から天井をのぞく・針の穴から天をのぞく:細い穴からのぞいて、全体が分かったつもりになること。

反対に近い言い方

  • 見聞が広い・視野が広い:多くのことを見聞きして、広い立場からものを考えられること。

「井の中の蛙」のよくあるまちがい

  • 読みを「せいのなかのかえる」「いのうちのかわず」とする:正しくはいのなかのかわず(「いのなかのかえる」とも)。「井」は訓読みで「い」です。字は「井」の読み方・書き順・部首で確かめましょう(「蛙」は常用漢字ではありません)。
  • 「大海を知らず」まで中国の原文にあると思う:原文は「井鼃は以て海を語るべからず」などの形です。「大海を知らず」は原文になく、日本で付いた形とする説があります。
  • 「されど空の青さを知る」を原文の続きだと思う:これも原文にない、後から付けられた言葉です。
  • ほめ言葉として使う:「井の中の蛙」は、狭い世界しか知らないことをからかったり、いましめたりする言葉です。「されど空の青さを知る」を付けると前向きな意味にもなりますが、もとの言葉だけではほめ言葉になりません。
  • 「蛙」を「娃」「桂」と書く:「蛙」はむしへんに「圭」。昔の中国では、へびやかえるなどの小さな生き物にも、むしへんの字を使いました。
うかるくん

うかるくん

「井の中の蛙大海を知らず、されど空の青さを知る」って、全部セットで覚えていました…。

ミスターT先生

ミスターT先生

言葉は使われるうちに形が増えていくことがある、といういい例だね。テストで「出典は?」と聞かれたら『荘子』、「原文にあるのは?」と聞かれたら「井鼃は以て海を語るべからず」。付け足された部分と、もとの部分を分けて覚えておこう。

入試ではこう出る

「井の中の蛙」は、中学受験から大学受験まで、それぞれの形で出てきます。

  • 中学受験:ことわざ・故事成語の意味を選ぶ問題、「井の中の蛙□□を知らず」の□をうめる問題、「蛙」の読み(かわず)を答える問題。物語文の中で、主人公が自分の狭さに気づく場面の気持ちを表す言葉として選ばせる問題もあります。
  • 高校受験:『荘子』の「井蛙は以て海を語るべからず」を書き下し文に直す問題や、「なぜ蛙に海のことを話しても分からないのか」を答える問題。高校受験の漢文の出方は高校受験の漢文(返り点・書き下し文の対策)にまとめています。
  • 大学受験:秋水篇の原文から、「不可以〜」「不足以〜」の読み方や訳、「拘於虚」の意味を問う問題。評論文では、「井の中の蛙」が「自分の立場からしかものを見られない狭さ」のたとえとして出てきます。共通テストでの漢文の出方は共通テストの漢文(配点・時間配分)へ。
ひらめいたサクラちゃん

サクラちゃん

「蛙に海を語れない理由」を書く問題は、「井戸という狭い場所にしばられていて、海を見たことがないから」と、原文の「虚に拘はればなり」に合わせて書くといいですね!

練習問題

やさしい

  1. 「井の中の蛙」の読み方として正しいものを選びましょう。
    ア せいのなかのかえる イ いのなかのかわず ウ いのうちのがま エ せいちゅうのあ
    答えと解説を見るイ。「かわず」はかえるの古い言い方です(「いのなかのかえる」とも読みます)。
  2. 「井の中の蛙□□を知らず」の□□に入る言葉を漢字で答えましょう。また、ことわざ全体の意味を言いましょう。
    答えと解説を見る大海。意味は「狭い世界のことしか知らず、外に広い世界があることを知らないこと」。

ふつう

  1. 「井蛙不可以語於海者、拘於虚也」を書き下し文に直しましょう。
    答えと解説を見る井蛙は以て海を語るべからざるは、虚に拘はればなり。「於」は読まない置き字です。
  2. 「井の中の蛙」の出典は何という本ですか。また、「されど空の青さを知る」はその本の原文にありますか。
    答えと解説を見る出典は『荘子』(秋水篇)。「されど空の青さを知る」は原文にはなく、後から付けられた言葉です。

むずかしい

  1. 「東海之鼈、左足未入、而右膝已縶矣」を書き下し文に直し、この一文が井戸のどんなことを表しているか答えましょう。
    答えと解説を見る書き下し文は「東海の鼈、左足未だ入らずして、右膝已に縶がる」。すっぽんが左足を入れる前に右ひざがつかえてしまうほど、蛙の井戸が小さい(狭く浅い)ことを表しています。
  2. 北海若は、井蛙・夏虫・曲士の3つのたとえで、それぞれ何に「しばられている」と言っていますか。
    答えと解説を見る井蛙は住む場所(虚)、夏虫は生きる時期(時)、曲士は習った教え(教)にしばられている、と言っています。どれも、自分のいる狭い立場にとらわれていると、広い世界のことが分からない、というたとえです。

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よくある質問

井の中の蛙の意味を簡単に言うと何ですか?

自分のいる狭い世界のことしか知らず、外に広い世界があることを知らないこと、またそういう人のことです。狭い知識で得意になっている様子をいましめるときに使います。

井の中の蛙の出典は何ですか?

中国の戦国時代の思想家・荘周の考えを伝える『荘子』の秋水篇です。「井鼃は以て海を語るべからざるは、虚に拘はればなり」という言葉と、こわれた井戸の蛙が東の海のすっぽんの話を聞いておどろく話があります。

「井の中の蛙大海を知らず」の「大海を知らず」は原文にありますか?

『荘子』の原文にはありません。原文は「井の蛙に海のことを話しても分からない」という形で、「大海を知らず」は日本で付け加えられた形とする説があります。

「されど空の青さを知る」はだれの言葉ですか?

『荘子』の原文にはない、後から付けられた続きの言葉です。だれがいつ言い出したのかについてはいろいろな説があり、はっきりしていません。

井の中の蛙に似た言葉は何ですか?

井底の蛙、夜郎自大、管見、葦の髄から天井をのぞく、などです。どれも、見方や知識が狭いことを表します。

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出典・参考

  • 原文:『荘子』秋水篇(維基文庫の本文で確認。「蛙/鼃」「虚/墟」などの字のちがいは本によるもの)、『後漢書』馬援伝(維基文庫)
  • 書き下し文・現代語訳:合格大作戦(よく読まれる読み方をもとにした一例)
  • 根付の写真:メトロポリタン美術館(Open Access、パブリックドメイン)
  • お話の絵・図:合格大作戦

最終更新:2026年10月29日/作成:大学受験合格大作戦