胡蝶の夢(こちょうのゆめ)の意味と由来|荘子の原文・書き下し文・現代語訳とイラストで読む「物化」【故事成語】

胡蝶の夢(こちょうのゆめ)の意味と由来|荘子の原文・書き下し文・現代語訳とイラストで読む「物化」【故事成語】

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胡蝶の夢こちょうのゆめ

ひとことで言うと

夢と現実の区別がつかないこと。人生のはかなさのたとえ。荘子が夢で蝶になり、「わたしが蝶の夢を見たのか、蝶がわたしの夢を見ているのか」と考えた話から。

読み方こちょうのゆめ
意味夢と現実、自分と物との区別がつかないこと。また、人生のはかなさのたとえ。
出典『荘子』斉物論(最後の段)
お話荘周が夢で蝶になって楽しく飛び、目がさめて「荘周が夢で蝶になったのか、蝶が夢で荘周になっているのか」と考えた
似た言葉邯鄲の夢・一炊の夢・南柯の夢・諸行無常
反対の言葉はっきりした反対語はない(「夢」に対して「現実・うつつ」)
漢文の句法為(なる)・疑問(文末の与)・置き字(矣)

このページのポイント

  • 「胡蝶の夢」は夢と現実の区別がつかないこと。また、人生のはかなさのたとえにも使います
  • 出典は『荘子』斉物論。荘周が夢で蝶になった話を、4こまのイラストで読めます
  • 原文の最後は「周と胡蝶とは、則ち必ず分有り。此れを之れ物化と謂ふ」。区別はあっても物は移り変わる、という荘子の考えです

「胡蝶の夢」の意味と読み方

「胡蝶の夢」はこちょうのゆめと読みます。意味は大きく2つあります。

  • ①夢と現実の区別がつかないこと。自分と、自分以外の物との区別がつかないこと。
  • ②人生のはかなさのたとえ。今の暮らしも、夢のようにはかないものだ、という気持ち。

「胡蝶(こちょう)」は蝶(ちょう)のことです。中国の思想家・荘子(そうし)が、夢で蝶になり、目がさめてから「わたしが夢で蝶になったのか、蝶が夢でわたしになっているのか」と考えた話から生まれました。「荘周の夢」「夢に胡蝶となる」とも言います。

うかるくん

うかるくん

夢を見ただけの話が、どうして有名な言葉になったんですか?

ミスターT先生

ミスターT先生

そこが荘子のすごいところなんだ。だれでも見る「夢」を入り口にして、「本当の自分って何だろう」「今見ている世界は本当にたしかなのか」という、とても深い問いを投げかけているんだよ。二千年以上たった今も、哲学や小説、映画で取り上げられるくらいなんだ。

どちらが夢で、どちらが本当?荘周(人間)蝶荘周の夢 → 蝶になる?蝶の夢 → 荘周になる?見ている側からは、決められない
「荘周が蝶の夢を見たのか、蝶が荘周の夢を見ているのか」。見ている側からは決められない、というのがこの話の問いです

ふだんの言い方では、次のように使います。

  • ○あまりにも楽しい一日で、胡蝶の夢のように現実とは思えなかった。
  • ○栄華をきわめた一族も、今ではあとかたもない。人の世は胡蝶の夢だ。
  • ○この小説は、主人公が夢と現実の区別を失っていく胡蝶の夢のような物語だ。
柳の枝がたれる岩の上で、着物の男性がうつぶせて眠り、その上を2ひきの蝶が飛んでいる、墨で描かれた絵
明の時代の画家・陸治(りくじ)が描いた「夢蝶(むちょう)」。岩の上で眠る荘周の上を、2ひきの蝶が飛んでいます。左上に「夢蝶」の2字が書かれています。画像:陸治「夢蝶」(中国・明代、16世紀、Wikimedia Commons・パブリックドメイン)

絵で読む「胡蝶の夢」のお話

話の主人公は、荘子自身です。荘子の本名は荘周(そうしゅう)で、本の中でも自分のことを「周」と呼んでいます。原文ではほんの数十字の短い話ですが、4つの場面で見てみましょう。

絵で読む「胡蝶の夢」のお話(4こま)

1荘周の昼寝ZZZ荘周(荘子)
1中国の戦国時代の思想家・荘周(そうしゅう)、のちに荘子(そうし)と呼ばれる人が、木の下で昼寝をしていました。
2夢の中で蝶になるひらひら気持ちいいなあ(自分が荘周だとは知らない)
2夢の中で、荘周は一ぴきの蝶(胡蝶)になり、ひらひらと楽しく飛び回りました。自分が荘周だということは、すっかり忘れていました。
3はっと目がさめるあれ?わたしは荘周だ荘周
3はっと目がさめると、まぎれもなく人間の荘周でした。
4どちらが夢なのか荘周が夢で蝶になったのか?蝶が夢で荘周になっているのか?此れを之れ物化と謂ふ
4荘周は考えました。「荘周が夢で蝶になったのか、それとも蝶が夢で荘周になっているのか」。荘子はこれを「物化(ぶっか)」と呼びました。

2こま目で大事なのは、夢の中の蝶が自分が荘周だと知らなかったところです。夢の中では、蝶であることが本当のこととして感じられていました。それなら、目がさめて「わたしは荘周だ」と感じている今のほうが本当だと、どうして言い切れるのでしょうか。

人差し指を立てて説明するミスターT先生

ミスターT先生

荘子は「どちらが本当か」の答えを出していない。その代わりに、「荘周と蝶には区別があるけれど、物は移り変わっていくものだ」と言って、この変化を「物化(ぶっか)」と名づけているんだ。ここが原文の最後の大事な一文だよ。

同じ斉物論には、「朝三暮四」の話も出てきます。朝に三つ・夕方に四つでは怒ったサルたちが、朝に四つ・夕方に三つと言われると喜んだ話です。中身は同じなのに、見方を変えるだけで喜んだり怒ったりする――胡蝶の夢と同じく、「人がつける区別は、見方しだいで変わる」という斉物論の考えを表しています。

「胡蝶の夢」の原文・書き下し文・現代語訳

出典は『荘子(そうじ・そうし)』の斉物論(せいぶつろん)という篇の、いちばん最後の段です。1文ずつ、返り点と送り仮名をつけた訓読文で読んでいきましょう。返り点の読み方は返り点(レ点・一二点・上下点)の読み方、書き下し文のきまりは書き下し文の書き方で説明しています。

『荘子』斉物論より(維基文庫の本文。句読点を補ったもの)昔者莊周夢爲胡蝶、栩栩然胡蝶也。自喻適志與、不知周也。俄然覺、則蘧蘧然周也。不知周之夢爲胡蝶與、胡蝶之夢爲周與。周與胡蝶、則必有分矣。此之謂物化。

1文目:夢で蝶になる

書き下し文昔者むかし荘さう周しう夢ゆめに胡蝶こてふと為なる。

(『荘子』斉物論(原文の字は「爲」))

現代語訳昔、荘周(わたし)は夢の中で蝶になった。

ここがポイント「昔者」は2字で「むかし」と読みます。「為(な)る」は「〜になる」で、「為」にはほかに「なす」「ために」「たり」などの読み方があります。見分け方は「為」の読み方と用法へ。

2文目:楽しく飛ぶ蝶

書き下し文栩栩然くくぜんとして胡蝶こてふなり。自みづから喩たのしみて志こころざしに適かなへるか。周しうなるを知しらざるなり。

(『荘子』斉物論)

現代語訳ひらひらと飛ぶ、まさに蝶であった。自分でも楽しくて、思いのままだったのだろうか。(自分が)荘周であることなど分からなかった。

ここがポイント「栩栩然(くくぜん)」は、ひらひらと楽しそうに飛ぶ様子。「喩(たのし)む」は「愉」と同じ意味で読みます。文末の「与(か)」は疑問・詠嘆を表す字で、「与」の読み方と用法で説明しています。「不知〜」の打ち消しは否定の句法へ。

3文目:目がさめると

書き下し文俄然がぜんとして覚さむれば、則すなはち蘧蘧然きょきょぜんとして周しうなり。

(『荘子』斉物論)

現代語訳ふと目がさめると、まぎれもなく(はっとして)荘周であった。

ここがポイント「俄然(がぜん)」は「急に・ふと」。今の日本語の「俄然やる気が出る」の「俄然」と同じ字です。「蘧蘧然(きょきょぜん)」の意味は、「はっとおどろく様子」「ありありと形のある様子」など、注釈によって説明が分かれます(諸説あり)。「則(すなは)ち」は「而・則・乃・即」の読み方と違いへ。

4文目:どちらが夢なのか

書き下し文知しらず、周しうの夢ゆめに胡蝶こてふと為なれるか、胡蝶こてふの夢ゆめに周しうと為なれるか。

(『荘子』斉物論)

現代語訳分からない。荘周が夢で蝶になったのか、それとも蝶が夢で荘周になっているのか。

ここがポイント「知らず、〜か、〜か」は、「〜なのか、〜なのか、分からない」と2つを並べて迷う言い方です。「不知」を先に「知らず」と読むのがポイント。文末の「与(か)」は疑問の句法(文末の乎・哉・与・邪)の字です。

5文目:これを物化と言う

書き下し文周しうと胡蝶こてふとは、則すなはち必かならず分ぶん有あり。此これを之これ物化ぶつくわと謂いふ。

(『荘子』斉物論)

現代語訳荘周と蝶とには、きっと区別があるはずだ。(それなのに入れかわる。)このようなことを「物化」(物の移り変わり)と言うのである。

ここがポイント「矣(い)」は文末で言い切る働きの置き字で、読みません。「此れを之れ〜と謂ふ」は「これを〜と言う」と、話をまとめる決まった言い方です。「之(これ)」は前の「此(これ)」をもう一度指して強める字で、「之」の読み方と用法でも説明しています。
「胡蝶の夢」で覚える句法4つ為なる〜になる(胡蝶と為る)為=なる与(文末)か〜か(疑問)疑問不知知らず〜かどうか分からない否定此之謂此れを之れ〜と謂ふこれを〜と言う決まった形
「胡蝶の夢」の原文に出てくる句法は4つ。「為=なる」「文末の与=か」はとくによく問われます
サクラちゃん

サクラちゃん

「周と胡蝶とは、必ず分有り」って、「区別がある」と言っているんですよね? でも、区別がつかない話じゃなかったんですか?

ミスターT先生

ミスターT先生

いいところに気づいたね。荘子は「区別はない」とは言っていないんだ。区別はたしかにある。それでも入れかわる。だからこそ「物化(物の移り変わり)」なんだよ。この部分の読み方は昔から議論があって、注釈によって説明が少しずつちがう(諸説あり)、ということも覚えておこう。

荘子の「物化(ぶっか)」とは① 区別はある荘周と蝶は、たしかに別のもの(必ず分有り)② でも姿は移り変わる荘周が蝶になり、蝶が荘周になる③ 大きな流れの一部すべての物は、変化の流れの中にあるこれを「物化」と言う(此れを之れ物化と謂ふ)
荘周と蝶には区別がある。それでも姿は移り変わる。その変化を荘子は「物化」と呼びました

出典『荘子』と話の背景

出典の『荘子』は、中国の戦国時代(紀元前4世紀ごろ)の思想家・荘周と、その流れをくむ人々の考えをまとめた本です。荘周は宋の国の蒙(もう)という所の人で、漆の畑の役人をしたこともあると、『史記』は伝えています。老子とならぶ道家(どうか)の代表的な人物で、二人の考えはあわせて「老荘思想」と呼ばれます。道家と儒家・法家のちがいは諸子百家(儒家・道家・法家)の考え方で図にしています。

『荘子』は「内篇」「外篇」「雑篇」に分かれ、斉物論は内篇の2番目の篇です。内篇は荘周自身の考えに近いとされることが多いものの、どこまでが本人の文章かについては諸説あります。

「斉物論」とは

「斉物論(せいぶつろん)」は、「物を斉(ひと)しくする論」という意味です。人は、正しい・まちがい、大きい・小さい、美しい・みにくい、自分・他人など、ものごとにいろいろな区別をつけます。けれども荘子は、そうした区別は、人がどこから見るかによって変わるもので、絶対のものではない、と考えました。

胡蝶の夢は、この斉物論のしめくくりに置かれた話です。「人間と蝶」「夢と現実」という、だれもがはっきりしていると思っている区別でさえ、見る立場によってはゆらぐ。そう示すことで、区別にとらわれず、移り変わる世界をそのまま受け入れるという荘子の考えを、印象深く伝えているのです。

『荘子』から生まれた故事成語荘子胡蝶の夢斉物論朝三暮四斉物論井の中の蛙秋水轍鮒の急外物蟷螂の斧人間世蝸牛角上の争い則陽
『荘子』からは、ほかにも多くの故事成語が生まれています。胡蝶の夢と朝三暮四は、同じ斉物論の話です

荘子のほかの話とのつながり

『荘子』には、たとえ話がたくさんあります。井戸の中のカエルが海の広さを知らない「井の中の蛙」(秋水篇)、車の轍の水たまりの鮒が「今すぐ少しの水がほしい」と言う「轍鮒の急」(外物篇)、車に立ち向かうかまきりの「蟷螂の斧」(人間世篇)、カタツムリの角の上で二つの国が争う「蝸牛角上の争い」(則陽篇)などです。どの話も、人がこだわっている物の見方を、大きな視点からひっくり返すところが共通しています。

ひらめいたサクラちゃん

サクラちゃん

井の中の蛙は「せまい見方」、蝸牛角上の争いは「小さな争い」、胡蝶の夢は「夢と現実の区別」。どれも「その見方、本当にたしか?」と問いかけているんですね!

日本の文学と「胡蝶の夢」

胡蝶の夢は、日本でも古くから親しまれてきました。「人生は夢のようにはかない」という気持ちは、仏教の「無常(むじょう)」の考えとも重なり、和歌や物語、俳句などに「胡蝶の夢」「夢の蝶」の形で取り入れられてきました。今でも、夢と現実が入りまじる小説やアニメ・映画を紹介するときに、「胡蝶の夢のような作品」という言い方がよく使われます。

荘子はどんな人だったか

荘子の人がらを伝える話も、『荘子』の中にいくつも残っています。楚の王が荘子を大臣にむかえようと使いを送ったとき、荘子は「死んで骨を大切にまつられる神亀より、生きて泥の中でしっぽを引きずっているほうがよい」と言って断った、という話は「尾を泥中に曳く」という言葉になりました。地位や名誉よりも、自由でのびのびとした生き方を大切にした人物として描かれています。

また、料理人がまるで舞うように牛をさばく「庖丁、牛を解く」の話(養生主篇)も『荘子』にあります。ものごとの自然なすじ道にしたがえば、むりなく物事がはこぶという教えで、日本語の「包丁」の語源とも言われます。胡蝶の夢と同じく、ものの見方を少し変えるだけで世界がちがって見える、という荘子らしい話です。

ただし、これらの話がどこまで本当にあった出来事かは分かりません。荘子は、たとえ話や作り話を使って考えを伝える名人でした。胡蝶の夢も、本当に見た夢の記録というより、考えを伝えるための話として読むのがよいでしょう。

「胡蝶の夢」の使い方と例文・似た言葉

「胡蝶の夢」は、夢と現実の境目があいまいなことや、人生・栄華のはかなさを言うときに使います。少し文学的な言葉なので、作文や感想文、評論文の中でよく使われます。

  • ○目がさめてもしばらく、どちらが現実か分からなかった。まさに胡蝶の夢だ。
  • ○この映画は、仮想の世界と現実の世界が入れかわる、現代の胡蝶の夢と言える。
  • ○一代で築いた大きな会社も、今はもうない。すべては胡蝶の夢であった。
  • ×将来の胡蝶の夢は、宇宙飛行士になることだ。(「将来の夢(希望)」の意味では使わない)
  • ×蝶が好きなので、胡蝶の夢を見たい。(「蝶の夢」というそのままの意味ではない)

似た言葉

  • 邯鄲の夢(かんたんのゆめ)・一炊の夢(いっすいのゆめ):唐の小説『枕中記(ちんちゅうき)』の話。若者が邯鄲の宿で不思議な枕を借りて眠り、出世して一生を送る夢を見たが、目がさめるとご飯がまだ炊きあがっていなかった。人生や栄華のはかなさのたとえ。
  • 南柯の夢(なんかのゆめ):木の下で眠った男が、夢の中で国の王の娘と結婚し、栄えたが、目がさめると、そこは木の根もとのアリの巣だった、という話。これも人生のはかなさのたとえです。
  • 諸行無常(しょぎょうむじょう):この世のすべての物は移り変わり、いつまでも同じではないこと(仏教の言葉)。
  • 栄枯盛衰(えいこせいすい):栄えたりおとろえたりすること。

「邯鄲の夢」「南柯の夢」は、人生のはかなさという②の意味に近い言葉です。一方、「胡蝶の夢」だけが持っているのは、「夢と現実のどちらが本当か分からない」という①の意味です。この点が入試でもよく問われます。

「胡蝶の夢」のよくあるまちがい

  • 「こちょう」を「こうちょう」「こてふ」と読む:今の読み方は「こちょう」です。「こてふ」は歴史的仮名遣いで書いたもので、古文や漢文の書き下し文ではこの形で出てきます。
  • 「胡」の字を「湖」「古」と書く:「胡蝶」の「胡」は、左に「古」、右に「月」を書く字です。「夢」の字は「夢」の読み方・書き順・部首、荘子の「荘」は「荘」の読み方・書き順・部首で確かめましょう。
  • 「将来の夢」の意味で使う:「胡蝶の夢」の「夢」は、眠って見る夢です。希望・目標の意味の「夢」ではありません。
  • 荘子が「区別はない」と言った、と覚える:原文は「周と胡蝶とは、則ち必ず分有り」で、区別はあると書いています。そのうえで、物が移り変わることを「物化」と呼んでいます。
  • 出典を『老子』とする:出典は『荘子』の斉物論です。老子と荘子は同じ道家ですが、別の本です。
うかるくん

うかるくん

「邯鄲の夢」と「胡蝶の夢」、どっちも夢の話でまざっちゃいます…。

ミスターT先生

ミスターT先生

邯鄲の夢は「出世の一生が、ご飯が炊けるまでの短い夢だった」という、はかなさの話。胡蝶の夢は「どっちが夢か分からない」という、自分と世界のあり方を問う話。出典も、邯鄲の夢は唐の小説、胡蝶の夢は『荘子』とちがうよ。

入試ではこう出る

  • 高校受験:故事成語の意味を選ぶ問題で、「胡蝶の夢」「邯鄲の夢」の区別が問われることがあります。
  • 大学受験(漢文):『荘子』斉物論の一節として出題されることがあります。「為(なる)」の読み、文末の「与(か)」、「知らず、〜か、〜か」の訳し方、「物化」とはどういうことかを説明させる問題が考えられます。
  • 大学受験(現代文・小論文):評論文で、「自分とは何か」「現実とは何か」を考える例として、胡蝶の夢が引かれることがあります。仮想現実(バーチャル・リアリティ)の話題とも結びつけやすい話です。共通テストの漢文の全体像は共通テストの漢文(配点・時間配分)にまとめています。

練習問題

やさしい

  1. 「胡蝶の夢」の「胡蝶」とは何のことですか。
    答えと解説を見る蝶(ちょう)のこと。
  2. 「胡蝶の夢」の出典となった本と、その中心人物を答えましょう。
    答えと解説を見る本は『荘子』(斉物論)、人物は荘子(荘周)。

ふつう

  1. 「不知周之夢為胡蝶与、胡蝶之夢為周与」を書き下し文に直しましょう。
    答えと解説を見る知らず、周の夢に胡蝶と為れるか、胡蝶の夢に周と為れるか。
  2. 「胡蝶の夢」と「邯鄲の夢」のちがいを説明しましょう。
    答えと解説を見る胡蝶の夢は夢と現実(自分と物)の区別がつかないことを中心にした話で、出典は『荘子』。邯鄲の夢は、一生の栄華が短い夢にすぎなかったという人生のはかなさの話で、唐の小説『枕中記』が出典。

むずかしい

  1. 原文の最後の「周与胡蝶、則必有分矣。此之謂物化」で、荘子は荘周と蝶の関係をどのように言っていますか。「物化」という言葉を使って説明しましょう。
    答えと解説を見る荘周と蝶にはたしかに区別があるが、それでも荘周が蝶になり、蝶が荘周になるように姿が移り変わる。そのような物の移り変わりを、荘子は「物化」と呼んでいる。
  2. 「栩栩然胡蝶也」の「栩栩然」は、蝶のどんな様子を表していますか。
    答えと解説を見るひらひらと楽しそうに、生き生きと飛ぶ様子。

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よくある質問

胡蝶の夢の意味を簡単に言うと何ですか?

夢と現実の区別がつかないことです。また、人生は夢のようにはかないものだ、というたとえにも使います。

胡蝶の夢の由来となった話はどんな話ですか?

『荘子』斉物論の話です。荘周(荘子)が夢で蝶になってひらひらと楽しく飛び、目がさめると荘周だった。そこで「荘周が夢で蝶になったのか、蝶が夢で荘周になっているのか分からない」と考えました。

胡蝶の夢の書き下し文はどうなりますか?

中心の一文は「知らず、周の夢に胡蝶と為れるか、胡蝶の夢に周と為れるか」です。最後は「周と胡蝶とは、則ち必ず分有り。此れを之れ物化と謂ふ」と結ばれます。

胡蝶の夢の「物化」とはどういう意味ですか?

物が移り変わることです。荘子は、荘周と蝶にはたしかに区別があるけれど、その姿は入れかわっていく、と考え、その変化を物化と呼びました。

胡蝶の夢と邯鄲の夢のちがいは何ですか?

胡蝶の夢は『荘子』の話で、夢と現実のどちらが本当か分からないことが中心です。邯鄲の夢は唐の小説『枕中記』の話で、一生の栄華が短い夢にすぎなかったという、人生のはかなさのたとえです。

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出典・参考

  • 原文:『荘子』斉物論(維基文庫の本文で確認。原文の字は「爲」「喻」など)
  • 書き下し文・現代語訳:合格大作戦(一般的な読み方をもとにした一例。「蘧蘧然」「物化」の解釈は諸説あり)
  • 絵:陸治「夢蝶」(Wikimedia Commons、パブリックドメイン)
  • お話の絵・図:合格大作戦

最終更新:2026年10月29日/作成:大学受験合格大作戦