愚公山を移す(愚公移山)の意味と由来|列子の原文・書き下し文・現代語訳とイラストで読むお話【故事成語】

愚公山を移す(愚公移山)の意味と由来|列子の原文・書き下し文・現代語訳とイラストで読むお話【故事成語】

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愚公山を移すぐこうやまをうつす

ひとことで言うと

努力を続ければ、どんなに大変なことでも成しとげられること。九十歳近い愚公が家族と山をけずり続け、天帝を感心させた話から。

読み方ぐこうやまをうつす(四字熟語は愚公移山=ぐこういざん)
意味どんなに困難なことでも、あきらめずに努力を続ければ、いつかは成しとげられるということ。
出典『列子』湯問篇
お話北山の愚公が家の前の太行山・王屋山を家族とけずり始め、智叟に笑われても「子孫が続けば山はいつか平らになる」と答えた。天帝が感心して山を運ばせた
似た言葉愚公移山・雨垂れ石を穿つ・継続は力なり・初志貫徹
反対の言葉三日坊主・竜頭蛇尾
漢文の句法再読文字(且)・疑問(焉・如何)・反語(何〜不)

このページのポイント

  • 「愚公山を移す」は努力を続ければ大きなことも成しとげられること。四字熟語では「愚公移山」
  • 出典は『列子』湯問。九十歳近い愚公が、家族と山を移そうとした話を4こまのイラストで読めます
  • 原文には再読文字「且」・疑問「如〜何」・反語・使役が出てきて、句法の復習にぴったりです

「愚公山を移す」の意味と読み方

「愚公山を移す」はぐこうやまをうつすと読みます。意味は「どんなに大変なことでも、あきらめずに努力を続ければ、いつかは成しとげられる」ということです。四字熟語で「愚公移山(ぐこういざん)」とも言います。

「愚公(ぐこう)」は人の名前で、「愚(おろか)なおじいさん」という意味の呼び名です。その愚公が、家の前の大きな山を、家族といっしょに少しずつけずって移そうとした話から生まれた言葉です。一見むだに見える地道な努力でも、続ければ大きなことができる、という根気・ねばり強さをほめるときに使います。

名前と中身が「逆」になっている愚公名前=おろかな老人子・孫の代まで長い目で考える本当は先が見える智叟名前=かしこい老人自分の一生で損か得かを考える言い返せない「おろか」に見える根気が、最後には天を動かした
「おろか」という名前の愚公と、「かしこい」という名前の智叟。名前と中身が逆になっているのが、この話のおもしろさです
うかるくん

うかるくん

山を手でけずって移すなんて、ふつうは無理ですよね。本当にできたんですか?

ミスターT先生

ミスターT先生

もちろん、本当にあった話ではないよ。中国の昔の本『列子(れっし)』にあるたとえ話なんだ。最後には天の神さまが山を運んでくれる、という結末になっている。大事なのは「山が移ったかどうか」より、愚公の考え方のほうなんだ。

ふだんの言い方では、たとえば次のように使います。

  • ○毎日10分の音読を3年続けて、英語がすらすら読めるようになった。まさに愚公山を移すだ。
  • ○小さな町の清掃活動が、愚公山を移すように何十年も続き、川がきれいになった。
  • ○「愚公山を移すの気持ちで、毎日1問ずつ解いていこう」と先生がはげました。
切り立った岩山と谷川、小さな橋が描かれた、うす茶色の絹に墨と淡い色の山水画
この話に出てくる「太行山」を描いた中国の絵の一部。清の画家・王翬(おうき)が1669年に描いた巻物「太行山色図」で、けわしい岩山が続く様子が分かります。画像:王翬「The Colors of Mount Taihang(太行山色図)」の部分(清・1669年、メトロポリタン美術館蔵、パブリックドメイン)

絵で読む「愚公山を移す」のお話

話の流れを、4つの場面で見てみましょう。登場するのは、北山の愚公とその家族、となりの家の小さな男の子、川の曲がり角に住む智叟(ちそう)、そして天の神さま(天帝)です。

絵で読む「愚公山を移す」のお話(4こま)

太行山王屋山1山を平らにしようみんなで力を合わせてこの山を平らにしよう!
1家の前の太行山と王屋山が道をふさいでいるので、九十歳近い愚公が家族を集めて「みんなで山を平らにしよう」と言います。家族はみな賛成しました。
2土と石を海へ運ぶ渤海冬と夏が過ぎてやっと1往復…
2子や孫が石をくだき、もっこで土と石を遠い渤海まで運びます。となりの家の七、八歳の男の子も手伝いに来ました。一往復するのに、冬と夏が入れかわるほどかかります。
3智叟と愚公その年では山の毛一本もけずれまい子から孫へ続くが山はふえないぞ!
3智叟が「その年では山の毛一本もけずれまい」と笑います。愚公は「わしが死んでも子がいる。子孫はかぎりなく続くが、山は増えない」と答え、智叟は言い返せませんでした。
4天帝が山を運ばせる帝其の誠に感ず
4この話を聞いた天帝は、愚公のまごころに感心し、夸蛾氏の二人の子に命じて二つの山を背負わせ、遠くへ運ばせました。こうして道をふさぐ山はなくなりました。

山は、四方七百里(とても広いことのたとえ)、高さは万仞(とても高いことのたとえ)もあったと書かれています。土を運ぶ先の渤海(ぼっかい)はずっと東の海で、一往復するのに冬と夏が入れかわるほどかかりました。それでも愚公たちは、くわで石をくだき、もっこで土を運び続けたのです。

人差し指を立てて説明するミスターT先生

ミスターT先生

この話のポイントは、自分の一生で終わらなくてもかまわないと考えたところだ。「子の代、孫の代まで続ければ、山はいつか平らになる」。目の前の大変さではなく、ずっと先のゴールを見ていたんだね。

原文では、愚公の妻も最初は「あなたの力では小さな丘もけずれないのに、太行・王屋をどうするの?それに、土や石をどこに置くの?」と心配しています。家族の心配に「渤海のはしに捨てればよい」と答え、計画を始めたところから話が動き出します。

「愚公山を移す」の原文・書き下し文・現代語訳

『列子』湯問(とうもん)篇の話は少し長いので、中学・高校の教科書や問題集では、大事な所を選んで読むことが多いです。ここでは、場面ごとに1文ずつ、返り点と送り仮名をつけた訓読文で見ていきます(書き下し文は代表的な読み方の一例です)。返り点の読み方は返り点(レ点・一二点・上下点)の読み方、書き下し文のきまりは書き下し文の書き方でくわしく説明しています。

白文(話の前半。字は今の日本の字体)太行・王屋二山、方七百里、高万仞。本在冀州之南、河陽之北。北山愚公者、年且九十、面山而居。懲山北之塞、出入之迂也、聚室而謀曰、「吾与汝畢力平険、指通豫南、達于漢陰、可乎。」雑然相許。

1文目:九十歳近い愚公

書き下し文北ほく山ざんの愚ぐ公こうなる者もの、年とし且まさに九十きうじふならんとし、山やまに面めんして居をり。

(『列子』湯問)

現代語訳北山の愚公という者は、年はもうすぐ九十歳になろうとしていて、山に向かい合って住んでいた。

ここがポイント「且(まさ)に〜んとす」は「いまにも〜しようとする」という意味の再読文字。1度目は「まさに」、2度目は「んとす」と2回読みます。「而」は読まない置き字です。

2文目:妻の心配

書き下し文君きみの力ちからを以もつて、曾かつて魁くわい父ほの丘をかを損そんずる能あたはず。

(『列子』湯問)

現代語訳あなたの力では、魁父のような小さな丘さえけずることはできないでしょう。

ここがポイント「以(もつ)て」は「〜で(〜を使って)」。「以」の読み方と働きでくわしく説明しています。「不能〜(〜能はず)」は「〜できない」という不可能の言い方。一二点の上に三点がつく形で、「丘→損→能→不」の順に読みます。

3文目:山と土石をどうするのか

書き下し文太たい行かう王わう屋をくをいかんせん。且かつ焉いづくくにか土ど石せきを置おかん。

(『列子』湯問)

現代語訳太行山や王屋山をどうしようというのですか。それに、どこに土や石を置くのですか。

ここがポイント「如〜何(〜をいかんせん)」は「〜をどうしようか」とたずねる疑問の句法で、「如」と「何」の間に目的語(ここでは太行・王屋)をはさみます。この表では「何」を「如」といっしょに読むので薄く表示しています。「焉(いづく)にか」は「どこに〜か」と場所をたずねる言い方です。

家族は「渤海の尾(はし)、隠土(いんど)の北に捨てればよい」と答え、愚公は荷をかつげる子や孫三人を連れて、石をたたき、土をほりおこし、箕(み)と畚(もっこ)で渤海のはしまで運び始めます。となりの京城氏の家の、夫をなくした女の人の男の子も、七、八歳ながらはねるように手伝いに来ました。

4文目:智叟が笑う

書き下し文河か曲きよくの智ち叟そう、笑わらひて之これを止とどめて曰いはく、「甚はなはだしきかな、汝なんぢの不ふ恵けいなる。」

(『列子』湯問(原文は「不惠」))

現代語訳黄河の曲がり角に住む智叟が、笑ってやめさせようとして言うには、「ひどいものだな、あなたのかしこくないことは。」

ここがポイント「甚だしきかな」は、語順を入れかえて強く言う詠嘆の言い方。ふつうの順なら「汝の不恵なること甚だし」です。智叟はこのあと「残りの命と力では、山の毛一本もこわせないのに、土や石をどうするのか」と続けます。

5文目:愚公の答え(その1)

書き下し文我われの死しすと雖いへども、子この存そんする有あり。子こ又また孫まごを生うみ、孫まご又また子こを生うむ。

(『列子』湯問)

現代語訳わたしが死んだとしても、子は生きて残る。子はまた孫を生み、孫はまた子を生む。

ここがポイント「雖(いへど)も」は「たとえ〜としても」という仮定の言い方(逆接)。「焉」は文の終わりの置き字です。

6文目:愚公の答え(その2)

書き下し文子し子し孫そん孫そん、窮きゆう匱き無なきなり。而しかるに山やまは加か増ぞうせず。何なにを苦くるしみてか平たひらかならざらん。

(『列子』湯問)

現代語訳子から孫へと、子孫はかぎりなく続いて、尽きることはない。それなのに山はこれ以上増えはしない。どうして平らにならないことを心配する必要があろうか(いや、いつか必ず平らになる)。

ここがポイント「何〜不〜(何を苦しみてか〜ざらん)」は、問いの形で「〜ないはずがない」と強く言う反語の句法。「子子孫孫」は、今でも「子々孫々まで伝える」のように使う言葉です。
愚公の計算:人は続く、山は増えないわたし子孫その子その孫…いつまでも続く山は、けずれば小さくなるだけだから、いつか必ず平らになる
愚公の答えの中心。人は代々続き、山は増えない。だから時間をかければ必ず平らになる、という考え方です

7文目:言い返せない智叟

書き下し文河か曲きよくの智ち叟そう、以もつて応こたふる亡なし。

(『列子』湯問)

現代語訳河曲の智叟は、答える言葉がなかった。

ここがポイント「亡」はここでは「無」と同じで「なし」と読む否定の字。「以て応ふる亡し」で「答えるすべがない」という意味になります。

8文目:天帝が山を運ばせる

書き下し文帝てい其その誠まことに感かんじ、夸か蛾が氏しの二に子しに命めいじて、二に山ざんを負おはしむ。

(『列子』湯問(原文は「夸蛾氏」))

現代語訳天帝は愚公のまごころに感心して、夸蛾氏の二人の子に命じて、二つの山を背負わせた。

ここがポイント「負はしむ」の「しむ」は、送り仮名で表した使役の意味(〜させる)。「命じて〜しむ」は「命じて〜させる」という形でよく出ます。
「愚公山を移す」で覚える句法5つ且まさに〜んとすいまにも〜しようとする再読文字焉いづくにかどこに〜か疑問如〜何〜をいかんせん〜をどうしようか疑問亡以以て〜亡し〜するすべがない否定何苦而不〜何を苦しみてか〜ざらんどうして〜ないことがあろう反語
「愚公山を移す」に出てくる句法は5つ。再読文字・疑問・否定・反語をまとめて復習できます

原典(『列子』湯問)の本文では

維基文庫(中国語のウィキソース)で見られる『列子』湯問篇の本文と、上の訓読文には、次のようなちがいがあります。

  • 旧字体:原典は「與」「險」「惠」などの旧字体で書かれています。上では今の日本の字体にしています。
  • 「雑然相許」のあとの「雑曰」:妻の心配に答える所は、原典では「雜曰(雑りて曰はく)」と、みんなが口々に答える形です。
  • 話の結び:最後は「一は朔東に厝(お)き、一は雍南に厝く」(一つの山は朔方の東に、一つは雍州の南に置いた)、「此れより、冀の南、漢の陰(みなみ)、隴断(ろうだん)無し」(それからは、冀州の南から漢水の南岸まで、さえぎる高い丘はなくなった)と結ばれます。
  • 操蛇の神:天帝に知らせたのは「操蛇之神(蛇を手に持つ山の神)」で、「愚公がやめないのをおそれて」天帝に告げた、と書かれています。
サクラちゃん

サクラちゃん

「愚公山を移す」っていう言葉そのものは、原文に出てくるんですか?

ミスターT先生

ミスターT先生

原文にあるのは「北山愚公」という人物と、山を移す話そのものなんだ。「愚公移山」という4字のまとまった言い方が、いつから使われるようになったかは、はっきりした資料が見つからなかった。日本では、書き下し文の形の「愚公山を移す」と、四字熟語の「愚公移山」の両方が使われているよ。

出典『列子』と話の背景

「愚公山を移す」の出典は『列子(れっし)』の湯問篇です。『列子』は、戦国時代の道家の思想家・列禦寇(れつぎょこう)の考えをまとめた本とされ、杞憂(きゆう)の話や、朝三暮四(ちょうさんぼし)の話(黄帝篇)も、同じ『列子』に入っています。ただし、今に伝わる『列子』がいつ、だれの手でまとめられたかについては、後の時代にまとめ直されたとする説など、諸説あります。道家と儒家・法家のちがいは、諸子百家(儒家・道家・法家)の考え方で図にしています。

湯問篇は、殷の湯王(とうおう)と賢者の夏革(かかく)の問答から始まり、世界の果てや、ふしぎな国・ふしぎな人の話がたくさん集められた篇です。愚公の話もその一つで、人間の目から見た「むり」と、天地の大きな目から見た「できる」の差を考えさせる話になっています。

お話の舞台(おおまかな位置)渤海黄河太行王屋冀州(北)愚公の家土と石を運ぶ最後に二山は朔東(北方)と雍南(西方)へ※位置は分かりやすくした図で、正しい地図ではありません
太行山・王屋山と、土を運んだ渤海。最後に二つの山は、遠く北と西へ運ばれました

太行山と王屋山

太行山(たいこうさん)と王屋山(おうおくさん)は、今の中国北部に実際にある山の名前です。太行山は南北に長く続く山脈で、昔から道を行き来するのが大変な、けわしい山として知られていました。お話はこの実在の山を使ったたとえ話で、本当に人が山を移したという記録ではありません。

のちの時代の「愚公移山」

この話は、中国では今もよく知られています。たとえば、毛沢東(もうたくとう)が1945年の演説で「愚公移山」を題にして話したことは有名で、中国では「ねばり強くやりとげる」ことのたとえとして広く使われています。日本でも、「愚公山を移す」「愚公移山」は、ことわざ辞典や四字熟語辞典にのっている言葉です。

「愚公山を移す」の使い方と例文・似た言葉

「愚公山を移す」は、長い時間をかけた地道な努力が、大きな結果につながることをほめるときや、これから始める人をはげますときに使います。「愚公移山の精神」「愚公移山の努力」の形でもよく使います。

  • ○1日1ページずつ単語帳を進めた。愚公山を移すで、1年後には1冊が終わっていた。(地道な努力が実を結ぶ)
  • ○何世代もかけて森を育てる人たちの活動は、愚公移山そのものだ。(世代をこえて続ける)
  • ○「むりだ」と笑われても、愚公山を移すの気持ちで研究を続けた。(周りに笑われても続ける)
  • ○座右の銘は「愚公移山」です。(四字熟語の形で)
  • ×引っこしで重い荷物を運んだので、愚公山を移すだった。(「重い物を運ぶ」「力持ち」の意味ではない)
  • ×あの人は愚公だから、すぐにだまされる。(「愚公」は「おろか者」の悪口として使う言葉ではない)
愚公山を移す根気よく続ける似た言葉愚公移山雨垂れ石を穿つ継続は力なり塵も積もれば山となる初志貫徹不撓不屈反対に近い言葉三日坊主竜頭蛇尾
似た言葉と、反対に近い言葉。「続けること」がキーワードです

似た言葉

  • 愚公移山(ぐこういざん):「愚公山を移す」を4字にした形。意味は同じです。
  • 雨垂れ石を穿つ(あまだれいしをうがつ):小さな雨のしずくでも、同じ所に落ち続ければ石に穴をあける。小さな努力も続ければ大きな力になる、という意味のことわざです。
  • 継続は力なり:続けることそのものが力になる、という言葉。
  • 塵も積もれば山となる:小さなものでも、積み重なれば大きなものになる。
  • 初志貫徹(しょしかんてつ):はじめに決めた志を最後までつらぬくこと。
  • 不撓不屈(ふとうふくつ):どんな苦しみにもくじけないこと。
  • 千里の道も一歩から:大きなことも、手近な一歩から始まる、という意味の言葉。

反対に近い言葉

「愚公山を移す」のよくあるまちがい

  • 「愚公」を「おろかな人のたとえ」だと思う:話の中で本当におろかだったのは、むしろ「智叟(かしこい老人)」のほうです。愚公は先を見通した人として描かれています。
  • 読み方を「ぐこうざんをうつす」とする:書き下し文の形では「やまを移す」。四字熟語の「愚公移山」は「ぐこういざん」と読みます。
  • 「愚」を「遇」「偶」と書く:「愚」は下に「心」がつく字で、「おろか」という意味です。字の形は「愚」の読み方・書き順・部首で確かめましょう。「移す」の字は「移」の読み方・書き順・部首へ。
  • 「力持ち」「むりやり」の意味だと思う:力の強さではなく、あきらめない根気をほめる言葉です。
  • 愚公が一人で山を移したと思う:原文では、家族・となりの子と力を合わせ、最後は天帝の命令で夸蛾氏の二人の子が山を運びます。
うかるくん

うかるくん

最後は神さまが運んでくれるなら、愚公の努力ってむだだったんじゃ…?

ミスターT先生

ミスターT先生

そこがよく問われる所だね。原文には「帝其の誠に感ず」とある。天帝を動かしたのは、あきらめない「誠(まごころ)」だったんだ。続ける人のところには助けが集まる、と読むこともできる。どう受け取るかを自分の言葉で書かせる問題もあるよ。

入試ではこう出る

  • 中学受験:「愚公山を移す」「愚公移山」の意味を選ぶ問題や、「根気よく続ければ成功する」という意味の言葉を選ぶ問題。似た意味のことわざ(雨垂れ石を穿つなど)と組み合わせて問われます。
  • 高校受験:漢文の資料として出るときは、返り点に従って書き下す問題、「且」「焉」の読み、智叟が答えられなかった理由などが問われます。高校受験の漢文の対策は高校受験の漢文(返り点・書き下し文の対策)にまとめています。
  • 大学受験:「雖」の仮定、「何〜不〜」の反語、「命じて〜しむ」の使役など、句法の読みと訳が中心です。『列子』の他の話(杞憂・朝三暮四)と同じ道家の本として、出典の知識が問われることもあります。共通テストの漢文の出方は共通テストの漢文(配点・時間配分)へ。
ひらめいたサクラちゃん

サクラちゃん

智叟が答えられなかった理由は、「人は子孫まで続くが、山は増えないので、いつか必ず平らになる」という愚公の考えに、反論できなかったから、とまとめればいいですね!

練習問題

やさしい

  1. 「愚公山を移す」の意味として正しいものを選びましょう。
    ア 力が強いこと イ 努力を続ければ大きなことも成しとげられること ウ おろかな人がむだなことをすること エ 引っこしをすること
    答えと解説を見るイ。あきらめずに努力を続ければ、どんなに大変なことでも成しとげられる、という意味です。
  2. 「愚公山を移す」を四字熟語で言うと何ですか。読み方も答えましょう。
    答えと解説を見る愚公移山(ぐこういざん)。

ふつう

  1. 「河曲智叟亡以応」を書き下し文に直しましょう。
    答えと解説を見る河曲の智叟、以て応ふる亡し。「亡(な)し」は「無し」と同じで、「答えるすべがなかった」という意味です。
  2. 智叟が愚公に言い返せなかったのはなぜですか。
    答えと解説を見る愚公が「わたしが死んでも子がいて、子孫はかぎりなく続くが、山はこれ以上増えないので、いつか必ず平らになる」と答え、その理屈に反論できなかったからです。

むずかしい

  1. 「何苦而不平」は何という句法ですか。句法の名前と、意味を答えましょう。
    答えと解説を見る反語。「何を苦しみてか平らかならざらん」と読み、「どうして平らにならないことを心配する必要があろうか(いや、必ず平らになる)」という意味です。
  2. 「帝感其誠、命夸蛾氏二子負二山」の「負はしむ」の「しむ」は、どんな意味を表していますか。
    答えと解説を見る使役(〜させる)。天帝が夸蛾氏の二人の子に命じて、二つの山を「背負わせた」という意味です。

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よくある質問

愚公山を移すの意味を簡単に言うと何ですか?

どんなに大変なことでも、あきらめずに努力を続ければ、いつかは成しとげられるという意味です。四字熟語では「愚公移山(ぐこういざん)」と言います。

愚公山を移すの由来はどんな話ですか?

『列子』湯問篇の話です。九十歳近い愚公が、家の前の太行山・王屋山を家族といっしょにけずり始め、智叟に笑われても「子孫は限りなく続くが山は増えない」と答えました。天帝がそのまごころに感心し、夸蛾氏の二人の子に山を運ばせました。

愚公山を移すの出典は何ですか?

中国の道家の書物『列子』の湯問篇です。同じ『列子』には、杞憂や朝三暮四の話も入っています。

「年且九十」の「且」は何と読みますか?

「まさに〜んとす」と読む再読文字で、「年且に九十ならんとす」は「年はもうすぐ九十歳になろうとしている」という意味です。

愚公山を移すに似た言葉は何ですか?

愚公移山・雨垂れ石を穿つ・継続は力なり・塵も積もれば山となる・初志貫徹などです。反対に近い言葉には三日坊主や竜頭蛇尾があります。

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出典・参考

  • 原文:『列子』湯問篇(維基文庫の本文で確認。教科書で多い形に合わせ、字は今の日本の字体で表示)
  • 書き下し文・現代語訳:合格大作戦(教科書で多い読み方をもとにした一例)
  • 絵:メトロポリタン美術館(Open Access、パブリックドメイン)
  • お話の絵・図:合格大作戦

最終更新:2026年10月29日/作成:大学受験合格大作戦