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竜頭蛇尾りゅうとうだび
ひとことで言うと
始めは勢いがよいが、終わりはふるわないこと。勢いよく「喝」とどなった僧が、そのあとを聞かれて答えられなかった禅の話から。
| 読み方 | りゅうとうだび(りょうとうだび) |
|---|---|
| 意味 | 始めは勢いがよいが、終わりはふるわないこと。頭は竜のように立派なのに、尾は蛇のように細いこと。 |
| 出典 | 『碧巌録』第十則の評唱(圜悟の解説)「爭奈龍頭蛇尾」。第六十五則にも出てくる。出典の示し方は本によって少しちがう(諸説あり) |
| お話 | 唐の禅僧・睦州(陳尊宿)に「喝」と二度どなった旅の僧が、「三喝四喝のあとはどうする」と聞かれて答えられなかった |
| 似た言葉 | 尻すぼみ・三日坊主・大言壮語 |
| 反対の言葉 | 首尾一貫・終始一貫・初志貫徹・有終の美 |
| 漢文の句法 | 疑問(甚・作麼生)・受身(被)・否定(無) |
このページのポイント
- 「竜頭蛇尾」は始めは勢いがよいが、終わりはふるわないこと。始めと終わりの差を言う言葉です
- 出典は禅の本『碧巌録』。「喝」と二度どなって、そのあと答えられなかった僧の話を4こまで読めます
- 「龍頭蛇尾」は圜悟の解説(評唱)の言葉。出典の示し方は本によって少しちがう(諸説あり)ことも説明します
「竜頭蛇尾」の意味と読み方
「竜頭蛇尾」はりゅうとうだびと読みます。りょうとうだびと読むこともあり、国語辞典の多くは両方をのせています。意味は「始めは勢いがよいが、終わりはふるわないこと」です。頭は竜のように立派なのに、しっぽは蛇のように細くて小さい、というたとえです。
竜は、中国で昔から「いちばん力の強い、めでたい生きもの」とされてきた想像上の動物です。一方の蛇は、細長くて地面をはう、ありふれた生きものです。堂々とした竜の頭で始まったのに、終わりは蛇のしっぽのように細くしぼんでしまう。この落差が、言葉の中心です。
うかるくん
先生、ぼくの夏休みの計画、最初の3日はすごかったんですけど、そのあと…。これって竜頭蛇尾ですか?
ミスターT先生
まさにそれだね(笑)。始めの勢いがよいほど、終わりのしぼみ方が目立つのが竜頭蛇尾だ。この言葉は、宋の時代の禅の本『碧巌録(へきがんろく)』に出てくる。勢いよく「カーッ!」とどなった僧が、そのあと何も言えなくなる話なんだよ。
ふだんの言い方では、たとえば次のように使います。
- ○開会式は盛り上がったのに、大会の運営は竜頭蛇尾に終わった。
- ○「毎日10ページ解く」と始めた問題集が、竜頭蛇尾になってしまった。
- ○この小説は出だしがすばらしいが、結末が竜頭蛇尾だ。
「竜」は「竜」の読み方・書き順・部首、「蛇」は「蛇」の読み方・書き順・部首、「尾」は「尾」の読み方・書き順・部首で、読み方と書き順を確かめられます。「頭」は「頭」の読み方・書き順・部首へ。「竜」の昔の形が「龍」で、原文の『碧巌録』は「龍頭蛇尾」と書いています。

絵で読む「竜頭蛇尾」のお話
「竜頭蛇尾」は、矛盾や蛇足のように話そのものに竜や蛇が出てくるわけではありません。もとになったのは、禅(ぜん)のお坊さんどうしの問答です。『碧巌録』の第十則(だいじっそく:10番目の話)を、4つの場面で見てみましょう。登場するのは、唐の時代の禅僧・睦州(ぼくしゅう)と、旅の若い僧です。
絵で読む「竜頭蛇尾」のお話(4こま)
禅では、言葉で説明するかわりに「喝(かつ)」と大声で一声どなって、さとりの境地を示すことがあります。「臨済の喝、徳山の棒」という言い方があるほど、喝は禅の有名なやり方です。旅の僧はそれをまねて、いかにも分かっている人のように「カーッ!」とやりました。
ところが睦州に「では、そのあとはどうする?」とたずねられると、何も出てきません。出だしは立派なのに、中身が続かない。そこで、のちにこの話に解説をつけた圜悟(えんご)という禅僧が、この僧のことを「龍頭蛇尾」と言ったのです。

ミスターT先生
大事なのは、竜頭蛇尾は「最後が悪い」だけではなく「始めが立派だった」ことも言っているところだ。始めから勢いがない話には使わないんだね。始めと終わりの差を言う言葉だと覚えよう。
「竜頭蛇尾」の原文・書き下し文・現代語訳
原文は、維基文庫(中国語のウィキソース)の『碧巌録』巻第一・第十則で確かめました。禅の本は、ふつうの漢文よりも話し言葉に近い言い方(「作麼生」「這」など)が多く、決まった書き下し文がない所もあります。ここに出す書き下し文は、読み方の一例です。返り点の読み方は返り点(レ点・一二点・上下点)の読み方、書き下し文のきまりは書き下し文の書き方でくわしく説明しています。
1文目:どこから来たのか
書き下し文睦州僧に問ふ、「近ごろ甚れの処をか離る。」
(『碧巌録』第十則(原文は「處」。ここでは「処」で表示))
現代語訳睦州が僧にたずねた。「近ごろ、どこを出て来たのか。」
2文目:一喝される
書き下し文僧便ち喝す。州云ふ、「老僧汝に一喝せらる。」
(『碧巌録』第十則)
現代語訳僧はすぐに「喝」とどなった。睦州が言った。「わしは、おまえに一喝されてしまったな。」
3文目:三喝・四喝のあとは?
書き下し文僧又喝す。州云ふ、「三喝四喝の後作麼生。」
(『碧巌録』第十則)
現代語訳僧はまた「喝」とどなった。睦州が言った。「三喝、四喝したあとは、どうするのか。」
4文目:答えられない
書き下し文僧語無く、州便ち打ちて云ふ、「這の掠虚頭の漢。」
(『碧巌録』第十則(原文は「虛」))
現代語訳僧は何も言えなかった。睦州はすぐに打って言った。「この、口先だけのにせ者め。」
「龍頭蛇尾」が出てくる一文(圜悟の評唱)
実は、「龍頭蛇尾」という4字は、上の本則(話そのもの)には出てきません。圜悟が書いた評唱(ひょうしょう:くわしい解説)の中に、次の一文があります。
評唱:竜頭蛇尾なのをどうしようもない
書き下し文這の僧も也た善く雕琢すれども、龍頭蛇尾なるを争奈せん。
(『碧巌録』第十則・評唱(原文は「爭」。ここでは「争」で表示))
現代語訳この僧も、それらしく見せるのはうまいが、頭は竜なのに尾は蛇であるのは、どうしようもない。
続く「當時若不是睦州、也被他惑亂一場」は、「もしあのとき相手が睦州でなかったら、(その場の人は)この僧にすっかりまどわされてしまっただろう」という意味です。勢いのよい「喝」は、それだけ立派に見えた、ということです。
サクラちゃん
「竜頭蛇尾」は『碧巌録』の中で、ここ1回だけなんですか?
ミスターT先生
維基文庫の本文で調べると、第六十五則の評唱にも「又云:龍頭蛇尾」という形で出てくる。禅の世界では、口先の勢いだけの人を言う決まった言い方だったんだろうね。だから「この話だけが出典」と言い切るのはむずかしい。出典の示し方は辞書や本によって少しずつちがう、と覚えておこう。
出典『碧巌録』と話の背景
「竜頭蛇尾」の出典としてよくあげられるのは、『碧巌録(へきがんろく)』です。中国の宋の時代(12世紀の前半)にまとめられた、禅宗の本です。禅宗は、座禅や問答を通して、自分の心の中にあるさとりに気づくことを大切にする仏教の一派で、日本の臨済宗では、とくに重んじられてきた本として知られています。
『碧巌録』は、2人の禅僧の仕事が重なってできています。まず雪竇重顕(せっちょうじゅうけん)が、昔の禅僧たちの問答から百の話(公案:こうあん)を選び、それぞれに詩(頌:じゅ)をつけました。そのあと圜悟克勤(えんごこくごん)が、1つ1つの話に前置き(垂示)、短い評(著語)、くわしい解説(評唱)を加えました。「竜頭蛇尾」が出てくるのは、この圜悟の評唱です。
睦州はどんな人?
睦州(ぼくしゅう)は、唐の時代の禅僧です。睦州という土地のお寺にいたので、こう呼ばれます。俗世での名字が陳だったことから「陳尊宿(ちんそんしゅく)」とも呼ばれ、日本の辞書や故事成語の本では「陳尊者(ちんそんじゃ)の話」と紹介されることもあります。評唱では、睦州は相手を見ぬく目がするどく、「いなずまのよう」だったと書かれています。
「陳尊者が言った」という説明について(諸説あり)
故事成語の本では、「陳尊者が、ある僧を『頭は竜のようだが、尾は蛇のようだ』と見ぬいた話」と説明されることがよくあります。ただ、維基文庫の『碧巌録』の本文で確かめた範囲では、「龍頭蛇尾」は睦州(陳尊宿)自身の言葉ではなく、圜悟の評唱の言葉として出てきます。また、第六十五則にも同じ4字が出てきます。ほかの禅の本にも出てくるという説明もありますが、ここでは確かめていません。どの本のどの言葉を出典とするかは、本によって少しちがう(諸説ある)ことを知っておきましょう。
いずれにしても、「始めの勢いだけで中身が続かない」という意味は、どの説明でも同じです。日本でも、禅の言葉からふつうの言葉になった例として、「以心伝心」「不立文字」などと並んでよく知られています。
「竜頭蛇尾」の使い方と例文・似た言葉
「竜頭蛇尾」は、「竜頭蛇尾に終わる」「竜頭蛇尾になる」「竜頭蛇尾の〜」の形でよく使います。計画・行事・作品・話・努力などが、始めは盛んだったのに、終わりはふるわないときに使うのがポイントです。ほめ言葉ではなく、残念な気持ちや、ひかえめな批判をふくみます。
- ○派手な宣伝で始まった新商品だったが、売れ行きは竜頭蛇尾に終わった。(始めと結果の差)
- ○文化祭の劇は、第一幕が見事だっただけに、竜頭蛇尾の感がある。(作品の出来)
- ○受験勉強を竜頭蛇尾にしないように、無理のない計画を立てる。(打ち消しの形)
- ○彼のスピーチは、出だしの勢いに比べて結論が弱く、竜頭蛇尾だった。(話の組み立て)
- ×最初はぜんぜんだめだったが、最後は優勝して竜頭蛇尾だった。(始めが弱く終わりが強いのは、逆の意味)
勉強の計画が竜頭蛇尾になりやすいのは、始めに目標を高くしすぎることが多いからです。「最初の3日」を少しひかえめにして、続けられる量にするのが、竜頭蛇尾をさけるコツです。
似た言葉
- 尻すぼみ(しりすぼみ):始めは勢いがあるが、だんだん弱くなること。いちばん近い、ふだんの言い方です。
- 三日坊主(みっかぼうず):あきやすく、長続きしないこと。竜頭蛇尾は「出来ばえ」にも使えますが、三日坊主は「人の性格」に使うことが多いです。
- 大言壮語(たいげんそうご):できそうもない大きなことを言うこと。「喝」だけで中身のない僧の態度に近い言葉です。
- 羊頭狗肉(ようとうくにく):看板は立派なのに、中身がともなわないこと。竜頭蛇尾が始めと終わり(時間)の差なのに対して、羊頭狗肉は見かけと中身の差です。
- 有名無実(ゆうめいむじつ):名前ばかりで、中身がないこと。
反対の言葉
- 首尾一貫(しゅびいっかん):始めから終わりまで筋が通っていること。「首」は頭、「尾」はしっぽで、竜頭蛇尾と同じく頭と尾の字が入っています。
- 終始一貫(しゅうしいっかん):始めから終わりまで、態度が変わらないこと。
- 初志貫徹(しょしかんてつ):始めに決めた目標を、最後までつらぬくこと。
- 有終の美(ゆうしゅうのび)を飾る:最後までやりとげて、りっぱな結果を残すこと。
「竜頭蛇尾」のよくあるまちがい
- 意味を逆にする:「始めはだめでも、終わりはよい」という意味ではありません。それは大器晩成などに近い考え方です。竜頭蛇尾は始めがよく、終わりが悪いことです。
- 「蛇」を「じゃ」と読む:「りゅうとうじゃび」は誤り。「蛇」は音読みで「だ」「じゃ」の両方がありますが、この言葉では「だ」です。蛇足(だそく)と同じ読み方です。
- 「尾」を「お」と読む:「尾」は音読みで「び」。「首尾」「末尾」の「び」です。
- 「竜頭蛇足」と書く:「蛇足(よけいな付け足し)」とまざったまちがいです。正しくは「蛇尾」。
- 「龍頭蛇尾」はまちがいだと思う:「龍」は「竜」の昔の字(旧字体)で、原文の『碧巌録』は「龍頭蛇尾」です。ただし、今の学校のテストで書くときは、常用漢字の「竜」で書きましょう。登竜門、画竜点睛の「竜」も同じです。
- 始めから勢いのないものに使う:「ずっと低調だった大会は竜頭蛇尾だ」は合いません。始めの「竜の頭」が必要です。
うかるくん
「画竜点睛」も竜で、「蛇足」も蛇で…。どれがどれだか、こんがらがります!
ミスターT先生
「画竜点睛」は最後の仕上げ(ひとみを入れる)、「蛇足」はよけいな付け足し(蛇に足)、「竜頭蛇尾」は始めと終わりの差(頭は竜、尾は蛇)。絵を思いうかべると区別しやすいよ。画竜点睛を欠くと、作品が竜頭蛇尾に見えてしまう、なんて使い方もできるね。
入試ではこう出る
「竜頭蛇尾」は、四字熟語の問題として出てくることが多い言葉です。
- 中学受験:「竜頭□尾」の□に入る漢字(動物の名前)を答える問題、意味を選ぶ問題、「始めは勢いがよいが終わりはふるわない」に当たる四字熟語を書く問題。動物の入った四字熟語(画竜点睛・羊頭狗肉など)とまとめて覚えましょう。
- 高校受験:漢字の書き取り(「蛇」「尾」)、意味の選択、反対の意味の四字熟語(首尾一貫など)を選ぶ問題。高校受験の漢文の出方は高校受験の漢文(返り点・書き下し文の対策)にまとめています。
- 大学受験:評論や小説の中で「竜頭蛇尾に終わった改革」のように出てきて、文脈に合う意味を選ぶ問題。漢文として『碧巌録』が出ることはまれですが、「被」の受身や「争奈(いかんせん)」の読みは、ほかの文章でも問われます。共通テストでの漢文の出方は共通テストの漢文(配点・時間配分)へ。

サクラちゃん
「竜頭蛇尾」の反対は「首尾一貫」! どちらも「頭(首)」と「尾」が入っているから、セットで覚えると忘れにくいですね!
練習問題
やさしい
- 「竜頭蛇尾」の意味として正しいものを選びましょう。
ア 始めはだめだが、終わりはよいこと イ 始めは勢いがよいが、終わりはふるわないこと ウ よけいな物を付け足すこと エ 最後の大切な仕上げ答えと解説を見る
イ。アは逆の意味、ウは「蛇足」、エは「画竜点睛」の意味です。 - 「竜頭蛇尾」の読み方をひらがなで書きましょう。
答えと解説を見る
りゅうとうだび(「りょうとうだび」とも読みます)。「じゃび」「とうお」は誤りです。
ふつう
- 次の文のうち、「竜頭蛇尾」の使い方が正しいものを選びましょう。
ア 前半は大差で勝っていたのに、後半に逆転負けした試合は竜頭蛇尾だった。 イ 一年中ずっと元気のなかったチームは竜頭蛇尾だ。 ウ 最下位から優勝したのは竜頭蛇尾だ。答えと解説を見る
ア。始めの勢いがよく、終わりがふるわない場面です。イは始めから勢いがなく、ウは意味が逆です。 - 「老僧被汝一喝」を書き下し文に直し、「被」の働きを答えましょう。
答えと解説を見る
老僧汝に一喝せらる。「被(らる)」は受身(〜される)を表します。
むずかしい
- 『碧巌録』第十則で、睦州の「三喝四喝後作麼生」という問いに僧が答えられなかったことが、なぜ「竜頭蛇尾」と言われるのですか。
答えと解説を見る
僧は始めに「喝」と勢いよくどなって、さとった人のように見せた(竜の頭)が、そのあとどうするのかと問われると何も言えず、中身が続かなかった(蛇の尾)から。始めの立派さと、終わりの中身のなさの差を言っています。 - 「争奈龍頭蛇尾」の書き下し文と現代語訳を答えましょう。
答えと解説を見る
書き下し文:龍頭蛇尾なるを争奈(いかん)せん。現代語訳:頭は竜なのに尾は蛇であるのは、どうしようもない。
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よくある質問
竜頭蛇尾の意味を簡単に言うと何ですか?
始めは勢いがよいが、終わりはふるわないことです。頭は竜のように立派なのに、しっぽは蛇のように細い、というたとえです。
竜頭蛇尾は「りゅうとうだび」と「りょうとうだび」のどちらで読みますか?
ふつうは「りゅうとうだび」と読みます。「りょうとうだび」という読み方も国語辞典にのっていて、どちらも使われます。
竜頭蛇尾の出典は何ですか?
宋の時代の禅の本『碧巌録』がよくあげられます。第十則で、勢いよく「喝」とどなったのに続きを答えられなかった僧を、圜悟が解説の中で「龍頭蛇尾」と言っています。第六十五則にも出てきて、出典の示し方は本によって少しちがいます。
竜頭蛇尾の反対の言葉は何ですか?
首尾一貫・終始一貫・初志貫徹・有終の美を飾る、などです。どれも、始めから終わりまで変わらず、最後までやりとげることを表します。
竜頭蛇尾と羊頭狗肉のちがいは何ですか?
竜頭蛇尾は始めと終わりの差(時間の流れ)を言い、羊頭狗肉は見かけと中身の差を言います。どちらも「立派なのは表だけ」という点は似ています。
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出典・参考
- 原文:『碧巌録』巻第一・第十則(本則・評唱)、巻第七・第六十五則(評唱)(維基文庫の本文で確認。表記は日本の字体に直したところがある)
- 書き下し文・現代語訳:合格大作戦(読み方の一例)
- 写真:メトロポリタン美術館(Open Access、パブリックドメイン)
- お話の絵・図:合格大作戦
最終更新:2026年10月29日/作成:大学受験合格大作戦



